立場の違い2R

第22話

◆かけがえのない者

 2月27日(土曜日)、ネルフ本部第1発令所、
「槍はどうなっている?」
 冬月から尋ねられた青葉は先ほどまで処理をさせていた槍の予想軌道をサブモニターに表示させた。
「地球引力圏を振り切り、これからは現在太陽を中心にして彗星のような軌道を描いていくと思われます」
「何かに衝突すると言う事は無いのか?」
「少なくとも今後数十年はこのまま飛びつづけるかと」
「そうか…」
「地球と軌道が交差するのは遥か先の事ですね」
「うむ。分かったご苦労だった」
「いえ…でもあの槍について教えていただけませんか?常識では到底考えられない存在ですから…」
「そうだな。だがあの槍について何もかも分かっていると言うわけではない。むしろ分かっていないことの方が多い。だが、使徒よりも高次な存在である事だけは間違いない」
「神の武器ですか?」
「…或いはそうなのかも知れんな」


 総司令執務室に冬月が戻ってきた。
「槍は処分されたと考えてよさそうだ。少なくとも現在の技術であれをどうこうする事はできない」
「そうですか…」
「ひとまずは安心と言ったところかな…最もまだ、発動する方法はある以上気は抜けないが…」
「未だ状況は5分まで行ったか行っていないかわからないくらいだ」
「あちらにも隠し手はあるはずだからな」
「ああ、それに…ペナルティをどうするつもりなのか…残る使徒も後わずかというのをどう考えているのか」


 人類補完委員会、
「今回の事について、前回何らかのペナルティを下す事にしていたが、」
「決まりましたかな?」
「ああ、だが最後の警告にとどめる事にした」
「警告?」
「ネルフの保安部第3班は解散、諜報部は防諜課以外解散、警備課も解散とする」
「これで、何か良からぬ事を企んだとしても、その発動までに未然に防げると言うものだよ」
「しかし、これでは、他の組織から狙われてしまってもそれを防ぐ手立てがない」
「そこで本部の守りには特別編成の部隊を配置する事にした」
「…ゼーレの私兵ですか?」
「まあ、彼らの経歴は聞かないで上げておいてくれたまえ。そう言った特別な任務を受けるものは色々とあるものだからね」
「……わかりました」
「彼らが到着し次第、先に述べたとおりになる」
「くれぐれもシナリオから逸脱する事はないようにな」


「何かすれば、即我々の命がなくなるということか」
「そう言うことだな」
「どうする?」
「実際に置き換わるまでには、暫く時間が掛かるだろう。それまでに発動にこぎつけられればいいのだが…」
「使徒の気分次第だな」
「不確定なものにかけなければいけないのは辛いな」
「全くだ」
「そうでなかったとしても、それまでには準備は終わらせておかなければならない」
「ああ」


 3月1日(火曜日)、
 午後から本部で初号機の機体連動試験が行われようとしていた。
 目的としては、前回の使徒戦で精神攻撃を受けることになったシンジ・初号機への影響を調べると言うことが大きい。
 技術部が機体連動試験の準備をしている中、シンジは総司令執務室を訪れていた。
「父さん、聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「母さんは……母さんが初号機の中にいるの?」
 六分儀は直ぐには答えを返さなかった。
「……そうだ」
「そうなんだ。じゃあ、母さんが守ってくれたんだね」
「そうなるな」
「父さん……どうして、ずっと黙ってたの?」
「いくつか理由はあるが、例え、話したとしても信じなかったのではないか?」
「……そうだね」
 初号機を前にして、この中キョウコがいると言われても困ってしまうし、その姿を見ることはできないのでは、そう言われてもそうそう信じることはできなかっただろう。ちゃんとした過程があるからこそ、そうだったんだと思えたわけなのだから、
「キョウコはエヴァの最初の搭乗実験の被験者として志願した。私たちは危険だからと止めたのだが、頑として受け入れなかった。シンジに未来の光を見せておきたい。そんな風に言っていたが、事故がおこりキョウコはエヴァの中に消えてしまった」
「…何となく覚えてる…あの時母さんは笑ってたと思う」
「ああ」
「……そろそろ時間だな。一緒に行くか?」
「うん」
 二人は揃って総司令執務室を出てケージへと向かった。


 プラグスーツに着替えたシンジはケージ上部から初号機を見下ろしていた。
(母さんが初号機の中にいるんだ)
「…母さん、」
 小さく呟いてからプラグに入った。
 プラグが初号機に挿入され、いつもどおりに機体連動試験の準備がすすめられていく。
『シンジ君準備はいい?』
「はい」
『では、これより機体連動試験を開始します』
『シンクロスタート』
 シンクロが開始され、いつものとおり初号機と一体化していくような感触と、暖かいものに包まれていくような感覚が伝わってくる。
(この暖かいのが母さんなのかな?)
 そうよ…そんな風にキョウコが答えてくれたような気がする。
(そっか…母さん、僕を守ってくれてありがとう)
 キョウコが微笑んでくれたような気がする。


 司令室では、リツコがモニターをじっと見ていた。
「シンクロ率97%台…か、」
「すごい値ですね!」
「ええ、」
(完全に目覚めたと言う事なのね。この値……)
(少なくとも、エヴァの戦力が向上すると言う意味では私にとっても好ましいわね。素直に喜べる事では決して無いのだけれど……)
「問題ないようだな」
「はい、」
「良かったと言えるだろうな。次の使徒に対して十分な準備をしておくように」
「了解しました」
「シンジ、良かったな」
 よくやったなではなく良かったなと声をかけて六分儀は司令室から出て行った。
(…分からないわ…)
 この日は軒並み新記録をたたき出したが、司令室の中でリツコだけが終始浮かない顔をしていた。


「はい、シンジ君」
「ありがとう」
 シンジはレイからジュースを受け取って口をつけた。
「ん?このりんごジュースすごく美味しいや」
「良かったぁ」
「手作りなの?」
「いいりんごが売っていたから、少しジュースにしてみたの」
「へぇ、このりんご自体も食べたいなぁ」
「夕飯の後のデザートにとってあるわ」
「そうなんだ。今晩の御飯が楽しみになったなぁ」
「今日は色々といいものを用意しておいたわよ」
「へぇ、何かあったの?」
「ふふ、連動試験。上手くいったんでしょう?そのお祝い」
「あ……」
 ちょっと恥ずかしくて顔をほんのりと染める。
「それと、お母さんはどうだった?」
「うん…はっきりとは分からなかったけれど、僕に答えてくれた気もするし、暖かく包み込んでくれてた気がする。それから、なんとなくだけど微笑んでくれた気がした」
「そう、良かったわね」
 優しい微笑みを浮かべながらその言葉をかけてくれた。


 以前と同じようにアスカが部屋の中央にあるカプセルに一切衣服などをつけずに入っていた。
「……司令、」
「未だ残っていたのか?」
 六分儀はリツコの方を振り返らずに返した。
「はい。窺いたい事がありましたので」
「計画の事か?」
「はい、」
「当然止めるつもりなどかけらも無い」
「しかし、迷っておられるのでは?」
「迷いか……11年前に散々迷ったよ」
「今は?」
「迷い……とは少し違うと思う」
「では、実行されるので?」
「無論だ」
「修正は?」
「今碇博士が二つの案を計算している。どちらの方が良いかとな。成功確率が高い方を選ぶ。今まで常にそうしてきた。そしてこれからもそうだ。そこには何の修正も無い」
「そうですか……その意思は変わらないのですね」
「ああ、」
「私のことは、どう思っておられるんですか?」
「……君も分かっていただろう。私たちは協力者でしかなかった」
「……母もですか?そして、私も用が済めば同じようにしますか?」
「彼女には、恨みがあったからな………だが、君には無い」
「では、どうします?私はどちらの計画も受け入れられない。そして私とマギには司令の計画を壊すだけの力がある。こんな危険な存在をそのまま放置しておくわけにはいかないでしょう」
「そうだな。だが、リツコ君、君にはそれはできない」
「……酷い人。それが、分かっていて利用するんですね」
「そうだな」
「全ては計画。キョウコさんのために……」
「ああ、それが私の全てだ」
 リツコは顔を伏せた。そのまま長い長い沈黙が続く。
「………もし、もしも…計画が失敗に終わったら……そのときは私にチャンスをくれませんか?」
 六分儀は顔を上げたリツコの目をじっと見つめる。今度はそう言った状態が長く続いた。
「キョウコを失えば、私にはシンジとアスカだけしかない。だが……もし、そこに加わりたいと言うのならば、或いは良いかもしれない」
「もっとも……その時には全てを失っているかもしれないがな」
「私は、そうはなりません」
「そうか……」
 六分儀はカプセルの中のアスカに視線を戻した。
「いいのだな?」
「はい」
「……アスカ、そろそろ終わりにしよう」
 スピーカーを通してカプセルの中のアスカに六分儀の言葉が伝わる。
 アスカはカプセルから出て着替えを済ませた。
「アスカ、今日は御苦労だった。もう帰ってもいいぞ」
「わかりました」
 こうして、アスカが帰っていき、後には六分儀とリツコの二人だけが残された。
「残された時間は少ない。老人たちが本格的に動き出す前に準備を完了させたい。力を尽くしてくれ……」


 3月6日(日曜日)、
 発令所のモニターに光る2重螺旋のリング状のものが映し出されていた。
「目標のパターン識別できません」
「あんな変な物、体使徒以外の何者でもないわ」
「強羅絶対防衛線側から本所を目指しています」
「チルドレンは3人ともここに向かっている途中です」
「いいわ、時間稼ぎをしましょう。強羅絶対防衛戦場の全ての火力を発揮させるわ」
「了解!」
「どれだけの時間が稼げるか分からないけれど」
 全員の視線が作戦マップに集中する。
「攻撃開始30秒前…………20秒前………」
 日向がカウントを読み上げていく。
「いよいよ、第拾六使徒の登場か」
「ああ、」
 日向のカウント0と同時に無数の攻撃が使徒に向けて放たれた。
 無数の閃光爆発が映し出され、直ぐに使徒の姿が爆煙に包み込まれる。
「セカンドチルドレン到着。弐号機起動に入ります」
「3機一斉で行くわ、起動したら射出口で待機させて」
「了解」
「目標確認!」
 煙が晴れた後は、その前とまるで変わらない姿であった。
「効果なしか……反撃くらいしてくれればいいのに、」
「だめでしたね」
「二人が今到着しました!直ぐに搭乗に移ります!」
「目標は強羅絶対防衛線を突破、」
「直上になるわね」
 今も攻撃可能な兵器が散発的に攻撃を仕掛け続けているが、勿論ATフィールドによって弾かれダメージは全く無い。


『発進準備完了。初号機・零号機射出口に移動します』
「使徒か…」
『どうしたの?』
「ううんなんでもないよ」
『そう?又今度も頑張りましょう』
「うん、そうだね」
 通信モニターにミサトの顔が映る。
『今のところ、目標の情報はまるで分からないわ。油断はしないでね』
「はい」
『発進!』
 ミサトの声と共に強いGがかかり、地上へと一気に射出される。
 3機が地上に出たとき、使徒も第3新東京市上空へと達していた。数百メートル離れたところで宙に浮いている。
『装備を出すわ!』
 初号機の手元に新型のパレットライフルが射出されてきた。直ぐにそれをとって構える。
『アタシから行くわ!』
 新型ソニックグレイブを手にした弐号機がビルを足場にして一気に跳躍、使徒に切りかかる。
「援護するよ!」
 初号機はパレットライフルを使徒に向けてフルオートでぶっ放す。高速で発射さえた弾が次々に使徒に直撃する。ATフィールドは中和されているが、その身を抉るとか、貫くとかそう言った効果はないように見える。
『でえやぁあああ!!!』
 弐号機が全力で振り下ろしたソニックグレイブは激しい火花を散らし、使徒の身を力の掛かった方向に変形させたが、切る事はできず、弾かれてしまった。
『くっ』
 弐号機が弾かれた直後、零号機がぶっ放した陽電子が使徒を直撃し、爆発を起こしたが、抉ったりするなどはできず、その部分が凹んだだけで終わり、それも直ぐに元へと戻った。
 初号機はパレットライフルのマガジンを交換し、再びぶっ放すが利いている様には見えない。
「くそっ!」
『なんなのよこいつ!』
『市街地から引き離せる!?N2を使用するわ』
『いえ…来るわ』
 レイの言葉の直後、使徒の2重螺旋が1本になり、更にリングの一部が切れひも状に変化した。
「え?」
 次の瞬間ひも状になった使徒がものすごい勢いで初号機めがけて突っ込んできた。
「う、うわっ!」
 とっさに避けようとしたが、避けきれず、脇腹に直撃した。
「うわあああ〜〜!!!!」
 シンジがあげた悲鳴は、脇腹を抉られる痛みからではなく、その脇腹から広がる異常な感触からだった。
「ぐ、わあああああ〜〜!!!、な、なんだよこれ!!!?おかしいよ!!!!」
『初号機が生体融合を仕掛けられています!!!』


「生体融合…だと?」
 メインモニターには脇腹に使徒を突き立てられ……いや脇腹から初号機の中へと潜り込もうとしている使徒が映っていた。初号機の脇腹から葉脈か何かのようにもみえる奇妙な筋が広がっていく。
「何とかならんのか!?」
「使徒を攻撃して!!」
 ミサトの指示から直ぐに弐号機がソニックグレイブ、零号機がプログソードで攻撃するが、使徒に有効なダメージを与える事ができない。
「シンジ君!?」
 ユイがシンジ自身の異常に気付いた。
 シンジ自身も初号機と同じように脇腹から同じような筋が広がっている。
『わああああ〜〜〜!!!』
「…頼む…何とかしてくれ…」
 勿論六分儀が呟いた言葉には皆が答えたかったが…誰も何もする事ができなかった。


「はっ…ここは?」
 シンジは暗い水面に立っていた。
「ここは僕の中だよ」
 目の前に顔を伏せたシンジが立っている。
「……僕?」
「そう、僕の中さ」
 顔を上げた目の前のシンジは笑っていた。それも、悪寒が走ってしまったほどものすごく嫌な笑い顔で、
「君は誰なんだ!!?」
「僕は、僕だよ。君たちは使徒って呼んでいるみたいだけれどね」
「使徒!!?使徒が何で!!?」
「君の形質をもらったよ、そして、君のもっていた情報ももらう」
「何を言っているんだよ!!」
「代わりに、君には僕の心を上げるよ」
「え?」
 突然シンジの中にいったいそれが何なのか全く分からなくなってしまうほど強烈な何かの感情が流れ込んできた。
「うわああああ〜〜〜!!!!」
「どうだい?心が痛いだろう?」
「やめてよ!!!おねがいだからやめてよ!!!!」
「ふふふ」
 突然、ふっと楽になった。
「え?」
 直ぐ傍にキョウコが立っていた。
「……母さん?」
「他にも誰かいたのか……」
「シンジを傷付けさせはしないわ」
「何者かは知らないけれど、リリンのひとかけらでしかないのに、そんな事は無理だよ」
「きゃ……きゃあああ〜〜〜!!!!!」
「母さん!!!!」
 キョウコは頭を抑え、全身を痙攣させながら悲鳴をあげている。
「くそおっ!!」
 シンジは目の前にいる使徒に殴りかかろうとしたが、赤い壁、ATフィールドによって阻まれた。
「そんなっ!!」
「無駄だと言わなかったかな?」
 キョウコが崩れ落ちる。
「母さん!!」
 シンジは直ぐにキョウコを抱え起こす……シンジが受けたものよりももっときついものを食らったのだろう。今はそれが止まっているようであるが、キョウコは未だ体を痙攣させていた。
「母さん!!」
「なかなか面白い情報をもっていたね。もっと、知りたいところだけれれど、厄介な存在がいる」
 使徒の表情からは笑みは消えており、真剣な表情だった。
『シンジ君!!』
 どこからか、レイの声が聞こえる。
「え?レイ!?」
「この力は…リリンのひとかけらではないか、」
『シンジ君から直ぐに離れなさい!!』
「くっ……この力、まさかリリス?」
 よく分からないが、レイが使徒を何とかしているようである。
「そうよ、アルミサエル」
「リリスとまともにやりあっても勝てるはずが無い。だけど、まともでなければ勝てる」
『何をするつもり?』
「リリスはここに来ることができない。だけど彼はリリスにとって大切な存在のようだね」
『……』
「し、シンジ…」
 キョウコの意識が戻ったようで弱々しい声でシンジの名を呼ぶ。
「母さん!」
「リリスがリリンの一欠片を大切にするだなんて、信じられないことだな」
『貴方にとやかく言われることではないわ』
「シンジ…ごめんなさい」
「母さん何を?」
 何故そこで謝るのだろうか?何故そんな言葉を口にするのだろうか?
「……ゲンドウさんのことを…お願い…」
「え?」
「シンジ…さよなら」
 涙を流し、ぎゅっとシンジを抱きしめながらその言葉を口にする。
「母さん?」
「幸せになって」
「母さん、何をする気!!?」
「シンジを守るの」
 キョウコは決意を表情にして立ち上がる。
「何をするつもりだ?」
「母親の意地よ!」
「う、うわぁあ!!」
 突然シンジは何かに弾き飛ばされた……キョウコと使徒の姿がどんどん遠く小さくなっていく。
「母さん!!母さん!!!」


『初号機自爆まで10秒!!』
「え?」
 突然マヤの声が耳に入って来た。さっきまでいた暗い水面の上ではなく確かに初号機のプラグの中にいる。
「…何が?」
『初号機プラグのロックが解除され、』
「ぎゃっ……」
 突然神経をぶった切られるような鋭い痛みがしてシンジは意識を失った。


『初号機自爆まで3秒!!』
「…キョウコ…」
 六分儀の呟きに一歩遅れてメインモニターに映っていた初号機が光に包まれる。
 暫く発令所が沈黙に包まれ、機械音だけが響く空間になってしまった。
『初号機のプラグ射出を確認!!』
 マヤの嬉々とした声に発令所の空気が一斉に明るくなる。
(……初号機の自爆…まさかこんな結末になるなんて……)
 リツコには目の前の現実がまるで夢の事のようにしか感じられなかった。こんな事が現実に起こるなんてとても信じられない。
 そして、今の自爆とプラグの射出はシンジが行ったのではないし、誰かが遠隔操作で行ったのでもない……初号機の中のキョウコが自爆したのだ。そしてシンジを逃がした。シンジを守り使徒戦滅するために、こんな方法を取ったのだ。
(……これをどう取ります?)
 六分儀と冬月は普段通りのように見え、一方のユイは悲しげに目を伏せている。しかしあの二人がこのようなものを目にして普段通りでいられるはずが無い。ユイなどとは比較にならないショックを受けているはずである。初号機の自爆で、この11年間の計画の大半がその意味を消滅してしまい。そして大切な、それこそ世界をその代償として差し出そうとしていたほどの存在を失ったのである。
『きゃあああ!!』
「え?」
 レイの悲鳴でその場の雰囲気が打ち破られた。
 メインモニターが復旧し、先ほどの初号機と同じように胸部から使徒に潜り込まれようとしている零号機の姿が映った。
「うそ……」
 使徒は先ほどよりもずっと短く、ボロボロになっていて、先ほどの初号機の自爆で大きなダメージを受けた事は間違いないが、それでも殲滅するには至らなかったようである。
「レイ!!」
 娘の危機にユイがいち早く復活する。
『お母さん……だめ、抑えきれない…』
 レイは胸を抑えながら苦しそうにその言葉を吐き出す。
「レイ!!零号機を捨てて!!」
『でも…』
「私にとって貴女よりも大切なものは無いわ!!!だからお願い!!!」
『あり…がとう…』
 零号機は先ほど初号機の自爆でできた大きなクレーターから外へ向かって走り始めた。
 山の陰に飛び込み、自爆装置を作動させる。
 そして、カウントダウンが進むが……レイは脱出する気配を見せない。
「……レイ?」
『お母さん…今まで、ありがとう…』
「レイ!!!?」
『本当に…幸せ…だった…』
 レイは涙を溢れさせている。
「やめて!!レイ!!!」
 しかし、レイはにっこりを微笑みを浮かべるだけで、逃げようとはしない。
「プラグを強制射出して!!「だめです!!プラグの方でロックされています!!」
「そんな……レイ……やめて、おねがいだから…」
『…AT…フィー…ルドが消えて…しまったら…使徒は倒せない……だから…』
「ATフィールドが内向きに収束していきます!!!」
「おねがいだから…」
『レイ!!アンタが死んだら悲しむ人がいるのよ!!』
 アスカが回線に割り込んできた。
「…アスカ…」
『それに、アンタほんとにそれで良い訳!!?』
『シンジとはもう終わりで良い訳!!?まだまだこれからでしょ!!!?』
『で…も…』
『でももしかしも無いわ!!絶対に死ぬなんて許さない!!シンジだって許さないわよ!!』
『レイは、シンジといっしょになって幸せになるんでしょ!!?それはもういいの!!?』
 レイはゆっくりと目を閉じ…そして、又ゆっくりと開いた。
「プラグのロックが解除されました!!」
 マヤがすばやく神経接続を解除し、プラグを緊急射出させる。その直後、零号機が光に包まれた。
『射出は間に合いました!』
「アスカ警戒して!」
『分かってるわよ!』
「アスカちゃん…シンジ君……ありがとう…」
『来たわ!』
 モニターにずたぼろになり、もう長さも数メートルしかない使徒がふらふらとしながら弐号機に近寄ってくる。
『やっちゃって!!』
 弐号機は新型パレットライフルをぶっ放す。高速で放たれた砲弾は、今度はそのまま使徒の身を抉り取っていく。
「利いてる!」
『食らえぇ!!』
「予備のマガジン、方法は任せるから運んで!」
『了解!』
 ヘリが運んできたマガジンを3つほど撃ち尽したあたりで見るも無残な残骸になった使徒が地面に落ちた。
『パターン消滅!使徒殲滅を確認!!』
 青葉の声に一斉に発令所が湧き上がる。
 そして、暫くして入って来た、シンジとレイの無事の報の時にはいっそう大きく湧き上がった。
 ただ、六分儀、冬月、ユイ、リツコの四人を除いて……

あとがき
アスカ「………は?」
レイ 「………本気?」
アスカ「何考えてんのよ!これ!!?」
レイ 「…YUKI血迷った?」
アスカ「初号機と零号機自爆させるって、おい…」
レイ 「量産機を弐号機一体でどうにかできるの?」
アスカ「知んないわよ、と言うかそれ以前の問題でしょこれ、明らかに」
レイ 「そうね。これで司令側の計画が途絶えたわ」
アスカ「……YUKIの馬鹿は何考えてんのよ」
レイ 「…私は2人目だけど、知らない」
アスカ「それに、アタシのママを殺すなんて、喧嘩売ってるわけ?」
レイ 「そうかもしれない」
アスカ「それに、何でアタシが………」
レイ 「そうだったわね…一つお礼を言っておくわ」
アスカ「うっさいわね」
アスカ「まあ良いわ、ここからどうするつもりなのかしら?」
レイ 「さぁ……でも、計画が実行不能に陥ったから、話が大きく変わるわね」
アスカ「ネルフが一丸になってゼーレに当たるって事?」
レイ 「そうなるかも知れない。この時点で司令にとって一番大切な存在は碇君になったのだから」
アスカ「そりゃ良いけど、戦力が弐号機だけってのは痛すぎよ」
レイ 「そうね…この話での弐号機の戦力は原作よりもずっと低い」
アスカ「……そっか、あ、そうよね♪そうそうそうなんだわ、きっと」
レイ 「どうしたの?」
アスカ「つまるところ、バッドエンドって事ね」
レイ 「……」(ぴく)
アスカ「こっから到底勝てるなんて思えない。つまり、勝てない、ゼーレ側の補完計画発動で敗北って事ね」
レイ 「それはないわ、」
アスカ「あんら、何か自信ありそうね」
レイ 「リリスの力が残っている。あれならば、ゼーレの量産機なんて敵ではないわ」
アスカ「ああ、そんなのもあったわねぇ、でも、そんなの使ってハッピーエンドになるとでも?」
レイ 「碇君は必ず受け入れてくれるわ」
アスカ「ま、底なしのお人好しだからねぇ、でも、人間様の社会はそんなに寛容じゃないわよ
    一人でエヴァ9機を容易く殲滅できるほどの力を持った存在を、放っておけるわけ無いじゃない。
    しかも、世界を動かしてるのはそのゼーレなわけよ」
レイ 「く…」
アスカ「異分子をコミュニティから徹底的に排除する。所詮人は人って事ね」
レイ 「……問題ないわ、司令とお母さんが全力で動くわ」
アスカ「ネルフの力って物凄く大きいけど、それで何とかなる範囲なのかしらねぇ」
レイ 「策謀が特技の司令なら大丈夫よ」
アスカ「さてさて、ホントにそうなるかどうか」
レイ 「…そうなるわ、きっと」
アスカ「YUKI、次を楽しみにしてるから、さっさとだしなさいねぇ〜」(にやにや)