学園祭まで残りわずか……暇そうにしている人間を見つける方が難しくなってきた。 これから当日までこの傾向は強くなっていくんだろう。 最も、学園祭の実行委員を務めているのだから、その中に巻き込まれることは確定しているわけだけれど、今年は祐巳ちゃんって楽しい妹もできたし、楽しんでやっていけそうだ。 去年の学園祭とその準備もそれなりに楽しんだりもしていたけれど、栞との時間を純粋に過ごせていたのはあの頃が最後だったっけ…… あの時のことを思い出していたら、廊下で私を待ち伏せをしていた蓉子の姿も思い出した。 蓉子が栞の進路を告げてくれたのは学園祭のすぐ後……栞しか見ていない私。その栞がどこへ進んでいくかすらも見ていなかった私……あの時蓉子は凄くもどかしかったことだろう。 そして、今年も蓉子に心配をかけてしまっている。 私の志摩子への想い……ふと江利子に言われたことを思い出して苦笑してしまった。やっぱり難しいのかもしれない。 でも、せめて仕事をきっちりこなして、蓉子をいくらか楽にしてあげる事くらいならできるはずだ。と、言うことで次の古典の授業中に内職をして仕事を片づけてしまうことに決めた。 ああ、蓉子が違うクラスで良かった。同じクラスだったら何を言われるやら、 「……仕事が随分速いわね。朝、まだできていないっていたものが、もうできあがってしまっているというのはどういう事かしら?」 きっちりしたらしたで、問いつめられてしまった。クラスがどうあっても、時間差ができるだけで同じ結果だったようだ。 「そう言うことまでして片づけてもらうのは、ある意味困りものね。これが祥子だったら、お説教をするところだけれど……」 「これについては御苦労様。授業はきちんと受けなさいよ?白薔薇さま」 「りょ〜かい」 なかなか上手く行かないものだ。 そう言えば、家の藤組は私を含めて結構内職しているメンバーがいたけれど、蓉子の目があるこの椿組のメンバーはどうなのだろう?そんなことを考えながら自分の教室に戻った。 放課後、薔薇の館に行くと祥子さまがお一人だけだった。 窓辺に椅子を寄せて外の様子を眺めていて、何か考え事をしていたのか私が入ってきたのに気づくまで少し時間がかかった。 「ごきげんよう」 「はい、ごきげんよう。皆さんは?」 「まだのようね。クラスの活動とかで皆さん忙しいんでしょう。白薔薇さまは?」 「あ、今日は少し遅れると言うことです」 「そう。悪いけれど、何かいれてもらえる?」 机に上に空になったカップが置かれていた。 「はい、わかりました」 カップに入っていたのは紅茶のようだけれど、そのままで良いだろうか? 「紅茶でよろしいですか?」 「ええ、銘柄はお任せするわ」 はいと返し、手早く紅茶をいれる準備をする。 そう言えば、前二人っきりになったときは祥子さまにいれて頂いたけれど、それはまだお客様だったと言うことで、今は私もここの住人になったと言うことか、 そんなことを考えながら紅茶を入れてカップを祥子さまに差し出す。 「ありがとう」 「いえ、ところで、先ほど何を考えていらしたんです?」 「……王子様、」 「へ?」 言うか言うまいか迷ったような表情に続いて出てきたのはそんな単語だった。 「祐巳ちゃんは男性はどうかしら?」 えっと……どういう話になっているんだろう? 王子様の事を考えていて、で、私は男性はどう?……あ、そっか、男嫌いのことか、 「私は平気です……年子の弟がいますし」 「そうなの。私は……」 そこまで口にして小さな溜息をこぼす。 「もしや会えばと期待もしていたけれど……志摩子に代わってもらったのは正解だったのかもしれないわね」 祥子さまの男嫌いは根深いものなのだろうか?でも、何か違和感がある気がする。 それがなんなのかは分からないけれど、 「ところで、祐巳ちゃんの弟さんってどんな方なのかしら?」 こうして祐麒の話を色々とすることになったのだけれど、だからこそ疑問が深まってしまった。 たぶん顔に出てしまっていると思うけれど、気にしないようにしているし、さっきの話の振り方とかからしてもふれてほしくない話題だって事なのだろうか……なんて事を考えていたら、ビスケット扉を開けて志摩子さんが入ってきた。 「祥子さま、ごきげんよう」 「ええ、ごきげんよう」 二人分の足音が階段を上ってくる。音からそれが誰なのかは、まだはっきりしないけれど、何となくなら分かるようになってきた。この音は白薔薇さまと紅薔薇さまだろうか? そして、志摩子さんが開けたままの扉越しにどんぴしゃりお二人の姿が現れた。……あれ?さっき、志摩子さんの足音聞こえたっけ? 「ふ〜ん、弟君かぁ〜まさか、彼が祐巳ちゃんの弟だったと知ったときはちょっと驚いたなぁ」 まあ、何はともあれ、さっき何を話してたの?と紅薔薇さまが聞かれたことから祐麒の話は延長戦に突入することが決まった。 「知り合いだったの?」 「紅薔薇さまも知っているわよ。花寺学院一年生。福沢祐麒」 「なるほどね」 くすくすっと笑う紅薔薇さま。そりゃミス・花寺入賞だもんなぁ 「お姉さまもご存じなのですか?」 「ええ、」 その後、紅薔薇さまの口から新事実が発覚。単なる入賞ではなくなんと準ミスだったそうな。 祐麒の話は、そんなにも皆様のツボに入ってしまったのか、黄薔薇の三人がやってきて全員がそろった後もまだ続けられた。 「弟君学園祭に来るし、ゲストって事で劇に特別参加させちゃおう」 「あは、それも楽しそうね」 白薔薇さまの提案に黄薔薇さまは即同意。紅薔薇さまも否定はしない……これは、本当にそうなりそうだ。 あっ、そっか!前に白薔薇さまが祐麒のシンデレラを見たいって言っていたのを今言ったんだ! シンデレラにと言うのじゃなく、単なるエキストラの一人と言うことになりそうだけれど、私もちょっと見てみたいし……弟よ、逃げるなよ? 朝、登校途中の並木道で祥子さまの姿を見かけた。 「ごきげんよう」 そうやって声をかけたのだのだけれど、祥子さまは返してはくれず、少しだけ険しい表情を浮かべる。 (な、なに!?私何かした??) 少しの間の後、ふっと表情が緩んで私に近づいてきて両手を首の後ろに回してきた。 「え?」 これってまさか…… 「タイが曲がっていてよ」 「白薔薇さまはあまり気になさらない方だけれど、つぼみとして身なりもきちんとするようにね」 ま、また、やってしまった……しかも、つぼみとしてと言う修飾のおまけ付き。一瞬崩れ落ちる男の図をリアルでしてしまいそうになったけれど、何とかそれは踏みとどまる事ができた。私は女だし……と言うわけだけではないけれど 「ごきげんよう、志摩子」 私が凹んでいる間に登校してきていたのだろう志摩子さんに、祥子さまが声をかけた。 「ごきげんよう。祥子さま」 「あ、ごきげんよう」 へこみから立ち直った訳じゃないけれど、私も志摩子さんに挨拶をする。 「ごきげんよう」 こうして朝のちょっとしたことも終わり、三人でそろって校舎に向かって歩き始めた。 凹んでいたけれど、その反面祥子さまにタイを直して頂けたというのは嬉しかったりもして、ちょっと複雑な気持ちを抱えたまま祥子さまと廊下で別れた。 祥子さまの姿が見えなくなってから、一つ大きな溜息をつく。 つぼみとしてか……そう。私は祥子さまと同じつぼみになってしまっているのだ。 そりゃ、たしかに二年生と一年生の違いはあるけれど、そもそもそんな問題のレベルの差じゃないし……黄薔薇さまはああいっていたけれど、結局楽しまれてしまったし。 はっ!……まさか、私って玩具?それともマスコット? ………………… 「祐巳ちゃん、どうしたの?」 「へ?あ、うわっ!ロ、紅薔薇さま!」 いつの間にそこにいらしたのだろう。紅薔薇さまがすぐそばに立って心配そうな表情で私のことを見つめていた。 「ごきげんよう」 「あ、はい、ごきげんよう」 「それで、どうしたの?良かったら相談に乗るわよ」 「あ、その……あれ?」 いつの間にか一緒にいたはずの志摩子さんの姿が見えなかった。私が一人で百面相でもしているさまに呆れてしまって一人で先に行ってしまったのだろうか? 「えっと……」 それで、朝の事情を掻い摘んで話すと、紅薔薇さまはくすくすって感じで笑い始めてしまった。 「そんなことでそこまで考えるなんて、祐巳ちゃんも凄く真面目ね」 褒め言葉ではないと思うけれど、どうしてか悪い気はしなかった。 「祥子もだけれど……それに、そんなことでつぼみとしてと言っていたら、聖はどうなるのかしら?」 脳裏をよぎる白薔薇さまの姿の数々……紅薔薇さまが言っているのが、今のことかつぼみの時のことかは分からなかったけれど、言いたいことは分かった。 「それじゃ、そろそろ教室に行きなさい。遅刻はだめよ」 「あ、はい!ありがとうございました!」 紅薔薇さまにお礼を言って教室に急ぐ。白薔薇さまにはちょっと申し訳ないけれど、おかげで随分気が楽になって、今朝のことはうれしさの方が大きくなった。 最も身だしなみにもう少し気を配ろうと決めたのは事実だけれど、 昼休み。それすなわち、今日の授業はもう終わったと言うこと。そしてこれからは学園祭の準備に追われると言うことだ。 と、言うわけで、薔薇の館で蓉子とお弁当を食べながら、午後のことを話しているわけだけれど……あの『でこちん』はどこへ行った? 「明日は雨だから、今日は遅くまで残るところもでてくるわね」 「それは許可とれば良いけれど、むしろ明日雨降るって分かってないのがいたら困る」 「その通りね」 「校内放送で呼びかける?」 「そうね。それも良いけれど、許可申請は一括でとった方が良いでしょうし、進み具合の確認も併せてしておきたいわね」 「それじゃ、誰かに回ってもらうかな」 「ええ、そうしましょう」 紅薔薇さまに言われて一年生三人でそれぞれのクラスやクラブの出し物の進捗状況を聞いて回っている。 そのまま進歩状況を把握するためという目的もあるけれど、他にも外で何かするところには明日雨が降ると言うことを周知徹底させることと、今日遅くまで残る場合は許可を山百合会が一括で取るので必要かどうかを確認することも課せられている。 「う〜ん、ちょっと遅れがちだけれど、当日までには間に合わせるわよ」 そう答えたのは、彫像部の副部長。部長の方は、少し離れたところで一心不乱に大きな像を彫っている。集中を邪魔されたくないのだろう横に『声を掛けるべからず』と言う立て札が立てられている。 「見た感じ、今日は妥当な時間には終われそうだし、許可はいらないわ。ありがとう」 邪魔しては悪いし、さっさと失礼することにしよう。 そんな感じで、いろんなクラブに顔を出していたのだけれど、ついに新聞部の番がやってきた。 あの新聞部である。 当然だけれど三人とも好きこのんでこの部屋に入りたくはないと言うことで、自分から入ろうとする人はいなくてドアの前で三人が横一列に並んでいたら、ドアが開いて髪を七三に分けた新聞部の人が出てきてしまった。 「あれ?ごきげんよう。新聞部に何か御用?」 と言うわけで私たちの前にいる新聞部の部長は築山三奈子さま……新聞部は新聞部の活動についてと言うことで、過去の傑作集みたいな感じの展示をするらしい。 「展示の方は全然問題ないわよ。まあ、家の場合は学園祭の後が決戦だけれど」 学園祭特集号として色々とやるそうで、そちらの方が大事らしい。……私たちの劇についても割り当てができてしまっているのだろうか? 「あ、そうそう。もう随分回っているの?」 「はい、結構」 「それで、許可を申請したのはどのくらいあるの?」 「やはり明日が雨ですから、外で作業をするところはだいたい申請していますし、外に出なくても申請しているところもあります」 「それじゃ、家も許可を申請しておいて」 「え?でも、問題ないって」 「学園祭を総括するためにはその準備も重要でしょう?」 と、言うことはその準備を取材をするようだけれど、特に忙しいところに顔を出してトラブルを起こさなければいいのだけれど…… で、横の部室の写真部の番になった。 部長代行は蔦子さん。 「失礼します」 部室には学園祭で展示すると思われる大小のパネルがいくつも並んでいた。 「いらっしゃい、三人揃って今日はどうしたのかしら?」 一番付き合いが深いと言うことで、私が説明する。 「学園祭の出し物や展示物の進み具合を聞いて回っているの」 「そっか、御苦労様。家は全然問題ないよ。メインはもうあるし。このとおりパネルもだいたい出来上がっているから…当日までに何か良い写真が撮れれば話は別だけれど」 「あら?この写真」 志摩子さんが並べられていたパネルの一つに目をとめていた。それは、私と祥子さまのあの時の写真だった。 あ、あんなに大きなパネルになるのですか…… 「あ……その写真、一番良く撮れていると思ってる写真。家のメインの一つになる予定よ」 パネルの方に歩いていき手にとって見ている。 「……凄く良く撮れているわね」 「本当に仲がよさそう。まるで姉妹みたい」 「志摩子さん嫉妬?祥子さまの妹は祐巳さんじゃなくて貴女でしょう」 「ええ、そうね」 蔦子さんの言葉に志摩子さんはくすっと笑って返した。 「特に、遅くなるようなことはないわよね?」 「あ、ええ…特にすることもないから」 「では、これで失礼するわね」 「あ、うん」 何となくぎこちない蔦子さんの様子に首をかしげながらだけれど、志摩子さんについて一緒に写真部の部室を出た。 目が全く笑っていなかった…… 「まずったな……」 いや、もし志摩子さんが目にすればこうなることは何となくだけれど分かっていた。 この前の志摩子さんの雰囲気から、本当にコレを飾るべきかも少し考えたけれど、山百合会のメンバーは忙しいだろうし、祥子さまはこの写真が飾ってあることを知っているのから問題ないだろうと考えていたのは油断だった。 この一枚の写真から始まったことは、随分大きく、しかも根深い物になってきている気がする。 何事も起こらなければいいのだけれど、何か起こってしまったときのためにも、山百合会の誰かの耳に入れておくべきだろうか……二人の薔薇さまの姿が思い浮ぶ。 当事者である白薔薇さま以外のお二人の耳にいれておくべきだろう。 けれど、何か起こってからでは遅い。早速、薔薇の館に…… 「…と、」 部室を出ようとして思い出した。一応この写真は持って行った方が良いだろう。 スナップサイズの写真を一つポケットに入れて薔薇の館に足を向けた。 そうしてやってきたのだけれど、薔薇の館の中に誰がいるのかは外からは分からなかった。 紅薔薇さまか黄薔薇さまがいなければ、おじゃましても意味がないし、いたとしても当事者である白薔薇さまや祥子さまがいればおなじだ。 「……困った、」 薔薇さま=薔薇の館というイメージだけで来たのは浅はかだったな。急いだ方が良いと思うけれど、どうすればいいのやら…… 「あら、ごきげんよう。薔薇の館に何か御用?」 薔薇の館の前で困ってしまっていた私に声をかけてきてくれたのは、なんとその黄薔薇さまだった。 「ロ、黄薔薇さま!?」 「そんなに驚いてどうかしたの?」 「あ……いえ、すみませんでした」 なんて都合の良い偶然だろう。けれど、これは理想の形の一つだ。 「ごきげんよう」 「ごきげんよう」 改めて挨拶から始めることでしきり直してくれた。 「それで、何か御用?」 「はい、少しお話が……」 「……分かったわ。付いてきてくれる?」 察してくれたのだろう。すぐ目の前の薔薇の館ではなく別の場所へと誘導してくれた。 さすがは薔薇さま……これだけの方なのだし、私なんかよりもずっと当事者達のことをよく見ているはず。しかも、紅でも白でもない黄色……少し離れた位置から、 そんな黄薔薇さまになら、単に伝えるだけでなく、全てをお任せしてしまった方が良いのかも知れない。 「さ、こっちよ」 「へ?」 黄薔薇さまは大学の敷地の方に歩いていく。 「あの……そっちは」 「今日はみんな動き回っているから、誰がくるかわかったものじゃないでしょう?」 大学の敷地ならまず高等部の生徒は来ない……と言うことか、確かにそうだけれどなぁ…… いまいちなるほど、と思うことはできなかったけれど、黄薔薇さまに付いて私も大学の敷地に足を踏み入れた。 「いらっしゃいませ」 今日も小母さんが出迎えてくれた。 「おじゃまします」 あがって早速祐巳ちゃんの部屋に向かう。 「さて、練習しようか」 私は台本を使いながら、姉B以外のキャラの台詞を読み上げて、祐巳ちゃんがそれに併せて姉Bの台詞や動きをしていく。 やっぱり自分以外の役の言葉も何度も聞いているから、結構覚えている台詞が多いし、自分の周りは抑えてあるけれど、関係ないところまでは無理だ。だけど、蓉子の頭には台本がまるまる入っていたのだから怯える。 「皆様、今宵は舞踏会にお越し頂きありがとうございます…と、言うことで、舞踏会のシーンね」 「はい」 ダンスの練習に移る。コンポにMDをセットして、ミュージックスタート。 ホントに随分上手くなってきた。これも、先生が良いからかな?とちょっと自惚れてみる。 まあ、もちろん祐巳ちゃん自身が頑張ったと言うのが一番大きいのだけれど、 夕飯時になって、弟君が知らせに来てくれた。 「佐藤さん、夕飯ができたから、適当なところで来てください」 「うん、ありがとう。すぐ行くわね」 「はい」 弟君がいなくなってから、祐巳ちゃんにあの話を聞いてみる。 「弟君に話した?」 「あ、いえ話してませんが、」 「そっか、それも良いか」 「本当にやるんですよね?」 それはやってしまいたいという方の意見だね。うんうん、祐巳ちゃんも実物を見てみたいだろうからねぇ 「紅薔薇さま印の太鼓判が押された以上全く問題なし」 「祐麒〜」 「ん?何?」 お風呂から上がってきたらリビングで寝転がってテレビを見ていた祐麒に声をかける。 「日曜日来るよね?」 「そのつもり。特に予定もないし。劇楽しみにさせてもらうよ」 (むふふ) その劇で自分も役が割り振られているとも知らずに 「………あのさ、祐巳」 「何?」 「俺何かさせられるの?」 しまった!表情に出てた。まずいぞ、もし来ないなんて事になったら……いろんな意味で困る。よし、ここは、 「おかあさ〜ん」 「何〜?」 台所で料理雑誌を広げていたお母さんが返事をする。 「日曜日もちろん来るよね」 「もちろんよ。ああ、薔薇さま方のお姿を……」 妄想の世界にぶっ飛んで色々と言っている。我ながら凄い親を持ったものだ。 さて、今のところは置いていて本題の方を言うか 「祐麒もちゃんと連れてきてね。三薔薇さまからのお願いだから」 「任せておいて」 「ちょ、ちょっとちょっとぉ〜!!」 私に縋り付いてくる祐麒。 「い、いったい何させられるんだよ〜!」 目が本気。でも、当日までは秘密。 「覚悟を決めておいてね」 「おい〜〜〜〜!!!」 学園祭まで後二日と迫った金曜日は朝からあいにくの雨だった。 昨日学校中を回って周知徹底させた結果だったらちょっと嬉しいけれど、雨対策で外に置いてある物にはシートがかぶせられたりもしている。 けれど、今日は外での作業はできないし、建物の間を移動するのも大変。そして、当然のように私もあっちへ行ったりこっちへ行ったりとしていて、本当に雨が恨めしく思う。 明日明後日は晴れるそうだというのがせめてもの救いか…… そんな中、作業が遅れているのだろう。雨の中、外で作業をしている人たちを見ると、凄く心配になってくるけれど、同時に人の心配をしている場合なのかという気もしてくる。 一応、毎日家で台本読みもしているし、昨日も白薔薇さまにダンスの練習の相手をしてもらっているけれど、みんなで通して練習できるのは明日のプレだけなのだ。 一通り受け持った仕事を終わらせて、薔薇の方に戻ると誰もいなかった。 とりあえず、お茶をいれる準備をすることにした。自分が飲む分と、誰か戻ってきた人に出す分で、 しばらくして階段を上ってくる音が聞こえてきた。この気品が感じられるような音は……祥子さまで間違いないだろう。もっとも、気品を感じているのは私だけかもしれないけれど、 「あら?祐巳ちゃんの方が早かったのね」 「はい、あの、お茶でよろしいですか?」 「ええ、ありがとう」 すぐに祥子さまの分のお茶を入れて湯飲みを差し出した。 薔薇の館に戻ると、祐巳ちゃんがすぐにお茶を出してきてくれた。 「はい、白薔薇さま」 「あ、さんきゅ〜。祐巳ちゃん気が利くね」 「どうも」 しばらくすると一人また一人と戻ってきたのだけれど、雨に当たってしまったせいか由乃ちゃんが気分悪そうにしている。 「…令、由乃ちゃんを連れて帰宅してくれる?」 「はい」 「黄薔薇さま!」 「由乃ちゃん、本番は明後日。それに、明日は私たちの劇のプレだし、今日無理をしてもらった方が困るのよ」 当然、由乃ちゃんの方が抗議の声を上げるけれど、蓉子が諭したことで渋々帰る用意を始めた。一緒に帰る令は本当に申し訳ありませんって頭を下げてくる。 「それはいいから、ちゃんとお姫様を守ってあげなさいよ」 「はい」 こうして、二人は帰っていったわけだけれど、仕方ないとは言え二人も欠けてしまったのは痛い。蓉子が職員会に出るから、なおさら……結構大変になりそうだ。 「さて、これからのことだけれど、私は職員会の方に出なければいけないの。仕事を割り振りたいから、都合とかあったら聞かせてもらえる?」 「私は委員会の方の集まりがあるので……」 少し申し訳なさそうにそう言ったのは志摩子。 「それじゃ、暫くは四人だけってことね。私が外出てくるから、事務処理三人にお願いできる?」 雨の中、またあっちこっち歩き回る役目に江利子が立候補した。 「そんなにあったっけ?」 江利子が三人も残して自分一人、雨の中に出ていくと言っているのだから…… 「結構あるのよ…」 ちょっと待て、あの段ボールの中身全部? 「三人ともお願いね」 「あ、はい」 「わかりました」 祐巳ちゃんの方は単純に素直に答えたと言うことで、祥子はたぶん雨の中で歩きたくないからとかそんな理由だったのだろうけれど……思ったよりもだいぶ多いんだけれど、コレ…… 「それじゃよろしくね」 おい、蓉子。私はまだ良いとは言って……にっこりと笑って目で「お願いしたわね」って言ってる。二人が答えてしまった以上、私もセットなのか…… とりあえず、 「紅薔薇さま、職員会に行く前にお代わりいれてくれない?」 「くす。良いわよ、他にもほしい人がいたら言ってちょうだい」 段ボール一杯の書類も三人でやれば……と、言っても私はこれはどうすれば良いんですか?って何度も二人に聞いているのだから、実質的には二人+αってところだけれど……結構片づいてきた。 「ここらで一回休憩にしましょうか」 「ええ、」 「それじゃ、何かいれますね。ご希望の物は?」 「いつものコーヒーお願い」 「私は緑茶をお願いするわ」 「わかりました」 私は…今日は祥子さまと同じ緑茶にするかな。 手早く準備して、三人分の飲み物を持って戻ってくる。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 「む〜、祐巳ちゃん緑茶にしたんだ」 ちょっと楽しげな目でむすっとした表情をする白薔薇さま。 「あ、はい。何となく飲みたかったので」 「どばどばお砂糖いれちゃっても良いのに」 「いや、いくら私でもどばどばってほどは…」 「あら、祐巳ちゃんは甘党なの?」 「あ、はい」 「そう」 「祥子さまは?」 「ミルクと砂糖を少しずつほしいわね」 「まあ、祥子の場合は、何が好きと言うよりは嫌いな物が多すぎるのが問題かな」 「美味しくない物は好きにはなれませんわ」 とりあえず私も自分の席について湯飲みを傾けながら話に参加することにした。 「良いけれど、志摩子とお弁当交換できないんじゃない?」 「そんな事はありませわよ」 銀杏が好きな志摩子さんと嫌いな祥子さまか、たぶん他にも色々とかみ合っていないんだろう。でも、それ以上に姉妹の結びつきは強いと、なるほど 「祥子さま達ってかなり良い姉妹に見えますね」 「ありがとう………本当にそうだと良いのだけど…」 「え?」 ぼそっと意外な言葉をつぶやかれた。 「あ……いえ、忘れてちょうだい」 さっきのはうっかり漏らしてしまった。そんな感じだったのだろうか?……と、言うことは、 「祐巳ちゃんは白薔薇さまとお弁当の交換をしたりするの?」 私の考えを切るように尋ねてきた。 「いえ、」 「そう言えば、してなかったね。今度しよっか?幸い、甘い物も好きだし」 「本当ですか?」 「うん。まあ、インスタントやらレトルト中心だからカメラちゃんのみたいに美味しくはないけれど、それで良かったらね」 蔦子さんのお弁当って本当に凄かったからなぁ 冷凍食品は凍ったままお弁当箱に詰めれば昼には良い具合に解凍されてるから、手軽にそのまま美味しく食べれるってえらく実体験が籠もったためになる?話をしてくれた。 「あれ?白薔薇さまって自分で作ってるんですか?」 「まあね」 「凄いですね。私なんかお母さんに作ってもらうだけで、全然自分で作ったことなんか」 「別にそれで良いんじゃない?良いお母さんだし」 「祐巳ちゃんは良いわね」 「え?」 「私は母の作ったお弁当なんて遠足や運動会にも持って行ったことがないの」 「祥子はやっぱり家の人が作ったお弁当?」 「大抵はそうですね。外注することもありますが」 「へぇ」 テレビで見る大きなお店のような大厨房で多くの料理人が祥子さまのお弁当を作るためだけに忙しなく動き回るイメージが頭の中に描かれる。 「私としては母のお弁当の方が好きなんですが……」 「清子小母様がどうかしたの?」 好きだけれど……ってその後にどんな逆説の言葉が入るのだろうか? 「恐ろしく時間がかかる物で……」 なんでも、料理はお上手なそうだが、遠足から帰ってきてもまだできあがっていなかったことがあったそうな……夕飯に頂く事になるので、それは『お弁当』ではなく、『お夕飯』に名前が変わっていると お金持ちの奥様って……そんな物なのかな?いや、さすがに違うような気がするけれど…… でも、祥子さまのお母様ってどんなお方なんだろう?祥子さまのお母様なのだから、やはり美しい方なのだろうけれど、名前は清子。で、料理はあんなで…… 私が持っている情報量は少なすぎて、清子という名札をつけた祥子さまが料理をしている図しか思い浮かばなかった。いや、それ以前の問題かも……… 「本当に、白薔薇さまは祐巳ちゃんと出会えて良かったですね」 「私もホントにそう思う。ああ、でも、もし祥子が祐巳ちゃんにロザリオ差し出してたら一発だったと思うよ」 「何たって祥子のファンだったからねぇ」 ぽ〜んって音を立てて私の背中をたたく白薔薇さま。 それに対して祥子さまはにっこりと笑みを浮かべて返された。バレバレでしたか……当たり前ですか、そうですか、はい。 「こんな妹どう?」 「そうですね。祐巳ちゃんみたいな妹だったら、さぞ楽しい日々になるのでしょうね」 ……前に言われたことを更に強めて言われてるだけで、しかも、そう言う話になった流れをたどっていくと、やっぱり嬉しくはない。 「毎日楽しいよ。それに、弟君小母さんって祐巳ちゃんの家族も楽しいし、きっと小父さんも楽しい人なんでしょ?」 お父さんごめんなさい。貴方も同類にされてしまいました。 「早く、その祐麒さんに会ってみたいものですね」 そんなこと言ってくすくすって笑っている祥子さま…… まあ、そんな話をしたりして休憩時間を過ごしていたら、ふと白薔薇さまがビスケット扉の方に視線を向けた。 「……?」 「白薔薇さまどうかしました?」 「今、何か物音がしたような、」 白薔薇さまが席を立ってビスケット扉の方に歩いていく。私は別にそんな物音なんてのには気付かなかったけれど、だれかいたのだろうか? そして白薔薇さまが開けた扉の向こうにいたのは、なんとそっとその場を立ち去ろうとしていた志摩子さんだった。 「志摩子!」 祥子さまの声に反応して階段を下りかけていた志摩子さんがゆっくりと振り向く。その目には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。 「志摩」 白薔薇さまが名前を呼ぼうとすると、突然躓いて滑り落ちてしまったのではないかと思うような物凄い勢いで階段を駆け下りていってしまった。 「お待ちなさい!」 祥子さまが白薔薇さまの脇をすり抜け、志摩子さんを追い掛けて階段を駆け下りていく。 志摩子さんはどうしてそっと立ち去ろうとしていたのか?どうして、あんなに哀しそうな涙を浮かべていたのか?私には何も分からなかった。 「白薔薇さま?」 白薔薇さまは見るからにがっくりと肩を落としてとぼとぼってさっきまで座っていた椅子まで戻ってきた。私の呼びかけにも反応せずに、本当にとぼとぼと…… さっきまで楽しく談笑していたのに、志摩子さんのことで急に静かになってしまって、いまや降り注いでいる雨の音が耳を突くだけになってしまった。 あとがきへ