バレンタインの夢

『まもなく、終点第3新東京北駅に到着いたします。本日もJR東日本をご利用いただき―――』
 もうすぐ到着する……一年ぶりの第3新東京市。
 窓の外に見える町並みは以前見たものとはかなり変わっている。
 いまだに残る破壊された場所と、工事中のビルの林……使徒との戦いで大きく傷ついたけれど、それも回復に向かっている。
 電車が駅に到着し、手提げ鞄を持ってホームに降り立った……自分の立場が立場なだけに緊張してきた。
「大丈夫。きっと大丈夫」
 自分にそう言い聞かせてから、改札を抜けさらにバルターミナルを目指した。
 バスに乗って目的地へ……もうすぐだ。


 コンフォート17……目的の場所までやってこれた。
 エレベーターに乗って上の階に上がり、通路をあるいて『葛城』と表札がかかっている部屋の前までやってきた。
(ほんとうにこれた)
 ふとこのままインターホンを鳴らしたくなってしまうけれど、そうしてはいけない。
 私がここに来た目的は、ただほんのちょっとしたこと、そこまではできない。
 手提げ鞄の中からきれいにラッピングした箱を取り出す。そして郵便受けに……
「ゆっくりと両手を挙げろ」
「えっ!」
 いつの間にか黒い服にサングラスという出で立ちのネルフ保安部員に銃口を突きつけられていた。
「両手を挙げろ!」
「ひっ」
 両手を挙げる。
「その箱を下に置け!」
 従うしかないと思い、箱を足下に置こうとすると「ゆっくりとだ!」とか言われてしまった。少し離れたところからもう一人銃口をこちらに向けているし、たぶん従わなかったら即射殺されてしまう……
「……置きました」
「よしそのまま腹ばいになれ!」
「はい……」
 言われるとおりに腹ばいになったところでドアが開いた。
「うるさいわねぇ、せっかくの休みに何事?…………霧島さん?」
「葛城二佐、お知り合いですか?」
「ええ……どうしたの?」
「……挙動不審で、葛城二佐の郵便受けに箱を入れようとしたため対応を取りました」
「そう。ご苦労様。でも彼女は大丈夫よ」
「はい」
 保安部員は銃をおさめた。


 それから葛城さんは私を招き入れてくれた。
 リビングに通され、ソファーに座る。
「たいへんだったわね」
「いえ……よく考えればこうなることはわかっていたことでしたから」
「はい、コーヒー」
「ありがとうございます」
 葛城さんからコーヒーが入ったカップを受け取る。
「今日はバレンタインデー。霧島さんがここに来たのはシンジ君にチョコレートをプレゼントするためね?」
「……はい」
「そう。でも今はシンジ君はここにいないのよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、色々とあってね。今はここは私だけなのよ」
「そうでしたか、シンジは?」
「今は司令たちといっしょよ」
 司令……シンジのお父さん。ただ、すごく怖かった。それにシンジのお願いを無視して私を戦自に引き渡したりもした。組織の長としては当然の行為だったのかもしれないけれど…………
「……そうね。せっかくだし、シンジ君と会えるようにしてあげるわ」
「ほんとうですか!?」
「ええ、まっかせない♪」
 葛城さんは電話を取ってどこかへとかけた。


 第3新東京市を見下ろすことができる展望台……前にシンジといっしょに見た第3新東京市とはやはりいろいろと変わっている。
 いくつもの戦禍……みんなシンジたちがエヴァで使徒と戦った跡。
 こうしてみているとシンジたちがどれだけ激しい戦いを繰り広げていたのかよくわかる。
「マナ!!」
 大きな声で呼ばれた。もちろん私の名前を呼んだのはシンジだった。
 こっちに向かって走ってくる。
「シンジ!!」
 私もシンジの名前を呼びながらシンジに向かって走る。
 そしてぶつかるみたいな勢いでシンジと抱き合う。
「マナ……会いたかった」
「私も、ずっとシンジと会いたかった」
 いったいどれだけそうやって二人で抱きしめて会っていたか……他にも人がいるのにようやく気づいて恥ずかしくなってシンジから離れた。
 すぐそばにいたのは加持さん……私が身を隠すのにもいろいろと手を回してくれた人だった。
「やあ」
「気づかなくて済みません。ほんとうにお世話になりました」
 あらためて加持さんにお礼を言って頭を下げる。
「お礼を言われるようなことじゃないよ。でも、今度のことはちょっとまずくてね」
「そう、なんですか……」
「どういうことですか?」
「まあ、彼女の立場はいろいろとね。でもそれはこっちのことだから何とかしておくよ」
「すみません……」
 私の立場はすごく微妙だ。
 それがわかっていたからこそ郵便受けにチョコレートを入れるだけのつもりだったけれど、それでも保安部員に銃口を突きつけられてしまい、結果としてこうしてシンジと会えるようになったけどその分さらに話は大きくなってしまった。
「まあいいよ。ただ、次はないようにしてくれ」
「はい」
「それじゃ、せっかくの機会だし二人でゆっくりと話しているといい」
 加持さんから言われて、少し離れたところにあったベンチに二人そろって座った。
「あの……シンジ、これ」
 ついさっきまで忘れてしまっていた今回のある意味原因にもなったチョコレートが入った箱をシンジに差し出した。
「……あ、そっか。ひょっとして今日はバレンタインデーだから」
「うん……どうしてもシンジに渡したくて」
「ありがとう」
 シンジは笑顔でチョコレートを受け取ってくれた。
「開けていい?」
「もちろん」
 シンジは包装を解いて、箱を開けた。中にはハート型のチョコレートが。
「ちょっと恥ずかしいけど……いただきます」
 シンジが私が作ったチョコレートを食べる……緊張する。
「うん。とってもおいしいよ。ありがとう」
 喜んでくれた。ほめてくれた。
 今は……今だけは私の立場のこととか全部忘れて、ほんとうに喜ぶことにしよう。


 第3新東京北駅までシンジが見送りに来てくれた。
 もうすぐ発車時間……シンジとの別れの時間が来てしまう。
「……マナ、僕たちはもう会えないのかな」
 シンジはとても寂しそうな顔でそう言った。
 もちろん私もそんな顔をしていると思う……今回のことでどれだけ加持さんたちに迷惑をかけてしまったのかわからないけれど、相当なものだったみたいだし、もうこんなことはするわけにはいかない。
 シンジの質問には加持さんが答えてくれた。
「そうそう会ってもらうわけにはいかないけれど、あらかじめ手を回しておけば、たまにくらいなら何とかできるよ」
「ほんとうですか!?」
「その代わりシンジ君にも俺の方からお願いしたいことがあるけれどね」
「ありがとうございます」
「そうだな。せっかくだし、次はホワイトデーに機会を作ることにするよ」
 二人そろってありがとうございます!って加持さんにお礼を言った。
「マナ、ちゃんとお返し、するからね」
「ありがとう。期待してるからね」
「うん」
 発車時刻が来て電車に乗り込む。
「マナ! またね!」
「うん、シンジ! またね!」
 こんな約束ができるだなんて、全然思わなかった。ほんとうに夢みたいな展開だと思う。
 帰路の間ずっと一月後のホワイトデーでのシンジとの再会のことばかり考えていた。