魔王の母

 城の庭園に、1人の女性が立っていました。
 彼女は「魔王」。
 その絶大な力は、ほんの少し手のひらを振るだけで周りの生命をことごとく無に帰すだろうと、
恐れられていましたが、彼女はその力を誇示する気は全くなく、それどころか数百年に一度、
気に入った人間の男と一緒に暮らす為、城を出たりしていました。

 彼女は、この庭園に来るといつも考える事がありました。
 それは両親、特に母親の事でした。
 彼女は、魔王である母親と人間の父親からこの世に誕生しました。
 父親は魔王が赤ん坊の頃、寿命でこの世を去りました。
 彼女に父親の記憶はほとんどありませんでしたが、母親や執事達からから父親の事は、
よく聞かされました。

 両親はとても愛し合い、そして彼女をこの世に誕生させ、ある日彼女の目の前で消えて
しまった母親・・・

 そう、この庭園で・・・





 それは今よりずっと昔の話・・・

 とある村の近くに、一組の夫婦が暮らしていました。
 二人とも時にはケンカもしましたが、とても仲が良く暮らしていました。
 そんな二人の出会いは、こうでした。


 辺境の地に魔王が眠るといわれている城がありました。
 この城にはこんないい伝えがありました。
 「何人も城に入って魔王の眠りを覚ましてはならないもし覚ましてしまったら、
 魔王は地上に降り立ち災いをもたらすであろう・・・
 それは数十年にも及び、魔王が再び城に戻ってまた深き眠りにつくまで続く・・・」
 付近の村人は、そのいい伝えを守って城に近づかないようにしていましたが、ある日
一人の若者が城に入り込んでしまいました。

 その若者は遠い国からの旅で、城の事をほとんど知らなかったのです。
 いつもなら大勢の魔物が現れて城に入り込んだ者を追っ払うのですが、この日はどうゆう訳か
魔物は全く現れず、若者はしばらく城の中をうろついていました。

 ふと気配を感じた若者は、立ち止まると目の前の扉を開けて入ると、中には赤く長い髪の
美しい女性が1人、椅子に腰掛けていました。


  

 若者は訪ねました。
 「こんにちは、・・・あの・・・あなたは?」
 女性は、若者の方を向くと、
 「私は、魔王。この城の主よ。」
 「え!・・・あ、すみません・・・勝手に入り込んでしまって。」
 そう言って若者は、頭を下げました。
 「いいのよ、気にしないで。」
 「・・・・・・」
 「どうかしたの?」
 「え?・・・あ!」
 魔王にみとれてしまった事に気付いた若者は、顔を真っ赤にしながら、うつむいてしまい
ました。
 そんな若者の様子を見ていた魔王は、横を向いて胸の前で両手を握りました。
 (よしっ、つかみはOK!)
 そんな様子をうつむきながらも見ていた若者は、
 「・・・ガッツポーズ?」
 「あ、見てたの?」

      


  見られた事に気付いた魔王は顔を真っ赤にしながら、やはり顔を真っ赤にしている若者と
しばらく見つめ合っていました。
 「・・・クスッ」
 「・・・アハハ」
 どうやら、お互い一目惚れのようでした。
 こんな出会いをした二人は、しばらく城に留まった後、城を出て一緒に暮らす事になりました。

 ある日の事、若者は魔王が数百年に一度、このように気に入った若者と一緒に暮らす事を
聞かされました。
 話を聞かされた若者は、黙ってしまいました。
 「・・・軽蔑する?そうよね、人間の中にはそうゆう事を不快に思う者がいるから・・・」
 そう言いながら、若者を見た魔王は、ハッとしました。
 若者は、涙を流していました。
 「・・・どうしたの?」
 若者は何も答えず、いきなりギュッと魔王を抱きしめました。

         

 「ね、ねぇ、ちょっと・・・」
 「僕は、キミと一緒に暮らすことが出来て今とっても幸せで、すべてのキミが・・・もちろん
 過去もすべて含んだキミが好きだ。」
 「・・・私も今とても幸せよ。」
 「・・・・・・ごめん。」
 「え?な、なんで?」
 「別れの悲しみや寂しさを全部1人に押しつけてしまって・・・」
 「 ! 」
 魔王は、ふるえる手を若者の背中に手を回すと、こらえきれなくなった涙を流して若者に
しがみついて泣きだしました。
 若者は、泣きながら更に力を込めて魔王を抱きしめるのでした。


         

 しばらく二人とも抱き合ったまま泣き続けたあと、どちらからともなく体を離し、魔王は
涙を拭いて真剣な顔をして若者にこう言いました。
 「・・・ねぇ、子供欲しくない?」
 突然そんな質問をされた若者は、目を見開きました。
 「え?でも、僕たちの間で子供は出来ないんじゃ・・・」
 種族の違いからなのでしょうか、これまで魔王と人間の間に子供が産まれる事はありま
せんでした。
  「普通はね。でも私との相性がとてもいい人となら出来るの。・・・そしてあなたは、
 これまで私が一緒に過ごしてきた人の中で、一番可能性があるわ。いえ、私にはわかる。
 あなたとなら、子供を産む事が出来る。」
 「・・・でも、これまでも・・・あのぅ・・・出来なかったよ。」
 魔王は、ゆっくりと顔を横に振りました。
 「魔王が、子供を産むって事はとても重大な事で、それなりの時間と場所が揃わないと
 ダメなのよ。」
 「重大って?まさかキミにとって危険な事じゃ・・・それなら僕は・・・」
 「・・・ううん。私なら大丈夫よ。生まれてくる子の為の環境がって事。」
 「そう・・・」

 魔王は、若者に告げなかった事が1つありました。
 女の魔王が子供を産むという事は、自分が消えてしまうという事でした。
 子供を生む際に、自分の強大な魔力のほとんどは子供に吸収されてしまい、それによって
徐々に力が失われ、ある日突然跡形もなく消えてしまうのでした。
 これまで寿命というものに縛られてこなかった魔王にとって、それは恐怖そのものでした。
 それを話したら、きっと若者は反対するだろう・・・だから魔王はその事について話さな
かったのでした。

 「どう?」
 いつになく真剣な眼差しの魔王を見ながら、若者はじっくりと考えそして、
 「欲しい・・・キミと僕の子供が。」
 「そう・・・嬉しい。」
 魔王は、優しく微笑みました・・・

          

 しばらくして、魔王と若者は城に戻ります。幾つもの神聖な儀式と生まれた子が守れる
環境として、魔王の城が必要なのでした。

 5年後、魔王は身ごもりました。
 その事を知った若者は、もうすぐ我が子に会えると喜びました。しかし、身ごもってから
子供が産まれるまでに、10年の年月がかかる事を魔王から聞かされました。

 「魔族・・・特に私のような魔王と呼ばれる者達は、人間では到底考えられない程の寿命・・・
 不死といってもいいわ。だから、子供の成長もかなりの時間がかかるのよ・・・」
 「そうなんだ・・・」
 「ガッカリした?」
 「・・・少しね。でも一緒に子供の誕生を待つ楽しみがあるし、まだしばらくはキミを独り
 占めにする事が出来るからね。」
 「・・・もう、バカ」

 それから10年の月日が流れた頃、若者と魔王の間に待望の赤ん坊が生まれました。

 女の子でした。

 待った分だけ魔王と若者の喜びも大きく、二人は一日中赤ん坊の寝顔を眺めたりして
いました。

      

 「可愛いね。」
 「そうね。」
 「・・・産んでくれてありがとう。」
 「ううん、私もあなたとの子供が欲しかったから、産む事が出来て私も幸せよ。」
 二人は、しばらく赤ん坊の事を眺めていたのですが、若者がポツリとつぶやきました・・・
 「僕はあとどのくらい、この子の成長を見守る事が出来るんだろう・・・」

 魔王は、そのつぶやきに答える事は出来ませんでした・・・


 若者と魔王は、とても満ち足りた時を過ごしました。そして数十年の時が過ぎて、赤ん坊が
ようやく片言の言葉を話せるようになった頃・・・

 城の一室では、1人の老人がベッドで寝ていて、側には魔王と魔王に抱きかかえられた
子供がいました。


      

 老人・・・かつての若者は、魔王に話しかけました。
 「・・・昔、この城でキミと出会うことが出来て、本当に良かったと思っているよ。」
 「わたしも。」
 「ごめんね、いつまでも一緒にいる事が出来なくて。でも今回は大丈夫だよね。僕たちの
 子供がいるから、寂しい思いはしないよね。」
 魔王は、優しく微笑みました。
 「・・・ええ、大丈夫よ。あなたがいなくなったら寂しくなるけど・・・この子がいるから
 これまで程じゃないわ。」
 「良かった・・・後を頼むよ。」
 「うん、任せといて。」
 「ありがとう・・・」

 それから少しして、若者は亡くなりました。

 その頃から、魔王は一日のほとんどを城の中で過ごすようになりました。
 まるで、自分の魔力を減らさないように、出来るだけ長く我が子と一緒にいてやれるように
するため・・・

 若者が亡くなって数十年の時が流れ、魔王の子供は、片言だった言葉もしっかり話せる
ようになり、元気に庭や城内を走りまわって、しもべ達を困らせたり、ときおり強大な魔力の
一端を見せ始めるまでに成長していました。

            

 魔王は、ベッドの上から、そんな我が子の成長を嬉しく思っていました。
 そんなある日の事、魔王は自分におこった異変に気付きました。
 「・・・きた。」

 魔王は、子供と一緒に庭に出ました。

            


 子供は、最近母親が外に出なくなったので、病気かなと思っていましたが、元気になったん
だと喜んでいました。
 「ねぇ、ママ。」
 「ん?何かしら。」
 「病気は大丈夫なの?」
 「うん、大丈夫よ。」
 そう言うと、魔王は子供の前にしゃがんで、抱きしめました。
 「良かった〜♪」
 子供は、そんな母の様子にすっかり元気になったんだと、無邪気に喜んでました。
 魔王は、子供を抱きしめたまま話し始めました。
 「・・・いい、これから言うことをよく聞いてね。」
 「ん?何、ママ?」
 「ママは、もうすぐあなたとお別れしなければなりません。」
 「え!どうして?」
 「これからあなたは、たくさんの出会いと別れを経験するでしょう。別れはつらいかも
 しれない・・・でも、その思いに捕らわれすぎて、出会いが台無しになったり、出会いを拒ん
 だりしないでね。出会いは素晴らしいものよ。それに別れがあっても、その人と過ごした
 日々が記憶として、あなたの心の中にずっと残るから・・・」

             

 「ママ、何を言ってるのかわからないよ〜」
 子供は、もがいて母親から離れようとしますが、母親はギュッと抱きしめたまま離そうと
しませんでした。
 「あなたの事は、最古参の執事によく伝えてあります。」
 「やだよ〜ママ、いなくなっちゃやだよ〜」
 「ごめんね・・・ママも、もっと長くあなたと一緒に暮らしたかったわ・・・」
 「・・・ママ、なんかおかしいよ。」

 子供にそう言われた魔王は、自分の体が少しずつ透き通っている事に気付きました。
 いよいよ、お別れの時が来ました。

 「お願い、ママをギュッと抱きしめて!」
 「マ、ママがどんどん薄くなっていくよ、イヤだ!行かないでよ〜ママ!!!」
 子供は、母親がいなくならないようにギュッと抱きしめますが、母親の姿はどんどん薄く
なっていって、そして・・・
 「ママは・・・あなたを産んで・・・そして一緒に暮らせてとても・・・幸せでした・・・」
 「ママぁ〜」
 「ありがとう・・・」
 その言葉とともに、母親の姿は完全に消えました。
 「ママ〜!!!」


             


 子供は、叫びながらその場に泣き崩れました。いつまでもいつまでも・・・








 それから長い年月が経過して子供は成長し、魔王として君臨するまでになりました。
そして母親と同じように時々気に入った若者と城を出て暮らしていました。

 彼女は、女の魔王が子供を産むとどうなるのかを知ってから、消えてしまうとわかって
いるのに、なぜ自分を産んだのだろうかと、時々両親の事を考えていました。

 (ママは、これまで暮らしてきた人間の中で一番パパの事が好きだった・・・そして、
思い出以外に二人が一緒に暮らした証が欲しくなった?・・・それとも、パパとの別れに耐えられ
そうに無かったから?・・・私にも、そういう日がくるのだろうか・・・)

 今の魔王に、その答えを導き出す事は出来ませんでしたが、それでもはっきりしている事が
ありました。

 それは、自分を産んでくれた両親はとても幸せだった事と、自分にいっぱいの愛情を注いで
くれた事でした。

 魔王は、空を見上げてつぶやきました。

 「ありがとう・・・」と。

            

                                         Fin