静かなひととき
Tea House
ここは私が普段感じたこと、思ったことを気楽に書き綴ったページです。
よろしかったらコーヒーやお茶でくつろぎながら読んでみてください。
今渦巻いている憎しみのエネルギーに警戒を
新年が明けてまだ日も浅いのですが、残念なことに、今回は非常に暗い話題を取り上げねばならないと思っています。
たしか3ヶ月ほど前だったと思います。「優先席付近では、携帯電話の電源は必ずお切りください。最近、車内でのお客様同士のトラブルが増えております。ご協力をお願いいたします。」こういった車内放送を聞いた翌日、今度は別の路線で、「先ほど○○駅におきまして、お客様同士のトラブルがあった関係で、下り電車約10分ほど遅れております。」こういう構内放送を聞きました。私は昨夏ごろから、街行く人々に、苛立ちというか殺気というか、異様に攻撃的な雰囲気を感じていました。
私ひとりが感じているのかな、と思っていたころ、ある週刊誌の見出しに「異常なまでに攻撃的な人が増えていませんか」の文字が。私は週刊誌が嫌いで、普段手に取ることはまずないのですが、このときは思わず買ってしまいました。この記事では、昨夏からではなく、すでに1980年代半ばから攻撃的な人々が徐々に増えてきたという内容なのですが、私も同感です。私は、攻撃的な人々が元々少しずつ増えてきていたことに加えて、昨夏ごろからさらに拍車をかけて急激に増えているように感じます。(ちなみに、この週刊誌の記事は内田樹著「呪いの時代」という本を基に書かれたようです。)
●震災の影響
これには、東日本大震災の影響が深く関わっていると思います。震災の被害というと、津波の被害と原発の被害ばかりに目が行きがちで、間接的な被害、特に被災地以外での震災の影響による倒産、失業、収入減などは忘れられがちです。震災発生直後は「被災地の人たちに比べれば、これくらいどうってことない」という思いで、何とか我慢できたと思うのですが、さすがに夏ごろになると計画停電が行なわれたこともあって、その我慢も限界に達してしまったと思います。特に計画停電による交通機関の乱れは、攻撃的な人々を激増させたと思います。
●ネットの影響
また、震災の影響以外では、ネットの影響というものがやはり否めないと思います。ネット上には、親しい人たちだけが集まるコミュニティの場もあり、そういった場で有名人の悪口を書いたり、乱暴な言葉のやり取りがあっても、私は構わないと思うのですが、問題はそういった乱暴な言葉使いがネット上では普通なのだと思い込み、他の多数の人たちが閲覧するようなサイトやブログにも乱暴な言葉を書き込んでいるのが多数見受けられることです。例えば、ショッピングサイトのユーザーレビューに「この本の著者はアホじゃねーか?」といった具合です。
こうした乱暴な言葉使いはネット上だけにとどまらず、新聞やテレビ番組への投稿、他人や企業と交わすメールや書類、さらには実際の会話にまで広がっていて、ネットのこうした風潮が社会全体へ悪影響を及ぼしているのは明らかです。
●低収入の影響
格差社会により、ここ20年くらいの間に、富裕層の数はそれほど減っていないかもしれませんが、低収入層は激増しています。例えそれなりに収入がある人でも、養う家族が多ければ一人当たりの収入は少なくなってしまいます。誰しも経験があると思うのですが、ずっと前から欲しかった高価な物をお金をコツコツ貯めてやっと手に入れたときの喜びは格別で、それまでの苦労が全部吹き飛んでしまうくらいです。たまにこういうことがあるからこそ、普段の生活での面倒なことにも耐えられるのではないでしょうか。しかし現在は、経済的な余裕がなくて、高価な物などまったく買えないという人たちが非常にたくさんいると思われます。いや、もしかしたら日本人全体の半分以上の人たちがそうかもしれません(私もそのうちの一人です)。
高価な物をまったく買えなくなってしまった人たちの心はどうなるでしょうか。憧れの洋服やアクセサリーも買えない、バイクやパソコンも買えない、旅行にも行けない、家やマンションなんてとんでもない話… これでは多くの人が「生きてても何にもいいことねぇや」と心が荒れだし、毎日イライラするか、酒に頼るか、場合によっては「うつ」になってしまう人もいるでしょう。こうしたことが、攻撃的な人を増やす一因になっていることは間違いありません。
●内的な要因と人口過密
こうした外的な要因に加え、内的な要因も増えています。自己中心的、礼儀知らず、苦労知らず、他人と関わる経験が少ない、周囲の人から愛情を注がれなかったなど、精神的に未熟な人は増えていると思います。他人の気持ちを思いやる能力には、かなり個人差があるようです。常に他人に迷惑をかけないように、自分のことよりも周りの人たちに重きを置いて行動する利他的な人たちがいる一方で、常に自分のことばかりを考え、他人を物と同様にしか感じることのできない利己的な人たちもたくさんいます。
こうしたことは、子供の頃の育った環境の影響や先天的な原因による場合が多いと思われますが、都会の人口過密の影響も軽視できません。ある大きさのケースの中に数匹のネズミを入れ、充分な餌を与えた場合、ネズミがどこまで増えるかという実験に関する話題を以前テレビで見たことがあります。それによると、最初はあっという間に増えますが、ある程度になるとそれ以降はまったく増えなくなるそうです。その増えなくなる原因が「ストレス」だそうです。過密によるストレスが、ネズミの増加を抑制するということです。つまり人間においても、人口が過密になるにつれて人々が感じるストレスが増加し、それが攻撃性や心の病気につながっていることは、容易に推察できることです。
●都会の人たちと地方の人たちとの意識の違い
人口過密によるストレスが増加していることに加えて、今、もうひとつのストレス増加の原因が都会で発生していると思います。それが、被災した人たちの都会への流入です。私は、首都圏に暮らす人々のマナー意識は非常に高いと以前から感じていました。例えば、旅行などで地方でバスに乗るとき、停留所で待っていた順番は関係なく、乗りたい人から先にバスに乗り込みます。早く乗って座席を取りたい人は、バスの到着と同時にわれ先にとバスのドアの前へと行きます。ところが首都圏では、並んで待っている場合はもちろん、並んでいなくても、先に停留所で待っていた人が先にバスに乗り込むというのが暗黙のルールです。これはとても素晴らしいことだと思います。
都会ではそうしないと、さまざまな場所で混乱が生じてしまうので、自然といろいろなルールが生まれ、マナー意識が洗練されていくのだろうと思います。日本人の道徳心の高さも根底にあると思います。しかし、地方から来た人たちはそうしたルールを知らないことも多いので、首都圏で暮らす場合もルールを無視して行動しがちです。もちろん、これは仕方のないことです。被災した人たちも、好きで都会にやって来たわけではありませんし、ましてや放射能汚染によって避難を強いられた人たちは、憤りを感じながらの都会暮らしになると思います。ですが、そうしたルールやマナーがあることを知っていただいて、守っていただければありがたいです。
●攻撃的精神状態の伝染
さまざまな要因によって今攻撃的な人たちが激増しています。さらに恐ろしいのは、こうした人たちの攻撃的な行いが、さらにたくさんの攻撃的な人たちを生み出すという事実です。例えば、たまたま入った飲食店の店員がイライラしていて、水も持ってこない。「すいませーん」と呼んだら「チェッ」と舌打ちするのが聞こえて、無造作に水をドンと置いたらどうでしょう。あるいは、電車に乗ろうとしたとき、誰かが割り込んできて「どけ」と言いながら先に乗って行ったとしたら、その場に居合わせた人たちはどんな気持ちになるでしょうか。皆「ムカッ」となるでしょうし、中には怒る人もいるでしょう。こうした出来事が頻繁に起こると、攻撃的ではなかった人までもが攻撃的になってしまいます。ちょうどインフルエンザが他の人にもうつるように、攻撃的な精神状態も簡単に人にうつってしまい、攻撃的な人の増加を加速させることになるのです。
攻撃的な人が増えてくることによって、新たな悪い状況も生まれてきます。すべての人たちが、他人に対して不信感を持つようになるという状況です。例えば、親切心で席を譲ったのに「余計なことしないで!」などと言われるのではないかとか、近くに行っただけで嫌な顔をされるのではないか、バカにされるのではないか、といった不信感です。こうした不信感が広がることによって、人と人との関係がどんどん険悪なものとなってしまいます。
●どう対応するか
気づかない人が多い中、こうした険悪な状況は静かに不気味に広がっていて、人と人との間に亀裂を生じさせ、世の中を殺伐としたものにしている気がします。
では、このような状況の中、私たちはどのように過ごせばよいのでしょうか。ひとつはっきりしていることは、攻撃的な振舞いは苦しい状況や悲惨な結果を生み出すことはあっても、良い結果は何も生み出さないということです。ですから、これをご覧になっている人までもが攻撃的になってはいけません。まずは「攻撃的に振舞うことは間違ったことだ」とはっきり認識することです。
しかし現実は、一歩外へ出れば、攻撃的な人たちがウヨウヨといる状態です。攻撃的な人による攻撃を受けても平静でいることは、かなり難しいことです。世の中がこういう状況になってしまった以上、結局のところ、知らない人とはなるべく関わらない、という姿勢がどうしても必要になりそうです。ただし、周囲にいる人に対して「どうせコイツも攻撃的なんだろう」などと先入観を持つのは良くありません。攻撃的な人かどうかは、外見では判断できません。また、攻撃的な人を見かけても「懲らしめてやろう」などと考えてはいけません。上述したように、攻撃的な振舞いは苦しい状況を生み出すだけですので、誰かが懲らしめる必要はありません。
攻撃的な人による攻撃を受けてしまった場合は、是々非々で対応するよりほかはないと思います。我慢できる程度であれば水に流し、度が過ぎていれば反撃するなり、従業員や警察官などに訴えるという対応が必要になろうかと思います。
●ネット上の改善策
先述のネットの影響について考えてみましょう。ネット上で使われている言葉には、何か独特のものを感じます。例えば、テレビに出演しているときはきちっとした丁寧な言葉使いで話しているタレントが、自分のブログになるとなぜか「撮影中に失敗しちゃったよ〜」などとなる。そういう私もネットを始めたばかりの頃は、掲示板などで「いや〜、助かりましたよー」などと書いていた覚えがあります。普段そんな言い方をしないのに。
もう、このようなネット独特の言葉使いはやめませんか。いい年した中年の男性が女子高生に合わせるかのように絵文字を多用しているのはヘンだと思います。普段使っている言葉をそのまま使えば良いのではないでしょうか。つまり、目下や親しい人にはタメ口でも構わないでしょうが、目上や知らない人には敬語で、不特定多数の人たちが見る場合はやはり丁寧な言葉を使うのが常識的ではないでしょうか。
ちなみに、最近はタメ口を使いたがる人やタメ口の方がいいと思っている人がたくさんいるようですが、タメ口には人と人との距離を縮める良い効果もありますが、反面、自分の中の悪い面やわがままな面が出やすくなるという欠点もあるのです。昔は家族の間でも敬語を使って話をする家庭がたくさんありましたが、それは自分のわがままや悪い面を外に出にくくして、家庭円満を守るための昔の人の知恵であったのではないかと、私は思います。
●低収入の不満は反格差社会に向けよう
低収入の影響については、今までこのコーナーでも書いてきたとおり、格差社会は一刻も早く終わらせるべきだと思います。一方で、現在はデフレの状態が続いていて、幸いにも少ない所持金でいろいろなものが買える状況になっています。この状況であまり贅沢を望むのは良いとは言えないでしょう。いろいろな物が欲しくなる背景には、広告や宣伝の煽りの影響もあると思います。私たちは時折、絵門ゆう子さんの「毎日がいのちの記念日」や本田美奈子.さんの「LIVE FOR LIFE」といったメッセージに帰る必要があると思います。低収入の不満は、格差社会や過剰な競争社会を終わらせることに向けられるべきだと思います。
●最後に
昨年3月11日以降、「がんばろう日本」「負けるな東北」「たすけあい」の言葉が飛び交い、日本がひとつになるかのように見えました。実際、援助活動をした人、寄付をした人、助けられた人がたくさんいらっしゃると思います。しかし、今の日本を見ていると、その反動で人々は互いに離れ合い、憎しみのエネルギーが蔓延してしまっているように見えます。この憎しみのエネルギーが蔓延している状況を軽視していると、とんでもないことに巻き込まれる可能性があります。今回、この攻撃的な人たちが増えている原因を探ってきたことで、もともと社会の変化で攻撃的な人たちが増えてきているという背景はあったものの、やはり昨年の大震災のさまざまな影響で、攻撃的な人たちが激増してしまったという事実が浮き彫りになったと思います。この事実を知れば、「こういった状況もやむを得ないな」と冷静に受け止められるのではないでしょうか。冷静に行動しましょう。
2012年1月12日
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