〜1〜 学園祭を明日に控えた、土曜日……本当の意味でお姉さま、佐藤聖さまの妹になることができた次の日、登校途中の私の頭を支配していたのは、志摩子さんのことだった。祥子さまはあの後戻ってこなかったから、どうなったのかわからなかったのだ。 私たち姉妹のために、教室にぽつんと一つ席が空くようなことになってしまったら……そうならないことを祈りながら、いつものようにマリア様の前まで来て、私の動きは止まった。 「行きましょうか?」 「はい、お姉さま」 お祈りを終えて声をかけた祥子さまに、少し恥ずかしそうに、けれど間違いなくうれしそうに返事をしているのは志摩子さんだった。二人は私のことに気づかなかったのだろうそのまま校舎の方へと歩いていった。 「そっか、おめでとう。志摩子さん」 祥子さまの呼び方が、『祥子さま』から『お姉さま』に変わっていた。その理由は、きっと私たちと同じように、昨日本当の姉妹になれた……志摩子さんが祥子さまに救われたからにちがいない。 志摩子さんが救われたからと言って、私たちが許されるわけではない。それでも本当に良かった。 マリア様にお祈りした後の足取りは軽いものになっていた。 授業が終わった後、私は志摩子さんに話さなければいけないことがあるからと言われ、薔薇の館に直行するのではなく、あの古い温室にやってきた。 「祐巳さん……ごめんなさい!」 深く私に頭を下げる志摩子さん。ここにやってきた目的は思ったとおりだった。 そして、志摩子さんの口から語られる真実……志摩子さんの考えていたことは、ほとんどお姉さまが考えていたとおりだった。 「私がしたことは許されるようなことではないとわかっている……それでも、ごめんなさい」 再び深く頭を下げた……むしろ、謝らなければならないのは私の方だ。 しかし、それを口にしただけでは足りない気がした。だから志摩子さんには悪いけれど、私の言葉をふるえながら待つ志摩子さんを前に私が言うべきことを考えさせてもらった。 「志摩子さん、許されないのは私も一緒。むしろもっとたちが悪いと思う。だけど……」 ハッと顔を上げ、そんなことはない! と言おうとした志摩子さんを手で制する。 「ごめん、言わせて。……私が言えた立場じゃないかもしれないけれど、振り返ることよりもこれからどう歩いていくかの方が大事なんだと思う」 決して忘れられないし、忘れちゃならないことがある。それでも、私もお姉さまも、そして志摩子さんたちも前に進んでいくべきなんだ。 そして、私の言葉の真意がくみ取りきれなかったのだろう、不可思議そうな表情をしている志摩子さんに手を差し出す。 「だから、もし志摩子さんが許してくれるのなら、友達として一緒にやっていかない?」 「……え?」 「ね?」 しばらく呆然としていていた志摩子さんの目から涙があふれ出した。 「本当に、良いの?」 「うん。だから握手」 「……ありがとう」 「こちらこそ」 志摩子さんは涙をぬぐって私の右手をぎゅって両手で握り、私も左手をさらに重ねた。 「遅くなってしまったし。急ごうか?」 「ええ」 二人で同じようにうれしそうな笑みを浮かべながら温室を出て、二人のお姉さまがいる薔薇の館を目指した。 〜2〜 あれもこれも、火の中に投じてしまう……今日一日のために作られ、使われたものが次々に明るい光になって消えていく。 「これも」 何百回と読み上げただろう劇の台本を火の中に投げ入れると、紙だけあってすぐに火がついて光の一部へとなっていった。その光を見ながら考えてみると、この何週間かはこれまでとは比較にならないくらい濃い毎日だったように思う。その一連の出来事で私は姉妹というものがわかり、こんなにすばらしいお姉さまを持つことができた。 同じように横でお姉さまも台本を火の中に投げ入れた。 「終わったね」 「はい」 ものはこうしてみんな消えてしまい、人と人との絆、そして想い出だけが残る。 私にとって、とても大きな想い出ができた。けれど、こうしてお姉さまのすっきりとしたすてきな横顔を見ていると、お姉さまにとってはもっと大きいものだったように思える。 「劇でのこと?」 「はい、本当に良かったですね。でも、本気でびっくりしたんですよ」 本番の舞台で初めて見せた志摩子さんのアドリブ……「今までお世話になりました。私がいなくても幸せになってください」……とても、シンデレラから義母へのメッセージとは思えない言葉。そして、それに同じように劇のアドリブで答えてしまったお姉さま。 それはいくらそれが喜ばしいことであっても本番の最中だったのだし、私は本気で慌ててしまって、もう少しで叫んで私が劇を台無しにしてしまうところだった。 「ま、あの程度だれも気にしなかったんじゃない? 最後は拍手喝采で終わったんだし」 「まぁ、そうですけれど……」 「私も、あんな風にメッセージを伝えてくるとは思わなかったよ。でもね、私が志摩子の言葉に応えることができたのも、みんな祐巳のおかげだよ」 そう言って、お姉さまは何か思いついた様子。 「そうだ。みんな上手く行ったし。それ、首にかけてあげようか?」 それ……とは私の手首に巻かれているロザリオのこと。 いつでも外して良いからとこうしてくれたロザリオ……すぐに外せるのに外さないということにも大きな意味がある気がしたから「いえ、このままで良いです」と答えた。 「そっか」 短くそう言って微笑みと一緒に返してくれた。きっとお姉さまも私と同じ気持ちで、ただ、確認したかっただけだったのだろう。 「それじゃ帰ろうか」 「はい」 アコーディオン、ピアニカ、ハーモニカが奏でる懐かしい曲『マリア様の心』をBGMに二人で帰り道を歩く。 月と、マリア様だけが二人を見ていた。