第2話後編


Written by 青大将(藤木 高志)


「一寸葉弓君…警察学校に行く前に一緒にこれを持って行ってくれ。たぶん藤木君が扱えなくても一番欲しいと思って
いるものだろうから。」
科捜研での解散後葉弓は駐車場で課長に、呼び止められていた。
「判りましたが、藤木さんが警察学校に居るってどうしてわかるのです?」
「さっき電話があって…半分壊れたライフルを構えて標的を狙っているが、震えていて一発も当らないらしい。だから気
分転換もかねて中に入っているライフルを藤木君に渡して欲しい。」
葉弓は課長の言葉に頷きながらも、自分の託されたライフルケースより重いもう一つライフルケースを自分の赤いクー
ペに積み込むと足早に警察学校へと車を進めた。

その頃、藤木は警察学校の射撃場で苦しんでいた。自分の過去を悔やみながら絞られるトリガーは虚しく動くだけ。弾
は大きく標的の中心から逸れていた。
「駄目か…スコープ越しに見える景色はあの時の残像が重なる…紅葉が撃たれて絶命した瞬間が。」
藤木は静かにぼやくと、ライフルを下ろし煙草を咥えて、近くの椅子に腰を下ろした。
「何であの時撃てなかった…撃っていれば紅葉も助かった…。何故なんだ!!」
煙草を吹かし、煙を吐き出すと藤木は絶叫した。その声は室内に虚しく響くだけだった。
「藤木さん…そんなに大きな声を出しても何も解決しませんよ。」
藤木が叫ぶと同時に、葉弓はもう一人の警官と2つのケースを持って射撃場に入ってきた。
「神咲さん。悪い、気にしないでくれ。単なる戯言だ。」
藤木は葉弓に一言告げると再び煙草を吹かし始めた。
「でも…今の言葉、絶叫に聞こえましたよ。心の底からの。」
葉弓は付き添いの警官にケースを置かせると、心配そうな顔で藤木に話しかけた。
「で、神咲さんは何をしにここへ?」
「課長の指示でライフルの練習に。それと課長から藤木さんにと頼まれたものを届けに来たのですよ。それから神咲さ
んじゃなくて葉弓で良いですよ。」
藤木の言葉に葉弓は笑顔を交えながら藤木に話しかけた。
「課長がね。中身は…………おいおい日本のお巡りさんが使って良いライフルかこれ。」
藤木は苦笑をしながらケースの中身を確認していた。
「藤木さん。ケースの中身は…………良いのかな…こんなライフル使って。」
 藤木が苦笑しながら見ている中身を見て葉弓も苦笑するしかなかった。
 「あの課長どっからMGS90を仕入れてきたんだ…これ軍用ライフルだぞ。」
 藤木は苦笑しながら、ケースの中身を手に取ると自分の使っていたライフルの横に置いた。そして今まで使っていた
スコープを外すとMGS90に取り付けていった。
 「藤木さんそのライフル大きな傷がありますが。」
スコープの取り外しが終わったライフルを見て葉弓は藤木に話しかけた。
「これか。これは二年前の事件の証拠さ…紅葉が撃たれた後、容疑者が俺に気付いて撃たれた…とっさに避けたがス
トックに当って腕に弾が当ったのさ。」
藤木はスコープを外して置かれたM700を見つめながら葉弓に質問の答えを話した。
「そうですか…それでは私も隣で練習させていただきますね。」
葉弓は藤木に言葉をかけると、長い黒髪をリボンで一つに束ね始めた。
葉弓が髪をポニーテールにしたときその姿を見た藤木はその姿に驚いていた。
「…紅葉…」
「え……私は紅葉さんじゃ無いですよ。」
藤木の言葉に葉弓は驚いた表情を見せていた。そしてライフルを手に取り口を開いた
「藤木さん。私には彼方の悲しみは判らないですが。過去の紅葉さんに縛られ続けるのは彼方にとっても紅葉さんにと
っても良い事ではないですよ。」
葉弓はライフルを構えて標的を見つめると一向にライフルを持とうとしない藤木に優しく
話しかけた。
「…神咲さん…俺はスコープを覗くと2年前の場面が甦る…紅葉が撃たれるその場面が…それで手が震える…まったく
駄目な男だ、俺は。」
葉弓の言葉に、藤木は煙草に火を付けて一呼吸すると力ない言葉で答えた。
「今の藤木さんを紅葉さんが見たら多分怒りますよ。私だって紅葉さんの立場だったら怒って引っ叩きますよ。幸い私
は藤木さんの同僚なのでそういうことはしませんが。」
藤木の力ない言葉に、葉弓は真顔で藤木に話すと、トリガーを絞り込み見事標的の中心を
撃ち抜いた。そして驚く言葉を言い出した。
「もし私が紅葉さんと同じように人質に取られたら彼方は私を助けてくれますか?」
「冗談はよしてくれ。俺はライフルをまともに握れないんだぞ。だけど同じようには絶対にするさ。」
藤木は苦笑しながら葉弓の言葉に答えていた。
「その言葉を聴いて安心しました。そのときは助けてくださいね。」
葉弓はさっきより力のこもった藤木の言葉に少し安心していた。
「判った…神咲さんにはかなわないな。」
「何度も言っていますが葉弓で良いですよ。神咲さんだと、薫ちゃんや楓ちゃんと一緒になってしまいますから。」
「呼び方は段々治します。」
葉弓との会話が終わると、藤木はライフルを構えて標的を凝視し始めた。
その姿を確認すると葉弓も再び標的を凝視し始めた。
そして無音のその空間は緊張感に包まれ始めていた。
「そう…最後に一つだけ紅葉さんと私が同じ状況になったら、藤木さんは狙撃できますか?」
緊張が支配する部屋の中、葉弓の唐突な質問に藤木は押し黙っていたがしばらくして口を開いた。
「それはわからない。ただあの時と同じ光景は見たくない。」
藤木はそう言うとトリガーを絞った。

同刻海鳴駅前の路地。
交通課のゆうひと小鳥は、例のごとく駐車違反の取締りをしていた。
「なあ小鳥ちゃん。うちら毎日こんなお仕事ばっかやな。」
「でもこういうお仕事ばかりだから平和なのでは椎名さん。」
ゆうひの言葉に小鳥は苦笑しながら答えた。
「でもな…耕介君たちは今例の事件で忙しそうだし。ああ、うちもあんなお仕事したいな。」
ゆうひはチョークで車のタイヤと路面に印をつけながらぼやいていた。
「椎名さん良いじゃないですか平和なお仕事も。あれ、あそこに居るのは薫さんと瞳さん。」
小鳥は路地の一角に止まる車の前に居る二人を見つけて、傍にミニパトを止めた。
「あら、小鳥ちゃんに椎名さん。どうして此処に?」
瞳は突然、近くに現れた二人を見て驚いた。
「今日はこの辺の駐車違反の取締りなのですよ。」
「うちらは今この路地を当っているところや。」
二人は瞳の質問に、答えた。
「丁度良か。椎名さん、一課のメンバーにここに集まって貰えないかと、無線入れてください。」
薫は双眼鏡で廃アパートの一室を見ながらゆうひに問いかけた。
「どうした。薫ちゃん。何かあったん?」
「写真の男を発見しました。」
薫は捜査開始時に配られた、容疑者の写真と窓から外を見る男を見比べていた。

海鳴駅に程近い路地。そこは閉鎖され、物々しい雰囲気に支配されていた。
それは10分前の出来事が発端となった。
「こちら海鳴5より本部へ、連続狙撃犯を発見きゃっ……。」
ゆうひが無線を復唱しようとしたとき、ミニパトの回転等が銃声とともに砕け散った。
「 椎名さん、頭を低くして!! 」
瞳は、ゆうひの頭部を守るようにして、伏せさせた。
「 千堂!! 痛っ。」
瞳とゆうひの無事を確認した薫だったが、双眼鏡を弾かれて手首に痛みが走った。
「 神咲さん!! 相手はこちらが発見している時点で存在に気付いているわ。」
「 わかった。この場は一旦離れないと。」
瞳の言葉に、薫は脅えている小鳥の手を取って狙われないように頭を下げ、現場を離れていった。
その後の状況は路地を閉鎖しての忍耐力の勝負になっていた。
路地の中間になる廃アパートの窓からはドラグノフの銃口が出され、ゆうひ達の乗ってきたミニパトは見せしめの様に
文字通り蜂の巣となっていた。そして時々威嚇するかのように空に向かい銃弾が放たれていた。
「 このままじゃ解決しないな。突入になるのか。」
「 この状況じゃ突入が一番だろうな。」
支給された防弾チョッキを着ながら耕介と真雪は物陰に隠れながら様子を伺っていた。
「援護の狙撃犯の到着はいつになるねん。」
「 まあまあ楓ちゃん落ち着いて。」
苛立つ楓を唯子はなだめながら刻々と過ぎる時間に焦りを感じていた。
「 お待たせしました。今、藤木さんが狙撃ポイントのビルの屋上に到着しました。」
列の最後尾に遅れて到着した葉弓がその場にいた全員に援護の準備ができたことを伝えた。
「 時間はもう少し、突入命令が出次第容疑者確保の命令が出たら一気に突入。」
真雪の声にその場に居た全員が静かに頷いた。

「こちら藤木…準備完了。」
「 突入!! 」
無線機からの二つの声に待機はしていたメンバーは容疑者の潜む廃アパートの一室を目指して静かにそしてすばやく
動き出した。
そして部屋の前に到着すると唯子はドアノブを静かに握り拳銃を構え、待機している真雪が首を縦に振る瞬間を待って
いた。
その頃スコープ越しに、容疑者が消えたのを見ていたそして次の瞬間、隣の部屋に再び現れたのを発見した。
「 皆、相手は隣の部屋に居るぞ!! 」
その声の聞こえた瞬間、真雪の首が縦に振られ部屋のドアが壊される音がした。
真雪、耕介、楓、真一郎が突入した瞬間、そこに見たものは隣の部屋に通じる壁に穴が空き、もぬけの殻になった部
屋だった。
「 まずい、相手は隣の部屋だ!! 」
「 きゃぁ!!! 」
真一郎が叫んだ瞬間、外に居た葉弓の悲鳴が上がった。
部屋の中に居たメンバーが表に出るとそこには銃を構える唯子と葉弓を人質に取りゆっくりと後ろに下がっていき部屋
に戻ろうとする容疑者の睨み合う光景が広がっていた。
状況は最悪の事態へと流れていくように思われた。
「 藤木さん葉弓さんが、葉弓さんが人質に。」
真一郎の声に藤木は驚いて双眼鏡で部屋の中を覗くと、そこには首に腕を巻かれ、盾にされている葉弓の姿があっ
た。

「 クソ!! 手が震えだした。」
狙撃の準備が整っていた藤木であったが、葉弓の姿を見た瞬間、二年前の光景が目の前にちらつき始めた。それに
よって今まで震えなかった腕が震え始め、照準が定まらない状態になっていた。
「 …俺はあの時の状態をまた作り出すのか…。」
スコープ越しに見る葉弓の姿を見て藤木は呟いた。
「 藤木!! おい、窓際にヤツが行ったら葉弓に当たらないように撃て!! 」
藤木がスコープ越しに見ている最中にも真雪の怒号が無線越しに伝わってくる。

『そう…最後に一つだけ紅葉さんと私が同じ状況になったら、藤木さんは狙撃できますか?』
『 それはわからない。ただあの時と同じ光景は見たくない。』

藤木はふと警察学校で葉弓と交わした会話を思い出していた。
それは唐突な質問であったが、確かにあのときに言った。
「……同じ光景は見たくない……。 」
藤木は口元でボソっと言うと。スコープを覗き始めた。
「 動くな!! 動くとこの女を殺すぞ!! 」
葉弓を人質に取った男は隠し持っていた拳銃を葉弓の頭部に突きつけると、ドラマにも出てくるお約束の言葉を吐きな
がら後ろに下がり窓際に寄った。
そして銃を持った右手でカーテンを閉めようとした瞬間。男の肘の関節から血が噴出していた。
「 ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! 」
まさに断末魔の叫びが部屋に木霊し、隙のできた瞬間、葉弓は男の腕を振り解き真雪達の待機しているドアに向かっ
て走り出した。
「 葉弓ちゃん早く!! 」
唯子が葉弓にこちらに早く来るように叫んだとき、男は床に置いてあったドラグノフを左手で持ち引き金を引こうとして
いた。
「 葉弓。伏せろ!! 」
楓が叫んだ瞬間に、男の手の甲に銃弾が貫通し、男は銃を手放していた。
「 確保!! 確保しろ!! 」
耕介が叫んだとき、真一郎が腕を捻り上げ、手錠をかけていた。
そして真雪が二つ穴の開いたガラス越しに見たものは、数百メートル離れたビルの屋上で、片手にライフルを持ち立ち
上がっている藤木の姿だった。
「 藤木、全部終わった。葉弓は無事だ。」
最後に真雪は無線で告げると部屋からゆっくりと退室した。
事件から数日後、藤木は墓地に来ていた。
いつも来ているある人の眠る場所、そこに着くときれいに掃除をし、花を供え、線香に火をつけると黙祷を始めた。
「紅葉……やっと全部終わったよ。」
そう呟くと立ち上がり、墓石に柄杓で水をかけ始めた。
「 やっぱりここに居ましたね。」
藤木は後ろから聞こえた声に振り向くとそこには、葉弓が花を持って立っていた。
「 どうしてここが?」
「 夏美さんに教えてもらったのです。多分紅葉さんの眠っている場所に居るだろうって。」
藤木は葉弓がなぜここに来たかを理解した。
 「 ………」
数分の黙祷の後、葉弓は自分の持ってきた花を飾り立ち上がった。
「 少し歩きません?」
「 ああ…報告も終わったからそうしようか。」 
葉弓の言葉のあと、二人はゆっくりと歩き始めた。
「あの時…私、藤木さんが助けてくれると思っていました。」
ちょうど墓地の駐車場に着いた頃、それまで無言で歩いていた葉弓が話し掛けた。
「どうしてそう思った?」
藤木は葉弓の言葉を疑問に思った。
「警察学校のときの言葉。覚えていません?『紅葉さんと私が同じ状況になったら、藤木さんは狙撃できますか?』という
質問」
「覚えているさ…俺は『それはわからない。ただあの時と同じ光景は見たくない』と答えたが。」
葉弓の質問に藤木はそのとき答えたままの答えをまた伝えた。
「あの時、凄く強い眼差しをしていたのですよ。藤木さん。だから絶対に助けてくれる。そう思った。」
「そうか…俺としては神咲さんに当たると思って冷や冷やしていたのだが。」
藤木は苦笑しながら葉弓に話し掛けた。
「あ…また『神咲さん』になっていますよ。葉弓でいいですって。それと私に当たりそうだったってどういうことです?」
藤木の言葉に、葉弓は少しむくれて藤木の方を見ていた。
「いや…それはその…まあ…終わりよければすべてよしで。」
「良くありません。私、体に傷がついたらお嫁に行けなくなってしまいます。そのときは責任とってくれますよね?」
いつもは見せない葉弓の語気の強さに藤木は思わず後ずさりをした。
「まあ…その時は考えます。」
「あぁ、はぐらかした。」
「その時はその時で考えるから、今日のところは喫茶店のケーキセットで許してくれ。」
「まあいいでしょう。ふふ…。」
藤木の冗談交じりの言葉に思わず葉弓は笑い声を出した。
事件解決後の午後のひと時、時間はゆっくりと過ぎていくのであった。

第二話後編<完>

あとがき
どもどもかなりご無沙汰しております。
やっと第二話完結です。前編出してから約二ヶ月…長く間が開いてしまいました。(低頭
相変わらず遅くて上手くない文章で大変の見苦しいかと思いますが、そこは何とか勘弁してください。
さて次の第三話ですが、血生臭い事件の話は置いておいてちょっとコメディーに走ってみようかと思っています。あんま
り期待しないで待っていてください。(マテ
それとこのお話のヒロインがそろそろというか今回でバレバレのようなきがしますが
まあそこはその通りなのでよろしくお願いします。
では最後に注釈を入れまして今回はお別れします次回をお楽しみに。

H&K
MGS−90:高価すぎるPSG-1の廉価版として誕生した。銃身を細くし、フレームなどをG3のものと同じにすることでコ
スト面も補っている。バイポッドを装備しストックは可変式を採用しているため現代の狙撃銃としての必要な装備は揃っ
ている。






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