Written by タケ
北斗は、すでに姉からの手紙を持って、家の中に入っていった。
冷めたお茶の最後の一口を飲み干すと、彼はゆっくりと立ち上がった。
そこに、和音が姿を現した。
「また、ここにおんね」
「うん、和音、日差しが肌持ち良かぞ」
家の中に入ろうかと思ったが、思い直してまた縁側に腰を下ろす。
「那美は、どうやら心配無かようじゃの」
「ふふっ、一樹や雪乃は、まだ心配しちょっと」
「心配の種ば、分かっちょる。俺にもな。ふふっ」
那美のドジっぷり(あるいはボケっぷり?)を肴にして、しばし二人でくつろぐ。
と、不意に和音が口を開いた。
「うちはやはり、あなたに"一灯流"ば継いで欲しかったと」
「・・・・・・・・・・・・」
「あなたの言いたか事ば、分かっちょる。そいでも、うちはあなたに継いで欲しかったとよ」
「・・・・・・和音、"議"を言うな。そいに、今は薫がおる。那美もおる。若かモンの世ぞ」
「・・・・・・じゃ、な」
「ふふっ、まぁ和音、おはんは、あまり無理ばせん事じゃ」
結局、夫は「神咲一灯流」を継がなかった。
というより、夫は「一灯流」の継承を辞退したのだった。
一族の皆にとっても、もちろん和音にとっても、それは意外な事であった。
皆に、何故「一灯流」を継がないのか、と問われた夫はこう答えた。
「"十六夜"はもはや、"生身の人間ば斬ったモン"に、持つ資格なぞ、無か」
和音が正式に「一灯流」を継いだ後、夫は常に補佐役として、時には「盾」となって和音を支え続けてきた。
孫娘である薫が「一灯流」を継承して、ようやく第一線を退いた和音は、その事をよく判っていた。
―うちは、あなたがおる限り、一族ば長として、何より「うち自身」でおれっとじゃ―
再び夫は立ち上がり、ゆっくりと、しかし危なげの無い足取りで庭に出る。その矍鑠たる後姿を見ながら、和音は願
う。
こん人が、いつまでも元気でおれる様に。
鹿児島の春の日差しは、柔らかく、そして暖かであった。
"悲島"の記憶 了
・・・・・・いかがでしたでしょうか?
はっきり言って「疲れました」の一言に尽きます(苦笑)。
何せゲーム中でもほんの少ししか語られていない「薫の祖父」をネタに、しかも生存説で強引に物語を作ったわけです
から。
ただ執筆するからには、読んだ皆さんに「これならば」と納得していただける作品を提供したいが為、色々とない知恵を
絞りました(笑)。
物語の根幹に「史実」を持ってきたのは、そうしなければ薫の祖父の苦悩や、戦争の狂気などが表現しにくいのではな
いか、と思ったからです。
今、「架空戦記」なるジャンルの小説が多く売られていますが(自分もいくつか購入しておりますが)、やはり「史実(ノン
フィクション)」には敵うべくもありません。
薫の祖父を予備士官の設定としたのも、こうした考えの一環としてありましたし、また舞台をフィリピンにしたのは、フィ
リピンの攻防こそが、薫の祖父の"戦争"を伝えるのに最も適しているのではないか、という判断からでした。とは申せ、 自分の乏しい文才でそれが表現しきれたかどうかは、はなはだ疑問ですが。
作中に登場する部隊名は、神咲小隊と第3・4話登場の、独立部隊の中隊を除いて全て実在したものです。また人名
も、将官クラスは全て実在した人物です。
ちなみに、第7話の終わりに挙げた数字は、全て「現実の、公式の数字」です。
執筆を開始した時点で、
「現実の我々の歴史と"とらハの世界観"を繋ぐ事は可能か?」
というとてつもなく難しい課題に、真っ向からぶち当たる羽目になってしまった様な気がしていますが、皆さんは拙作を
読んで「何を感じた」でしょうか?
なおこの物語は、後日譚「ある夫婦の肖像」を以って完結する格好になっているので、そちらもどうぞ、ご覧下さいま
せ。
最後に、拙作におけるHNの使用を許可して下さった、友人の方々へ。
HNは、神咲小隊の部下の名字として登場させています。
作中、どうしてもキャラクターの生死明暗が分かれてしまうにも関わらず、自分の無茶なお願いを快く受けて下さり、ま
ことに有り難くあります。
ではでは。
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