〜3〜 いよいよイベントが始まる。 中庭に集まっている生徒の数は二百を超えているだろう……すごい数だ。 こんなに集まるなんて……お祭りに参加したいだけという人もいるのだろうけれど、それにしてもつぼみってこんなに人気が集まっているものなんだって改めて知った。 しばらくして受付がしめきられ、三奈子さまを中心に新聞部の人が説明を始めた。そしてその説明にあわせて私たちがはさみやカッターやペンを手に持って上に掲げてみんなに示す。……まるでテレビショッピングのアシスタントみたいだなと思ったのだけれど、それとは根本的に違うことがあった。ただ単に文房具を掲げただけなのにみんなの視線が一瞬で集まって、ワーって盛り上がったのだ。 そして、そんなうるさい群衆を令さまがそっと唇に人差し指を立てて当てるという一挙動だけで静かにさせてしまったのには本当にびっくりしてしまった。恐るべしカリスマ……同じつぼみだとしてもとても私にはできるはずがない。私ってすごい人たちと一緒にいるんだって改めて思い知ることになった。 その後も順調に説明や質問などが進んでいき。後はいよいよスタートということになったのだけれど、そのとき三奈子さまは企画書になかったことを口にした。 「いよいよスタートですけれど、その前につぼみの姉妹の方がいらしたらこちらに集まってください」 そう言われて群衆の中から出てきたのは、由乃さん、志摩子さん、黄薔薇さま、お姉さまたちここにいたつぼみの姉妹の四人。 みんなが何をするつもりなのだろうと思っていると、そのとんでもない理由を宣言した。 「つぼみの姉妹の方々には申し訳ありませんが、公平を期すためにもスタートの時間を五分遅らせるというハンデをつけさせていただいます」 「「「え〜〜〜〜!!!」」」 つぼみの姉妹から揃ってブーイング。特に由乃さんは冗談じゃないって感じで激しく抗議をしている。 けれどその一方で一般参加者はこの三奈子さまの取り計らいを喜んでいる。この場合つぼみの姉妹が文句を言えば言うほどに一般参加者は盛り上がる。 お姉さままで軽い感じではあるけれど文句を言っているのは、そういうことなのだろう。だから三奈子さまの企ては大成功……一人本気でくってかかってくる由乃さんと弱った顔をしている志摩子さんを無視して「それでは誓約書を提出した方からスタートです」と開会宣言を出してホイッスルを勢いよく鳴らした。 そうして一斉に人の流れが動き出した。しばらくそれを見ていると、いくつかのグループに分けられるようだ。そしてその中で一番活発なグループは開始と同時に宣誓書を提出して、校内へと散っていった。きっとみんなもう目星をつけていたのだろう……どんぴしゃりで目星をつけられてしまっていたら、つぼみの姉妹がスタートする前に見つかってしまう。 イライラしながら待っている由乃さんと不安そうに待っている志摩子さん……二人は対照的だった。 できないけれど私は二人の味方をしたくなる……祥子さまのカードが隠されているのはあの温室。志摩子さんはきちんと予想できているだろうか? ……私にできるのは、他の人たちが目星をつけていなくて、さらにハンデの五分の間に見つけられないことを祈るしかない。 「五分経ちました。つぼみの姉妹の皆さんスタートしてください」 長かった五分が経過してようやくスタートできることになった……のだけれど由乃さんが黄薔薇さまに待ったをかけられてしまった。といっても何か面白いことがというのじゃなくて、いらいらして地面をほじくり返していたから上履きに土が付いてしまる。だから、そのまま行かないようにって注意だった。どうやら由乃さんのスタートはさらに遅くなってしまいそうだ。 一方の志摩子さんは宣誓書を提出して、きちんとスタートできたのだけれど……何なんだろうかアレは? ぞろぞろぞろとでもいった効果音がついているような感じで志摩子さんの後を十人ほどの生徒がついていっている。 志摩子さんが気になって立ち止まるとその人たちも立ち止まる……志摩子さんが歩き始めるとついて歩き始める。 公然尾行とでもいうのだろうか? とんでもなく露骨につけている。 「……」 「おやおや、金魚の糞か……これはなかなか骨だなぁ」 関係ないから気楽なコメントをするお姉さま。 「あの人たち何やってるんでしょうか?」 志摩子さんをつけているのは分かるけれど…… 「つぼみの妹をつけてそのあたりに乗っかろうってところじゃない?」 「うあ……」 なんとまぁ…… そんな風に思っていると、ようやくスタートできたようでダッシュで駆け出していった由乃さんの後ろにはドドドドドって感じで同じように追いかけている人たちがいた。 「これは大変そうだなぁ」 「面白そうねぇ、私の後には何人ついてくるのかしら?」 二人とも困ったような表情や迷惑そうな表情をしていたのだけれど、この方はやはり違って楽しそうにそんなことを言ってハミングしながら黄薔薇さまも校内に消えていった。こちらもやはりぞろぞろとついていく。 「………と、いうことは、残っている人たちはお姉さまをつけるつもりなんでしょうか?」 こっちをじっと見ている人たちに目をやりながら聞いてみた。話の流れからそうなるのだけれど、私とのデートを狙っている人たちがこんなにいるなんて嘘に決まってる。 倍率が低いから私でもいいやという人ならいるかもしれないけれど、他の二人よりも多いのはおかしい。 「さぁてねぇ、でも良いんじゃない? お〜い。良かったら中に入ってお話ししない? つぼみもそろっているよ」 そうお姉さまがそこらにいた人たちに声をかけるとみんな嬉しそうに集まってきた。 そうか、薔薇の館に入りたかったけれど、踏ん切りがつかなかった人たちだったのか、うん、その方がずっと自然だ。 その人たちと一緒に薔薇の館に入る……けれど、入り口の前で立ち止まって志摩子さんが消えていった方を振り返った。 二百名からのライバルに五分のハンデ、その上あんな風につけていくような人たち……すごく厳しい勝負だろう。 けれども、志摩子さんが無事に祥子さまのカードを手に入れて欲しい。 薔薇の館の二階に入って、その光景に驚かされた。 部屋が沢山の生徒で溢れている。こんなに沢山の人間がここにいるなんて初めて見た。 「遅いじゃないの、早く入ってよ」 「は、はい」 沢山の人がいる部屋の中に少しおそるおそる足を踏み入れる。 「じゃあ、改めて紹介するってわけでもないけど、これが私の妹の祐巳ね」 お姉さまの手の届くところまで近づいたら引き寄せられて後ろから抱きかかえられた状態でみんなに紹介された。もう慣れたとはいえこんなに多くの人の前でされると少し恥ずかしい…… 「あ、えっと、福沢祐巳です」 一応とはいえ紹介されたからにはと名乗ってぺこっと軽く頭を下げた。 挨拶の後少し言葉を交わしてから、この大勢のお客さまにお茶を出すことにした。 山百合会側の人間で一年生は私だけだし、お姉さまも祥子さまも令さまもお客さまの相手で忙しそうだから私がする。 みんなにお茶を配って一息つく……やっぱりお姉さまは薔薇さま。祥子さまと令さまの周りにいる人たちも二人にあこがれの目を向けて、話せて幸せなんて感じだけれど、お姉さまの周りの人はそれが一段と強いし人の数も多い。 私があんな風に多くの人に囲まれてなんていうのはちょと想像できないな。やっぱり。仕事はともかく私はお姉さまたちのようにはなれない気がする…… 「ゆみ〜」 未来の自分を想像しため息をついていたら、お姉さまの声で現実に引き戻された。 「あ、は、はい」 「そんなところに突っ立っていないで、外で呼び込みでもしてきなさい」 お姉さまはそんなことを言ったけれど、さっきお姉さまが呼び込みをして大勢引き連れてきたばかりじゃないか……そう思ったのだけれど、声をかけたときあそこにいなかった人とかもいるのかもしれないし、少し気が滅入るこの場から離れられるなら…… 外に出てみるとカードを探しているのだろうあちこちで走っている生徒の姿を見つけることができた。けれど、その一方宝探しをしているという雰囲気じゃない人たちの姿もいくつかあった。 そういった人たちは薔薇の館の様子をうかがっているし、きっかけが……という人たちなのだろうか? なら、声をかけよう。 「みなさん、よかったら薔薇の館に来ませんか?」 一つ声をかけてみると……うれしそうな顔をして五人ほど集まってきた。予想は正しかったようだ。 「さっ、どうぞ」 と言って薔薇の館の扉を開けて招くと「おじゃまします」と五人が口々に言って中に入ってきた。 けれど、みんな程度の差はあれかなり緊張しているようだ。 今でこそだけれど、私もこの薔薇の館に初めてはいるときはすごく緊張したものだった。 ひょっとしたらこの人たちはお姉さまが声をかけたときに、引いてしまってついてこれなかったのかもしれない。 「やっぱり緊張しますよね?」 その緊張をほぐせればと思って声をかけることにしてみた。 「私も初めて入ったときはすごく緊張したんです。私なんかが入っても良いのだろうかって」 私がはにかみながら告白すると、ぎこちなげだけど微笑んでくれた。 「やっぱり祐巳さんに声をかけてもらえてよかったわ」 一人が言った言葉に「うん、本当」なんて風に他の四人も声をそろえた。 「白薔薇さまが声をかけてくださったとき、ちょっと気後れしてしまって惜しい思いをしていたのよ」 苦笑しながらそう言う。 「そうだったんですか」 「ええ」 そんな話をしながら階段を上っていたのだけれど…… 「私は祐巳さんと一度お話ししてみたかったし、そういう意味でも嬉しかったわ」 なんてことを言ってくれる子までいた。すごく嬉しいことじゃないか。 そして五人を連れてビスケット扉をくぐると、私が五人を連れてきたのを見てお姉さまは微笑みを浮かべて、「いらっしゃい、薔薇の館にようこそ」とお姉さまが五人を迎えてくれた。 「えらいえらい、ちゃんとお客さまをつれてきたんだね」 なんて言って私の頭をなでなでってする……久しぶりで嬉しかったけれど、でも、でもですよ! こんなに大勢の視線が集中してくる中でしなくても良いじゃないですか! 恥ずかしさで顔を紅くして俯いてしまった。 「ほらほら、自分で呼んできたお客さまでしょ、ちゃんとお持てなししなきゃ」 って、あなたができないようにしたんじゃないですかと言いたいところだけれど、ここは黙って五人の分のお茶を入れることにした。 「狭くてごめんなさい」 と言って五人にお茶を渡した。 この五人をあわせれば四十人からの人間がいる。そんなに沢山の人間が座れるほど椅子もないし、どうしても空いているスペースの床に腰を下ろしてということになってしまう。 「いいえ、とんでもない。薔薇の館にこんな風にお邪魔できるだけでも本当に嬉しいですから」 「私の方こそ嬉しいですよ」 そして彼女たちとしばらく話をしていたら、祥子さまや令さま、お姉さまと一緒にいた人たちの中から私の方にやってきた人がいた。 「ご一緒させて頂いてよろしいかしら?」 「ええ、もちろん」 その光景を見て、自分も……と思ったのだろう。祥子さまの方を自分も……って感じで見ている人がいた。でも、お姉さまが声をかけたときにも気後れしてしまってという人だから、そのままだと、祥子さまの元にはいけないだろう。 「折角だし祥子さまともお話ししてきたらいかがかしら?」 「えっ、でも……」 「祥子さまも多くの人と話したいと思っているから、ね」 とさらに背中を押してあげると「そうですね」と口にして祥子さまの方に歩いていった。 そして祥子さまとその周りにいた人たちは「いらっしゃい」と笑顔で迎えて迎えてくれた。 その人がきっかけになったのだろう、それまでパラパラだった人の移動が一気に行われることになった。 そうしてみんなと楽しくお話をしていたのだけれど、なにやら下の方が騒がしくなってきた。 何かあったのなと思ったら大勢が階段を上ってくる音が聞こえてきた。誰か戻ってきたのだろうか? そして、ドアを開けて入ってきたのは紅薔薇さまとそのお供だった。 「あら蓉子、やっと来たんだ。来ないかとちょっと心配しちゃったんだよ。試験会場から直接?」 「………ええ」 試験で疲れたのだろうか? 紅薔薇さまはちょっと遅れて返事をした。 お姉さまは今度は紅薔薇さまがつれてきたお供に「いらっしゃい。可愛いお客さまたち、薔薇の館にようこそ」と声をかけた。そして、そのお供は「お邪魔します」と言ってぞろぞろと部屋の中に入ってきた。 「これはまたずいぶん大勢家来を連れてきたものね」 本当に大勢……四十人からの人間がいたところにさらに増えてしまった。床が抜けないかちょっと心配になってきた。 「ええ、でも渡せるものをもってなかったから、何ももらえない可哀想な家来たちなのよ」 愉快そうに笑ってから紅薔薇さまがお姉さまの言葉に乗った。 「じゃあお茶くらいサービスしましょう」 「はい」 一緒に話していた人たちにちょっと待っていてくださいねと言ってから紅薔薇さまがつれてきた家来の方々にお茶を入れることにした。 それにしても、試験で疲れたというわけでもないようだしどうしたのだろう? 今日の紅薔薇さまはいつもに比べて、キレがないというか、ずいぶんぼんやりとしているような気がする。 けれど、すごく嬉しそう…… 祥子さまが紅薔薇さまを窓の方に案内していった。 「いかがでしょうか?」 「これは……」 「種を明かせば、もうすぐイベントが終了するからですが……」 何が見えるのだろうか? 見てみたくて近くの窓から覗いてみると、中庭に今まさに生徒が次々と集まってくるところだった。 終了時は開始時と同じように中庭に集合することになっているからだ……まるでこの薔薇の館を目指して学校中から人が集まってくるようにも見える。 そっか、紅薔薇さまがあの時に言っていたチョコの代わりに要求したバレンタインデーのプレゼントだ。 「ありがとう」 紅薔薇さまはとっても幸せそうだった。 〜4〜 終了時間を過ぎ、校内に散っていた生徒もかなり中庭に戻ってきている。 私たち薔薇の館でたむろしていた人間も中庭に出ることになった。 戻ってきている大勢の様子を見ていたら、その中に由乃さんの姿を見つけることができた。 つぼみがこの人の渦の中に入っていくと混乱してしまうし、いよいよ結果発表だからできなかったけれど、それで良かったかもしれない。 こちらを向いた由乃さんの顔には不機嫌ですって書いてあった。 どうやら由乃さんは令さまのカードを見つけることはできなかったらしい。令さまが八つ当たりを受けないと良いのだけれど…… もう一人の志摩子さんの方はどうなったのだろうか? ……志摩子さんの姿を探したのだけれど二百名からの人混みの中から見つけるのは容易ではなかった。そして、私が志摩子さんの姿を探している内に、三奈子さまがハンドスピーカーを使って「皆さんお疲れ様でした」って声をかけて挨拶を始めた。 いよいよ結果が発表される。 ざわめきが消え一同が聞く体勢に入ったけれど、人の数はスタート時より若干少ない気がする。 結果なんて聞きたくないっていう人や、棄権した人以外にも、ひょっとしたらまだ探している人もいるかもしれない。 「さっそくですが、時間も遅くなってきましたので結果発表にまいります。まず、宝として隠したつぼみのカードは、三枚全て発見されました」 全部発見されてしまったのか、「わー」という歓声と「えー」という落胆の声が混じって聞こえてくる。 由乃さんは……ガックリ肩を落としてうなだれてしまっている。 由乃さんの場合、手書きのカードやデート券が欲しくて宝探しに参加したわけじゃない。ただ、誰かの手に渡るのを阻止したかっただけなのだけれど、阻止できなかったと宣言されてしまったのだ。 三枚とも見つかったということは私のカードも見つかったわけだけれど誰が見つけたのだろうか? 「まずは黄色いカードですが」 と令さまのカードを見つけた人たちの名前を読み上げていく。どうやら複数名が見つけたようで、ルール上じゃんけんになるようだ。 そして、前に出てきたそのメンバーを見てびっくりしてしまった。……あのメンバーって確か由乃さんを追いかけていった集団じゃなかったっけ? いったい何があったのだろう? 隠してあった場所が図書館で江戸の物価なんかが書かれている禁帯出本の中に挟んであったという話を聞いて、顔を上げた由乃さんはどうして信じられないって感じの顔をしている。 どういうことなのかは気になるけれど聞くのはやぶ蛇でしかないから、あとで聞くわけにもいかないだろうな。……令さまの前で行われているじゃんけんの様子を一緒に見ることにした。 何回かの勝負の後、勝者が決まった。 「次に紅いカードですが、見つけた方は……二年松組、鵜沢美冬さん」 残念ながら見つけたのは志摩子さんじゃなかったようだ。 紅いカードを手に背の低い生徒が群衆の中から出てきた。 ただ……なんだろう? 嬉しいといった表情じゃない。 これからじゃんけんというわけでもないのに何か真剣な表情をして私たちの前までやってきた。 「美冬さんが見つけたのね」 「は、はい」 二年松組は祥子さまのクラス。二人はクラスメイトだし、何か事情があるのだろうか? 気にはなったけれどやはり聞くわけにもいかないし、それに今はそれどころじゃない。 「どちらで見つけられましたか?」 三奈子さまのインタビューが終われば、次はいよいよ私のカードの番なのだ。 「最後になりましたが、白いカードについて発表させて頂きます」 いったい誰が見つけたのだろうか……ちょっとびくびくもの。 「白いカードを見つけた方は…………」 ……方は? 何をもったいぶっているのか、なかなか見つけた人を言わない。そんなに引っ張っていったい誰が私のカードを見つけたって言うんだ!? 「二年藤組、蟹名静さん!」 「ええええ〜〜〜!!!!」 怒濤のように驚きの声が襲いかかってきて、私の叫びというか絶叫をもかき消してしまった。 二年藤組、蟹名静…………同姓同名の人が同じクラスにいるなんて話は聞いたことがないし、これはやはり…… そう思うと、モーゼの十戒のごとく群衆の中程から私とを結ぶ線上の人混みがさっと両方に分かれ道ができあがった。その道の反対側にいるのは静さま……道をこちらに向かって歩いてくる。 いったいどうして? まさか……と思って三奈子さまを睨んでみる。それから黄薔薇さまも。 けれど、二人とも私じゃないって顔を返してきた。 二人ともずいぶん顔の皮が厚い方だから、どうだか分からないけれど……静さまに聞いてみれば分かるか。そしてその静さまの表情は……楽しいといった感じだった。 「カードはどちらで見つけられましたか?」 インタビューが始まった。 「被服室に展示してあったエプロンのポケットです」 「そこでよろしいですか?」 と私にマイクを向けてくる。 「はい、そこに隠しました」 「では決定ですね。皆さん拍手〜!」 他の人たちの場合とは違ってパラパラという感じで始まった拍手だったけれど、みんな追いかけて大きな拍手になった。 「というわけで、カードを手に入れた方が全員決まりました。今回の宝探し大会の様子は来週の特集号で取り上げますので、お楽しみに。なお写真部の協力で、探索中の皆さんの姿もばっちり隠し撮りされていますからこうご期待。リリアンかわら版に載った写真に写っている方にはその写真をプリントして差し上げます」 三奈子さまあおるあおる。そしていつの間にか戻ってきていた蔦子さんが大量に撮影したであろうカメラをみんなに掲げた。 「参加賞を配りますので一人一つずつつぼみから受け取ってください」 その場に残った全員に参加賞として銀紙に包まれた一口チョコを一つずつ私たちが配る。最初の企画にはなかったけれど、やはり追加することになって祥子さまは反対したけれど、結局することに決まってしまった。そして決まってしまった以上、バレンタインデーにチョコレートを配るなんて大嫌いでも逆らうわけにはいかず、今笑顔を浮かべて参加賞を列に並んでいる人に配っているわけだ。 二人の前には当然だけれど、私の前にも結構列ができて、一人一人に手渡していった。 人混みもずいぶんはけてきたから、話があるのかずっと近くにいた静さまに声をかけてみることにした。 「あ、あの……」 「祐巳さんのカードを見つけられたら面白いだろうなって思っていたのだけれど、本当に見つけられたときは私自身もびっくりしたわね」 聞きたかったことを聞く前に答えられてしまった。 けれど、静さまの話から、偶然見つけたもので、別に三奈子さまや黄薔薇さまが何かしたというわけではなさそうだ。 「どうしてあんなところにあるって思ったんですか?」 「祐巳さんがどこに隠したかなんて、分からなかったけれど……全く何も関係のないところに隠したりするってことはないだろうし、何か関連性か連想できるような場所に隠すんじゃないかって思ったのよ」 なるほど、私もそうやって隠す場所を考えてロサ・ギガンティアにたどり着いたのだ。 「それで、そういったものを探して校内を探していたのだけれど、どこも大勢が探していて、そんなところを探してもって思って、人が少ないところを探して被服室にたどり着いて、そこを探してみたらどんぴしゃりと言うことよ」 運もあるのだろうけれど、お見事。 しかし、答えにたどり着いたのが静さまというのはやはりなんとも…… 「それじゃあデート、楽しみにさせてもらうわね」 そう言い残して静さまは去っていったけれど、やっぱり何となく気が重い。 静さまに対してもっている苦手意識はなかなか払拭できなさそうだ。 「お疲れさま」 静さまがいなくなってからお姉さまがやってきた。 「どうも」 「それにしても静が見つけるとはねぇ」 面白いことになったという感じはあったのだけれど……お姉さまが静さまのことを「静」と呼び捨てにしていることに気づいた。 「どしたの?」 「いえ……静さまのこと静って……」 「……ああ、いつまでもロサ・カニーナって呼んでるわけにはいかないでしょ? それよりも終わったならさっさと帰ろう。準備しておいで」 「あ、はい」 そうして荷物を取りに教室に行って戻ってきたのだけれど、祥子さまと紅のカードを見つけた美冬さまが話していて、そこから少し離れて志摩子さんがいるのを見かけた。 何かずいぶん真剣そうな話……美冬さまは、結果発表の時から真剣な表情をしていたし、何かあったのだろうか? ……よく分からないな。そんなことを考えていると志摩子さんが私に気づいて軽く手を振ってくれたので私もそっと挨拶した。 さて、お姉さまの所へ急いで行かないと思ったらお姉さまの方から私の側に来ていた。 「準備できた?」 「あ、はい……」 三人のことは気になるけれど、話している内容を聞くというわけにも行かないし……後で志摩子さんに聞いてみればいいかな? 「紅の三人?」 私の視線を追いかけた後そう尋ねてきた。 「……ええ」 「後で聞けば良いんじゃないかな?」 「私もそう思ってました」 「なら、かえろっか」 「はい」 そうして二人で一緒に帰ることにしたのだけれど、やっぱり気になって並木道を一緒に歩いているときに振り返ると、遠目に三人が薔薇の館に入っていくのが見えた。 バス停からバスに乗った。 「お姉さま、本当にたくさんの人が薔薇の館にやってきましたね」 「そうだね。祐巳にとっても良い光景だったでしょ」 「はい」 「私も、あんな光景は初めて見た……思った通りではあったけれどね。三奈子が企画案を持ってくるまで本当に見れるなんて思いもしなかった」 「紅薔薇さまは特に嬉しそうでしたね」 「だね。蓉子は、私たちの中で一番想いが強かったけれど、蓉子自身が距離を作ってしまっていたからね……」 今日はなぜかひどくぼんやりとしていたけれど、紅薔薇さまはやっぱりすごすぎるから……でも、すごいというのはお姉さまたちみんなそうだ。 「良い光景を私たちに見させてくれてありがとうね」 「いえ、お姉さまが言っていたとおり私にとっても良いものでした」 「そっか、それはよかった」 「でも……」 「でも?」 「私なんかがお姉さまのあとを継げるんでしょうか……」 みんな私に親しみを持ってくれた。それはすごく良かったことだと思う。けれど、お姉さまだけじゃなく他のみんなもそう。みんながあこがれやそのようなものを集めている。……それは私が集められるようなものじゃない。 「こらこら、そんなに考え込まない」 「え?」 「今の山百合会の形は私たちが作ったもの…… 祐巳は祐巳の山百合会の形を作っていけばいい。肩の力を抜きなさい。祐巳は祐巳なんだから、私たちのようになる必要なんかないの」 「……」 お姉さまには全てお見通しだった。喧嘩もしちゃったけど私のことを何でも分かってくれるお姉さま…… 嬉しいような泣きたいような抱きつきたいような不思議な気持ちだった。 「もうすぐ着くよ、祐巳」 「はい!」 後編へ