八神家物語

第二話 ちっちゃい同士



Written by 春日野 馨


 世の中には、正直云ってうまくいく方が珍しいことのほうが多いと思うです。
 特に人と人との関係ほど難しいことはないと思うです。
 まだ十年弱しか生きていないわたしでも解ることですから、マイスターはやてやシグナム、ヴィータちゃんたちはよく解
っていることだと思うです。

 わたしはリィンフォースU(ツヴァイ)。時空管理局ミッドチルダ地上本部特別捜査部捜査官補佐。武装隊では空曹長
相当の階級です。生まれてからずっと、はやてちゃん、八神はやて特別捜査官の補佐をしていますです。
 わたしの身長はせいぜい三十センチちょっとしかないですので、前の所属の機動六課ではオペレーターのアルトとル
キノに『ちっちゃい上司』なんて異名をもらったりしてましたです。
 実は、普通の人よりもちょっと小柄なサイズにもなれるですけれど、燃費と魔力効率が悪いので、ちっちゃいほうが楽
でこのままでいるです。
 ……わたしの生まれは特秘事項になっていたりしますです。それは、わたしがあの『闇の書』こと『夜天の魔導書』の
本体の直系の後継だからなんですが、表向きははやてちゃんの『使い魔』ということで通っているみたいです。本当は
わたしははやてちゃんや守護騎士の『ユニゾンデバイス』なんですが。

 そんなわたしにも先日、仲間ができたです。
 JS事件で敵同士だったアギトです。
 アギトは古代ベルカ時代に生み出されただろう『融合騎』……今のミッド流に云うなら『ユニゾンデバイス』です。どう
も、偶然発見されて被検体になっていたところを騎士ゼストやルーテシアに助けられたらしくって、それからは騎士ゼス
トの融合騎として一緒にいたらしいです。
 ……レジアス中将の執務室での出来事で騎士ゼストが亡くなってからはシグナムとユニゾンすることが多くって、二人
の属性上相性がいいみたいです。
 わたしは……もしかしたら、アギトのロード、融合主はシグナムなんじゃないかって思っていますけれど。二人とも炎属
性の魔法を使いますですし古代ベルカからずっと生きてきたですから。

 でも、そんなアギトとはわたしは仲良くなりきれていないです。
 うちに引き取られて家族となってからというもの、家長のはやてちゃんや融合主のシグナムは云うに及ばず、ヴィータ
ちゃんやシャマル、ザフィーラともすっかり仲良くなっているです。
 悪い人じゃないのはよく解ってます。同じユニゾンデバイス同士仲良くしたいと思うです。でも、なぜか会うたびに喧嘩
になってしまうです。
 先日も……

 地上本部の廊下でのこと、わたしははやてちゃんの後について飛んでいたです。
 向こうからやってきたのは航空武装隊のシグナム一尉。
 パンッ、パパンッ!
「えっ?ひゃっ!」
 わたしの周りでなにかが破裂するような音がしたです。ちょうどちっちゃい花火のような感じ。びっくりしてちょっと大き
な声を出してしまったです。
「ん?どないしたん、リィン?」
「へっへ〜っ、また成功っと」
「ん〜〜〜っ、またアギトですか。悪戯は駄目って何度云ったら解るですか」
「簡単に子供騙しのトラップに引っかかる奴が悪いんだよ、バッテンちび」
 シグナムの後ろからひょこっと顔を出して、わたしに舌を出して挑発するアギトです。
「リィンはバッテンちび違うです〜。もう、許さないですぅっ!」
 わたしが後を追いかけると、ひょいひょいっと身をかわすアギト。
「へへ〜〜ん、捕まえられるもんなら捕まえてみなっ」
「待つですぅっ!絶対捕まえるですぅ」
 二人ではやてちゃんとシグナムの周りを飛び回って……逃げるアギトを追いかけて……
「……はぁ……はぁ……疲れたですぅ」
「へへ〜ん、こちとら、デスクワークばっかりのバッテンちびとは鍛え方が違うのさっ!これでまたあたしの勝ちだな」
「きい〜〜〜っ、次こそは絶対負けないですぅっ!」
「『次こそ』ってのは何時の事かねぇ。あたしは何時でも受けてやるからな。まぁ、またあたしの勝ちだろうけれどな。な
にせ今までは全勝だしなっ!」
 アギトが得意そうです。悔しいです。
「くぅ〜〜〜っ……」
「まぁまぁ、二人ともその辺にしときいや。お仕事中やで」
「アギトもあんまりリィンを挑発するな。これ以上エスカレートするようだと黙って見ているだけでは済まなくなるぞ。私に
は上司としての監督責任もあるのだからな」
「……はいですぅ……はやてちゃん」
「解ったよ、はやて、シグナム」
「すまんな、リィン。アギトがまたちょっかいを出してしまって」
「いえ、シグナムは悪くないです。リィンこそご迷惑をお掛けしてすみませんです」
「いや、迷惑をかけたのは事実だからな。アギトにも後で云い聞かせておく。主はやて、また迷惑をかけてしまって申し
訳ない」
「気にせんといてや。わたしもリィンにも別に被害があったいうわけやあらへんのやしな。それじゃ、また後でな」
「はい、主はやて。失礼します」
 そうして別れてまた元の仕事に戻るはやてちゃんとシグナム。
 その別れ際にもアギトはわたしにしっかりと『アッカンべ〜』をしていったです。
 ……はあぁ……どうしてこううまくいかないですか……
 なんだか気が滅入ってくるですぅ。


 わたしたちが執務室で事件の書類の整理をしていた時のこと、突然の訪問者があったです。
「はやてちゃん、リィンちゃん、こんにちは。近くまで来る用事があったから来ちゃった」
「なのはちゃん、よう来たなぁ。おつかれさんや」
「ううん、はやてちゃんのほうこそおつかれさま。リィンちゃんもおつかれさまね。あ、これ、ちょっと里帰りしてきたの。い
つも代わり映えしなくて申し訳ないけど、久しぶりだろうし皆さんに」
 なのはさんがお土産に持ってきてくれたのは翠屋さんのケーキ。
「そんな、気ぃ使わんでもええのに」
「別に特別なものじゃないよ。自分のうちの物だし、お母さんたちに持たされちゃったしね」
「それじゃ、遠慮せんといただくな。おおきに、ありがとうな」
「はいですぅ。なのはさん、ありがとうございますですぅ」
「リィンちゃんたちの分もちゃんとあるからね」
「はいですぅ。じゃ、これは冷蔵庫に入れておきますです」
「頼むな、リィン。あ、あと、お茶、お願いな」
「はい、諒解しましたですぅ」
「そんな、お構いなく。わたしはお客さんじゃないんだから」
「いいや、わたしにとっては立派なお客さんやから。あ、リィンの分も入れて来てええで。一緒に話しようや」
 はやてちゃんの執務室に突然なのはさんがやってきたです。
 なのはさん、高町なのは一等空尉は本局航空戦技教導隊の若手ナンバーワンでヴィータちゃんの直接の上司です。
 それに、小学校三年生のころからのはやてちゃんの親友で、わたしたちの命の恩人の一人です。そのころの話はと
ても長くなりますですのでまた別の機会に話す事にするですが、とにかくはやてちゃんにとってもわたしたちにとっても間
違いなく大切な人です。
「なんや、なのはちゃん、なにかあったん?」
「ううん、教導隊のほうはすごく順調。六課の頃に感じてた以上にヴィータちゃんって教導に向いてて、いつも助けてもら
ってます。はやてちゃん、無理云っちゃってヴィータちゃんをうちにもらっちゃって、本当にありがとうね」
「なのはちゃんに改まってそないなこと云われると、ちょう恥ずかしいなぁ。ヴィータも満更じゃないようやし、わたしもヴィ
ータがなのはちゃんの側にいてくれて、ほっとしてるんよ」
「あはは、そう云われちゃうと責任感じちゃうな」
「なのはちゃんは何も責任感じることなんぞあらへんよ。ヴィータが成長してくれているのはなのはちゃんが教導隊に誘
ってくれはって、身近に先生がぎょうさんおっていろんな勉強ができるようになったからやって思うで。むしろお礼を云わ
なあかんのはわたしのほうや。なのはちゃん、ほんまにおおきに。ありがとうな」
「はやてちゃんにそんなふうに云われちゃうと、わたしのほうが恥ずかしくなっちゃうかな」
「お待たせしました。どうぞですぅ」
 お茶とお菓子を勧めて、わたしも自分用の椅子に座ります。
「そうそう、ヴィヴィオのほうはどないや?元気?」
「うん、とっても元気。今回の里帰りに連れて行ったら、お父さんにお母さんったらもう猫可愛がりしちゃって、大変だっ
たんだから。ヴィヴィオ、お姉ちゃんには剣術の稽古も見せてもらったり、一緒に稽古つけてもらったりしてたみたい。で
も、盛り沢山にいろいろあってちょっと疲れたみたいだったから、アイナさんに迎えに来てもらっちゃって、もう家に着い
ている頃かな。写真、出来たら送るね。オフィスでいいかな?」
「そうやったん。ヴィヴィオ、可愛いからなぁ。ご両親の気持ちもちょう解る気ぃするわ。美由希さんも嬉しかったんちゃう
かな。あ、そうやね、写真はオフィスのほうが間違いないかな。わたしがおらんでも誰かが受け取っておいてくれるやろ
うから」
「うん、諒解。じゃ、送り先はオフィスにしておくね。ヴィヴィオ、ストライクアーツも努力しているからね。まだ一年生だし
デバイスとかはちょっと早いと思うから、わたしとレイジングハートでしばらくはサポートしていくつもり」
「それがええと思うよ。なのはちゃんのところは仲のええ家族で、ほんま、本当の親子みたいやもんなぁ」
「うん、ヴィヴィオが大きくなって自分の生まれとかに直面した時に、引け目なんて感じないように、自信を持てるように
大きくなっていって欲しいなって思ってるから」
「ええことやわぁ。やっぱりヴィヴィオには人を見る目があったんやな。さすがは『聖王陛下』やなぁ」
「あはは、でもヴィヴィオの前で『聖王陛下』って云うと嫌がるから勘弁してあげてね。それに、それってフェイトちゃんに
悪いよ。何気にフェイトちゃんはヴィヴィオの母親に向いてないって云ってる様じゃない?」
「諒解や。そのくらいは解っとるよ。それに、別にフェイトちゃんを悪う云うとるわけやあらへんよ。ヴィヴィオも『フェイトマ
マ』って『なのはママ』と同じくらい懐いとるやんか」
 本当に仲のいい親友同士の会話って感じがしますです。わたしにはそういう親友って呼べる人がいないから、なんだ
か羨ましいです。

 そのとき、デスクの通信端末がコールして……わたしが応答したら、なにやら特捜部長が直接はやてちゃんに用事だ
そうでしたです。
 保留にして、はやてちゃんに代わって……
「……はい、はい、諒解しました。それでは部長のお部屋に伺います。わたし一人でええんですか?はい。では」
「はやてちゃん、なにかあったの?」
「ううん、ちょっとした打ち合わせや。わたし一人でええそうやし、そんなに時間もかからへん思うから、リィンと話してて
な」
「いいの?じゃ、もうちょっと甘えちゃおうかな」
「はいですぅ。わたしじゃお話し相手になるかわかりませんけれどですが」
「じゃ、なのはちゃん、ごゆっくりな、ちょう行って来るわ」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいですぅ」

 はやてちゃんが部屋を出て行って、なのはさんと思いがけず二人きり。これは訊いてみるいい機会かもです。
「あの、なのはさん、一つ質問があるですけど……いいですか?」
「なぁに?どうしたの?」
「あのですね……一対一の状況でとってもすばしっこい相手を捕まえるときに使えるいい方法ってないですか?」
「ワン・オン・ワンですばしっこい相手……ねぇ……」
 なのはさんはちょっと考え込んでから続けますです。
「普通は相手の動きそうな場所を予想して設置型のバインドをかけておくかしら。でも、リィンちゃんもそのくらいは解っ
ていると思うから、それじゃ対応できない相手ってことよね」
「……はい、そうなんですぅ。バインドもやってみたんですがまるっきり効果がなかったです」
「そう。ちょっと困っちゃったわね」
「それに……正直なことを云っちゃいますですけれど、あんまり大げさに魔法を使えない場所なんですぅ」
「魔法を大規模に使えなくて、で、すばしっこい相手を捕まえる……結構難しい問題だわねぇ」
「そうなんです。で、どうしたらいいかなって思っちゃったです」
「諒解。じゃわたしも考えておくわね。魔法を使わないで相手を拘束できれば攻撃に魔力リソースを集中させられるし
ね。……まぁ、今云えるのはとにかく機先を制することかしら。『後の先』っていうこともあるけれど、でもやっぱり機先を
制したほうが絶対に有利だから」
「やっぱりそうですか。ところで『後の先』って何ですか?」
「うん、これはね、お姉ちゃんの受け売りなんだけど、相手の出方を見てそれに合った対応を瞬時に判断して対応する
ことで、結果として相手に対して自分が先手を取った形に持っていくっていうことなの。実戦やストライクアーツとかでも
必要なスキルよね」
「そうですかぁ。やっぱりなのはさんはすごいですぅ」
「ふふ、そんなことないわ。お役に立てなくてごめんなさいね」
「いえいえ、そんなことないですぅ。リィンこそ突然こんな質問をしてしまってすみませんですぅ」
「大丈夫。わたしはそれを答えられる様になっていなくちゃいけないんだから」
「本当にありがとうございますです。教導って奥が深いですぅ」
 そこまで話した時、部屋のドアが開きましたです。
「なのはちゃん、ごめんなぁ。ちょう長引いてもうて」
「ううん、そんなことないから。それに、リィンちゃんにいい宿題ももらったしね」
「はわわ、そんなことないですぅ」
「なんや、リィンはなのはちゃんでも答えられない質問したんか?」
「うん、そんなところ。今晩にでもちょっと考えてみようかなってね」
「なのはさん、お手数お掛けしますですぅ」
 ……さすがのなのはさんでもだめだったですか……
 リィンはどうしたらいいですか……
 よくわからなくなっちゃいましたですぅ……


 それから数日経ったある日の夜のことでしたです。
「なぁ、リィン、アギト、ちょう時間ええか?」
 わたしが一人リビングでぼんやりしていると、そう云いながらはやてちゃんがトレイを持ってリビングに入ってきたで
す。アギトは晩御飯で使った食器を洗い終わって、カップボードに仕舞っているところ。
 シグナムは指揮官定期研修、ヴィータちゃんは夜間教導、シャマルは当直でみんな泊まりの勤務。ザフィーラは用事
でお出かけで、遅くなるみたいですぅ。
「まぁ、二人とも座りぃや」
「……はい……です」
「うん……」
 リビングに呼ばれたアギトと二人で並んで三人掛けのソファーに座りますです。はやてちゃんは向かいの一人掛けの
ソファーに。
 目の前にははやてちゃんが準備をしてくれたティーポットとカップが三組。
「これから二人に単刀直入に質問するな。思ったとおり答えてくれればええで」
 はやてちゃんがそう云いながら紅茶を淹れてわたしとアギトに勧めてくれたです。
「まぁ、お茶でも飲みながら気楽にいこうや。まずはリィンからな。リィンはアギトは嫌いか?」
「えっと、そんなことはないですぅ」
 即答です。わたしはアギトは嫌いじゃないですし、仲良くしたいと思うですから。
「ほんなら、アギトにも同じ質問や。アギトはリィンは嫌いか?」
「……嫌いじゃない」
 アギトもほとんど即答です。
「そっか、なら問題あらへんはずやなぁ。ほなら、今度はアギトから質問や。何でアギトにうちに来てもろうたと思う?」
「……融合騎としてシグナムと相性がいいから……それと……あたしの身元引受人だから……」
 はやてちゃんはそれを聞くと、カップに口をつけて話を続けますです。
「う〜ん、確かにそれも理由やけど、そこまでやと五十点やね。じゃあ、今度はリィンや。リィンはわたしが何でアギトにう
ちに来てもろうたと思う?」
「……アギトとだったら一緒にやっていけるとはやてちゃんが思ったから……ですか?」
「う〜ん、惜しいところやね。『一緒にやっていける』云うよりも『家族としてやっていける』とわたしが思ったからなんよ」
 家族としてやっていける……ですか……
 はやてちゃんの答えにしばし無言のわたしとアギトです。
「あのな、そないに難しゅう考えることはあらへんのやで。例えば、何かのご縁で誰かと誰かが結婚して同じ屋根の下に
暮らすようになったら、それで家族やろ?八神家はそれと同じやとわたしは思うとるんよ」
 そう云うとはやてちゃんは再びカップに口をつけて話し出したです。
「わたしとシグナムやヴィータ、シャマル、ザフィーラはアインスが結んでくれた縁で一緒に暮らす事になって家族になっ
た。リィンはアインスとの縁がきっかけでうちの家族になった。アギトは騎士ゼストとシグナムとの約束が縁で家族にな
った。みんな何かの縁で出逢って、一緒に暮らすようになったんよ。これって家族やろ?ちゃうやろか?」
「……うん……」
「……そうです……」
「なのはちゃんのところだってそうや。ヴィヴィオかて、ご縁があってなのはちゃんが引き取って正式になのはちゃんの
娘になったんやしな。フェイトちゃんのところもそうやで。エリオもキャロも、フェイトちゃんが保護責任者として引き取っ
て、書類上は家族やあらへんけど家族以上に家族やろ。それに、ナカジマ三佐のところかてそうや」
「……はいです……」
「……うん……」
「わたしは家族ってそないなもんやと思うとる。書類がどうのこうのや血縁がどうのこうのやあらへん。大事なのはお互
いの信頼関係やと思う。さっき、二人ともお互いは嫌いやない云うとったよな」
「……はいです……」
「……うん」
「でもな、二人を見とると、なんやちょう違ごうとるような気がするんよ。別にお互いを嫌いあってるとは云わへんけどな、
馬が合わん云うたらええのか、それもちょう違うかなぁ……うまく云えへんけど、そないな感じかなぁってな」
 確かにわたしは嫌いじゃないですけど……もしかしたら……アギトのほうがわたしを……さっきは『嫌いじゃない』って
云ってくれましたですけれど。
「……あたしは、リィンがあたしを気に入らないのかって思って……その……」
「え?リィンはアギトを嫌いなんかじゃないです。さっきも云ったですけど」
「ふふっ。お互いに気持ちが行き違っとったようやな。まぁ、それならそれでええねんけどな」
 はやてちゃんは、わたしたちを見て優しく微笑むとこう続けたです。
「あのなぁ、実は、アギトに家に来てもろうたのはもう一つ、大きな理由があるんよ。これはリィンには話しとらへんかっ
たことなんやけどな」
 はやてちゃんはちょっと遠い目をしてさらに続けたです。
「わたしは昔は身寄りが無うて、一人で暮らしとった。それも車椅子生活や。もちろん、わたしが生まれた頃はちゃんと
両親がおったことは間違いあらへん。せやけど、物心つくかつかへんかのころに別れ別れになってもうた。その訳は実
のところはわたしもよう解らへんし、実の両親のことはよう覚えとらん。それからはわたしはある人に援助してもろうて育
ってきたっちゅうわけや。せやから、正しく文字通りの『天涯孤独』やな。そんなわたしに家族ができたんよ。九歳の誕
生日にシグナムやヴィータ、シャマル、ザフィーラと巡り逢うて家族になったん。それからちょう経ってリィンが生まれて
家族になった。この辺はアギトも聞いとるよな」
「うん……」
「その、わたしに家族が出来たいうことが、実は次元世界を壊してまうほどの大事の発端やったんよ。詳しくは『闇の書
事件』の記録を読んでもろうたらよう解ると思うけどな。その事件でわたしらを助けてくれたのがなのはちゃんやフェイト
ちゃん、クロノ提督、すずかちゃんやアリサちゃんやったんよ。わたしが魔導騎士になったのもその事件がきっかけや。
まだその頃はリィンは生まれてへんかったけれどな。この辺はリィンもアギトも知っとることやな」
「はいです」
「うん」
 はやてちゃんはそこまで云うと、ローボードの上のフォトスタンドに目を移しましたです……目線の先ははやてちゃんと
アインスとヴォルケンリッターみんなの写真……
「それでな、その事件の時以来ずぅっと考えていることがあるんよ。……あの事件では悲しい別れもあった。お互いに別
れとうないのに別れなあかんようになってもうた。そんな別れはわたしだけで沢山や。わたしは神様やあらへんから世
界全部の人がそんな別れに遭わんように出来るはずあらへん。せやけど、少なくともわたしの目の届くところではそな
いな悲しい別れは起こさせとうない、そう思うてこの仕事をやっとるんよ」
「……」
 アギトは無言で食い入るようにはやてちゃんの話を聞いているです。
「アギトも騎士ゼストとの悲しい別れに出遭ってもうた。そしてシグナムとの新しい出逢いもあった。アギトには騎士ゼス
トとの別れを忘れて欲しゅうない。せやけどシグナムとの出逢いにも引込思案になって欲しゅうない。そない考えたから
アギトには家に来てもろうて家族になってもらったんよ。これは欲張りで我儘なわたしの一人よがりかもしらへん」
「……そんなこと無い。あたしが更生施設に居る時からずっと気にかけてもらって嬉しかった……あたしを家族にしても
らって……嬉しかった」
「……リィンもアギトが家族になってくれて……嬉しかったですぅ……でも、どう向き合っていったらいいのか分からなくて
……」
「……それはあたしも同じだ。急に『家族だ』って云われて、どうしたらいいのか全く分からなくって……」
「それはそうや。わたしにもよう解る。せやけど、『家族』ちゅうもんはそないに難しいものやあらへん。自分に正直に相
手のことを大事に思う気持ちがあればええねんよ。それが『家族』に必要な条件なんやとわたしは思う。アギトにはそれ
が出来ると思うたから『家族』になってもろうたんよ。『家族』いう語感が合わへんかったら『同志』云うたらええやろか、
そのほうが解り易いかもしれへんな。とくに家の場合はなぁ」
「……」
「……」
 アギトは無言です。
 わたしも無言です。

 わたしはアギトを『家族』として迎えていたでしょうか。
 アギトと『家族』として接していたでしょうか。
 アギトを『同志』として認識していたでしょうか。
 アギトを大事に思う気持ちがあったでしょうか。

 しばし無言の時間が続きましたです。
 そんな沈黙をはやてちゃんが破ってくれましたです。
「まぁ、わたしの気持ちはそないなところや。あとは二人でゆっくりと話しいや。お茶、おかわりあるからな」
 そう云うとはやてちゃんは自分のカップを持ってリビングから出て行ったです。


「……アギト……」
「……リィン……」
 二人同時にお互いを呼んでしまったです。
「あの、アギトから先に……どうぞです」
「リィンから先に」
「……」
「……」
 先に口を開いたのはアギトでしたです。
「あのな……ごめん……変なちょっかい出して悪戯ばっかりして……」
「リィンこそごめんなさいです。むきになっちゃって対抗意識ぶつけちゃって……」
「あのな……あたし、リィンが羨ましかった。リィンがずっとはやてたちと家族で気心が知れていたのが、当たり前のは
ずなのに羨ましかった……」
「あの……ですね、リィンもアギトが羨ましかったです。アギトとシグナムがずっと昔からのロードと融合騎のように相性
がぴったりで……なんだかシグナムを取られちゃったような気がして……嫉妬してたです」
「あたしも……リィンがはやてやシグナムやヴィータの姉御と……誰とユニゾンしてもちゃんとシンクロできるのが羨まし
くてやきもち焼いてた……と思う」
 アギトの声がだんだんと詰まってきていますです。……わたしの声もきっと同じだと思うです。
「……アギト……ごめんなさいです……リィン、子供だったです……家族なのに嫉妬しちゃって……素直になれなかった
です」
「リィン、ごめん……あたしこそやきもち焼いてて、素直になれなくて……」
 わたしとアギトはどちらからともなくお互いの肩に顔を埋めて泣き出していたです。
 お互いにごめんなさいを何度も繰り返しながら……


 そうして、気がつくと外は朝。客間のベッドに二人一緒で、隣にはアギトが寝ていたです。
 はやてちゃんが運んでくれたでしょうか。
 あれから、きっとお互いに泣き疲れて寝ちゃったと思いますです。
「……う……ん……」
 アギトが目を覚ますみたいです。
「……アギト、おはようですぅ」
「リィン、おはよう」
「昨夜はありがとうでしたですぅ」
「こちらこそな」
「ふふっ、ふふふっ」
「くすっ、ははっ」
 お互いに顔を見合わせると自然と笑いが出てきたです。
「シャワー、浴びに行きますですか」
「ああ、そうだな。昨夜はあのまま寝ちゃったみたいだし」
「……リィン、邪魔じゃなければアギトと一緒にどうせならお風呂に入りたいです……」
「……あたしも……迷惑じゃなければ……」
「じゃ、準備して五分後にお風呂場で」
「うん」

「リィン、いるか?」
「はいですぅ。アギト、どうぞですぅ」
 お互いにお湯を掛け合って、背中を洗いっこして、髪も洗いっこして……
「リィンの髪、羨ましいくらい綺麗な銀色だよなぁ」
「そんなことないですぅ。アギトの髪も綺麗な赤でリィンは羨ましいですぅ」
「ほら、洗うぞ」
「きゃっ、くすぐったいですぅ。でも、とっても気持ちいいですぅ♪」
「どんなヘアケアしてるんだよ。今度教えてくれよな」
「どんなって……普通にシャンプーしてリンスしてトリートメントして……あとはなるべくドライヤーを使わないようにしてい
るくらいですぅ」
「なんだ、そのくらいならあたしと大して変わらないのに、どうしてあたしの髪ってこうごわごわしてるんだ?」
「ごわごわと違いますです。アギトの髪、張りがあって羨ましいです。リィンの髪は腰がなくって猫っ毛で、雨降りとか湿
度が高かったりするとすぐに毛先が跳ねちゃうですぅ」
「あたしは逆に髪がまとまらないで腹立つんだよなぁ。すぐにぴんぴん跳ねちゃうしなぁ」
「お互いに自由にならないですねぇ」
「本当になぁ。ほら、流すぞ。目ぇ、閉じとけよ」
「はいですぅ。ありがとうですぅ」

 湯船の中で二人で向かい合って肩までお湯に浸かってほっと一息。
 そうです……前からお願いしたかったこと、頼んでみるです。
「あの……アギト……お願いがあるですぅ」
「なんだ?リィン、あたしにできることなら」
「あのですね、リィン、アギトにロードの健康管理とかユニゾンデバイスが覚えておくべきことをいろいろ教えて欲しいで
す。例えばお料理とか……」
「別にかまわねえけど……あたしもリィンに頼みたいことがあるんだ」
「なんですか?リィンに出来ることだったら……」
「その……あたしって、使えるのが炎熱系魔法ばっかりだろ。これからのことを考えるともっと魔法の幅を広げておきた
いと思う。例えば氷結系魔法とか、教えてくれないか」
「……はいですぅ!リィン、頑張っちゃいますぅ!」
 わたしは嬉しくて湯船の中でアギトに抱きついてしまいましたです。
「ひゃぁっ、やめろよ。くすぐったいじゃねえか」
「だめですぅ!離さないですぅ♪」
 そう云いながらも逃げる様子もなく、逆にアギトはわたしに抱きついてきてくれたです。
「……リィン、ありがとうな。こんなあたしだけど……その、あらためてよろしく頼むな」
「アギト、ありがとうです。『融合騎』としてはまだまだひよっこなリィンですけれど、よろしくお願いしますですぅ」

 なんだか、こうしているとあんなに喧嘩をしていたのが莫迦みたいに思えてきますです。
 ううん、本当に回り道をしちゃったんだなって思うです。
 考えていること、目指していることはお互いに一緒だったのに、変に意地を張っちゃって……勿体なかったなって思う
です。
 でも、そのおかげでアギトと本当に『家族』になれた気がするです。そして、はやてちゃんの『同志』として、ヴォルケン
リッターのみんなと一緒に進んでいけると思うです。
 お互いにちっちゃい『同士』ですけれど、ちっちゃいなりに全力で進んでいけると思うです。
 アギトにいろんなことを教えてもらって、わたしもアギトにいろんなことを伝えていきたいです。
 ちっちゃい『同士』のちっちゃい『同志』として。

 湯船でしっかり温まって、脱衣所で服を着ながら……
「アギト、また一緒にお風呂入りましょうですぅ」
「ああ、そうだな。また一緒に洗いっこしような」
「ふふっ、楽しかったですぅ」
「そうだ、リィン。教えて欲しい事にもう一つ、追加してもいいか?」
「はい?なんですか?」
「あのな、ヘアケアとかスキンケアとかも良かったら教えてくれないか?その、やっぱり少しは綺麗になりたいかなとか
思うし……制服着ててみっともなくない程度には」
「はいですぅ!喜んで♪」


 アギトとわたしの、そして八神家の家族の新しい出発
 お風呂の温かさと心の温かさがとっても心地よい朝でしたです。



平成二十四年七月七日





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