リリン

第14話

この想い…

ネルフ本部、作戦部長執務室、
ミサトは悩んでいた。
碇とネルフは、所詮委員会の駒でしかない。
とすれば、セカンドインパクトは、委員会によって人為的に引き起こされた。或いは、真実を差し替えられた。
いずれにせよ調べても、真実に辿り着く前に命が無いだろう。
ネルフだけでも、甘い組織ではない・・その上位組織ともなれば・・・
父が自分の幸せを願い、この正十字のペンダントを渡したのであれば、それを追い求め、命を落とす事は、父の意に反することであろう。
ならば、全てを忘れ、新たな人生を歩むのか・・・
それでは自分の気が収まらない・・・・
これからどうすれば良いのか・・・・
しかし、どちらの道を歩みにしても、これまで、駒として扱ってきたチルドレンに謝りたい・・・だが、どの面を下げて、チルドレンに謝れば良いのか・・・
まあいずれにせよ、こんな人間がこれ以上作戦指揮をする事は出来ない。
机の上には辞表が置いてある。


9月26日(土曜日)ネルフ本部、会議室、
今回、リリンを糾弾する材料は大小様々に色々と有る。
ミサトはいないが、リツコは、徹底的に叩くつもりである。
その為に、南極から戻って来た冬月に同席してもらっている。
「赤木博士、準備は良いのか?」
「はい、十分です」
そして、扉が開かれ、蘭子と榊原が現れた。
二人が席につき会談が始まった。
「早速ですが、先の戦闘中、ネルフの作戦行動の妨害工作を行った件に関しまして、御説明頂きたいかと、」
「妨害工作ですか・・・実害は無かったと思いますが」
「実害が無ければ良いと言うものでは有りません。使徒殲滅作戦への妨害工作は、最高レベルの犯罪行為です。例え未遂に終わったとしても、免罪されるようなものでは有りません」
蘭子と榊原はアイコンタクトを取った。
「・・・先ず、マギのハッキングの件に関しては、組織の決定ではなく、副司令の、榊原の独断先行による行為です。その行動の目的は、レイラ様を救う為ではありますが、まあ、結果は御存知の通り・・・しかし、その方法は、組織の存在そのものに影響しかねない事から、榊原を2階級降格し、2佐に、更に、2年間の80%減俸、向こう3年間のボーナスカット、副司令職を解任し、司令補佐にします。・・・これで宜しいでしょうか?」
凄まじい罰である。榊原は軽く頭を下げた。
榊原を切ったか・・・部長格を切るかと思っていたが・・・副司令を・・・
「しかし、その行動の目的が、皇レイラ2佐を救うと言った、全人類の危機に関する事で自分達だけ助かろうと言ったその行為、その程度の処分で許されるとは到底思えません。更に、それを肯定するようなリリンの判断、貴方方は所詮自分達だけ助かれば良い、そうお考えなのでしょう!」
蘭子は暫く答えずに黙っていた。
リツコと冬月は勝ったと思ったに違いない。
「・・・レイラ様が、死亡した場合の経済被害は、向こう50年間で凡そ1600兆と東京リサーチグループは推測しています。第3新東京市消滅とエヴァ5機など、合わせたところで60兆円やそこら、エヴァも町もまた作れば良い、人類の滅亡ですが、ジオフロントには、初号機が配置されていました。第3新東京市を犠牲にすれば、確実に殲滅できたでしょう」
リツコは唇を噛んだ。
レイラは只の駒ではない、余りもその価値が大き過ぎる。
それこそ一国家そのものに匹敵するほどの・・・
「確かに、エヴァも町も作り直せます、しかし、実戦が可能なチルドレンは希少な存在です。正規チルドレンの命は極めて重要です」
「そうですか?シンクロシステムのコアに関する事項を一般に公開したらいかがでしょうか?探せば、更に高シンクロが可能な格闘技の達人くらい、見つかると思いますが、」
「う・・・」
「・・・たしか、イスラフェル戦では、ネルフは、NN爆雷で、エヴァごと焼き払いましたね。」
「う・・・」
「偶然助かったから良いようなもの、レイラ様を含む、その貴重極まりないチルドレンもいっしょに・・・にも関わらず、作戦指揮官葛城ミサト2尉が罷免されたと言う話は聞いておりませんが・・」
「そう言えば、サンダルフォン戦でのいくつかのミスも不処分でしたね」
榊原が追加攻撃を加えた。
「で、では、正規の手続きを踏まずに、初号機が参戦しようとした件に関しましては?」
「碇シンジ1将の行動ですが、未遂に終わっている事と、行動自体は正しいと言う事はありますが、長官職にありながら、正規の手続きを踏む重要性を忘れていまたので、会長の御判断により厳重注意処分としました。」
ネルフでは到底考えられない、首脳陣を処分すると言う行為、それで、リリン側は責任を取った。それ以上追求しようとすると、ネルフ側にも弱みがある為どうも上手く行かない。
出鼻を挫かれ、その後様々な事で攻撃を掛けるも、そのような感じで続き、終始ネルフが責めるが責めきれないと言う感じで終わった。
「・・・今回、共同作戦を断られたのは、上位組織の補完委員会の決定によるものだそうですね。愚かな上位組織を持ったネルフに同情します。」
蘭子は最後にそう言い残して、榊原と共に退室した。
リツコは全く思い通りに行かなかった屈辱で肩を震わせていた。


その頃、東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
耕一は、耕一で、難しい問題を抱えていた。
現在、メッカにイスラム系の国家や団体が集結しているとの情報を手に入れたのである。
凄まじい電撃作戦だったようで、事前の情報は分からなかった。
目的は、ゼーレ、東京帝国グループに対抗する第3のグループの結成。
まさか、使徒と戦うような事はしないだろうが、これだけ巨大な中立勢力が出来てしまえば、展開を読むのが難しくなる。
現状では、ネルフばかりが汚点を曝け出しているから問題は無いだろうが、今後リリンがミスを起こしたとしたらどうなるのか・・・反東京帝国グループ勢力と結びつかないか・・・これがゼーレの打った手であったとすれば・・・情報の欠乏は様々な憶測を生み出した。
サハクィエルでもめている時に・・・とは言えこれだけの事を殆ど情報を流さずにやってのけるとは・・・かなりのやり手であろう
地図上の勢力は、東・東南アジアが東京帝国グループ・リリン、欧州と南アフリカがゼーレ・ネルフ、そして、中近東と北アフリカがこの第3のイスラム勢力・・・旧大陸に限れば宗教分布にも似ている。
「とすると仏教か・・・神の使いと戦う仏か・・・笑えるな」
ミユキがネルフでの会談の結果を報告に来た。
・・・・
・・・・
「そうか・・・まあまあ、上出来だな・・・まあ、これなら合格点だろう」
「はい」
「・・・吉川、イスラムの連合に関して徹底的に調べろ、それと同時に切り崩しを行え」
「はい」


シンジはマンションで報告を受けた。
「どうだった?」
「何とか成ったよ・・・綾波は?」
「シャワーを浴びてるわ」
「そう・・・夕飯作るね」
シンジはキッチンに入り、レミはリベンジに向け、コンピューター相手に特訓中だが、最高レベルでも弱い、その為ハンデをつけた。
しかし、それでも生温い。
最後の手段で改造ソフトを使い、出鱈目な敵と戦闘中である。
湯上りのレイが出て来た。
ちゃんと服を着ている。
バスタオル一枚で出て来るレミの方が常識が無いようにも思えるのは、何故であろうか。
「・・未だやっているの?」
「当然!やられたものは10倍にして返すのよ!」
まあ、その熱意は買うが、もう少し別のものに向ければどうかとは思うが、それを言わないレイはやはり成長しているようだ。


夜、シンジの部屋、
レイはシンジの裾を引っ張って寝ようと急かした。
「ふぅ、そうだね、」
二人はベッドに入った。
「碇君、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
レイは全身にシンジの暖かさを感じながら眠りについた。
シンジの方も漸く慣れては来たのか、すんなり眠りにつけるように成ってきた。


9月27日(日曜日)、ネルフ本部、総司令執務室、
「葛城2尉です。」
扉が開き、ミサトは中に進み入った。
ミサトは無言で辞表を提出した。
「これまでの、私の作戦指揮によって多くの被害を出した事の責任を取って辞職したいと思います。」
碇は驚いた。
何があったのか・・・復讐心に凝り固まっていたはずではないのか・・明日、懲罰会議にかける予定だったのだが・・・
「・・・・受理不受理は追って伝える。」
「はい」
ミサトは一礼して退室した。
「・・・」
碇は無言で冬月に意見を求めた。
「・・・リリンとの接触は無い・・・人の遺書を読むような組織にはついては行けないと言ったところかな・・・」
「大した物は無かった」
要約すると、つまりは、レイさんとお幸せにということであった。
「しかし、その程度で、辞めるとは、今後使い物にならなくなる・・無用だな」
「どうする?」
「・・問題無い、どうせ大した秘密を掴んでいるわけでもない、大した能力も無い、認めてやっても支障あるまい。」
「そうだな・・・で、後任だが、」
冬月はファイルを開いた。
「本部では日向2尉と加持1尉、戦自では吉川3佐、自衛隊では大友2佐、支部では、第3支部のベルクドルフ1尉、碇財閥では、甲斐俊郎・・だな」
「日向2尉は、まあ、副官だったから順当と言ったところだ。加持1尉は、目の届くところに置くと言う意味が大きく、まあ、作戦に関しては期待できんな」
「後は?」
「吉川3佐、大友2佐、ベルクドルフ1尉、皆上層部との対立が激しい分子だ。それなりの作戦指揮能力は持っている。」
「・・・」
「甲斐は、能力重視と言ったところかな、碇財閥との繋がりは仕方ないと見た。」
碇は東京リサーチグループの評価を見た。

葛城ミサト
戦略指揮能力 D
戦術指揮能力 C−
実績     E

日向マコト
戦略指揮能力 D+
戦術指揮能力 D+

吉川
戦略指揮能力 C
戦術指揮能力 B−
実績     D+

大友
戦略指揮能力 D
戦術指揮能力 B
実績     C−

ベルクドルフ
戦略指揮能力 B+
戦術指揮能力 C
実績     C

甲斐
戦略指揮能力 B
戦術指揮能力 B+
実績     C+

「・・・」
目を通した後、別の表に目を移した。

榊原
戦略指揮能力 AA+
戦術指揮能力 AAA−
実績     S

蘭子
戦略指揮能力 AAA
戦術指揮能力 A−
実績     B+

「・・・・他は無いのか?」
これでは・・・ねぇ・・・
「・・・うむ・・・ゼーレ、東京帝国グループ、碇財閥、どれにも関係しないものはそうはいないからな・・・能力だけならば戦自の加賀タケルを奨めるが・・・彼はな・・・・」
碇は考え込んだ。
「・・・・マギは?」
「判断を保留・・逃げおったよ」
「・・・他に適任が見つかるまで、日向2尉を代理としておく」
その日のうちに、ミサトの辞表は受理された。


赤木研究室、
リツコはレイラの遺書を机の上に置きじっと見詰めた。
殆どシンジとレイの事を書いただけであり、ネルフやリリン、ましてや、ゼーレや東京帝国グループに関しては全くと言っても書かれていない。
だが、一字一句解釈していくと、いくつか奇妙なキーワードが見つかる。恐らくは、シンジとレイラの間では暗黙の了解で使える言葉なのだろう、しかし、一つ、帰るの活用形が多い事が気になる。マギの回答は、レイラはネルフがこの遺書を見る事を予測していたから作為的にこのようなキーワードを多用したと言うものであった。だが、リツコにはどうもそうは思えなかった。
何かヒントでもあれば・・・


夜、ミサトは大きなトランクケースを片手にジオフロントゲートに立っていた。
あれだけのごみだめの中で、実際に必要だったのは僅かこれだけであった。
ミサトはネルフのマークを見詰めた。
「・・・ネルフ・・・、」
言葉で言い表す事が難しいほど、複雑な思いが無数にある。
過去を捨て忘れ、生きていけるならどんなに楽か・・・
自分が傷付けた子供達・・・・
結局謝る勇気が無かった。
自嘲し、ジオフロントゲートを離れた。


9月28日(月曜日)、ネルフ本部総司令執務室、
「日向2尉、君を、作戦部長代理に任命し、階級を1尉に昇格とする」
「はい、有難う御座います」
一応社交辞令を返すが、心の中は恋心を寄せるミサトがいなくなった事で北風が盛大に吹いている事であろう。


リリン本部、司令執務室、
ネルフ側の戦力が壊滅状態に近いため、現在は一時的にリリンに作戦の優先権が移っている。
「ネルフの勢力が整う前に、もう1度使徒が来てくれると良いんですがね・・・」
「・・・ええ、しかし、今度はネルフはどこから金を集めるつもりで?」
蘭子はファイルを取り出した。
「碇財閥が保有する株式や資産の売却、売却総額は10兆円を越えると予想されるわ」
「それは又・・・で、これを期に碇グループの乗っ取りをかけるわけですか?」
「いえ、会長はそんな小さいものに興味は無いわ」
「・・・碇グループが・・小さい?」
榊原にも知らされてはいない凄まじく大きな計画がある。
だが、流石の榊原も、それ以上のものは思いつかなかった。
榊原はミサトの辞職に関する報告書を手に取った。
「・・・しかし、漸く切りましたね」
「ええ」
二人はミサトは上層部が切ったと思っている。
「まあ、これからが勝負ですね」
「はい、次の作戦部長は誰になりますかね?」
「・・・さあ、分かりませんね・・」


夜、シンジは電話でミサトがネルフを辞めた事を知らされた。
「そう・・・ミサトさんが・・」
『はい、確認しました。』
「どうしたの?」
「ああ、ミサトさんがネルフを辞めたんだ、じゃあ、又」
『はい』
シンジは電話を切った。
「ミサトがねぇ」
「・・葛城2尉は呪縛から解き放たれるの?」
「・・・ミサトさんの心の強さ次第だね・・」


9月29日(火曜日)、第3新東京市立第壱中学校2−A、
何人か転出が認められたらしく、転校していった。
一応形だけの別れの悲しみを浮かべつつも、その下には、命の危険が無くなる事への喜びが見え隠れしていた。
レイラは登校してくると真っ直ぐにシンジ達に近寄った。
「あ、おはよう」
「おはよ」
「おはよう」
レイラはどこか気まずいような感じで挨拶を返した。
「おはよう」
「・・・あの、レイさん・・・放課後に、屋上に来てもらえますか」
遂に来たか・・・シンジは、自分がどうすれば良いのか分からない現状に憤りを覚えた。
レイは軽く頷いた。


授業中、シンジはレイラの事ばかり考えていた。
間違い無く、レイラはレイに宣戦布告するつもりである。
だが、自分はいったいどうすれば良いのか、全く分からない。
そんな悩みが表情に出ていたのか、ちらりちらりとレイがシンジの事を何度も見ていた。


放課後、屋上には二人だけが立っていた。
レイラは何度も言い出そうとしては躊躇っていた。
将来はともかく、現時点においては、レイにとってはシンジしかなく、シンジが全てである事は事実なのである。
それを奪うと宣言するのだ。
それが可能かどうかは別にして、レイに大きな打撃を与える事は間違い無い。
レイの境遇の全てを知るわけではないがその片鱗は知っている。しかし、その片鱗だけでも十分な大きさであり、その全貌が如何なるものなのか・・・
良心が痛む・・・・
レイラは、レミとアスカの言葉、カミュの言葉を思い出し、何度もサハクィエル戦の時に自らが発した言葉を反芻していた。
レイは、只じっとレイラが口を開くのを待っている。
どれだけ経ったのか漸くレイラが口を開いた。
「レイさん・・・」
レイは視線だけ動かして反応した。
「私・・・シンジ君のことが好き」
「私、もう逃げない」
「レイさんには負けない・・・必ず・・・シンジ君を振り向かせて見せる」
「・・例え、レイさんから・・・シンジ君を・・奪う結果に・・成ったとしても・・」
言いながら胸が締め付けられるような思いであった。
「・・・どうして・・・」
小さな呟きがレイの口から漏れ、レイラは耳を塞ぎたくなった。
「・・・どうしてそんな事を・・・言うの・・・」
レイラはレイの泣きそうに哀しげな顔を見て、恐怖にも近い物を覚えた。
「・・・ごめんなさい・・・」
只、小さく零し、逃げるように屋上を去った。
レイラが通った後には小さく涙の跡が残っていた。


シンジ、レイ、レミは黙って帰路を歩いていた。
レイは俯きながら歩いている。
シンジもレミも何があったのかは想像がついている。
余りの反応にレミはどこか腹立たしくもあったが、自分が嗾けたようなものでもあるので、胸にちくりと痛みを感じる程度の罪悪感も同時に味わっていた。
シンジはいったいどうすれば良いのか、ずっと悩み続けているが、未だに答えを出せず、いらいらしていた。
そんな少年少女の思いは関係なく、碇泰蔵の命を受けたスナイパーが3人・・・いや、シンジを狙っていた。
そして、最近のお決まりにも近いが、親衛隊が現れスナイパーをあっという間に片付けて連絡を受けた保安部が連行していった。
学習能力の無い奴等である。いや・・・或いはそれも戦術のうちなのであろうか・・・


夜、シンジのマンション、シンジの部屋、
レイはシンジにぎゅっと抱き付き、その胸に顔を埋めていた。
シンジはいつもよりも強く接触され、寝れない状況に苛まれているのだが、やはりレイとレイラの事をどうしたら良いのか・・・それも考え、眠れない夜を過ごした。

あとがき
ミサトがネルフ辞めちゃいました・・・・・・
東京帝国グループ、ゼーレに対抗するイスラム系第3勢力の誕生。
碇財閥の株式売却
耕一の作戦とは?
事態が大変な事に成ってきました。
一方、レイラがレイに宣戦布告。そんなにつらけりゃしなくても・・・とは思いますが、これが新たな問題に発展してしまうでしょうね。こっちの行方も分からなくなってきました。
又、神威さんからサブタイトルを頂きました☆