聖夜に舞う天使


Written by 神舞


「はい、お仕舞い」

 入り口のプレートをCLOSEに変えた桃子が、店内に聞こえる大きな声で宣言した。
「松っちゃん、フィアッセ、恭也、ホントお疲れ様」
「店長、お疲れ様」
「桃子もお疲れ様、今日はすごい人数だったね〜」
「おつかれさん」
 

 それを見守っていた3人から、口々にねぎらいの言葉が出る。
 つい1時間ほど前までは、美由希や忍等が居たのだが、余り遅くなるのも考え物と言う事で、桃子が先に帰らせたの
だ。
 恭也はここ数ヶ月、毎日のように臨時の手伝いをしているが、理由は誰も知らなかった。
 桃子は、3人からのねぎらいに答えるように笑うと、厨房へ行き、1本のワインと4つのグラスを持って戻ってきた。

 「かーさん、俺は……」
 「こんな時ぐらいは、付き合いなさい」
 「……わかった」

 しぶしぶとグラスを受け取る恭也に、気を悪くした風も無く桃子はワインを注ぎ、他の2人にも同じ事を繰り返してい
く。

 「せ〜の」
 「「「「乾杯!!」」」」

 無事にクリスマスを乗り越えた事に、乾杯をする4人。
 4人それぞれが、明日も頑張ろうと改めて誓うのだった。




 「フィアッセ〜、ちょっと来て〜」
 「はいはーい」

 桃子に呼ばれた私は、急いでキッチンの方へと入っていく。
 どんな用事かな?

 「ももこ〜、どうしたの?」
 「はい、これ」

 そう言って、桃子が1枚の封筒を出した。
 なんだろ? 
 差し出された封筒を受け取ると、確認してから中を見る。
 中身は、1つの鍵と4桁の数を書いた紙だった。

「これは?? 」
「せっかくのクリスマスなんだから、恭也といってらっしゃい」
 
 頭の中で意味がわかった瞬間、音を立てて顔が真っ赤になった。

「も、桃子〜〜〜〜」
「分かったんだったら、早く準備しなさいな」

 そう言って、桃子に背中を押される。
 
「え、あ、ちょっと!! 」
「フィアッセー、帰るぞー? 」
「時間は限られてるんだから♪ 」

 慌てる私に、追い討ちをかけるように恭也から声がかかる。
 たしかに、恭也と2人っきりの時間ってあんまり取れていないかも

「ほらほら、愛しの彼が待ってるわよ」
「あう……」
「ほらほら、楽しんでらっしゃい」
「う、うん」
「女は度胸。 しっかりと甘えてきなさい。」
「う、うん」

 混乱する私を横目に、桃子はどんどん進んでいく。
 気が付けば、キッチンへの出入り口まですぐそこだった。

「はい、こっち見る」

 鏡の方を向かされると、手早く化粧を直された。
 桃子ってこんなスキルもあったんだ。
 ようやく落ち着いてきた思考で、そんな事を考える私。

「OK、行ってらっしゃい♪ 」

 コンサートから帰ってきて、初めてのデート。
 今日は何をしようかな?
 まぁ、もう7時だしやれる事も少ないか……
 その時、ふとつけっ放しになっていたラジオから曲が聞こえた。
 そのフレーズを耳にして、とある事を思いつく。
 ふふ、いいかも♪

「じゃ、いってきま〜す」

 満面の笑みを残して出て行くフィアッセ。
 その様子を見ていた桃子が、誰にとはなく呟く。
「苦労してるんだから、恭也と居る時くらいは精一杯甘えればいいのよ。恭也、フィアッセの事、幸せにしてあげなさい
よ」
 
 誰に向けられた物でもないその言葉は、フィアッセが恭也と腕を組んで出て行ったドアについていた鈴の音に、かき
消されたのだった。



「恭也、こっちこっち」
「わかったから、そう引っ張るな」
「ダーメ、ほらほら」
 
 ぐいぐいと引っ張る私に、口ではなんと言っても恭也は付いてきてくれる。
 1年間離れてたんだから、しっかりと取り戻さないとね。

「どこ行くんだ? 」
「臨海公園に行きたいんだけど、駄目かな? 」

 しっかりと組んだ恭也の左腕を、さらに抱き締めるようにして、恭也の顔を覗き込む。
 案の定、真っ赤になった恭也の顔が、そこにあった。

「わ、分かった」
「うん♪ 」
「そ、その、腕を放して欲しいと言うか……当たってるというか」

 ほんと、恭也は変わんないね〜 まぁ、そこがかわいいんだけど♪
 心持ち力を緩めると、あからさまに恭也がホッとする。

「照れなくてもいいのに♪ 」
「そうは言うがな……」

 他愛も無い話をしながら、公園まで歩いていく。
 コンサートで回っていた間の事、以前の事、そのうち私だけじゃなくて恭也もたくさん話してくれるようになった。
最近のみんなの事、私が居ない間の事、ぽつりぽつりとだけど、言葉以上に、恭也の表情が多くのことを話してくれる。
やっぱり恭也は、1年間離れていても恭也のままだった。
口下手だけど優しくて、甘えると、はにかんだ笑みを浮かべて答えてくれる。
そんな、強くて優しい恭也のままだった。



  ― 臨海公園 ―

 気が付けば、すでに臨海公園に来ていた。
 いつの間にか雪もおかしな話だけど、私からすればまさにいつの間にか、だった。
 それだけ、恭也との会話が面白かったってことだけどね♪

「ココ、どこか覚えてる? 」
 
 私の言葉に、恭也がゆっくりと辺りを見回す。
 覚えてくれてるかな……
 ほんのちょっとの不安と、大きな期待感。

「はじめてデートした所……か? 」
「うん! 正解だよ」
 
 よかった、覚えててくれたんだ。
 期待通りであったことに、思わずホッとする。

「忘れないよ。フィアッセと一緒に居た場所なんだから」

 そう言って、微笑む恭也。
 その笑顔は反則だよぉ〜〜
 久しぶりに見る恭也の心からの笑顔に、思わず頬が赤くなる。
 昔から、恭也ってここぞって時には強いんだよね。

「ありがとう」

 私の言える、精一杯の言葉。
 ……だから、私は恭也を抱き締める。

 寂しかったよ
 また、一緒だね
 これかも、一緒に居ようね

 万感の思いを込めて、恭也を抱き締める。

「ねぇ、恭也」
「うん? 」
「ちょっと目を瞑ってくれる? 」
「? あぁ、構わないが」

 恭也が目を閉じたのを確認すると、周囲を確認してからフィンを展開する。
 そのフィンの色は純白。この白い翼も恭也に貰ったもの。

 恭也を抱き締めたまま、そっと浮上する。
 今の私の羽は、私の想いが力になる。
 だから、今の私なら恭也と空にいく事が出来る。

「はい、目を開けてもいいよ〜」
「……」
「どうしたの? 」
「あ〜、俺の勘違いでなければ……」
「うん」
「俺は今、フィアッセに抱かれて空中に浮かんでいる……そういう
ことだよな? 」
「正解♪ 」

 静寂が訪れた。
 私達の周りには何も無く、ただ、雪だけが通り過ぎていく。
 しばらくして、何も言わずに恭也も抱き締めてくれた。
 背中にある手の大きさに、理由も無くホッとするのは恭也の手だからかな?

 その手に誘われるように、私は『See You』を歌っていた。
 これが、私にしか出来ない恭也へのクリスマスプレゼント。
 誰も居ない、本当に好きな人だけに聞いてもらうためのコンサート。

「いつまでもずっと、忘れずにいるから」

 私の全てを込めた『See You』を歌い終わる。

「恭也、昔から大好きだったよ。そして、今も……これからも大好きだよ」
「ああ、俺もフィアッセのことが好きだ」

 抱き締めたままの告白。
 お互いに重なった部分から、恭也が感じられる。
 今この瞬間、私の感じられる全てが恭也だった。

「フィアッセの想い、受け取ったから」
「うん」
「その上で、言わせて欲しい。フィアッセ、俺と結婚してくれ」

 ようやく、言ってくれたね。
 ずっと……本当にずっと待ってたんだよ。
 恭也はなかなか気づいてくれなかったけど、ずっと昔から大好きだったんだよ。
 だから、私の返事は決まってるんだから。

「もちろんOKだよ。ずっと、ずっと言ってくれるの待ってたんだよ」

 そう答えると、私の方から恭也にキスをする。
 これまでとは違う意味のキス。
 絶対に、恭也の事離さないからね。
 ずっと、ずっと、一緒にいるんだから。

 フィアッセ、待たせてすまん。
 こんな俺だが、絶対に幸せにして見せるから。
 フィアッセの傍に居られるように努力するから。
 フィアッセがどう思うか分からないけど、俺はフィアッセのボディガードになる。
 そして、いつも傍に居てフィアッセのことを護るから。

 2人の想いを知るのは、ほんの少し近くに居る月だけ。
 この夜、月の下で天使が舞い、1人の剣士が誓いをしたのだった







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