第二話

白薔薇姉妹、誕生 前編

〜1〜
 白薔薇さまからロザリオをいただいた……私が白薔薇さまの妹になった次の日の放課後、白薔薇さまが私を迎えにやってきた。鞄を持って教室を出て白薔薇さまと一緒に廊下を歩く。
「みんなの反応はどうだった?」
「まだ、話してませんし、かわら版もたぶんこれからでしょうから、特に……」
「そっか」
 もちろん桂さんと蔦子さんには、休み時間に詳しく話したし、昼休みの新聞部のインタビューにも同席してもらった。二人の他には話していないし、手首に巻いているこのロザリオのことも誰も気づかなかったと思う。ただ一人、志摩子さんを除いては……
「でも、志摩子さんのことは……」
「志摩子か」
 朝、私の手首にあるこのロザリオに気づいたのは志摩子さんが最初だった。登校してきて、ロザリオを見つけた瞬間固まってしまった志摩子さん。特に何か言ってくることはなかったけれど、白薔薇さまから経緯を聞いていたから、志摩子さんのことが気にならなかったはずがない。
 今日一日、視線は自然と志摩子さんを追っていた。それなのに、志摩子さんが私のこと、そして私が白薔薇さまの妹になったことをどう思っているのか、これっぽっちもわからなかった。
 思うところがないはずはないのだから、こちらから声をかければ何らかのものはわかるだろう。でも、どういうものが返ってくるのか怖くて声をかける勇気がなかった。
「何かあったら言って。本来祐巳ちゃんじゃなくて、私が受けなければいけないことなんだから」
 それって、志摩子さんが嫉妬して何かするってことなのだろうか? あの志摩子さんが?
 いや、あり得ないことではないか。人間誰だってそういう気持ちを持つことはあるだろう。志摩子さんのことをよく知っている白薔薇さまがこう言っているのだから十分にあり得るのかもしれない。
 ……話を聞いたら不安になってきてしまった。薔薇の館の扉をくぐるときの緊張は今までのものはずいぶん違うものだった。


 最後に由乃さんと令さまの二人がやってきて、全員揃うまでの雑談の間中、志摩子さんのことをずっと見ていた。無表情ではなくても、軽い微笑みばかりというのも似たようなもので、何を考えているのかはやっぱり全然わからなかった。
「それじゃ、白薔薇さま、紹介してくれるわよね?」
「では、改めて。昨日、祐巳ちゃんにロザリオを渡したから、正式に白薔薇のつぼみになった。みんなこれからよろしくしてあげてね」
 改めて白薔薇さまから紹介されたので、これからよろしくお願いしますと頭を下げる。
 そして、みんな拍手と笑顔、そしてお祝いの言葉で歓迎してくれた。そこまでだったら驚くことはなかったのだけれど……
「祐巳さん、よろしくね」
「……え?」
 その中に、志摩子さんも混じっていたのだ。言葉だけのものではなく、きちんと笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
「それじゃ、白薔薇のつぼみとしての初仕事をしてもらいましょうか、このカップ、片づけてくれる?」
「あ、はっ、はい!」
 慌てて返事をして、紅薔薇さまから言われた役目を果たすために席を立った。
 志摩子さんと由乃さんも同じようにカップを流しに運んで洗う……その間、志摩子さんが声をかけてきたりはしなかったけれど、拒否されていたりねたまれているような感じはまったくしなかった。
 志摩子さんは私と、私たちの姉妹関係を認めてくれたのだろうか?


 解散になって白薔薇さまと一緒に帰るとき、私が聞きたかったことを白薔薇さまの方から言ってくれた。
「志摩子のこと、どうやら心配していたことにはならなかったみたいだね」
「それはそうですけど、どういうことなんですか?」
「紅薔薇さまも同じ意見で、あれは現実を受け入れようって態度。どれだけ思うところがあったって祥子の妹である志摩子が私たちの姉妹関係に口を出して別れさせたりすることはできない。そうすると、立場上どうしてもずっとつきあっていかなければいけないでしょ?」
 確かに白薔薇のつぼみと紅薔薇のつぼみの妹がつきあわないなんてわけにはいかない。
「それなのに、ずっと妬んでいたりしていても良いことなんて何もない。後ろを向いてうつむいて進むよりも、前を向いて顔を上げて進んでいこうって決めた。そういうこと」
「そうだったんですか」
 白薔薇さまは志摩子さんの態度をきれいに説明してくれた。それなら、姉妹体験の時は距離を置いていたのに、本当に姉妹になってから急に近づいてきたのも納得できる。
「だから、祐巳ちゃんが志摩子のことを考えるなら、なおのこと私の妹らしくするべきなのよ」
「どういうことですか?」
「さすがに、いくらそう考えていても、すぐに心の底からそう思えるわけはないでしょ? 今はまだ努力しているところ。だからこそ、私たちが仲良くしていた方が志摩子にとっても良いのよ」
「そういうものなんでしょうか?」
「うん。そういうものなんだよ」
 何となく腑に落ちないところもあったけれど、ともかくこの話はこれで終わった。
 バス停にやってきたM駅行きのバスに乗ったところで大切なことを思い出した。今日はずっと志摩子さんのことばっかり考えていたせいですっかり忘れていたのだ。
「どしたの?」
「あの……かわら版。遅くても明日の朝には広まってますよね?」
「三奈子のことだからもう配ってるだろうし、朝には行き渡るだろうね」
「ということは明日の朝、登校したとたん私質問攻めにあっちゃうと思うんですよ」
「あ、なるほど。確かにそうなりそうだね」
 前に質問攻めにあったときは蔦子さんと桂さんの二人が助けてくれたけれど、登校したときに二人がいるとは限らない。それにあのときは結局逃げたようなものだった。一応でも白薔薇のつぼみになったのに逃げてしまうのはどうかと思う。
「そうだね……うん、そういうときはにっこりと笑ってから、簡単にかいつまんで話して後は想像に任せるって言っておけばいいよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。笑顔ではっきり言うのがポイントだよ」
 私がそういう風にクラスのみんなに説明するところを想像してみる……うまく想像できない。私にみんなに取り囲まれたときににっこり笑うなんてことができるだろうか?
「大丈夫。自信を持つのが大事なんだから」
「……はい」
 ちゃんとできるように、帰ったらイメージトレーニングでもしてみよう。


 朝、もうみんな私が白薔薇のつぼみになったと知れ渡ってしまっている中での初めての登校。私が教室に入ったとたん、またみんなに取り囲まれて質問攻めになってしまうだろう。ほら、並木道を歩いているだけでみんなの視線が集まってくる。
 白薔薇さまが教えてくれた対策を昨日イメージトレーニングしたけれど、本当にうまくいくだろうか?
 かなりの不安を抱えながら昇降口、そして廊下と進む。もう少しで教室というところで、なにやら教室の中が騒がしいのに気づいた。
 私のことでうわさ話が盛り上がりに盛り上がっているのだろうかと、おそるおそるのぞき込んでみると、前の方に人だかりができていた。こんな風にのぞき込んでいる私のことなんか誰も気にしていないようだ。
(なんだろう?)
 教室に入ると「来たわね」という声とともに教室中の視線が一斉に私の方に向いてきた。悲鳴をあげるのはこらえることができたけれど、怖い。いけないこんな怯えているようじゃ。質問の矢が飛んでくるのだから備えないと、ええと……
 あれ? 質問が一つもこない。
 そのかわりに人だかりが割れて、その中心にいた方が姿を現した。その方が来ていたのならこの状況も納得できる。しかし、本来こんな所にいるはずのない方だった。
「紅薔薇さま!?」
「祐巳ちゃんごきげんよう」
「あ……はい。ごきげんよう」
 どうしてこんなところに紅薔薇さまがいらっしゃるのだろうか?
「みんなが祐巳ちゃんのことを聞きたがっていたから説明していたのよ。本人が来たことだし、これで失礼させてもらうわ」
 みんな紅薔薇さまが帰ってしまうと聞いて惜しそうだ。
「祐巳ちゃん、昨日も言ったけれど、山百合会をともに支えていく仲間として、よろしくお願いするわね」
「は、はい!」
 そうして紅薔薇さまがにっこりとほほえんで教室を去っていくと、すぐにみんなが私を取り囲んだ。
 ま、まずい! とてもすらすらと説明なんてできない。こういうときは手のひらに人って書いて飲めばいいんだっけ??
「おめでとう祐巳さん」
 へ?
 みんなが口々にお祝いの言葉を私にくれる。まるでカーテンコールみたい。
 特に説明を求められるようなことはなく、質問といえば「どうして昨日教えてくださらなかったの?」というのがきたくらいだった。
「祐巳さん?」
「え? あ、うん……言い出すのが恥ずかしくて、すみませんでした」
「そうだったんですか」
 それだけですんでしまい思いっきり拍子抜けしてしまった。いったいどういうことなのだろう?
 解放された後、自分の席について考えてようやくわかった。たぶん、紅薔薇さまは私がうまく説明できないことを見越してみんなに説明して、しかも紅薔薇さまが私を白薔薇のつぼみとして認めているとみんなの前で示してくれたのだ。
 いや、それでも山百合会幹部とのこととか、聞きたいことはたくさんあるだろうし、ひょっとしたら質問攻めにしないようにとかまで言ってくれていたのかもしれない。だから、あのくらいしか質問が出てこなくて、私でも冷静に答えることができたのだろう。本当にありがたい。
「さすが、紅薔薇さまね」
 小声で私に話しかけてきたのは桂さん。
「うん……本当に」
 三薔薇さまの関係、山百合会幹部の中での位置づけがああなっているのも何となくわかったかもしれない。
「これ、昨日配られてたかわら版、よかったら読む?」
「ありがとう」
 どういう風に書かれているのか読んでおくに越したことはない。桂さんにお礼を言ってかわら版を受け取った。
 内容に目を通してみると、要点がしっかりと押えられていて、特に変なところはない、ちゃんとしたインタビュー記事になっていた。そして、トップを飾っている白薔薇さまと私の写真。もちろん昨日インタビューに同席した蔦子さんが撮ったものだけれど、インタビュー後に白薔薇さまが悪ふざけをしてきた時のではなく二人ちゃんと並んで椅子に座っている写真だった。あの写真が使われなくて本当に良かった。もし、あんな写真がかわら版で全校生徒にさらされてしまったら、しばらく登校拒否になってしまっていたかもしれない。


 そして、お昼に白薔薇さまがやってきて、いつものように四人揃って屋上でお弁当を食べることになった。
「そうそう、朝どうだった?」
 白薔薇さまがお弁当の包みをほどきながら、昨日私は不安がっていたけど、うまくいったでしょ? 的な感じで聞いてきた。
「うーん、どうといいますか……」
 今朝の紅薔薇さまがしてくれたことを白薔薇さまに話すと、白薔薇さまはごめんと謝ってきた。
「この前のことがあったし、大したことにはならないと思ってたけど……紅薔薇さまが動いたってことは考えが甘かったみたいだわ」
 この前のこと?
「白薔薇さま、この前のこととは、かわら版に姉妹体験のことが載った日のことですか?」
「あ……失言だったか。うん、あのとき教室の前まで行ってたのよ。下手に出て行くと話が大きくなりそうだったからどうしたものかと思ってたけど、二人が祐巳ちゃんを助けてくれたから飛び出ていかずにすんだわけ」
 蔦子さんの指摘に白薔薇さまはばつが悪そうに答えた。あのとき白薔薇さまは教室まで来ていたんだ。
「そうだったんですか。確かにあの時点で白薔薇さまが出てきていたら次の休み時間はもっとひどいことになっていたでしょうね」
「だろうね。二人とも祐巳ちゃんを助けてくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「当然のことをしただけですから」
 うん、あのときは本当にありがたかった。改めて二人にお礼を言った。
「そういえば、カメラちゃん。結局あの写真は使わなかったんだね」
 しばらくして、白薔薇さまが蔦子さんから一つ分けてもらった鯵の煮付けをつまみながら思い出したように言った。
「ええ、そこまで新聞部にサービスをする義理はないですしね」
 ……蔦子さんにとってはそういう問題だったんだ。
 でも、ばっちり現像してありますのでよかったらと、持ってきていた鞄から写真の束を取り出して白薔薇さまに渡した。
「ありがと、うん。なかなかよく撮れてるじゃない。祐巳ちゃんも見る?」
「あ、はい」
 渡してもらった写真を見てみると、インタビュー後の白薔薇さまの悪ふざけの写真だった。抱きつかれて、さらにいたずらされてしまうさまがコマ送りのように順番に写されている。よくまあ、ここまでたくさん撮ったものだ。
「やっぱり、できたばっかりの姉妹とは思えないくらい仲が良いですね。どうです? 今度の休み二人でどこかへ出かけられては?」
「うーん、それも悪くないけれど、カメラちゃんが撮りたいだけでしょ」
 図星だったらしく蔦子さんは笑って誤魔化した……写真部のエース恐るべし。

 放課後、薔薇の館に演劇部の人たちが台本の冊子を届けに来てくれた。
「はい、祐巳ちゃん」
 白薔薇さまから台本を受け取ってパラパラと捲る。結構な量だ。
「これ、演劇部の人たちが作ってくれたんですか?」
「ええ、本当は私たちで作るはずだったのだけれど、演劇部が手伝ってくれると申し出てくれたのよ」
「そうなんですか」
「他にもいろんな部が手伝いを申し出てくれているのよ」
 正式に依頼したのはダンス部だけだったのに、話を聞いた部が次々に手伝いを申し出てくれたのだそうだ。この劇は山百合会幹部だけでなく、多くの人たちに支えられていたのだった。たぶん、一生徒として劇を見るだけだったらそんなことを知ることはなかっただろう。
 それにしても、みんなそれぞれ学園祭に向けての準備があって忙しいだろうに、自主的に手伝うというのは素直にすごいと思う。
「早速読んでみましょうか」
 紅薔薇さまがナレーターを務め、それぞれ自分の役の台詞を読んでいくことになった。
 しばらくして私の役『姉B』の台詞が近づいてきた。
 よし、しっかりとやらなくちゃ……とはいえ、この台詞を私が言うのか?
「シンデレラ、あなたは何をしていたの? まだ掃除終わっていないじゃないの」
「もう終わらせましたけれど?」
「も、申し訳ありませ……あ」
 祥子さまにきっぱりと言われてしまったから思わず謝ってしまった。それは台本とは全然違うし、そもそも意地悪な姉がシンデレラに謝るはずもない。
「おーい、祐巳ちゃん。謝ってどうするのよ」
 白薔薇さまがすごく楽しそう。他のみんなも笑っているし……ものすごく恥ずかしい。
「すみません……」
「最初から完璧にこなせるとは誰も思っていないわ。だからこその練習なのだからね」
 紅薔薇さまが言ってくれたことはそのとおり。でも、さっきのはその範囲を超えてしまっていたような……
「気を取り直して、もう一度行きましょう」
「は、はい」
「シンデレラ、あなたは何をしていたの? まだ掃除終わっていないじゃないの」
「もう終わらせましたけれど?」
 とにかく台本に集中して、祥子さまの言葉に反応しないように読む。
「あら? それでは、ここに見えるものは何なのかしらね」
 何とか無事に言えてよかった。
「……すみません。すぐに片付けます」
 シンデレラが掃除し終わったところに自分でゴミをまいてあんなことを言うのだから本当に意地悪な姉だと思う。私は役をやっているだけで本当に悪いことをしてしまったような気がしてくるのだから、とてもそんな意地悪な人間になれそうにない。
「シンデレラ、あなたやる気あるわけぇ?」
「あらあら、これではお夕飯を与えるわけにはいかないわね」
 姉A役の由乃さんと、継母役の白薔薇さまが本当に意地悪な姉と継母に見えるのは……それだけ演技がうまいからでいいのだろうか?
 と、私の番がまた回ってくる。
「お姉さま」
「は、はい」
 祥子さまがまっすぐ私の方を見ながら『お姉さま』なんて言うものだから、どきんとして声が裏返ってしまった。そして、みんなまた笑われてしまうわけで……
「あ……」
 志摩子さんも私の失敗を楽しそうに笑っているのに気づいた。さっきは恥ずかしすぎて気づかなかったけれど、他のみんなと同じように志摩子さんも笑っていたのだ。白薔薇さまが言っていたことが今本当に納得できた気がする。


 朝、マリア様の前で熱心にお祈りをしている志摩子さんを見つけた。さすが熱心なクリスチャンだけあるのか、そういう意識があるからそう見えるのか、他の人たちよりもずっと熱心にお祈りしているように見える。
「あ……祐巳さんごきげんよう」
 お祈りを終えて歩き出そうとしたところで私のことに気づいて挨拶をしてくれた。
「ごきげんよう、志摩子さん」
 考えてみれば、志摩子さんの方から声をかけてきたのは、あの姉妹体験という話になった昼休みに、私を薔薇の館に案内するために声をかけてきたとき以来じゃなかろうか?
「どうかしたのかしら?」
「え? あ、なんでもない」
「そう」
 特に話をするということもないけれど、すぐそばで私を待ってくれているような……って、そうだ。マリア様へのお祈り。志摩子さんの目の前で忘れたりなんかしたら、姉妹云々関係なくとてもまずい。
「少し待っていてくれる?」
「ええ」
 マリア様にお祈りをする。
 今日はうまくいきそうな感じがしている志摩子さんとの関係がもっとうまくいくようにお祈りした。
「お待たせ」
 志摩子さんと二人で教室に向かって一緒に歩き始めた……それなのに、志摩子さん相手にどういう話をしたらいいのか思い浮かばなくて、黙ったまま二人揃って歩いていくだけになってしまった。このまま教室まで行ってしまったらまずい……何か志摩子さんに話すことはないかと必死に考えていると、志摩子さんの方から声をかけてくれた。
「祐巳さんと、こうして一緒になるのは初めてね」
「あ、うん。そうだね」
 全然何も出てこなかったから、志摩子さんの方から話題を提供してくれるなんてありがたい。
「祐巳さんはとても正直な人ね」
 ……はて? なぜそんなことを言われ、しかもくすくすと笑われているのだろうか?
「あ……ひょっとして、顔に出てた?」
「ええ。祐巳さんともっと早く知り合えていたらよかったかもしれないわね」
 楽しそうな志摩子さん。……なんだか朝からしてやられてしまった気分。けれど、志摩子さんがこんな風に話かけてきてくれたのは喜ばしいことだった。


 ちょうど薔薇の館のドアを開けて入ろうとしていた由乃さんを見つけたので声をかけることにした。
「由乃さん、ごきげんよう」
「ああ祐巳さん。ごきげんよう」
 にっこりとほほえんで挨拶をしてくれた。
 由乃さんと一緒に薔薇の館に入って二階に上がったけれど、まだ誰も来ていなくて今日は私たちが一番乗りだった。
「ちょうどよかったかな」
 由乃さんのつぶやきはどういう意味だろう?
「実は、祐巳さんにいろいろと聞きたいことがあったのよ」
「そうなんだ。どんなこと?」
 由乃さんと二人だけで話す機会なんて初めてのこと。どういうことを聞きたいのだろう?
「ほら、私って黄薔薇でしょう? だから紅薔薇と白薔薇の間で起こっていることが気になっても、なかなか口を出せなかったのよ」
 話は私たちの姉妹体験と志摩子さんと白薔薇さまの関係のことだった。確かに、ずっと近くで見ていたのだから、志摩子さんと白薔薇さまが親しかったのは他の誰よりも知っているはずだ。
「祐巳さんと白薔薇さまが無事姉妹になって一段落したわけだけれど、単純にそのまま姉妹になったってわけではなくて何かあったと思っているのよ。どうかしら?」
 由乃さんはきっちりと予想できていた。あのとき姉妹体験について聞いてきたのも単に興味があってというのではなく、心配してくれていたからだったのだろう。そんな由乃さんに聞かれたのだから、白薔薇さまの過去の話とか勝手に話してはいけなさそうなこと以外はきちんと答えることにした。
「姉妹体験って祐巳さんにとってはずいぶんいい話だったんだ」
「うん。祥子さまとお話しできる仲になれたし、白薔薇さまも一緒にいるとすごく楽しいし。まあ、私みたいなのが白薔薇のつぼみで良いのかっていうのはあるけれど……」
「それは気にしなくて良いと思うわよ。山百合会幹部って結局のところ姉妹関係で繋がっているだけでしょう? 確かに、妹にするときに将来薔薇さまとしてとか考える場合もあるかもしれない。でも、私のところみたいにずっと前から高等部に進学したら姉妹になることを決めていた場合もあるんだし」
「そうなの?」
 中等部の頃から仲の良い先輩後輩関係でという話は聞いたことがあるし、由乃さんも令さまとはそんな関係だったのだ。先輩の方がつぼみの妹になれば、後輩の方がどうかとは関係なく山百合会幹部の仲間入りということはあるわけだ。
 ただ、類は友を呼ぶという感じなのか、現山百合会幹部に限って言えば、みんな揃いも揃って美少女ばかりであるし、その能力他もすばらしいのは間違いないと個人的には思う。
「ええ、それよりも志摩子さんとはどう?」
「あ、うん。志摩子さんとのことは心配していたけれど、今日も志摩子さんの方から声をかけてくれたし、うまくいきそうでほっとしているの。白薔薇さまが志摩子さんは現実を受け入れようと努力しているって言っていたとおりなんだろうね」
 今まで一つ一つ相づちなり何なりを返してくれていた由乃さんが何か難しそうな顔をして考え込んでいた。
「由乃さん?」
「ああ、ごめんなさい。……姉妹の形やでき方ってさまざまだなって、改めて考えていたの」
 そうして、由乃さんと令さまの場合……二人が従姉妹同士で、しかも家が隣だから生まれた頃からのつきあいだということや、令さまのお姉さまである黄薔薇さまとの関係なんかを話してくれた。


〜2〜
 祐巳ちゃんを迎えに一年生の教室に向かう途中で志摩子と祐巳ちゃんのペアを見つけた。
「二人ともごきげんよう。薔薇の館に行くところ?」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。志摩子さんが一緒に行こうって誘ってくれたんです」
「せっかくですし、白薔薇さまも一緒にいかがですか?」
 志摩子の言葉には正直驚かされた。祐巳ちゃんと仲良くしようとしているのはわかっていたけれど、私に対する気持ちにもきちんと整理をつけようとしていて、しかも私を誘おうとできるまできているとは……
「いやー志摩子が誘ってくれるなんてうれしいね」
 志摩子がそうだったから私の方も素直に言えた。前に、廊下で出くわしたときに皮肉を込めて呼び合ったのが嘘のようだ。
 それじゃあと薔薇の館に向かおうとしたとき、後ろから誰かに見られているような気がして振り向いた。
 ……特に誰かがじっと見ているということはなかったが、歩き去っていく髪の長い子がいた。あの子が見ていたのだろうか?
「白薔薇さま、どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない、行こうか」
 気になったけれど、わざわざ追いかけて見ていたのかなんて聞くわけにもいかない。釈然としないまま二人と一緒に歩き始めた。


 今日は簡単に会議を終わらせて劇の練習をすることになった。
 みんな最初よりもずいぶんうまく台詞を言えるようになってきた。そんな中、祐巳ちゃんは元が笑ってしまうような姉Bだったのもあって、ずいぶん伸びていたのが目立った。あれは、家でしっかりと練習をしていたのだろう。
「良い感じになってきたわね。特に祐巳ちゃん、がんばったようね」
「え、いや、そんな。私なんかまだまだ……」
 蓉子からほめられて照れている。
 一区切りついたところで蓉子が「一度休憩にしましょう」と言って休憩に入った。
 そうして一年生三人が入れてくれた飲み物を飲みながらいろいろと話していると、江利子が「ところで白薔薇さま」と私に声をかけてきた。
「何かな?」
「祐巳ちゃんって見ているだけでもおもしろいわね」
 どうしてそんなことを言われたのかわかっていない祐巳ちゃんに「百面相」と小声で言ってあげると、顔を真っ赤にさせてみんなにくすくすと笑われることになった。
「そういえば志摩子は祐巳ちゃんと同じクラスよね」
「はい、それが?」
「普段の祐巳ちゃんもこんな感じなの?」
 そう聞かれた志摩子は少し考えた後、そうでもないと答えた。
「教室ではもっと落ち着いています。祐巳さんで楽しもうとする人もいませんし。でも、祐巳さんともっと前から知り合うことができていたら、きっと楽しかったでしょうね」
 志摩子は祐巳ちゃんのことをずいぶんよく見ていたようだ。もちろんきっかけは私が祐巳ちゃんにロザリオを渡してしまったことなのは間違いないけれど、それでも今は祐巳ちゃんと仲良くしていこうとしている。
 祐巳ちゃんといい関係が築ければ、祐巳ちゃんの友達二人とも関係を持てるようになるだろう。人とのつきあいが少なく、友達がほとんどいない志摩子にとっては今回のことはいい話になるかもしれない。……いや、そうなってほしい。


 一緒に歩く帰り道で志摩子とのことについて聞いてみた。
「志摩子とはうまくやれているみたいだけれど、どう?」
「志摩子さんとですか? そうですね、昨日の朝マリア様の前で会って志摩子さんの方から声をかけてくれましたし、今日も休み時間に話をしたりしました」
「薔薇の館に行こうって誘っていたわけだし、志摩子の性格からするとずいぶん積極的かな」
 同じ薔薇の館のメンバーである由乃ちゃんとのつきあい方も見てきたから、あのときは志摩子がお手伝いだったというのを考えても差が大きいように思う。
「白薔薇さまが言っていたように現実を受け入れようとしているからこそかもしれませんね」
 そうだねとうなずくと、祐巳ちゃんは何か思いついたようでポンと手をたたいた。
「何か思いついたの?」
「あ、いえ。今まで考えたら志摩子さんの方から声をかけてもらってばっかりだったなって思って。今度、私の方から声をかけてみることにします」
「ああ、それは良いね。志摩子って友達少ないし、カメラちゃんとかとも友達になれるとなお良いかな」
 志摩子、そして祐巳ちゃんもがんばろうとしている。それなのに私が動かずしてどうする。よし、ここは一つ……
「祐巳ちゃん、今度の日曜日って暇?」
「日曜ですか? 特に予定は入ってませんけれど」
「それはよかった。日曜日一緒にどっかへ遊びに行こう」
 私の提案がすぐには理解できなかったのか「え?」って声を出した。
「いわゆる一つのデートってことで」
「で、でーとですか!?」
 デートって単語が出たとたんおもしろいように慌ててくれた。こんな祐巳ちゃんの様子を見ることができただけでも少し得した気分だ。
「うん、姉妹になったんだしそのくらい良いでしょう?」
「え、まあ、そうかもしれませんけど」
「祐巳ちゃんはどう? 一緒に遊びに行きたい?」
 まあ、さっきのは慌ててしまっただけで、行きたくないですなんて答えが出ることはなく「誘ってもらえてうれしいです」と言ってくれた。
「よし、決定と。まあ今すぐは難しいだろうけど、志摩子と気軽に話ができるようになったら話の種にすると良いよ。きっと向こうもその頃にはデートの一つくらいしてるだろうし」
「もし向こうも日曜日にしていて、途中でばったりであったりしたらおもしろいですね」
「ああ、そうだね。それは楽しそう」
 本当にそうなったらおもしろいけれど、あの二人がどこへ行くのか予想してねらうのは難しそうだ。