第四話

三月の雪

〜1〜
 いつも通りバスで登校していて、もうすぐ到着するって時に前の方にお姉さまが乗っているのを見つけた。
 同じバスに乗っていたのに何でここまで気付かなかったのか。……時々同じバスになるけど、ほとんどの場合は気付くのはお姉さまの方だ。
 まあ、右も左もリリアン生で一杯のバスでわざわざ探そうなんてしないからだろうけど……で、朝っぱらからお姉さま曰く姉妹のスキンシップとやらをされてしまうのだ。はっきりいってあれ男の人がやったら痴漢で訴えられるぞ。というか、訴える。絶対に訴えてやる。
 痴漢といえば私はバス通学だから縁がないけれど、電車通学の人はリリアン車両から発展して最近実質女性専用車両化してしまっているらしい車両に乗ってくるそうで、ずいぶん痴漢に遭うことが減っているらしい。けれど、私限定の痴漢は『痴女』なので意味ないなぁ……
 ん? リリアン車両の提案者は山百合会幹部だっけ。要するに現三薔薇さま……おのれが痴漢まがいのことしてどうする!
 お姉さまを見ると、こっちにまるで気付いた様子がない。よし、ここは一つ日頃の復讐……報復、仕返し……まあ言葉は何でもいい。逆の立場に立ってもらおう。
 立っている人たちに頭を下げつつかき分け前の方に移動していく、しかし乗車率が高い中で周りの迷惑考えずに強引にって訳にもいかず、なかなか進めない。ひょっとしてお姉さまは結構強引にかき分けてくるのか? はた迷惑な姉め……結局なかなか進めずにバスが到着する方が早かった。
 一つため息をつきつつ降りて、仕方がないので普通に声をかけようと追いかける。
 けれどお姉さまは急いでいたのか、マリア様の前も素通りしてさっさと行ってしまった。途中で一度呼びかけたのだけれど、私の声には気付かずそのままだった。
 もう一つため息。
 日頃の習慣であるマリア様へのお祈りをスキップしてお姉さまを追いかけるというほどのことでもなく、お祈りをしてから一人で教室に向かった。


 月曜日の一時限目……体育館で卒業式の練習のための準備。
 今日は各クラスが入れ替わり立ち替わりここで練習をするわけで、一時限目にあたった私たちがシートを敷いたりイスを並べたりなんてことをしているわけである。
 そしてこれは朝の連絡で分かったことだが、菊組の一時限目担当の先生に急な出張が入ったらしく普段なら自習なり科目変更なりされるところだがこれ幸いとばかりに動員されることになったそうで。
「はい、祐巳さん」
 収納庫からパイプイスを引っ張り出している人からイスを受け取って運ぶ。さてどこへ持って行けばと体育館を見回すと「あと一つイス持ってきて!」と由乃さんがクラスメイトたちとイスの間隔を調整しながら指示を飛ばしているのが目に入った。ちょうど近いし、私が持って行くことにしよう。
「はい、由乃さん」
「あ、祐巳さん、ありがと。そこに置いておいて」
「うん」
 一番端の一つ足りないところにイスを置く。
「に〜し〜ろ〜や〜………、三年藤組はOK」
 由乃さんたちは列に並んでいる数をチェックをしてすぐに次の列に移っていった……手際がいいものだ。
 次の列の間隔を調整している由乃さんたちから今私がいる整然と並べられたパイプイスの列に目を移す。ここは三年藤組……お姉さまは『さ』とうだから、あの辺りのイスかな?
 これから卒業式まで何度も練習がある。式歌・入退場の練習に始まり、一同起立・着席の練習、そして全校生徒が集まって吹奏楽部の演奏なんかまでついての本番さながらに行う練習も……そんなに『卒業式』を何度もやったら本番の時に実感がわかないんじゃないかと思う。
 私がこうなのだから、お姉さま辺りは無駄なことをって本気で思うことだろう。
「祐巳さん、何か考え事?」
 蔦子さんも手が空いたのか私の方にやってきて話しかけてきた。
「あ、うん。これから何度も『卒業式』をやるけれど、あんまりやっていたら本番の時に実感わかないんじゃないかなぁって」
「ふむふむ、なるほど。確かにね」
「でしょ?」
「でも、別にこれが初めての卒業式って訳じゃないでしょ? 初等部に中等部でもこうして練習含めてきっちりやったんだし、そのときの本番も実感わかなかった?」
「そっか」
 過去の複数の卒業式も何度も練習したけれど、本番は来賓の方々や父兄が見えていることを始め、雰囲気も練習とはずいぶん違っていたし、実感がわかないなんてことはなかった。
「いきなりぶっつけ本番の卒業式はしたことないから比較できないけれど、練習をしたからって卒業式の時に実感がわかないなんてことはないと思うよ」
「そうだね。だから三年生を完璧に送り出せるように練習はしっかりした方がいいと?」
「どうして疑問?」
「あ、いや、うちのお姉さまだとどうかなぁと思って」
「なるほど……白薔薇さまだと本番でも本気で考えるかもしれ」
「そこの二人! おしゃべりしてる暇があったら、他を手伝いに行きなさい!」
 うひゃあ、しかられてしまいました。
 そういうわけで、二人とも素直におしゃべりをやめて、まだ作業をしている人たちの手伝いをしに行くことにした。


 昼休みが始まってすぐに祥子さまが教室にやってきた。
「志摩子さん、祥子さまがいらっしゃったわよ」
「ありがとう」
 きっとお弁当をいっしょに食べるのだろう。伝えに来てくれた人にお礼を言って包みを片手に嬉しそうに教室を出て行った。
 祥子さまが来るのにそういう目的でというのは最近では珍しい気がするなぁ。
 そういえば私たちもお姉さまといっしょにお弁当をっていうのは最近とんとない。たまに薔薇の館とかで偶然いっしょになることはあるけれど、もうお姉さまたち薔薇さま方の足は遠のいてしまっているから、これからのことを考えると、ヘタをするともう一度もそんな機会はないのではないだろうか?
 こっちから誘ってみるか。いっしょにお弁当を食べるなんてことが何度でもできるっていうほど残されているわけではないんだし。
 ……最近しんみりしてしまうことが多いな。何かにつけて意識してしまっている気がする。
 ともかく、こんな顔でお姉さまのところに行ったらからかわれてしまう。パンパンとほおをたたいて軽く気合いを入れ、考えを切り替えてからお弁当を持って教室を出た。
 お姉さまと久しぶりにいっしょに食べるお弁当、おかずの交換とかもしたいなぁとか、今日は暖かいから外で食べるのも良いかもなんて考えながら廊下を歩き、三年藤組に顔を出した。
 そうすると、幸いなことにお姉さまは教室にいたので早速呼んでもらった。
「お姉さま、ごきげんよう」
「あ……うん、ごきげんよう。どかしたの?」
「はい、よかったらお弁当をいっしょに食べませんか?」
「あ〜〜その悪い。ごめん。蓉子と約束しちゃったから」
「そうなんですか……」
「ごめんね」
 本当に申し訳なさそうにしていたから「いえ、別に約束していた訳じゃないですから」と言って三年藤組をあとにすることにした。
 一人とぼとぼと廊下を歩く……とぼとぼっていまの私の足どりを表すのにぴったりの表現かもしれない。まさにとぼとぼと。この廊下を逆に歩きながら色々と想像というか妄想をして期待していた分だけ、当てがはずれてがっくり来てしまった。
 最初は教室に戻ろうとしていたのだけれど、お姉さまといっしょに食べるつもりだったお弁当を持ったまま教室に戻る気もしなくて、向きを変えて階段を上って屋上に出た。
 今日は暖かいしここで一人で食べてしまおうか。
「……あれ?」
 外で食べようとしていたメンバーは他にもそれなりにいて、その中に中庭でシートを広げている三人組を見つけた。それだけなら準備が良いなぁと思うくらいで、普通のことなのだけれど、その三人は紅薔薇ファミリーだったのだ。
 お姉さまと約束していたはずの紅薔薇さまもちゃんといるけれど、お姉さまの姿は見えない。
 ……お姉さまは嘘をついていた?


「お姉さま!」
 薔薇の館に向かう途中、ちょうど帰ろうとしていたお姉さまの姿を遠くに見つけて、大急ぎで駆け寄った。
「え? あ、祐巳、なんか用?」
「……」
 どうしよう? どういう風に聞けばいいだろうか?
「お姉さま、どうしてあんな嘘なんかついたんですか?」
 直接問いつめることにすると、お姉さまは露骨に失敗したって感じで気まずそうに視線をそらせた。
「え、えっとね……ほら、祐巳がどんな隠し芸をするのか見たくてさ」
「はい?」
「いや、ホントごめんね。だまして隠し芸をさせようだなんて……」
「お姉さま?」
「謝ったばかりですまないけど、今急いでるから……ごめんね」
「あ……」
 お姉さまは話を切り上げて早足で私の前からいなくなってしまった。
 いったい何だというのだろう? 話が根本的に通じていない。ごまかそうとしていたにしても変だ。
 お姉さまに出くわしたときの憤りはすっかり消沈し、疑問ばかりが残った。
「祐巳さん、こんなところでどうしたの?」
 声をかけられて驚いて振り返ると、由乃さんと令さまがそこにいた。
「あ、うん何でもないよ」
「そう? なら一緒に行かない?」
 もちろん薔薇の館にってこと。お姉さまのことは気になるけれど、仕事はきっちりとしないと。
 二人と一緒に薔薇の館に向かうことにした。


 私……何かしてしまったんだろうか?
 どう考えてもいくら何でもお姉さまのあの態度はおかしすぎる。思い返してみると、月曜日の朝も実はお姉さまは私のことに気付いていたんじゃないのかと思えてきた。でも、何もなしにあんな態度を取るような人ではないから、何か理由があるはずなのだけれど、正直思い当たるような心当たりがない。
 またため息、もういったい何度目だろうか。
「どしたの?」
「ひゃっ!」
 後ろから声をかけられてびっくりしてイスから飛び退いてしまった。
 声をかけてきたのは祐麒だった。
「なんだよそんなに驚いて、ちなみにノックはしたぞ」
「そ、そう……気付かなくて悪かったわね」
「別に良いけど、何か悩み事?」
 この弟は相談に乗ってくれようというのか。相変わらずよくできた弟だと思う。でも、果たして祐麒に相談してどうにかなるような話かどうか……
「佐藤さんのことか佐藤さんとのこと?」
「……正解」
「やっぱりな」
「そんなにわかりやすい?」
「祐巳がそれだけ悩むようなことに心当たりってそんなにないから」
 さいですか。悩みが少ないことは良いことだし、うらやましいでしょ? とちょっとやけくそ気味のことを考えてみる。
「で、どしたの?」
「ううん……最近お姉さまに避けられてるような気がするの」
「佐藤さんが祐巳を?」
「だから何かしてしまったんだろうかって思って」
「でも、心当たりはないと」
「うん」
「まあ……それじゃあ、俺にはわからないよな」
「だよね」
「でも、他の人なら何かわかるかもしれないし、佐藤さんの周りの人にでも聞いてみたら?」
「そっか、他の人か」
 なるほど、私にはまるで心当たりがないけれど、ある人もいるかもしれない。
「解決すると良いな」
「ありがと。そうしないとお母さんのことでも困っちゃうしね」
「ああ、間違いない」
 もしこのままの状態が続いてしまって、お姉さまの卒業おめでとうパーティーがつぶれてしまったら、お母さんは間違いなく号泣する。号泣しすぎて家が水浸しになってしまうかもしれない。そうなったら、この家を設計したお父さんも号泣するかもしれない。うむ……自分のためはもちろんだけれど、親のためにもなんとかしないといけないな、これは。


〜2〜
 一昨日祐麒に言われてから誰に相談しようかを考えた。お姉さまに近い人といえば同じ三年生であり親友でもある紅薔薇さまと黄薔薇さまなのだけれど……お二人は最後の手段というか、もうすぐ卒業されてしまう人たちを頼るのはよくないだろうと思いお二人はやめた。
 で、そのほかの人を考えたのだけれど事情を知っていそうな人たちはいなかった。ひょっとしたら、何か偶然知ってしまったということはあるかもしれないけれども、それだったら教えてくれると思う。そうでなければ、口止めをされてしまっているか何かで、聞いても難しいだろう。
「……はぁ」
 深いため息。
 考えてもどうにもしようがないし、お姉さまに会いに行っても避けられているのか、どうにも会えなかったし……いっこうに良い兆しが見えなくて憂鬱になってきた。
「祐巳さん」
 そんなことを考えている内に授業が終わり、桂さんが荷物を持って私の方にやってきた。
 桂さんに三年生を送る会での手伝いをお願いしたけれど、それもいよいよ明後日。
「うん、いこうか」
 志摩子さんにも声をかけて三人でいっしょに薔薇の館に向かうことにする。
 桂さんが手伝ってくれていることは本当に助かっている。
 特に本番だけじゃなくて準備でも手伝ってくれているおかげで、一人分とまでは行かないけれど人手が増えて楽になった。
 お手伝いの桂さんが頑張ってくれているのに、つぼみである私が憂鬱になって仕事が手に付かないとかじゃいけない。頑張らないと!


 由乃さんと私の分のコーヒーを入れる。由乃さんにはクリープをたっぷり、私はお砂糖をたっぷり。
「はい」
「どうも」
 来るときに意気込みはしたけれど、休憩の時まで気を張り続けていることはできずにどうしても気が抜けてしまった。元々顔にでやすい私だし、雰囲気が伝わっていたのだろう由乃さんの方から悩み事があるなら相談に乗ってあげるよと言ってくれたのだ。
 それで、こうして今日のお仕事が終わったあと二人だけ残って、ありがたく相談させてもらうことになった。
 けれど、やっぱり由乃さんにも心当たりはなかった。
「でも、避けられているのが祐巳さんだけなら、私が行くぶんには問題ないわよね。ちょっとそれとなく聞いてみようか?」
 由乃さんに感謝。けれど、いくら私にとっては大きなことだといっても、お姉さまが嘘をついて私を避けているようだったというだけで、わざわざ聞きに行ってもらうことまでしてもらうのは少し悪い気がする。
「ありがとう……でも、もう少し自分で頑張ってみるよ」
「そっか、うん。応援してる」
「ありがとう」
「それにしても……白薔薇もやっかいな感じなのねぇ」
「あれ? 由乃さんも?」
「まね。祐巳さんの場合とは全然違うんだけど……私の場合、卒業されてしまう前に令ちゃんのことで決着つけておこうって思ったのよ」
 拳をふりふり令ちゃんのことだけは絶対に負けないと言い切る由乃さんはらしいと思ったのだけれど、突然ため息をついた。
「どしたの?」
「それで、勝負を挑みに行ったんだけど……これが全然いないわけよ」
「そっか、山辺先生の」
「正解。家に電話かけてもいないし、伝言頼んでもなしのつぶて」
 一つのことに夢中になってしまう。これもまた黄薔薇さまらしい行動の結果だった。
「じゃ、どうしたの?」
「果たし状送りつけた」
「は、果たし状……」
 驚くべき単語が出てきた。リリアン生が果たし状を送りつけるなんて前代未聞もいいところじゃないだろうか? しかも、つぼみの妹がつぼみのことで薔薇さまに送りつけるなんて、きっと将来わたってそんなことは起こらないだろう。
「そんなにも意外だった?」
「う、うん……まあ」
「なら良いかな?」
「そっか、相手が黄薔薇さまだから」
「そういうこと、まあ元々は白薔薇さまのアイデアなんだけどね」
「え、お姉さまの?」
「そう。前に白薔薇さまが相談に乗ってくれてね」
 そういえばお姉さまと黄薔薇さまは元々天敵同士だった。そういう意味で由乃さんはお姉さまの後輩にあたるのかもしれない。
「あの時の白薔薇さまは特に変わった様子はなかったんだけど……」
 う〜ん、と首をかしげながら考え込んでしまった由乃さん。私のために悩んでくれるのは嬉しいけれど申し訳ないので続きを促すことにした。
「それで結果は?」
「あ、ううん、まだ。送りつけるはいいけれど、その日は予定埋まってましたじゃ困るしね」
「そっか、じゃあこれからなんだ」
「そういうこと」
「応援してるから、頑張ってね」
 黄薔薇さま相手の戦いともなれば、例え大きなアドバンテージがある令さまのことだとしても、なかなか大変だろう。
「ありがと。そうだ、祐巳さんこれから時間ある?」
「え? 時間、あるけど」
「じゃ、帰りどっかよってかない? たまには祐巳さんと二人でどっか行くのもいいかなって思ったんだけど」
「うん、良いね」
 気を遣いすぎているようにみせないように気を遣ってくれる友人に感謝。このところくすぶっていたし、気分転換にいいかもしれない。
 そうして、薔薇の館をあとにし由乃さんとどこへ行こうか話しながら並木道を歩いていると、ゴロンタがどこで見つけたのかテニスボールを転がして遊んでいるのを見つけた。
「あ、ゴロンタ」
「え? ゴロンタ?」
 由乃さんは、不可解そうにゴロンタの名前をつぶやいた。
 私に気づいたゴロンタはボールで遊ぶのをやめてこっちを見てくる。
「ああそうだ、ちょっと待ってね」
 鞄からキャットフードをいれた袋を取り出す。ずっと入れているけれど久しぶりに使うな、これ。
 袋から出したキャットフードを地面においてやると、ゴロンタは私と由乃さんを交互に見た後、私の方にやってきてキャットフードを食べ始めた。
「びっくり。祐巳さんになついてるの?」
「まあ、ちょっとだけね。この子がほんとになついてるのはお姉さまなんだよ」
「ふ〜ん、それでか」
「なにが?」
「ゴロンタって、白薔薇さまが呼んでるんでしょ」
「そっか」
 一年生はランチ、二年生はメリーさん、三年生はゴロンタとまあ、好き勝手呼ばれているこの子猫。私はお姉さまからこの子猫の話を聞いたからランチからゴロンタに呼び方を変えたけれど、そのことだろう。
「うん、お姉さまが呼んでたからね。メスなのにどうなんだって名前なんだけどね」
「メスなんだ」
「うん、私もお姉さまから聞いて初めて知ったんだけどね」
 ゴロンタは私からはこうして餌をもらってくれるようにはなったけれど、やっぱり本当になついているのはお姉さまだけ。お姉さまみたいにすり寄ってきたりとかそんなことは全然ない。
「にゃぁ」
 最初にあげたキャットフードをすっかりたべてしまったゴロンタはお代わりをおねだりしてきた。
「ねぇ、私にもやらせてもらって良いかな?」
「ん〜、私は良いけれど、ゴロンタが食べてくれるかはわからないよ」
「たぶん祐巳さんと一緒だから大丈夫じゃないかな?」
 のこりのキャットフードを由乃さんに渡す。
 由乃さんはゴロンタにキャットフードをやろうとしたのだけれど、地面において少し離れたくらいではいっこうに食べてくれなかった。
「あ〜、だめかぁ」
「残念だったね」
「仕方ないし、行こうか」
「うん」
 私たちがいなくなれば食べるだろう。
 やっぱり、お姉さまじゃないと、だめなんだろうな。お姉さまがもうすぐいなくなるってことをゴロンタは知っているんだろうか?
 いっそ知らない方が良いのかもしれない。知らなければ私のように思い悩むこともないだろうから。
 眠そうにあくびをしているゴロンタとキャットフードを残して私たちは歩き始めた。


〜3〜
 いよいよやってきた三年生を送る会。
 土曜日の授業を取りやめにして行う一大イベント。この日のために連日私たちだけじゃなくて関連する数々のクラブや有志のみんなが準備してきた。
 今は朝早くに登校してみんなで最後の準備をしている……私は祥子さまといっしょに薔薇を切りそろえる仕事を担当。
 このサーモンピンクの薔薇は私たち三人のつぼみが退場する三年生一人一人に薔薇の花を手渡すことになる。
 祥子さまは紅薔薇さまがいる椿組、令さまは黄薔薇さまがいる菊組、そして私はお姉さまがいる藤組をそれぞれ含む組の三年生に手渡すことになる。そのために着席・退場順も私たちが決めさせてもらったのだ。
 やっぱり、お姉さまには自分の手で渡したい……本当はわがままなのだろうけれど、このくらいのことは役得ということで許されるだろう。私たちは『つぼみ』なのだし。
 それに、どうしてかは全然見当も付かないままだけれど、お姉さまは私のことを避けている。それでも、どういう理由があっても、こうやって行事としてなら避けられないだろう。もちろん、花を渡すからどうなるという訳ではないけれど、これが何かのきっかけになってくれればいいなって思っている。
「つっ!」
「大丈夫?」
 考え事をしながら作業をしていたら、薔薇のとげが指に刺さってしまった。
 ささったところからうっすらと紅い血がにじんで来てしまった。しまったなぁ……
 ため息をついてティッシュをポケットから取り出そうとすると、それよりも早く祥子さまは真っ白なハンカチを私の血がにじんでいる指に当ててきた。綺麗なレースのハンカチに小さな紅いシミができてしまう。
「さ、祥子さま!」
「これで押さえておきなさい」
 祥子さまのイニシャル入りのハンカチ……見るからに高そう。
 そんなハンカチに私の血のシミをつけてしまった……祥子さまはそんなことは気にしないとわかっていても、もったいないし、申し訳ない気持ちで一杯になってくる。
「祐巳ちゃんに危ない作業をさせてしまったのは失敗だったわね。志摩子、祐巳ちゃんの手当お願いできる?」
「あ、い、いいです。そんな! ……大丈夫です。このくらいならなめておけば直りますし」
 そこまで迷惑かけてしまったら私の立つ瀬がなくなってしまう。
「そう? なら良いけれど……これは私がやっておくから、他の人を手伝ってきてくれる?」
「はい、すみません……」
 弱いな、私。
 お姉さまにも言われたとおり薔薇さまになることは私自身が決めたのだからちゃんとしないと。
 ……たとえ、その言葉を残したお姉さまとうまくいっていなかったとしても。


 三年生を送る会もいよいよ大詰め、プログラム上は三年生退場の一つ前……今、山百合会を代表して祥子さまが三年生にメッセージを贈っている。
 相変わらずこうして見ていると祥子さまって格好いいなぁ……見ていて全然飽きない。
 そういえば祥子さまは卒業式で送辞を担当するんだっけ、で紅薔薇さまが答辞。姉妹でできるなんてなんと名誉なことだろう。そしてそれができるお二人はすばらしい……けれどもし、それが紅薔薇のお二人ではなくて私とお姉さまだったらどうだろう?
 三年藤組の列に並んでいるお姉さまに視線を向ける……お姉さまはすこしうつむいていた。ひょっとして私を見たくないのか見られたくないのだろうか?
 ち、ちがった……
「あちゃぁ……」
 なんと思いっきり船をこいでいた。あんな姉の姿を見てしまうと妹として何とも言えない気分になってしまう。らしいといえばらしいのだけど。
 こんな私たちが送辞と答辞をしたら…………いや、お姉さまは外面は良いから立派にやり遂げるかも?
 なんて考えている内に祥子さまの言葉が終わり、いよいよ吹奏部の演奏の中、三年生の退場が始まる。
 私たちはすぐに壇上から降りて退場口に向かった。急ぐとはいっても、走ってプリーツを乱したり、セーラーカラーは翻したりはしないように……そんなみっともないまねをするわけにはいかない。
 すでに志摩子さんと由乃さん、桂さんが水をよく切った薔薇の束を持って待機してくれていた。
 私は桂さんからその薔薇を一本受け取って退場する三年生に手渡す。
「ありがとう」
 受け取った三年生は一つお礼を言ってから、薔薇の茎を短く折ってコサージュのように胸に挿す。サーモンピンクの花が胸に誇らしげに咲く。改めてこうして見るとこの伝統は良いと思うし、その色をサーモンピンクにしたのは正解だったと思う。
 三年生一人一人に手渡しながら、お姉さまがやってくるのを待つ……暫くして、お姉さまの順番がやってきた。
「はい、お姉さま。どうぞ」
 満面の笑顔で渡せたと思う。よく分からないまま避けられていたとしても、それでもお姉さまなのだから。
 でも返ってきたのは沈黙だった。目も合わせようとすらせずに講堂を出て行ってしまった。
「……お姉さま……」
 どうして?
 お姉さまが何もないなんて……しかも『はい、お姉さま。どうぞ』って言いながら渡したのに、どうしてあんな……
「祐巳さん?」
「あ、す、すみません。はい、どうぞ」
 ハッとした。桂さんの問いかけがなかったらそのまま呆然と立ちつくすか、ふらふらと追いかけていってしまったかもしれない。
 何とか笑顔を取り繕って疑問とも同情ともなんとも言えない表情を浮かべている次の方に薔薇の花を渡す。
 せっかくの晴れの舞台に関係のない多くの方々に迷惑をかけるわけにはいかない。
 でもあの様子だと私がここを出られる頃にはもうお姉さまは帰ってしまっているだろうな。心の暴風雨をどうにか抑えたまま薔薇を手渡していく。
「ごめんなさい、順番変えてもらっても宜しいかしら?」
「え? あ、どうぞ」
 そんなとき、隣の列から紅薔薇さまの声が聞こえてきた。順番を先に変えてもらっているようだ。
「お姉さま?」
 それを見て祥子さまが少し驚いたような声をあげた。
「どうしたの?」
「いえ……お姉さま、どうぞ」
「ありがとう、祥子」
 祥子さまに満面の笑みを、そして私に向けてウインクひとつ残して足早に講堂を出て行った。お姉さまを捕まえに行ってくれたのだろう。
 姉妹そろって迷惑かけてばかりで申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいだ。
 うん、せめて紅薔薇さまの配慮に応えるべく、卒業生の皆様に気持ちよく薔薇を受け取ってもらわないと。
「ご卒業おめでとうございます。はい、どうぞ」
 唯一の取り柄であるはずの元気いっぱいの笑顔で。


 式が終わってすぐにお姉さまの姿を求めて講堂を飛び出した。みんなわかってくれていたから、一言言うだけでみんな早く行くように促してくれた。
 講堂を出て辺りを見回すけれど、お姉さまの姿はどこにも見えない。さすがにこんなところで待っているなんてことはなかった。こんなところでは目立つし、当然だろう。
 紅薔薇さまが追いかけてくれたから、まだどこかにいるはずだけれど……思いついたところは二つ。どっちか?
 勘であの温室に足を向けた。
 もう一つは薔薇の館だったのだけれど、果たして? ……どうやら勘は当たっていたようで、温室には厳しい顔の紅薔薇さまと気まずそうにしているお姉さまがいた。
「主役が来たようだから私は失礼させてもらうわ」
「ごめん」
「まったく……祐巳ちゃん。捕まえておいたわ」
「ありがとうございます。紅薔薇さま」
「私はこれで失礼するわね」
「ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
 紅薔薇さまが温室を出て行ってからお姉さまに詰め寄った。
「お姉さま! 私何をしちゃったんですか!? 最近避けてることはわかってましたけれど、式でまであんなことするなんて!」
「別に、祐巳が何か悪いことをしたとかじゃない」
 私の顔を見ようともせずに顔を背けながらの答えだった。
「だったらどうして!」
「祐巳がじゃなくて私の問題なの……」
「いったいなんなんですか!? 私はお姉さまの妹です! そりゃ、全然だめな妹かもしれませんけれど、それでもお姉さまのために何かしたいんです! だから!」
「……ありがとう。でも、だからだめなんだよ」
 今度は私の目をはっきりと見て……本当にそう思って言っているんだ。
「どうして……」
「今は、ごめん。これは私の問題なの。だから……ごめんね」
 お姉さまはそう言い残して去っていってしまった。
 どうして?
 いったい何があったのか、お姉さまの問題だとしても、どうして何も言ってくれないのか?
 何もわからない。でも、お姉さまは私を避けている。私には何もできない……なんて無力なんだろう。
 気づくと地面に染みができていた。どうやら雨は心の中だけでは収まらなくなってしまったらしい。
「ここなら誰もいないし、いいよね?」
 しゃがみ込んで目の前の、まだつぼみもできていないロサ・ギガンティアに話しかけて、声を上げて泣いた。


 どうにか心の中だけの雨になったので立ち上がる。
 まずは顔を洗ってこないと。いくら洗ってもバレバレだとは思うけど、今のひどい顔よりマシだろう。
 本当はそのまま帰ってしまいたかったけれど、そうもいかない。講堂ではみんなが式典のあと片付けをしているはずだ。ましてや桂さんにお手伝いをお願いした身で片付けをしないなんてわけにはいかない。
「祐巳ちゃん、大丈夫?」
 温室を出るなり声をかけられて驚いた。帰ったと思っていたけれど、温室の外で紅薔薇さまが待ってくれていたらしい。
 おそらくお姉さまだけが先に去った時点でだいたいの想像は付いただろうが、私の顔を見ても一目瞭然だ。
「どうする? 帰るなら祥子たちには私の方から言っておくけれど」
「いえ、結構です。ご心配かけてすみません」
「……わかったわ。片付けがんばってね」
「ありがとうございます。今日は……せっかくの日だったのに申し訳ありません」
「祐巳ちゃんが謝る必要はどこにもないわよ。謝らなければいけないのは聖の方。私にできることがあったらいつでも言ってね」
「ありがとうございます」
 そんな話をして紅薔薇さまと別れた。
 駄目だな、私。卒業していく先輩を安心させるどころか心配かけて。
 最近少しは仕事もできるようになってきたと思ったのだけどこんなのじゃ先が思いやられる。
 次期白薔薇さま、いや単なる一後輩としてもしゃんとしないと。
 顔を洗い講堂に着いたときはまだ片付けの真っ最中で、戻ってきた私の姿を見つけて早速祥子さまがやってきた。
「祐巳ちゃんは、備品返却の管理をお願い」
 祥子さまはリストが挟まれたバインダーを渡してくれた。
「はい」
 なにも言わず仕事を任せてくれるその心遣いが胸にしみた。


〜4〜
『祐巳がじゃなくて私の問題なの……』
『……ありがとう。でも、だからだめなんだよ』

 お姉さまは、私のことを避けている。ここまでは間違いない。それはお姉さま自身の問題だとも。
 そしてその一方で私、あるいは私がそうだからだめだと。
 いったいどういうことなのだろうか?
 文字通り私では力不足・不適当ということなのだろうか。たとえば本当の姉妹になれた時のようにその話を聞いたら私がパニックを起こしてしまうとか。
 家に帰ってお風呂に入り、部屋でもうひと泣きして布団にもぐり、そのまま日曜をダラダラと過ごし迎えた週明けの朝、少しは考える余裕もできたのか私の頭の中では昨日のお姉さまの言葉がぐるぐると回っていた。
「はぁ……きゃぁっ!」
 そんな調子だったから、ものの見事に足を滑らせてしまった。
「いたたた」
 家の近所の道でもだったけれど、並木道でもまた盛大にこけてしまうとは……いくら今日は三月にもかかわらず雪が降っているからって恥ずかしいものは恥ずかしい。
「祐巳さん、大丈夫?」
 そう言って手をさしのべてくれたのは蔦子さんだった。
「……撮った?」
 蔦子さん相手だとありがとうとか言うよりも先にこの言葉が出てきてしまう。
「もちろん。決定的瞬間をありがとう」
 やっぱりか……もはやいうまでもなく蔦子さんは蔦子さんだった。
 さすがにこの写真は学園祭で展示されたりとかはないだろうけど……蔦子さんのコレクションにまた一つ私の失敗が加わってしまうことは確定か。
「今日は結構こけてる人も多かったし、そんなに目立つことじゃないけれど、そのままだとさすがに注目集めちゃうよ」
「ありがと」
 一つお礼を言ってから蔦子さんの手を借りて起きあがった。
 服に付いてしまった雪をパンパンと払う。結構雪が付いてしまった。けれど、気温が低くて逆に助かったかもしれない。とけてぐちょぐちょになった雪だったらもっと悲惨なことになってしまっていたところだった。
「それにしても、結構降るよね」
「うん、本当に」
 改めて蔦子さんといっしょに教室に向かって歩きだした。
「ところで……」
「何?」
「今日何回目?」
「……」
 見抜かれておりましたかと思ったらパシャッと至近距離で!
「つ、蔦子さん!」
「良い表情をありがとう。図星だったみたいね」
 いつまでも良いようにしてやられるな自分。いい加減に成長しないとさすがにどうかと思う。
「やっぱり、白薔薇さま?」
「気づいてたの?」
「最近祐巳さんの様子変だったからね。三年生を送る会の時も妙だとは思ってたけど……ああ、新聞部の方は安心して良いよ」
「え? どうして?」
「紅薔薇さまが新聞部に圧力かけに来てたから」
「そう、なんだ」
 あのあと紅薔薇さまは新聞部に向かってくれたのだろう。それで、ちょっとした騒ぎになったにもかかわらず新聞部に動きがなかったのか。お世話になりっぱなしだな、本当に。
「私でよかったら話聞こうか?」
「ありがとう。でも、何か話せるほどのこと私もわからないの」
「そっか……何にもわからないってつらいよね」
「うん……」
「もし、何か情報が手には入ったら伝えるね」
「ありがと」
 蔦子さんの情報網は新聞部よりも早く情報を手に入れられることもあるくらい優秀。その網に手がかりがひっかかってほしい。


 授業が終わって掃除の時間になっても、まだ雪は降り続いていた。そのせいで積もっている雪の厚さは朝よりもだいぶ増してきている。これだけ積もっていると、きっとバスも遅れたりしているだろう。掃除をしながら飛び交う会話もやはり雪のことが多かった。
 掃除を終えて、当番の私がゴミ袋を持ってゴミ捨て場に持って行く。
 昇降口から校舎を出ると冷たい風が襲いかかってきた。
「う〜、寒い寒い」
 せめて三月に降る雪なんだから、もう少し控えめに降って欲しいものだ。さっさとゴミ捨てを終わらせて薔薇の館に行こう。
 けれど、朝みたいにこけないように慎重に慎重に……さすがに悩みの種を抱えていたって、一日に何度も何度もこけてしまったんじゃまずすぎる。
「……あれ?」
 こんな雪の中、特に用事がない人たちはさっさと帰ろうとしているのに、違う方向に歩いていく二人を見つけた。
 早めの足どりで歩いている由乃さんの後ろを真美さんがぴったり一定の間隔を空けながら付いていっている。
 ……ああ、なるほど。何となくわかった。新聞部の嗅覚が何かあるってかぎつけたのだろう。この前言っていた由乃さんと黄薔薇さまの対決。ひょっとしたら今日これからなのかもしれない。
 なんとかしてあげたいような気もするのだけれど、今この私が出て行ったら蛇が出てきそうというか、うじゃうじゃいることは間違いなさそう……だからごめん。由乃さん。
 二人は私には気付かずに表の方に歩いていった。
 由乃さんたちとまた出くわす前に、早くゴミを捨ててこよう。
 そして、ゴミを捨てて戻ってくる途中、今度はお姉さまの姿を見つけた。
 鞄を持っていないから帰る訳じゃないようだけれど、こんな雪の中一人でどこへ行くつもりなのだろう?
「おね……」
 声をかけようとしてやめた。
 昨日と何ら変わっていない状態で声をかけても同じことの繰り返しだろう。お姉さまに何かがあったというのであれば私が少しでもそのことを気づかない限り。
 ……さっき二人を見かけたからというわけではないと思うけど、今まさに真美さんと同じことをしようとしている私がいた。
 こんな天気の中、わざわざどこかへ行こうとしているのだ。お姉さまの抱えている「問題」の一端にでも触れられるかもしれない。
 いつも嫌がっている新聞部と同じことを……と多少のためらいもあったものの結局は少しでも知りたい、その気持ちが勝った。
 彼女たちの行為に眉をひそめられる立場じゃないかも。そんなことを考えながらお姉さまをつけていったその先は……あの温室だった。
 ここって私がお姉さまからロザリオを受け取った場所だし、祥子さまと志摩子さんが本当に姉妹になった場所でもある。他にもちょくちょく話を聞いたりもするし……色々と大事な話があったりするときに使われてる気がする。
 土曜日に私が何となく薔薇の館ではなくこっちに足を向けていたのもそのせいかもしれない。
 そして、だからこそずいぶん古くなってきているにもかかわらず、こうして大切にされてずっと残っている気がした。
 その温室にどんな用事が?
 中に入ると話し声が聞こえてきた。誰かと会っているのか……誰だろう?
 物陰からそっとお姉さまが話している相手を見る。
(え!?)
 思わず声をあげてしまいそうになったけれど、なんとか堪えた。
「ゆっくりと話しておきたくて」
「そっか」
「はい」
 お姉さまが話をしていた相手、こんな雪の日にわざわざ温室にまでやってきて話していた相手は静さまだったのだ。
「もうすぐご卒業ですね」
「そうだね。お祝いでも言ってくれるの?」
 ここ最近お姉さまの様子がおかしかったのに静さまが絡んでいるとでもいうのだろうか? ……いや、それって変じゃないだろうか? お姉さまが私を避ける理由にはならないような気がする。
「私をまねてたんだっけ」
(え!?)
 お姉さまは静さまに近づいて静さまの髪を軽くすくった。
「ええ」
 静さまも嬉しそうにほほえんでいる……ま、まさか、私に対して後ろめたいから避けているとか? それって……そんな!!
 お姉さまは静さまの髪から手を離して、こっちを見て「……誰?」って、気付かれた!!?
 一目散に逃げ出す。
 温室を飛び出て、雪がつもっている並木道を走って逃げる。
 お姉さまは静さまと会っていた。
 それも、あんな……
「あっ」
 足がもつれてしまって、盛大にこけてしまった。
 雪のせいだけれどそのおかげで、前のめりに思いっきり倒れたのにたいして痛くはないけれど、ひどく冷たい。
 こんな冷たい雪がつもっている中、わざわざあの温室まで行って、静さまと……

『祐巳がじゃなくて私の問題なの……』
『……ありがとう。でも、だからだめなんだよ』

 お姉さまの言葉がよみがえってくる。
 ……そういう、ことなの?
 合わなかったパズルのピースが一気に組み合わさっていく気がした。それも考えていなかった方向で。
 ……あるいは考えたくなかっただけなのだろうか?
 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。何が悪かったのだろう?
 私の問いかけはしんしんと振り続ける雪の中に吸い込まれていった。


つづく
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さて、いよいよいとしき歳月編も完結が見えてきましたが……

1.何事にも終わりはある。聖の卒業で完結が好ましい。
2.基本的には完結、外伝として大学生の聖と白薔薇さまとなった祐巳の話を少々ぐらいが良いかも。
3.せめて乃梨子がどうなるのかまでは続けるべき。
4.祐巳の妹問題がはっきりするまでが好ましい。
5.原作も続いていることだし祐巳、白薔薇さま編としてまったり続けては?