第2話


Written by タケ


「我ニ海軍無ク、航空軍無クトモ、陸軍ハ陸軍トシテ、独自ノ戦争ヲ敢行スル」
―山下 奉文(やました・ともゆき)大将・第14方面軍司令官―

「不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む者達。なお三人の天使が吹こうとしているラッパの響き故に」
―ヨハネ黙示録―










"悲島"の記憶・第2話





 リンガエン湾の前線は、すでに事実上米軍に突破されていた。
 米軍は昭和20年1月25日、クラークフィールドで塚田 理喜智(つかだ・りきち)中将率いる「建武集団」と激突した。
 空挺部隊と小規模な戦車部隊、機動歩兵部隊の他、航空隊の整備兵や通信部隊等といった雑多な部隊の寄せ集め
だった「建武集団」は、防備も整わぬ内に猛攻を受け、30日に新手には挟撃された末、31日までには前線陣地を突
破された。
 後に「建武集団」はピナツボ山を有するサンバレス山系に追い詰められ、そのまま終戦を迎える事となる。
 一大飛行場群を有するクラークフィールドを確保し、米軍は一路マニラを目指した。
 「建武集団」が突破された31日には、マニラ南方のナスグブ湾に米軍の一部が上陸、横山 静雄(よこやま・しずお)
中将率いる「振武集団」と交戦を開始した。
 マニラは、南北から挟み撃ちされる格好となったのである。
 2月3日、岩淵 三次(いわぶち・さんじ)海軍少将指揮の下に残留したマニラ守備隊と米軍との間に、ついに戦端が
開かれた。
 日本軍マニラ守備隊は、米軍やゲリラ、果ては一般市民にまで攻撃されながらも頑強に抵抗を続け、マッカーサー元
帥が到着した7日以降も、抵抗を止めなかった。
 米軍はそれでも、13日までにはマニラ中心部を包囲、一方第14方面軍では、山下大将がマニラ守備隊に撤収命令
を出していたが、こうなっては最早、遅きに失していた。
 マニラの状況が急変したのは18日。
 抵抗を止めない日本軍に腹を立てたマッカーサー元帥が、「マニラを早く片付けろ」とばかりに無差別砲撃と一斉攻
撃を命じたのだ。
 日本兵、一般市民の区別も無く、市街地を瓦礫の山とせしめた砲撃で、数多くの人命が失われた。
 砲撃を受けた日本軍将兵の中には、パニックのあまり助けを求める市民に発砲する者もいて、マニラはまさに"地獄
"と化した。
 果たして、山下大将に「マニラの非武装都市化」を許可しなかった大本営は、何を考えていたというのであろうか?
 果たしてマッカーサー元帥は、自分の命令がいかなる結果をもたらすのか、考えなかったのであろうか?
 2月24日。岩淵少将の最後の戦闘詳報は、こう締めくくられていた。

「全員士気極メテ旺盛、最後ノ一兵マデ肉弾ヲ以ッテ敢闘セン」

 26日夜、岩淵少将は残存全軍に突撃を命じた後、自決。
 28日、マッカーサー元帥はマラカニアン宮殿にて、
「貴下の首都は、再びその正当なる地位、極東における"民主主義の砦"という地位を、獲得したのである」
と、オスメーニャ大統領を前に演説した。
 が、戦闘はなおも続き、マニラ戦の「終結」が宣言されたのは3月3日の事であった。

 この間、2月19日には米軍が硫黄島に上陸、栗林 忠道(くりばやし・ただみち)中将率いる小笠原兵団と戦闘に入
り、25日には帝都空襲と、日本本土にもすでに火が付いていた。
 そして3月10日、いわゆる「東京大空襲」により、帝都は壊滅的被害を受けるに至る・・・・・・。

 もう少し寄り道する。
 マニラを奪回した米軍であったが、市内への水を供給する水源地は、横山中将率いる「振武集団」が押さえていた。
 奪回直後のマニラでは水不足が深刻で、マッカーサー元帥が「トイレの水が出ない」と部下に当り散らした、というエピ
ソードすら残っている。
 何にせよ、水源確保という至上命令を受け、米軍は「振武集団」への攻撃を開始したが、険しい地形に阻まれた上に
ミスも重なり、4月中旬まで戦線は膠着状態に陥る事となった。

 ・・・・・・バギオ。
 フィリピン有数の避暑地として早くから開けたこの街も、1月以降の絶え間ない空爆で「瓦礫の街」と化し、美しい景観
など、どこにも見る事はできなかった。
 そのバギオから地図上の直線距離にして、十数キロ南に「キャンプ3」という場所がある。
 そこはかつて、マニラ〜バギオ間を結ぶ「ベンゲット街道」が整備された明治〜大正期に、日本人労働者の作業宿舎
があったという。
 リンガエン湾から後退した第23師団(旭兵団)は、この「キャンプ3」を中心とした山岳地帯に布陣、米軍との熾烈な
攻防を繰り広げていた。
 米軍は空爆だけでなく、重砲による砲撃まで繰り出して攻勢をかけてきていた。

「皆、無事か!?」
「はっ!」
 神咲小隊は急造の陣地の中で、必死に米軍の砲撃を耐えていた。
「少尉殿!!」
 谷山軍曹が、神咲の耳に口を押し付ける様にしてがなる。
「おお、谷山ぁ、何か異常かぁ!?」
 神咲もがなり返す。絶え間ない砲撃のおかげで、それは最早会話でなく"叫び合い"になってしまっている。
「とにかく、こちらへ」
 谷山の後に続いて塹壕線を低い姿勢で進む。少しでも頭を上げれば、爆風と砲弾の破片で瞬時に首が吹っ飛ばされ
る。そんな中を、早足で別の塹壕線に向かう。
 ようやくその場所に着いてみると、身を伏せたまま、ガタガタと震えているのが一人。
 彼は学徒動員で召集された大学生で、教育隊を経て1月末に少尉見習になったばかりであった。神咲とはせいぜ
い、ひとつかふたつくらいしか歳が違わないはずだったが・・・・・・。
「おい、見習!しっかりしろ!!」
 呼びかけ、背中をゆする。しかし、効果無し。
「神咲少尉だ!おい、返事をしろ!」
 肩をつかんで無理矢理起こし、こちらを向かせる。
「!?」
 掌越しに震えが伝わる。目の焦点も合っていない。
「しっかりしろ!生きているんだぞ、貴様はぁ!!」
 肩を揺する。見習の両の眼が神咲を見る。
 少尉殿、と口が動く。
 神咲が見習の肩を軽く叩く。
 と、不意に見習は、妙に緊張感の無い動作で周囲を見回す。そして、いきなり塹壕から頭を上げた。
「いかん!!」
「見習殿!?」
 神咲も谷山が、同時に見習を引っ張り込もうとしたが、それより速く砲弾が至近に降ってきた。
 反射的に頭を下げてしまう。

 着弾。

 炸裂。

 神咲の隣でやけにはっきりと聞こえた、"どさり"という音。

 気が付くと、神咲の隣に見習が座り込んでいた。
「見なら・・・・・・」
 言いかけて、神咲は口を閉ざした。
 綺麗に首から上をすっぱりと持っていかれた見習の「屍」が、両腕を投げ出し、膝を曲げて座り込んでいた。
 そして、神咲は"見た"。

―何で、俺はここにいるんだ?何で浮いてるんだ?・・・・・・俺の体は?あっ、座り込んで・・・・・・それに、首?首は??ど
こだ?どこなんだ?どこにいってしまったんだ?・・・・・・ま、まさか・・・・・・死、んだ?死んだのか?死んでしまったのか?
馬鹿なっ、俺はここだ、ここに、ここにいるんだ・・・・・・―

 "たましい"が、きえた・・・・・・・・・。

 神咲は頭を抱えて叫んでしまいたかった。出来る事ならここから逃げ出してしまいたかった。しかし、そんな事をする
訳にはいかない。
 部下の為にも。そして、自分の為にも・・・・・・。

 砲撃が終わると、戦車を先頭に米軍がじりじりと迫って来た。
 戦車の数は、3、いや、4輌。その後ろから歩兵が付いて来ている。規模は・・・・・・1個中隊程というところか・・・・・・。
 部下達はすでに街道沿いの林に展開、持ち場に着いている。
 神咲は黙って米軍の隊列を見詰める。
 戦車をやり過ごす。
 しわぶき一つ起こらない。殺気を押し殺す。一刺しで破裂しそうな緊張感が漂う。
 隊列が横っ腹を見せる。
 神咲の右手が上がり・・・・・・鋭く振り下ろされた。
 部下達が一斉に射撃を開始する。
 ポン、と音がした。擲弾筒から榴弾が放たれる。ふわりと飛んだ榴弾は、米兵の隊列の真ん中より少し後ろに着弾、
 炸裂した。
 同時に軽機関銃が唸りを上げ、兵隊達も位置を目まぐるしく変えながら、小銃を撃つ。
「位置変えっ!軽機ぃ、狙いそのまま!擲弾は中央に放てぇ!!」
 神咲が声を嗄らして命令を下す。
「撃ちすくめろ!林から出るなぁ!相手が優勢なのを忘れるな!!」
 米軍は最初の内こそ混乱し隊列が乱れたが、すぐに反撃に転じる。まともな撃ち合いになるとこちらは不利だ。
 別の林の中から、数人の兵隊が飛び出したのはその時だった。
 その兵隊は皆、背中に破甲爆雷を背負っていた。
 他には目もくれず、戦車に突っ込んでいく。
 米兵の数人が気付いてそちらに銃を向ける。一人、兵隊が倒れた。しかし最初の一人が、一旦停止して砲塔を旋回
させていた戦車に運良く上がり、エンジンの真上で自爆した。
 エンジンに火が付いた戦車から、米戦車兵が脱出する。
「天皇陛下ぁ、ばんざぁ〜い!!」
 もう一人が、方向を変えようとしていた戦車に体当たりした。
 方向を変えようとしていた戦車のキャタピラが吹っ飛び、動きが止まる。キャタピラの破片と一緒に、自爆した兵隊の
肉片やちぎれた腕、足の一部が放物線を描く。
 これを見た米兵に混乱が起こった。神咲小隊はそれを見逃す事無く撃ちまくる。連係が崩れたのをきっかけに、敵戦
車の残り2輌も発煙弾を撃って後退を始めた。
「潮時だ、転進!!」
 神咲が叫ぶ。谷山が復唱、小隊も後退を始める。
 谷山が先に退いて兵隊達を掌握、神咲は殿軍として数人を率い、後退を援護する。
 敵が後退してくれて助かった、神咲は正直そう思っていた。相手に立ち直られたら、全滅するのはこっちだ。それだけ
の開きが、彼我の間には厳然としてある。
 こんな無茶苦茶な戦法しか、こちらには残されていない。
 攻勢発起点の森に着く。すでに部下をまとめていた谷山が、声をかけてきた。
「ご無事で何よりであります」
「・・・・・・死傷は?」
「応援の肉攻班は全員戦死、うちは戦死2、軽傷3であります」
「・・・・・・・・・」
 鈍い飛来音の後に、次々と炸裂音が響く。
 ついさっきまでの「戦場」が、砲撃を受けていた。その方向を振り返る。
 何故"あんな真似"をしなければならなくなった?
 そこまでして"守らなければならないもの"とは、一体何だ?
 睨み付ける様な目で「戦場」の方向を見た後で、神咲は表情を戻して部下の方に向き直り命令した。
「よし、次の場所だ」
「はっ!」

 神咲の所属する歩兵第71連隊は、バギオを巡る一連の戦闘で肉弾白兵戦による戦闘を展開、約400名に及ぶ将
兵が戦死する事となった。

 3月16日、硫黄島を守備する小笠原兵団からの決別電が大本営宛てに打たれ、大本営が硫黄島の「玉砕」を報じた
 21日(硫黄島守備隊最後の組織的攻撃は、26日であった)。
 日本軍政下にあって、フィリピンの名目上の主となっていたラウレル大統領が、家族や側近4名と共に、日本へ亡命
した。
 これを待っていたかのように、バギオに対する米軍の攻勢は激化した。
 そうした状況の中で苦闘を続ける日本兵は、戦闘以上に補給難と病気に苦しめられていた。
「月沢、ひどい熱だぞ」
「い、いえ、だ、大丈夫で・・・・・・」
「馬鹿モン、どこが"大丈夫"だ、どこが」
 部下の月沢上等兵がマラリアに罹ったと判ったのは、3月も終わろうとする頃だった。
 高熱に侵された月沢は、とても一人で歩けそうにない。
「とにかく後送する。このままではいかん」
「しかし、少尉殿」
「"議"を言うな!上官命令だ、月沢。野戦病院で手当てしてもらうんだ、いいな」
「は、はい」
「よし、おい、誰か一人病院まで連れて行ってやれ」
「も、申し訳無くあります」
「詫びは復帰してからだ。さ、早く行け」
「・・・・・・はっ」
 その時、神咲は知る由も無かった。月沢に降りかかるその後の"運命"を・・・・・・。

 米軍は、攻撃の手を緩めなかった。マニラ攻略を終えた部隊も加わり、圧倒的な火力で押しまくる彼等に対し、日本
軍はこれを押し返す力を持ち合わせてはいなかった。

 シャーッという飛来音。
 ひとつではない。連続で来る。迫撃砲弾。
「危ない!」
「退避ぃ!!」
 応急に構築された陣地に、兵隊達が飛び込んで身を伏せる。
 次々に炸裂する迫撃砲弾。
 逃げ遅れた兵隊達が吹っ飛ばされる。
「!?」
 一人、遅れている兵隊を神咲は見つけた。
「早く!来い!!」
 弾着が近い。ぐずぐずしていては弾幕に巻き込まれる。
 神咲は、思わず壕内から飛び出していた。そして倒れ込みそうになる兵隊を引っ張り込む。
 兵隊が頭から壕内に転がり込んだ途端、飛来音が急に大きく聞こえてきた。
 神咲は急いで壕内に飛び込もうとする。

 が、一瞬遅かった。


 ドガン!!


 衝撃。視界が黒くなり、意識が飛ぶ・・・・・・・・・。


 昭和20年3月末。
 「一億総特攻」が本土で叫ばれるようになった中、「見捨てられた島」での戦いは、今なお続いている・・・・・・。





"悲島"の記憶・第2話 了



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