誰かが呼んでいる? 誰? 「……君、……て」 「シンジ君、起きて」 目を開くと黒い髪をした女の人の顔が飛び込んできた。 僕はこの人を知っている……誰だっけ ああ、この人は、僕の…… 「…母さん」 「へ?」 母さんはちょっと驚いたような表情をして……あれ?違う。それに女の人じゃなくて女の子だ。 「シンジ君。いつまでも寝ぼけていないで、早く着替えないとレイラが来てしまうわ」 ちょっと頬を膨らまして、拗ねているこの子は……確か、 ああ、何を寝ぼけているんだろう。従妹のレイじゃないか、 叔母さん夫妻が事故で亡くなって、家で引き取ることになってからもう何年も一緒に過ごしてきた仲じゃないか。 「ああ、ごめん。直ぐに着替えるから、」 そう言って布団をどけて起きあがると、突然レイがフリーズしてしまった。 「レイ?」 呼びかけた瞬間に解凍されたかと思ったら、今度は急に真っ赤になってそそくさと僕の部屋から出て行った。 どうしたのだろう?と直ぐには理由が分からなかったのだけれど、暫くして分かった。 僕のシンボルがとても元気になっていたのだった…… 「小父様小母様、おはようございます」 「はい、おはよう」 「おはよう」 ダイニングに行くと丁度レイラが父さんと母さんと朝の挨拶を交わしていたところだった。 え!?母さん!? 「あ、シンジ君おはよう」 「あ……うん、おはよう。父さん母さんもおはよう」 「おはよう」 「ああ、おはよう」 父さんは一通り挨拶だけすると新聞に目を戻した。 「シンジ、さっさと食べてしまいなさい。レイラちゃん、ごめんなさいね」 「全然構いませんよ」 あれ?さっき何で驚いたんだろう?何か変なことあったっけ? 「シンジ」 「あ、ああ、うん。頂きます」 母さんの作った朝御飯は今日も美味しかった。それでも、もう少し早く起きていれば、できたてが食べれたからもっと美味しかったのだけれど、 「レイラ、おはよう」 「うん、おはよう」 食べながらだけれど朝の挨拶を交わす。 レイラの両親は何年か前に飛行機事故で亡くなってしまって、今はお姉さんの蘭子さんと二人で隣に住んでいる。 お隣だったと言うこともあって、小さい頃から良く一緒に遊んできた仲だし、レイとは無二の親友でもある。 小さいときから、小父さん小母さんには本当に良くして貰っていたっけ…… 「シンジ、迷い箸をするな」 さっきまで、と言うか今も新聞を読んでいる父さんがそんなことを言ってきた。 確かに良いことじゃないけれど、新聞越しに迷い箸をしているのが見えたって言うのだろうか? じ〜っと父さんを新聞越しに見ながらご飯を食べる……新聞の一面にサハラ緑化支援計画本格化へってタイトルの記事が大きく写真入りで載っていた。 その下には今年は広い地域でホワイトクリスマスにって感じの……あれ?? 「シンジ、」 「あ、ごめんなさい」 二人も待っているんだからさっさと食べてしまった方が良いな。 今日も三人で家を出る。 「「「いっていきます」」」 「はい、いってらっしゃい」 「ああ、無事に帰ってこい」 玄関を開けて外に出ると……ものすごく寒かった。 「きょ、今日随分寒くない?」 「そんなに寒い?」 「もう12月半ばなんだから仕方ないよ」 服装的には二人の方が足下寒そうなんだから、愚痴を言うべきではないのだろうけれど……昨日までこんなに寒かったっけなぁ? 前の通りに出ると、丁度隣の家……レイラの家のガレージから車が出てきた。レイラさんの車だ。 僕たちに気付くと車を止めてウィンドウを開けて「三人とも行ってらっしゃい」と送り出してくれた。 丁度これから会社に行くところだったようだ。 確か……小父さんの会社を蘭子さんが継いだんだっけ、つまり社長さんなわけだ。 因みに家の親は二人とも研究所で働いている。父さんは所長をしているのだけれど、あんな父さんの下で働く人たちって大変そうだ。 「シンジ君、行くよ?」 「あ、ごめんごめん」 「何ぼ〜っと考えていたの」 「父さんの下で働く人たちって大変そうだなって」 二人とも面白そうに笑って、同意してくれた。 「やばい、やばい、やばいわよ〜!!」 まだ、父さんの話を引っ張りながら歩いていたら、横から叫び声が近付いてきた。しかも、ドップラー効果を伴っている気がする。 何事かとそっちを向いた瞬間女の子が目の前に!! 「う、うわああ!!」 「きゃああ!!!」 到底避けられるはずもなく、そのまま僕たちは激突して地面に倒れるはめになってしまった。 ぶつかったところと、地面に打ったところが痛い…… 「ちょちょちょっと!アンタどこさわってるのよ!こここ、この変態!!」 突然真っ赤になって怒り出す女の子。どうしてそんなに怒り出しているのか、すぐには分からなかったけれど、なんと僕の手はその女の子の胸をさわっていたのであった。 慌てて飛び起きて、「ごめん」と謝まる。けれど、当然なのかもしれないけれど、それで許してくれるわけはなく文句を言ってきている。 (なんで、朝からこんな目に遭ってるんだろ……) そんなことを思って、心の中で溜息をつきながら、ぶつかって来た相手を改めてよく見ると、赤っぽい髪に蒼い目をした女の子だった。 あれ?この子どこかで会ったことが…… 「いきなりぶつかられて胸さわられるし、全く、日本ってろくな所じゃないわね」 「ぶつかったのは貴女の前方不注意よ、シンジ君を責めるのは間違っているわ」 「それに、交差点に全速力で走り込むだなんて、相手が車だったらどうするの?」 あんまりな言い分に、僕よりも先に二人の方が先に我慢できなくなってしまったのか、レイとレイラが僕の前に立って、女の子をじっと見据える形になった。 ……女の子の反応から考えると、さっきのは僕の気のせいだったのかな? 「な、何よアンタ達は」 「「シンジ君に謝って」」 「う……」 さっきの二人の言葉で自分の非を認めさせられたのか、二人の迫力に負けたのかは分からないけれど、「ごめん」と謝ってくれた。 「ううん、良いよ、怪我もしてないし、それよりも君の方こそ大丈夫?」 「へ?……あああ〜〜〜〜!!!やばい!やばいのよ!!!」 「さ、さよなら〜〜〜!!!」 あの子って急いでいたんだっけ……用事を思い出したのだろう物凄い速さで走り去っていった。又誰かにぶつかったりしなければいいけれど…… そう言えばさっき残って家の女子の制服を着ていたような……日本がどうのとか言っていたし、転校生だったのかな? 「さっきの子、転校生かな?」 「見ない顔だったし、多分そうじゃない?」 もうすぐ首都機能が移ってくるだけあって転校生は多い。頻繁に誰か転校生がやってくる。あの子もそんな一人なのかも知れない。 教室は基本的にいつも通りの朝の光景だったのだけれど、一つ変わったことがあった。机の椅子が1セット最後列に増やされていた。タイミングから言って多分あの子がこのクラスに転入してくるんだろうな。 「よろこべ男子!今日は転校生を紹介する!」 「あ……」 ミサト先生の背後から姿を現したのは、やっぱり転校生は朝のあの子だった。 「惣流アスカツェッペリンです。よろしく」 目が合う。惣流さんは僕が同じクラスだったと言うことに驚いたようだ。 めざとくそれを見つけたミサト先生の目が一瞬輝く。又からかわれるかなぁと思っていたのだけれど、つまらなそうな顔をしながら、早く自己紹介を済ませるようにと惣流さんに促した。 多分何か用事があって、からかっている時間がなかったのだろう。助かった……僕ってからかうとおもしろいのか、ミサト先生に一番よくからかわれている気がする。 そして惣流さんは自己紹介で日独クォーターでドイツからやって来たこととかを話していた。 「惣流は、あの一番後ろの席を使うように」 「はい」 ミサト先生に言われたとおりに鞄を持って教室の後ろの方に歩いていった。 HRが終わって休み時間になると、惣流さんは直ぐに大勢に取り囲まれて質問攻めにあっていた。普段よりも取り囲んでいる人たちの数と勢いが凄い。綺麗な子だし、ドイツからやって来たとなれば、こうなるのも当然かも知れない。 「惣流さんか、」 「流石に、ドイツからって言うのは珍しいね」 「そうね」 「それにしても……良いのかな?」 レイラがぽつりとこぼす。レイラの視線の先にはトウジがいた。惣流さんを取り巻いている人混みの中の一人になってしまっている。 トウジ、委員長は良いの? 「ちょっと鈴原!花瓶の水変えてきて!朝言ったでしょ!」 耳たぶをつかんで引っ張っている。ああ、痛そう…… 「相変わらずね。鈍いから仕方ないけれど、」 さらっとレイが厳しい事を言う。時々、きついなぁって思うことがあるけれど、その部分はやっぱり父さんに似たんだろうなぁ 五時限目と六時限目の間の休み時間になると流石に取り巻く人も薄くなって、惣流さんの方から僕の所にやってきた。 「遅くなっちゃったけれど、朝はごめんね」 「ううん、そんなの別に良いよ。それよりも惣流さんの方こそ大丈夫だったの?」 「ああ、あれ、今日はホテルから来たんだけれど、時計が早かったのよ。前に泊まった人が時計早くあわせてたみたい」 「あ、そうだったんだ」 「もう少しちゃんとチェックしておくべきだったなぁ、そうだったら、あんなに急がなくても良かったし……あ、シンジだったっけ?」 「うん。碇シンジ。宜しくね」 「宜しく。そうしていれば、シンジとぶつからなくても良かったのに……」 「その事はもう良いよ、あ、それより、レイとレイラ」 「ああ、二人は?」 「私は、碇レイ。宜しく」 「私は皇レイラ。宜しくね」 「こっちこそ、宜しくね」 朝あんな事があったからだけれどちょっと険悪だったから、どうなることかと思っていたけれどうまく行きそうな感じで良かった。 「放課後、良かったら学校を案内しようか?」 「ありがとう。でも、ヒカリに案内して貰う約束したから、ごめんね」 「ううん、気にしないよ」 半分予想していたけれど委員長がもう約束してたか、でも、ドイツからの帰りだからかな。惣流さんはみんなのこと名前で呼んでる。 (アスカ、か) 話している感じから楽しそうな子だし、僕もそう呼べるようになるともっと楽しくなるかもしれないな。 「あれ?あの家引っ越してきたんだ」 本屋に寄り道して帰ってきたら家の斜向かいの家に引っ越し会社のトラックが止まっていた。 なるほど、あの家去年から空き家だったけれど遂に越してくるのか。それにしてもこんな時間なのにまだやってるんだ。 「ちょっとそこのアンタ!さっさとしなさいよ!これじゃ夕飯いつになったら食べられるのか分かったものじゃないじゃないのよ!?」 なんだか聞いたことがあるような声に、三人が一斉にそっちに目をやると、惣流さんが引っ越し会社の人たちにげきを飛ばしていた。 「あ……アンタ達」 ……な、なんて、ベタベタな展開なんだろう。 今日は色々とあったなぁ…… レイを母さんと間違えたり、朝の生理現象を見られてしまったりした事から始まって、惣流さんとぶつかって……で、その惣流さんは僕たちのクラスに転入してきた転校生で、しかも本当に近所に引っ越してきて、更に惣流さんの両親が人工進化研究所の職員だったって言うんだからもう余り事に驚きも通り越してしまった。 結局、父さんと母さんが帰ってきてから惣流さん達三人を招いての歓迎パーティー風の夕食会になったけれど、早々とその席で『アスカ』と呼ぶことになってしまったし……本当に慌ただしい一日だった。 でも、今日はなんだか、変な気のせいが多かったなぁ……何だったんだろう? 気になるけれど、これも気のせいなのかも知れない。良くわからないけれど、まあ、分からないなら良いか……考えるのを止めて眠りにつくことにした。 今日は僕の十八歳の誕生日。 今年もレイラ、蘭子さん、アスカを招いて誕生パーティーみたいな物を開いてくれている。 「シンジ、お前も十八になったんだ。ぐいっといけ」 そう言って、琥珀色の液体と氷が入ったグラスを僕に差し出してくる父さん…… 「だから、お酒は二十歳だって……」 そんなことを言いながらも受け取ってしまう僕。まあ、普段から時々付き合わされているのだから、今更って感じでもある。 ……そう、本来はそんな感じである筈なんだけれど、今日はちょっと雰囲気が違った。 父さんが酒が入っているのはこう言うときはいつものことだけれど、母さんと蘭子さんもいい具合に酔っぱらっていて、安全装置役の二人が、逆にレイやレイラ、アスカにお酒を勧め始めてしまっているのだ。 「ちょっと母さん、」 「あら、シンジも飲みたいの?蘭子ちゃんが持ってきてくれたこのお酒、とっても美味しいわよ」 「この前、得意先から貰ったんですよ。ね、レイラ美味しいでしょ」 「うん。美味しい、シンジ君もどう?」 「美味しいわよ」 「うわ〜こんなのが飲めるだなんて幸せ〜」 アスカにいたっては目がちょっと潤んでるし……そんなにも美味しいのかな? 「じゃ、じゃあ」 と言った瞬間、ガシッと父さんが肩に腕を回してきた。 「シンジ、お前は男だ。そんな酒じゃなくて、こっちだろう」 「あら、シンジは私に似ているんですから、こっちよね。ねぇ、シンジ」 「何を言うか、シンジがお前に似ていたとしたら、そもそもあんな事にはならなかっただろう。と、言うことで、俺に似ているシンジは、これだ」 新しいボトルを空けてグラスに注ぐ父さん……ストレートで一杯にされてしまった。氷も水も入れてくれないようだ。 「何よ貴方!シンジがどちらに似ているかよりもずっと大事なことがあったでしょう!」 「そうだ!大元の問題はだな!」 何の話をしているのか全然分からないけれど、二人がヒートアップしていってしまうのに、周りのみんなは止めようとはしないし……僕がするしかないのか、思わず溜息が漏れてしまう。 「ちょっと二人とも!!」 「何だ?」 「何?」 僕の大きな呼びかけで二人とも口論を止めて僕の方を振り向く。 「僕は二人の子供だよ!だから両方飲むよ!」 「おお!なるほど!」 「あら、それもそうね」 こうして二人の子だから半分ずつ……という感じならよかったのだろうけれど、普段よりもずっと大量のお酒を飲む羽目になってしまった。 確かに美味しかったと思うけれど途中から味も分からなくなってきて、そのうち何も分からなくなっていってしまった…… 目が覚めたら夜だった。 どう考えても飲み過ぎ……頭がぼーっとしている。 とりあえず自分の状況を確認してみると自分のベッドの上で服のまま寝ていたみたいだ。誰かが運んでくれたのか、それとも自分で辿り着いたのかは分からないけれど、 「ふぅ……」 窓を開けてベランダに出てみることにした。夜風が心地良い。 月が出ていて明るいし、暫くこうしているか、 ぼんやりとしたまま、全てを照らしているまん丸い月を見上る……月が、綺麗だな。 そう言えば、あの時も綺麗だったっけ、最も、こうやってじっくりと月を眺めているみたいな余裕はなかったけれど、 「……あの時?」 あれ?あの時っていつのことだろう? 余裕がないって、何かあったっけ? お酒のせいかな?ぼんやりとして思い出せない。 それなら、酔いが覚めて頭がもっと冴えてくれば、思い出せるだろうけれど……何故か、そう言う気はしなかったし、どうしても気になって頭から離れようとしなかった。 だからぼんやりとした頭でだけれど考え続けていたのだけれど、だんだん頭が痛くなってきてしまった。 「つぅ……」 全く何をやっているんだろう。 自分のやっていることが分からなくなってきて……元から分からなかったかも知れないけれど、溜息が漏れる。 そんな時ふと何かが脳裏をよぎった。 「……」 よぎったものが何だったのかは分からなかったけれど、自然に目が又月に向かっていた。 おぼろげだけれど、何かが見えそう…… ……何が? 月、そしてレイ、レイが少し離れたところに立っている。……レイ? あれ?何かおかしい、レイ?違う気がする。 あんな髪の色じゃなかった……ううん違う。 どうして? ………… ………… 綾波? その単語が思い浮かんだ瞬間、僕の中で何かが弾けた。 次々にいろんな記憶が甦ってくる。 ネルフ、リリン、ゼーレ、東京帝国グループ、補完計画、エヴァ、量産機、使徒、終わらない夏……レイ、レイラ……アスカ、蘭子さん、ミサトさん、リツコさん…………母さん、父さん。 「何なんだよ!?こんなのおかしいよ!」 そんなことあり得るはずがない。だって、そんな夢みたいな事……なのに、次から次へと記憶がわき出てきて、全然止まろうとしない。 ……いつの間に朝になっていたのだろう。 気づいたら月は山の向こうに沈み、太陽が山の上に顔を出していた。 僕が経験した2度の歴史の記憶……夢としか思えないものだけれど、間違いなく起こったことだ。 じゃあ、この世界は、今僕がいるこの世界は何だというのだろう? 「……補完計画の世界?」 そうか、父さんの計画が発動した結果……僕は補完計画の世界で生きているんだ。 全てを思い出し、この世界の真実に気づくまでには1晩しかかからなかったけれど、そこからどうすればいいのかはなかなか分からなかった。 そんなだから、レイとレイラは何があったのかって心配しているし、アスカ達も様子がおかしいことには気付いていると思うけれど、こんな事思い出してしまったらとてもそのままの様子で居られるはずがないから仕方ないと思う。 父さんと母さんは僕が何について考えているのか、悩んでいるのか、分かっているみたいだ。それは、当然とも言えるけれど、直ぐに二人に話を聞こう。話をしようとは動けなかった。どうしてもそれまでに答えを出さなければいけないことがあったから…… でも、ようやく何となくだけれどその答えがつかめた気がする。だから……二人の寝室に足を向ける。 ドアの前でゆっくりと深呼吸をしてから寝室のドアを叩く。 「僕だけれど、良いかな?」 「ああ、」 ドアを開けて寝室に入る。……二人はベッドの上に座っているだけで眠ってはいなかった。 あれからもう3年も経ったのに、二人のベッドは一つではなく二つのまま。その理由の一つを僕が担っていたのだろう。僕のことが最高の結果になったとしても一つになることはないのかも知れないけれど…… 「思い出したのか?」 「うん」 「そうか……どんな答えかは分からないが、答えを出せたことは大きな進歩だ。ちょっとやそっとの事でできる話ではない。今度の日曜日、研究所で話をしよう」 今夜の僕たちの話はそれだけで、お互いに「お休み」と交わして部屋に戻った。 人工進化研究所、所長室……僕が足を踏み入れたのは初めてではないけれど、ネルフ本部の総司令執務室とは違って普通の広い部屋でしかない。けれど、そのことにも前に来たときとは又違った想いを感じてしまう。 「ネルフ本部は?」 「リリンの黒き月の中にあったからな、インパクトと同時に還ったのだろう。この地下にはジオフロントの様な地底空間は存在しない」 もちろん良い想い出ばかりじゃない。むしろ嫌な思い出の方がずっと多いけれど、ネルフとリリンがあった場所が世界に存在しないというのはどこか寂しい。 「今日はみんな帰らせている。守衛などはいるが、このフロアまではやってこない。長い話になるがじゃまをされることはないだろう」 「……冬月先生は?」 ソファーに向かい合って座りながら訊いてみた。 「冬月は協力者だったが、発動の時には計画の中心にはいなかった」 「そっか、」 計画唯一の協力者だった冬月先生……冬月副司令。時々家にもやってくるけれど、あの人は計画に何を求めていたのか直接聞いてみたかったけれど、そうはいかないみたいだ。 「とりあえず、何か飲むか?一通りそろっているが」 「じゃあ、緑茶がいいかな?」 「分かったわ。用意するわね」 母さんが急須を使って三つの湯飲みに緑茶を注ぐ。入れて貰ったお茶に口を付けてから話が始まった。 最初に父さんが話したのは、あの後実際に発動された計画について……父さんとレイはインパクトを発生させて世界を還し再構成した。やっぱり、この世界は父さんの計画の発動によって作られた世界だった。 「この世界も、ある意味ifの一つだったというわけなんだね?」 「その通りだ」 「正直、このような形になるとは、可能性はともかくも、本格的には考えてなどいなかった」 「もし、このような形になると初めから分かっていたとしたら……そんなifがあり得るとしたら、又別の道を歩めただろうな」 父さんが考えていた世界がどんなものだったのかは、はっきりとはわからないけれど、少なくとも僕たちにとってはこんなにも良いものではなかったのだろう。 でも、結果的に十分なほど良い世界になったのだから良いと思う。けれど、気になること、聞かなければいけないこと、話さなければいけないことはまだまだある。 「……僕達だけが記憶持っているの?」 「おそらくな。お前については勝手な推測だが、逆行者であるから故の事なのかも知れない。還ったのはあの世界であって、その前のお前が還ってきた世界ではないのだからな」 そして、二人は計画の中心にいたからそのままという訳か…… 「レイとアスカは?」 「レイはインパクトの依代となったからな……完全な人として上書きされたはずだ」 「アスカ君については、正直言ってよく分からない。アスカ君とレミ君という二人の人物が別個に存在していたから、同じ理論で行くと、アスカ君は完全に上書きされ、レミ君は完全には上書きはされなかったと言うことになるが、量産機戦の結果がどうなっていたのかは分からないのだ」 「生きていたとしたら、二人はインパクトの時に溶け合ったのかも知れんな。それならば、思い出す可能性もあるかも知れないが……お前の場合よりもずっと難しいだろうな」 「そっか……」 レイの容姿は前の世界での姿とは異なっているけれど、それはそう言ったことなのだろう。そして、その事について言えばレイラも同じ……二人とも何も覚えていないんだ。 寂しいことだけれど、僕が犯してしまった過ちも消えたことはよかった事なのかもしれない。僕は二人を選んだつもりで、実際にはレイラを選んでいたということにまるで気づかなかった。 あの世界の情報が先入観にしかなっていなかった。確かに、ゼーレ・ネルフや使徒と言った対立していた相手のせいで余裕がなくなっていたとか、理由はあったかもしれない。けれど、レイのことをまるで見ていなかったのは事実。そのこと自体は言い訳のしようがない。 この世界ではまだ決断は迫られていない。けれどそのときになって、迷ったり戸惑ったりして、優柔不断な答えを出して後で後悔することにならないように、きちんと反省し心構えをしていこう。 計画と世界に関する話が終わったらお茶のお代わりを母さんに入れてもらって、一つ間をおいてから僕が出した答えについての話を始めることにした。 「全部思い出してからずっと考えていたよ。あの時父さんが言っていた意味を」 「そうか、ifを与えられた結果はどうだった?」 「そうだね。父さんが母さんを選んだこともずいぶんつらい事だった。多分そのことでずいぶん悩んだり苦しんだりしたんだろうって思えるようになったよ」 その言葉を言うにはやっぱり苦笑せずにはいられなかった。僕は合計すれば二十五年も生きていたのに、結局のところ、何も理解できない……しようとすらしない子供のままだったのだから、 父さんは「そうか、」って短いけれど嬉しそうな声を返してきた。僕が父さんを理解をしたと言うこと自体と、理解できるように成長したと言うことなんだろう。 「でもね、それでも父さんが母さんを選ぼうとしたのは理解はできるけれど納得はできない。選択肢から漏れたからって言うのもあるだろうけれど、遙かに困難で本当に得られるかどうか分からないもののために、大切なものをみんな賭けてしまうなんて言うのはどうしても……」 「それで良い。私は異常なのだろう。赤木博士達にも言われたし、冬月にも言われたこともある」 「……」 「私はそういう風にしか生きれない人間なのだ」 自嘲の様な言葉を聞いて、ずっと昔にリツコさんがレイのことを『貴女のお父さんに似てとても不器用だれけれど……生きることが』と言ったことがあったのを思い出した。 不器用にしか生きることができない。なるほど……今ならばその言葉の意味していたところが何となく分かる。 「そんな人だからこそ私はこの人を選んだのだけれど、シンジには本当に大変な目に遭わせることになってしまったわね……ごめんなさい」 それまでずっと黙っていた母さんが口を開いて僕に向かって頭を下げた。 母さんにとってはこの世界はどう言った意味を持つのだろう?家族そろって笑いあえる……母さんが望んでいた環境が作られているかもしれない。けれど、それは本当に望んでいたものなのだろうか? レイは過去の歴史を知らない。僕もつい最近まで思い出せなかった。蘭子さんやレイラ、アスカ達と言った近いみんなも知らない。それだけじゃない、その他のみんな。あの世界やその前の世界でつらい目にあっても、そのことを知らない人たちばかり……リツコさんはもちろん、計画を中心で進めてきた冬月先生も知らない。本当に二人だけしか知らなかった真実。 母さんは、なかったことになっているのなら、それで良いと考えられるような人じゃない。ましてや、計画の発動前に命を落としてしまった人は、この世界でもいないのだから……その人にとっては当然。それにその人の家族をはじめとしたつながりを持っていた人もいるのだから、 母さんが感じている罪は償いようがない。そもそも、なかったことになってしまっているんだから…… でも、僕は母さんが悪いとは思っていないし、母さんには心から笑っていてほしいと思う。 「母さん顔を上げてよ。僕は母さんが悪いだなんて思っていないよ。それに、色々とあったとしても、今はこんなにも良い二人に、レイ、レイラ、アスカ達みんなと一緒にいられるんだから、これで良かったんだと思うよ」 僕の言葉に「ありがとう」と言ってぽろぽろと涙をこぼし始めた。さすがにお礼までは言えなかったけれど、これで母さんの心が少しでも軽くなってくれれば嬉しい。 「父さん、」 「何だ?」 「みんなは、今どうしているのかな?」 この世界で今どこで何をしているのか、知っている人と知らない人がいる。 「ああ、みんな調べてある。少し待ってくれ」 父さんがPCを操作して、プリンターでプリントアウトする。 「これで、あの世界の者は一通りはそろっているはずだ」 渡された一覧表に載っている僕が関係した人たちの今…… 見ていくとリリン関係の人たちには死亡している人が随分多かった。死因は病死だったり事故死だったりするし、その時期も様々だけれど、本当は父さんが初号機を奪うためにリリンに攻め込んだから……蘭子さんを始めとしたレイラや僕と極近い人たちはみんな生きているのは、不幸中の幸いかもしれない。 そう言えば、あのとき赤木親子の足を撃つだけで命までは奪わなかったのも、せめて可能性があるのならという想いが父さんにあったのかもしれない。その二人はコンピューター関係の会社を興して活躍している。時々テレビにも出てきているから知っている。 ネルフ関連では、マナは北海道の高校に通っていたし、マヤさんは二人の会社で働いていた。元々ネルフの方で深く関わっていた人はこの世界でも何らかの関わりを持っていた人が多かったけれど、どうやらみんな元気でやっているみたいだ。 「もう良いよ。そろそろ帰ろうか」 「もう良いのか?」 「大事なことは話し終えたし。どうしても聞きたいこと、話したいことができたら、その時にすればいいよ。だって、僕たちは家族なんだからさ」 「ああ、そうだったな」 珍しく、一本とられたと言った感じの父さん。そんな隙も滅多に見せないから、ホント珍しい。 「では、帰るか」 母さんが手早く湯飲みとかを片づけて、三人でそろって部屋を出た。 他に誰もいない通路を並んで歩きながら僕から一つ提案をしてみた。 「ところでさ、この前レイラが言っていたんだけれど、今度の休みにみんなで海にでも行かない?」 「海か……」 「良いわね。みんなで行きましょう」 「ああ、良いな。みんなで行こう」 僕が全てを思い出したことで三人の関係の意味が今までとは変わった。けれど、それはより良い方向に変わったと思うし、是非ともそうしていきたい。 「しかし、海は随分久しぶりだな」 「ええ、あれからは海にみんなで行ったのはないから……あの時ですね」 「ああ、あの時か」 「え?あの時って?」 そう聞いたけれど二人とも僕の顔を見てぷっと笑うだけで、答えてくれなかった。 「ちょっと!いったい何なんだよ!?」 「うん。人にはみんな恥ずかしい過去というのはあるからな」 「まあ、それは貴方もですけれどね」 「当たり前だ、私も人だからな」 「って、ごまかさないで、答えてよ!」 そんなやりとりをしながら、研究所を出るとスカッと晴れた快晴の空が僕たちを迎えてくれた。 気持ちが良い日差しが照りつけてくる。 これからどんどん暑くなっていく……まだ夏は始まったばかりだ。
あとがき またしても連載期間が2年あまりと長い期間になってしまった上に、電波みたいなものから始まったこの作品でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました♪ この話が分岐話と言うことで背景の設定はリリン本編を引きずっているので、仕方ない部分もあるけれど、やっぱり2年の間に、私自身の作風というか考え方も随分変わってしまいました。 見直してみると、見た目的にも三点リーダの「・・・」と「…」とか、Htmlの標準形式の変更とか、ト書きの文章量の変化とかあるけれど、私自身の変化で作中のキャラの動きというか、広い意味でキャラの考え方みたいなものが変わっていってしまっているのが痛いですね。 やっぱり改訂したくなってしまうものですが、それだと全然新しいのに進めないので、この作品についてはこれで終わりにしようと思います。 さて……最後なので、言ってしまっても良いかな? この『リリン〜もう一つの終局〜』の電波を受信したのは実は私・YUKIじゃなくて、現副管理者のピーナッツで、案を聞いて面白そうだと言うことで書くことにした作品でした。 電波受信者(笑)の方に何か言いたいことがあったら、掲示板なりチャットなりで伝えてあげてくださいな。 それでは、また別の作品で〜♪ ごきげんよう(笑)