復讐・・・

◆第九話

 シンジは本部の職員食堂で昼食を取っていた。
(そろそろイロウルが現れる頃か…)
 使徒戦も少し異質な使徒が現れる頃である。イロウルは自分では直接何かをするわけにも行かず、完全にリツコ達任せになるために、ある意味非常にやっかいである。
 しかも、ネルフ内部は耕一と碇の二人の勢力によって分割されており、本当にうまく機能するかも疑問がついてしまう。
「……参ったな…」
 足音が近づいてくる。
「…ん?」
 振り返ると冬月がトレイを持って立っていた。
「ここ、良いかね?」
「ええ、どうぞ」
 冬月は椅子に座ってそばを食べ始め、暫くしてから声をかけてきた。
「…ところで、シンジ君」
「…なんですか?」
「これから時間があるんだが、もし良かったら私の部屋でゆっくりと話をしないかね?」
「…話ですか…」
 少し考える。確かに色々と仕入れたい情報はあるが…果たして冬月からそれを得ることが出来るのか…又、それが本当のことであるという保証は……
(まあ、情報は取捨選択すればいいか…)
「そうですね喜んで行かせてもらいます。僕の方も話したいことがありましたしね」


 総務部長執務室に入り、シンジはソファーに座った。
「茶でも飲むかね?」
「ええ、お願いします」
 急須で湯飲みに茶を入れて、シンジの前に差しだした。
「ありがとうございます」
「いや、構わんよ」
 自分も茶をすすり、大きく一つ息を吐く。
「…少し聞きたいことがあるんですが、良いですか?」
「ん?何だね、答えられる事なら何でも答えよう」
「冬月先生の目から見て、皇耕一司令はどのような人物ですか?」
「…彼か、非常に難しいな、」
「正体不明というわけではないが…つかみようがないというか、何を考えているのかさっぱり分からない。私のような立場になると、国を裏側から動かしているような人間とも色々とつきあいがあるのだが…彼は、そのいずれとも、まるで違うのだよ。そう言った意味では危険な存在とも言えるかもしれないな…」
 耕一の言葉が思い出される。
「そうですか、」
「逆にシンジ君がどう思っているのか聞いて良いかね?」
「…そうですね、司令が謎の存在というのは僕も同じ印象ですね…ただ、僕に対しては悪意を持っているようには感じていませんね」
「そうかね」
「ま、悪意がなければそれでいいのかと言われれば、素直にYESとはいえませんがね…」
 シンジはお茶をゆっくりと啜る。
「その通りだね…」
 冬月の方も同じようにお茶を啜る。
「…それと…父のことについて聞いても良いですか?」
「ん?碇のことかね、かまわんが何が聞きたいのかね?」
「そうですね、冬月先生から見てどう思われるかとか、」
「…そうだな…難しいが、一言で言って良いのかどうかはわからんが、敢えて言うとしたら、信念の男とでもいうかな?」
「信念??」
「ああ、不器用という事もあるんだろうが、一つのことのために全てを考え行動していく……うむ、少し信念では不適切か、」
「そうですか…だいたいは分かりました。目的の達成のためにはいかなる事をしても厭わないんでしょう…その目的って何でしょうねぇ……まあ、世界を救うためだなんて目的じゃないでしょうけど」
 一つ釘をさしておく。
「…世界を救うというのはあくまでも手段だろう、まあ、自分が生き残るためだけなどと言うことでないことだけは断言できるが、真の目的が何かまでは本人以外はわからんだろうな…」
「そうでしょうね」
 その後は冬月の会話に暫くの間つきあった。


 そして、イロウルが現れる日…今は裸でシミュレーションプラグに乗り込む実験が行われていた。
(…そろそろか?)
 司令室があわただしくなっている。
 イロウルの気配を探る…力が表面に出ている以上、レイではなく、自分を目標にしてくる可能性は高いだろうから、
(来た!)
 やはり、シンジに襲いかかってくる。模擬体の神経から、神経接続を通して浸食を広げてくる。
「ぐっ」
『シンジ君!!』
 苦しむ表情を浮かべ、微弱なATフィールドを展開してそれ以上の浸食をさせないようにする。
 すぐに、プラグが緊急射出され、一気に地底湖にまで打ち出された。
「…ふぅ…これからどうするかな…」
 結局することもないのでシンジは寝て誰かが来るのを待った。


 プラグのハッチを叩く音に目を覚ました。
「……」
 ハッチが開かれ、ミサトが覗き込んできた。
「シンジ君大丈夫?」
「あ、ええ…で、何があったんですか?」
「ええ、せつめいするから、とりあえず、これ着て」
 ミサトから渡された服を着ながら、現在、細菌サイズの使徒がシグマユニット全域に広がっていて、マイクロコンピューターと化した使徒がMAGIにハッキングをかけていると言うことなどを聞かされた。
「エヴァは会長と副司令の命令で地上に射出されたわ、シンジ君達は万が一に備えて搭乗しておいてくれるかしら?」
「…わかりました」
 シンジはプラグから出て地上に向かった。


 地上に射出されている初号機に乗り込む。
「…ふぅ…どうなるかな?」
 イロウルに関してはエヴァの出番はない、何か変化があるまで、寝て待つことにする。
 やがて、勝利を告げる連絡が入ってきて目を覚ました。
「…勝ったか、」


 安全が確認された後、本部に戻りミサトからどう言うことがあったのか説明を受けて帰路に就いた。
 帰りのバスの中でレイが声を掛けてきた。
「碇君、明日から暫く旅行に行くから」
「旅行?レイラさんと?」
 レイはコクリと頷いた。
「そっか…どこ行くの?」
「…海、」
「そっか、海か……」
 自分も行きたいかなぁとも思うが、レイラととなるとどうであろうか?
「…綾波、僕もついてって良いかな?」
 そう尋ねると、レイは困ったという表情を浮かべた。
「そっか、良いよ、勝手に言ったことだし、楽しんでくると良いよ」
 コクリと頷く。


 次の日、シンジは自分のベッドに横になっていた。
「…今日は特に予定はないけど、どうするかな?」
 レイはレイラと旅行に出かけていて留守である。
「……適当にぶらぶらしてくるか、」
 シンジは起きあがり着替えを済ませて部屋を出た。
 そして、エレベーターに乗ろうとしたが、中にはミサトが乗っていた。
「あら、おはよう」
「おはようございます」
 一言言ってから乗り込む。ドアが閉まり、エレベーターが動き始めた。
「シンジ君、今、暇?」
「…一応、」


 20分後、第3新東京市郊外の道路をミサトの車が快走していた。
「…いくつか聞いて良いですか?」
「ん?良いわよ、私に答えられることならね」
「ミサトさんの目から見て司令ってどんな人です?」
「ん?会長?そうねぇ〜…凄い人ってのは間違いないけど、どんだけ凄いのかって言うのはちょっち分からないかなぁ」
「…そうですか」
 窓の外に見える箱根の外輪山とその向こうに見える富士山に目をやる。
「不満?」
「いえ、そんなことはありませんけど…期待以上のものはなかったですね」
「そ…」
「じゃあ、副司令についてはどう思います?」
「副司令?お父さんについて?」
「ええ…一応、」
「そうね…難しい質問だけど…目的のために全てを捧げていると言った感じかしら?」
「…目的のためにですか、」
(そう、目的のためにね…)
「ええ、目的の達成を全てに優先させていると言った感じじゃないかしら?…ひょっとしたら、目的の達成のためには命も捧げるかもしれないとも思うわね」
「……その目的ってなんだか知っています?」
「いえ、知らないわ。私は副司令にそんなに信用されてるわけじゃないからね」
 それは事実であろう。真実を知っていたら、さっきのような言い方はしないだろう…特に、セカンドインパクトのことがあるミサトだけに…
「そうですか…」
「なにか、他にも聞きたいことはあるかしら?」
「…いえ、特に…あ、いえ、もう一つ、レイラさんについてですけど」
「レイラさん?」
「ええ、未だに会えないので」
「え?隣に住んでるのに?」
「…それだけに色々と気になるんですよ」
「そう、それじゃあ確かに気になるでしょうね」
 このことは、今回で一番気になることの一つである。
「レイラさんとは直接話したことはあんまりないんだけど、私たちと同じくらいの歳で、ストレートのロングで、結構な美人よ、まあ見かけは私よりも若く見えるんだけどねぇ」
 どこか僻みのような物も混じったような口調でもあった。30寸前で嫁ぎ遅れ寸前になっていると言うことがそれに拍車を掛けているのかもしれない。
「…そうですか、」
「あと、顔はレイにそっくりね、二人並ぶとちょっと歳の離れた姉妹か何かみたいに見えるわね」
「…綾波に?」
「そ、そっくりよ」
(…綾波にそっくり…ミサトさんと同年代…?まさか、母さん??いや、そんなはずはないか…髪なんかは鬘でも使えば誤魔化せるけど…初号機は誤魔化せないはず…あれはダミーシステムとかじゃない…どう言うことだ?)
 それに、もし、レイラがユイであれば、碇達の目的が訳が分からなくなってしまう。ユイは初号機のコアにいるはずである。だが、そうすると、レイラの正体がさっぱり分からない…いったい、何なのであろうか?そして、やはり耕一の目的も……
 シンジは新たな疑問について色々と悩み始め、それを見たミサトはそっとして置くことにした。