思い出の誕生会

〜1〜
 実験が終わった後、着替えをすませて綾波を待っている。
 昨日思いついた話をするつもりなのだけれど、綾波は喜んでくれるだろうか?……たぶんいやとは言われないとは思うけれど喜んでくれるかはわからないから不安だ。
 暫くして更衣室の方からアスカがやってきた。
「お疲れ。レイでも待ってるの?」
「アスカもお疲れさま。うん、ちょっと綾波に話があってね」
「ふ〜ん、まいっか、あんまり遅くなんないようにね」
「うん」
 アスカが帰って行ってから少しして綾波がやってきた。
「碇君、待っていたの?」
「うん、一緒に帰らない?」
「ええ」
 綾波といっしょにエレベーターに乗る。誰も他に乗っていなかったから二人だけになれた。
「あのさ……もうすぐ綾波の誕生日だよね」
「そうね」
「そのさ……もしよかったらなんだけど、綾波の誕生会やらない?」
「誕生会?」
「うん、綾波の誕生日が書類上のものでしかないって言うのはわかってるけど……記念日であることは間違いないんだし、どうかな?」
 綾波少し考えてから「……いいわ」と言ってくれた。
「よかったぁ……じゃあみんなに言っておくね」
「ええ」
 綾波も少し嬉しそうにしていたけれど、正直なところ綾波よりも僕の方がずっと嬉しかったかもしれない。
 お祝いをされる側よりもする側の方が嬉しいって言うのはどうかと思うけれど、ともかくOKをもらえたんだし、綾波に喜んでもらえるようにしっかり準備しなくちゃ。


〜2〜
 碇君が私の誕生会を開いてくれると言った。
 誕生会……誕生日を祝うもの。
 ……アスカの誕生会。
 葛木三佐の家で行われた。洞木さん、鈴原くん、相田くんも来ていた。
 あのとき、アスカは嬉しそうだった。
 私の誕生日は書類上のものでしかないけれど、私の誕生会……あのときのアスカを自分に置き換えてみる。
 経験がないから何となくしかイメージできない。けれど、碇君が私のために開いてくれると言ったのだし、きっと嬉しいものになるだろう。
 初めての誕生日、初めての誕生会……



〜3〜
 今日は三月三十日……私の誕生日。
 碇君が言ってくれてから毎日この日のことを考えていた。たぶん、待ち遠しい……その言葉がぴったりと当てはまる状態だったと思う。
 葛木三佐の家にみんなが集まって私の誕生日をお祝いしてくれている。
 私のためにみんなが集まってくれたと言うだけでも嬉しい。
 碇君が大きなケーキを持ってきて私の前に置いた。
「大きい」
 アスカの誕生日で見たケーキよりもずいぶん大きい。
「ちょっと大きすぎたかな?」
「シンちゃん頑張ってたからねぇ〜、レイの誕生日を飛びっきりのにしたいって」
「どこがちょっとよ。ものには限度ってものがあるわよ、あんなに食べたら太っちゃうじゃない」
「まあまあ」
「このケーキ、碇君が作ったの?」
「あ、うん……まあね」
 碇君は視線をそらせて頬を掻いている……照れている。
「ありがとう」
「……」
 ぼうっと私の顔を見ている。どうしたのだろうか?
「碇君?」
「え? あ、あ、うん。そ、そうだ、ろうそく並べないと!」
 妙に慌てた感じでろうそくを取ってきてケーキの上に並べた。
「火をつけるね」
「ええ」
 碇君がろうそくに炎を灯していく……アスカの時もそうだった。
「これを吹き消せばいいのね?」
「うん」
「じゃあ……」
 アスカがやっていたように息でろうそくを吹き消していく。
 一つだけ消えなかったけれど、もう一度息を吹きかけて消した。
 全部の炎が消えると同時にみんなが「お誕生日おめでとう!」と声をそろえていってくれた。
 涙がこぼれてきた。
 ……嬉しくても涙は流せるものだって改めてわかった。碇君が私の存在を認めてくれたときと同じように…………
「ありが」
 私のお礼の言葉は最後まで言うことができなかった。途中で私、葛木三佐、碇君、アスカの携帯が一斉に鳴ってしまった。
「……使徒?」
 どうしてこんな時に……このときほどそう思ったことはなかったかもしれない。


「現在の状況について説明するわ」
 スクリーンに日本地図が表示された。小笠原列島の近くに赤い点が表示されている。
「先ほど海上保安庁の巡視船『きりしま』によって発見された使徒は、現在父島の西30キロの海上を時速約100キロで北上中。新横須賀に待機していた国連太平洋艦隊と海自の艦隊が緊急出撃、三宅島近海で交戦を予定。戦闘には空自も加わって可能な限り情報を収集するわ」
 新横須賀と厚木から三宅島に青い矢印が引かれて×が書かれた。
「まだずいぶんあるわね」
「ええ、ただし今の速度のままならね。いつ早まるかわからないし、いつでもでれるように待機していて」
「「「了解」」」
「詳しいことは決まり次第伝えるわ」
 ブリーフィングルームを出て待機室にやってきた。
 私の初めての誕生会は使徒のせいで……
「あのさ、綾波。使徒を倒して帰ってきてから続きをしようね」
 碇君がそう言ってくれた。
「……ありがとう」
 けれど、よりにもよって今度の使徒はここに来るまでずいぶんかかりそう。


〜4〜
 使徒を倒して戻ってきたけれど……もう日付が変わってしまった。
 綾波の誕生会は使徒のせいで完全に流れてしまった。
「綾波、ごめん。せっかくの誕生会だったのに」
「どうして碇君が謝るの?」
「綾波の初めての誕生会なのに、こんなことになってしまうなんて。もっと早い時間から始めてれば例えこうなったって……」
「使徒のことで謝る必要なんかないわ」
「うん……」
「私たちは使徒を倒すことが一番重要なのだから」
 そうは言うけれど、綾波は寂しそうだった。
「シンジ! レイ!」
 アスカが慌てて追いかけてきた。
「どうしたの?」
「司令が呼んでるわよ!」
「え? 父さんが?」
「早くおいなさい!」
 アスカについて行くことにしたけれど、父さんの部屋じゃなくて上の方に向かっている。
「ねぇ、どこへ行くの?」
「ヘリポートに来いだって」
「ヘリポート?」
 いったい何なんだろう? 綾波の方を見ると、綾波にも想像が付かなかったらしくて首をかしげていた。
 エレベーターを乗り継いでやっとヘリポートに着いた。
 ヘリポートには父さんだけじゃなくて、冬月副司令やリツコさん、マヤさん、ミサトさんたちがそろっていた。そして、ヘリの替わりに大型のVTOLがヘリポートにとまっている。
「おそい」
 着くなり第一声でそんなこと言われてしまった。
「まあいい、早く乗れ」
「う、うん」
 何が何だかわからないけれど父さんについてVTOLに乗った……みんなが乗り込むとすぐに離陸する。
「リツコさん、いったい何なんですか?」
 こう言うときはリツコさんに聞くのが一番。父さんに聞こえないように小声で聞いてみた。
「さぁ、着いてのお楽しみよ」
 そんなことを言われてしまった。


 VTOLが向かった先は第3新東京国際空港だった。
 海上に浮かぶ大きな空港が見える……滑走路の近くにライトに照らし出されている格好いい飛行機がとまっている。その飛行機のすぐそばに着陸した。
「ゆくぞ」
「う、うん」
 また父さんについてVTOLを降りた。
「司令、準備は完了しております」
「乗れ」
 タラップを上って飛行機に乗ったらびっくりしてしまった。
「碇君……これ」
 お誕生日おめでとう!って大きな横断幕がかけられている。中はイスがたくさん並んでいるんじゃなくて大きな部屋になっていて丸いテーブルがいくつも並んでいてまるでパーティー会場みたい。
「こ、これって」
「……誕生会?」
「そう言うこと。司令が話を聞いてね」
「そうだったんですか、でも、何でこんなところで?」
「それは、もうすぐわかるわ」
『これより離陸します。皆さまはイスにお座りください』



 この飛行機は実は飛行機じゃなかった。雲を越えて飛ぶとかそんなレベルじゃなくて窓の外を見ると下には大きな丸い星……地球が見える。
 明るいところは大都市。人がたくさん住んでいるところだ。こうしてみてみると、ひどく偏っているって言うのもよくわかる。
「これ、飛行機じゃなかったんだね」
「SSTO……碇司令はヨーロッパやアメリカに行くときはよく使っているわ」
「そうなんだ。普通の飛行機よりもずっと速いからかな?」
「ええ」
 綾波と地球を見ながら話をしていたら、機内アナウンスが流れてきた。
『時間変更線を越えました。ただいまの時刻は3月30日午後11時32分です』
「え? 3月30日?」
「シンジ、レイ来い」
「う、うん」
 父さんに呼ばれて綾波といっしょに窓から離れて部屋の前の方に歩いていく。
「レイの誕生会を再開する、いいな」
 父さんはそれだけ言って自分の席に戻っていった。
 そう言うことだったんだ。わざわざこんなところでする理由は、綾波の誕生日を追いかけて飛んでいたからだったんだ。
「……ここはまだ私の誕生日なのね」
「うん、そう言うことなんだね」
 ネルフの人たちが別の部屋から……ケーキを持ってきた。あっ! あれ僕が作ったケーキだ。
 綾波の前にケーキが置かれる。改めて考えるとあの人数にはだいぶ大きかったけれど、この人数だったら全然問題ないサイズだ。
「はい」
「ありがとうございます」
 ライターを受け取って、ろうそくにまた火を灯していった。
「綾波」
「ええ」
 綾波は本当に嬉しそうな笑顔でまたろうそくの火を吹き消した。



 パーティーが一段落してからお礼を言いに父さんのところに行った。
「父さん、ありがとう」
「別にこの程度大したことではない」
「でも、ありがとう。綾波本当に喜んでるよ」
「そうだな」
 綾波はアスカや洞木さんたちと楽しそうにおしゃべりをしている。
「それにしても、こんなことよく思いついたね」
「うむ、昔の応用だな……」
「昔?」
「ああ……バレンタイン条約は知っているな」
「うん、社会で習ったよ」
「私はあの会議に参加していてな、あのときユイが早く戻ってくれと言っていたが、日本に戻ってきたときにはもう日付が変わっていた」
「……ひょっとしてバレンタインデー?」
「ああ、あのときは欧州時間になっていた私の腕時計にあわせたんだがな」
「そんなことがあったんだ」
「ああ」
 突然歓声が上がった。
「どうしたんだろ?」
「ああ、そろそろか。見てこい」
「うん」
 歓声を上げていた人たちの方に行くと窓の向こうに太陽と地球の縁が蒼く輝いているのが見えてきた。
「日の出?」
「日の入りを追い越すんだから微妙だけどね」
 いつの間に横にいたのか僕の声にアスカが答えてくれた。だんだん青い部分が広がっていく。
「さっすがSSTO早いわねぇ」
「そうだね」
「……蒼い地球」
 綾波と洞木さんも来て窓から地球を見下ろしている。
 本当にきれいだ。
 蒼く澄んだ色に輝く地球……本当に宝物みたい。
 ミサトさんがやってきた。
「映像や写真だったら何百回と見たことがあるけれど、直に見ると全然違うものよね」
「そうですね、本当に」
「月並みな言い方ではあるけれど、これがあなた達が守った世界の姿よ」
 そうか、確かに言われてみればそう。僕たちは使徒と戦うことで使徒からこの世界を守ってきたんだった。
「ねぇ、シンジ」
「何?」
「司令がわざわざみんなを乗せたのはこれを見せたかったからじゃない?」
「どういうこと?」
「だって、こうやって地球を見てたら……本当に大切なものなんだって再確認できるでしょ」
「うん、確かにそうだね。一つしかない宝物だね」
「単にレイの誕生会をっていうだけなら、別にSSTOまで使わなくたって良いし、その方がゆっくりとできるじゃない」
「うん」
「使徒なんかにこの星をやってたまるもんですかってそう強く思ったわ」
「……僕も、この世界を壊したり壊されたりしたくないと思う」
「レイは?」
「……私も、この星を大事にしたい」
「みんなも、この星を使徒なんかに渡す訳には絶対にいかないわよね?」
 僕たち三人だけじゃなくてこのパーティーに参加した人たちみんな同じ思いだった。 
「じゃ、これからもみんなで力を合わせて守っていきましょ!」



〜5〜
 SSTOが空港に着陸した……私の初めての誕生会は終わった。
 この誕生会はとても大切な思い出として私の心にずっと残る。
 碇君、碇司令、そして私の誕生日を祝ってくれたみんなの思い。それが、どんなプレゼントよりもずっとうれしかった。
「さて、帰りは車で帰るわけだけど……シンちゃんとレイはあの車ね」
「え?」
「二人で話してる時間あんまりなかったでしょ。後は二人の時間にしてあげるから、レイをばっしちおとしてきなさい♪」
「そ、そんな、おとすだなんて!」
「まま、いいからいいから。それともシンちゃんはレイと二人っきりになるのはいやなのかなぁ?」
「そ、そんなことないです!」
「じゃあ、きまりっと。じゃね〜」
 葛城三佐たちは別の車に乗り込んで私たちをおいて車を出してしまった。
「……綾波はよかった?」
「ええ」
 碇君と二人で車の後部座席に乗りこんだ。この後部座席は前の運転席・助手席とは完全に仕切られていた。
『だしますね』
「あ、お願いします」
 スピーカーとマイク越しで運転をする保安部員とやりとりを交わすと、直ぐに車が走り始めた。
 空港から高速道路へ……新横須賀の夜景が見える。
「碇君」
「何?」
「今日の誕生会ありがとう。本当に大切な思い出になったわ」
「そっか、よかったね。でも父さんのおかげだよ」
「碇君が誕生会を開こうと言ってくれたからこそ。だからありがとう」
「……。どういたしまして」
 碇君はうれしそうにほほえんだ。
 ……そう言えば、あの約束をしたときから、碇君はうれしそうだった。
 碇君は私の誕生日を祝うことがうれしかった。もちろん祝ってもらえた私はとてもうれしかった。……逆はどうだろうか?
 私も碇君の誕生日を祝いたくなってきた。そして、碇君に喜んでもらいたい。きっと、碇君も似たような気持ちだったのだろう。
「たしか、碇君の誕生日は6月6日よね?」
「うん、覚えててくれたんだ」
「今度は私に碇君の誕生日をお祝いさせてもらっても、良い?」
「ほんと! うれしいよ」
 碇君の喜びようが予想していたよりもずっと大きくてびっくりしてしまったけれど、喜んでもらえてよかった。
「楽しみにしてるね」
 今度は私の番。碇君が喜んでくれる誕生会にしないと。
 どんな誕生日が良いのか考えていたら、碇君が私の方にもたれかかってきた。
 見ると寝息を立てていた。
 それも当然の話、もうずいぶん遅い時間になってしまっているし、昨日は使徒との戦闘があった。その上私のためにあの大きなケーキを始め、いろいろと準備をしてくれていたのだから。
「……碇君、本当にありがとう」