第二話 小さな重戦車(前編)


Written by 小島


>風芽丘学園被服室
 キーンコーンカーンコーン
 風芽丘学園に3時限目の授業開始を知らせるチャイムが鳴る。
 チャイムの音が鳴り終るのと同時に被服室のドアを開けて、その巨体を窮屈そうに屈めて大男が入ってくる。
 この学園で家庭科を教える(男性としては珍しく)槙原耕介だ。
 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿。その正体は、汎銀河連邦警察が地球に派遣した宇宙刑事シェフダーなのだ。
 耕介が教卓に着いてもいっこうに号令がしない。さすがに耕介がいぶかしげな表情をして被服室全体を見まわすと、
全員があっけにとられた様に口をあんぐりと開けている。
「おいおい、もう俺が授業を受け持つのは3回目だぞ、いいかげん慣れてくれないか?」
 その声にようやく意識が戻ったのか、この部屋の中で1・2を争うぐらい小さな少女が号令をかける。
「き、起立!!、礼!!、着席!!」
 挨拶が終わっても、まだ魂が抜けたような感じの少女達が少し居た為、耕介は雑談から入ることにした。
「さて、今日からこの被服室を使って授業を始めるんだが、この中に『私、裁縫が得意よ」って言える人は居るかい?」
 耕介が回りを見渡すと、ちょっとためらいがちに5人の少女が手を上げる。
 その少女達に向かって耕介は新しい質問をする。
「それじゃあ、実際どんな時に裁縫をした事がある?もちろん授業以外でだぞ」
 少女達の回答は、ボタン付けぐらいと答えたのが3人、雑巾や座布団を作ったと答えたのが1人、それらに加えて、エ
プロンを作ったり、刺繍をしたりしていると答えたのが1人、最後の一人は先程号令をかけた少女と背の低さを競って
いる相手だった。
「ほう、野々村は結構色々やるんだな、感心だ」
 そう、その少女、野々村小鳥を誉めた後、今度は全員に別の質問をかけた。
「じゃあ、この中で、裁縫が苦手な人は?」
 今度は2人手を上げた。一人は柔道でもやってそうな身体の大きな娘(体重は80キロ近くあると思われる)。もう1人
は先程号令をかけた少女だった。
「田川と岡本の2人だけか。野々村、岡本の面倒を見てやってくれ。田川、おまえは前のほうに居るからできるだけ俺
が見てやる」
 そう言うと、今度こそ授業を始める事にする。
「じゃあ、先週説明したと思うが今日からエプロンを作ってもらう。このエプロンは今後調理実習の時に使ってもらうから
気合を入れて作るように」
 ここで一旦声をきって回りを見渡して、皆きちんとこちらを見ている事を確認すると再び話し始める。
「まずは型紙を作るのだが、この説明をする」


 耕介が教壇でしている説明を聞き流しながら自分の思考に沈んでる(黒板のほうは律儀に見ている)少女が居る。先
程岡本と呼ばれた少女、岡本みなみだ。
(何が悲しくてこのわたしが裁縫なんてしなくちゃいけないんだろう。やっと近衛一番隊の隊長になって御手伝いの男性
を雇えるようになったと思ったらいきなりの地上基地勤務になるなんて……まぁ、神奈様の作る料理は美味しいからそ
れは役得だけど、地球人の学校に通わなくちゃならないなんて……勉強も家事も苦手なのにどうしてこうなっちゃたの
かな?)
 そう、みなみの正体はサザナーミ皇国の近衛軍第一大隊の大隊長を務める女戦士ミナミ・オカモットだったのであ
る。

「お、岡本さん、先生の言っていた事わかった?」
 ボーっと考え事をしていたみなみに、先程先生に頼まれた小鳥が声をかける。
「えっ、ご、ごめんね、ボーっとしてて話し聞きそびれちゃった」
「そ、それじゃあ、私が説明しながら実演するから、そのとおりにやってみて」
「うん、ありがとう(説明してくれるのは嬉しいけど、わたしはやりたくないのよ)」
「それじゃあ、先週渡されたこの紙持ってるよね?」
「うん(できれば持ってきたくなかったけど)」
「じゃあ、裁縫箱の中にこの色鉛筆あるよね?」
「えーと、あっ、有った(無ければ良かったのに)」
 小鳥が親切丁寧に、一生懸命説明しているのが自分のためにやってくれているのがわかるため、渋々ながらもエプ
ロン作りを始めるみなみだった。
(小鳥ちゃんて、本当に良い娘なんだよね。はぁ)


>風芽丘学園職員室
 4時限目の授業も終わり、昼休みになる。学生食堂へ向かう一団を横目で見ながら職員室へ耕介が戻ると、職員室
ではもう昼食をとっている教師が数人いた。
「あぁ、槙原先生お先にいただいてますよ」
 古文担当にして学年主任の老教師 片岡仙蔵が声をかけてくる。
 片岡は、もうすぐ定年を迎える年齢の教師で、小柄で、痩身、見事に真っ白な髪を丁寧に七三分けしていて、クロブ
チの眼鏡をかけている。若い頃からファッショナブルな男だったらしく今日も茶色のスーツを小粋に着こなしている。
「片岡先生は今日も愛妻弁当ですか?」
「いや、お恥ずかしい」
 いつも30年来連れ添った妻の作るお弁当を持ってくる片岡に耕介が好意的に声をかけると片岡は顔を紅くして頭を
掻いた。
「夫婦仲が良くて、良いじゃないですか」
 そう話しを締めくくると、自分の席へと戻る。
「槙原先生、お帰りなさい」
 二年のクラスを受け持つ教師が集まる席の一角にある自分の席に座って、鞄から自分の弁当を取り出す耕介に、向
かいの席から先に授業から戻っていた英語教師の佐伯千草が声をかける。
 佐伯は、今年都内の名門女子大を卒業したばかりの新任教師で、小柄だが、意思の強さを宿す切れ長の目と烏の 
 濡れ羽色をした腰まで届くベリーロングヘアが印象的な美人で、生徒からの人気も高い。
 耕介とは、同じ新任で二年のクラス担当という間であるため比較的話す事が多い。
「佐伯先生もこれからお昼ですか?」
「はい、これからコーヒーでも入れてからにしようかと思っているんですけど、槙原先生もコーヒーでよろしいのでしたら
一緒に入れますけど?」
 この学校ではお茶汲みは自分で行うという仕組みなので、こういう申し出が無ければ自分で入れるか自動販売機で
買ってくるしかない。先程話した片岡は妻が用意したお茶を魔法瓶に入れて持ってきていたりするが、これは少数派で
ある。
「ええ、ありがとうございます」
 佐伯は、他の教師達にも聞くと給湯室へと向かっていった。
 隣に座っている二年生の現国を担当する飯村が小馬鹿にしたような顔で話しかけてくる。
「槙原先生は、いつもお弁当ですね、やっぱり例の婚約者に作ってもらっているんですか?」
 飯村剛は空手部の顧問もやっている男で、耕介よりも低いが180センチを軽く越える身長にがっしりとした筋肉をつ
けた偉丈夫である。
 まだ30になったばかりの男で、短く刈った髪とヤクザのような厳つい顔をしていて、体育教師でもないのにいつもジャ
ージを着ている。
 性格は下世話で、気分屋、気に入らない事があるといつも大声と暴力で解決してきたようである。
 生徒達、特に女生徒からの評価は最悪で、セクハラ教師とかスケベ親父とか陰で言われているというのは瞳から得
た情報だ。
 耕介を、男の癖に家庭科の教師をしているという事で馬鹿にしており、佐伯にはいつもなれなれしい態度で近寄って
迷惑そうな顔をされたり、盛り場などに誘ってすげなく断られている。
「いいえ、自分で作ったものですよ」
「さすが家庭科の教師といったところですな」
 そういうとガハハハと下品な笑いを上げる。その声に周りにいた教師が顔をしかめている。どうやら生徒だけではなく
教師達にも嫌われているようだ。
 そこに、佐伯が戻ってくる。
「槙原先生コーヒーが入りましたよ」
「ありがとうございます」
 他の教師にはすでに配り終えたのか、佐伯が持っていたお盆の上には耕介と佐伯のカップしか乗っていなかった。耕
介は礼を言ってからカップをとると昼食をとり始める。
 佐伯に話しかけようとした飯村は学年主任の片岡に呼ばれ、先程の態度を注意されていた。


>さざなみ寮
 ウェーブのかかったベリーロングヘアの美女と、眼鏡をかけた黒髪ショートの美女がリビングでお茶を飲んでいる。
 ユーヒ・シーナとマユーキ・ニムラーの二人である。
 二人は地球ではそれぞれ椎名ゆうひ、仁村真雪を名乗って暮らしている。
 ティーカップに満たされたダージリンティーの香りをひとしきり楽しんでから口に運んだゆうひは1度カップを置いて真
雪に質問を投げかける。
「それで、あの人はまだ口を割らないんですか?」
「そうらしいな、さすがは巡察官というところか。催眠術、薬物、魔術、果ては拷問しても一言もしゃべらないそうだ。どの
方法でもこれ以上続けると情報を引き出す前に、発狂するか死んでしまうみたいだから、これ以上手が無い状態だな」
 ティーカップにブランデーを注いでブランデーティーにしながら答える真雪の表情は厳しかった。
「地下の連中でだめなら、しょうがないからあたしか、チカ、それか皇女の誰かがやるしかないな」
「うちは、そういうの苦手だからお任せします」
「あぁ、後であたしが行ってみる」
 お互いカップが空になったのか新しく飲み物を注ぎ始める。ゆうひはダージリンティー、真雪は今度はブランデーだけ
を入れていた。


>風芽丘学園1年C組
 昼食を食べ終わり、昼休みを満喫する教室に真一郎と小鳥それから二人の共通の幼馴染である鷹城唯子が集まっ
て話している。
「真君、ちゃんとご飯食べてる?」
 小鳥が真一郎に上目遣いで尋ねる。
「心配しなくてもちゃんと食べてるよ」
 真一郎は少し困ったようなそれでいてどこか嬉しそうな表情で小鳥を見ながら返事をする。
 妹分である小鳥に心配されるのは嬉しいけど恥ずかしい、そんな気持ちがするからだ。
「ところで真一郎、今日クラブ無いから帰りにラーメン屋さん行かない?おいしいって噂を聞いた所があるんだ」
 普段は護身道という武道系のクラブ活動に行く唯子は帰宅部の小鳥や真一郎と一緒に帰る機会がなかなか無いた
めこういった時には必ず寄り道に誘い、小鳥と真一郎もそこら辺の事情を察しているのでよっぽどの事がないと断らな
いのが常である。
「あっ、美味しいラーメン屋さん?わたしもついて行ってもいい?」
 そこにみなみがやって来る。サザナーミ皇国の下層市民の出身である彼女は食うにも困るという幼少時代を過ごして
いた為に食べ物に人一倍執着する性格だった。
 特に美味しい物に目が無く地球に来てからも美味しい食べ物があると聞くとすぐには無理でも必ず食べに行ってい
る。
 今回も美味しいラーメンと聞いて行かないわけがなかった。プラスして今回はもう一つ目的があった。それは真一郎
だ、この話も真一郎のことが気になったからそばで聞いていたのだ。
 そう、薫が耕介を好きになったようにみなみも真一郎を好きになっていたのだ。
 みなみの突如の申し入れに拒む理由が無かった小鳥と真一郎は快諾した。そして唯子も新しい友達ができることが
嬉しいらしく喜んでOKしたのだった。

 ちなみにこの会話が交わされていた近くでは、凄惨な光景が繰り広げられていた。
「うぎゃーーーーーーーーーー!!ま、待て、早まるな!!」
「じゃあ、約束するな?」
「くっ」
 小鳥が来たのをめざとく見つけた大介が、小鳥に近寄ろうとしたところを今度はいづみが発見して、小鳥が危険と判
断したいづみはすぐさま大介を捕獲(背後から跳び蹴り)、その後掃除用具入れに縛り上げてから大介を起こし(頬を
往復ビンタした)。その後は、金輪際小鳥に近づかないよう説得されている(手裏剣の的にされている)。
「なあ、端島、私もこんな事はやりたくないんだ。いい加減野々村に近づかないって誓ってくれないか?」
 ひどく辛そうな表情と、優しげな口調だったが目が笑っていた。獲物をいたぶる猫のような目だったと後に大介は語
る。
「いやだ、何でそんなことを強制されなくちゃならないんだ!?」
「おまえがロリコンだからだ」
 こんな事をしても誰も何も言わないのは、すでに大介ロリコン説が学年中を飛び交っているためだ。
 そして、今のいづみの台詞にいづみの周囲にいた女生徒がうんうんとうなずく、大介は涙した。
「俺はロリコンじゃなーーーーーーーーーーーーーーい!!」
 大介の魂の叫びは空に吸い込まれていったのだった。


>さざなみ寮地下「地球侵略前線基地」バイオボーグ制作室
「♪ららら らららら ららら らららら」
 たくさんの機械に囲まれ、中央には手術台のような物が置かれた部屋の中に、部屋の雰囲気に似合わない明るい歌
が流れている。
 その歌を歌っているのは小柄な少女だ。金色の髪をしたこの少女の名前はチカ・ニムラー。サザナーミ皇国技術長
官の位と、皇国魔術兵団副団長を兼任する才媛だ。
「はい、これで完成っと!」
 チカは部屋の中央にある台のところで作業を行っていたようだ。台の上には1つの異形が横たわっている、光がその
顔を照らす、それは冷たい美貌を誇る美少年のものだった。

つづく

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なかがき

少し時間が開いてしまいましたが、ようやくシェフダーの二話前編をお届けする事ができました。
前編後編で構成すると言っておきながらこのままだと一話と同じく前中後編の三部構成になりそうです。なんといっても
まだ瞳も薫も出てきてないので、これから彼女達の学園生活か、もしくは私生活のシーンが入り、他にも登場人物は増
える予定です。
未だまともな登場シーンの無いミオーもそろそろ出さないといけないでしょうしね……。

サブタイトルの「小さな重戦車」とはみなみをイメージしたものです。
そして、その通りにこの回はみなみの本格登場を意識したものです。
彼女の活躍を期待してください。

設定資料集は現在開発が滞っています。遅くても後編にはつけられるようにしますので、もう少々お待ちください。
それでは、次は二話中編か「たまには……」のリスティ編でお会いしましょう、アディオス!!


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