第三話

もうひとつの姉妹の形 後編

「白薔薇さま?」
 一方の白薔薇さまはドアノブを持ったまま志摩子さんが駆け下りていった階段を見たままだった。もう一度声をかけても反応してくれない……まさに呆然としていた。
 さっきまでの楽しげな声があふれていた部屋がとたん急に静かになってしまって、妙に外の雨の音が響いている。いったい何がどうなってしまったのだろうか?
 私には全然わからないから、とにかく白薔薇さまに聞くしかない。何度か白薔薇さまに呼びかけたのだけれど、まるでのれんに腕押しだった。それで、声だけではなく肩を揺するとやっと私のことに気づいてくれた。
「白薔薇さま、何がどうなっているんですか?」
「……祐巳ちゃん。私とんでもないことをしちゃった。ごめん、ごめんね」
「どうして、白薔薇さまが私に謝るんですか?」
 涙を浮かべていた志摩子さんにならともかく、私には謝られるような心当たりがない。
「そっか、説明しなきゃね。長い話だけど、聞いてくれる?」
「はい……」
 白薔薇さまは一度ゆっくりと天井を仰いだ後、重い足取りでさっきまで座っていたいすに戻って、告白を始めた。長い話の始まりは志摩子さんとの話からだった。
 志摩子さんは薔薇の館に通い始め、山百合会の仕事を手伝うようになっても、白薔薇さまとの関係はそのままで少しも進まなかった。それは、白薔薇さまが志摩子さんを特別な存在にしておきたかったけれど、栞さまとのことがあったから、それ以上近い関係になってしまうのをおそれていたから。だから、志摩子さんの立場は曖昧なままだった。
「私は志摩子もそのままで良いと思っていると勝手に思いこんでた。でも、本当のところはそうじゃなかった」
 志摩子さんも誰とも深い関係を持とうとしなかった。その一方で、自分の確かな居場所を欲しがってもいた。その気持ちを表にはしなかっただけで、白薔薇さまからその居場所をもらいたがっていた。そのことに気づいたのが祥子さま。それで、祥子さまが白薔薇さまの代わりに志摩子さんに居場所を与えようとしたけれど、志摩子さんはその好意を断った。
「志摩子が祥子の申し込みを断った時、祥子は志摩子が今の居場所がなくなったら本当に飛び立ってしまうつもりだったってことに気づいたらしいの。だからこそ祥子が二度目の申し込みをして、志摩子を妹にした」
 どうして自分はまるで気づかなかったのかと後悔しているようだ。
「うわさ話を聞いて祥子に志摩子を取られたくないから妹にしようと考えた私なんかとは比べものにならないよね。ましてや、志摩子にとっても私が一番に違いないし、私が妹にって言えば必ず志摩子は妹になるなんて考えていたんだから、馬鹿だよね……でも、本当に馬鹿なのはこの後」
 そのことを話すのはつらいのか、一度目を閉じて深く息をついた。
「祐巳ちゃんが薔薇の館にロザリオを返しに来てくれたとき、志摩子は何でもないように振る舞っていて、ほしがっていたはずのロザリオをどこの誰とも知らないような子に渡してしまったことを何とも思っていないように見えたの。立派な二人の姉がいる紅薔薇ファミリーに入れたら、もう私みたいなのはどうでも良いのかって。そんな風に思えたらそのまま行動に走ってた……そんな態度を取るなら、こうしてあげようかって感じで言い出したのが、あの妹体験」
 白薔薇さまの告白には驚かされた。私がロザリオを受け取ったときにいろいろと話してくれたけれど、確かに姉妹体験を持ちかけた理由については何も聞いていなかった。姉妹体験のことで質問攻めにされたりしたときに、なんでこんなことになってしまったのだろうかとは考えた。でも、その姉妹体験のきっかけについては全然疑っていなかったのだ。
「自分が悪いってわかってても、祥子のロザリオを受け取ってしまった志摩子が腹立たしかった。後もうちょっとで間に合ったのに、どうしてって……逆恨みも良いところだよね」
 その嫉妬から志摩子さんの前で、私に抱きついたり、あえて『お姉さま』と呼ばせたりしていたのだという。そのことはどうしてだろうと思ったことがあった……今初めてその理由が分かった。
「……そんなわけがあったんですね」
「そう。で、祥子とのことは私の早とちりだったけど、祐巳ちゃんに酷いことをしたって思ってロザリオを返してもらおうとしたわけ」
「でも、妹にしようと思ったんですよね?」
「うん、私も本当に楽しかったから。もし、祐巳ちゃんが妹になってくれるのなら、祐巳ちゃんとなら今度こそ一緒に歩んでいけると思ったんだ。それに、お礼って言ったら変だけど、祥子と近い立場を祐巳ちゃんにあげることもできるって思ったのよ」
 白薔薇さまはそんなことまで考えてくれていたんだ。
「それで、一応のけじめをつけたと思っていたけれど、志摩子のことについて考えていなかった。志摩子にとってみれば、祐巳ちゃんに私を奪われた話になるのにね」
「でも、志摩子さんは嫉妬とかしなかったですよね?」
「そう、志摩子も結局のところ祥子から受け取ってしまった自分も悪いって思って現実を受け入れようとしていた。でも、それを見てすっかり安心してしまったのがおろかだった。志摩子も私と同じ。自分が悪いってわかっていても、何でもかんでも受け入れられるわけじゃない。だんだん私たちのことが我慢できなくなったんだと思う」
 あの志摩子さんの様子は我慢できなくなったということとは結びつかないような気はするけれど、「だから、最近様子が変だったんですか?」と聞くと行動を起こしてたのはもっと前だという答えが返ってきた。もっと前って、何かあったっけ?
「全然気づかなかったよね。それが志摩子の間違い。志摩子は私と同じことをしようとしていたの」
「どういうことですか?」
「祐巳ちゃんは、祥子のファンだってことはみんなわかってるでしょ。志摩子は私と祥子、志摩子と祐巳ちゃんを入れ替えて考えた。つまり、祥子の妹になった志摩子に祥子のファンだった祐巳ちゃんは嫉妬しているはずだって」
 私が志摩子さんに嫉妬?
「それで、祥子と無理にってのは言い過ぎか。必要以上に仲良くしようとしてたんだと思う。でも、その入れ替えが間違っていたから、祐巳ちゃんの前でどれだけ仲良くしていたって祐巳ちゃんが嫉妬するようなことはなかった」
 あの仲むつまじげな姉妹は作られた姿だったと、白薔薇さまを奪ってしまった私への当てつけだったと言っているのか。
「その時点で私か志摩子かどっちかが気づけば良かったけれど、お互い自分が思いこんでいるだけだなんて思いもしなかった。でも、蓉子も江利子も気づいていたくらいだから、祥子が気づかなかったはずがない。祥子に原因の一端はあっても、当てつけのために仲良くしてみせるなんてとても楽しいものじゃないよね」
 私は全然気づかなかったし気づく余裕もなかった。でも、祥子さまが私なんかと同じはずはない。志摩子さんの気持ちがわかっていたなら、不快とまではいかなくても快くは思っていなかったと思う。
「そして、志摩子が独り相撲している間に、祐巳ちゃんと祥子の仲が良くなってきた。志摩子自身が祥子との関係が良いものではないって一番思っているから、祐巳ちゃんが祥子と自然に仲良くなっていくのを見て、特に祥子が楽しそうにしていたのがショックだったと思う」
 あ……写真部であの『躾』の写真を見たとき、志摩子さんはまるで姉妹のようって言っていた。あのとき由乃さんの様子がおかしくなったのは、何か特別な写真を見つけてしまったのではなくて、志摩子さんがあの写真を見てしまったからだったんだ。
「ここのところ志摩子の様子がおかしかったのは自己嫌悪に陥っていたから、だからさっきの言葉はとどめになった」
 さっきの言葉……祥子さまの『祐巳ちゃんみたいな妹だったら、さぞ楽しい日々になるのでしょうね』という言葉、裏を返せば志摩子さんとの姉妹関係は楽しくないともとれる。志摩子さんがそう考えていたならつらい言葉だっただろう。
「これで話は終わり。私がもっと早く気づけば良かったのに、そうじゃなかったから……謝って許されることじゃないけど、それでもごめん」
 そんな秘密があるなんて思いもしなかった舞台の裏側が今やっと分かった……けれど、どうして私が謝られているのかはわからなかった。何でも聞いていないで少し考えてみよう。
 ……志摩子さんにとって私はどうだったのだろう?
 最初は巻き込まれてしまった一生徒にすぎなかったかもしれない。でも、白薔薇さまの妹になって志摩子さんから白薔薇さまを奪った人間になってしまった。その上で祥子さまとも仲良くするということは祥子さまも志摩子さんから奪ってしまうことにはなりはしないだろうか? 私と祥子さまは姉妹のような特別な関係ではないけれど、志摩子さんにしてはそのこと自体は問題ではない。
「私、志摩子さんから白薔薇さまも、祥子さまも奪ってしまったんですね……」
 白薔薇さまはもう一度深く頭を下げてごめんと謝って私の考えを肯定した。
 なんてことをしてしまったのだろうか……たとえ知らなかったとしてもそれは弁解にならない。私が志摩子さんの大切な人を、つまり居場所を奪ってしまったのだから。
 ……居場所?
「……祥子さまは、志摩子さんは居場所がなくなったら……本当に、飛び立ってしまうつもりだって、気づいていたって……」
「え? あ、うん。私が気づけば良かったんだけれどね」
 考えていたことがいつもみたいに顔どころか声にまで出てしまっていたようだ。でもこれでようやく分かった。
 もともと居場所がなくなったら飛び立つつもりだった志摩子さん。そして今、私たちの前から走り去った。それが意味することは……
「なんだ、そうだったんですね」
 私は志摩子さんから大切な人を奪っただけじゃなく、人生そのものをゆがませてしまったんだ。そしてもう取り返しは付かない。 ……あれ、涙もでないや。
「……祐巳ちゃん?」
「志摩子さんも大変でしたよね。見せつけられても気づきもしないバカを相手にして」
「祐巳ちゃん、それは違う!」
 私の考えていることが分かったみたい。白薔薇さまはぎょっとした顔で大きく首をふり、私の手をぎゅっとつかんできた。
「悪いのは全部私! 祐巳ちゃんは何も悪くない!」
 悪くない……私が悪くないなんて!
 私をかばって言ってくれているその言葉に、何かがはじけてしまった。次の瞬間、私は白薔薇さまの両手を振り放し、食いかかっていた。
「悪くないわけなんてないじゃないですか! 私は志摩子さんから大切な人を! 居場所を奪ってしまったんですよ! その上、志摩子さんの人生まで私がゆがませてしまった!」
「そうじゃない、祐巳ちゃんは……」
「どこが違うんですか! そうですよ、私さえいなけれ」
「違う!!」
 館じゅうに響き渡るような絶叫の前に最後まで口にすることができなかった。そして白薔薇さまは優しく、でも今度こそ決して離れられないように私を抱きしめた。
「志摩子を泣かせたのは私。祐巳ちゃんが自分をそんなにも責めるのだって私のせい、全部私の罪なの。ごめんね、泣けない、泣くこともできないほど悲しませてしまって」
 そういって片手で私を抱きしめたまま、私の頬をなでた。そんなに優しくしてもらう資格は私にはこれっぽっちもないのに。だけど……
「そう、泣いていいの。泣いて泣いて忘れてしまえばいいの。悪いのは全部私なんだから」
「え? 泣けてなんか……」
 その言葉に思わず見上げると、輪郭のぼやけた白薔薇さまが映っていた。
「わ、私」
 赤ちゃんをあやすように背中をポンポンと叩きながら、白薔薇さまは黙ったまま、優しくうなずいてくれた。
「白薔薇さまっ!」
 私は白薔薇さまにしがみつき、子どものように泣いた。


「どう、落ち着いた?」
「すいません。本当にありがとうございました」
 まだ目は赤いけどもう大丈夫ですから、とそっと白薔薇さまの腕の中から離れる。私にこんな風に優しくしてもらう資格なんてないのだ。とはいえそう言ったら、いや、言わなくて私の顔を見て「私がすべて悪い」と白薔薇さまは言い出すだろう。ならばいっそ聞いてみよう、このままでは堂々巡りだ。
 思いっきり泣いて少しはすっきりしたらしい頭が思ったままのことを口に出した。
「でも白薔薇さま、どうしてご自分が悪いと? 志摩子さんだって私が悪いって思っているはずですよ。全部奪ってしまったのは私なんですし」
 すると、白薔薇さまはハッとしたように目を瞬かせ、申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんね。こんなことすら伝えてあげられなくて。祐巳ちゃんの思っているようなことはないよ……志摩子はそういう人間じゃない。祐巳ちゃんのことを責めるような人間だったらこんなことにはなってないんだ」
 そんな。志摩子さんが私が悪いと思っていないなんて信じられない。
「今、志摩子は自分を責めてる。祐巳ちゃんに祥子を奪われてしまったのは当てつけなんかをしていたから。私を奪われてしまったのは祥子からロザリオを受け取ってしまったから。祥子からロザリオをもらうことになったのは、居場所がほしかったのに自分からは何も言い出せなかったから……いや、ひょっとしたら、そもそも大切な存在を作ってしまったこと自体間違いだったかもしれないとか考えているかもしれない」
「そんなことって。でもたとえそうだとしても……」
「そう。志摩子は全然悪くない。蓉子や江利子からいろいろと言われたりヒントをもらったのに、動かなかったし、気づきもしなかった……自分に都合の良いことばっかり考えて都合の悪いことは見ようともしなかった。結局私はあの時から何も変わってなかった」
 あの時、栞さんとのことだ。
「そのあげく、どうにか居場所を作ろうとしていた志摩子に逆恨みまでしたんだから、もうどうしようもない悪人でしょう? 祐巳ちゃんはそんな悪党に乗せられちゃっただけだから罪はない。分かった?」
 白薔薇さまが本当にそう考えていることは分かった。でも、さすがに何も罪がないなんて思うことはできなかったのと、白薔薇さまがどこか変な気がしたからうなずいたりはしなかった。
「そっか……何か飲み物を入れてあげる。紅茶で良い?」
「……はい」
 しばらくして紅茶の香りが漂ってきた。
 なんなんだろう? 今の白薔薇さまはおかしい気がするのに、何がおかしいのかわからない。
「はい」
「……ありがとうございます」
 紅茶を受け取って飲む……
「そんな難しい顔して、ひょっとして砂糖の量間違えた?」
「いえ、ちょうど良くておいしいですよ」
 実際、泣きつくした体にいつもどおり絶妙な紅茶は何よりも効いた。
「そりゃよかった。我ながらいい味でしょ?」
 優しい笑顔を浮かべてそう言う白薔薇さま。
 あ、そうか。紅茶のおかげか、少なくとも一点気づけたことがある。……これ自体がおかしいんだ。
 さっき、白薔薇さまはどうだったか、私が何度も声をかけても気づかないくらいだったじゃないか。そして、全部私に告白した……あれは、白薔薇さまが何度も言っているように全部自分が悪かったって、さっき私が考えていたのと同じような感じだったからだ。そして、今もそう思い続けている。
 私は白薔薇さまのおかげで、こうして考えに気が回るほどには楽になれた。……たとえ、罪の重さは消えてないにしろ。
 でも、白薔薇さまの方は何も解決していないではないか。とても笑みなんて浮かべられないはず。にもかかわらず今、白薔薇さまは……だから、おかしいのだ。
「どうかした?」
 罪の意識につぶされそうになっていた私を助けるために、自分のことよりもまず私のことを?
 ……それだけならとてもありがたく、申し訳ないことだけどわかる。けれど、それなら私がこうして曲がりなりにも落ち着けた後にも、あんな笑顔でそもそも今日何もなかったような顔でいられる理由にはならない。
「……白薔薇さま、何を考えているんですか?」
「何をって、どうして?」
「あれだけショックを受けていたのに……変です」
 いつもだったら仮にそう思うことがあっても絶対言えなかったと思う。しかし、そこまではっきり言われてしまっても、優しげな笑みをうかべたまま、肯定も否定もしようとはしなかった。
 どう考えてもおかしい……どういうことだろうか? 頭の中でさっきまでの出来事がグルグルと回りだす。
 白薔薇さまにとって志摩子さんのことはとても深く重いものであるのはよく分かった。そして、そのことで自分のことを徹底的に責めていた。全部自分が悪いって。今だって、きっと涙すら出ないほどつらいはずなんだ、まるでさっきの私みたいに。
 ……私。そうか、私なんだ。なんでこうも鈍いのだろう。思わず自己嫌悪に陥りそうになるけど、とりあえず忘れておく。
 いつもなら自分がうぬぼれているとしか思えなかっただろうけど、今なら確信を持てる。白薔薇さまは私だけは救おうとしてくれている。だって、そうじゃないと説明が付かない。
 私がいる限り、私の前ではいつでも笑顔で頼りになる優しい「お姉さま」であり続けるのだ……そして一人になった時、いつまでも自分を責め続けるのだろう。
 なんて人なんだろう。私は白薔薇さまにそんな大切にしてもらえるような人間ではないけれど、それでもその想い、気持ちが本当に嬉しかった。でも。
 このままではきっと白薔薇さま自身は不幸になってしまう……そんなのは嫌。
 始まりはでたらめも良いところだった。その後だってすんなりと来たわけではない。でも、白薔薇さまの妹になれてすごく楽しかったのは事実。そして何よりも、白薔薇さまがここまで私のことを想ってくれている。護ろうとしてくれている。
 紅薔薇さまは『包み込んで守るのが姉』と言っていた……今はその意味がわかる。白薔薇さまは今まさに『お姉さま』なのだ。また、紅薔薇さまは『妹は支え』とも言った……今の白薔薇さまには一緒に歩んでいく、支えになる『妹』が必要なのだ。
 そして、白薔薇さまの支えになれるのは同じ罪を背負った私しかない。今こそ私は、白薔薇さまの『妹』になりたい!
「お、お姉さま!」
「……へ?」
 こんな時だっていうのに、初めて自分から「お姉さま」と呼ぶのは恥ずかしく、真っ赤になってどもってしまった。でも、今はそんなことでへこたれるわけにはいかない!
「私はもう大丈夫です。だから、お姉さまの話を本当の最後まで聞かせてください!」
 白薔薇さま……お姉さまは、私の突然の言動に相当驚いたのか目を丸くしている。
「……どうして?」
「私、お姉さまの『支え』になりたいんです!」
「さ、支え?」
「紅薔薇さまが言ってました。あのときは意味がよくわからなかったけれど、今分かりました。私はお姉さまを支える『妹』になりたいんです」
 お姉さまは、軽く天井を見上げて……次に私の目をじっと見て「だめ」と短く言った。
「ど、どうしてですか!?」
「私にそんな資格はない」
「そんなことありません! お姉さまは今私をしっかりと護ってくれました。それがとてもうれしくて幸せだったから、今度は私が支えたいんです!」
 私の言葉はお姉さまの心には届かなかったのか、何も答えてくれなかった。
「私は護られて、助けられて……それなのに、お姉さまが自分を責め続けて不幸になっていくなんて、そんなのは絶対嫌なんですっ!」
 自分の無力感がどうにもやるせなくて、あれだけ泣いたのにまた涙が出てきてしまった。
 どれくらいそうしていただろう? 数秒、あるいは数分だったかもしれない。
「お姉さま?」
 顔を上げて……お姉さまの顔をよく見るために涙を拭いた。お姉さまは私の両肩に手を乗せ、真剣な表情で私を見ている。
「一つだけ……祐巳ちゃんは何も悪くない。胸を張れることしかしていない。これは良いね?」
 それは私が『妹』になるためにお姉さまが出してきた条件だった。
 私が悪くないなんてことはありえない。私は犯した罪は、たとえ知らなかったといって消えるものではない。むしろ、気づかなかった分だけたちが悪いとすら言える。
 けれど、そう認めることで、お姉さまを支えることができるのなら……ゆっくりと深くうなずいた。
「私はね、自分がどれだけひどい人間なのか話して祐巳ちゃんに罰してほしかったんだ。でも、それは祐巳ちゃんのことを全然考えていなかった。当然だよね、祐巳ちゃんみたいな子ならちっとも悪くないのに自分のことを責め始めるに決まっているのに。……それなのに、そんな私を支えようとしてくれるなんて」
 お姉さまはありがとうと言いながら私を優しく抱きしめてくれた。 
「お姉さま……」
「これからも私の妹でいて」
 お姉さまは私を受け入れてくれた。
 私たちの背負った罪はとても重いものだ。でも、それでも二人で歩いていけるなら。
 お姉さまに優しく抱かれながら涙……うれし涙を流す。
 この日、本当の意味で私は佐藤聖さまの妹になることができた。