「祐巳〜」 教室の掃除をしていたら、突然名前で呼ばれて吃驚した。 私を呼び捨てで呼ぶ人はこのリリアンにいないから、気のせいかとも思ったのだけれど……白薔薇さまが窓から顔を出して私に向かって手を振っていたのが目に飛び込んできた。 「あ〜、祐巳借りて良い?」 さっき私を呼んだのは白薔薇さまだったみたい。私のことを呼び捨てにして、そんな事を掃除をしていた他の生徒に訊いている。 山百合会幹部の白薔薇さまに言われて断れるような生徒は私のクラスには勿論いない。よって……即OK。私は白薔薇さまに貸し出されてしまった。 「さ、荷物持って」 「あ、あのロサ・ギガ」 「お姉さま」 私の言葉を遮る……私に白薔薇さまをお姉さまと呼べと? 「え、えっと……」 「お・ね・え・さ・ま」 「……お姉さま……」 「はい、良くできました〜」 小さな声だったけれど、白薔薇さまは私の頭をなでなでと撫でてくた。なんだか子供扱いされているみたいで、クラスのみんなの前で恥ずかしかったけれど、ちょっと嬉しかった。 「さ、荷物持ってらっしゃい」 「は、はい……」 荷物を取りに自分の席に戻ろうとした時、ふと白薔薇さまをじっと見ている志摩子さんの視線に気付いた。ただ見つめているだけなのに、何かかが違う。いつもの志摩子さんの目でも、他のクラスメイトみたいな目でもない。 志摩子さんの目の意味が分からない。いったいどういう意味があるの? 「祐巳〜」 「は、はい」 志摩子さんのことが気になったけれど、白薔薇さまからせかされたので急いで席に戻った。 3分後、私は荷物を持って白薔薇さまと一緒に廊下を歩いている。 さっき私たちが教室を離れた瞬間に教室の中が一気に沸いていた。クラスのみんなには話していなかったから知っているのは一握りだけ。みんな妹体験のことは知らない……さっきのシーンはどう映っていたのだろうか? それから今私たちを見ている人たちにの目にも…… 「みんなこっち見てるね」 「そ、そうですね」 私みたいな生徒は白薔薇さまと一緒に歩いているだけでみんなの注目を集めてしまうのだろうけど、 (ひ〜ん、みんなの視線が痛いよ〜) 「まあ、昨日の今日じゃ仕方ないかな」 そうは言っても、妹体験のこととか冗談じゃないみたいだから、明日にはもっと凄いことになってる気がする……やっぱりそんなことになる前に、ここは! 「あ、そうだ。今、佐藤聖の妹の体験期間中だけど、いっそ白薔薇さまの妹も一緒に体験する?」 「へ?」 「私は白薔薇さましているから、本当に妹になったときには白薔薇のつぼみにもなっちゃうんだよね」 妹体験って、限定的だったんだ。そんなこと考えてる余裕なんか今まで無かったわけだけど、 「私なんかじゃ、と、とても……」 「そっか、ま、いいや、佐藤聖の妹になって良いけど、白薔薇さまの妹にはなりたくないからって事もあるかもしれないしね。と、言うことで暫くは薔薇の館のお客さんね」 「で、でも、」 「大丈夫、紅薔薇さまには話は付けてあるから」 軽くぽんぽんって私の背中を叩く。 ううぅ、どうしてはっきり言えないのぉ〜〜 「お、御邪魔します……」 2回目に入る薔薇の館は前回以上に緊張する場所だった。 昼休みにはいなかった黄薔薇のつぼみとその妹もいるから、山百合会幹部がここに勢揃いしていることになる。それだけでも私なんかが緊張するには十分すぎるほどなのに、それ以上に色々とくっついてしまっている。 「はい」 「あ、ありがとうございます」 黄薔薇のつぼみの妹の由乃さんに用意して貰ったコーヒーのお礼を言う。 「……少し詳しく話して欲しいんですけど」 昼休みいなかったから事情が分かっていない黄薔薇のつぼみの支倉令さまが、軽く手を挙げて白薔薇さまに尋ねている。 「祐巳には、この私、佐藤聖の妹を体験して貰うことにしたってことよ」 「あの、令ちゃ…お姉さまはそうなった経緯を聞いてらっしゃるのだと思います」 「ああ、経緯ね。私が上の空の状態で祐巳にロザリオ渡しちゃったのよ。で、わざわざ返しに来てくれたんだけど、持ってくるの忘れちゃったのよね。それで折角だから、暫くそのまま預かったままにして私の妹を体験してみないかって持ちかけたのよ」 「……」 あ、沈黙。令さま呆れているのかも? 「知ってのとおり私って色々とあるし、妹を体験してみてそれで良かったらってことでね」 「白薔薇さまはそれで良いのですか?」 「一緒に私も姉の体験をさせて貰うんだから良いでしょ?」 返事に困った様子の令さまは、視線で紅薔薇さまに答えを求めてる。 「ええ、一つの方法だと思っているわ」 「そうですか」 紅薔薇さまの答えで令さまは納得したみたい。こういうやり取りを見ていて、山百合会の中での三薔薇さまの関係が何となくだけど分かってきた気がする。 「それと、ホントになったときは白薔薇のつぼみになるわけだけど、まずは佐藤聖の妹を体験ってことで、祐巳の気が向くまでは、みんなお客さんとして扱ってね」 「わかりました。けれど、誰かに祐巳さんのことを聞かれたときなどはどう説明します?」 「そうね。そのまま体験だって言ってあげれば良いんじゃない?」 祥子さまの質問に白薔薇さまが返す。 「敢えてこっちから教えてあげる必要もないけどね」 黄薔薇さまの方を見ながらそんなことを言ったのだけれど、それって黄薔薇さまが一番喋りそうって事なのだろうか? 「分かっているわよ。面白い話は好きだけど、わざわざこちらから提供してあげるほど物好きじゃないわよ」 「顔合わせは上手く行ったね」 最初こそガッチガチに緊張していたけど、最後の方にはだんだん打ち解けてきてた。蓉子、江利子、令、由乃ちゃん達4人が上手く計らってくれたって言うのが大きかった。 本当だったらクラスメイトの志摩子もそれに加わっているのかも知れないけれど、当然そうはいかない。 「そうでしょうか?」 「そうでしょ、最後なんか由乃ちゃんと一緒に笑ってたし」 「でも……」 「どうしたの?」 「志摩子さんは……」 そう口にした祐巳ちゃんの表情には明らかな陰があった 今回のこと祐巳ちゃんには悪いと思ってる。でも、今謝ってしまったら全部終わってしまうから謝れない。 でもこの事だけは心の中でだけ謝らせて欲しい……ごめんね。 「……志摩子とは色々とあるからね」 「白薔薇さまと志摩子さんが?」 「志摩子って、薔薇の館の住人になったのはあの日だけど、その前から色々と手伝ってたんだけど知らなかった?」 その顔はそうだったんですか!?って言ったところか、 「祥子の妹になるまでに色々とあったんだけど、話すときが来たら全部話すね」 「はい……」 (自分で言っておいて何だけど、話す時なんかホントに来るのかな) 朝登校するとクラスメイトが私にかわら版をくれた。 こういう時って何か、私に関わりがある事が載っているんだよなぁ、まあ、昨日の今日だし、私と祐巳ちゃんの関係の話かな? 自分の席に座って読み始める。 「なっ!?」 予想通りの記事だったけれど、内容に驚いて思わず声を出してしまった。 昨日の薔薇の館でのやり取りが入っていた。間違いなく本当のことが、しかも想像力をかき立てるように中途半端に……ドアの外で聞き耳を立てていたとか言うことがなければ、誰かが情報を提供したって事になる。 この中途半端なところは、続報を待てとか何とか書いてあるし、新聞部が話題性を膨らませるためにぼかしたんだろうけど誰が話したのかな? 蓉子 : 話してもこんな記事を書かせるはずがない。 江利子: 昨日ああ言ったし、多分違うだろう。 志摩子: ……そうか、志摩子だ。 志摩子が新聞部に情報を提供したんだ。さしずめこれはささやかな報復ってところか、そうするとひょっとしたらこの中途半端な内容も志摩子がし向けたものかもしれない。 「あの〜すみません。新聞部ですが白薔薇さまは?」 後ろの扉から顔を覗かせる顔が2つ、早速来たか……もう少しまともな情報にしておかないと、 ああ、そうだ。このままだと祐巳ちゃんにまとわりついてしまうな。釘さしておくか、 凄く気が重い登校……新聞部のことを思い出したら、一気にそんなになってしまった。 昨日とは反対に遅刻ぎりぎりの登校。新聞部だって授業があるんだからこうすれば顔をあわせることはないと思う。休み時間は何とかなるとしても、問題は昼休み。どうやって逃げたら良いんだろう?もう顔もわかっちゃってるはずなのに、 そう言えば、昨日あの後蔦子さんはどうやって切り抜けたんだろう? 「ごきげんよう」 「え?あ、ごきげんよう」 私に声を掛けてきたのは、なんと志摩子さんだった。まさか、私を待っていたの?なんて思っていたらさっさと教室に向かって行ってしまった。たまたまだったのかな? 本鈴が鳴り響く。拙い!本当に遅刻してしまったら目も当てられない。 教室に入ると一斉に教室中の視線が私に集まってきた。こんな事は勿論初めてで、クラスメイトが私を見る目がどこか怖い。みんな何を考えているんだろう?昨日の志摩子さんみたいに、これを軽く流すなんて事私にはできない…… 「祐巳さんごきげんよう」 「あ、ごきげんよう」 「はい、これ」 桂さんからメモと小さく折り畳まれたリリアンかわら版を渡されたが、それを開く前に放送朝拝が始まった。 学園長先生の話を左から右に聞き流してメモを見る。メモには、朝新聞部が来ていたけど予鈴の少し前に帰っていったって書いてあった。 かわら版を机の陰に隠しながら読む……朝拝の途中なのに思わず声を上げそうになってしまった。昨日の薔薇の館でのやり取りも載ってたけれど、大事なことがぼかされてた。これじゃみんな色々と勝手なことを想像しちゃう…… (私どうなっちゃうんだろう……) 又涙が出てきそうになってしまった。 休み時間になって先生が教室を出て行くのとあわせて一斉にクラス中の視線が私に集中してきた。 それから私の周りに人が集まってきて環が作られてしまうまでは本当に一瞬の出来事だった。 (な、なに!?) 「ごきげんよう」 「朝、時間がなかったのでお聞き出来なかったのですが、みんな祐巳さんのお噂をしていましたのよ」 そうだった。あんな記事が出てしまったんだから当然……完全に囲まれちゃってる。 「ね、この際だからはっきりと教えて頂けないかしら?」 「かわら版のこと、本当?」 「妹体験って、どうしてそんな風になったのか教えて頂けません?」 「白薔薇さまってお姉さまとしてどう?」 「白薔薇さまの妹って事は白薔薇のつぼみよね。ゆくゆくは白薔薇さまになられるのかしら?」 堰を切ったように一気に色々と口々に言われて誰が何を言っているのかさっぱり分からない。 「え、えっと……」 じりじりと私を取り囲んでいる環が縮まってくる。 その間も次々に質問が飛び出してきて、もうどんな質問が出たのかすら殆ど分からなくなってしまった。 (え、えっと、こう言うときはどうすれば良いんだろう) 確か志摩子さんはにっこりと笑ってやり過ごしていたけど、私にそんな事できるはずがない。 「祐巳さん、お答えになって」 そ、そう言われてもいったい何をどうやって答えたらいいのやら、 えっと、確かさっきの質問は…… 「どうなさったの?」 「私たち、是非教えて頂きたいのよ」 質問について考える余裕さえ許してくれないらしい。次々に飛んでくる言葉の矢に、頭の中が白くなってきてしまって、なんて言えばいいのかさっぱり分からなくなってしまった。 「え、えっと……」 私が答えないのがもどかしくなってきたのか、勢いが激しくなってきた。もう何を言っているのかも分からない。 ……いったいどうすればいいの? 「ひょっとして、何か答えられないような事情でも?」 「ここだけの話と言うことで、話して頂けないかしら?」 「いったい何があったのかしら?」 みんな私を置いてきぼりにして勝手に妄想を膨らましていっている。 勝手な答えを導いてそれについての質問をしてくるんだから、もうどうしようもない。 マリア様、どうして私がこんな目に会わなくちゃいけないんでしょうか? 「ちょっと待った」 環の中に蔦子さんが飛び込んできてくれた。 「そんなに大勢で取り囲むなんて知らない人が見たら虐めにしか見えないですわよ」 今度は桂さん。 二人が中に割り込んできてくれたことで怒濤の質問が止まった。 「別に私たちは、そんなつもりじゃ……」 助けて貰らえた事がホントに嬉しい。私の危機に舞い降り助けに来てくれた二人の天使……あ、あんまりにも嬉しくて涙が出てきちゃった。 「ま、まあ、どうしましょう。ごめんなさい。私たち泣かせるつもりで聞いたんじゃないのよ。もう良いわ。言いたくないのだったらそれで、」 涙の意味を勘違いされたけれど、やぶ蛇は嫌だからそのままにしておく。 私を取り囲んでいた環が開けていく……その時、ふと志摩子さんの姿が目に入った。 志摩子さんは自分の席からこちらを見ていたけれど、どんな表情をしているのかは涙のせいで分からなかった。ハンカチで涙を拭った時にはもうこっちを見ていなかった。 教室に居たくなかったから、二人と一緒に出ることにした。 そのまま、かわら版でぼかされていたところとかを話すために、使われていない特別教室の近くのトイレに行くことになった。 「二人とも、本当にありがとう」 完全に3人だけになってから、まずはさっきのお礼を言ったのだけれど、又目が潤んで来ちゃった。 「別に良いわよ、さっきのはあんまりだったし、当然の事しただけよ」 「ちょっと、酷すぎだったわね。全く……同じ聞くにしても、もう少し聞き方ってものがあるでしょうに」 「うん……」 「まあ、おいておいて、少し確認したいことがあるんだけれど、良い?」 手に持っているかわら版のことだろう。 「ここに書いてある事って本当?」 蔦子さんの質問に頷きで返すと「やっぱりそっかぁ」ってこぼした。 「あの山百合会の幹部が?」 いくら新聞部がしつこくても、そうそう話すもの?そんな風な意味で桂さんが聞き返した。 「そうじゃなくて、敢えて漏らすことで憶測記事を書かせなくするとか、そう言った効果を狙ったんじゃないかな?裏目に出てしまったみたいだけど……」 「それにしても誰から情報を手に入れたのかは知らないけど、こんな風に描くなんて酷いな」 「ええ、本当酷いわ」 「とりあえず、そう言ったねらいだったら、祐巳さんへの過剰取材は阻止されるだろうけど」 そうだったらいいな。それだったら、昼休みに追っかけられなくて済むのに。 私が出て行くと変に話が大きくなるかも知れなかったけれど、とても放っておけなくて覗いてたドアを開けて乗り込もうとした瞬間、二人が祐巳ちゃんを助けてくれた。 祐巳ちゃんホントに感激してたな。 (友達ってありがたいもんだね) 一方の志摩子はちょっと微妙だけれど『こんな所かしら』って所だったろうか?表情に殆ど出さないからはっきりとはできないけど、 「ちゃんと来ていたのね」 声の方を振り返ると蓉子がいた。 「紅薔薇さまも?」 「そう言う事ね。遅くなってしまったから心配していたのだけれど、大丈夫だったようでほっとしたわ」 「私は何にもしてないよ。祐巳ちゃんを救ったのは二人の友達」 「そう」 「新聞部の方はもう手を打っておいたけど、志摩子がね……」 「これが貴女の選んだ道よ」 「分かってる」 次の休み時間からも視線はあったけれど、直接誰かが聞きに来るようなことはなかった。 で、遂に昼休み……ビクビクしていたのだけれど、結局新聞部はやってこなかった。もう私の事は分かっているから、昼休みが始まったら教室を抜け出す前に大急ぎでやってくるだろうに、蔦子さんの言っていたことは正しかったのかな? 最もクラスメイトの視線は変わらない訳で、そんな中でお弁当を食べるのは気が進まないから、三人で中庭にでも行ってお弁当を食べようと言うことになった。 「祐巳〜」 「ぎゃう!」 三人で一緒に廊下を歩いていたら、いきなり後ろから飛びつかれてそのままぎゅって抱きしめられた。で、思わずリリアン女学院の生徒として相応しいとは言えない叫び声を…… 「ぎゃう!、は無いんじゃない?リリアンの生徒だったら、せめてきゃっ位にしときなさいよ」 うう、自分でも思ったことを…… 「で、でも、ロサ・ギガ」 「お姉さま」 又、訂正させられた。前言ったときには訂正させられなかったのに、 「お、おねえ、さま……その、い、いきなり飛びつくなんて」 「あ〜ごめんごめん。祐巳があんまりにも可愛かったから思わずやっちゃったのよ」 私の抗議もどこ吹く風、白薔薇さまには全く効果がなかった。 「祐巳はお昼お弁当?」 「あ、えっと、はい、」 「ちぇっ、じゃあ私も明日からお弁当にするね」 え?それってどういう意味? 「二人は私も一緒になっても良いかな?」 「あ、は、はい、それは勿論」 「勿論ですわ」 桂さんは戸惑い緊張しながら、で、蔦子さんの方は眼鏡が光った気がする。ああ、蔦子さんの目的って、そうだったんだった。半分くらい忘れてた。 「じゃ、又ねぇ」 白薔薇さまは私たちに手を振って、どこかへ歩いていった。 こうやって屋上にある給水塔の上に乗っかっると、学園のあちらこちらがよく見える。 勿論、銀杏並木の中でお弁当を広げている志摩子もよく見える。 「何やってんだろ……」 さっきなんか特に普通に祐巳ちゃんを誘うだけだったつもりなのに、志摩子を見たら体が勝手に動き出してた。 志摩子の目があると冷静に動けない。あの時飛び込まなかったのは正解だったかも知れない。志摩子がいるあの教室に飛び込んでいたら、何をしていたのか分からない。 (どんどん駄目になっていくな) ……蓉子が私を軽蔑するようになるのも近いのかも知れない。 結局その昼休みはお昼を食べる気にはなれなかった。 薔薇の館に、蓉子、江利子、令、由乃ちゃん、祥子、そして志摩子と祐巳ちゃんが集まっている。 今話しているのは学園祭の劇についてで、蓉子が祐巳ちゃんにも出演要請の交渉中。本当の姉妹だったら交渉も何もないんだろうけど、お客様にも手を貸して貰わなくちゃならないほど人手が足りてないのは事実。 大きな原因は私。3薔薇の中で唯一妹がいない。それだけじゃない、紅薔薇と黄薔薇はつぼみの妹まで3人揃っているのに、白薔薇は私だけ……志摩子を白薔薇のつぼみにしていれば、紅薔薇と白薔薇が2人ずつで、責任は等分だったんだけどね。 そんなこと考えながら、祐巳ちゃんをずっと見てたらホントにくるくる表情が変わるって事に気付いた。これだけ表情に出ると何考えてるのか分かりやすいなぁ。 志摩子とは反対かもしれない。劇になんか絶対に出たくないってのがホント良くわかる。そりゃそんなの得意な子にはとても見えないし、まだ、具体的な役とか決まってないわけだから当然なんだけど 「お姉さま、折角来ていただいているお客様に仕事を頼むなんて失礼ではありません?」 「実際問題人手不足なのは事実でしょ。それに、私たちは代表と言うだけであって、全生徒で山百合会を支えるのが本来の姿じゃない?」 「そうですね」 祥子が助け船を出してくれたって事でパット表情が明るくなったけど直ぐに引っ込めちゃったから、元に戻ってしまった。ホントわかりやすい。 「でも、確かに来て直ぐにと言うのは失礼だったわね。祐巳ちゃんごめんなさい。今日のところは良いわ」 議題が別のことに変わって本当にほっとしたって表情してる。今日のところはってのが強調されていたいのは気付いてただろうけどね。それにしても祐巳ちゃんって見てて飽きないな。 「百面相」 「へ?」 帰り一緒に帰ることにして、銀杏の並木道を歩いているときに私が行った言葉。祐巳ちゃんは何の事を言われたのか分からなくてきょとんとした顔してる。 「祐巳って百面相だね」 「うん、面白くてよろしい」 軽く頭を撫でてあげる。で、その祐巳ちゃんは不満そうな顔をしてるけど嫌がってるわけじゃない。ホント分かりやすいなぁ ちょっと強めの風が吹いてなにかの紙が飛んできて私の足元に落ちた。拾って見たら、リリアンかわら版だった。 「あ、リリアンかわら版」 軽く目を通してみる。朝、私が新聞部に答えてあげたインタビューの記事が含まれている。だから、とんでもない妄想記事や変に曖昧な所はない。 「読む?」 「あ、はい」 祐巳ちゃんに渡してあげる。 「あ、これ、白薔薇さまが、」 「まね」 「ありがとうございました」 ぺこりってあたまを下げる。祐巳ちゃんって鈍そうなんだけど、意外に鋭いのかな? 「ほんと人が良いね。教室のみんなからも色々と見られてるでしょ、ホントだったら愚痴の一つくらい言っても良いものなのにさ」 「た、確かにそうかも知れませんけど……」 「ま良いや、それだけ祐巳が良い子だって事なんだから」 なでなでと……ちょっと癖になってきてるかも。 昼休みになると直ぐに志摩子さんがお弁当を持って教室出て行った。そう言えば、志摩子さんはお昼どこで食べているんだろう? 志摩子さんが出ていってから少しして白薔薇さまがお弁当片手にやってきた。 「お待たせ、じゃ、行こうか」 二人と一緒に教室を出て、白薔薇さまと屋上に向かった。 屋上にはいくつかお弁当を広げているグループの姿があって、私たちもその中の一つに加わった。 「うん、みんなとお弁当一緒に食べられて幸せ。あ、そのオムレツ美味しそう」 白薔薇さまは蔦子さんのお弁当箱に入っていた……ってなにそれ!?? 蔦子さんのお弁当は色とりどりで、物凄く見栄えが良い。本当に美味しそうな料理がぎっしりと詰まってる。昨日までと比べたら、質量共に間違いなく大幅にUPしてる。……そもそも一人で食べられる量じゃないし。 「良かったらどうぞ」 「ありがと、ホント美味しい」 「喜んで頂けて嬉しいです。あ、これなんかもどうです?自信作なんですよ」 「頂戴。うん、これも美味しい。蔦子さん料理上手なんだ」 白薔薇さまが餌付けされていく〜〜! 「で、白薔薇さま、折り入って御相談があるのですが……」 写真部のエース武嶋蔦子は猛者だった。 桂さんもピタリ同じ感想みたい。顔がそう言ってる。 「いいよ、そのためにわざわざそれ作ってきてくれたんでしょ、祐巳の顔がそう言ってるし」 う……、でも今回は桂さんだってそうだったし、私が百面相だからじゃないはず。 そんなこともあったけれど、その後は4人で結構楽しくお弁当を食べることができた。 特に、蔦子さんがそのお弁当を私たちにも分けてくれたってのが大きかったかも知れない。みんなとっても美味しかったから、 で、その蔦子さんは、お弁当を食べている間にも、その様子をカメラに収めて白薔薇さまから許しを貰っていた。 ……もう感心するしかない。 流石にアレは交渉用だけだったのだろう。次の日からは普通のお弁当になっていた。 今日も三人と一緒にお昼を食べようと、お弁当をもって祐巳ちゃんのクラスにやってきたのだけれど、私の4限目が少し早く終わったから、少し来るのが早かった。 ……だから、丁度教室から出て来た。逃げ出そうとしていた志摩子と出くわしてしまった。 無言で暫く向き合う。 今日も志摩子はロザリオを首からかけている。 沈黙を破ったのは私の方だった。 「ごきげんよう。紅薔薇のつぼみの妹」 「ごきげんよう。白薔薇さま」 私の嫌味・皮肉に対する志摩子の言葉も同じものをもっていた。そしてどっちも同時に自分自身への皮肉の言葉にもなるのかもしれない。 私達の間で交わされた言葉はその一言ずつだけだった。 志摩子が立ち去った後、そのまま祐巳ちゃんに会う気にはなれなかった。だから特に意味もなく一回りして来ることにした。 「また、薔薇の館に行ってみない?」 お昼を一緒に食べているときに白薔薇さまからそう誘われた。 私は帰宅部だから放課後は空いているけれど、薔薇の館か……正直私には敷居が高すぎる場所なんだけれど、 キラッて蔦子さんの眼鏡が光った。多分今回は陽の関係だと思うけど、それで思い出しちゃった。 あの写真……欲しい。 と言うことは、祥子さまに会いに行かなければ……誘われたのは丁度良いチャンスかも知れない。 そして放課後、白薔薇さまに連れられて薔薇の館に来たのだけれど、今日は祥子さまの姿が見えなかった。 「あら?祥子はまだなの?」 遅れてきた黄薔薇さまが少し意外そうに言う。 「ああ、祥子なら家の用事で帰ったわ」 家の用事。祥子さまはあの小笠原グループ会長の孫娘、それだけに色々とあるのだろう。折角来たのにお会い出来ないなんて、残念。 「折角だから、今日は残りの配役も決めちゃいましょう」 「そうね」 「配役?」 「前に、学園祭の劇について出て欲しいって言ったでしょう。それよ」 「シンデレラでしたっけ?」 「そう。丁度祥子もいないしね」 何故折角だったり丁度だったりするのだろうか? 「祐巳ちゃんはどうする?」 「え?ど、どうするって言われましても…」 確かに前今日のところはとは言われたけれど、こんなにも直ぐに又来るだなんて、 「今なら特別に好きな役を選べるわよ」 紅薔薇さまは配役が書かれた一覧表を私の前に置きながらそんなことを言った。 「あ、でもシンデレラと王子様は駄目だけれどね」 私なんかにそんな大役出来るわけ無いでしょう。 「あのさ蓉子、」 白薔薇さまが間に入ってくれる。 「何?」 「言ってることはその通りだと思うけれど、劇とか苦手そうだし、あんまり無理強いするのは良くないと思う」 「白薔薇さま、」 紅薔薇さまと白薔薇さまの間に志摩子さんが入ってきた。 「もし、祐巳さんが正式に白薔薇のつぼみになったとしたら当然参加しなければいけなくなってしまいます。そのことを考えるのなら、苦手ならなおさら練習量を稼ぐべきではないでしょうか?」 志摩子さんの言うことは正論だった。白薔薇さまの妹になると言うことは白薔薇のつぼみになると言うことなのだから、そうなったら参加しないわけにはいかなくなる。 「でも、それだと祐巳ちゃんが未確定な以上誰かが同じ役の練習をすることになるんじゃない?」 「人手不足の責任は白薔薇ファミリーが大きいのだから、白薔薇ファミリーにその責任をとって貰えばいい。祐巳ちゃんが一員になるのならその責任を分かち合って貰えばいいし、だめなら白薔薇さま一人でとって貰えばいい。違うかしら?」 令さまの疑問に、志摩子さんじゃなくて黄薔薇さまがさくっとすごい答えを返した。 白薔薇さまは弱ったなぁって感じだけど、特に反論はしない。白薔薇さまもその通りだって認めちゃったって事か、 紅薔薇さまは少し考えるような表情をしていたのだけれど、私をまっすぐに見ながら「それで、どの役にする?」って言ってきた。私が練習に参加することは確定してしまったみたい。 「今決めておいた方が良いわよ。今なら楽な役だって選べるんだから。私のお薦めは義母役かなぁ、祐巳ちゃんが祥子をいびるなんて楽しそうじゃない」 黄薔薇さまが何か言ってる。って、祥子さまがシンデレラ役なのか、とすると王子様の方は令さま!? 二色のつぼみによる華麗な競演。想像しただけで美しい。美しすぎる、もう既に宝塚の世界だ。 「お〜い、祐巳ちゃん人の話聞いてる?」 「はへ?あ、す、すみません!」 妄想世界に一瞬旅立ってた。 「それで、どの役にする?」 「う〜ん……」 結局その後色々と悩んだりしたのだけれど、私の配役は最終的に姉Bに決まった。 他の配役は、人手不足というのはその通りみたいで一人二役とかも多い。責任なんて言葉が出てたけど、随分手加減してくれているのかも知れない。最も、劇をなりたたせないことには始まらないからと言うのはあるのだろうけど 今日は祐巳ちゃんを先に帰らせて、私達三人だけが残った。 「志摩子が言ったこと、どう思う?」 内容は正論そのものだから、当然志摩子がああ言ったと言う事自体。 「聖と同じでしょうね」 「やっぱ、蓉子もそう思うか、」 新聞部へのリークも含めて志摩子のそう言う行動は、私が志摩子の前でいろいろやっちゃうのと同じか……悪循環。抜け出す道は全然見えない。どんどん深みにはまって行く道があるだけのような気がしてしまう。 「でも、これで期限の目安ができたわね」 「……そっか、期限付きか」 絶対的なものじゃないけど、遠回しに期限付きになったんだ。 「中途半端な関係を続けるよりは良いんじゃないかしら?」 志摩子がそれだった。中途半端な関係のままだったから…… 「でも、あんまり自信ないな」 「そんな弱気になってどうするの?」 「……」 江利子は今回のこと楽しんでるみたいだけれど、祥子と私の間で板挟みになってる蓉子には本当にすまないと思う。 「正直、今の祐巳ちゃんの中途半端度は志摩子の時以上よ?お客様で仮の白薔薇のつぼみなんてね」 「まあ、ずっとぐずぐずしてた場合でも、志摩子の場合と違って、私たちは祐巳ちゃんを白薔薇のつぼみとして扱うでしょうね」 劇には白薔薇のつぼみとして出ることになる。そうすればみんな祐巳ちゃんを白薔薇のつぼみとして扱うようになるって事か、 「佐藤聖の妹としてじゃなくてもか」 「ええ、そうなるでしょうね」 「あの子、向いてるようには見えないな」 祐巳ちゃんが白薔薇のつぼみ……私みたいなのが言うのも何だけれど、来年の白薔薇さまにだなんていうのは、ここのところ見てきた姿からするとかなり難しい気がする。 「別にそれはそれでかまわないでしょ?決めるのは私たちじゃないのだから」 薔薇さまをを最終的に決めるのは本人とリリアン高等部のみんなだから……か、 「……紅薔薇さまの目から見て次期白薔薇に相応しいと思う?」 「……何とも言えないわね。でも私の経験上、来年は祥子、再来年は志摩子という二人がいれば、それほど大きな問題にはならないかもしれないわね。むしろ、一般の生徒にとって親しみやすくなって良いかもしれない」 さらっときついことを混ぜてくるあたり蓉子らしいが、実際その通りかもしれない。 「でも、そんなことを今考える必要はないわよ。重要なのは白薔薇のつぼみではなくて佐藤聖の妹なんだから」 「私の妹か……」 私のつぶやきを最後に静かになってしまった。 「曖昧な関係を続けていって、三度目の失敗をするようなことだけはしないでね」 別れ際に江利子はそんな言葉を残していった。 三度目の失敗……栞、志摩子、そして祐巳ちゃんか、 でも、それ以前に私は二度目の失敗を引きずっている。いや引きずっているなんてものじゃない。 今は志摩子の前で暴走するのを抑えられているけれど、何かあったら又いつ暴走してしまうか分かったものじゃない。抑えられる自信なんかない。 私はまだまだ志摩子のことを全然諦められていないから…… もし私の妹ができれば、志摩子のことを諦められるんだろうか? 妹ができると言うことは姉になると言うこと ……こんな私でも姉になれるのだろうか? あとがきへ