コラム(1)


 

確執の連鎖 〜陸軍VS海軍、上級組織VS現地軍〜
 
 
 
 
 
昭和19年10月から終戦にかけて行われた「比島決戦」で、日本陸海軍は多くの犠牲者を出した。
拙作「"悲島"の記憶」にも記した通り、約50万名に及ぶ戦没者数である。
最初に述べておきたいが、始まる前に「勝敗はとっくに決まっていた決戦」が、一連の比島攻防戦であった。
現在架空戦記ブームなどで、比島決戦を題材とした作品も数点出版されており、自分もそれらを読んでみたが、ここで
それらの批評は避け、あくまでも「現実に何があったのか」に焦点をあててみたい。
 
 
戦史関係に多少なりとも目を通した方ならば、陸軍と海軍、上級組織と現地軍との確執がいかに多かったか、お分かり
いただけよう。
一例をひとつ。
 
比島決戦の前哨戦として行われたひとつの戦闘が、戦史に残っている。台湾沖航空戦(昭和19年10月12〜15日)
である。
航空戦が終了した後の10月19日、大本営は台湾沖航空戦の戦果をこう発表した。
 
撃沈:空母11隻、戦艦2隻他計17隻
 
撃破:空母8隻、戦艦2隻他20隻以上
 
敵機撃墜:112機
 
我が方損害:航空機未帰還311機
 
これが本当であれば、確かに犠牲に見合った、いや、敗戦は避け得ずとも世界戦史上の「伝説」にはなり得たかもしれ
ない。しかし実際の戦果は、
 
撃破:巡洋艦2隻
 
のみであった。撃墜された友軍機の爆発や、夜間の発砲の閃光等を艦艇の被弾と勘違いした結果が、大本営にその
まま報告されたのである。
しかも始末に終えないことに、この事に気付いた海軍が、訂正もしなければ陸軍に通報すらしなかったのだ。
練度の下がった搭乗員が多かった当時の海軍ではあったが、上層部に少しでも冷静な判断があれば、誤報は少なくで
きたかもしれないし、何よりそうした連中を機材ごと退避させれば損害は押さえられたのではなかろうか。
それ以上に、真相を知らせなかった海軍上層部は一体何を考えていたのか?
 
この誤報は、とことん比島防衛の計画に影を落とした。
マッカーサー将軍に率いられた米軍が、レイテ島に上陸したのは10月20日。
この上陸軍を、大本営や陸軍上層部は「寄せ集めの悪あがき」と思い込み、現地の実情そっちのけで、当初はルソン
島で迎撃する計画を、安直に「レイテ決戦」と変更してしまった。
現地ルソンの「第14方面軍」はいい迷惑である。ところがもっと悪い事に、同じルソン、しかも同じマニラにいたはずの
「南方総軍司令部」が大本営に迎合してしまったのだった。
 
ここで比島における、陸軍のおおまかな命令系統に触れるべきであろう。
 
最上級組織は「大本営」。ここで各方面のおおまかな戦略を定める。
その下に位置するのが「南方総軍司令部」であり、読んで字の如く南方各方面の諸軍を統括、大本営と現地軍の作戦
に関する調整を行う。
「南方総軍」の配下に、比島駐留の地上軍を統率する「第14方面軍」があった。航空軍の指揮権は含まれておらず、
これが更なる混乱を生む事になる。ちなみに第14方面軍の下には、レイテやミンダナオ島等の守備を担当する第35
軍があった。
 
話を戻す。
連合艦隊のレイテ突入が失敗、レイテ島に駐留していた、「垣(カキ)兵団」こと第16師団は早くも叩きのめされる、とい
う最悪の状況下、南方総軍はレイテへの増援を12月までに計9回に渡って行った(総称「多」号作戦)が、結局は無駄
に犠牲を増やしただけであった。
 
こんな話がある。
 
マニラの南方総軍総司令官・寺内 寿一(てらうち・ひさいち)元帥に面会した第14方面軍司令官・山下 奉文(やまし
た・ともゆき)大将が、帰りがけに総軍総参謀長・飯村 穣(いいむら・じょう)中将に向かって、
 
「レイテ作戦の継続は、将来非難の的になるぞ!即刻止めろ!!」
 
と叱りつけるように言った。
その翌日、飯村中将の尽力もあり、総軍と方面軍の意見交換の場が持たれた。
寺内元帥や山下大将もこの場に出席している。
 
明くる日。
山下大将は、寺内元帥から呼び出しを受けた。
元帥は、執務室に入った山下大将の顔を見るなりこう言ったという。
 
「レイテ作戦は続行する。やれ」
 
 
・・・・・・この時、比島の日本軍将兵の運命はここに窮まった、と言っても言い過ぎではないだろう。
前日、現場の悲惨な状況と現実を知ったはずの元帥が、何とも理解苦しむ事に「知っていながら」命令を下したのだ。
ついでに言えば、大本営から出向していたはずの参謀達は、一体何を聞き、何を大本営に伝えていたのだろう?
寺内元帥は、昭和19年11月17日にマニラからサイゴン(現ベトナム・ホーチミン)に移動、そこで終戦を迎えた。
 
・・・・・・第14方面軍総参謀長・武藤 章(むとう・あきら)中将の言葉。
 
「総軍は何の為にあるのですか?現地軍と大本営の間を調節して、戦果を上げるのが任務でありましょう!玉砕続き
で大本営は理性を失っているのです。ここで敏捷な作戦転換の指導が出来ぬなど、明らかに"動脈硬化"にかかってい
るのです。まるで何かに"憑かれて"いる様なものです。その為に、いかに多くの兵隊達の生命が無駄に失われてしま
ったか分かりません。いや、これからも無駄に殺さねばならんのです。毎日、目の前にそれを見ている総軍が、第一に
"動脈硬化"になっているとしか思えません!」
 
 
 
 
 
コラム(1)確執の連鎖 了



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