朝、目を覚ましたシンジは時計の日付の表示に目をやった。 「…母さんの命日か…奴は必ず現れるな。どう言うことなのか本人に問いつめてやる。それが一番このいらいらを解消する手っ取り早い方法だ」 そう決めると直ぐに準備を済ませて家を出た。 第3新東京市の郊外に位置する墓地には人影はなく、静まりかえった中をシンジは一人でユイの墓を目指して歩いている。 ユイの墓の前に到着すると碇を待つ、やがてどれだけ経ったのか足音が近付いてきた。 「…来ていたのか」 「ああ、」 碇は墓前に花を供え、手をあわせた。 「…飾り物の墓にも参るんだな」 「飾り物だからだ。本物なら、まるで別の意味合いになる」 「…ふん、」 「まあいい…お前は何故ここに来た?飾り物だと知っているならば、ここに来る意味はなかろう」 「聞きたいことがあったからだ。今日ここに必ず来るだろうからな」 「…そうか、なんだ?」 「今、お前のことを敵として見ている」 「息子から敵としてみられることをどう思う?」 今更まともに聞くというのもためらわれるのか軽く挑発気味に言う。 「ふん…いったい何を聞いてくるかと思ったら、ある意味当然のことだろう。それに相当することを経験したのだからな。それに私が実際にしたことでも、十分に恨まれても仕方ないくらいのことなどいくつもあるからな」 黙って続きを促す。 「……まぁ、色々と知っていてなおかつ、敵と認識されていては何も利用できんのが、仕方がないと言え残念ではあるがな」 暫く沈黙が流れる。 「…どうした?何も言わないのか?」 「特に…だが、それが本心か?」 「違うというのか?ならば何だというのか?」 「…そう思っていた…だが、それでは何かおかしい。いったい何を考えている?」 沈黙の後、大きな溜息をつく… 「…仕方ない…まあ、だが、先ほどのことが嘘だというわけではないがな…」 「どう言うことだ?」 「人の感情とは、1面で成立しているわけではないと言うことだ。そのくらいのこともわからんのか」 「む…」 「じゃあ話せ、他の面を」 「……本来は言いたくないと言うよりも、ある意味言えば、その意味が損なわれてしまうかもしれないのだがな…」 「…何だ?」 もう一度大きな溜息をつく、 「…好都合だ」 「は?」 「…お前に敵だとして認識された方がある意味好都合だと言ったのだ」 言いたくなかったと言った口調である。 「訳の分からないことを言うな」 「簡単なことだ…思いを寄せられ、慕われている者を酷い目に遭わせるのはやはり忍びないが、敵意をむき出しにしている者を酷い目に遭わせるのは大して厭わない。そう言うことだ」 「…そうか、」 「ああ」 「結局は自分の都合だろう」 「否定はしない。私は弱い人間だからな」 「何をほざくかと思えば…」 何が忍びないであろうか。前回あれだけ求めていたにもかかわらず、全く相手にされずただ利用されただけだった。 「…どうした?」 「ふざけたことを言うな」 「お前は…お前は…僕がどれだけ求めていたか!!裏切り思いを踏みにじり、徹底的に利用したんだよ!!」 「…そうか、」 「何が忍びないだ!!ふざけるな!!」 碇は特に何も返さない。 「何か言って見ろよ!!」 「…そうか…まあ、良いと言えば良いが…忍びないが実行した。ただ、それだけだろう」 「む…」 「計画の実行が前提ということだ。そのためには、何でもする。それが辛いことであろうともな…ただ、同じ事をするにしても、それが辛くないようになれば、幸いと言うだけだ」 確かに言われてみればその通りだろう…別に嘘を言っていたと言うようなことではない。では、前回…思いを寄せてきていた自分の思いを無視し、利用し尽くしたことを辛く思っていたとでもいうのであろうか?そして、辛いと思いながら、あの様なことをしてきたのであると? インパクトの中で触れた心を思い出してみる…だが、その中にはそれを思わせるようなものはない…とは言え、触れたのは一部…全てに触れたわけではない。果たして残りの部分はどうだったのであろうか? もっと深く触れておくべきだった。そうであればそれが本当なのかあるいは嘘なのかと言うことが良くわかる。あるいはその裏に未だ隠れているものがあるとしたらそれも分かるだろう…今、あの時の行動が本当に悔やまれる。 「何か言いたいことはあるか?」 「…そうだな…」 今自分が持ちうる方法は言葉で確かめる事しかない…むろん、それが真実かどうかは分からない、それを見極めることが要求される。 だが…確認できることと言えば、今回と前回で共通している部分の事だけである。その事を聞きそれを見極め、そこから推測していくしかない。 はっきり言って、こんな事を今更聞きたくはないと言うことも大きい…しかし、それしかない。 「…昔、僕を捨てたとき…どう思った?」 「……捨てた…か、確かにそうかもしれんな……そうなのだな」 「どうした?」 「いや…捨てたと言うことだ。そのようには考えなかったが、そうなのだなと思ってな」 「それで、良い…ある意味成功だろうな。ああ、どう思ったかだったか…」 「さっさと言え」 「……捨てるという言葉を使わせて貰うが…お前を捨てたとき、いろんな意味で辛かった。その反面気が楽になった部分もある」 「どう言うことだ?」 「あの時、ユイの事が絶望的に限りなく近付き、もはや諦めかけていたとき、ある意味偶然でもあるが、ユイの復活の可能性が見つかった」 「あの時は悩みに悩んだ…理論上は可能と言うだけで、実際に出来るという保証などなかったと言うこと、それが実際に可能であったとしても、それは極めて難しいと言うこと…そしてそれに必要となる代償が極めて大きいと言うことだったからだ」 「結果的には、私は例えどれだけその道が険しくても私はその光明が見えている限りユイの復活へ道を歩むことにした」 「そのために全てを捨てたというのか?」 半ば馬鹿にしたような声で言う。 「そうだ」 「ふん…母さん以外の者は全てがどうでも良かったんじゃないのか?」 「違うな。私にとってユイの存在があまりにも大き過ぎた、ただそれだけだ」 「それで?」 「お前を捨てたのは、一つはお前を辛い目に遭わせると言うことはほぼ確定していたからな。さっき言ったような理由だ」 「あとは…俺自身が直接傷つける事を恐れた。いや、もう一つ言うと、その事で俺自身が傷つくのを恐れていたのかもしれんな…」 「…それは、父親を求めている存在だからか?」 「それは先の理由だ…これは、俺自身にとってお前がどういう存在だったかと言うことだ」 「ふっ…愛していたとでも言いたいのか?」 「そうだ。実際、あの時は2番目に大切な存在だったからな…。あの時はお前を守るためなら命を落としても惜しくはなかったな…」 どこか遠い目をし、その時のことを思い出しながら語っているようにも思える。 「…そんなに大切なら、何故だ?」 「だから言っているだろう…ユイが一番だった。ただそれだけだ」 「…わからないな」 「それが、価値観の違いだ…全ては己の価値観に従って行動する。俺は自分の価値観に従い、ユイの復活のために全てを捨てた。その事を捨てた者から恨まれても何ら構わない…」 「……そうか、分かった…だが、そんなことは絶対に認められない」 「それも又当然だろう…前に立ちふさがるのならば、又それも良かろう」 「計画の実行などはさせない」 「そうか…私はそろそろ行く、」 「ああ、」 碇はゆっくりとその場を立ち去ろうとして足を止めた。 「…どうした?」 シンジも碇の視線の先に目を向けると、いつからそこに立っていたのか4人の人影がある。 内二人はレイと耕一…だが、残る二人は…一人は、ユイによく似た黒い長髪の女性…おそらくはレイラ…そして最後の一人はなんとシンジだった。 「なっ!!?」 「さて…種明かしをしようか、」 耕一の言葉の後、レイラが髪に手を掛けて取る…鬘であった…そして、その鬘の下からは蒼い髪が…カラーコンタクトもはずす…紅い瞳が現れる。正体は、綾波レイ。 「碇君…」 「……これは…どう言うことですか?」 碇は眉間にかなり皺を寄せて真剣に悩んでいる。 「サードインパクトからの帰還者は1人だけではないと言うことだよ、私やレイ君も戻ってきたと言うことだ。但し、私たちはもっと前の時間に戻ったのだがね」 「……」 「……」 「理由は、レイ君が君が変わってしまうことを酷く悲しんでいたからだ。出来ることなら今直ぐにでも追い掛け止めたい…しかし、自分には世界を維持するという使命があり、離れられない…だからこそ苦しんでいたんだ。そこで、一つ提案をした。使命を放棄し世界を破棄して過去へ戻ろうとね。まあ、これには私の利害もあったのだが…」 「まあ、それは良いとして、どうするかと言うことを色々と考えた。時間の流れから、君が戻った時間や場所などは分かったが、その時間の前後に戻っても、まずゼーレの計画を阻止することは難しい…そこで必然的に更に過去に戻る必要が出てきた。ちょうど、セカンドインパクト期に戻り、混乱期にその歴史の知識を生かして大きな力を手に入れ対抗する力をつけることにした。ちょうど史実では表舞台から殆ど姿を消していたと言うこともあってちょうど良かったと言うこともあるが」 「後は、ネルフの総司令としての地位をごり押しで手に入れ、あの手この手を駆使してレイを引き込みレイラとして生きていたレイ君をネルフに入れてレイの保護担当者につけた」 「そして、少しだけ予定がずれていたのだが、まあ実際は大して差ではなく、特別列車の中でこの歴史のシンジ君をその身一つで別の車両に移し、君がその場に到着するのを確認した。荷物なんかが揃っていたから何も疑問に思わなかったというのはある意味成功したと言った感じだな」 「後は、だいたい予想が出来るだろうから省く」 「…なぜ、今まで?」 「一つは、レイ君の存在は二人にとって大きいからな…初めからその存在があると分かっている状態であれば随分状況も変わってしまっただろう」 「本来なら私も干渉は最低限にするのが一番なのだろうが…一応時間制限もあるし、状況がそうもいかなかったからな…大変であることは分かっていたが、思いをぶつけることにここまで苦労することになるとは最初は思わなかったのだがな…人の心の難しさを改めて思い知ったよ」 「それで…?」 「シンジ君のことを言ったが…碇君、君のことも同じなのだよ」 「…どう言うことですかな?」 「碇司令も私にとっては大切な人だから…」 「なんでだよ!!」 レイの言葉にシンジは反射的に叫んでいた。 「……」 「こいつが綾波にいったいどれだけのことをしてきたか!?何でそれ何の大切だなんて言葉が出るんだよ!!」 「確かに、司令がいなければ私は辛い目には遭わなかったかもしれないわ。でも、その分良いことにも何も巡り会わなかったでしょうね…勿論碇君と会うことも」 「……だからって…」 自分と出会ったと言うことを入れられたこともあり、どこか弱い言葉になる。 「それに、司令自身も様々なことをしてくれた。一つ一つはホンの小さな事だったかもしれない…でも、私にとっては大きいこと」 何も言うことは出来ずただ、ぎゅっと拳を握る。 「思いを寄せられている…それを裏切ると言うことは辛いだろうが、実行するのだろうな」 碇はサングラスをクイと上げてずれを直す。 「当然です」 「…計画は、ユイさんの復活が目的ですよね」 「ああ、その通りだ」 「…私も協力します。お願いします、だから」 レイは深く頭を下げる。 「……神か……」 小さく呟き何か考え込んでいるようだ。 「…方法はあるのか?」 「確実とは言えません…」 少しすまなさげに目を伏せながら答える。 「そうか、」 「少し考えさせて欲しい…」 「何があっても計画を実行するんじゃなかったのか?」 「目的はあくまでもユイの復活だ。計画はその手段にすぎん。目的が達成されるのならば、その手段に拘る必要など無い」 どうも考えというか、思っていたことがかみ合わない… 「さて…今日はこのくらいだろう…考える時間も必要だろうしな」 シンジはレイと一緒に歩きながら帰ることになった。 だいぶ歩いてから、シンジの方から声を掛けた。 「…綾波…」 「何?」 「綾波は、僕が間違っていたと思うの?」 そう聞くと少し困った表情を浮かべる。 「…分からない。だけど、一面を全てだと思いこんでいたこと、それだけは間違いだと思う…」 その言葉をかみしめ、暫くしてからそうと短く返した。 「全てを知った上で、碇君自身が答えを出したのなら、それが私の望まない事であっても、それで良いと思う…だけど、」 再びそうとだけ短く返したが、その言葉の後沈黙が訪れてしまった。 暫く歩いてから、シンジが口を開く。 「綾波にとって、僕って大切な存在なの?」 「大切…とても大切な存在よ」 「…それってどういう意味で大切なのかな?」 「…碇君は私に様々なものを与えてくれた…碇君がいなければ今の私は決してなかったわ」 「…あと…私は碇君のことが好きなのかもしれない。他の誰にもこんな気持ちを抱いたことはないから断定は出来ないのだけど…」 頬を赤く染め、軽く俯きながらちらりと横目でシンジの方を見てくるその表情や仕草に、シンジは一瞬ぼ〜としてしまったが、軽く首を振って意識を戻した。 「そ、そう…」 いつしかマンションに到着していた。 「おじゃまして良い?」 「うん…いつも弁当とか色々とありがとう」 キッチンに料理を作る音が響いている。 「碇君」 料理を付き理ながらレイが声を掛けてきた。 「何?」 「碇君はお父さんのことが今も憎い?」 レイに言われ少し考えてみる。 「…どうだろ、ずっと憎いと思ってきた。でも、今は分からない…思い通りになっちゃいけない、絶対に……だけど、それは憎んでいるからなのかどうか」 「よく考えると良いと思う…」 食事が出来たようで、ずいぶん遅い昼食だが、レイは一つ一つ皿をテーブルの上に運ぶ。 「美味しそうだね…食べよっか」 レイはコクンと頷き、一緒に食べ始める。 「…綾波、少し聞きたいことがあるんだけど?」 「何?」 「あのさ…こっちの歴史の僕は綾波達と一緒に暮らしてるの?」 「そうよ」 「そっか…」 「それが、どうかしたの?」 「ううん…ただ、ちょっとね…」 食事が終わった後レイは碇と話すために本部に行き、シンジはリビングでごろごろしながら考え込んでいた。 何度も溜息をつく…果たして、どうすればいいのか… 自分は、碇に対して今どういう思いを抱いているのか…そして、これからどうしていきたいのか… 答えは出ずに何度目かの溜息をつく…起きあがり、気分を変えるために外を歩いてくることにした。 外に出ると、ちょうどこの歴史のシンジがレイ達の部屋から出てきたところだった。 「あ…」 多少自分の方が背が大きいくらいで殆ど同じ姿。だが今の自分とは違う…良く言えば優しげな目、悪く言えば頼りない弱々しい目をしている。 ひょっとしたらこの歴史の自分と話してみることで何か整理がつくかもしれない。 「…少し、良いか?」 二人はシンジの部屋のリビングで話をすることにした。 「それで…何かな?」 「どのくらいのことを聞いているんだ?」 「あ…うん、レイさんから起こった一連の出来事は一通り…」 「そうか…で、どう思った?」 「どう思った…って、言われても…最初は、なんて酷いんだろうって思ったけど…」 「けど?」 「あ…うん…その…父さん自身随分悩んで出した答えだし…だからって、そんなことをして良いって事にはならないけど…だけど、その事で父さんを憎むなんて事はなかった…むしろ、ちゃんとした理由があったんだ。僕はいらない子供だから…父さんが僕を嫌いだから捨てた…そう言う事じゃないと分かってどこかほっとした部分もあったと思う」 「……」 「あ、でも…僕が直接体験したことは君が体験したことのほんの一部でしかないけど…」 「ああ、」 「…君は…やっぱり、父さんを恨んでる?」 「分からないな…思い通りになっちゃいけないとは思っているが、それが恨みやなんかから来るものかどうか」 「そうなんだ…」 「ああ、」 「多分、暫く考えてみた方が良いと思うよ…僕だってしばらくは、そうだった部分もあるけど…君の方は更に凄い経験をしてきたんだから」 「ああ、そうする」 ユイの命日から半月…今、レイの車で本部に向かっている。レイラの正体がレイであると言うことは当然秘密なので鬘とカラーコンタクトをして本部に行く。 「碇君…司令から、執務室に連れてくるように言われたわ」 「…そう、」 碇の方は何らかの結論を出したのだろう。 だが、自分の方は未だもやもやとしたものを抱えたままである。 やがて本部に到着し、二人は副司令執務室に向かった。 途中の通路で、耕一が待っていた。 「やあ、二人とも来たようだな」 「ええ…」 「どういう結果を出したのか、私も未だ知らないんだが…何にせよ、その気持ちだけは受け止めてやれよ、それにどういう反応を示すのも自由だが」 「…分かっています」 「じゃあ、又な」 シンジとレイは耕一と別れ副司令執務室の前までやって来た。 二人が来たことをカメラで確認でもしたのだろう、ゆっくりとドアが開く。 中に入る…相変わらずいつ来ても高圧的な部屋である。 碇は執務机ではなく、脇に置かれたソファーセットに腰掛けている。 「碇君、私はここで」 「うん…」 シンジは碇の向かい側のソファーに座った。 「…良く来てくれたな」 「どういう答えを出したのか、それが知りたくなったからだ。別に、それだけだ」 「…そうか、まあ良い…その答えを話すために呼んだのだからな」 一つ大きく間をとった。 「まずは、計画のことだが、補完計画を利用する形から変更することにした」 「そうか、」 「ああ…それからもう一つ、こちらの答えを出すのにも時間が掛かったわけだが、」 「何だ?」 「これまでとこれからのことだ」 「これまでのことだが、お前がその行為をすることを許してくれるのならば…謝りたい」 謝る…結局そんな答えになったのか… 「ただし、前に言ったように、ユイの事故以後の一連のことは、必然のことであるからそれに関しては謝るつもりはない」 訳が分からない、いったい何を謝りたいというのか…更にそんなことを言って本気で謝る気があるのであろうか? 「謝りたいのは…その事故を防げなかった…更に言えば引き起こしてしまったと言うことについてだ」 「事故によってあの様な結果になればこうなり、そして、そうなると言うことは必然。ならば、そうならないように事故そのものを防がなければならない。事故の原因は結果的には完全には解明されなかった…だが、理論的な要因、装置や施設などの不備による要因から人為的な要因に至るまで…絶対に事故を起こさない状況にしなければならなかった…それが出来なかった。全てはそこから始まった」 「その事を謝りたいと思う…だが、ある意味これも利己的な動機だ…お前がそれをどうとるか…」 話し終わった後、沈黙が流れる。 「綾波や…こっちの僕には?」 「まだだ。だが、お前がどういう結論を出そうとも、同じ事を尋ね、そしてその行為が許されるのならば、謝るつもりだ」 「僕が一番最初か…」 「お前が、一番大きいからな…」 「それで、もう一つこれからのことを聞いておこう」 「そうか…これからのことは、願うなら良い関係でありたいと思う…まあ、家族としてと言うのは望みすぎだろうが…」 「それには僕も含んでいるというのか?」 「ああ、出来ることならな」 「二人いるのにか?」 「ある意味皮肉的なことだが…関係が絶たれていた期間が長いからな」 「これから新たにその関係を作り直すことになるが…関係という者は一方からだけで出来るものでもないから、拒絶されればそれまでだ」 「ああ、そうだな…」 シンジは少し席を立ち、窓の前に移動しガラス越しにジオフロントに目を向けた。 ジオフロントの人工の自然はいつも通りの姿を見せている。今のシンジの複雑でもやもやとしたどこかとらえどころのない気持ちとは、まるで対象的にも思える整った落ち着いた姿である。 自分の気持ちを整えようと、その落ち着いた風景を見ながらゆっくりと深呼吸をする。 その事…事故を防げなかったと言うことを謝られたとして…それは自分にとってどう言うことを意味するのであろうか? じっと考える…はっきり言って根元ともなることを謝られると言うことは、ある意味非常に重要なのだろう…だが、それは碇にとっては全ての謝罪という意味でもあるのだが、自分にとってはそうではないのではないか、例えそう言う意味で謝罪していると分かっていても、納得できるのか…おそらく納得は出来ないだろう。それを表すとしても、それそのものではないのだ。では、どのくらいのわだかまりが残る事になるのだろうか?それは分からない、だがしこりが残るのは間違いないだろう。 そして、今後良い関係である…なると言うことは、そのしこりが大きな障害になるだろう。実際そうなるためにも、又そう望むためにも… だが、自分はどういう結論を出せばいいのか…いや、今すぐにその結論を出すのは不可能だろう。今、自分の気持ちを考えれば、それだけの結論を出すべきではないかもしれないし、以前に比べれば遙かに良く知るようになったとは言え、全てを知っているわけでもないし、最終的な結論を出すには情報不足でもあるから… 「…お前は、その謝罪で全てを終わりにするつもりか?」 「何?」 予想外の言葉だったのか、少し考えている。 「言葉は一つのけじめ、けじめを付けるだけで済むような軽いものではないだろう」 「で?」 「生きている限り、償いはしなければならないだろう。地獄というものが存在するとしたら死んでからもかもしれんがな」 最初の言葉は真面目に、後の言葉は半ば戯けた風に言う。 「そうか…こっちは、まだ、結論は出せない。直ぐに出せるようなことではない…だけど、けじめとして謝ることは許してやるよ。もちろん、それで許しはしないが」 「…そうか、」 碇は大きく息をついた。許してもらえずに残念と言うよりは、謝ることを許されほっとしたというような雰囲気が大きい。 シンジは景色から視線を戻し、ソファーに戻った。 「…シンジ、済まなかった…」 碇は深く深く頭を下げ、何も修飾をつけずに短くその言葉だけを発した。 そのまま数分して、漸く碇は頭を上げた。 「…今日はこの辺りだろう。もう帰る」 「ああ、」 シンジはソファーを立ち執務室を出た。 ドアの前にはレイが待っていた。ずっと待っていたのであろうか? 「ずっと待っていてくれたの?」 「ええ、どうだった?」 「さあ…これからを見ないと分からないんじゃないかな」 「そう、」 「帰る?」 「ええ、送るわ」 帰りの車の中で、シンジはレイに声を掛けた。 「綾波…」 「何?」 「結局、何も結論は出せなかった」 「そう…」 「…今、結論を出せるような心境でもないし、それだけの情報もないんだよ」 「…なら、情報を集め、その上で落ち着き冷静な判断が下せる時を待つ?」 「…そうだね、それが良いのかもしれないね」 そして、そのためには、何らかの形で関係を保ち続けていかなければならない。向こうがそれを望んでいる以上、こちらはそれに答えてやるだけで良いはず。 それが、今出せる範囲での結論なのかもしれない。 ふと、ウィンドウ越しに、町を歩くアスカとヒカリの姿が映った。直ぐに小さくなり見えなくなる。 (アスカか…) そう言えばと、アスカのことを思い返す。 今回の歴史では、敵意を向けてくる単なる邪魔な存在だったが、前回の…あのアスカは…シンジが惨殺したアスカはどうであったか、 「…綾波…アスカはどうだったのかな?」 「…彼女は弱い…いえ、脆い存在だったわ」 「脆い…か、」 「ええ、」 「……あの時、僕は…」 アスカ側のことは何も考えなかった…アスカは果たしてどのような心を持っていたのだろうか… 恨むのは…拒絶するあるいは行動に出るのは、全てを知ってからでも遅くはないかもしれない…しかし、それを知るのは遅かったのかもしれない… もう、その様な形であるいは…と思うようなしこりを残してはいけないだろう。 強烈な罪悪感ではないが、しこりを永遠に抱えていくことになるかもしれない…ひょっとしたらそれが罪なのであろうか。 あり得ないことではあるが…もし、今あのアスカが目の前に現れたら…謝りたい…その事を謝罪したい。しかし、アスカがシンジの思っていたとおりであれば、決して許すようなことはなく、その恨みをぶつけてくるだろう…だが、もし、アスカがシンジの思っていたとおりでなかったとしたら?…アスカがシンジを許すようなことがあればどうだろう?それでしこりがとれるだろうか? いや…無理だ。自分にはそんなことは出来ない…許して貰ったとしても、自分が過ちを犯したという事実が消えるわけではないのである。 「そっか…」 それは碇も同じかもしれない…過ちを犯したと言う事実が消えるわけではない…そのことを言っていたのだろう。 「…どうかしたの?」 「ん?…別に大したことじゃないよ」 「そう…」 真に心を通わせあうようなことはない、だが罪を背負った者どうし、それそれなりの付き合いをしていくのも悪くはないかもしれない…そこからどのように関係が変わるかは分からないが…