もうひとつの姉妹の形 -another story-

fluorite c

〜3〜
 エレベーターが目的の着物売り場があるフロアに到着した。
 ここに来るまで手提げ鞄に始まり、靴やお化粧……いろんなものを見て回った。さすがにお腹がすいてきたのでレストラン街で遅い昼食を取って今は一服中というわけだ。しかしまた、ずいぶん時間がかかってしまった。
 救いといえば祐巳が由乃ちゃんや志摩子と楽しそうに過ごしていたことだろうか。時折、私の方を「私だけ楽しんじゃって……」と見てくるけど笑顔で「楽しんでおいで」と伝えた。
 思えば春先からわりとドタバタしていたせいで同級生同士集まってゆっくりウィンドウショッピングという機会もあまりなかったのかもしれない。
 蓉子や江利子に感謝する気にはなれないが、結果的によしとすべきなのかもしれない。
 そうしてようやく着物売り場に到着。もっとも……ここが本命だし、元々付いてくる理由でもあったのだから、なんだかんだとみんなで盛り上がるのだろう。はぁ……まぁいいか。
 さて、改めて着物売り場を見渡すと、ちょうどその季節だから一角が特設コーナーみたいな感じになっていて色とりどりの浴衣がたくさん並んでいた。
「こりゃ、多いねえ」
「早速祐巳ちゃんに似合う浴衣を探してあげましょう」
 と江利子と蓉子を先頭に並んでいる浴衣を物色し始めた。
「みんな元気だよね〜」
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんね、心配かけて。ちょっと疲れてきただけだから。ほら、私って祐巳と出会うまでみんなでこういうことあまりしてこなかったからさ」
「お姉さま……」
「こら、妹が姉の心配なんかしないの」
 そう言って祐巳の頭をぽんぽんと軽くたたいた。
「よし、私たちも行くことにしようか」
「はい!」
 …………
 …………
 最近は、いかにも浴衣だなぁと思うような柄だけじゃなくて、ドクロとか漢字とかまあすごい浴衣が出ているものだな。こんなのを着ていたら目立ちそうだけれど、私は好きこのんで着たいとは思わない。
 そう思うのだけれど、他にどんな変わり種があるのか見てみたくなって、そういった浴衣を見ていくことにした。
 初めて見るデザインの浴衣にこんなのもあるのかと驚きながら見ていくと小悪魔の柄の浴衣と、天使の柄の浴衣が並んでいるのを見つけた……どっちもかわいい小悪魔と天使がプリントされている。天使も良いけれど、小悪魔な祐巳っていうのもおもしろいかもしれないな。
 いや祐巳って、結構小悪魔的なところもあるし。特に白薔薇さまになってからは。
 おいおい、まさか蓉子的なところだけじゃなく、江利子的な資質まで薔薇さまになることで受け継いだとか? 小悪魔な祐巳もかわいいけどそれだけは勘弁、願い下げだ。
「ん?」
 私を見つめる視線に気づいて振り返る……江利子、蓉子、祐巳が私に向けてきている視線がなぜかきつい。
「お姉さま……私って小悪魔ですか?」
 えっ! まさか、口に出てた!?
「天使はまだともかくとしても、悪魔の方を取るだなんて聖が祐巳ちゃんのことをどう思っているのかよくわかったわ」
「着る者のことも考えなさいよ」
 と、江利子と蓉子からも非難の声が……口に出てようと出まいと何を考えていたのかわかってしまったらいっしょだった。
「ごめん……」
 遅刻した時とは違って本当に祐巳に謝ると、江利子がやっぱり聖には任せておけないわねぇとか言って、楽しげな足取りで少し離れたところにあった浴衣を取ってきた。
「さっき見つけたのだけれど。ねぇ、祐巳ちゃん。こんなのどう?」
 黄色と白がチェックになった浴衣だった。江利子のことだから、そこら辺に並んでいる奇抜なものを勧めるかと思ったけれど、シンプルな浴衣で意外。
「こっちの方がよくないかしら?」
 今度は蓉子が赤と白がチェックになっている浴衣を持ってきて祐巳に勧めた。……これはもしや、「あいや、まった。祐巳は白薔薇さまなんだから、これがいいよ!」とか何とか言って私が白と白のチェック、つまり白一色の浴衣を持ってくることを期待して言っているのか?
 ん? そんなのここにあるのか? っていうか、それ以前に白一色って浴衣として認めていいのか?
 いや……藍地に白い花とかそういった感じの柄の浴衣を探せばいいか。いやいやまてまて、なぜ私が二人に乗せられて浴衣を決めなければいけない。
「祐巳ちゃんにはこっちの方が似合うわよ」
「私は紅の方が似合うと思うのだけれど、祐巳ちゃんはどう思うかしら?」
 気づいたら、どうして君たちはそんな争いをしているのだ?
「あ、あの……お姉さまはどう思います?」
 祐巳がこっちに助けを求めてきたけれど……どっちを選んでも、やっかいなことになりそうだから選ぶわけにもいかない。かといってぱっと祐巳に勧められそうなものは見あたらなかったし、ずっと変わり種の浴衣ばっかり見てきたせいで、これぞっていう心当たりはない。もしも、さっきの小悪魔の浴衣とかを出そうものなら祐巳自身からを含めてなんて言われるか……
「あ〜まあ、着てみないとわからないかな?」
 返答に窮して半分その場しのぎでそう言ったのだけれど……かなりうかつな言動だったかもしれないと、すぐに後悔させられるはめになった。
「ああ、それはその通りね」
「ええ、じゃあ早速。祐巳ちゃんこれを着てみて」
「えっ?」
「着てみなくちゃわからないんだから、着てみるしかないでしょう?」
「いえ、そんなこと言われても」
「ほらほら、何なら私が着替えさせてあげましょうか?」
「け、けっこうです!」
 江利子に追い立てられるように更衣室に押し込まれていった。……祐巳にはすまないことをしてしまった気がする。
 江利子の黄色いチェックの浴衣を着た次は蓉子の紅いチェックの浴衣を着ることになる。二つともいまいちということになったり、私が他に良いのを見つけた場合もさらに着替えることになるだろう。もちろんみんながそれを見ることになる。
 二人だけで来ていたのだったら、祐巳の着せ替えを独占して楽しめただろうけれど、これでは見せ物に近いかもしれない……
「祐巳ちゃんまだ〜?」
「そんなにすぐに着替えられませんよ。もう少し待ってください」
「仕方ないわねぇ」
 江利子が更衣室の前に立って祐巳が着替え終わるのを待っていたのだけれど……本当にすぐにつまらなさそうな顔になってきた。いくら何でも早くないか? あの態度を祐巳が見たらさすがに怒るぞ。
 何か言ってやろうと思ったのだけれど、その前に江利子の顔が一変してものすごく楽しそうなものに変わった。……あれは、何かを思いついたときの顔だ。いったい何を思いついたというのだろうか?
「そうだ! いっそのことファッションショーにしましょう!」
 ファッションショー?
 江利子が何を言ったのか理解するのに時間がかかったのか、少し間があってからその突拍子もない思いつきに更衣室の中から「ええ〜〜!?」って抗議の声が上がった。
「楽しそうね」
 え? 蓉子?
「みんな祐巳ちゃんが着替えているうちに一着ずつ選んでちょうだい」
「よ、蓉子さま!」
「祐巳ちゃんにぴったりな浴衣を選ぶためにはこうするのが一番いいでしょう?」
「そ、そんなこと言われましても……」
 困っている祐巳に救いの手を伸ばしてやりたいところだけれど、二人を同時に敵に回すのは分が悪いというよりも悪すぎる。きっとなんだかんだ言われたあげく、結局ファッションショーを止めることはできないんだ。せめてと『がんばれ〜!』と心の中で祐巳に声援を送ることにした。
 それにしても、祐巳が嫌がっているのは明らかなのだから、江利子の思いつきを止めるか、なだめるべき蓉子がそんな態度に出るとは……
 思ったとおり祐巳が蓉子の前に屈するまで大して時間はかからなかった。


 蓉子の司会でファッションショーが行われることが決まり、みんなが一着ずつ選んで集まることになった。
 私も他のみんなと同じ扱いで一つ持ってくるように言われてしまったから、お姉さまが選んだからとかそんな理由はぬきで純粋にやるつもりなのだろう。
 まあ……こういう流れに持って行ったきっかけが、あの小悪魔の浴衣だったから仕方ないかもしれないけれど。いっそ、天使の浴衣を持って行ってやろうか?
 ……いや、後で祐巳にとっても恥ずかしい思いをしたって、文句を言われてしまうだけかもしれない。ここはまじめに選ばないといけない。
 …………
 …………
 いくつか見て回って、白地にブルーの濃淡で百合が描かれた浴衣を見つけた。
 図柄もすっきりとしているし、白地が夜道とかだと引き立ちそうに思う。落ち着いた感じが少し大人っぽいのだけれど、祐巳が着ると何となく背伸びした感じが出てしまいそうだけれど、それはそれでほほえましくも思えるし、いいかもしれない。
 うん、これにしよう。
 選んだ浴衣を手に更衣室の前に戻ると、志摩子と乃梨子ちゃんが先に戻っていた。
「もう、決めたんだ。どんなのにしたの?」
「はい、見てみますか?」
 志摩子が見せてくれたのは澄んだ青磁色の地に、アイボリーの色がぼかしで流れるように乗せられている。あざやかな赤紫と青の菊に葉っぱも柄として作られているし……すごく上品な浴衣だけれど……
「なにか?」
「ああ、ごめん。何でもないから」
 ……なんか生地も良いものを使っているっぽいし、かなり高そうだから少し心配になったのだけど、考えてみれば当選金額まで漏れているのだから、そのあたりは配慮してくれているだろう。少なくとも司会をしている蓉子は絶対にしてくれるはず……
「くすくす」
「ん?」
 乃梨子ちゃんがなぜか笑っている。
「あっ、済みません。これそんなに高くないですからたぶん大丈夫ですよ」
「そなの?」
 志摩子にもくすくすと笑われてしまった。そんなに間抜けな顔をしていたかな私? 
「……そんなに安いわけでは、ないですけれども」
 少し申し訳なさそうに言う。結局いくらなんだろうと、値札を見てみる……なるほど今なら十分手が届く範囲だ。
 この浴衣は祐巳には多少上品すぎる気もしないではないけれど、せっかくお金があるのだし、ワンランク上のものを買ってあげるのも良いかもしれないな。
 変に疑っていたことを志摩子に謝ってからどれほどもなく、他のみんながそれぞれ浴衣を手に戻ってきて、ファッションショーが始まることになった。
「最初は江利子が選んだ浴衣からね。祐巳ちゃん準備はいい?」
「あ、はい……」
 みんなが浴衣を選んでいる間ずっと更衣室にいたのだから、まだ準備がすんでいないなんてことはないだろう。むしろ、それまでの間ずっと待っているだけの方がきつかったかもしれない。
 蓉子が更衣室のカーテンを開けて江利子が選んだ黄色と白のチェックの浴衣を着た祐巳が姿を現した。
「はい、前に出てきてゆっくり回ってみて」
「……はい」
 あきらめた感じを漂わせた祐巳は蓉子に言われたとおりに前に出てきてくるりと回る。
 うむ……私への遠回しの指定のためのチョイスだから、いまいちかな? 少なくともあれ相手なら勝つ自信がある。似たような感じだから蓉子も同じだろう。
 ……そのくらいは選んだ当人たちが一番わかっているだろうに、二人とも選びなおしたりとかしなかったのはなぜだろうか?
「はい、ありがとう。今度はこっちに着替えてね」
 祐巳に赤というか、紅と白のチェックの浴衣を渡して更衣室に戻らせる。
「準備ができたら声をかけてね」
 もうひとつどうにもわからないのは、どうして蓉子がこんなにノリノリなんだろうか? 確かに蓉子も意地悪だし、私の場合は自分が悪い部分が大きいけれどさんざんにされてきたりもした。でも、祐巳は違うと思う。
 今日の蓉子は謎としか言いようがない。何か怒らせるようなことしてしまったんだろうか? ……もちろん祐巳がじゃなくて、私が。
 宝くじが当たったことを知らせなかったくらいで腹を立てる蓉子でもないし……心当たりはないのだけれど。でも、私の場合は気づいていないだけで何かをやってしまったとか、逆にしなかったとかあり得そうで怖い。
 祐巳が着替えをしている合間の時間に何かないか考えたけれど、答えはいっこうに出なかった。


「はい、聖もどれがよかったか書いてね」
 みんなの選んだ浴衣が一通り終わって投票に移ると、蓉子からペンと紙を渡された。
「書いた人はこの箱に入れてね〜」
 もう一人の仕掛け人の江利子は四角の上だけ丸く穴が開いている箱を持って待機している。明らかに投票用の箱だし……いくら何でも用意がよすぎないか? いや、蓉子は司会をしていたけれど、江利子の方は私たちが浴衣を選んでいる間はフリーだった。その間に他の店に行って買ってきたのだろう。
 しかし、蓉子がこんなことをする理由が全然わからないし、二人の思惑通りになっていくのは少ししゃくなのだけれど、ファッションショーとしてはそれなりによかったし、蓉子と江利子のは置いておいてみんなが選んだ浴衣はどれも祐巳に似合っていた。
 しっかりと選んでくれたのに応えるためにもまじめに投票するとしよう。
 そうすると、どれを選んでもという気もするけれど、祥子が選んだ白地に何種類もの水玉が踊っていたあの浴衣が一番よかったかな?
 『祥子の浴衣』と紙に書いて二つ折りにして江利子が構えている箱に入れた。
「お姉さまが選んだ以上にふさわしい浴衣はあったかしら?」
「さてどうでしょう?」
「あら、弱気ね。祐巳には私が選んだ浴衣が一番に決まってるじゃない! とは言わないのね」
「そうはならないと思ったから、今日付いてきたんじゃなかったっけ?」
 もちろんそれは口実だけれど、否定するわけにもいくまい。
「ああ、そうだったわね。ついつい、夢中になって忘れてしまっていたわ」
 江利子がかけてきたちょっかいはそこで終わり。みんなも投票し終わり、蓉子と江利子が開票と集計のために二人そろって更衣室に入っていった。
 入れ替わりに私のところに戻ってきた祐巳に「おつかれさま」とねぎらいの言葉をかけたけれど、ぶすっとしたまま「どうも」って素っ気なく返してきただけだった。
「祐巳ちゃんこっちに来て」
 更衣室から二人が出てきた。入ってすぐに出てきたけれど、この人数なら集計も単に数えればいいだけだし早いのも当たり前か。
 たぶん一番の浴衣を着てもらうのだろう、祐巳は蓉子に呼ばれたとおりに更衣室に入っていった。
「はい、お待ちかねの結果を発表するわよ。まずは、トップを発表する前に、聖の選んだ浴衣には一票だけ入りました〜」
 なぜわざわざそれを発表する!!
「なんだ、結局聖は自分に入れたのね。自分だけだなんて恥ずかしくない?」
 筆跡で私が祥子の浴衣に投票したのはわかっているはずなのに……ちょっと頭に来た。それで、思惑通りにされている鬱憤晴らしも含めて言い返そうとした時、申し訳なさそうにしている祥子が目に入ってきた。
 ああ、私の浴衣に投票したのは祥子だったのか。
 祥子のことだからあの浴衣を自信を持って勧めたのは間違いないけれど、それでも自分に投票する気にはなれなかったから私のを選んだのだろう。
 私が何か言えば祥子に火の粉が降りかかってしまうかもしれない。せっかく良いものを勧めてくれた祥子を出すのはちょっと申し訳ない。かといって、いくら何でも黙っているだけというのは我慢ならん。マナー違反の点だけでもとっちめてやる。
「江利」
「江利子、何のための無記名投票だと思っているの? あなたの言葉はマナー違反よ」
 私が言うよりも早く……というよりも言葉をかぶせてきたような気が……まあ蓉子が言おうとしていたことを要約して代弁してくれた。
 すると江利子は「それもそうね、ごめんなさい」と詭弁をろうすることもなく素直に謝ってきた………謝られはしたけれど、江利子に文句を言えなくなってしまったから、かえって少し不満が残った。どうも調子狂うなあ。タイミングが悪いというか……
 それにしても江利子は江利子だけれど、蓉子も蓉子だ。いつもよりだいぶ江利子への締めつけが緩くないか? 本当に今日の蓉子のスタンスはよくわからないなぁ……
「後は省略して……一番票数が多かったのは、この浴衣よ!」
 蓉子がカーテンを開けると祥子が選んだ浴衣を来た祐巳が姿を現す。ひょっとして、私の浴衣のことを発表したのは祐巳が準備する時間を稼いでいたのだろうか? それならば説明が付かなくもないが、それでもあんまりだと思った。
 まあともかく、あの浴衣が一番良いと思ったのは私以外にも何人もいたのだろう。その点で意見がそろったのは良かった。



 つづく