Written by 小島
この作品はJANIS/ivoryより発売されているとらいあんぐるハートを元ネタとしております。
この作品は、ネタばれを含んでいます。
君を守りたい。
寂しげに微笑む顔を知っているから。
君を守りたい。
自分の所為で一度悲しませてしまったから。
君を守りたい。
強くて、そして傷つきやすいダイヤモンドのような心をしているから。
君を守りたい。
心の底から愛しているから。
君を守りたい。
誰よりも君の傍にいて守ってあげたい。
住宅街の一角にある、少し古ぼけたアパートの一室でキッチンに立つ影がある。
少しタレ目気味の大きく澄んだ瞳。
優美なカーヴを描く細い眉
少し小さめの愛らしい唇。
細くさらさらのブラウンの髪を少しラフな感じで纏めている。
白く滑らかな肌は、火を使っている所為か少し紅潮していて、それがまたなんとも可愛らしい。
背は160センチよりも少し高いくらいか?華奢な感じを受けるその身体を忙しそうに動かしている。
どこからどう見ても綺麗なとか、可愛いとか形容詞がつきそうな少女のように見えるその影は、信じられない事に少年
である。
その少女と見間違うほどの美貌を持った影の名を相川真一郎という。
本人としては不本意な事に、女性と間違われてナンパされた事や痴漢された経験をもっている。
もっとも、不良御用達の短ランを着るようになってからはなくなったが。
さて、真一郎が一人暮らし?をしている部屋にあるキッチンに立っているのには訳がある。
先月の14日、つまり2月の14日のヴァレンタインデーに恋人のさくら、綺堂さくらにチョコレートケーキを作ってもらっ
たお返しの準備のためである。
先程「一人暮らし?」とあったのは、この恋人の少女が週の半分はこの部屋に寝泊りしている半同棲状態になってい
るためである。
しかし、今日はさくらは実家に帰っている。理由は簡単だ。ホワイトデー当日の楽しみが大きいほうが良いと二人の意
見が一致したからである。
「よし、これで全部溶けたな」
真一郎は湯煎をしながらゆっくりと溶かしたホワイトチョコレートを見て呟くと、先に準備してあった小さなハート型の穴
がいっぱいある型に丁寧に、だが素早く流し込む。
この型は1つだけではなく、5つ用意されている。
「うん、うまくいった」
満足そうに呟くと、型に入れたホワイトチョコレートを冷蔵庫にしまう。
幼い頃から料理をやっている真一郎の料理の腕は確かで、今までの一連の動作を見ても見事としか言い様がない。
次に真一郎はスポンジケーキを作り始める。
小麦粉を篩(ふるい)にかけ、その作業を二度・三度と繰り返す。
同じようにココアパウダーも二・三度篩(ふるい)にかける。
篩にかけ終った小麦粉とココアパウダーを一旦そのままおいておいて、今度はボウルの中に砂糖を入れた後、卵を
数個割り入れ、泡立て器でよくかき混ぜる、そして弱火にかけてから充分に泡立てる。
見た目はそれほど大変なように見えないが、かなり根気のいる作業である。見た目以上に体力を持っている真一郎
だが、額にうっすらと汗を浮かべ始める。
(さくら、大変だったんだろうな)そう心に思い、自分の為に一生懸命ケーキを作ってくれたさくらが本当に愛しく感じる。
そして卵液をきちんと泡立てたら、先程篩にかけた小麦粉をボウルの中に入れ、さらにバニラエッセンスを加え、木杓
子で丁寧にかつ充分にかき混ぜる。
「ここで手を抜くと、不味くなっちゃうから慎重にやらないとな」
滑らかになるまでかき混ぜたものに、今度は溶かした無塩バターを加え、バターが混ざりきるまで静かにたねをかき
混ぜる。
「よし!!我ながらうまくいったな。これなら絶対に美味しいスポンジケーキができるぞ。」
そして、型に入れたらオーブンで焼き始める。
そして、スポンジケーキが焼きあがるまでの時間を利用してホイップクリームを作るために、冷蔵庫から生クリームを
取り出す。
持ってきた生クリームをボウルに流し込み、砂糖を入れボウルごと氷水で冷やしながら堅く泡立てる。
「あー、これほんと大変だよな……さくらはきっともっと大変だったんだろうな……。」
さくらの苦労を思って呟きながらも手は止まることなく動く、やはりその手際は見事だ。
できたホイップクリームを搾り器の中に入れる。
オーブンの方を見るが、スポンジケーキが焼きあがるまで少々時間があるようだ。
それならばと、真一郎はイチゴのヘタ取りを始める。
都合24個のイチゴのヘタをゆっくり丁寧にとって形が悪くならないようにする。
それが終わってもまだ焼きあがっていない。手際が良過ぎるのも考えものである。
なんにもしないと手持ち無沙汰なので、冷蔵庫の中のホワイトチョコの様子を見ると、うまく固まっているようである。
そこで、型から小さな白いハートを外していく。この小さなハート型のチョコレートは、ケーキの材料だけではなく、袋に
小分けしてさくら以外の女の子へのお返しにする為に大量に作ったもので、それなりに手間がかかる。
半分ほど外し終わったところでスポンジケーキが焼きあがる。
オーブンから見事に膨らんだ褐色のスポンジケーキが出てくる。
このスポンジケーキを冷ますためにラップをして冷蔵庫に入れる。
そして、冷めるのを待つ間、チョコ外しの続きをする。
ピンポーン!!
チョコ外しが終わり、さあデコレーションにはいろうかという時になって、来客を知らせるチャイムが鳴る、時刻は午後
10時である。
人様の家を訪問するには非常識な時間だが、気心の知れた仲間である大輔や唯子あたりならありえるので急いで玄
関へ行きドアを開ける。
「ハハハハハハハハハ、夜分に済まないね相川君」
ドアを開けるとそこには、クールな美貌をもつ事と、ある事で知られる背の高い少年がいた。
「なんだ、氷村か」
真一郎はそう言うと、有無を言わさずドアを閉め、キッチンへ戻ろうとする。
「貴様!!いきなりドアを閉めるとは失礼なやつだな」
遊は閉められたドアを開けて部屋に入ってくる。
「こんな時間に人様の家を尋ねてきて玄関先で馬鹿笑いする奴のほうが失礼だぞ(ちっ、鍵を閉めてやれば良かっ
た)」
「うん?馬鹿笑いをする奴?どんな奴だ?そんな奴がいたら私が説教をしてやるから、とにかくこの未来の義兄の話し
を聴き給え」
どうやらこれほど直接言われたにもかかわらず、自分の事だと認識していないようである。
(そう言えば直接名指ししないと都合の悪い事は自分の事だと認識しない特殊感覚の持ち主だってさくらが言ってたっ
け)
さすがに真一郎も毒気を抜かれた表情をしていたが、自分の事を未来の義兄だと言うのは聞き流せず質問をする。
「おまえ、俺とさくらが付き合うのに反対だったんじゃないのか?」
「ああ、実は考えを改めたんだ」
その言葉に半信半疑ながら質問を続ける真一郎。
「いったいどういった理由でだ?」
その質問を待っていたとばかりに大げさな身振り手振りで語り始める遊。
「うむ、さくらは昔からこうと思ったことは必ずやり遂げる頑固な娘でな、これだけ反対しても意見を翻さないならもういく
ら言っても無駄だからな。可愛い義妹と何時までも喧嘩しているのも良くないし、これから義弟となる男とも仲良くなった 方が良いと思ってな」
この言葉に真一郎もびっくりした。
「おまえ、純血主義で、人間は餌だって公言して憚らないって言う話じゃないか?それがまたどういう風の吹き回し
だ?」
その真一郎の言葉にあからさまにばつが悪そうな顔をする遊。
「どうしても言わないとだめか?」
その言葉にこれは遊の話を信じても良いかなと思い、真一郎は今までより三割増に真剣な表情となる。
「ああ、その部分をきかないと残念だけどおまえを信用できない」
遊もどこか冗談めかした態度を改め、真剣な表情をする。
「さくらから聞いていると思うけど俺は留年した事と、それまで女の子をとっかえひっかえしていたことで、女子からかな
り嫌われている」
「ああ、さくらからだけじゃなく、いろんな所から話が入ってくるよ」
その真一郎の言葉に遊は苦笑すると、話しを続けた。
「まあ、そう言うわけで暫く前まで血を吸っていなかったんだ。さくらの近くにいる手前術を使って無理やりというのは拙
かったしな」
「そうだな、そんな事していたら今度こそ追い出すって言ってたよ」
「俺もそうされるのはわかっていたよ。話を続けるぞ。そうして血を吸わない日が続いたある日不用意に日光の下を歩
いてしまい貧血を起してしまったんだ。気を失った俺が目覚めたのは保健室だった。そして俺の傍にいたのはあの時 散々迷惑をかけた鷹城さんだった」
そう言うと遊は俯いて口元に手を当て、続きを話す。
「俺は驚いた。もしかしたら俺だとわかっていのかとも思ったけど、彼女の目を見てわかった、彼女は俺だとわかってい
て、さらに俺のことを憎んでいるだから他の誰かが俺を運んできたのかと思い、彼女に聞いてみたんだ」
「唯子はなんて言った?」
「自分が運んで来たって言ったよ。だから、俺を憎んでいるんだろう?そう聞いたんだ。彼女は俺のことは嫌いだと言
い、でもそれでも困っているなら助けてあげなくちゃと思ったからだ、そう言って俺を睨んだよ。その時俺は自分の傲慢 さを思い知らされたよ」
再び顔を上げて真一郎を見る遊、その真剣な瞳を真一郎も真剣に見返した。
「唯子はそういう娘だよ。子供っぽいけど一番大切な事は何か?それを見失わない」
「ああ、あんないい娘だったんだな。それを俺は……、続けるぞ。だから俺は彼女に真剣に謝ったんだ。そうしたら彼女
は俺を許してくれたよ。いや、心にわだかまりは残るけど許してあげたいと思うそう言ってくれた。それから俺にどうして 倒れたのかと、俺たち夜の一族がどういうものか話して欲しいと言ってきた。だから俺はまず一族の掟の事を言い、例 の友人でもいいから共に歩む事を誓わないと話せないと言ったら、彼女は少し悩んだ後俺の友人になってくれたんだ」
「唯子……」
「だから俺は全部正直に言ったよ。俺たちの一族の歴史や血を活力にしている事や俺が倒れた理由全てね。そしたら
彼女はどうしても必要になったら自分の血を吸っていいとまで言ってくれたんだ」
「まったくあいつは……」
「その時からだ。俺が一部とはいえ人間の事を認めたのは。そして、気付いていたよ。彼女を本気で好きになった事
を。でも俺には彼女を好きになる資格なんてないのにな」
自嘲気味に呟く遊。
「氷村、そんな事言う必要はない。人の心は何者でも縛れない。おまえが唯子を好きになったんだったら自嘲して引っ
込むんじゃなくて唯子の近くにいてやる事だ」
「だが!!俺は!!」
「確かにおまえはやってはいけない事をした。でもそれは過去の事だ。今を生きている俺たちは未来のために努力しな
くちゃいけない!!」
「………」
「俺だってあの事件の時さくらを信じきれず、さくらに悲しい思いをさせてしまった。だからあの事件の後『俺を死の顎に
さえ渡したくない』そう叫んださくらを見ながら誓ったんだ。この娘を絶対に守るって。誰よりも傍にいてその全てを絶対 に守り抜くって。心の中にこの誓いを刻み込んだんだ」
「ああ、さくらを守ってやってくれ。義妹を頼むぞ」
「ああ、でも妹分だった唯子や小鳥のことが手薄になってしまう。まあこの際小鳥の事は後回しにして、唯子の事だ。俺
の代わりに傍にいて守ってやってくれないか?」
「だが、俺はまだ完全に彼女に許してもらっていないんだ!!」
「もう許しているよ唯子は。だって自分の血を吸って良いなんて単なる義務感や同情じゃあ言えるもんじゃないよ」
「………」
複雑な表情で真一郎を見る遊、真一郎にそう言ってもらえるのは嬉しいが同時に自分よりも唯子を知っていると言う
事を思い知らされるからだ。
「だから、いきなり恋人になるんじゃなくて、俺や小鳥、大輔、いづみ、ななかちゃん、そういった唯子の回りの人間とも
仲良くなって、唯子と遊ぶ機会を増やしていく事から始めればいい」
遊は真一郎に頭を下げる。
「ありがとう」
「いいって」
真一郎は照れくさそうに答える。
「俺も、彼女を、鷹城さんを守りたい、だから何時か告げてみようと思う君を守りたいって。」
「何時か言えるといいな。」
「じゃあ、まずは明日のホワイトデーにお詫びの印って事でチョコでもあげるか?俺が作り方教えてやるよ、材料も余っ
ていることだし」
「頼むよ」
悪戯っぽく話しかける真一郎に、笑顔で答える遊。
新たなる絆が生まれた瞬間だった。
真一郎が自分のケーキを完成させながら、遊を指導する声は夜の1時を過ぎても途絶える事はなかった。
翌日真一郎は、ケーキと共にあの誓いの言葉をさくらに贈り、遊は初めて作ったホワイトチョコを唯子に渡した。
よく晴れたその日の放課後、カラオケボックスに向かういつものメンバーの中に遊の姿があった。
--------------------------------------------------------------------------------------------
こんにちは、小島です。
「君を守りたい……新たなる絆」いかがでしたか?
この話しはヴァレンタインデー記念に書いた「愛をあげたい……さくらのケーキ・クッキング」の後日談に当る話です。
今までの私の書いていた作品とがらりと変わり、壊れも、ラブラブも無いシリアスな話です。
特に、今まで散々いじめてきた遊が結構カッコ良く書かれてます。
楽しんでいただけるといいのですが……。
もしかしたら、今まで通りの話を期待していた方をがっかりさせてしまったのではないかと心配しています。
私的にはかなり力を入れた作品ですので、それだけに評価を気にしてしまいます、良くないですよね、こういう考え方は
……ちょっと反省。
それではまた違う作品でお会いしましょう、アディオス!!
メールアドレス:mk_kojima2@yahoo.co.jp
|