「霧島三曹、任務御苦労だった」 到着した駅のホームで上官が私を待っていた。 「ありがとうございます。でも、何故こんな事を?」 「質問をする必要はない。表で車が待っている」 「…了解しました」 上官から命令書が入っている封筒を受け取り、荷物を持ってとぼとぼと歩いて駅の改札を抜けた。 駅の前で上官が言ったとおりに一台の車が待っていた。 結局私は戦自から逃れることはできないんだ。 窓ガラス一枚を隔てた向こうに見えるのどかな風景は、私にとってとても遠い世界のものに思える。シンジはこんなところで私が暮らしていくことを考えていたのだろうけれど、現実はそんなに甘くはなかった。 封筒の中の命令書には次の任務まで休息を取れと言う内容の事が書かれていた。二曹に昇進したと言った内容のことも書いてあったけれど、私たちに階級なんて何も関係ない。 私はその通りにどこかの緑に囲まれたロッジに送り届けられた。静かで確かに休息をとるには良い場所かも知れない。 でも、今私はそんな休息が取れるような気分じゃない。 それでも、ここで暫く生きて行かなくてはいけない。だから、ロッジの中と回りを色々とチェックした。 一通りチェックが終わってからベッドがある部屋に入ってそのベッドに寝ころんだ。 この近くに人が住んでいるような感じはまるでない。大きな冷蔵庫にはぎっしりといろんな食料が入っていたし、床下の収納スペースにも缶詰とかが一杯入っていた。 ここで随分過ごすことになるのかも知れない。どうせ、ここも監視下にあるんだろう。だから逃げ出すことはできない。 戦自の少年兵にされてから私に自由なんて何もない。第3新東京市にいる間が一番自由だったのかも知れない。 任務と言う枷はあった。だけど、その中で自由に動けた。それに、なにより恋ができた。シンジを好きになることができた。 ……なのに、結局こんな風になっちゃった。 (……シンジ……) 涙があふれてきちゃった。別に堪えようとも思わない。堪えたって無駄だから…… こんなところで、休息も何もない。 何にもすることがないから、第3新東京市でのこと、シンジのこと…ムサシとケイタのこと…そんなことばっかり思い出しちゃう。それで、又涙を流してる。 私は手に入れた大切な者…友人、好きな人、自由…みんな失った。 私そんなにも悪い事したのかな?そんな目に遭うような事したのかな?いったい何が間違っていたんだろう? それとも…手に入れたって思いこんでただけで、本当はそんなの手に入れてなんかいなかったのかな? 日付なんか確認してなかったけれど、だいぶたってから迎えが現れた。 それで、私は又この基地に戻ってきた。 (やっぱり私はここに戻ってくる運命なんだ) 私たちがいたときよりも、物々しさが増してる気がする。みんなはどうなったんだろう?別に好きでも何でもない…どちらかというと嫌いな人ばっかりだったけれど、 「霧島二曹だな」 いつの間にか目の前に、制服を着た士官が立っていた。階級は二佐か、 「はい」 「私は扶桑二佐だ。今回の任務の責任者と言ったところだ」 任務か……今度はいったいどんな任務を背負わされるんだろう? 「色々と説明しなければ行けないことはあるが、口で言うよりは現物を見た方が早いだろう。ついてきたまえ」 扶桑二佐について大きな格納庫の中に入った。この格納庫…トライデントの格納庫だった。またアレに乗せられたりするんだろうか? でも、格納庫にあったのは、近かったのに私の予想を裏切る存在だった。 「……エヴァ?」 目の前にあったロボットはちゃんと二足で直立しているし、ずっと人型により近い…トライデントよりもエヴァに近かった。 「遠くはない。ネルフの技術を参考にして作った新型のロボット兵器だ。名称はドラグーンになる予定だ」 こんなのを作っていたの?……まさか、 「まさか、私が?」 「その通りだ」 「でも私は内蔵を」 「その点は心配いらない。トライデントとはまるで違う」 扶桑二佐は質問をしても答えてくれろそうな雰囲気はなかった。 それに何となく苦手な雰囲気を出してるから…しつこく聞いたり何かしたくもない。 「来週起動実験を行う予定だ。それまでに必要なレクチャーを受けるように」 あの時に壊されたところは修復されていたり、確かに改造されたりもしているけれど、基地そのものは変わっていない。 だけど、ここにいる人たちはまるで変わっていた。特に士官は、私の知っている人は誰もいなかった。勿論少年兵も…… あの事件の後徹底した人事異動が行われたと言うことを聞いたけれど、前にいた人たちはどこへ行ったのか聞いても誰も答えてくれなかった。 そんな中で私は唯一の少年兵として、唯一のドラグーンのパイロット候補として、毎日操縦方法のレクチャーを受けている。 詰め込み式で朝から晩までみっちり…終わったら部屋に戻って直ぐに寝ちゃう毎日。 そんなのだから、あそこにいたときと違って、色々と考えたりすることもない。こんな方が今の私には良いのかもしれない。 前のように沢山の中の一人じゃないから、大切に扱ってくれる。大切な道具として……でも、いつでも交換できるパーツよりはずっと良いかもしれない。 それに、中には親しくしてくれる人だっている。 やって来た起動実験の日。 オレンジ色のパイロットスーツは、シンジが着ていたプラグスーツに似た構造だった。それに頭に付けるこの機械もよく似ていたのをシンジが付けていた気がする。 参考と言うよりパクッただけなんじゃないのこれ?と言った内容を聞いてみたら、コピーなら未だ良かったんだけれどね。実際は劣化コピーなんだよって苦笑しながら言ってた。この分野では戦自とネルフの技術力の差は随分大きいらしい。 ドラグーンもエヴァの劣化コピーって所か……そんな劣化コピーって分かっていながら使うって事は、それだけ使えるって事なのかも? 胸部のハッチを開放してドラグーンに乗り込む。 ドラグーンの操縦席にはレバーとかボタンは最小限しかない。でもエヴァの操縦方法をまねた操縦方法で、私が考えていることを読み取ってその通りに動くらしい。 ごちゃごちゃしすぎてたトライデントとは本当に凄い違い。 『準備は良いか?』 「はい、」 『では、注水する』 高酸素溶液が操縦席に満たされ始めた。 特殊な溶液で衝撃の吸収とか、酸素の補給とか、パイロットの生命維持のための溶液らしい。 これを飲んでも大丈夫だって分かっているんだけれど……人間分かっているだけでそんなに簡単にはできません。 怖くて息ができない。 操縦席がすっかり満たされても暫く粘ってた。だけど、そういつまでも息を止めていられるはずもなく、そのうちその液体を飲み込んじゃった。 肺の中が液体で満たされてる……物凄く気持ち悪い…… 『息はできるか?』 「ふぁい…」 物凄く気持ち悪いけど、あらかじめそれとなく言われてたから、それを言っても小言を言われるだけだから黙っている。 『では、次の段階に移る』 壁面の全面モニターに回りの映像が映し出される。 丁度頭の部分からの視点になってる。 それから、ややこしいステップを積んで、何がなんだか分からなくなって疲れてきちゃった。 『最後の段階だ。これから起動に移る。自分がドラグーンになったつもりになれ』 最後に扶桑二佐が、そんなこと言われてもと言うような注文を付けてくるけど、仕方ない……一応なったつもりになってみる。 そうしたら本当に私がドラグーンになっちゃったみたいな感じがしてきた。良くわかんないけど、できましたよ、扶桑二佐。 『起動成功だ!!』 司令室でみんなが喜んでる声が聞こえてくる。 『良くやった霧島二曹!』 あの扶桑二佐も喜びを表に出してる。初めてあんな表情見た。最も少しの間だけだったけれど… その日はただ起動させただけだった。実際に動かすのは又今度やるらしい。 今日はベッドに直行決定。又でホントによかった。 基地の地下にある実験場にドラグーンが置かれている。 トライデントの時もここで実験を行ったけど、あの時よりも大きくなっているみたい。 私はタラップを使ってドラグーンに乗り込む。 この前と同じように起動させた。この前のややこしいステップは随分省略できていた。コンピューターが勝手にやったのだろうけど。 『では、まずは歩いてみろ』 「…了解」 右足を踏み出す…本当に思ったとおりに動く。 右足に床の感触がやんわりと伝わってくる。フィードバックとか言ってたっけ、双方向の感覚があることで操縦性がすごく向上している。トライデントの時はたくさんのセンサーを見ないと、正しく上手く把握できなかったし、それを考えると凄い差。そう言った関係のものは、神経みたいなものがちゃんと繋がって信号が伝わっているかどうかを示しているモニター一つに置き換わってる。 その後、いろんな動作をやらされたけど、反動とか衝撃が少ない。この液体だけじゃなくて、何か私に知らされなかった特殊な技術を使っているのかも? 実験を終えて、服を着替えてから格納庫にやって来た。 今ドラグーンはここで整備を受けている。 このドラグーンはトライデントとはレベルが違う存在だって事が分かった。 一新された操縦関係。私が第3新東京市に送り込まれたのも元々は、エヴァの操縦方法を探るためだった。私はそれを探ることはできなかったけれど、他の誰かが一緒に送り込まれていたんだろう。その誰かが掴んだ情報…それを元に作られたドラグーン。 このドラグーンはトライデントと同じように何年も後の戦争に備えているんだろうか?それとも何か別の目的に? 一通りの実験が終わったら、今度はシミュレーターでの訓練が始まった。 標的の戦車が五台並んでいる。 「右腕バルカン砲!」 そう言葉にすると右腕に格納されているバルカン砲が外に出る。モニターにカーソルが表示されて五台の戦車をロックする。上手くイメージができるようになったらわざわざ言葉にする必要はないって言ったけれど。 「ファイアー!」 私が叫ぶのと同時にバルカン砲が火を噴く…砲弾があっという間に五台の戦車を全てスクラップに変えた。 今度は動く標的…戦車が七台戦車砲をぶっ放しながら近付いてくる。 被弾したけれど装甲が砲弾を弾いて殆どダメージがない。コンピューターが自動的に七台の戦車を全部ロックした。 「ファイアー!」 だから私が叫んだだけで、七台の戦車が同じようにスクラップになった。 今度は武装ヘリ、後ろから迫ってるって言うのがモニターに表示されている…胸の対空ミサイルで迎撃する。 バルカン砲が届かない遠くにいる敵も、左腕に仕込まれたミサイルで破壊する。 所詮シュミレーションに過ぎないのだけれど、ドラグーンは恐ろしく強い。 操縦性もそうだったけれど、コンピューターの性能が随分上がってる。これもネルフから盗んだ技術なのかな? 最近、基地の雰囲気が緊張してきている気がする。何かがあるのか、それとも何かがあったのかは分からない。 それを知っているのは上の方の連中だけなんだろうけど、私は今日も訓練を繰り返すだけ。 そんなある日、エヴァが自爆して第3新東京市が消滅したって話を聞いた。 基地中その話ばかりになっている。知り合いが第3新東京市にいる人は何とかその人の無事を確認しようと動き回っている。 エヴァは3機……いったい誰の機体が自爆したんだろう?エヴァのパイロットは惣流さん、綾波さん、シンジ…二人には悪いけれど、自爆したのはシンジのエヴァじゃない事を祈った。私にとってはシンジは特別だから…… シンジの無事を確認したいけれども、私は基地の外に出ることも連絡することもできない。 何人かの士官に第3新東京市での事を教えてくれるようにお願いしたけれど、みんな詳しいことは知らないみたいだった。 だから…扶桑二佐の所に来た。 正直苦手だけれど、今はそんなこと言っていられない。 「霧島二曹です」 「…入れ」 「失礼します」 ドアを開けて扶桑二佐の部屋に入った。 扶桑二佐はデスクで何か書類を読んでいた。 「何のようだ?」 「第3新東京市での事を教えて欲しいんです」 「…何が知りたい?」 それって、聞いても良いって事かな? 「…初号機パイロットの安否です」 ふっとか、鼻で笑われた。悔しい、腹立たしい…だけど、それは直ぐに吹き飛んだ。 「自爆したのは零号機だ。初号機パイロットは生存している」 扶桑二佐の言葉でほっとしたのか、思わず力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。 「要件はそれだけか?」 「え?あ、はい」 「ならばさっさと出て行きたまえ、私は忙しいのだ」 「は、はい、失礼しました!」 自分の部屋に戻る私の足取りはどこか軽かった。 綾波さんには申し訳なかったけれど、シンジが無事だって事は嬉しかったから、 それから、日に日に基地の緊張は強まっていって、遂に出撃準備の命令が下されてしまった。 ネルフがサードインパクトを起こそうとしている。だからそれを防ぐために、その前にネルフ本部を強襲するらしい。 今、ドラグーンもエヴァを相手にするための改造を受けている。 …エヴァを相手にする… 残っているエヴァは初号機と弐号機…シンジと惣流さん。 私がシンジと戦うことになると言うの? どうして、私がシンジと戦わなくちゃいけないの?どうして、好きな人と戦わなくちゃいけないの? こんな事誰かに聞いたって答えてくれるはずがない。 戦いたくなんか無い……でも、私の意志なんか関係なく物事が進んでいく。 嫌だって言っても行かされるだろう。 じゃあそこで戦おうとしなかったら?どうなるんだろう?操縦者は私一人。私が戦おうとしなかったらドラグーンは戦えない。 私が戦わなかったら……ううん、強襲が失敗に終わったらどうなるんだろう?みんなが言ってるように、ネルフが本当にサードインパクトを起こそうとしているんだったら、又世界が地獄になっちゃう。それも、多分15年前以上の地獄に…… でも、ネルフがサードインパクトを起こそうとしているって言うのは本当なの?シンジがそんなことをしようとしているなんて事絶対にない。でも、シンジは結局私と同じで単なるエヴァのパイロット。何も上の方のことなんか知らない。 ネルフのトップはシンジのお父さんだけれど……あの髭眼鏡。シンジとは仲悪そうだったし、怖かった。シンジとは全然似てないし、きっとシンジはお母さんに似たのよね。うん。……と、横道に逸れちゃった。 あの髭眼鏡がサードインパクトを起こそうとしている?どうして? アニメの悪役だったら、目的は世界征服なんだろうけど……インパクトで世界中滅茶苦茶にして抵抗する力をそぐって所なのかな?何となくらしい。 でも、それが嘘って事もあり得る。ネルフが邪魔な誰かが嘘の情報を流してネルフを潰すために……ネルフが邪魔な人や組織は多いと思う。戦自や自衛隊は当然だけど、ネルフの支部がある国だって多分似たような感じだろう。それに、ネルフの凄い技術、全部が全部凄いってわけじゃないだろうけど、エヴァとマギは凄く有名。みんな喉から手が出るほど欲しいはず。 どっちなんだろう?何となく嘘のような気がするけれど、私が持ってる情報じゃ判断なんかできない。ホントか嘘なのか分からない。でもわからなくったって、決めなくちゃいけない。私には流れを止めることはできないんだから…… 私はどうしたらいいの? どれだけ考えても答えは出せなかった。出せるはずもなかった。 私はドラグーンを乗せた大型輸送車に乗って第3新東京市に向かうことになった。 戦自がネルフに攻撃をかけようとしているって事、シンジは知ってるんだろうか? シンジは……私が戦自にいて、しかも、ドラグーンのパイロットをしているなんて事知ってるはずもないし、そんなこと考えたこともないだろう。でも、私はこのドラグーンでネルフのエヴァ……シンジ達と戦わせられようとしている。 私の思いなんか全く関係なく、車は順調に第3新東京市に向けて走っていた。 遂に第3新東京市の近くにやって来た。 又戦自の一員として、又任務としてここにやってきた。でも、今度は前とはまるで違う。私はエヴァと戦うためにここに連れてこられた。 シンジの学校に転校した日、シンジと一緒に眺めた箱根の山々はあの時のまま何も変わらずに緑が残ってるように見える。 でも…第3新東京市は消え去って湖になってしまって、シンジとデートをした芦ノ湖と一つになってしまっている。 残っているところもかなりの部分が爆風で吹き飛んだんだろう。瓦礫になっている。 そんな中で戦闘が行われている。 生き残っているネルフの兵器が反撃してきているけれど、戦力が圧倒的に違いすぎる。第一師団の総戦力をあげた攻撃の前には無力。 目に見える範囲にはエヴァの姿は見えない……シンジは無事なの? 「車の中に入れ!」 なんだか良くわからないけれど、みんな慌てて車の中に入っていく。 私も慌てて輸送車の中に入った。 それから直ぐに物凄い光が窓から入ってきて目が眩む。続いて、物凄い衝撃が襲ってきた。 「きゃああ!!」 頭をぶつけてしまった…痛い。 振動が収まってから外に出てみると、第3新東京市が消え去っていた。元々町はなかったけど、そうじゃなくて完全に消え去って大きな穴が開いていた。第3新東京市の下にあるジオフロントが直接表に出てるんだ。 空に沢山の航空機が見える。次々にジオフロントに爆弾を投下していく、何百何千って数の爆弾が降り注いでいる……絨毯爆撃? 一方的すぎる。こんなのじゃいくらエヴァだってやられちゃうよ……シンジ、お願い無事でいて…… 「霧島二曹準備しろ」 私の出番が来てしまった。 それって、エヴァの相手をしろってこと?と言うことはあれだけの爆撃が加えられていたけど、未だエヴァは残っているって言うこと?その事は、嬉しかった。でも、それは私がエヴァと、シンジと戦わなければ行けないって事…… 「何をしている!?」… 上官の叱咤が飛ぶ…私は慌ててドラグーンに乗り込んで起動させた。 これからネルフ本部に私が突っ込んでいくんだ。それで……… ジオフロントで弐号機が戦っている。初号機の姿は見えない。 一瞬、嫌な考えが頭をよぎったけど慌てて振り払う。 弐号機は周りを囲んでいるVTOL機をたたき落とし、尾翼を掴んで振り回して他の機体にぶつける。ぶつかった2機のVTOLが爆発を起こす。後退しながらミサイルを弐号機に向けて放つ、何十発って言うミサイルの爆発で弐号機が爆煙に包まれた。だけど、弐号機は無傷でその煙の中から姿を現した。 近くのVTOL機が又捕まれる。 戦車部隊が一斉に戦車砲を放つけれど、弐号機は砲弾をいとも簡単にはじき返してる。全く利いてない。弐号機は平然とさっき掴んだVTOL機を戦車部隊に向かって投げ付ける。地上で爆発が起こる。一瞬で戦車部隊が壊滅した。 仕掛けられた攻撃は全部弾いて、ダメージ何か全くない。 結局ほんの数十秒で弐号機の回りにいた部隊が壊滅させられた。 いったい、何なの……信じられない。アレを惣流さんが操ってるんだ。 空から大型爆弾が弐号機に降り注ぐ……あれなら! でも、そう思ったのも一瞬だった。 弐号機は、平然と又姿を現して、勢いよく腕を下から上に振った。何か一瞬紅い光が空に放たれたように見えた。それだけで何機もの航空機が爆発させられた。 な、なんなの、エヴァって……あれだけの攻撃を受けて無傷……しかも素手で、向かってくる敵を全部壊滅させて、しかも上空の航空機までたたき落とすなんて…… 怖い……全身が激しくガタガタって震えてるのがはっきりと分かる。 だって……それが今度は私に向けられるんだって分かってるから、 紅い弐号機、それは返り血で真っ赤に染まっているみたいに思えた。塗装の色だって知っている。でも、血で染まって紅くなったように思えた……まさに悪魔にしか見えなかった。 逃げ出したい、殺される前に逃げ出したい。でも、逃げようとする前に気付かれてしまった。 4つの目が私を捕らえてる。 こっちに向かって走ってくる。 殺される! 左腕のミサイルを連続発射する。本来のものよりも搭載数を減らして大型のミサイルになっている。 16発のミサイルが弐号機に向かって飛んでいく……でも、弐号機が手を勢いよく振っただけでそのミサイルが全て爆発させられた。 バルカン砲をフルオートでぶっ放す。一瞬で戦車をスクラップにする事ができるのに、弐号機には傷一つ付けられない。 とにかく何でも良いからあの悪魔から逃げたかった。 肩に増設された大型ミサイルを両方ともぶっ放す。両方とも間違いなく直撃した。 やった!? でも一瞬でその期待は裏切られてしまった。爆煙を突き破って、無傷の弐号機が飛び出してきた。 だめ…… 腰が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。こんな事まで再現しなくても良いのに…… 紅い光が一瞬だけ見えた。続いて直ぐ近くで爆発が起こって吹っ飛ばされた。 「な、何が起こったの!?」 私の腰は抜けちゃってるけど、ドラグーンの腰は抜けちゃったわけじゃない。起きあがって振り返ってみると……さっきまで後ろにいた部隊が全部消滅してた。 「……」 弐号機は相変わらず無傷…… ドラグーンの武器じゃ……ううん、戦自の武器じゃエヴァには傷一つ付けられないんだ。 「……こんなの勝てるわけ無いよ……」 ここに来るまで何であんなに悩んでいたんだろ? あんな悩む必要なんか無かった。かかっていってもいかなくても、逃げ出しても逃げ出さなくても、私は殺されるしか選択肢はなかった。惣流さんも、戦自も私なんかでかなうような相手じゃない。私を見逃してくれるはず何かない。 そんなことが分かったらなんだかおかしくて笑えてきた。 笑いながら死ぬのも悪くないかも…… でも、いつまで経っても、何も起きなかった。 「……どういう事?」 弐号機は空を見上げていた。 ……? 上空を何かが飛んでる。数は9。白い翼を広げて飛んでる…… 映像を拡大する…映画とかに出てくるエイリアンか何かみたいな不気味な頭を持ったロボットだった。 なに?あの気持ち悪いロボットは……戦自の新兵器? 違う。多分エヴァ…新型のエヴァ… 10対1……1対1でも勝ち目なんか全くないのに…… 9機のエヴァがゆっくりと舞い降りてくる。 何か様子が変。9機のエヴァは、弐号機を取り囲むようにしている。 どういう事なのか司令部に問い合わせてみようとしたけれど、通信が繋がらなかった。故障はしていないみたいなんだけれど……何が起こっているの? 弐号機がエヴァの一気に向かって走り始めた。攻撃するつもりだ。 肩のラックからナイフを取り出して、それで、エヴァを肩口から脇腹に向かって斬りつける。エヴァは血を吹きだして崩れ落ちていく。 血?油か何かじゃなくて血? 他のエヴァが弐号機に襲いかかっていくけれど、全部躱して、返り討ちにしていく。 エヴァとエヴァが戦っている。どういう事なの? ふっと一つのことが思い浮かんだ。 仲間割れだ。 ネルフ同士で戦っているんだ。理由は知らないけれどネルフの支部にとって本部は邪魔なんだ。 ネルフはサードインパクトを起こそうとしている。あの情報と関係あるの? あるんだとしたら?どっちのネルフ?それとも両方? 弐号機と不気味なエヴァ……さっきは悪魔みたいに見えた弐号機も、今はその攻撃対象がこちらに向いていないからか、恐怖は感じない。不気味な方も同じ。 エヴァ同士の前ではドラグーンなんかじゃ無力に等しいって事が分かったから…… ここは、エヴァ同士の戦いを見るのには凄く良い観覧席かも知れない。 ネルフ支部の不気味なエヴァと、本部の弐号機。どっちが勝った方が良いんだろう?……そんなの分かるわけ無い。 でも、弐号機に勝って欲しいかも知れない。弐号機の姿は、あの不気味なエヴァに比べれば人間に近いし、乗っているパイロットだって知っている。そんなに親しいわけじゃない。どっちかって言うと好きじゃない。でも、誰が乗ってるのかも分からないような、不気味なエヴァよりは、直ぐさっき殺されかけたとしても、まだ何者なのかが分かっている方が良いかも知れない。 そうだ。 いくら私が好きじゃないって言っても惣流さんがサードインパクトを望んでいるような人には思えない。だったら、もし本部がサードインパクトを起こそうとしていたとしたって、惣流さんがそれを知ったら止めようとするはず。 本部にあの弐号機を何とかできる力があるはずがない。 今は姿が見えないけれど、きっとシンジと初号機も無事。シンジも知ったら惣流さんと同じように止めようとしてくれるはず。だったら、本部の思惑がどうあったって、大丈夫。誰が乗っているのかも分からないような支部の不気味なエヴァよりもずっと信用できる。 (惣流さん。お願い、勝って) 支部のエヴァの武器を奪い取って、それで襲いかかってくるエヴァを返り討ちにしている弐号機が勝つように祈った。 私の祈りが通じたのだろうか?ううん。 弐号機が、惣流さんがそれだけ強かったんだ。 9機のエヴァはみんな撃沈した。あるものは頭を潰され、腕に斬り飛ばされ、串刺しにされ、真っ二つにされ、背骨を折られ……みんな地面に倒れ伏している。 「…いけない!」 まだ、生きてた! 弐号機の真後ろのエヴァがゆっくりと起きあがった。惣流さんは気付いてない。 後ろから不意打ちを食らう!それじゃ駄目! 「右腕バルカン砲!ファイアー!」 ドラグーンの右腕のバルカン砲の残弾を全てそのエヴァに撃ち込む。こんなのエヴァに利くはず無いって事は分かってる。でも、惣流さんはこれで気付くはず。 思った通りに全く利いてない。全て弾かれ、エヴァがあの武器を弐号機に向かって投げる動作を止めることはできない。でも、惣流さんは気付いてくれた。 高速で飛んでくるのを躱して、さっき奪ったので武器を持ってないエヴァに襲いかかる。頭から真っ二つに両断する。これで……え? さっきまで倒れていたエヴァが又起きあがってきてる。 真っ二つにされたエヴァは頭から胸にかけて分かれたままだけれど、その下は繋がってる。 自己修復機能? エヴァってロボットじゃなかったの? 機械には絶対できない。ううん。真っ二つになっても復活するなんて、生き物だってできない。エヴァっていったい何なの? 「……やばい」 汗が噴き出して、体が震えてきた。 さっき攻撃を仕掛けちゃったから……ドラグーンも攻撃対象になっちゃったみたい。 今起きあがってるエヴァ6機の内2機がこっちに向かってきてる。 ドラグーンの武装で一番強い肩の大型ミサイルは予備を装填済みだけど、利くかどうか…… ううん。例え利いたって、自己修復機能をもっているんじゃ…… ドラグーンは格闘の能力は低い。弾切れになったら、どうしようもない。そこで打ち止め。 (悩んでいたって一緒か…) どっちにしたってやられるんだ。だったら一矢だけでも報いよう。 弐号機にはまるで通用しなかったけれど、さっきの戦いから見ても弐号機よりはずっと弱い。もしかしたら利くかも知れない。 なんなら、弐号機みたいに、相手の武器を奪ってやろう。時間稼ぎでもできれば、惣流さんがが何とかしてくれるかも知れない。それに、シンジだって来てくれるかも知れない。 武器を持っている方のエヴァに2発とも集中させる。 両肩の大型ミサイルをぶっぱなす。 (お願い!利いて!) エヴァがミサイルの爆発に飲み込まれる。 私の祈りが通じたのだろうか?エヴァは右足と左の胸から上を失っていた。 「利いた!」 弐号機とは違うんだ。なら、行けるかも知れない。 左腕のミサイルを全部撃ち込む。胸の対空ミサイルも何発かおまけに付けてあげる。ミサイルが肉片を吹き飛ばしていく。 後ろからもう一機のエヴァが襲いかかってくるのがモニターの反応で分かる。 攻撃される直前弾切れになった肩のミサイルポッドをその場に残して避ける。 襲いかかってきたエヴァはミサイルポッドに体当たりをしただけになった。 三分の二以上吹き飛んで肉片になっているエヴァに、又ミサイルを撃ち込む……でも、今度は全く利かなかった。 「どうして!!?」 さっきは利いたのに、どうして今度は利かないの!? さっき躱したほうのエヴァが襲いかかってくる。 破壊力は随分落ちるけど各所にセットされている機銃を全て攻撃に向けて、胸の対空ミサイルを打ち込む。でも、全部利かなかった。 「きゃ!!」 体当たりを食らって吹っ飛ばされた。 天地がひっくりが選って何がなんだか良くわからないけど、ジェットコースターに載っているみたい。但し、命の保証なんか全くないけど…… 地面に落下した衝撃で、又揺さぶられる。更に未だ残っていた森の木をなぎ倒しながら滑る。 漸く止まった。良くわからない技術のおかげで未だ生きてる。感謝しなきゃ…… トライデントのままの技術だったら、機体は大丈夫でも私は死んでた。 でもドラグーンから伝わってくる右足の感覚がない。モニターを見ると右足が赤くなってる……破壊はされていないけど、回線がやれたみたい。他にも、あっちこっち黄色になってる。 こんなに簡単に大破させられるなんて…… あ、又来た。 もう弾も殆ど残ってないし、片足が使えないんじゃ避けきれない。 足掻いたんだけれど、もう駄目か…… (シンジ、さよなら) シンジに心の中で別れの言葉を言ってゆっくりと目を閉じる。 でも、次に来たのは何かがぶつかってくる衝撃でもドラグーンが壊される衝撃でもなかった。 どこかで爆発が起こった衝撃だった。 閉じていた目を開けると、ネルフ本部のピラミッド状の構造物が吹き飛んでいて……初号機がジオフロントに出てきていた。 「シンジ!」 シンジの初号機が来た。 シンジが来てくれた! 初号機は襲いかかってくるエヴァを躱して、肩のウェポンラックからナイフを取り出して反撃する。 センサーを使ってジオフロント内の状況を捉える。 弐号機も無事、今動いている敵のエヴァは、5体。 行ける! 初号機と弐号機の二機が戦っている。 でも……初号機の動きは単調に見える。弐号機の凄い動きとは違う。 弐号機はエヴァを破壊するために戦っている。でも初号機は自分の身を守るために戦っているんだ。 これ、シンジと惣流さんの違いなの? 「いけない!」 復活したエヴァが初号機に後ろから襲いかかろうとしてる。 残っているミサイルは、対空ミサイルが3発だけ。全部発射する。 あの時と同じ、これで倒せるはずがないけど、シンジが気付けば良い。 私の狙い通りにミサイルの爆発でシンジは後ろから襲いかかってくるエヴァに気付いて攻撃を躱せた。 さっきまでもう無力になったと判断して初号機と弐号機に集中していたけど一機のエヴァがこっちに向かってきた。 又何かされる前に完全に潰しておこうって言うことなんだろう。 それでも、いいや。シンジが来てくれなければ私はその前に死んでいたんだし、さっきシンジを助けることができたし…… でも、襲いかかってきたエヴァは目と鼻の先で真っ二つになった。ドラグーンにかかってきたのはその血しぶきだけ。 「…え?」 真っ二つになったエヴァの向こうから今度は本当に血で真っ赤に染まった弐号機の姿が現れた。 『これで、さっきの借りは返したわよ』 集音マイクが惣流さんの声をひろう。 惣流さんはそれだけ私に告げると、弐号機は、真っ二つになったエヴァを掴んで振り向いてそれに続いて襲いかかってきた2機のエヴァにそれぞれぶつける。そのままエヴァに向かって走り、地面に倒れてもたついているエヴァを滅多切りにする。 「ありがとう」 私の口から自然にその言葉が出ていた。 多分あそこまで滅茶苦茶にされたら、多分修復できない。それに、できたとしたって時間が掛かるはず。 今、残っているエヴァは初号機に襲いかかってる2機と、今弐号機が相手にしている2機だけ。後は肉片に変わっている。 これなら行けると思う。 そう思った瞬間弐号機の動きが止まった。 「え?」 弐号機は動かない。 もしかしてエネルギー切れ?確か、エヴァは有線でエネルギーを貰っていたはず……それ無しでは活動時間が短かった。 弐号機にそれらしきケーブルは付いていなかった。どこかで切られたんだ。 「そんな…」 2機のエヴァがエネルギー切れで動けなくなった弐号機に今までの復讐をしようと近寄っていく。 「惣流さん!!」 もう弾もないし、満足に動けもしない。私には何もできない。 シンジの初号機も自分のことだけで精一杯。だめだ。 あの武器が何か変形した。二股の槍に変化した。何あの武器?……弐号機を串刺しにするつもりだ! 「惣流さん!!!」 でも、弐号機が串刺しになることはなかった。4機のエヴァが同時に動きを止めてその場に崩れ落ちた。 あのエヴァもエネルギーが切れたの? 何が起こったのか分からない。 突然地面が白く光った。 「え?何!?」 私の意識は何かによって無理矢理白くさせられた。 ここ、どこだろう? 紅い液体の中。上も下も分からない。 ただ、紅い液体の中にいるだけ。 「ここがあの世なのかな?」 あの後何があったのか分からない。でも、ここがあの世なんだったら、ひょっとしたらシンジも…… 「ぎゃっ!!」 直ぐ目の前に綾波さんが立っていた。 突然現れたから吃驚しちゃった。 「霧島さん、貴女だったのね」 「な、なにが?」 「碇君と弐号機パイロットを助けてくれた」 「綾波さんどこで……あ、そっか。ここ、やっぱりあの世なんだ」 綾波さんは零号機の自爆で死亡している。だから、あの世からあのこと見ていたんだ。 でも綾波さんは少し小首をかしげて何を言っているのって顔をしていた。 「ここ、あの世じゃないの?綾波さん零号機と一緒に自爆したんでしょ」 綾波さんは一瞬驚いたように目を大きくしたけれど直ぐに元に戻った。 「その話は余り重要ではないわ。碇君の所に行きましょう」 あっさりと流された。話してくれそうにない…… 「私たち死んじゃったの?」 「いえ、死んではいないわ」 綾波さんはその言葉だけ言ってくるっと振り返ってどこかへ歩き始めた。 液体の中を歩くって言うのもピンとこないけれど、おいていかれては困るから、綾波さんを追いかけた。 シンジがいた! シンジの姿を見たら綾波さんのことなんか関係なくシンジに走り寄っていた。 「シンジ!!」 「……マナ!!」 シンジに抱きつく。シンジも私をぎゅっと力一杯抱きしめてくれた。 何がなんだかよく分からなくなった。ただ、涙を一杯流してシンジの胸で泣いていた。 「マナ、又会えたんだね」 「うん。会いたかった……私シンジにずっと会いたかった」 「僕もマナに会いたかった」 「でも、どうしてマナがここにいるの?」 「あ、うん……」 軽く俯く。シンジはあの時、快く送り出してくれたけれど、実は違って戦自からは逃げられなかった。そして、ドラグーンのパイロットとして訓練を受け、ネルフに進行する戦自の一員として第3新東京市にやって来た。そんなことを説明しなくてはいけない。 説明何かしたくないことだったけれど、シンジには全てを話しておこう。あの後何があったのかを全て…… ………… ………… ………… 「そうだったんだ。ありがとう。あの時僕を助けてくれたのはマナだったんだね」 「う、うん。でも、私だって、シンジに助けられたし、私に方こそありがとう」 私たちは微笑みあった。 「あ、でも、あの後何があったの?地面が白く光って、そこで意識が飛んじゃったから」 「あ……それは……」 シンジはさっきからずっと少し離れたところに立っていた綾波さんに視線を向ける。 「綾波さん?」 「詳しい説明は必要ないわ。それよりもこれからのことを決めましょう」 「……うん、」 「これからのこと?」 「そう。これからの事よ、碇君どうする?」 「僕は、又みんなが笑っていられるようになれば良いって思う」 「トウジやケンスケ、ミサトさん、アスカ。勿論、綾波とマナも……みんなが笑っていられるような。そんな風になればいいと思う」 綾波さんはふっと優しい微笑みを浮かべた。 「霧島さんにはお礼を言わなければいけない。霧島さんのおかげでやっと碇君がいつもの通りに戻ってくれた。だからありがとう」 なんだか、良くわからなかったけれど、何となく照れ恥ずかしかった。別に、私だってやっとシンジに会えたから、ずっと暗くなっていたのが元に戻ったんだし 「私は失礼するから、二人で話をしていて」 「あ、うん……ありがとう」 綾波さんはどこかへ去っていって、私たち二人だけが残った。 「マナに会えて本当に嬉しかった」 「そんなの私も同じだよ」 「うん……僕も今まで色々とあったから、本当にマナに会えて良かったよ」 そっか、シンジも辛い目に遭ってきたんだ。 私はシンジに肩を寄せて座った。最も、ここでは座るというのとはちょっと違うのだろうけれど、シンジも同じような姿勢になって私に肩を預けてきてくれる。 そして、今度はシンジが私と別れてから何があったのかを話してくれた。 その内容は私には理解できないこともあった。でも私何かよりもずっととんでもない内容だった。 綾波さんは、霧島さんのおかげでやっと碇君がいつもの通りに戻ってくれたって言っていた。その意味がやっと分かった。 「シンジ……」 なんて言葉を掛けたらいいのか分からない。 「いいんだ。マナが今ここにいてくれてるから……」 「私も……」 私たちは体をずっと寄せ合っていた。 綾波さんが戻ってきた。 「おかえり」 「もう良い?」 「うん、だってこれからもマナと一緒にいられるんでしょ?」 「ええ、そうね」 綾波さんのことは良くわからないのだけれど、綾波さんのことはシンジも話そうとはしなかった。人の秘密を勝手に喋るようなことはしないと言うことなんだろうけど、綾波さんも話してくれそうにないから、私はどういう事なのか知ることはできない。 でも、これから、シンジとずっと一緒にいられると言うことは本当になるみたい。 「そろそろ、この世界も元に戻すわ」 「うん……ありがとう。綾波」 綾波さんはすこし照れているみたい。 ネルフがサードインパクトを起こそうとしていたのは事実。でもそれはセカンドインパクトのようなものじゃなかった。そのインパクトを使って補完計画という計画を実行したらしいけれど、私には結局何がどうなっていたのか何か分からない。 でも、間違いなく世界が変わっていた。ひょっとしたら世界の中で変わったのはちょっとだけなのかも知れないけれど、私たちにとって変わったことは物凄く大きかった。 消滅した第3新東京市も元に戻ったし、死んでしまった人たちの中に甦っていた人たちがいた……その中にムサシとケイタはいなかったけれど、 みんな世界が変わったと言うことを知らない。記憶が世界にあわせられていた。 前の世界のことを覚えているのは私、シンジ、綾波さん。後シンジの両親…あのお父さんとお母さんくらいみたい。惣流さんも一応覚えているみたいだけれど、だいぶ世界にあわせられたみたい。 今は昼休み、シンジは鈴原君や相田君達と何か楽しそうに話をしている。 惣流さんは委員長の洞木さんと綾波さんと机をくっつけてお弁当を広げている。 私はお弁当を持って一緒に食べるためにシンジの所に行く、4人で食べたり、2人だけで食べたりと、色々だけど、今日は4人で食べることになりそう。 みんな楽しそう。本当に、 だけど、放課後……屋上でシンジは一人町をぼんやりと眺めていた。 「シンジ…」 「マナ?」 「うん」 私はシンジの横に立って、同じように遠くの景色に目を向けた。 前の世界でこの中学に転校してきたとき、同じように二人で景色を眺めていたっけ、景色は何も変わらない。でも、あの時とは全然違う。 「みんなと話をしていたり、トウジ達とバカをやったり…家に帰って父さんや母さん、綾波と一緒に暮らしているのも、凄く楽しいし嬉しいんだ。マナとだって、ずっと一緒にいられるようになったし、僕は今凄く幸せなんだと思う」 「嘘じゃなくて本当に…でも、時々思うんだ。世界が変わってしまったけれど、変わる前の世界での出来事はいったい何だったのかなって?」 変わる前の世界。目の前の第3新東京市も消滅して、私も戦自の一員としてドラグーンにのってネルフに攻め込んでいた。その前からずっと…戦自によって駒にされ続けられてきた。シンジは凄く辛い目に会い続けていた。その時ただ一人になっていた心を許せる友達を自分の手で殺さなければいけなかったこととか、その前のこともみんな無かったことになってる。 それが何だったのか……無かった事になったからって言っても、私たちはその事をはっきりと覚えている。ううん。忘れられるはずがない。単に嫌なことだけじゃない、自分たちの犯した罪もそこにはあるんだから…… 「わかんない」 「そっか…」 「でもね。そう言ったことがあったから今の私たちになったんだと思う。ううん、それだけじゃない。この世界だって、そう言うことがあったからあるんだと思う」 「…そうだね」 「私たちだけしか知らないことでも、それがあったのは本当なんだと思う。でも、今、みんながこうやってこの世界で幸せを感じていけるのはそう言ったことがあったから。だからシンジはそんなに自分を責めたりする必要はないと思う」 シンジはどこか遠くの景色に目を向けたまま答えを返さない。 「シンジはもう十分すぎるほど自分を責めてきたって思う。だから、もう同じ事は繰り返さないように頑張るって言うので良いんじゃないかな?」 シンジはゆっくりと一つ大きく息を吐いた。 「繰り返さないか…それで良いのかな?」 「うん。絶対にそうだよ。それに、もしも誰かがシンジのことを未だ許さなかったとしても、そんな人たちのことなんか気にしなくても良いよ。私がずっとシンジと一緒にいるんだから、」 「ありがとう、マナ……」 シンジは私を抱きしめてくれて、私もシンジを抱きしめ返す。 根が深いからこんなのは今だけの効果で、又シンジは悩んじゃうと思う。 でも、私はシンジが好きだから、シンジを愛しているから、いつか絶対にシンジが割り切って答えを出せるようにしてみせる。それが二人の幸せには必要だから、 「……そろそろ帰うっか?」 「うん。そうだね。シンジのせいで湿っぽくなっちゃったから、帰りに何か美味しいもの買って♪」 「え〜、う〜ん仕方ないなぁ〜」 「やった♪」 新しいいつもに戻って、シンジと手を繋いで屋上を後にした。