「……それで?」 固唾をのんで聞いていた祐巳さんが黄薔薇さまが待っていたというところでぴたりと話を止めてしまった由乃さんに続きを促した。 「……あのさ、祐巳さん?」 「なに、由乃さん?」 「もしさ、私があの江利子さまをよ、見事へこますことができたとしたら今頃どうしていたと思う?」 「? え〜と……とりあえず勝利の垂れ幕でも作って薔薇の館にでも飾るとか?」 「祐巳さんに聞いた私が悪かった。じゃ、志摩子さんどう思う?」 なにそれ〜と少しふくれっ面の祐巳さんを見てついくすくすと笑ってしまう。 「ふふっ。そうね……少なくとも雪を見て気分が悪くなることは無いと思うわ」 「聞いた、祐巳さん? これが普通の反応ってやつよ」 「ひどいなぁ由乃さん。でもとにかくご愁傷さま」 「……ちょっと祐巳さん、今度は負けたと思ってらっしゃいません?」 「え? だって勝てなかったんでしょ? ということは負けたん」 「令ちゃんのことに関してあのデコに負けるわけがないでしょう! あぁ、もう! でも信じられる!? この高等部限定の試合だの、私の方がよっぽど令ちゃんに迷惑をかけているだの言いたい放題いいやがって。あげく令ちゃんなんか『卒業後もずっとずっとお姉さまでいてください』とかいったらしいのよ! もう信じられない! こんなこと……」 祐巳さんのひと言をきっかけに由乃さんの江利子さま、そして令さまへの愚痴がとどまることなく続いていく。二人の様子を見てまた少し笑ってしまう。 父に言わせると私はこの数ヶ月で良く笑うようになったという。私は変わってきているのだろうか? 「……でさ、最後には『三人で一緒に出かけましょ』とかふざけんじゃないわよって感じよね。おててつないでランランランなんてまっぴらごめんだっての!」 「はい、どうぞ」 息を継いでいる由乃さんにコップに注いでおいた水を手渡す。 見ていて気持ちの良くなるような飲みっぷりで飲み干していく。 「ふぅ、ありがとう、志摩子さん」 「落ち着いたかしら?」 「おかげさまで。あっ、出かけるといえば紅薔薇三姉妹そろって出かけているのを見たって先々週だったかな? クラスで話題になっていたけどどこか行ったの?」 「三人で! いいなぁ、私も見たかったなぁ……」 三人で夜景の美しいレストランで食事なんかしちゃったりして……と、祐巳さんが少しうっとりとしながら私たちの姿を話すものだからおかしくなってしまった。 「なになに、何かおもしろいことでもあったの、志摩子さん?」 すかさず聞いてくる由乃さん。 「ごめんなさい、祐巳さんの想像とだいぶ違う晩ご飯だったから」 「といいますと?」 「実はね……」 「ごきげんよう」 ちょうど話そうとしたところで、お姉さまと令さまが入ってきた。 「ごきげんよう。すいません、私だけ行けずに」 「別に謝らなくてもいいよ、祐巳ちゃん。本当に急な呼び出しだったしね」 「ええ、そうよ。それより志摩子、何か楽しそうに話をしていたみたいだけど何かいいことでもあったのかしら?」 どう答えようものか。悩んだけれど少し勇気を出してみることにしよう。 「先々週の話です」 そう、とうなずきながら今度は私がと由乃さんがいれた紅茶を飲もうとしたところでお姉さまにしては本当に珍しくギョッとした顔を浮かべた。 「志摩子!?」 「内緒です」 口に手を当ててそっと微笑みながら、蓉子さまとの話を思いだしていた。 はじまりはほんのささいな一歩かもしれないけれど……これでいいのですよね、蓉子さま? 「初めてのおつかい」へ