もうひとつの姉妹の形〜another〜 外伝
「休みに入ったら二人でどっか行こうか?」
 今日の仕事を早々に終わらせて、みんなでおしゃべりをしていたら、聖さまが祐巳さまにそんな提案をした。すると祐巳さまは「わあ、いいですね」と弾んだ声で答える。
「いいですね、二人で旅行なんて」
 さらに令さまが話に乗り、ニコニコしながら由乃さまにどこか行きたいところがあるか聞いたのだけれど……
「富士山」
 さすが一年生にも青信号で通る由乃さま、と言うべきなのか? とにかく、日本最高峰への登山をリクエストしたことにその場にいた全員が驚かされた。
 もう完全に行く気満々なのだろう、一度登ってみたかったと力強く語る由乃さまとは対照的に、令さまの眉間にはみるみるうちにしわができていく。
「祥子はどうするの?」
 と、そのタイミングで聖さまが祥子お姉さまに話を振る。話がそれて一安心とばかりに令さまはほっとした顔になった。この方、祐巳さまほどでないにしろ、由乃さまのことになると実に表情がわかりやすい。しかし、端から見ても分かる以上、当然由乃さまには筒抜けなわけでなんというか……
「私は毎年夏は避暑地の別荘へ行くことにしています」
「あぁ、そういえばそうか。確か軽井沢だっけ?」
「ええ」
 令さまの方に気を取られて間に祥子お姉さまは答えていた。いつも通り、変わらずだ。さらに聖さま、今度は「ふ〜む。志摩子と乃梨子ちゃんは?」と二人に聞いた。
「お盆は家のことがありますけれど、後はまだ……」
「私もお盆は帰省しますけれど後は特に決まっていません」
 と志摩子さまと乃梨子さんがそれぞれ答えた。まだ夏休みまでは日があるし、私たちのように決まっている方が少数で、そんな感じの方がむしろ普通なのかもしれない。
 けれど、そんな風に答えられてしまって発展性がなさそうだったのがつまらないのか、少し顔に出してしまっていると思ったらすぐに変わった。
(?)
「来る?」
 聖さまの視線の先の祥子さまが二人を誘った。
「よろしいのですか?」
「ええ」
 あの別荘に誘われるとは、全く驚かなかったといったら嘘になってしまうかもしれない。
「楽しみです」
「私も本当に良いんですか?」
「ええ、もちろんよ」
 二人ともとてもうれしそう。そして三人で揃ってほほえむ紅薔薇ファミリー。
 三人とも軽井沢に行くのか……
「瞳子ちゃんは?」


 ……どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか?
 乗り込んだバスの窓には過ぎゆく町並みと眉間にしわを寄せた私の顔が写り込んでいた。



another Plus! 前編

〜1〜    話の始まりは、また遊びに来ていた聖さまが祐巳さまに「休みに入ったら二人でどっか行こうか?」と振ったことだった。  その後、黄薔薇の二人が富士山登山に行く方向に決まり、祥子お姉さまが軽井沢の別荘に行くことを話した。そのときは特に問題があったわけではない。志摩子さまと乃梨子さんが予定を語ったときも問題はなし。  問題は、祥子さまが二人を誘ったときから……祐巳さまが私の予定を聞いたときに、どうしてかまるで私も軽井沢に行くことが前から決まっていたかのように祥子お姉さまに話を回してしまったのだ。  今年の夏は家族でカナダに行くことに決まっていたのに……どうしてそんなことを言ってしまったのか考えながら、皆さんの話にあわせて談笑したりしていた。 しかし……考えてもどうしてなのかしっくりくるような理由はなかった。  祥子お姉さまと一緒にいたいというのは間違いなくあるけれど、祥子お姉さまの予定はずっと前から知っているから関係ないはず。志摩子さまと乃梨子さんが行くことになったことに関係しているのは間違いないだろう……でも、前から決まっていた家族旅行をキャンセルしてまで一緒に旅行に行こうと思うほど仲がいいわけではないし、ましてや私は同行ではないのだ。  それでも、みんながファミリーそろって旅行に行こうというのに、私だけ家族旅行だと祐巳さまに答えるのが嫌だったのだろうか? 確かに私だけは本来の薔薇の館の住人ではなく手伝いという名目で遊びに来ている人間だ。仲間はずれは嫌というのがないわけではないと思う。……でも、それも違う気がする。  赤信号でバスが止まった。  一つため息……自分のことがわからないもどかしさはあるけれど、いつまでもそのことばかり考えているわけにはいかない。  もうひとつ、どうやって家族旅行をキャンセルするのかを考えなければいけないのだ。どう言えば妙に心配させてしまったりせずに軽井沢に行けるようにできるだろうか?  青信号になるまでに簡単なものを一つ思いついた。友達が祥子お姉さまとご一緒することになったから私も行きたくなった。話の中では乃梨子さんをそこまでの仲の相手だということにしてしまえば、余計な心配をさせずにすむ気がする。  やや不安は残るけれど、言い出すのが遅くなればなるほど心配させてしまうだけでなく、やっかいごとが増えるのは間違いない。早速今夜にでも言うことにしよう。そして、それまでより良い言い方や理由はないか、台本の推敲を重ねることにした。 〜2〜  一学期末の試験まで残すところあとわずか、試験が過ぎれば試験休み、そして長い夏休みがやってくる。それを楽しみに、目の前の試験勉強に取り組む人の数がずいぶん増えてきた。  教室を見渡せば、休み時間になっても休憩をするのではなく勉強をする人の方が多い。  私も彼女たちに混じろうと数学のノートを取り出して開くと、乃梨子さんがやってきた。 「試験勉強どう?」 「いつも通りと言ったところですわ。乃梨子さんの方はいかが?」 「私もまあまあかな」 「つまり中間試験と同じと、うらやましいかぎり」  乃梨子さんは中間試験で学年一番を取った。今のところ一年生で唯一の山百合会幹部でもあるし、新入生代表を務めたのは入試対策の問題だけではなかったのは、もはや誰もが認める事実。 「うらやましがられてもねぇ……そうだ。よかったら試験勉強一緒にする?」  少し困った風に言ったあと、良いアイデアを思いついたとばかりに、思いがけないお誘いをしてくれた。 「ありがたいお誘いですけれど、良いんですの?」 「うん、瞳子には山百合会の仕事を手伝ってもらったりもしてるしね」  どちらかというと遊びにいっているのだけれど、ここは好意をありがたく受け取ることにしよう。  そうして、早速今日の薔薇の館での仕事が終わった後、乃梨子さんのお宅におじゃまして一緒に勉強をすることに決まった。 「ん〜休憩しようか」  乃梨子さんが大きくのびをしながらそう言ったので私もシャープペンシルをおいた。乃梨子さんの下宿先……大叔母の菫子さんのマンションの乃梨子さんの部屋で一緒に勉強をしている。 「そうですね。乃梨子さんのおかげでずいぶんはかどりましたし」  私もシャープペンシルをおいて手を休める。 「飲み物持ってくるね」 「ありがとう」  乃梨子さんが部屋を出て行った後、本棚に目をやる……まさに彼女らしい本棚。いや、私が思っていた以上に仏像関係の本ばかりで内心かなり驚いた。そこにおかれているパソコンを使ってインターネットで仏像関係のサイトを巡っているそうだし……  その仏像好きがあまり余ったせいで本命校を受けられなくなってリリアンに進学したのだから、世の中はおもしろいものだと思う。  しばらくして、乃梨子さんがジュースを入れたコップをお盆にのせて戻ってきた。 「はい、アップルジュースでよかったかな?」 「ありがとう」  乃梨子さんから渡されたアップルジュースを飲む……なかなかおいしい。 「そう言えば、瞳子のところにも江利子さまからのお誘い来た?」 「ええ、先代の薔薇さまから電話がかかってきたときは本当に驚きましたけれど」  聖さまと祐巳さまの二人きりの旅行におじゃましに行く作戦を聞いてもびっくり、一度の電話で二度びっくりさせられた。 「そっか、瞳子は行くつもり?」 「そう聞くということは、乃梨子さんは行かないつもりなんですの?」 「うん……、江利子さまの作戦にお姉さまは気乗りでないし、祥子さまも行けなくて遠慮したから、私も遠慮しようかなって」 「私も祥子お姉さまが行かないとなるとついて行ってもと思っていましたけれど、乃梨子さんも行かないのならなおさらですね」 「そっか、じゃあ黄薔薇ファミリーと蓉子さまだけか」 「そうですね。あの聖さまがしてやられるところは見てみたいですけれど、土産話を聞くだけで満足することにしましょう」 「こっちはこっちで軽井沢に行くしね」 「そうですわね」  ふと、あのメンバーの顔が思い浮かんでしまった。なぜに、思い浮かんでしまったのか……すこしいやになった。 「どうかした?」 「いえ、たいしたことではないのですけれど……」  あのメンバーか……何かしてくるかもしれないし、乃梨子さんに言っておいた方が良いだろうか? 言っておいて損があるわけではないし、そうしよう。 「向こうでは、少し気をつけた方が良いかもしれませんよ」 「気をつけるって、何に?」 「あちらには嫉妬深くて、少し陰険な人たちがいるんですの。それで祥子お姉さまは昔からみんなのあこがれでしたから……」 「瞳子も含めてね。で、突然そのあこがれの祥子さまの妹になってしまったお姉さまや、そのつながりで私が嫉妬されるかもしれないってことでいい?」 「乃梨子さんは理解が早くて助かりますわ。そんな乃梨子さんなら大丈夫だとは思いますけれど」 「教えてくれてありがとう」  そうお礼を言ってくれたのだけれど、今度は乃梨子さんが何かを言おうか言うまいかと迷い始めてしまった。 「何ですの?」 「あ、うん……瞳子も何かあったのかなぁって思って」  何か……確かにあった。それほどショックだったわけではなかったけれど…… 「ええ、大したことではありませんけれど、子供っぽいいたずらを」 「そっか……ちなみにその子供っぽいいたずらって、たとえば上履きにクリップを入れたり、机のすみに『ドラえもん』の絵を描いたりとか?」 「んもう! 乃梨子さんったら!」 「ごめんごめん。でもあのドラえもんの絵なんか消すのがもったいないくらいうまかったよ」  なんでもなかったふりをしたつもりだったけれど、うまくいかなくて乃梨子さんに気をつかわれしまったみたい。失敗だったけれど、せっかくそうしてくれたのだから、このまま私がした『子供っぽいいたずら』の話を続けることにした。  ……  …… 「今日は乃梨子さんのおかげで勉強がはかどりましたし、本当に感謝します」  あの後もう一度勉強をして、今日のところはお開きになった。  マンションの下まで見送りに来てくれた乃梨子さんにお礼を言う。 「ううん、大したことはしてないよ。私の方こそ、いつも手伝ってもらっててありがとう。ああ、そうだ。私たちは月曜日から行く予定だけど、瞳子はいつから行くの?」 「火曜に別の用事があって、軽井沢はその夜になると思いますから、水曜には小笠原の別荘にも顔を出しますわ」  火曜日に成田で両親を見送ってからとはとても言えない。 「うん、祥子さまに伝えておくね」 「お願いします。それではごきげんよう」 「ごきげんよう。また明日学校で」  乃梨子さんと別れ駅に向かって歩く。その途中で一度乃梨子さんの部屋を振り返った。  ……あのメンバーが本当に仕掛けてくることはあるだろうか?  志摩子さまも乃梨子さんもしっかりしているから、何かしようとしてもすぐあきらめるかもしれない。その上私と違って二人とも何か接点があったりするわけでもないのだし大丈夫だろう。  何を無用な心配をしているのやら……、結構遅くなってしまったのだし帰り道を急ぐことにした。  中編へ