目を開けると白い天井が目に飛び込んできた。 「……ここは?」 たしか、ダミープラントにいたはず。そしてカヲルと…… 理由は分からないが、カヲルを倒すことができた。そこまでは覚えているのだが……その後どうなったのだろうか、 「気が付いたのね」 リツコが横にいたようで、声をかけてきた。 上半身を起こしてリツコの方を向く。 どうやら、ここはネルフ中央病院の病室で、ミサトはベッドの上で寝ていたようである。 「どうなったの?」 「インパクトは不発。渚カヲル……第拾七使徒タブリスは殲滅されたわ。貴女は、その後直ぐに意識を失ってしまったけれど」 「あれで?」 「ええ、貴方が放った銃弾でね。解剖してみたけれど胸にあったコアが銃弾で砕かれていたわ」 「そう……」 自らの手で使徒を殲滅した。かつて渇望していたが、それは絶対に不可能なものだった。しかし、気持ちが収まるものではなかった。それ故、子供達に大きな負担をかけてしまった…… それほどのことなのに、その復讐心は方向性が誤っていたものだたと知り、そして子供達を守り救うことを第一にしている今では、そのこと自体を心底喜ぶと言うことはなかった。ただ、普通に使徒をまた一体殲滅することができたと言うことと、それで子供達が無事だったというある意味普通の喜び、そして驚きだった。 「まさか、使徒が拳銃で倒せるだなんてね」 「彼は使徒であるけれど極めて人に近かった。レイに近い存在だったのでしょうね」 「でも、どうしてインパクトが発生しなかったの?」 あの時、リツコもまるで分からないというような感じだったが、あの後色々と調べたようだし、何らかの答えを引き出せているかも知れない。 「さぁ……インパクトの原理なんてきちんと解明されている訳じゃないわ。何かの条件が足りなかったのでしょうけれど」 「何かって?」 「私も補完計画に関わっているけれど、全部を知っている訳じゃないわ」 「はっきりとした答えじゃなくても何か、こんな可能性がって言うのは?」 そう聞くとリツコはゆっくりと考え始めた。 「もし……もしもだけれど、使徒の順番に意味があるとしたら、面白いことになるかも知れないわね」 「面白いこと?」 「死海文書には使徒に番号が付けられていた。今までの使徒の内どれかがまだ生き残っているから不発したのだとしたら、このままでは補完計画を発動しようとしても不発すると言う事よ」 「え?」 「最も、完全な推測でしかないのだけれど、そうであってほしいものだわ」 それはリツコにとっては、非常に好ましい形……しかし、そんなことはあり得るのだろうか? ミサトは簡単な検査を終え、異常なしと言うことで退院となった。最も異常ありであったとしても、今病院のベッドで寝たままと言うわけにはいかない。 碇達はタブリス戦が終わればそう経たずにゼーレが動くと当然分かっていたのだろう。警戒態勢が取られ、シンジ達も本部で待機を命じられていると言うことである。 本部に向かおうと下の階に降りるために待っていたエレベーターの扉が開くと碇が乗っていた。 「あ……」 驚いてしまったが、そのままと言うわけにはいかず、頭を下げてからエレベーターに乗り込んだ。 ややあって音を立てながらエレベーターが下降を始める。 ミサトは碇の右手にアダムがあることを見てしまっている。決して見てはならないものの一つだろう。 碇はミサトのことをどう思っているのか、どうするつもりなのか、確かに殺すのなら既に殺されていただろうから……とは思うが、正直怖い。 「……葛城三佐」 「は、はい」 汗が流れ落ちてしまうような沈黙が続いていたが、碇の方からそれを破ってきた。 「私は何をしていたのだろうな」 「え?」 それは、ミサトに対するものではなく、何か自分のことをぼやいたような感じの言葉であった。 「いや、気にしないでくれ……」 いったい何があったと言うのだろう? 「そう遠くないうちに、ゼーレが動く。ネルフにとっての最後の戦いになるだろう」 「……はい」 「敵は、四自衛隊の一部ずつとゼーレの保有する九機の量産機。今までの使徒戦よりも遙かに困難な戦いになるだろう……」 「全使徒戦勝利の功績により、今日付で君を一佐昇進とし、副司令代行とする」 「は?」 「私も冬月も戦術に付いては門外漢だ。望むものは時間の制限さえ許せば全て用意しよう。全部署をフルに使い対策を取ってくれ」 「は、はい」 エレベーターが目的の階に到着し、扉が開く。 碇は「頼んだ」と言い残してエレベーターを降りていった。 突然の予想外のことに何がなんだか理解しきるまでには時間がかかり、思いっきり乗り過ごしてしまうことになってしまった。 一佐副司令代行……前に、作戦以外での権限がまるでないことを酷く不自由に思っていたことがあったが、今はその枷がはずされた。 正式に辞令が下されると早速全ての情報を集め次々に対処を考え各部署に通達した。 階級と権限の力は凄いものだと思う。不満がある者も多いだろうが、司令部からの命令という形で理由無しで従わせることができた。 今までの鬱憤が大きかったのだろう、そのことに少し快感まで覚えてしまった。しかし、時間がまるでないという事は外部的な条件であるからどうしようもなかった。 また、今までよりも正確かつ詳細な情報を得られるようになったため、それまで思っていた以上に厳しいことが分かった。 前回は戦略自衛隊約一個師団等というものだったが、前に諜報部長が言っていた戦力でもそれを圧倒していた。ところがほぼ間違いなくそれ以上……おそらく第3新東京市の状況とアスカ・弐号機のシンクロ率が大きいのだろう。……奇襲でなく強襲で完膚無きまでにたたきつぶすと、それだけの準備をしている。その分時間があるのかも知れないが、彼我戦力差はあまりに大きい。 大きな溜息が漏れる。 「……シンジ君達と会ってくるか、」 このまま頭を抱えていたとしても何もならない。それよりも、あれからまだ会っていない二人に会っておくべきだろう。ミサトは席を立って部屋を出た。 シンジとアスカに会うために待機室に顔を出したのだが、ミサトの姿を見るなり「あ、英雄のご訪問ね」等とアスカがどこかからかう様な口調で言ってきた。 カヲルのことは色々とぼかしてはいるが、最後の使徒であったこととミサトが仕留めた事は情報として流れている。 「そんな大層なものじゃないわよ」 「それにしても凄いわね……でも、そうも言ってらんない状況らしいわね」 「ええ……はっきり言うわ。今度の敵は、使徒ではなく人、戦略自衛隊と陸海空自衛隊、そして支部が作った9機の量産機。量産機に人は乗っていないけれど、自衛隊は人そのもの……」 「アタシはやるわよ、折角ここまで来たって言うのに、むざむざ殺されるなんて冗談じゃないわよ」 「……ミサトさん、」 「何かしら?」 「何のためにネルフに攻め込んでくるんでしょうか?」 「何のためか……難しいわね。人によって違うでしょうし、正しい情報を知っている人もいれば知らない人もいる。いえ、ここに来る人間のほとんどは知らないでしょうね。でも、命令している上の方の人間はもちろん知っている」 「そう言う人たちにとって、ネルフやネルフの持つ力は邪魔だけれど、持ってる技術はのどから手が出るほどほしいんでしょうね」 実際、前回戦自はど派手に本部内の施設を爆破したり、シンジ達チルドレンを殺そうともしたが、指揮の中枢である発令所には大した攻撃はなかったようだった。そこをつぶせば終わるのに……それはMAGIオリジナルがあるからに他ならない。 最もそれは戦自や日本政府の首脳も、真実はほとんど知らなかったからと言うことと、余裕があった故の行動なのだろうが、 「まったく、いつの世も、権力者って嫌なもんよねぇ」 アスカがやれやれと言った感じで言う……一方のシンジの方は何か考え込み始めた様子であった。 シンジの方はそっとしておくことにし、暫くアスカと話をしてから待機室を出た。 一通り今することをし終え、リツコのところに顔を出した。 「おじゃましていいかしら?」 「作業しながらでよければ、いいわよ、」 端末に向かいキーボードを叩きながら答える。 「じゃ、おじゃまする代わりに、温かいコーヒーでも入れてあげるわね」 「ありがと」 やがてできたコーヒーをカップに入れてリツコに渡す。 「はい」 「どうも、」 「で、今は何をやっているの?」 リツコはミサトが入れたコーヒーに少し口を付けてから答えた。 「渚カヲルの情報の分析よ、」 シンクロ技術をすぐに向上させられるものが見つかればといった感じで前にもしていたが、それの発展だろう。 「で、今のところは?」 「何も……もっと時間があれば、話も変わってくるのでしょうけれど、何か得られたとしても、それを使うだけの時間はないかも知れないわね」 ゆっくりと息をつく。 後どれだけ時間が残されているのかは分からないが、そんなに長くないことは間違いない。 「ところで、少し聞きたいことがあるんだけれど良い?」 「ええ、答えられることならね」 「私の今の権限のことだけれど、リツコ、貴女?」 「半分はね。でも、もう半分は司令自身よ、」 無言で続きを促す。 「司令はインパクトを自分の手で発生させて、ある意味そのまま勝ち逃げをするような形の事を狙っていたのだけれど、少なくとも今度の侵攻には間に合わないと判断したのでしょうね……」 リツコが言っていた可能性というものを碇は信じたのかも知れないし、碇自身で別の可能性を導いたのかも知れない……深いところは分からないと言って口調だった。 「下で起こった事って他に知っている人いるの?」 「私たちと副司令だけね。だから、ゼーレは不発に終わったと言うことを知らないわ」 「なるほど」 「とは言っても、戦闘で負けてしまっては、少なくとも私たちにとっては結果は変わらないわ。だからこそ、戦術に関してネルフ幹部で一番ましな貴女に賭けているのでしょうね」 「賭ね……」 「……私も、賭けて良いかしら?」 「……頑張るわ」 任せてとは言えなかった。 生き残るため、生き残らせるために、思いつくことは片っ端から即実行に移した。碇や冬月もこうしたいと言うと殆どそのまま実行させてくれた。 あれから数日間……今全ての部署がフル稼働で動かしている。どれだけ準備をしても相当劣勢であることは変わりないが、少しでも埋めることができれば、その分可能性を引き上げることができる。 一方で、ミサト自身としては、特にすることが無くなってしまい、執務室でゆっくりとこれまでのことを思い返していた。 「……ここまで長かったわね」 日付の上で言えば既に過ぎているが、もうすぐ元の時間までたどり着く。 なぜ、ミサトが時間をさかのぼることになったのかは分からないが、したかったこと、しなければならなかったこと……子供達を救うこと。まだこれからが極めて険しいが、後もう少しでそれが達成できるかも知れない。 こうなるまで本当に色々とあった。 最初は、足掻こうとしても何もできなかった。否、むしろ悪い方向にばかり物事が進んでいってしまった。 鈴原トウジ、相田ケンスケ、結果的にシンジの良き友人になった二人を殺め、逆に今でこそ大切な存在になっているが、ヒカリとの衝突を引き起こし学校に行けなくなってしまった。本来シンジ達の心のよりどころの一つにもなるはずだった日常の一つを奪ってしまったのである。 そしてヒカリにとっては、この前も言っていたが、全てを賭けられる者を奪ってしまうことになった。 「賭けられる者か……」 ヒカリのことを思い出したら、あの時の言葉が蘇ってきた。 (そう言えば……) 今気付いたが、ミサトは全てを賭けられるものがあればの方ばかりに気を取られていたが、もう一つ言っていた。『綾波さんのように勇気があれば……』とも言っていたのだ。 それは、何かするのに勇気がないと言っていると言うことである。 その何かとは何なのだろうか?エヴァもないただの中学生でしかなくなってしまったヒカリに何かできるとでも言うのだろうか? ミサトに言う……漏らすと言うことは、関係あることだろうか?もちろん関係ないからこそ漏らしたという可能性もあるが、 ふと、誰かに告白と言う事が思い浮かんでしまったけれど、直ぐにその考えを打ち消す。その失った者を考えれば、いくら何でもあり得ないだろう。 しかし、勇気があれば等と言うからには、何か大きな事があるはずだが……そう言えば、前にも何か言いたいことがあったようだったが、結局話そうとはしなかったと言うのを思い出した。関係があるのだろうか? レイとヒカリ……何かが繋がりそうな気もするのだが、要素が間の点が随分足りない気がする。思い付くキーワードを適当に間に挟んでいく。 全然、何を挟んでも繋がったりはしなかったのだが……バルディエル戦が加わった時、線がおぼろげに見えた様な気がする。 「……まさか、」 そして、更にインパクトの不発が更に加わったとき点が線で結ばれた。瞬間ミサトは勢いよく立ち上がっていた。 執務机の上の書類の山が雪崩を起こし、床へと雪崩落ちる。 確かにそれならば説明が付く。しかし、そんな突飛なことはあり得るのだろうか? (確認するしかないわね) 電話を取りヒカリの携帯にかける 『はい、どちら様でしょうか?』 「ヒカリさん、私、ミサトよ」 『……何となくですけれど、来るような予感がしてました』 ミサトにはヒントになることを漏らしていたのだから、それはそうかも知れない。 「私の出した答え、貴女もレイと同じような存在よね?」 最もストレートに聞いてみる。 『そうですね』 「そう……」 ミサトが導いた答えは正しかった。 「今、ネルフに四自衛隊が攻め込もうと準備を進めている。もし、貴女が何かできるならそれを実行出来る?」 強制はできない。しかし、ヒカリにそれを実行出来るだけのものができていれば…… 答えは返ってこない。長い沈黙が続く。 だめかと諦めかけたとき、『わかりました』と小さな声だが、間違いなくそう返ってきた。 「じゃあ、迎えに行くわ。警戒宣言が出されたままになっているから、新横須賀になるけれど」 詳しい話は迎えに行ってからと言うことで、今は迎えに行くことについて具体的な話を詰めた。 警戒宣言が発令されたままになっているために、第3新東京市周辺の公共交通機関は止まってしまっているし、高速道路などは通れないが、自家用車で下道を飛ばす分には問題はない。 頃合いを見て車を走らせ、第3新東京市を出ることにした。 アクセルを踏み込み速度を上げる。 外輪山の山道を急ぐ……ヒカリが新横須賀にたどり着くにはまだ時間的余裕があるが、何となく焦りが出てきているのか、どうも速度が上がっていく。 けれど、しばらくしてブレーキを踏んで停車することになってしまった……戦自の装甲車が道をふさいでいた。 隊員が窓をコンコンと叩くので、窓を開ける。 「現在警戒宣言発令中ですので、この道は封鎖されています」 「全部?」 「そうです。他の道も一般車両の出入りはできません」 ミサトはネルフの司令補佐、もちろんその地位を出せば通ることはできる。しかし、戻ってこれるかどうかは分からない。むしろ、ミサトが本部を離れたと戦自が知ればそれこそ絶好のチャンスととられてしまうかも知れない。 「仕方ないわね、警備御苦労様」 「いえ」 窓を閉め、ハンドルを切り、ユーターンしてさっきとは反対方向に車を走らせる。 そして、適当な場所を見つけると、そこに車を止め徒歩で山を越えることにした。 (急がなくちゃ……) 新横須賀の町は警戒宣言発令地域の外……隣接する箱根地方への発令は続いていると言うことと、戦自と陸自が大規模な部隊を動員していることもあって、通常の状態とは一線を画しているが、それでも活発な活動が行われている。 途中で拾ったタクシーが市内に入ってから携帯をヒカリに掛けた。 『葛城さん?』 「ええ、遅くなってごめんなさい、なんとか新横須賀に入れたわ。今どこにいるの?」 『駅ビルの喫茶店です』 「そう。駅に着いたらまた掛けるわね」 『はい』 数分後、無事に新横須賀駅の駅ビルの中でヒカリに会うことができた。 「心配しました」 「ごめんなさい。車では来れなかったから途中から歩いてきたの」 そう言うと驚いた様な表情を浮かべる。 「歩いて?」 「ええ……道はみんな通行止めにされてしまったから」 「そうだったんですか、」 「話さなければいけないことはたくさんあるけれど、まず最初にこれを確認させて……洞木さん、貴女は何かするために戻ってきたのよね」 「はい、第3新東京市を離れていて気付きました……私にも大切なものがあるんだって」 続きを促す。 「私が育ってきた町、そして碇君や綾波さん、アスカのような私の友達……私は私の大切なものを守りたいんです」 「そう」 「あの時はそんなに大切なものなんだとは思ってなかったのに……」 自嘲しているような微妙な微笑みを浮かべる。 「きっとそんなものなんじゃないかしら?何かあってやっと大事なものだって分かるって言うのは多いと思うわ」 「葛城さんは何かあったんですか?」 何があったのか……ミサトの場合はとんでもない内容ではある。 しかし、ヒカリも告白してくれたのである。ミサトもするべきなのだろう。しかし、これからしなければいけないことを考えるといつまでも、こうして話を続けているわけにはいかない。 「向かいながら話すわ。箱根の山を越えるのはなかなか骨よ、直ぐに支度しましょう」 「……はい、」