ケーキに愛情込めて


Written by 神舞



 〜はじめに〜
 この度は、本SSを読もうとして頂き誠にありがとうございます。
お読み頂く前に、数点注意して欲しい事があります。
今回のヒロインである神咲葉弓嬢ですが、性格などは良く分かりません。
従ってオリジナルの部分が多分にあります。
料理の腕なんかは完全に未知数です。
そういうオリジナル要素が入るのを嫌がる方が居ましたら、ここでお戻りくださいませ
もし、読んで頂ける方には、御楽しみ頂ければ幸いです。








 カランカラン
 ドアを開けると、軽い鈴の音にのって翠屋の落ち着いた店内の光景が広がりました。

 「いらっしゃいませ〜」

 久々に聞いた、フィアッセさんの声。
 軽く会釈して挨拶を返すと、いつもの席に案内してもらいます。


 渡されたメニューを一応開くフリをして、あらかじめ決めてあったものを注文しようと口を開ける。

 「えっと、紅……」
 「紅茶とシュークリームだよね♪ 」

 悪戯が成功した時に見せる、かわいい笑顔でこっちを見てくるフィアッセさん。
 う・・・こんな笑顔されたら、何もいえないじゃないですか〜

 「やっぱり分かります? 」
 「うん♪ 恭也と一緒じゃない時はいつもそれだからね〜」

 はぅぅ〜〜
 恭也さん甘いもの苦手だから、一緒の時は抹茶を使った余り甘くない物を頼む様にしている。
 なぜかは内緒ね?

 それはそうと、私も女の子の御多分に漏れず甘いものが大好きなもので、ついつい1人で来た時はシュークリームを
頼んでしまうんですよね。
 この調子だと、完全にバレちゃってますね。

 プルルル
 シンプルな電話の音。
 聞けば、厨房の方からのようです。

 「フィアッセ〜、ごめ〜〜ん電話取って〜」

 桃子さんの声がしました。
 厨房で、間違いなかったようですね。

 「ごめんね〜」
 「気にしないでください」

 顔の前で手を合わせるようにすると、フィアッセさんが足早に厨房へと入ってく。
 さてと、どうしたものかな……
 この様子だと、恭也さんはまだ山篭りから帰って来てないようですね。
2日ほど前に桃子さんから電話があって、今日帰るとの事でしたので、とりあえず来て見たのはいいけど、肝心の時間
を聞き忘れちゃったんですよね〜

 「え〜〜〜!! 」

 いきなり厨房の方から、フィアッセさんの声が響いてきた。
 もしかして恭也君に何かあったんじゃ……。

 「うん、うん、病院に居るんだね? 」

 え?! 病院に居る?!
 ど、どこの!?

 居てもたっていられずに、思わず腰をあげると厨房の方へと向かう
 ウェイトレスの子が止めようとするのを無視して声のする方へと一直線で向かっていきます。
 厨房に入ると、フィアッセさんはすぐに見つかりました。
 考えるよりも早く手が動いたらしく、気が付くと受話器はフィアッセさんではなく私が握っています

 『恭也さん?! 』
 『?! 』
 『私です、葉弓です! 』
 『どうし……』
 『そんなことより、どこに居るんですか? すぐに行きますから! 』

 電話から聞こえてくる恭也さんの声に、まずはホッとしつつも言葉をつなげる
 ……あれ?
 恭也さんが病院に居て、電話がかかってきてて、恭也さんとこうして話をしている……
 なんとなく違和感が頭をよぎる

 「葉弓さん、大丈夫ですよ。単に山道で倒れてる人を助けて、病院に居るだけです」
 「え……」

 やっぱり〜〜〜〜〜!!
 勘違いに気が付いた私は、油の切れたおもちゃの様にゆっくりと振り返る。
 ・
 ・・
 ・・・
 ・・・・
 ねぇ、フィアッセさん、そ、その背中の羽仕舞って欲しいな〜とか、その笑顔は怖いな〜って思うんですけど……。
 とりあえず気を持ち直して、電話の方に向き直る。

 「じゃあ、明日帰りますから」
 「うん、待ってますね〜〜」

 ゆっくりと受話器を置く

 「は〜〜ゆ〜〜み〜〜〜ちゃ〜〜〜ん? 」
 「あ、あは〜〜ごめんなさい」

 にこりとルシファーを出して迫ってくるフィアッセさん。
 なぜか、その手には翠屋の制服が握られていて、もう片方の手でピシッっとフロアーの方を指す。

 「きりきりと働くように♪ 」
 「……はい」

 結局、この日1日翠屋のウェイトレスをする事になったのでした。

 「あ、写真いいですか」
 
 もう嫌ぁ〜〜!!!







 


 ふぅ〜〜〜〜
 つ、疲れました。
 今居るのは高町さん宅のリビング。
 あの後、何故か閉店時間までウェイトレスをした私は、桃子さんに言われるままにお宅に失礼していたのでした。

 「ふふふ、どうだった? 初めてのウェイトレスは」
 「疲れました〜」

 行儀悪いと知りつつも、目の前のテーブルに突っ伏してしまう。
 こんな私を見て、桃子さんが苦笑いしながら話しかけてくれます。

 「にしてもね〜、あそこまで怒ったフィアッセはじめて見たわ」
 「はぅぅ〜〜〜〜」
 「ま、今日はお疲れ様」

 そういうと、席を立つ桃子さん。しばらくして戻ってくると、手にはワインとワイングラスがありました。

 「さ、一献」
 
 そう言うと、ほんのわずかワインの入ったグラスを渡されました。

 「ありがとうございます」

 口に含むと、私が飲んだ事のある中では最高の香りが広がります。
 美味しい
 あまりワインを飲まない私でも、素直にそう思える味でした。

 「おいしいですね」
 「私のお気に入りの一品よ」

 そう言いつつも、今度はなみなみとワインを注いでくださります
 私の分を注ぎ、御自分の分も注がれると、改めて桃子さんが話を切り出しました。

 「にしても、よく恭也を射止めたわね」
 「自分でも驚きですね〜」
 「私の方が驚いたわよ。あの恭也が『かーさん、明日空けられるか』なんて真剣に聞いてくるんだもの。何事かと思っ
ちゃったわ」
 
 あの時を思い出したかのように、クスクスと笑う桃子さん。

 「フィアッセか美由希か那美ちゃんかフィリス先生か、何て思ってたら、まったく知らない貴女をつれて来たんだものね
〜」
 「あの時は本当に驚きました。だって、事前に何も言ってくれないんですよ? 」
 「「はぁ〜〜〜」」
 
 期せずして、お互いのため息が重なる。

 「ま、あの子らしいと言えばあの子らしいわね」

 そう言うと、ワインの残りを飲んで桃子さんが立ち上がる。釣られるように、私も飲み干しました。

 「さてと、明日は恭也が帰るわね」
 「そうですね」
 「もしよかったら、ケーキでもつくってみない? 」
 「へ? 」

 ケ、ケーキですか……。
 和菓子はこれまで何度か作った事ありますけど、ケーキというのは初めてです。
 うまく出来るんでしょうか?
 そもそも、恭也さんは甘いもの苦手だったような……。

 「恭也さんて甘いものダメじゃなかったですか? 」
 「あ、もう知ってるんだ♪ 」

 ペロッと舌を出す桃子さん。もし知らなかったら、甘いもの作らせたんでしょうか?

 「大丈夫よ、教えてあげるのは甘くないチョコレートケーキだから」
 「……ケーキは初体験なんですけど」
 「桃子さんを信頼しなさい♪ 」
 
 ……恭也さん喜んでくれるかな?
 恭也さんにケーキを食べさせているシーンが思い浮かべる。
 ・
 ・・
 ・・・
 ・・・・
 いいかもしれませんね。

 「はい、宜しくお願いします」
 「OKOK、桃子さんにおまかせ〜」

 そう言いつつ、桃子さんがキッチンの方へと消える。
 私はどうしましょうか?
 とりあえず、飲み終えたワイングラスを持ってキッチンに行きます。

 「これから作ります? 」
 「本当は朝にしたいんだけどね〜、時間の都合もあるし、今から作っちゃいましょ」
 「了解です〜」





 
 とりあえずと、手渡されたエプロンを着込む。
 いつの間にか目の前には材料が準備されていました。

 「さてと、はじめましょうか」
 「はい。」

 言われるままに、ココアと薄力粉をあわせてふる。
 塊は指で軽く潰すんですよね?
 桃子さんはその間に、チョコレートとバターの湯煎をはじめていました。

 「はい、OK。次はメレンゲ作りね〜」
 「メレンゲ……ですか? 」
 「そうよ〜。卵白とグラニュー糖を混ぜて、ひたすらかき回した物の事って言えば分かる? 」
 「ぁ〜はい、分かりました」

 カシャカシャカシャ
 角が立つように、しっかりとかき回していく。

 「そうそう、メレンゲはかき回すことで意味が出てくるからしっかりね」
 「桃子さんは、毎日こういうことしてるんですよね」
 「そうよ〜。ま、好きだからこそできる事かな」
 
 カシャカシャカシャ……
 実家にいる時とはまた違う、暖かい夜が更けていきます。




 「はい、あとはオーブンに入れて焼くだけっと」
 「ふぅ〜〜」

 予め予熱したオーブンレンジに、型に入れたケーキの元を入れると後片付けを始めます。
 ちらっと見た時計では、ここまで40分弱。
 やっぱり専門家が居るとちがいますね〜

 「葉弓ちゃん」
 「はい? 」
 「恭也とはもうした? 」

 えっと。
 イマナンテオッシャイマシタ?

 思わず洗いかけのボールを落としかける。

 「な、ななな何聞いてるんですか!!! 」
 
 ニタリという表現がぴったりの笑顔でこちらを見てくる桃子さん。

 「ん〜ほら、母親として気になるじゃない♪ 」
 「だからって、いきなり聞きます?! 」
 「ほらほら、真っ赤になってるわよ」
 「ぅ〜〜〜」
 「で、どうなの? 」
 「ぅ、ぇ、ぁ、そのしちゃいました……ごにょごにょ」
 
 こんな感じで、焼きあがるまでの50分間、延々と弄られ続けるのでしょうか?
 それだけは、やめて欲しいな〜とか思うんですけど……。

 「ふふふ、もう子供じゃないんだ」

 それまでとは一転して、さびしくもうれしそうな雰囲気で呟く桃子さん。

 「葉弓ちゃん、一つだけ約束して」
 「はい? 」
 「恭也はね、あれで脆い所あるから、側で支えてやってね」

 ずっと、側に居たからこそ分かること。

 私の知らない恭也さんの側面、昔を知るからこそいえる言葉。

 「はい、わかりました」

 私は、精一杯の誠意で持って答えたのでした。

 「あ、そうそう。孫は抱かせてね♪ あとはお腹大きくなる前に結婚はしたほうがいいわよ〜」

 ……やっぱり、返事はしたほうがいいんですか?






 −高町家 9:30−

 「まだかな〜」

 誰も居ない高町さんの家で、恭也さんの帰りをまっています。
 そろそろ来るとは思うんですが……。

 「ただいま」

 あ、帰ってきたようですね。
 急いで玄関の方に向かいます。

 「恭也さん、おかえりなさい」
 「ただいま」

 必要な言葉はそれだけ。
 あとは、そっと恭也さんを抱き締めました。

 


 「ふぅ〜〜〜」
 「だいじょうぶですか? 」

 山篭りの鍛錬から帰ってきた恭也さんは、さすがにお疲れのようでイスにぐったりと突っ伏しています。
 無理はしないって言ってくれてるけど、その様子じゃ立派に無理したようですね。

 「ええ、きちんと膝の手当てもしてますし、無理はしてませんよ」
 「……まぁ、そういう事にしておきます。明日はフィリス先生の所、一緒に行きましょうね♪ 」

 む、と唸る恭也さんに、有無を言わせず『お願い』する。
 これくらいしないと行ってくれませんからね。

 「それはそうと、恭也さんが今日帰ってくるって聞いてこんなの作ったんですよ〜」

 そう言って、ケーキを取り出す。
 桃子さんをして「95点」と言わせた会心のチョコレートケーキ。

 「え、もちろん、甘くないですよ」 

 大丈夫ですよ。
 恭也さんのことは、これでも分かってるつもりですから。

 「はい、あーん♪ 」
 「え、いや、あの……」
 
 やっぱりこう来ますか。
 桃子さん、ほんと恭也君の事わかってますね〜
 私も負けないように、がんばらなくっちゃ。

 「私が作ったんですけど、食べてくれないんですか……」
 「ぁ、そうではなくて」
 
 あたふたする恭也さんを尻目に、そのまま一口大のケーキを咥え恭也さんを覗き込む。
 葉弓、ここが勝負時なんですからね!

 「た、たべますから。ケーキ、頂けますか? 」
 
 こくんとうなずくと、お皿を差し出す恭也さんを無視してそのまま口に咥えたケーキを恭也さんに近づける。

 「な、う、えぇっと、その」
 「ふぁやふはへてふらはいな」

 さ、恭也さん。
 自分が真っ赤なのは分かってるし、目を閉じて恭也さんを待ちます。
 ほんの少しの間戸惑っていた恭也さんは、結局食べてくれました。
 おもいっきって、私から食べさせてたとも言いますが……。

 「ご、ごちそうさまでした」
 「いかがでした? 」
 「美味しかったです。本当に甘くないんですね……葉弓さんの味がしました」

 そう言う恭也さんの手には、いつの間にかチョコレートケーキがあります。
 あははは、わ、私もですか?
 
 「今度は、俺の番ですよ」

 そう言うと、そっと近づく恭也さん。
 それにあわせる様に顔を上げると、そっと2回目のキスをしたのでした。







 「ねぇ、恭也さん」
 「はい? 」
 「私、すごくドキドキしたんです。病院からって聞いて、もう何も考えられなくなって」

 そういう私の頭を、恭也さんはそっと撫でてくれる。
 それに勇気付けられるように、告白を続ける。

 「私、恭也さんだけにしか治せない病気になっちゃったみたい……。だから、いつまでも側に居てくださいね」
 「葉弓さん、俺も同じ病気になっているようです。山篭りの間、葉弓さんの事ばかり考えていました」



 お互いの気持ちをたしかめあう言葉。
 この瞬間だけは、御神も神咲も無くただの恋人である2人。
 その後の事は、いつのまにか降り出した雪だけが知っている……のかもしれない。





−Fin−






戻る
戻る