「お待ちなさい!」 祥子が志摩子を追いかけて階段を駆け下りていく。 何してるの?私も追いかけなきゃ…… そうは思うのだけれど、足が動かなかった。だって、全部分かってしまったから…… 追いかけられなかった私には、自分の座っていた椅子に戻るしかなかった。けれど、どうしても一つ一つの動作がとろとろとした物にしかならなかった。 志摩子が泣いていた……私は初めてみた。 ううん、私だけじゃない。志摩子の涙を見たことがある人なんか、このリリアンにはいないんじゃないだろうか? いつでも飛び立てるように、身軽なままでいようとしていた。結びつきを持とうとはしなかったのだから、 それなのに遂に泣かしてしまった。 志摩子を泣かせてしまう引き金を引いたのは私じゃないけれど、弾込めまで全部私……ううん、引き金を引かせたのも私だ。 「白薔薇さま……」 祐巳ちゃんが心配そうに声をかけてきていたのに気づいた。 志摩子のことをもっとちゃんと考えれば、こうなることは分かり切っていた……少なくとも私にはわかったはず。それなのに、結局この子にさせてしまった。 「私、とんでもない事しちゃった。ごめんね、ごめんね……」 許してなんてとても言えない、私にはもう謝ることしかできない、 「ど、どうして私に謝るんですか?」 そっか……祐巳ちゃんには分かっていなかったんだ。 ううん、それだけじゃない。私は祐巳ちゃんには知らせてないことがまだまだある。 あの時、ロザリオを上げたときに、栞や志摩子のことを話した。でも、私の醜いところを話してない。それがそのままみんな繋がってるんだ。全部話さなきゃ、全部さらけ出さないと、 「長い話、聞いてくれる?」 呟くようにそう漏らす白薔薇さま……それがどんな話なのかは分からないけれど、私はもちろんうなずいた。 白薔薇さまは一度ゆっくりと天井を仰いだ後、告白を始めた。 「私は志摩子を特別な存在のままにしておきたかったし、志摩子もそれを望んでるとばっかり思ってた。でも、そうじゃなかった」 「志摩子は私に捕まえてほしがっていた。自分の確かな居場所を欲しがっていた。なのに私はそうしようとはしなかった……」 「でも、志摩子はいつでも飛び立てるように身軽でいようとしていたから、祥子の申し出も一度は断った」 「私は気づいていなかったけれど、祥子は志摩子が今の居場所が無くなったら本当に飛び立ってしまうつもりだったって事に気づいた」 「だからこそ、あの祥子が二度目の申し出をしたと言うのに……」 凄く後悔しているような声。志摩子さんが、そうしてそんな風に考えていたのかは分からないけれど、本当なのだろう。 「祐巳ちゃんが薔薇の館にロザリオを返しに来てくれたとき、祐巳ちゃんにロザリオを渡してしまったことを志摩子は全然何とも思っていないように見えた」 「立派な二人の姉がいる紅薔薇ファミリーに入れたら、もう私みたいなのはどうでも良い。そんな風に思えたらそのまま行動に走ってた」 「蓉子からそう言ったことを聞いてたのにね……だったら、こうしてあげようか?って感じで言い出したのが、あの妹体験」 白薔薇さまがあんな事を言い出したのには、そんな理由がちゃんとあったんだ。いくら、たまたまロザリオを渡してしまったからって、それだけで私なんかに声をかけるような事じゃない。だからこそ、あの時涙が出てきちゃったのだし。結果的に妹体験ができて良かったと思うし、だからこそ白薔薇さまの妹になれたわけだけれど、最初は本当に…… 「……に、逆恨みもあった」 ああ!ぼうっと考えてしていちゃ駄目だ。どんな話でもちゃんとしっかりと聞かなきゃって自分に言い聞かせる。 「捕まえようとしなかった自分が悪いって分かってても、結局受け取ってしまった志摩子が腹立たしかった。後もうちょっとで間に合ったのに……それなのにどうして本当に欲しい私のじゃなくて、祥子のロザリオを受け取ってしまったんだってね」 その現場を見てしまうくらい、本当にほんのちょっとの差だった。それだけに、悔しかったのだろう、諦められなかったのだろう…… 「だから、志摩子の前で祐巳ちゃんに抱きついたり、お姉さまって呼ばせてみたりとかしてた。もう少し受け取るのを待っていれば、志摩子がこうなっていたんだよ?どう?悔しいでしょ?祥子のロザリオを受け取らなかったら良かったでしょ?わざわざこんな事する私が腹立たしいでしょ?ってね」 「……そんなわけがあったんですね」 あの時不思議に思ってた事が白薔薇さまの告白で一つ一つ解けてきた。今、思い出して考えてみてもやっぱり不思議があるけれど、そう言う理由があったのならしっくりと来てしまう。全ては志摩子さんへのメッセージだったんだ。 「そう。で、祐巳ちゃんに酷いことをしたって思ってロザリオを返して貰おうとしたわけ、」 「でも、江利子にも曖昧な関係のまま続けていくって言う同じ失敗はするなって言われてたし、志摩子に上げられないなら、こんな祐巳ちゃんにならあげても良いかなって思ったわけ」 私の手首にかかっているロザリオを私が貰った、白薔薇さまの妹になったときのことだ。 「それで、一応一つのけじめを付いた事になったし、3回目の失敗はしないで済んだかな?って思ってたけれど……2回目の失敗。志摩子とのけじめを全然付けてなかった」 「志摩子のこと全然考えてなかった。志摩子にとって見れば、祐巳ちゃんに私を奪われたって形に取ることもできるのにね」 確かにそう。次の日、朝教室で見た志摩子さんの驚き呆然とした顔……あの表情を見たときにそう思った。 でも、その後は、特に何もなかったし…… 「志摩子は現実を受け入れようとしているって言ったけれど……それは、志摩子は結局祥子から受け取ってしまった自分も悪いって風に思ってたからだと思う」 そっか、そんな裏の意味があったんだ。だからこそ特に何もなかったのか、 「それだからこそ、結構良い雰囲気になってきてたけれど、今度は祐巳ちゃんと祥子の仲が良くなってきてしまった。もちろん志摩子自身もそうだったけど、それは深いつながりではないって自覚してた……」 「ひょっとしたら、私が祐巳ちゃんにしたのと似たようなものもあったのかもしれない」 似たようなもの?それってどういう意味だろう?白薔薇さまが私にしたのは、全て志摩子さんへのメッセージだった。 と、言うことは志摩子さんが祥子さまと仲良くしていたのは、白薔薇さまへのメッセージ? 「私の妹になったけど祥子のファンの祐巳ちゃんと、私の妹になれなかったから祥子の妹になった志摩子……どっちといるときの方が祥子が楽しそうか、嬉しそうか?」 「そんなのは祥子にしか分からない事だけれど、志摩子には祐巳ちゃんといるときの方が楽しそうに見えた。思えたんだろうね。だからこそ、さっきの話は痛かった……」 志摩子さんとの比較はしていないけれど、私が妹だったら、と言うことを祥子さま自ら口にしてしまったんだ…… 「それって、まさか……」 「志摩子にしてみれば私はもう祐巳ちゃんに奪われてる。そして、あんな事を思っていたけれど祥子は確かに特別な存在。だけれど、このままじゃ、祥子も祐巳ちゃんに奪われてしまうかも知れないって、そんな風に」 「そんなぁ!!」 白薔薇さまの言葉の途中で叫んでしまっていた。 違った……志摩子さんのメッセージは、私に向けられた物でもあったんだ。ううん、その意味の方が大きかったかも知れない。 怖い……自分の犯してしまった罪が恐ろしい。 あの時とは違う。 白薔薇さまの時は、黄薔薇さまも言っていたように、志摩子さんの行動の方が先だった。 けれど、祥子さまの場合は違う。志摩子さんにとって特別な存在は限られている。白薔薇さまを私が奪う形になってしまったのに、残された祥子さままでも私が奪う形になってしまった。 確かに私と祥子さまの間に特別な何かがある訳じゃない。でも、志摩子さんにとっては同じ……そうか、あの写真を志摩子さんが見たとき、蔦子さんの様子がぎこちなかったのはそれだ。志摩子さんにとっては本当のところがどうであっても同じなんだ。 志摩子さんのやっと手に入れた確かな居場所。それを奪ってしまった…… 「わ、わたし、と、とんでもないこと……」 居場所を失ったら、志摩子さんは飛び立ってしまう……そんなの、もう取り返しがつかない。 ど、どうしたら、どうしたらいいの? 「……え?」 叫び声をあげ、様子が一変してしまった。 みるみる顔が蒼ざめていく……そんな変化を見てこの話をしてしまったことを猛烈に後悔した。 (しまった!!) 志摩子の話は話すにしても話し方を考えるべきだった。優しいこの子が聞いたら、どうなってしまうかなんて分かり切ってるじゃないか……がたがたと小刻みに体を震わせ始めている。いけない、どんどん酷い方向に進んでる! 「私、志摩子さんの」 「そんなこと無い!」 肩を抱いて涙をあふれさせ今にも崩れ落ちてしまいそうになっている祐巳ちゃんを強く強く抱き締める。崩れ落ちないように私がそれを食い止められるように、 祐巳ちゃんは何も悪くなんかない。 悪いのはみんな私。弱くて、愚かなのも私だ。 私はそんな自分を責めて貰うつもりだった……だけど、又相手のことを全然考えていなかった。 ちょっと考えれば分かることだったのに、またやってしまった……なんて愚かなんだろう。 「祐巳ちゃんは全然悪くない。私がそうさせちゃったんだから……」 「悪くないなんてわけないじゃないですか!大切な人を!居場所を奪ってしまったんだから!」 「そうじゃない、祐巳ちゃんは……」 言葉を続けられなかった。もう祐巳ちゃんの耳に届いていなかったから。 目が私を捕らえてない。心の中で自分を責め続けている…… 心を閉ざして行っているのかも知れない……目が、目が輝きを失っていっている! 「三度目の失敗」……そんな単語が脳裏をよぎった。もし、このままそうなってしまったら、この子はきっと破滅してしまう。絶対にそんな風にさせちゃ駄目だ! 「私さえいなけれ…!」 その言葉は最後まで口にさせちゃいけない!絶対にいけない! 「違う!!!」 私の心からの叫びは彼女の心の扉を少しだけ開けて鍵をかけるのを止めさせることができる位ではあったようだ。 さっきとは違って、確かに私をその目に映してくれた。 あれだけのことをしてきた私は堕ちる所まで堕ちて当然。 でも、この子は違う。この子まで堕とすような事だけは駄目だ。 絶対に守らなくちゃいけない! 心を少し開けてくれた今しかチャンスはない。 「違うのよ……」 ゆっくりと祐巳ちゃんの閉じていった心を少ずつ開けていけるように語りかける。 「何が、ですか?」 「祐巳ちゃんじゃなくて私が悪いの、志摩子を泣かせたのは私……私が祐巳ちゃんに志摩子を泣かさせたのよ」 そう。祐巳ちゃんはどこも悪くない。 悪いのは私一人なんだから、自分を貶めないで…… どうして白薔薇さまは、そんなことを言い出すのだろうか? 私が志摩子さんから白薔薇さま、そして祥子さまを奪ってしまったって言うのに……でも、私のことを庇おうとかそんなことで言ったのではないことは分かった。 だって、白薔薇さまの顔は本気でそんな風に思っているとしか思えないものだったから、 でも、白薔薇さまがどう思っていたとしても、私が悪くないなんて事があるだろうか?それに、志摩子さんだってきっと私が悪いと思っている。志摩子さんが私が悪いと思っていたら、それが事実じゃないか 「志摩子さんだって私が悪いって思っていますよ。大切なものを奪われたのに、そう思わないわけないです」 そのはずなのに……白薔薇さまは首を横に振った。 「志摩子は今、自分が悪いって責めてるよ。大切な存在を作ってしまった自分が悪いんだって」 志摩子さんが自分を……奪われたものが悪い?奪われたくないものを作ったのが悪い? 私には全然理解出来なかったけれども、白薔薇さまは妙に自信ありげにその言葉を口にしていた。 「でも、本当に悪いのは私だけ、志摩子にそんな風に思わせてしまったのも私」 「でしょう?だって、何から何まで私がやって来た事の結果なんだから、」 白薔薇さまが話してくれたことを思い出していく……確かにその通りかもしれない。今のことは白薔薇さまの行動が切っ掛けになっているから、でも、私の罪がそれで消え去るわけではない。 「祐巳ちゃんはしてきたことに悪い事なんて何も無い。ただ、私が、こんな結果を導くような行動をとり続けてしまっただけ」 「それに、悪意がある行動まで取っていたしね。もう言い逃れ何か出来ないくらいの悪人でしょ?」 「祐巳ちゃんはこんなに良い子なんだし、それなのに悪いなんて事はない。OK?」 何だろう?話された事は分かるけれど変な気がする。だからOKは出せなかった。 まだ、納得はしていないみたいだけれど、最悪の失敗だけは免れた。 祐巳ちゃんまで堕としてしまうようなことにならなくて本当に良かった。 罪滅ぼし?そう言ったものもあるのかも知れない。でも今私はこの子を守りたい。守らなければいけない。志摩子から、祥子から、そして私自身から…… 「少しは落ち着いた?」 「……あ、はい」 「何か飲み物を入れてあげるね。何が良いかなぁ……紅茶で良い?」 「は、はい」 たしか、江利子が家から持ってきたのがあったからあれを使うことにしよう……祐巳ちゃんの分と自分の分二人分の紅茶を用意する。 白薔薇さまが準備している紅茶の香りが漂っている。 (なんだか、変なことになったなぁ……) 最初、私ががっくりと力をなくしてしまった白薔薇さまに回復してもらおうとしていたのに、いつの間にか今度は私が白薔薇さまに励まされ助けられてしまった。 「……あれ?」 「どうしたの?はい、紅茶」 疑問の声を上げたのは、結局白薔薇さまの方の問題が解決していないんじゃないかって事。私に紅茶を差し出してくれている白薔薇さまは見掛けいつも通りなんだけれど、さっきまで見ようによっては死を宣告されてみたいにだって見えていたのに…… 「どうしたの?飲まないの?これ、黄薔薇さまが家からもってきてくれたものだし、美味しいよ」 確かにその紅茶はいつもの物より美味しかった。でも、いくら美味しくても一度気付いてしまったらその事ばっかりが頭を支配してしまった。 どうして?いったい何があったというの? あれだけの感じになっていたのに、それが解決するような何かは何もなかった。 と言うことは、解決しているはずがない。なのに何故? 「……ん?」 ひょっとして、私が本当に拙い状況に陥っていたから?だから、それを優先させると言う状態になったの? ううん。違う。だったら、落ち着いたところで又元の話に戻れば良いだけ、なのに白薔薇さまの素振りにはそんなものは全くない。 解決させるつもりはない?……どうして?白薔薇さまにとって志摩子さんのことは、そんな軽い事じゃない、そう言っていたじゃない。 「祐巳ちゃんどうかした?」 間違いなく変だ。志摩子さんだけの事じゃない。白薔薇さまの存在そのものに関わってくるはずなのに。 「……白薔薇さま、何を考えているんですか?」 そう尋ねたけれど、「何をって何を?」って答えが返って来るまでに少し時間がかかった。 「志摩子さんのことであれだけ、ショックを受けていたのに、なんともないなんて事、変ですよ」 ズバリ口にしたのに、白薔薇さまは少し複雑な笑みを浮かべるだけで何か答えが返ってくるようなことはなかった。 私に言えないような理由……? ひょっとして今は私を最優先にしてくれている? でも、解決も何もしていないことをそのままにしておいたら絶対に後で良くないことが起こるに決まってる。 そんなこと、分かっているはずなのに……なのに私のことを、私をさっきみたいな風にしないようにってしてくれている。 そう言うことなんだ。自分を犠牲にしてでもって、白薔薇さまってそんな人なんだ。 本当に一つのことに近付きてしまう。周りが見えなくなってしまう。そんな人。 今は誤魔化して又紅茶なんか飲んでいるけれど、分かっちゃいましたよ。 想いが私に向いていてくれているのは凄く嬉しいけれど、そのままじゃきっと白薔薇さま自身を不幸にしてしまう。白薔薇さまが私のために不幸になんてのは嫌。 でたらめな始まりだったと思う。その後だって、すんなりと行った訳じゃない。 でも、白薔薇さまの妹になれて凄く楽しかったし良かった。それに何よりも、白薔薇さま自身がここまで私のことを想ってくれている。護ろうとしてくれている。それなのに、どうして白薔薇さまが不幸にならなければならないのか 前に紅薔薇さまが「包み込んで守るのが姉。妹は支え」そんな風に言っていた……あの言葉は、今の私にとっては凄く大事な言葉だ。私は白薔薇さまにお姉さまとして色々として貰って来たし、今まさに護られた。でも、私の方は妹らしいことなんか、まるでしてこなかった。 私は白薔薇さま……こんな佐藤聖さまの妹でいたい。支えていきたい! 今こそ妹としての行動を示さなきゃ! 「お、お姉さま。わ、私じゃいけませんか?」 「……へ?」 初めて自分から言う「お姉さま」という言葉は凄く恥ずかしくて、真っ赤になりそうだった。でも、今はそんなこと気にしていられない。 「私はもう大丈夫です。だから、お姉さまの話をちゃんと最後まで聞かせてください!」 いきなり祐巳ちゃんの雰囲気が変わって、私に言ってきた言葉はあまりに意外なものだったから、思わずぽか〜んと口が開いたままになってしまった。 とりあえず、落ちてしまった頭のブレーカーを戻して、さっきの言葉を思い出す。 さっき間違いなく自分から「お姉さま」と私のことを呼んだ。そして、もう大丈夫だから私の話を最後まで聞かせろと、 「……祐巳ちゃん?」 「お姉さま!私、支えになりたいんです!」 「さ、支え?」 「紅薔薇さまが妹は支えだって言っていました。私聖さまの妹でいたいんです!だから!支えになりたいんです!」 蓉子の持論……その話を聞いた祐巳ちゃんが自分で決めたことなんだろう。 「お姉さま!」 ぐいっと迫ってくる。 確か、もう一つは『包み込んで守るのが姉』だっけ? とんでもない。私にそんな資格はない。むしろ逆のことしかしないような人間だし、現にさっきそうしてしまった。 「私、お姉さまのおかげで立ち直れました。だから今はもう大丈夫です!話してください!」 「だめ。話せない」 たとえ、今度は話しても大丈夫だったとしても話せるはずがない。ましてや、本当に大丈夫なのかどうかも分からないのだから、 私の答えがあまりにキッパリとしたものだったからか、祐巳ちゃんは肩をがっくりと落としてしまった。 「……私では支えにならないんですか?……聖さまの妹ではいられないんですか?」 本当に必死だって言うのがひしひしと伝わってくる。 「何でこんな私の妹にそんなに拘るの?」 「だって、妹になって幸せだったんですから」 にっこりと微笑みを浮かべながら、答えを返してきた。 (幸せ…か、) そういう風に言われて嫌な気はしない、私の顔にも自然と笑みが出てると思う。 けれど、いっそう話せなくなってしまった。祐巳ちゃんの幸せをこれ以上壊したくなんかない。守らなくちゃいけない。 あれこれ考えるのは良いかも知れないけれど、結局黙ったままだったから、気付いたときにはさっきの微笑みは消え、肩を落としていた。 「……なのに、私のためにお姉さまが不幸になるなんて、そんなの……」 私が何か言うよりも祐巳ちゃんの口から言葉が零れ出る方が、そして私の頭の中にあった考えを一瞬で全て吹き飛ばしてしまう方が早かった。 考えを読まれてしまっていると言うこととはともかく、それが意味していることは本当にショックとしか言いようがなかった。 だって……もう、私自ら祐巳ちゃんを傷つけてしまいそうになっていたのだから。 また、もうちょっとで3度目の失敗をしてしまうところだった。祐巳ちゃん自身に助けられたのだけれど…… 「お姉さま……」 この子は純真だから想いが良く伝わってくる。こんな私を本当に心から心配してくれているなんて嬉しい事じゃないか。 祐巳ちゃんには話さなきゃ……でも、その前にこれだけは言わなきゃ、 「……一つだけ。祐巳ちゃんは何も悪くない。ちゃんと胸を張れる行為しかしてない。これは良いね?」 少しだけ考えてそれからゆっくりと、でも深く頷いた。 結構長さもあるし、ゆっくりと話せるように、もう一杯暖かい紅茶を用意することにした。 さっきのはまだ残っているけれど、もう冷めてしまっているから……それを飲んでくれたのを見てから、さっき、話しきれなかったことを話していくことにした。私の更に醜いところ、酷いところを…… 「……私ってこんなに酷い人間なんだって話をして、祐巳ちゃんに罰して欲しかったんだ」 最後の言葉に、私が白薔薇さまに罰を!?って感じで困ってる……ホント勝手な事ばっかり考えてた。そんなことをするなんて、全然祐巳ちゃんのイメージにあわないじゃないか、 「そんなの全然見当はずれも良いところだったって言うのはさっき分かった」 「私は自分を責めてた。でも、祐巳ちゃんにホント救われた」 さっき祐巳ちゃんが私に気付かせてくれなかったら、間違いなく又とんでもないことをしてたはず。 そのおかげでこうしてまだ、そしてこれからもちゃんと生きていられる。祐巳ちゃんがいるから…… 私にとっては、単に良い子なだけじゃない。絶対に離すことができない大切な存在。 だから妹にしたい。これからもずっと私の妹でいて欲しい。 あの時とは違う。志摩子とは全く別の意味で必要なんだ。 今こうして傍にいてくれることが凄く嬉しい。 「ありがとう」 そっと祐巳を抱き締める。突然のことだったからか祐巳の方は目をパチクリさせたままだったけれど、今私が一番に言いたいことを伝える。 「これからもずっと私の妹でいて」 祐巳は「おねえさまぁ〜」ってどこか甘いような声を上げて返し、私の胸で涙を流してくれた。 ……私には望む妹ができた。3回目の失敗はしなかった。けれど、それで志摩子への想い、2回目の失敗が消えるわけじゃない。 ううん、どんなことをしても果たされなかった、歪んでしまった想いの跡、痕は必ず残る……痕を持ちながら生きていくために、けじめは付けなくちゃいけない。 ……今、志摩子は、どうしているのだろうか? 相変わらず窓の外は雨が降り続いていた。 あとがきへ