Written by 小島
この作品はJANIS/ivoryより発売されているとらいあんぐるハートシリーズを元ネタとしております。
・この作品は、ネタばれを含んでいます。
・この作品における方言はかなり適当です、こんなの関西弁(鹿児島弁)じゃないという方がいてもおおめに見ていただ
けると嬉しいです。
この作品は拙作「たまには休日を…」シリーズの外伝にあたり、先にそちらを読まれたほうが、少しは面白くなるかもし
れません。
段々と強くなってきた、7月の陽射に焼かれたアスファルトから立ち昇る熱気。
風を切り裂いて駆ける、鋼鉄の馬の背に俺達は乗っている。
鋼鉄の馬の鼓動が身体を揺さぶり、地面の起伏がそれに拍車をかける。
背中には、愛しい少女の柔らかな身体と、その体温を感じる。
そう、今日は約束の日。
「薫、今度の日曜日は暇か?」
あのデートの日から1月ほど経った。早く約束を果たそうと考えていたのだが、なかなか予定が合わず、結局こんなに
間が開いてしまった。知佳ではないが恋人同士としてこれで良いのだろうか?と時折考えてしまう。
「ええ、うちは何の予定も有りませんけど?」
薫は平静を装いつつも、何か期待したような表情をしている。
「ああ、前約束しただろ、俺のバイクの後ろに薫を乗せてツーリングに行こうって」
俺の言葉に薫は急に表情を明るくした。どうやら随分と心待ちにしていたようだ。こうも喜んでくれると少々照れくさくも
あるがとても嬉しい。その反面約束を果たすまでこんなに時間がかかってしまったのが心苦しい。
「はい、覚えています。その…デートですよね、これって?」
「ああ、そうだよ。今まで何か用事が有って薫を乗せた事はあったけど、2人っきりで遊びに行くために乗せた事って無
かったよな?」
「はい、だから耕介さんのバイクの後に乗ってどこかに行ってみたかったんです」
うーん、ここまで言ってもらえると、男冥利に尽きると言うか、何と言うか…たまらなく嬉しい。
「それでだな、どこに出かけようか考えたんだけどな、ほら、海鳴はさ、海も山もあって、いまさらバイクで行ったとしても
新鮮味がないだろ?」
俺がそう言うと、薫は軽く微笑んで首を振った。
「うちは、そうは思いません。耕介さんと2人で出かけたら、見慣れた風景もいつだって新鮮に見えました」
俺はその言葉を聞くと、思わず薫を抱きしめてしまった。
「こ、耕介さん?」
「薫、嬉しいよ。そんなに俺の事を想っていてくれたんだ」
赤くなった顔を隠すかのように俺の胸に顔をうずめてしまった薫と少しの間抱き合っていたけど、いつ人が来るかもわ
からないので名残惜しいけど離れる事にする。
それから、道路MAPを広げてルートの確認をする。
「じゃあ、行きはこの海岸線の道路を走って、矢後市の外れのここまで来たら矢後駅まで戻って水族館に入ろうか?」
俺が具体的なプランを提示すると薫も真剣に話を聞きながらルートの確認をする。
「水族館ですか?そう言えば、子供の頃、小学校の理科の授業の一環で行ったきりでした」
「それならちょうど良い。結構綺麗な魚が多いらしいぞ」
「楽しみです」
色とりどりの魚に思いをはせているのか、なんだか嬉しそうな顔をした薫を横目に見ながら続きのプランを考える。
「それから、えーと、やっぱり矢後駅の近くで食事をとった後……」
俺達の話合いは、その後一時間ぐらい続いていた。
ちなみに先程抱き合っているシーンは、しっかりリスティに見つかっていてビデオに撮られていたのは余談である。
そして現在、俺は薫を乗せて湾岸の道路を矢後市方面へ向かって走っている。
服装は洗いざらしのジーンズと黒の皮ジャン、皮ジャンの下は青いTシャツを着ている。
バイクを乗らない人がいるかもしれないので説明するが、この暑いのに皮ジャンを着込んでいるのには訳がある。こ
れは万が一事故に遭った時の為の備えである。
バイクに乗っている時に事故を起こすと、乗車しているライダーは大抵バイクから振り落とされたり放り出されたりす
る事になるのだが、この時肌を露出していると地面とこすって酷い怪我を負ってしまうからだ。
つまり、ヘルメットを被ったりライダーズグローブやブーツを使用するのと同じく安全のためだからだ。
だからできれば、こんな格好ではなくてライダーズスーツのような皮製の丈夫なつなぎを着るのが良いのだが、さすが
にそんな格好でデートするわけにもいかないから妥協してこの格好をしているのである。
だから薫も下はジーンズで、上は俺とおそろいの黒い皮ジャンを着ている。皮ジャンの下は青いタンクトップを着てい
る。そして、その頭に被っているのはあの日買った青いヘルメットだ。
もっとも、2人とも最初から汗をかくことを予想しているので、薫に背負ってもらっているデイバックに二人の着替えが
入っている。
俺達はバイクに乗ってからは、たまに会話を交わす他は風と一体になって走る感覚に身を委ねていた。
「耕介さん」
「なんだ、薫?」
「なんだか凄く爽快な気分です」
「それは良かったよ。薫に気に入ってもらえて」
俺の言葉に照れたのか、薫がよりいっそう力を込めて俺に抱きつく。
ウォッ!!うーん普段は少し小さ目かな?とか思っていたけど、こうして背中にあたる柔らかな双丘からすると薫もな
かなかあるんだな。
そんな事があったりしながら、前半の行程は終わりを告げ矢後駅の駅前に着く。早い時間に寮を出たためかまだ午
前10時になったばかりだ。
駅前の有料駐輪場にバイクを止めさせてもらうと、俺達は早速水族館に向かった。
水族館のなかは、赤青黄色、色とりどりの魚が泳ぐ水槽が幾つも並んでいる。
「耕介さん、見てくださいこの魚!!」
どうやら薫は水族館が気に入ったようで、普段はまず見られないはしゃいだ態度をとっている。
俺はそんな薫が愛しくて、周囲を見回して人がいないのを確認すると、そっと薫と唇を重ねた。
「耕介さん」
薫はそう言うと俺の横に寄り添ってきた。
俺はそんな薫の肩を抱くと、水族館から出るまでそのまま館内を回ったのだった。
水族館を出ると丁度正午だった。
「薫、何が食べたい?」
「うちはなんでんよかです」
「それじゃあ、美味しい回転寿司屋さんがあるっていう話が雑誌に載ってたから、そこに行かないか?」
「ああ、お寿司ですか?よかですね」
そう薫が言ったのでお昼は回転寿しに決定した。
駅から少し離れた、その店に行くために再びバイクに乗って行く事にする。
雑誌で紹介された店だけあって、俺達が着いた時には結構人が並んでいた。
「結構並んでるな。薫、どうする?他の物にしようか?」
「いえ、うちはここがよかです。それにたまにはこういうのもよかですよ」
俺も雑誌で紹介されるほどの店なら何か学ぶ所があるかと思い、薫の言う通り並んでみる。
20分ほど待つと、俺達の番が回ってきた。
席に着いてお茶の準備をしながらレーンを見てみるが、ほとんど寿司は回っていなかった。
仕方がないので、注文する事にする。えーと、今日のお勧めは……タコとイワシと縁側か。
「すいません、タコと縁側ください」
「あいよ!!」
俺の注文に威勢の言い声で返事をする板前さん。
「あっ、うちも良いですか?イワシと秋刀魚お願いします」
「あいよ!!お嬢ちゃん通だね。」
そう板前さんが笑いながら言う。
少し待つと注文のものが俺達の前に出された。
食べてみてすぐに思ったことは、なんとなく水っぽいなという事だった。
薫のほうを見てみると、やはり味に疑問を持っているのがわかった。
とにかくもう少し食べてみようと思って他の物も頼んでみたが……結果はどれも美味しいと感じるものはなかった。
正直、こんな事になるとは思ってなかったが、不味い物をいつまでも食べているのは嫌なので店を出る事にした。
「薫、俺はもうお腹いっぱいなんだけど、まだ食べるか?」
「いえ、うちもお腹いっぱいです」
「それじゃあ出ようか」
そう言って店から出た後、バイクで少し離れたところにあった公園に向かった。
「薫、ごめん。あんなに不味いとは思わなかったんだ」
「あっ、別によかですよ。耕介さんが謝る事じゃなか」
二人でそう言っていると、突然俺の腹が鳴り出した。
「薫、ちょっと物足りないんだけど、どっかでもう少し食べないか?」
「はい、うちもちょっと足りなかったです」
そう言って少し周囲を見渡すと、道路の向こう側にある路地の入り口のあたりに寿司屋があるのを見つけた。
「薫、せっかくお寿司にしようって言ってたんだから、あそこに入らないか?」
「そうですね、うちはよかですよ」
こうして再び寿司屋に入る事になった。
「いらっしゃい」
その寿司屋「小助寿し」に入ると、小柄な60くらいの板前さんが出迎えてくれた。
店内はカウンター席だけの小さな店だが、そこそこ客は入っているらしい。
「兄ちゃん、ここは始めてかい?」
カウンターに座っていた中年の男性客が声をかけてくる。
「はい、そうなんですよ」
俺がそう答えるとその客はニコニコと笑いながら他の客に合図して、俺達2人が並んで座れるようにしてくれた。
「兄ちゃん、彼女連れでここを選んだのは良い選択だよ」
先程の男性客がそう言って笑う。
「そうそう、この店の寿司は美味しいんですよ。少し先に行った所にある人気の回転寿司屋なんてここと比べるのもおこ
がましいくらいですよ」
一番奥の席に座っていた初老の男性がそう言ってかすかに笑顔を見せた。
「そうなんですか?実は先ほどその店に入ったんですけど、不味かったのでさっさと出てきてしまって。口直しに他の場
所でなにか食べようかと言ってたら、この店を見つけて入ったんですけど、どうやら正解みたいですね」
俺がそう言うと、板前さんがにっこりと笑いながら話しかけてきた。
「うん、お客さんは味がわかるみたいで嬉しいですね、今日のお勧めはタコとイワシとそれからアマダイですよ」
「それじゃあ、お勧めを全種類と…縁側ください」
「うちは、アマダイと秋刀魚ください」
「はい、少しお待ちくださいね」
そう言って、板前さんが寿司を作り始める。
「しかし、兄ちゃんでかいねぇ。何か格闘技やってる人?」
「ああ、剣術を少々嗜んでますけど、本職は女子寮の管理人兼コックなんですよ」
俺がそう言うと、店の客たちが騒ぎ出す。
「兄ちゃん、女子寮の管理人なんて良い仕事就いてるねぇ。一体どうやってなったんだい?」
「それじゃあ、その娘まさか寮の女の子?」
「駄目だよ、大切な預かりものに手を出しちゃ」
「ああ、コックさんなんですか?それじゃああの店の寿司じゃあ満足できなくて当然ですね」etc……。
「ええと、まず女子寮の管理人になったのは、オーナーと従兄弟同士で、前の管理人さんの甥にあたるんですよ、俺。
それで、叔母が辞めるとき代りにと推薦されたんです」
それに律儀に答える。俺達、なんだかさざなみ寮にいるみたいだ。
「はい、うちも寮生の一人ですけど、婚約者同士ですから問題なかです」
「はい、あれはちょっと、酷かったですね」
「はい、できたよ」
そう言って俺達の前に寿司が置かれる。さっきの店と違い見ただけで美味しそうだなという気持ちが湧いてくる。
まずは、縁側を食べる……美味い!!こりこりした食感と口の中でとろりと溶ける感覚が口いっぱいに広がる。
俺も薫も夢中で寿司を食べ続ける事になった。
帰り際、会計をすると実際食べたより随分と安い。
「おまけだよ。こんなに美味しそうに食べてもらって料理人冥利に尽きるよ」
「そうですか…ありがとうございます。今度寮の皆で食べに来ますね」
「楽しみに待ってるよ」
そんな話をした後、店の客達と板前さんに見送られて店を出た。
「薫、美味しかったな。またこの店に来たいな。」
「はい、うちもまた来たいです」
それから海鳴に戻ることにする。
本当なら、矢後駅の駅前でウィンドウショッピングをする予定だったのだが、「小助寿し」で話していた時間は随分と長
かったらしく、もう午後4時を過ぎていたからだ。
「うーん、これはもう戻ったほうが良いな」
小助寿しの専用駐車場からバイクを出すと、先ほどの公園へ戻ってきて話しあう事にした。
「そうですね。でも、なんだかこの前のデートと似てますね。前もバイクショップの親父さんと長い時間話してましたし」
「そう言えばそうだな。ごめんな、薫。寮じゃあなかなか2人きりになれないからデートの時ぐらい2人になれるようにす
れば良かったかな?」
俺の言葉に薫は首を振り、そっと俺に口付けした。
「そんな事なかです。今日は沢山2人の時間が持てました」
顔を真赤に染めながら真剣な表情で俺の目を覗きこんで来る薫。
「だって、バイクに乗っている時はうちが耕介さんを1人占めできるから」
そう言って、薫は再び俺に口付けをする。今度の口付けはなかなか離れる事はなかった。
おまけ
寮に戻った俺達はリスティ主催のビデオ上映会に招待された。
イッタイ、ドウヤッテトッタノデスカ?コノビデオ。
それは昨日の抱擁シーンから始まり、今日のデートの大半を収めたビデオだった。
「リスティ!!いいかげんにせんね!!」
「やだよ!!こんな楽しい事やめられないよ!!」
ハァー、これでこそさざなみ寮だな。喧騒を余所に俺はのんきにそう考えていた。
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皆さんこんにちは、そして始めましての方は始めまして、駆け出しのとらハSS作家の小島です。
このSSはいつもお世話になっている「海鳴堂書房」HPの15000HITオーバー記念に贈ったものです。
管理人様、おめでとうございます。
さて、このSS「たまには休日を…」の中で耕介と薫が約束していた、ツーリングデートの事を書いています。
もし、まだそちらを読んでいなければ、そちらも呼んで頂けたら幸いです。
「たまには…」外伝シリーズは後、みなみ編、十六夜編、美緒編を予定しております。
今回のSSの薫編は希望者が多ければ書く事にします。
次回作は、たぶんずっと止まっていたシェフダーになると思います。
それではまたお会いしましょう、アディオス!!
2002/5/22
小島
メールアドレス:mk_kojima2@yahoo.co.jp
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