初めての贈り物

「うん?今日は卵焼きか」
 起き出してきたあの人の今日一番の声はそんなだった。
「おはよう。あなた」
「ああ、おはよう」
「もうすぐできるから、シンジを起こしてきてくれます?」
「ああ、分かった」
 いつも通りの朝の会話の後あの人はシンジを起こしに台所からでていき、私は朝御飯の仕上げに掛かった。
 少しして良い色に焼き上がった卵焼きをフライパンからまな板の上に移して包丁で3つに切る。シンジが卵焼き好きだから、3等分じゃなくてシンジの分だけちょっと多めにしてある。
 私の分の卵焼きの端をちょっと箸でつまんで味見をする。卵本来の味に少しお砂糖の甘みが加わった感じが口の中に広がる。
「うん、美味しい」
 まだまだ卵は高級品だけれど、前に比べたら随分安くなってきたからこうして普段の朝御飯に使える。もう少し安くなれば、もっといつでも作れるようになるのだけど……
「おかあさん、おはよ〜」
 シンジがあの人と一緒に台所に入ってきた。いつも通り元気な声で朝の挨拶をかけてくれる。
「おはよう、さ、もうできるから二人とも、座って待ってて」
「うん」
「ああ」
 料理をテーブルに運んで私も席に着く。
「いただきます」
 3人で一緒に、いたたきますをして食べ始める。
 シンジは私の作った朝御飯を今日も本当に美味しそうに食べてれくれる。あの人は今日もお味噌汁を啜りながら「美味いな」なんて一言言っただけだけれど、ちゃんと分かる。
 ……こうやって二人が美味しそうに食べてくれる私も嬉しい。


 朝御飯を食べ終わって支度ができたら、3人揃って家を出た。
 いつも通りあの人の運転で研究所に向かう。
 ゲートを通って研究所に付いている託児所の前で止めてもらう。
「シンジ、良い子にしているんだぞ」
「うん」
 あの人は車を駐車場へ持っていって、私はシンジを託児所に連れて行く。
「おはようございます」
「おはようございます。今日も、シンジのことお願いします」
「はい、お預かりします」
 いつも通りシンジを預ける。
「良い子にしてるのよ」
「うん」
 シンジの頭を軽く撫でてあげてから、私も研究棟の方へ足を向けた。
 そう、これがいつも通り……、こんな日々が私の幸せ…


 エヴァのパーツの進み具合を見て回っている。
「どう?」
「今のところ、24%と言ったところですね。予定より若干遅れていますが」
「全く未知の領域に足を踏み入れているのだから仕方ないわ。それよりも、どんなデータも見逃さないように注意して、エヴァは完成したらそれで終わりではないんだから」
「そうですね…とりあえず、生のデータ見ますか?」
「ええ、」
 ディスプレイにいろんな情報が表示される。特に、今のところ異常のような物は見られないみたい。
「問題なさそうね」
「良かった」
「今のところだけれどね」
 部屋の真ん中の大きなカプセルで、培養されているエヴァの生体パーツに目をやりながらちょっと冗談ぽく言うと、「怖いこと言わないでくださいよ」なんて言われちゃった。
「頑張っているな」
「あ、所長、」
 あの人が研究室に入ってきた。
「みんなが頑張ってくれているから、今のところ問題なく進められてます」
「そうか、それは良かった…でユイ、今日は早く帰ることにするよ」
「今日もですね」
 ここのところあの人はいつも早くシンジと一緒に帰っている。
「……すまん」
「そうじゃなくて、シンジと一緒にいてあげようとしてくれていて嬉しいの…」
 本当は私ももっとシンジとこの人との時間をとりたいのだけれど…今は私のすることが多くて、そこまでのことができないから特に、こうやってシンジと時間を持とうとしてくれているのが嬉しい。
「そうか、」
「でも、冬月先生は愚痴をこぼしそうね」
「ああ、言われたよ。愚痴を言っている暇があれば、仕事を片づければ良いのだが」
「くすくす…貴方らしいわね」
「まあな」
「それじゃ、シンジのことお願い」
「任せておけ」
「熱いですねぇ〜」
 あの人がでていってからみんなに色々と冷やかされてしまった。けれどそれも良いかな


 結局今日も実験が長引いてしまって、私が家に帰ったのはもうずいぶん遅い時間だった。それでも、徹夜になったり研究所に泊まることにならなかっただけ未だ良い方かも知れない。
「おかえり」
「ただいま」
 出迎えてくれたあの人が私の鞄を預かってくれる。
「夕飯は食べたか?」
「あ、うん。未だ…」
「そんなことだろうと思って、サンドイッチを作っておいた」
 テーブルの上の皿にサンドイッチがラップをかけて置いてある。
「ありがとう」
 無愛想だし人当たりが良くないから良く勘違いされているけれど、本当は凄く優しい人。
「…何か付いているか?」
「ううん。やっぱり、貴方って凄く優しいって改めて思ってたの」
「…何を言うんだ」
 顔を少し紅くして照れている。こう言うところ可愛いんだけれど、この人が可愛いというのは未だに冬月先生も認めてくれない。




 最近…あの人とシンジの二人で何かしてる。
 毎日あの人は早くシンジと帰っているし、休みの日は二人で行き先も教えてくれずにどこかへ出かけていってしまうし…
 何かしているのはそれは間違いない。だけど、その事を聞いても二人ともとぼけてしまう。
 シンジなんかは何とか何もしてないって分かって貰おうって訴えてくるんだけれど、やっぱりまだまだ幼いから、逆に何かしているって言うのが良くわかってしまって微笑ましい。でも、何をしているかは教えてくれなかった。
 いったい何をしているのか凄く気になる。
 それで…今日は遂にあの人が昼過ぎには帰っていったらしくて、冬月先生が手短な職員を捕まえてぶつぶつぶつ愚痴をこぼしている。
「だいたいだよ、幾ら何でも長として……」
(う〜ん、ごめんなさい)
 冬月先生の愚痴を聞かされている可哀想な人に心の中で謝る。
 それにしても、幾ら何でもこんなに早く帰るなんていったいどうしたの?……今日は私も早めに切り上げて帰ろうかな?


 そう思ったのだけれど、どうしても抜けられない実験が長引いてしまって、結局家に帰ったのは今日も遅い時間だった。
 帰る途中ずっと考えていたけれど、結局分からなかった。今日こそ問い詰めてやる。
 そう決めて、家の玄関を開ける。
「おかえりなさい〜!」
「シンジ!?」
 シンジがこんな時間まで起きてる…それに私が帰ってきたら直ぐに飛び出してきた。私が帰ってくるのをずっと待っていたの?
「おかあさん、はやく〜」
 良くわからないけれど、シンジに手を引っ張られるままにリビングに入った。
 そうしたら…テーブルの上には大きなケーキを真ん中にして御馳走が並んでいた。
「お帰り、誕生日おめでとう」
「おめでとう〜」
 そっか……今日は私の誕生日だった。
 毎日する事が沢山あったから、そんなのすっかり忘れてた。
「ありがとう…あなた…シンジ…」
 あんまりにも嬉しくて目が潤んで来ちゃった。
「おかあさん〜」
 シンジが手を引いて私を椅子に座らせてくれた。
 あの人がケーキに立ててあった2本の太い蝋燭と7本の遅い蝋燭に火を付ける。
 大きなケーキの上で9本の蝋燭が炎をともしてゆっくりゆらゆらと揺れている。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
 ついにうれし涙が零れてしまったけれど何とか吹き消した。
「今日で、ユイも27だな」
 テーブルの上にのっているケーキは大きいし、他の御馳走もこれだけ一度に揃えるのは今の御時世色々と大変だったはず。それに…これは全部手作り。今日昼に帰ったのはこれを準備するためだったのね…
「泣くのもその辺にして置いたらどうだ?カメラに納められるのは笑っている顔であって欲しいからな」
 きれいにおり畳んだハンカチを貸してくれた。
「おかあさん、はい」
 涙を拭いたら、シンジが綺麗な包装紙でラッピングされた箱を私に差し出してきた。
「ありがとう」
 シンジからの初めての誕生日プレゼント…何が入っているのかまるで想像できない。
「開けても良い?」
「うん」
 包装を丁寧に開けていく。結構綺麗に包装されていたけれど、よく見ると微妙に下手なところが見える。あの人が包んだのね。
 中の箱を開けると、凄く綺麗な貝殻のネックレスが入っていた。
 貝殻に穴を開けて紐を通しただけの簡単な物だけれど、付いている貝殻が七色に光っていて凄く綺麗。こんな綺麗な貝殻見たこと無い。
「ありがとう。シンジ」
「えへへ」
 早速、シンジから貰った誕生日プレゼントを首からかけてみた。
「うむ。一緒に探したかいがあったな」
「二人で?」
「俺が言い出したんだが、なかなか良い貝が見付からなかったから、別の物にしようかとも思ったが、今度はシンジが聞かなくてな…やっとシンジが見つけたんだ」
「ありがとう」
「へへ」
 得意げに照れている。
 シンジからの初めての誕生日プレゼント…二人が一生懸命さがしてくれたこの貝殻…いつまでも大切にしよう。




「はい、母さん」
「……母さん?」
 シンジが私にプレゼントを差し出してくれている。
「あ、うん。……ありがとう」
 私にとっては1年ぶりだけれど、シンジにとっては12年ぶりの誕生日プレゼント。シンジからの二つ目のプレゼント。
 最初のプレゼントを貰ったときのことを思い出して、少しぼうっとしていたみたい。
 二つ目のプレゼントは何だろう?
 プレゼントは綺麗に包装されている。あの時とは違ってとても上手い、だから多分買った物。
「開けても良い?」
「うん」
 中の箱をに入っていたプレゼントは、銀でアクアマリンを飾ったネックレスだった。
 一目見ただけで凄く気に入った。
「ありがとう。シンジ」
 あの時のように渚を探し回った様な物ではないけれど、きっとシンジは私のためにいくつも店を回って探してくれたのだろう。これはその中で一番良いと思った物…だから、これも1番目のプレゼントと同じくらい嬉しかった。


 宝石箱の中にはいくつかのアクセサリーが入っている。数は少ないけれど、どれも大切な思い出の物ばかり。
 夜、一人でその中から貝殻のネックレスを取り出した……シンジからの初めてのプレゼント。
 今も綺麗に照明の光を反射して7色に光っている。でも、あの時よりはくすんでいる……
 そして、今日貰った二つ目のプレゼント…この二つのネックレスを並べると12年の時間の流れが良くわかる。
 単に12年という時間の経過だけじゃなくて、その分のシンジの成長も……嬉しいけれど、凄く悲しいところもある。それだけの期間私とシンジの間には空白があるのだから……
 失われてしまった時間を取り戻すことはできない。だけれどその分一層これからの時間を大切にしていこう。
 そう心に決めて、二つのネックレスを宝石箱にしまった。