〜1〜 昼休みに選挙管理委員会の部屋を訪れて立候補の手続きを済ませた。 実際にここにこうして来るまでに、私は随分悩んだりいろんな人に相談したりもしたけれど、手続き自体は所詮学内の選挙だから簡単で、すぐに済んでしまってあっけないという印象も持ってしまった。 でも、これで終わりじゃなくてこれが始まり……ポスター用紙二十枚と演説会で肩にかけるたすき用の白い布を受け取った。 「立候補してきたの?」 そう言ったものを手に教室に戻って来ると桂さんが声をかけてきた。 「うん、」 「頑張って。私にできることがあったら言って頂戴ね」 「ありがとう」 と、言った瞬間、カシャッと言う音が聞こえてきた。もちろんそこにいるのは蔦子さん。 「答え、出たみたいね」 「うん」 「一応私にもできることがあったら言って貰っても良いよ」 「ありがとう」 そんな話をしていると、もう一人同じ事を言いに来てくれた人がいた。 「祐巳さん、私にもできることがあったら言って」 そう声をかけてきてくれたのはなんと志摩子さんだった。 「え?……でも、祥子さまは?」 「お姉さまはだいたいもうやってしまわれたし、私が手伝えるようなことはあまり無いのよ。でも、祐巳さんなら手伝えそうだし」 そうだった。祥子さまは私なんかとは違って、公示日に立候補しそうそうにポスターとかそう言ったものは仕上げてしまっていたのだ。もちろん、志摩子さんがそう言ってくれるのは光栄だけれど、それで良いものなのだろうか? 「本当に良いの?」 「ええ、」 そう言ってにっこりとほほえむ志摩子さん。 素直にその好意を受け取ることにして、「ありがとう」とお礼の言葉を述べた。 早速三人も心強い味方ができて喜んでいたのだけれど、他にも「あの……祐巳さん、頑張ってね」と声をかけてきてくれた人がいた。クラスメイトだけれど、この三人と違って特に親しいというわけじゃないのに…… 「頑張ってね」 「私たちも応援しているから」 「できることがあったら言ってくださいね」 最初の子を起点に応援してくれる人の輪がどんどん広がって行って、吃驚してしまった。こんなに多くのみんなから応援されるだなんて、全く思っても見なかったけれど、嬉しい……少なくともこのみんなは私が白薔薇さまになっても良いと思ってくれているのだ。 放課後になって薔薇の館に行くと、祥子さまと令さま、由乃さんがいた。 「ごきげんよう」 「ごきげんよう」 「あの……お話ししたいことがあるのですが、」 椅子を引いて腰をかけそう切り出す。 「何かしら?」 「私、立候補しました」 私の言葉に祥子さまと令さま二人ともにっこりと笑って答えてくれた。 「頑張ろうね」 「一緒に山百合会を支えていきましょう」 「はい」 「頑張ってね」 由乃さんも笑みを浮かべながらそう言ってくれたから「ありがとう」と返した。 みんな応援してくれている。今までのことからそうなることは分かっていたけれど、本当になるとやはり嬉しいものだ。 これで、薔薇の館のメンバーで報告していないのは、紅薔薇さまと黄薔薇さまの二人の薔薇さまだけになる訳だけれど、報告しに行った方が良いのだろうか? 三年生は選挙には関わってはいけないとは言っていたけれど…… 「何考えているの?」 「ん、紅薔薇さまと黄薔薇さまにも報告した方が良いのかどうかって」 尋ねてきた由乃さんにそのまま素直に答える。 「お姉さま方にね……お姉さまは喜んでくれると思うわ」 「うちのお姉さまもね。少し意味合いは違うかもしれないけれど」 祥子さまは微笑みながら、令さまはちょっと苦笑いを混じらせながら、そう答えてくれた。 なるほど、と言うことでお二人にも報告しに行くことに決めた。 「……こまった」 立候補してから半日足らず……にも関わらず私は既に困っていた。目の前に大きな壁が立ちはだかっている。 ……まあ、白紙のままのポスター用紙や枠しか書かれていない原稿用紙が私の目の前に並んでいると言うことなのだけれど、こういうのってどんなことを書けばいいのだろう?経験なんてまるであるはずが無いから全然分からない。 きっとお母さんに言ったら、ノリノリであれやこれやと手伝ってくれるのだろうけれど、お母さんも経験無しで、しかも暴走してしまうだろうから言うわけにはいかない。 「ゆ〜み、はいるよ」 またノックはするけれど私の返事を待たずに部屋に入ってくる。 「……なに?」 「また古語辞典貸してほしいんだけれど」 「いいよ、はい」 本棚から古語辞典を抜き取って祐麒に渡してやる。 「ありがと……それ、宿題?」 机の上の原稿用紙とポスター用紙に目をやりながら訊いてきた。 「選挙のポスターと、演説の原稿」 「ふ〜ん、結局立候補したんだ」 「まあね」 「でも、真っ白だけれど?」 「そうなの……いったいどんな風に書けばいいのか分からなくてね」 「で、悩んでいたと」 「そう」 「大変なんだなぁ……でも、だったらどうして立候補したわけ?」 「うんと……退くに退けなくなっちゃったからかな」 「また、何やってんだか」 あきれ顔の我が弟。そうなるのも分かる。私だってそれだけ聞いたのならそんな反応をするだろう。 「でも、退くわけにはいかないのよ」 真剣な表情に少し驚いたようだったけれど、「そっか、がんばれよ」と言葉をかけてくれた。 「うん」 祐麒が出て行った後うんうん唸りながらまた考え始めたのだけれど、一文字たりとも埋まることはなかった。 けれど、私一人で悩んでいても何も進まない事は分かった。だから、みんな手伝ってくれると言ってくれたし、そうさせて貰うことにしよう。 〜2〜 朝、登校して足を運んだのは紅薔薇さまの教室……やっぱり三年生の教室に来るのは緊張する。 「あの、申し訳ありませんけれど、紅薔薇さまにお取り次ぎ願います」 ちょうど教室から出てきた三年生の人に取り次ぎをお願いする。 「分かったわ」 そして、取り次がれて廊下に出てきてくださった紅薔薇さま。 「ごきげんよう」 「ごきげんよう。こんな朝から私にどんな用かしら?」 「あの……紅薔薇さまにも報告と言うことで、私、立候補することにしました」 「そう。それは吉報ね」 そう言って嬉しそうに微笑む。祥子さまが言っていた通りに喜んでくれた。 「これから大変だと思うけれど頑張ってね」 「はい」 そして、黄薔薇さまにも同じように頑張ってと応援の言葉をかけてもらった。黄薔薇さまは凄く楽しそうだったけれど…… 教室に戻って昨日申し出てくれた三人に手伝ってほしいと言うと、快く引き受けてくれた。 早速放課後に私の机の周りに集まって、対策会議。 「原稿もそうだけれど、ポスターを書くにも、祐巳さんの主張というか方針が必要よね」 「そうね」 「方針?」 志摩子さんと桂さんの会話に、オウム返しに訊く私。立候補をしているのは私なのに、一番分かっていないのが私なのかも知れない。 「ええ、公約とまでは行かなくても、祐巳さんが白薔薇さまになったらどんなことをしたいかとか、どういう風にしていきたいかとか、そう言った事ね」 志摩子さんの言葉にちょっと困ってしまった。 確かにその通り、これはリリアンの生徒会長の一人である白薔薇さまを決める選挙なのだ。けれど、私が立候補することにした最大に理由は静さま。静さまに申し込まれた勝負、佐藤聖の妹である私には退けなかったから、そんな凄く個人的なこと。まだ、白薔薇さまの妹……白薔薇のつぼみが跡を継ぐと言うのならともかく、そんな理由公にできるわけがないし、してはいけない。 他にも薔薇の館の雰囲気とか仲間とかもあるけれど、やはりこれも凄く個人的なことでしかない。 改めて私が立候補した理由を考えていたらちょっと凹んできた。 そんなとき、教室に誰かが入ってきた。 「やってるやってる」 「あ、由乃さん」 「ごきげんよう。みんなでやっているのね」 「うん……でもね、」 「売られた喧嘩をやっと買ったって言うのに、何弱気になってるの?」 「だからこそ、困っているんだけれどね」 と苦笑しながら言うと、由乃さんは微妙な表情で言葉に詰まってしまった。 「……令さまは、立候補することにした理由はいくつかあるけれど、その中に歴代の山百合会のメンバーが作り保ってきた薔薇の館の雰囲気を保ちたい、自分も加わっていたいと言うのが一番強かったって言っていたけれど、どう言った感じの事を訴えていくの?」 一緒に作っていた由乃さんなら令さまの内容はみんな知っているから訊いてみた。 「クラブ活動の活性化とかね」 「お姉さまは、紅薔薇さまが行ってきたことを引き継ぎ発展させていくつもりと言っていたわ」 なるほど、令さまは剣道部のエース、祥子さまはまさにつぼみとしてのもの、お二人とも私とはずいぶんと違う。 「で……一応訊いておくけれど祐巳さんは?」 「……ごめん。特にそう言うのは考えてなかった」 「これは時間がかかりそうね、」 「まあ、立候補を決めただけでも進歩ではあるとも考えれるし、」 「まだ時間はあるんだし、これから考えていけば良いのじゃないかしら?」 「それじゃ、みんなで祐巳さんの家に行きましょうか」 由乃さんの言葉に吃驚してしまった。あのリビングを見せられるはずがない。 「ごめん!それは勘弁して!」 そんな必死に……何かあるの?って感じの顔をみんなするのだけれど、答えるに答えられなくて困っていたら、由乃さんが助け船を出してくれた。 「じゃあ、私の家にしましょう。近いし、なんなら令ちゃんにも手伝わせられるし」 ありがたい、由乃さんの家を貸してくれるというのは大歓迎だ。でも、流石にそれはないんじゃないかと思う。 そしてやってきた島津家、居間のこたつを囲んで座る。 「やっぱり、近いって良いね」 「まね」 歩きで直ぐについたからしばらく通学に付いての話が盛り上がる事になった。本当に近いというのは良い事だと思う。 「さて、私の家の話はこのくらいにして、実際にどうするかは祐巳さんが決めることだけれど、その参考にするためにも、祐巳さんならどんなことができるかとかからみんな考えていきましょ」 「そうね」 「私にできること……」 私は令さまみたいにクラブで活躍しているわけでも、祥子さまみたいに人を率いるような能力があるわけでもない。更に言えば何か委員会に所属しているわけでもないし、クラスでも特別な役をしたことなんかまるでない。 そんな私にできる事って何だろう?……少なくともパッとは思い付かない。 みんな似たような感じなのか、考え込んでいる様子。 「なかなか難しいものね?」 いや蔦子さん、私に同意を求めないでください。 「まあ、ゆっくりと考えていくって事で、ところで原稿の方には使えないけれど、ポスターについてはこんなものを持ってきてるんだけれど」 そう言って蔦子さんが出してきたものはアルバム。 「「「アルバム?」」」 パラッと開いてみたら、ページ全てが私の写真で埋め尽くされていた。 「これ……全部私?」 「そう、祐巳さんの写真をまとめたもの。ポスターに印刷出来るように画質が良いものだけを選んであるけれどね」 ぱらぱらとページをめくって行くと、本当に全てのページが私が写っている写真で埋め尽くされていた。 私が中心じゃなくて私も写っているという写真も結構あったけれど、それでも、とんでもない量だ…… 「こんなに……」 みんな絶句している。蔦子さん……貴女凄すぎます。 「ねぇ、ちなみに私達の写真ってどのくらいあるの?」 「祐巳さんよりは少ないけれど……どうかな数えてみないと分からないな」 パッとは分からないくらい大量にあると言うことだ。卒業まで、あと2年とちょっと……それまでに蔦子さんのコレクションはどこまで増えていくのだろうか? 蔦子さん以外の全員の顔に汗がたらりと…… まあ、これはありがたく使わせて頂くことにして、それからしばらくあれこれと考えたり話したりしていたのだけれど、なかなか上手いのが思い付かなくて、今度は逆にこうあればいいのにと言うのを挙げて、そこから選ぶと言うことになったのだけれど……なんだか、変な話になってきた。 「式典での撮影の許可とかかな、やっぱり」 ヲイ 「休み時間におやつ自由とかどう?」 「ああ、良いわね。でも、何か飲み物もほしいわね」 「薔薇の館やミルクホールならともかく、教室とかじゃ水道の水とかになっちゃうわね」 「水筒に入れて持ってきても、冷めてしまったり生ぬるくなってしまうわ」 「魔法瓶なら良いだろうけれど、どちらにせよ重いわね」 「なら各教室にお茶の道具を用意するとかは?」 「いいわね」 こらこら 「他には大学の食堂も自由に使わせてほしいわね」 「蔦子さん行ったことあるの?」 「うん、前にね」 そのうちに、なんだかどう考えても山百合会の領分を超える話ばっかりになってきた。もうこれは相談じゃなくて雑談としか言えない。 「週休二日よ週休二日、世間の学校はみんなそうなってるのに、どうしてリリアンはまだ採用してないわけ?」 「秋休みもほしいわねぇ〜」 もう何も言うまい…… そんな話が続いていると、誰かの足音が聞こえてきた。 「あ、令ちゃんの方から来たみたい」 ふすまを開けて令さまが入ってきた。 「随分楽しそうだったけれど、結構来てたのね」 「「「「ごきげんよう」」」」 「ごきげんよう」 「それ、祐巳ちゃんのポスター?」 「あ、はい」 白紙のままテーブルの上に乗っている用紙の束を見て聞いてきたので答える。 その瞬間みんなが、「あっ!」て感じの表情をする。 ひょっとして、盛り上がりすぎてみんな何の話をしていたのかすっかり忘れてしまっていたのだろうか? 「そうだ!令ちゃんも手伝ってよ」 ほ、本当に言ったよこの人。令さまは、候補者なんですけれど…… 「手伝うって、由乃……」 「当選したら祥子さまと三人で山百合会を支えていくんでしょ?だったら、今から協力していったって問題なんか無いでしょ?」 「それはそうだけれど、この選挙ってものはね」 「そんなことは分かっているけど、手伝って」 「由乃……」 「良いからつべこべ言わずに手伝って!」 「でも、」 「うるさいうるさい!手伝って!」 「……はいはい、」 どうして私でなくて由乃さんが、しかも半ば命令する形になっているのだろうか? ともあれ、手伝わないことには収まらないだろうと判断し、やれやれと言ったような感じで由乃さんの横に座った。 「で、私は何を手伝えばいいの?」 「祐巳さんが訴える事よ」 「……え?」 「だから、祐巳さんが選挙で訴えていくこと」 「全然白紙なわけね」 「はい……結局立候補したけれどその理由が個人的なことでしたから……」 令さまには答えづらいのだけれど正直に答えた。 「なるほどね。確かに私はクラブ活動を活性化したいとかそう言う主張も入れたけれど、それも前からもう少しこうなればいいのになぁって思っていた事を入れただけで、結局個人的な意見でしかないよ」 「でも……」 「例年信任投票になってるこの選挙。こんな私でも良いの?ってみんなに聞くためのものなんだから、今年も同じ感じで良いんじゃないかな?」 そうは言うけれど、まるで何もないって言うのは、いかがなものか 「だから、選挙のためにって何か考えるよりも、自分がどん感じのな人間なのかって言うのを訴えた方が良いと思う」 私がどんな感じかか、なるほど……令さまの言葉で少し何かが見えてきた気がする。 〜3〜 昼休み、お弁当を食べながらポスターに関する話し合い。 「ポスターこの写真でどうかな?」 「う〜ん、こっちの方がビシッと決まっているけれど」 「ちょっとこれは祐巳さんぽくないような……」 「じゃあ、これなんかは?」 「どうかなぁ、確かにらしいけれど選挙用としては……」 そんな話をしていたら、階段がきしむ音が聞こえてきた。けれど、凄く丁寧な音。 こんな歩き方をするのは志摩子さんくらいなのだけれど、その当人は私の目の前にいるし……いったい誰だろう? そして、その訪問者の正体がわかったとき、また吃驚させられてしまった。なんと静さまだったのだ。 「ごきげんよう」 ここは静さまにとってはある意味敵の本陣、それなのにあのSPも引き連れずに、単身で…… 「私たちは席を外しましょうか?」 「それには及ばないわ、二人きりで話したいというわけでもないし、特に祐巳さんを手伝ってくれているあなた達ならなおさらね」 「そうですか……はい、紅茶です」 「ありがとう」 みんな席に着く。 静さまは志摩子さんが用意した紅茶に口を付けてから「挑戦状、ちゃんと受け取ってもらえてうれしいわ」と切り出してきた。 挑戦状……お姉さまのファンから妹の私への意地。 「ええ、静さまは今日はどんな御用で?」 「偵察……と、言ったところかしら?祐巳さんがどんな風にしているのか、見てみたかったのよ」 堂々と偵察と言ってのけるとは……前に由乃さんもこっそりとだけれど偵察に行っていたし、そのことについては何も言えないし、言うつもりもないけれど、相変わらず静さまって読めない人だ。 「それで、どう見えました?」 「楽しそうにやっているって言ったところかしら?」 確かに、本当に作業が進んでいるのかどうかはちょっと疑問なところもあるけれど、方向性が見えてきてからは、こうやってみんなでわんやわんやしているのは楽しい。 「そうですね。静さまの方はいかがですか?」 「私?そうね。運動については楽しんでやっているわよ。と、言っても、しなければいけないことはだいたいしてしまったけれどね」 祥子さまは一人で、令さまは由乃さんと、静さまはみんなでと言う違いはあっても、三人とも私なんかとは違ってそうそうに立候補して準備を進めてきたのだ。 それがそのまま準備期間の差になってしまっているけれど、まだ日はある。みんなが応援してくれているし、必ず追いつく。 静さまが帰られた後、相手の姿を改めて見たこともあったのか、いっそう盛り上がって、危うく集団で午後の授業に遅刻してしまうところだった。 またやってきた築山三奈子さま……分かってはいたけれど、やっぱり気が重くなってしまう。 「どうしてやってきたのかは言わなくても分かっているわよね?」 今度は立候補した理由だ、間違いなく。いったいどう言ったものか…… 「是非教えてほしいのだけれど、言いにくい用なら順番に聞いていく事にするわ。そうね、まず、あの時は蟹名静さんについてどうと言えるほど知らないと言っていたけれど、今はどうかしら?」 この方、勝手に話を進め始めた。……やっぱり、話していかないことには、解放してくれないのだろう。 心からの溜息を一つついてから答え始める。 「そうですね。何度かお話しする機会がありましたけれど、凄い方だと思いましたよ。それが白薔薇さまとしてどうなのかはわかりませんけれど」 先に予防線を張っておく。 「じゃあ、今度は祐巳さん自身についてはどう?ふさわしいかどうか悩んでいたという話だったけれど」 「さぁ……今もまだ答えは出ていません。けれど、それをみんなで判断することこそ今度の選挙の目的なのじゃないでしょうか?」 「なるほど、それもそうね。つまり、みんなに決めて貰おうと言うことなわけね」 「はい」 「じゃあ、次は、その凄い静さんと選挙戦を戦っていこうと決めた理由に付いて聞きたいわ、みんなに決めて貰おうとするにも何かきっかけはあったでしょう?」 二つは同じではない。前の方を特にこの人に言うわけにはいかないけれど、後の方はかまわないだろう。 「色々とありましたけれど……こんな私で良いのかどうか判断して貰えばって思える様になったのは、令さまにそう教えて頂いたからです」 「ふむふむ、黄薔薇のつぼみにね。やっぱり共に戦う仲間がいるというのはつぼみに有利な点ね」 「そうですね。本当に、私一人だけだったら、とても静さまとやり合おうなんて考えはもてなかったと思います」 「そう、次は……、いえ良いわ。これで失礼するわね、ごきげんよう」 「ご、ごきげんよう……?」 何だったのだろう?まだ何か聞こうとしていたみたいだったのに突然話を切り上げて逃げるみたいに去っていった。 本当に何を考えているのか、いや企んでいるのか分からない人だ。 「祐巳ちゃんどうかしたの?」 「え?」 そう声をかけてきたのは紅薔薇さま……今点と点が線で結ばれた気がする。 きっと紅薔薇さまの姿が見えたから逃げ出したのだろう。一応自覚はあるのか、 紅薔薇さまに事情を説明して釘を刺し直して貰おうかとも思ったけれど、ここで薔薇さま方に頼ってしまうのはいけないと思い直し、「いえ、特に何でもありません」と返した。 また来たときのために、色々と考えておかなくちゃいけないかな……やっぱり気が重い。 朝、ポスター用に決めた写真を蔦子さんに差し出した。 ちなみに桂さんと話をしているときの写真である。 「……ふむ、なるほど、誰が選んだの?」 昨日の夜祐麒に選んで貰ったのだけれど、自分で選んだ訳じゃないことはお見通しですか…… 「弟の祐麒」 「なるほど、よく祐巳さんのこと見てる」 流石に十数年一緒にいるから、その判断基準もしっかりとしたもので色々と言っていた……一言に要約して言えば友達と楽しそうにしゃべっている時みたいな感じになってしまったけれど、 「でも、これで良いの?」 他に祐麒が候補に上げたのには、志摩子さんや由乃さんが入っているのがあった。蔦子さんもそのことを言っているのだろうけれど、編集するにしても山百合会のメンバーが写っている写真は使うべきじゃないと思う。 蔦子さんはカメラマンだから、一緒に写っていないし……と言うことでこの桂さんとの写真がベストな選択なのだ。 ちなみにもう一つ、いろんな顔を並べるのはどうかって意見も出してきたけれど、こちらは軽くグーで返事をしておいた。 「うん、良いと思う。やっぱり山百合会のメンバーが写っているのは良くないと思うし」 「了解。じゃ、一応その当人に確認をとってからね」 そう言う蔦子さんの視線の先にはちょうど登校してきた桂さんの姿があった。 「桂さんごきげんよう、祐巳さんのポスターに使う写真なんだけれど」 そう言う蔦子さんに「みせてみせて」なんて楽しそうにしていたのが、現物を見て「えっ」って顔になってしまったけれど、ちゃんと説明していくと、納得してOKを出してくれた。 ただ、その分しっかりやってよねと言われてしまったけれど、 「じゃあ、これを加工して祐巳さんの顔をのせることにするね」 その辺りは蔦子さんにお願いする。これで、ポスターの方はめどがついた。 〜4〜 立ち会い演説会までまでもう一週間を切っている。そんな中悩みの種が一つ増えてしまったような気がする。 選挙事務所のように化してきてしまっているここは、二年藤組でも、福沢家リビングでも、当然本物の選挙事務所でもなく、一年桃組……つまるところ私の教室。 みんな裏の事情までは知らなくても、今度の選挙は祥子さまと令さまは既に当確で、私と静さまの戦いなんだって分かっている。 そう言うこともあったのかクラス全体が私の応援をしてくれると言うことになってからとんとん拍子にこんな状況にまで進んでしまった。 みんな二年藤組に負けるものかって感じで勝手に、しかも加速的に盛り上がられてしまっている気がする。 既にクラスで纏まって応援している相手がいるからなんだろうけれど、このクラスの者ならば、私を応援しなければいけない。そんな空気が流れて来てしまっている。祥子さまや令さまのファンはともかく、静さまのファンやはたまた二年藤組にお姉さまがいる子なんかは板挟みになってしまっているだろう。 どうして、みんな私を置いてきぼりに進んでいってしまうのだろうか……よりにもよってこう言うところでも、 ひょっとしたら静さまもこんな感じもあったのだろうか?なんて考えていると、 「祐巳さん、こんなのを作ってみたのだけれど、いかがかしら?」 そう言って肩から掛けるたすきが私の前に差し出された。『ロサギガンティア・アンブゥトン 福沢祐巳』と書かれている。 「いかがかしらって……?」 「ほら、これをかけて学校中を練り歩けば、知名度グンとUPでしょ?」 「私たちも、この通り」 そう言って、みんなが持つという幟を私に見せてくる。 ごめんなさい。たすきを掛けて、幟を持ったお供を引き連れて校内を練り歩くなんて恥ずかしすぎます。そもそも、私がつぼみですって言って回ってどうすると言うのだろうか…… そうは言っても、彼女たちは私のためということで行っているのだ。果たしてどう言ったものか……と思っているところに「みんな大変よ!」と一人の生徒が教室に飛び込んできたことで、話がそちらの方に移った。 「二年藤組のメンバーが三奈子さま達を教室に連れて行ったわ」 「「「なんですって!?」」」 もう何がなにやら、みんな拙いって顔をしている。 「静さまの応援特集をリリアンかわら版で流させるつもりなのでしょう」 一人分かっていない私に志摩子さんが説明してくれた。 「え?でも、前に三奈子さまが来たときは、すぐには記事にできないって言ってたけれど」 「「「え?」」」 「確か、アナウンス効果をさけるためって言うのと、釘を刺されちゃったって言っていたかな」 結局、選挙に関する記事は、締め切り日の翌日である木曜の朝に出た各候補者の紹介記事だけだった。選挙が終わった後に発行される特集号に御期待!って書いてあったのが、そこはかとなく気にはなったけれど 「どうなるのかしら?」 「選挙のことと直接絡めないという抜け道を使うとか」 「それって、歌姫特集みたいな感じにするってこと?」 「図書委員会の活動で、って感じのもあり得るかも」 「あの新聞部だけに油断はできないわね」 「二年藤組が先導しているだけにね」 「こうしてはいられないわ」 「ええ」 「参りましょう」 「ええ」 なにやら勝手に話をつけてみんなで教室を出て行った。そして、やっぱり私は置いてきぼりなのであった。 「祐巳さん、薔薇の館に行きましょうか?」 「え?良いのかな?」 「皆さんが自主的にしてくださっているのだし、ね」 「う〜ん……」 確かに、このままここにいて巻き込まれてしまうのも嫌ではあるけれど…… 「私が適当に言っておくわね」 「ありがとう」 申し出てくれた桂さんにお礼を言って、志摩子さんが勧めてくれたとおり、薔薇の館に行くことにした。 そしてやってきた薔薇の館では、最近では珍しく黄薔薇さまがいて紅茶を飲んでいた。 「あら、二人ともごきげんよう」 「「ごきげんよう」」 「あ、ちょうどよかった。これお代わりもらえるかしら?」 「はい、わかりました」 志摩子さんと二人で黄薔薇さまの分と一緒に三人分の紅茶を用意をしていると、黄薔薇さまが話題を振ってきた。 「ところで祐巳ちゃん、なかなかおもしろいことになっているみたいね」 「……ご存じでしたか」 黄薔薇さまが指していることは一つしかない。 「ええ、もちろん」 黄薔薇さまはすごく楽しそう……今回のことは黄薔薇さまの閾値を超えてしまったのかもしれない。 「はい、お待たせしました」 「ありがとう。祐巳ちゃんのクラスの子が忙しなく動き回っていたし、協力まで依頼されちゃったんだけれど、これを入れてくれたお礼に協力しようかしら?」 なんて言って、カップの縁をなでている。 「でも、この選挙で三年生の力を借りるのは拙いのではないでしょうか?」 そうお姉さまから言われた。 「確かに。普通はそうね。けれど、祐巳ちゃんはまだ一年生。白薔薇さまになったとしても二年生。祥子や令、他の今の二年生にも助けられながらやっていくことになるでしょ?」 それは間違いないと思う。この選挙が私が白薔薇さまに相応しいかどうかを決めると言っても、私が祥子さまや令さまと同じように動けるはずもない。 「上級生から助けられながらやっていくことには変わりないなら、もう一つ上に手伝ってもらっても良いんじゃないかしら?」 なるほど、ってこのままじゃ上手く丸め込まれてしまうような気がする。 そうは言っても、今の二年生の方はまだ来年頼ることができるかもしれないけれど、黄薔薇さまはできないのだから……みたいな風に反論しようとしたらそれよりも早く、入り口の方からきりっとした声が飛んできた。 「何を仰っているのですか、黄薔薇さま」 そう言われたのは祥子さま。令さまと一緒に入ってくる。 「あら?私の言った言葉に何か問題があったかしら?」 「根本的にあると思いますが……例えその考え方が通ったとしても、現役の薔薇さまは例外とするべきでしょう」 「現役の『白薔薇さま』じゃないなら、後継者指名というわけじゃないんだし、そのくらい良いじゃないの」 二人のやりとりが繰り広げられている中、令さまがむっとしているのにふと気付いた。 「あら、令、何か言いたいことでもあるの?」 「祐巳ちゃんばかり応援するのはずるいです」 「なに?嫉妬?」 「さぁ」 ぶっきらぼうに答える令さま。分かってはいても、それはそうかも知れない。 もし、お姉さまが私を協力してくれないで、祥子さまや令さまには協力していたりとかしていたら、凄く嫌だ。 「そう、でも、流石に現役黄薔薇さまである私が令を応援するわけにはいかないわね……だけど、その代わり」 なんて言って、席を立って令さまに近づいていく。何をするつもりなのだろうか? 「こうやって抱きしめてあげる」 そういいながら黄薔薇さまが令さまを抱き寄せる。そのあまりの唐突さに祥子さまや志摩子さんすら目を丸くしている。なるほど、普段私はこういう顔ばかりしているのか。うむぅ。 私たちのそんな態度などどこ吹く風とばかりに、黄薔薇さまはいつの間にやら近くの椅子に腰掛け令さまの頭を抱え優しくなでてている。 「令、貴女の様な立派な妹をもてて私は誇らしいわ、」 「お、お姉さま……」 最初は恥ずかしそうにいやいやしていた令さまもすっかり甘えてしまっている。 「だから、選挙は大丈夫。ってあらま、令、すっかり服もタイも乱れちゃっているじゃない」 その場の誰もがあんたが言うか!と思っただろう。 私が直してあげる、と言いながら令さまのタイをほどく。 「な、何やってるのよ!!」 突然怒号と共に由乃さんが入ってきた。 「あら、由乃ちゃんごきげんよう。何って令のタイを直していただけよ」 きゅっとタイを綺麗に締めると「はいおしまい」、と言って令さまに優しくほほえむ黄薔薇さま。由乃さんの目を気にはしていても顔から笑みがこぼれ落ちてしまっている令さま。 「む、む〜〜」 そして、不満顔を令さまに向ける由乃さん……ここでヒステリーを起こす様なことはしないけれど、あとあと令さまは……合掌。 「ふふ……ああ、志摩子。三人にもお願い出来る?」 三人の分を用意するために志摩子さんが席を立った。 「それで、祐巳ちゃん。話の続きだけれど、」 まだ、つづけるんかい! 「まったく……お姉さま達がなんと思われるか」 「後輩思いの良い先輩に決まっているじゃない」 それはないってみんながつっこみそうになったと思う。 「ま、良いわ。選挙楽しみにしているから頑張ってね」 紅茶片手に一人楽しそうな黄薔薇さま。 漸く話から解放してくれたけれど、相変わらずとんでもない人だと思う。 けれど、黄薔薇さまだけじゃなくてお姉さま達、今薔薇さまと呼ばれる三人はみんな凄い。私は一年、いや、二年後、三人のようになれるのだろうか? ……祥子さまは、至らない部分は努力すると言っていた。差をすべて埋めるのは無理かもしれないというか無理としか思えない。けれど、その差を小さくする事はできると思う。 〜5〜 「一年桃組、福沢祐巳をよろしくお願いします!」 「よろしくお願いします!」 なんだか、リリアンでは聞き慣れないものが聞こえてきた。祐巳の声ではなかったと思うけれど…… 声ををあげていたのは一二年生の昇降口の前にいる四人の生徒。登校してくる生徒にビラを配っている。 はちまきなんか締めて、福沢祐巳って書かれた幟やポスターなんかもその場にある。 もちろん祐巳の姿はその中にないけれど、 「少し、注意した方が良いわね」 一緒に歩いていた蓉子がそう言う。 きっと祐巳を応援しようって言う気が行きすぎているのだろう。この行動はリリアンの選挙規則に違反している。 「あ、紅薔薇さま!白薔薇さま!ごきげんよう」 「「「ごきげんよう!」」」 「「ごきげんよう」」 「あの!」 「ストップ」 蓉子が手を前に出して四人を静止する。 「リリアンの選挙では演説会以外の場での演説や、ビラ配りは禁止されているのよ」 「で、でも!」 「でももしかしもないわ。貴女達が必死なのは分かったけれど、選挙規則に違反すれば、それは祐巳ちゃん本人に迷惑をかけてしまうのよ」 蓉子に言われて四人ともシュンとなってしまう。 「君たちが祐巳を応援してくれるのはうれしい。だから、ちゃんとできる範囲、して良い範囲でするようにしてくれるかな?」 一同は「はい、わかりました」とそろって答えた。 「それじゃ、ごきげんよう」 「ごきげんよう」 「「「「ごきげんよう」」」」 校舎にあがってしばらくして、廊下を歩きながら「さっきのはどこまでの意味だったの?」と蓉子が聞いてきた。 「さっき?」 「祐巳ちゃんを応援してくれるのがうれしいと言ったことよ」 「かわいい妹を応援してくれる人がいたらうれしいものでしょ?」 「それが、生徒会選挙だって言うのは?」 「どうかな。でも、祐巳が選んだ道ならその通りに行ってほしい」 蓉子は「そうなると良いわね」と返してきた後で、「ところで、どうしてこんなものがここに張られているのかしら?」と窓ガラスに張られているものを指さしながら言ってきた。それは、祐巳の選挙ポスター。私たち三年生には投票権はないのに。 「確かに」 「あ、こんなところまで!」 なにやらポスターの束を抱えた生徒が祐巳のポスターをはがしていく。 「……なんだか、ちょっと変なことになっているかも」 「そうね。悪化するようなら、動くべきかもしれないわね」 〜6〜 『二年藤組蟹名静さん、一年桃組福沢祐巳さん、選挙管理委員会室までお越しください。繰り返します……』 「はえ?」 昼休みが始まって直ぐにかかった校内放送で呼び出されたのは私と蟹名静さま。 選挙管理委員会室ということは選挙に関わることだろう。けれど、呼び出されたのは私たち二人だけ。 祥子さまと令さまは呼び出されていない。いったいどんなことなのだろう。 よく分からないけれど、呼び出されたからには行かないとと席を立つと、志摩子さんと桂さんが「祐巳さん一緒に行きましょうか?」と申し出てくれた。 「ありがとう」 一緒にいてくれる人がいて心強い……と思っていたら、 「私たちも行きます!」 「ええ!」 数人、特に熱心に応援してくれている人たちも名乗り出てくれた。 あとがきへ