よしのや

 今日は山百合会で外部の学校を訪れ、今はその帰りなのだが、用事が長引いてしまったために学校を出たときには既に暗くなってしまっていた。
「ずいぶん遅くなってしまったわね」
「そうね。どこかで食べていきましょうか?」
「良いわね」
 紅薔薇さまと黄薔薇さまの話からどこかで食べていくことになりそうだ。本当に良かった……白状すると、さっきからお腹がすいてしょうがなかったのだ。
「じゃあ、どこにしましょうか?」
「う〜ん、誰かこのあたりで良い店知らない?」
 と、言われても滅多に来ない。来てもどこか美味しい店に入るという様なところではないから私は勿論知らない。
「銀座の方にお薦めの店がありますが……」
「ちょっと遠すぎるわね」
「ええ」
 お姉さまのお薦めの店か、きっと凄い店なんだろうな
「令ちゃん、どこか知ってる?」
「ううん、こっちの方は来ないから」
「ん〜、じゃあ私が良く行く店があるけど、そこで良い?」
 みんなが困っているところに提案したのは白薔薇さま。
 白薔薇さまが良く行く店とはいったいどんな店なんだろう?正直あの方が良く行く店がどんなものなのか読めないから、楽しみな部分がある。
「ふ〜ん、白薔薇さまが良く行く店ね。楽しみね。良いわそこにしましょう」
 黄薔薇さまは私と似たような意見のようだけれど、紅薔薇さまの眉間に小皺が寄っていたのが少し気になってしまった。


 で、白薔薇さまに連れられていった先のお店とは……某有名牛丼チェーン店だった。
 おいおい白薔薇さま。いくら何でもこれはないのじゃないのか?
 リリアンと言うか、そもそも女子高生が入るような店じゃないでしょ。ここって?
 周りを見ると……黄薔薇ファミリーは揃って私と同じ感じのようだ。
 一方、志摩子さんはいつも通りで、紅薔薇さまはちょっと溜息をつきつつ白薔薇さまと一緒に入っていく。
 そして、お姉さまも株がどうとか呟いていたようだけれど、白薔薇さまについて中に入っていった。
「どうしたの〜?」
 白薔薇さまから声が飛んできて慌てて四人が一斉に中に入った。


(う〜む、どうやって頼めばいいものやら)
 そんな時、向かい側のお客さんが丁度注文をした。
「ん〜、そうだな。大盛りをつゆだくで」
 なるほど、あんな風に頼むのか、それじゃあ早速、
「「「並盛りつゆだくで」」」
「「「へ?」」」
 私と令さま、由乃さんの声が完全に揃っていた。私たちはお互いに顔を見合わせて、何となく気まずい雰囲気になってしまったのだけれど……
「ぷ、ぷぷぷ」
 それを見た白薔薇さまは必死で笑いを堪えているって感じになっている。
 そんなに笑わなくても良いじゃないか、私たちは初めてなんだから、
「いや〜面白いよね」
 ポンって紅薔薇さまの肩を叩きながらそんなことを言う白薔薇さまに紅薔薇さまは溜息で返した。
「全く……私は牛鮭定食と半熟卵にポテトサラダでお願いします」
「並盛りとお新香をお願いします」
 紅薔薇さまと志摩子さんは、きっと前にも白薔薇さまに連れられて来たことがあるのだろう。少しこなれた感じで注文をしていく。
 ……で、お姉さまは?
「並をネギ抜きでお願いします」
 流石はお姉さま。初めてであるはずなのに全く動じずに落ち着いて注文をしていた。
「う〜ん、祥子ってつまらないな〜黄薔薇さまはどうする?」
「そうね。貴女の後に注文することにするわ」
「ちぇっ、……まあ、仕方ないか。じゃあ、いよいよお待たせの真打ち登場って事で、大盛り、ネギだく、ギョクね」
 あれ?店員さんが白薔薇さまの注文に、にやって表情をしたような気がしたけれど、白薔薇さまの注文は何か特別なものだったのだろうか?
「色々と要望を加えられるようね」
「まあ、そんなところかな?一種の裏メニューみたいなものなんだけれど、他にもつゆ無しとか、まあ色々とある訳よ」
「そう。じゃあ、私は並を肉だくで」
「済みません。それはちょっと……」
「ぷっ」
 ああ!黄薔薇さまの美しい額の端に×印が!
 白薔薇さま、口にはしてないけど貴女の顔は「全く、これだから素人は」って思いっきり言っています。
「あ〜あ、紅薔薇は二勝一敗だけど、黄薔薇は全敗かぁ〜、まあ、黄薔薇さま自身がこれだから仕方ないかな〜?」
 あああ!×印の数が!
「何なのか分からずにつゆだくを頼むのもあれだけれど、肉だくを頼もうだなんて、江利子って食い意地はってるんだねぇ〜」
 わなわなって肩を震わせて……黄薔薇さまが爆発するか!?って思ったとき、意外な方向からドンって音が聞こえてきた。立ち上がったのは黄薔薇さまじゃなくて、由乃さんだったのだ。
「舐められたままなんて絶対許せない!!注文変更します!!」
 どうやら白薔薇さまのあんまりな態度が黄薔薇さまを爆発させるよりも早く、由乃さんの青信号を発動させてしまったようだ。
「あ、はい、では何に?」
「特盛り肉抜きネギだくで!!」
 由乃さんがそう叫んだ瞬間、店中から「は?」と言う声が聞こて来た。
 白薔薇さまのあっけにとられたような表情をみてにやりと笑う由乃さん。
「ほ、本当に宜しいのですか?」
「良いからさっさともってきて!!」


 暫くして、みんなの前に牛丼が運ばれてきたわけだけれど、由乃さんのはネギネギネギ。本当にネギばっかりになっていた。
「うう……どこまで食べてもネギばっかりぃ〜」
「ひ、ひ〜、お、お腹痛い」
 で、あの方は自分の頼んだものもそっちのけでお腹を抱えて笑いまくっていた。
 由乃さん小刻みに肩を震わせて、横の令さまがいったいどうしたらいいのかっておろおろしている。
 彼女の性格を考えれば、このままで終わるはずがない。きっと何かするに違いない……次の青信号はいったいどんなもなのだろうか?


 あれから数日後、お姉さまと一緒に薔薇の館でお弁当を食べていたら令さまがやって来た。
 三人で「ごきげんよう」と挨拶を交わす。
「お弁当、一緒に良いかな?」
「良いわよ。でも、由乃ちゃんは?」
「あ、うん。由乃は……」
 なんだか言いにくそうにしながらお弁当箱の包みを開けて、カパッと開ける。令さまのお弁当は牛丼だった。
「い、いや〜〜〜〜!」
「うう……お肉は嫌、お肉は嫌、お肉は嫌……」
 い、いったいどうしたと言うのだろうか、突然叫んだ後。頭を抱えてぶつぶつ呟き始めてしまった。
「令?いったいどうしたというの?」
「あ……祥子、うん。実は……」
 令さまが言われるには、あれ以来毎日由乃さんに牛丼屋に強制連行されているのだそうだ。白薔薇さまを見返してやるために絶対に通になってやるんだ!って物凄く意気込んでいるらしい。
(由乃さん……)



 後日、その話を耳にした白薔薇さまが、又大笑いすることになってしまったのは言うまでもない。