Written by 神舞
「さてと、どうしたものかな〜」
「ん?」
紅茶を飲みつつ戦史のシミュレートをしていたヘーリは。艦長席からの突然の声に疑問の声を上げる。
「そろそろ、次のミッション考えても良いかなってね」
「ふむ……」
突然の未来の言葉に、思案顔で目の前のコンソールを操作するヘーリ。
「ズズズ……未来艦長も、こうやって突然言い出す癖がなければね〜」
「ふぃ〜そういうところも、嫌いじゃないんですけどね」
艦長席から一段下にあるオペレータ席の神舞と鹿島が、緑茶を片手に未来に聞こえないように会話を交わす。
これが日常的な戦闘空母「未来」のブリッチの光景だった。
「これなんかどうだ?」
「どれどれ?」
先程の発言から5分で、メガネに適う依頼を見つけたと思しきヘーリが未来に声をかける。
突然の発言にもかかわらず、5分間で探し出すあたりがヘーリの有能さを存分に物語っていた。
未来が素早くヘーリが示した依頼表に眼を通していく。
−ミッション依頼−
依頼者 ネスカ惑星開発
内容 鉱山採掘権の奪取
戦闘地域 エレザ星系第3惑星(現有はマーチンベーカ社)
報酬 25万SL+特別報酬
戦闘形式 1個小隊
戦闘時間 最大30分
特記事項 情報規制LvS
募集期間 2/6 12:00までにバウティズ部門に連絡を入れること
*詳細は、引き受けが決まった時点で説明いたします
「ねぇ……」
「ん?」
「これって、かなりやばくない?」
「だろうな」
ジト目で迫る未来を気にする様子も無く、平然と紅茶を飲み干すヘーリ。
案外、この艦長にしてこの副官有りと言うのもなのかも知れない。
「にしても情報規制Sってのは……」
バウティズ法に定められた情報規制LvはD〜SSまでの6段階が有り、Sでは通常では常識とされる戦場の報道が不
可能となり、戦闘後の機体の映像データの消去まで義務化されていた。
さらに、報酬の額が通常平均の18万SLを軽く越えている事と特別報酬の4文字がさらに未来の疑惑を広げていた。
「ま、通常の戦闘じゃすまんだろうな」
「今は2月4日の09:00だから、時間は有るわね……」
暫し虚空をにらむ様子を見せた未来だが、何かを決断した様子で、そっと手に持った紅茶を置くと次々に指令を出し
始める。
「ヘーリ!隊長級会議を2時間後の11:00に」
「あいよ」
「鹿島、ネスカに関するデータ集めて」
「は、はい」
「舞、見つからないようにありったけのデータ収集。機材の使用は自由。」
「はいはーい」
鹿島の緊張を余所に、のほほんとした雰囲気のままの2人。
ポンと一つ手を打って、未来が宣言する。
「さ、開始して」
「「「イエス、マム」」」
未来の声をきっかけとして、戦闘艦「未来」のブリッジが完全に機能を始めた。
−戦闘艦「未来」トレーニングルーム−
リズム良く走る2つの足音が、トレーニングルームに響き渡っていた。
「こんにゃろ!」
「まだまだ!」
30分以上走っているとは思えない元気さで、浩一が相棒の藤木と競い合っていた。
良く見れば、いまどき珍しい1Gランニングである事がわかる。
「にしても、藤木さん」
「ん?」
「戦闘、まだですかね?」
「う〜ん、どうなんだかなぁ」
結局は、悩みつつも走る2人だった。
ビープ音を合図に2人は身軽にローラーから飛び降りると、傍らにある冷蔵庫からスポーツドリンクをだす。
「負けた〜〜!」
「通算33戦18勝10敗5引き分けってとこか。まだまだって事さ」
悔しがる黒崎を尻目に、藤木は飄々と通算成績を読み上げる。
「今度はスクワットでやるか?」
「もちろんです!」
元気満点で返事をする黒崎に、6歳という年齢差を苦笑しつつも藤木はスクワットの準備を始めようと手を伸ばした時
だった。
「ヘーリから各員へ」
艦内放送が室内に響き渡り、2人の間に瞬時に緊張感が走る。
「小隊長以上のものは、本日11:00に第1作戦会議室に集合する事」
静まり返った室内に、ポツリと声が響く。
「ようやく、か」
「ようやく、ですね」
「出番、あると良いな」
「ええ、千堂隊長に期待ですね」
2人の戦士の言葉が、静かに響き渡った。
−第1作戦会議室−
10:55になる頃には、各小隊隊長の七味天、槙原愛、御神美沙斗、千堂瞳、相川真一郎に副官のヘーリ、メカニッ
ク長のガンマそして、艦長の未来とオペレータの神舞が集っていた。
「さてと、ちょっと早いけど始めよっか」
「「「「「は〜い」」」」」
「あいよ」
「いいぞ〜」
それぞれの返事をしつつ、全員が各自の前にあるウィンドに目を落とす。
そこに、先程のミッション内容が表示された。
「え〜っと……」
それを見て、真っ先に千堂が声を上げる。
「これって、どう見ても怪しいんだけど」
「普通には済まないのは確定してるようなもんだな」
今度は美沙斗が発言する。ただしそこには挑戦的な響きがあった。
「で、今回の召集理由は?」
「そうそう、まずはそこだな」
落ち着いた声で真一郎が未来に尋ね、七味がそれに合いの手を入れる。
愛はと言えば、何を考えているのか分からないにこにことした笑顔を浮べていた。
「みんな目を通したようね」
小隊長一同を見渡して、改めて未来が声をかける。
「次に、ヘーリと舞に集めてもらった情報ね。言うまでも無いけど、極秘もんだからよろしく」
そう言って、どこからともなくホワイトボードを出す。
「電子データに残したくないから、これで説明するわよ〜」
苦笑するその他を脇目に、次々と未来が何かを書いていく。
「えっとね、2時間で集めた情報だから、信頼度は60%って所なんだけど……」
「ほぉ〜」
しばらくして、書きあがった内容を見た一同は一様に感嘆の溜息を漏らした。
「概要だけ説明するわよ〜」
未来の声で静まる一同。
「今回のネスカって企業は実質マーチンベーカの子会社みたいなものなわけで、今回のミッション依頼は新兵器のデモ
ンストレーションが目的だと思われます。監視の軍は容認する方向のようね。むしろ積極的に動いたのかも。その裏づ け情報は左上に書いてあるから確認して。高額な成功報酬は私達への餌と口止め料って所かしら?」
一気に説明すると、未来は考える時間を与える為に口をつぐむ。
「にしても、良くそこまで分かりましたね」
「ま、本当に隠せる秘密ってのはどこにも無いって事よ」
七味の言葉に、苦笑しつつ未来が答える。
「にしても、これはねぇ」
「よく許しましたね」
「まぁ、自分たちが使う事になるかも知れない物だしな」
口々に文句を言いつつも、会議室には先程の呆れた雰囲気は無くなっていた。
「残念な事に新兵器が何であるかは分からなかったけど、これの情報だけでも大きく違ってくるわよね。さて、ここで引
き受けるかどうかみんなに採決取るけど、どうする?」
「引き受けましょう。舐められっぱなしってのも良い気分じゃない」
ニヤッと笑って、七味が賛成を表明する。
「ん〜〜、大丈夫だと思いますよ〜」
相変わらずニコニコとしたまま、愛も賛成を表明。
「新兵器の実験台か……七味じゃないが、良い趣味とはいえないな」
これは美沙斗。
「これだけ分かってれば、何とかなるかな」
やや慎重な対応を見せつつも、やる気が見え隠れする瞳。
「現場のみんなを、信頼しますよ」
そう言う真一郎の顔には、絶対の信頼感が表れていた。
ミッションを受ける事が決まった。
ちなみに……
整備長のガンマは当初からずっと寝っぱなしだったりする。
−8日 09:00−
「この度は、ミッションをお引き受け下さいまして、誠にありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそよろしくおねがいします」
スクリーンに映る中年の男性に向かって愛想笑いをする未来の姿がそこにはあり、ヘーリと舞はすでにブリッジの外
に退避していたりする。
「では早速ですが、ミッションの詳細な内容を送りますので」
「ん、確認しました」
送られてきた内容に目を落とす未来。
そこには疑う余地の無い、完璧な内容の依頼書があった。
「レアメタル鉱山の奪取ですか」
「はい。相手は企業所有のチームだそうです」
「へぇ、かの有名な「ファントムレイズ」が相手ですか」
「勝てますか?」
「私達に聞く言葉じゃないですわ」
ニコリと笑った未来に何かを感じたのか、画面の向こうで男性が汗を拭いだした。
オペレータ席の鹿島の体も震える。
(鹿島には、後でお仕置きね)
そんな雰囲気をおくびにも出さず、笑顔を浮べたままの未来。
「し、失礼しました」
「戦闘開始日時は?」
「2月10日の12:00からで、惑星表面の指示ポイントから始めてもらいます」
「了解ですわ」
「で、でわ」
「あ、お待ちください」
「は、はい!」
滑稽なほどに驚いて、裏返った声で返事を返す男性。
「振込みは、確実におねがいしますね♪」
「え、ええ、もちろんです」
「あと、特別報酬についての説明は?」
「あ、あぁ、はい、今回は情報規制をひかせて頂きましたので成功の有無にかかわらず、5万SL払わせてもらいます」
「ずいぶん景気がよろしいようですね」
「お、おかげさまで」
「もしよろしければ、情報規制をひいた理由、教えてもらえませんか?」
「……社外秘です」
「そうですか。分かりました。では失礼しますね」
「あ、はい。また当日連絡いたしたします」
「お待ちしておりますわ♪」
その言葉を最後に、スクリーンが暗転する。
しばらくの間無言がその場を支配した。
「フフフフフ……」
未来の笑い声が静かなブリッジに響き渡る。
(逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……)
「あの狐……絶対に顔色変えさせてあげるから〜〜〜待ってなさい!!!!」
「未来、吼えてますね」
「まぁ、いつもの事だ」
「交渉そんなに嫌いなんですか?」
「本人の性格がアレだからな」
「人に舐められるのが嫌いってのも難しいですね〜」
「しかも、猫被るの巧いから相手にはなかなかわからないんだよなぁ」
「「はぁ〜〜〜」」
これもまぁ、交渉直後のいつもの風景だった。
−8日午後 13:00−
「さて、うすうす感じているとは思うが、戦闘だ」
会議室に集った面々に向かって、ヘーリが口を開く。
第1会議室には現存のパイロット全員が集っていたが、その一言に一斉に静まり返る。
その様子に満足したかのように、ヘーリは小さくうなずくと言葉を続ける。
「今回のミッションはかなり特殊な部門に入る。よって編成は変則的なものになる。良く聞けよ。心配なヤツはメモ取る
ように」
その言葉に何名かが慌ててメモの準備をし、それ以外の者は真剣な表情で手元のディスプレイを見ていた。
「ミッションの内容は諸君が見ているままだ。表向きは普通だが、裏じゃ企業の新型兵器の実験に付き合う」
「な!」
明らかに不満な声が上がるのを無視するヘーリ。
「もっとも、ただやられに行くわけじゃない。これは極秘のようだからしっかりとやり返して来い! 俺たちを選んだ事後悔
させてやれ!」
「「「「「ヤー!」」」」
会議室の温度が一気に上がった事を確認して、ヘーリが言葉を続ける。
「では今回のメンバーを発表する」
その言葉に一斉に静まり返る面々。だが、その熱気はさらに高まっていた。
「1人目、浅神宗利」
「やったぜ!」
「2人目、藤木高志」
「おうよ」
「3人目、黒崎浩一」
「あいさ」
「4人目、春日野馨」
「はい」
「サポートは2名。Wingと比摩神眼魔だ」
「「OK」」
名前を呼ばれたものは立ち上がり、呼ばれなかった者からのやっかみの視線を受けていた。
「さて、これで解散だ。呼ばれたヤツは1時間後にここに来る事。瞳はこれから作戦会議だ。以上!」
戦闘艦「未来」がその力を示す刻が、刻一刻と近づいていた。
−1時間後−
先程の6人とヘーリ及び瞳が、第一会議室より小さな第3チーム用ブリーフィングルームに居た。
「以上が今回の作戦だ。不明な点は?」
「要は、前が高速で攪乱して、後衛が光学迷彩を着て移動、狙撃して潰すってことだな?」
「30分の説明を一言か。身も蓋も無いな、お前は」
浅神の、余りにも要約しすぎた説明に苦笑しつつもヘーリが肯定する。
第一声が反論ではなく、確認のあたりが作戦の完璧さを示していた。
「ところで、もし相手の新兵器剣とかだったらどうします?」
「避けられないようなら、こちらの敗北だな」
「そうじゃなくて」
そんな事はありえない、と言う空気を滲ませて藤木が苦笑しつつ返す。
「持って帰ってもいいんですか?」
「あぁ、かまわんぞ。ただしバレないようにな」
「あいよ」
イタズラを思いついた子供の顔で笑う藤木だった。
「他に質問は?」
「まったく無し。明快な作戦ですね」
馨が作戦要綱に目を通しつつ答える。
「同じく」
「OK、じゃ後は瞳に任せた。勝利と共に帰れ」
特に問題が無いのを確認すると、そう言い残してヘーリが退室する。
それを見送った7人が、ゆっくりと中央の大きな机の周りに集った。
「じゃ、恒例のアレやるか」
「ちょっと! せめてもう少し……」
「わかってますよ。まぁまずはこれと言う事で」
「う、なら……」
(やれやれ、大丈夫なのはわかってるんだが……人選ミスったか?)
壁越しに聞こえる7人の声を聴きつつ、ヘーリはやれやれと首を振ったのだった。
戦闘の前の戯れに興じるのは、愚者か勇者か。その評価まで……後僅か。
−戦闘当日 開始2時間前−
戦闘艦「未来」目の前に広がるのは、赤茶けた惑星だった。
ブリッジは総員配置が敷かれており、通常航行メンバー以外に、瞳を除く各隊の隊長が集っている。
「ね、ねぇ……」
「……っ、く、くくっ」
誰のものとも知れない小さな笑い声が、何ともいえない空気を漂わせるブリッジの各所で湧き上がっていた。
未来はその現象を引き起こしている、モニターの向こうの瞳に眼をやると、口元を引きつらせつつなんとか声を絞り出
す。
「そ、総員準備は済んだ?」
「済みました。武装もエンジンも確認済みです。艦長、どうされました?」
「な、なんでもないわよ。さてと、舞、タイムテーブル開始カウントスタート!」
「アイ、マム」
未来の言葉に神舞が応じて手元のコンソールを操作する。
しばらくして、正面モニターと艦内アナウンスで、カウントが始まった。
『タイムテーブル開始5秒前、4、3、2、1、Now!』
その合図をきっかけにモニターから瞳が消えると、ブリッジが爆笑に包まれる。
「まさか瞳が猫の着ぐるみ……ねぇ、あいつらもやるもんだ」
一人しみじみと呟くヘーリだった。
一方その頃……
ヘーリにあいつらと呼ばれた4人も、シャトルのパイロットルームで爆笑に包まれていた。
「成功成功、にしてもあそこまですごいものになるとは……」
「あーだめ。腹痛い」
先程の会議室、ヘーリが居なくなって真っ先に始めたのは賭けポーカーだったりする。ポーカー自体は戦闘のたびに
行われる行事で、己の幸運を試す為や、戦闘前のリラックスの為にやっていたのだが、いつの間にか金銭の絡まない 賭けになっていた。
ルールは簡単で、配られたカードを1回だけチェンジして役を作るのが未来での一般ルールになっている。
今回、勝者となった藤木が命じたのは『ガンマ班長のコスプレグッズから一つ「フィリスが」選んで戦闘終了時まで着る
こと』だった。
はっきり言うと、その瞬間時が停まった。
そう、あの無類の猫好きと知られるフィリス艦医に衣装を選ばせるのである。
この瞬間、瞳の運命は決まったと言っても過言ではなかった。
「さてと、いい物拝ませてもらったし……行くか!」
「はい、藤木さん、春日野さん、宜しく頼んます」
「任せろって、不詳春日野、スナイプと索敵だけは失敗しないよ。なぁ浅神」
「たしかにね。ま、俺が倒す前にスナイプできれば、の話ですけど」
そう言って、信頼してる事を示しつつも不敵に笑う浅神。
全員が気合を入れ一頻落ち着いた所で、パイロットルームに設置されたモニターに瞳が映し出された。
「隊長、似合ってますよ」
「五月蝿い! 浅神、今度は勝つからね!」
「そんな照れなくても」
「藤木も横から茶化すな!」
「で、どうしました?」
「っ、ありがと春日野くん。射出ポイントに着いたわ。総員搭乗開始して」
「「「「了解!」」」」
そういうと、4人は各々用にセッティングされた次元位相変換装置の中へと入っていく。
この時代、すでに機体に直接乗り込むと言うのは極稀な事となっていた。
細かなシステムは、博士号を何十個取れるほどの論文を書く羽目になるので割愛するが、分かりやすく言えばどこぞ
のバブルボートシステムと同じく、コクピット周りの次元を異なるものにして、機体が撃破されたとしてもパイロットは一切 戦死しない様にした物である。
装置に入ってから30秒後。パイロット達はそれぞれのコクピットに「居た」。
360度スクリーンには全ての風景が映され、パイロットはシートに座っている。
「みんな、OK?」
「藤木、OK」
「黒崎、問題なし」
「比摩神、いつでもどうぞ」
「春日野、行けます」
「着地10秒後に作戦開始。いいわね? レディ、GO!」
瞳の合図と同時に、シャトルからリリースされた4機は地上へ向けて舞い降りていくのだった。
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