再び

◆第23話

 今日はチルドレン同士の顔合わせ……以前のアスカの時は、ミサトの狙い通りにできたが、果たして今回も上手く行くだろうか?
 書類を片づけながら、カヲルのことについて考えている。
 本部に送っていくときに少し話をした。もちろん核心的な物は何も聞けないわけだが、色々と臭わすような言葉を言ってもまるで効き目がなかった。
 カヲルの雰囲気からして、もともとそんな地なのかとも思わないでもないが、どちらであっても何も有効な情報が得られなかったという結果は変わらない。
(あ、そろそろ行かなきゃ)
 時計は既に予定の時刻を指していた。
 執務室を出て、顔合わせが行われる会議室に向かうことにした。
 そして、ミサトが顔合わせが行われる会議室についたときには、すでにみんなそろっていて、「遅かったわね」などとリツコが第一声で言ってくる結果になった。
「ごめんごめん、さて、では改めまして、」
「フィフスチルドレンの渚カヲル君よ」
「よろしく」
 きれいな微笑みを作って二人に声を掛けたのだが、二人は事務的な雰囲気で、「よろしく」と返しただけだった。
「やれやれ……どうやら、余所者を簡単に受け入れる様なことはないようだね」
「渚君については、とりあえず、予備パイロットとして、二人に準ずる訓練を受けて貰うわ。私としては、それが準ずる物のままでいてほしいけれどね」
 二人の方も軽く自己紹介をし、その後もエヴァやネルフなどについて少し話を交わしていたのだが、その中で、シンジがアスカ以上にカヲルのことを警戒・敵視しているように思えた。
 アスカは分かるのだが、一方のシンジはもっと友好的と言うよりも人との衝突を避けようとする性格だったと思うのだが……
(何かあったのかしら?)
 疑問には思うのだが、ミサトにとって都合が良いことでもあるのだから、今はそのままにしておくことにした。


 ミサトの執務室にリツコがやってきた。
「いらっしゃい」
「彼の行動の情報よ」
 リツコが見せてくれたのはカヲルにぴったりとついている保安部と諜報部の人間が書いた報告書であった。
 逐一全ての行動が記載されているが、その中に、顔合わせの後また別にそれぞれ接触したが、二人の警戒心を解くことはまるでできなかったと言うことがあった。
 さらに、病院に行ってレイとも会おうとしたようだったが、こちらは保安部員が止めたとある。
 まさにチルドレンの中で孤立状態になっていると言える。
「最初としては良い感じかしら?少々やりすぎなのかもしれないけれど」
「まあ、そんなところでしょう。対応には問題ないと思うわ、ゼーレも、どうぞ疑ってくださいと言って送り込んできたようなものなのだから」
「そうね……で、何か分かった?」
「いいえ、今のところ何も……明日シンクロテストを行って見るけれど、話ではシンクロ率を自由に変えられるのだったかしら?」
「ええ、詳しい理由は知らないけれど、まあ使徒だからね」
「そう……」


 そして、行われたシンクロテスト……やはり、カヲルの数値は凄い値を出していた。しかも、その値を変えることができる。
 エヴァの特性であるフィードバックを考えればこれは相当に理想的に能力かも知れない。カヲルがそれを使うことはないが、
「どう?」
「間違いないわね。ところで、今は弐号機のデータを使ってやっているけれど……念のために初号機もやってみる?」
 その後、「だめだと思うけれど、」と付けくわる。……アダムとリリスの関係か、そんなところだとは思うが、
「たいした手間じゃないないならお願い」
「わかったわ、午後のテストは初号機のデータを使って行うわ、」
 そう言うことで行うことになった午後のテストではぼろぼろの成績しか出なかった。意味はないが、零号機でやっても同様の結果である。
 本来エヴァは専属性をとっているから見かけ上これで正しいわけで、キョウコとカヲルの間に何かあるのではと思わせるような結果になっているが、実際はそうではない。
(参号機か四号機でもあればねぇ)
 まあ、無い物ねだりの上に、あったとしても有益な情報が得られるわけではないのだから、ミサトにとってはどちらでもいい話ではあるが、リツコの方に取っては必ずしもそう言うわけではなかったようでシンクロ技術の向上に役立つ情報がないかと早速色々と分析に取りかかっている。そう言った理由からリツコもそんなことを零していた。


 それから数日、ミサトはかなり警戒していたのだが、少なくとも表面上は何事もなく、平穏無事に過ぎ去っていた。
(まだ、動かないか……)
 昼過ぎ、たまたまカヲルが外に出かけるのを見かけた。
 特にそんな必要などはないのだが、ミサトもカヲルを尾行してみることにした。
 ネルフ本部に部屋も与えられて住んでいるカヲルが外に出る用事は特にはないが、気分転換と言う事もあり得る。そう言うことは分かっていたのだが、
 そして、市内の公園がその目的地だった。
(こんなところに何をしに来たのかしら?)
 気分転換をすると言うには少し遠いだろうし、特別何かがある公園でもない。しかし、かと言って誰かに会うというわけでもなさそうだが……少し離れた高いところから双眼鏡を使ってカヲルの様子を観察する。
 カヲルは公園の真ん中にあった天使の像の上に上って腰掛けている。
 腰掛けているだけで特に何かしているという風な感じでは無いが、
(……あの像?)
 以前もこうしてカヲルをつけた時のことを思い出した。あの時ここは湖となり、またあの像も壊れていたが、間違いなくあの時と同じである。
 あの時はこの次の日に動いた。
(来るわね)
 なぜ、こんなところに来たのかは分からない。しかし、きっと明日動くだろう。
 すぐに本部に帰って明日に備えることにした。


 カヲル対策についてはリツコが全面的に協力してくれているから色々と手を回しやすい。
 加持にさらに日時に関する情報も流して貰ってケージの警備を固め、またシンジとアスカには、朝早くから実験を入れることにした。
 もちろん朝早くから突然入れられたことについて、アスカが愚痴愚痴言っていたが、熱心にお願いしたところ渋々納得してくれた。
 そう言ったことを一通り終えた後、メインシャフトの様子を見に来た。
 装甲隔壁ががっしりとしめられている。かなりの強度を持っているはずなのだが、前回は弐号機を使って片っ端からぶち破っていった。
(確かにエヴァの前には時間稼ぎが精一杯ね)
 さらに言えば、カヲルの使徒としての力は見たことがないが、果たしてどのくらい物なのだろうか……結界と表現したほどの、あの強力なATフィールドを使われてしまったら……
 なんだか、色々と不安になってきてしまい、こんな弱気じゃいけないと頭を振ってそう言ったものを振り払った。
(みんなと一緒にいることにするか)
 一人でいて負のスパイラルに陥ってしまうのは避けたい、みんなと一緒にいて色々としながら待機していることにした。


 そういう風に準備していたのだが……もう夕方になるにもかかわらず、カヲルはまだ動いていなかった。
 暢気に自分の部屋で映画鑑賞をしている。
(どういう事なのかしら)
 食堂で早めの夕食を取っているが、あまりに備えが凄すぎて動くに動けなかったと言うことなのだろうか?
 分からない。
(……明日も引き続き備えるしかないわね)
 とは言え、ミサトとリツコ以外の者にとっては、何に備えているのかも分からないか、違うものに備えているようなものであるし、いつまでも緊張感を保つことはできないかもしれない。
(難しいわね……)
「葛城さんどうかしました?」
 向かいの席に座っている日向が、心配そうに声をかけた来た。考え事をしていて、箸が止まったままになってしまっていたようだ。
「あ、いえ、ちょっちね。フィフスのこと考えていたんだけれど」
「とりあえず、今のところ特に怪しい行動は見られていませんけれど、これから何かするんでしょうか?」
「さぁ、必ずしもフィフス自身がするとも限らないしね」
「なるほど、それもそうですね」
 カヲルが囮?……そんなはずはない。第拾七使徒タブリスを超えるような手札があるわけがない。
 その本当の意図はともかく、間違いなくゼーレの切り札の一つであるはず。
 しかし……何かと組み合わせて使ってくる可能性はありかもしれない。
(……たとえば、軍事力の行使)
 戦自や自衛隊のような正規軍をこの時点で使ってくることはないだろうが……テロに見せかけて小規模の部隊を同時に動かすとか、
「彼に注意を引きつけている間に、破壊工作を仕掛けてくる可能性もあるわね」
「確かに、警備を厚くしておきましょう」
「ええ、三人の護衛もしっかりとね」
「はい」
 コレで何とかなればいいのだが……


 結局、本部に泊まり込んだのだが何も起こらなかった。
 貫徹で眠い頭を抱え大あくびをしながら通路を歩く……少しさっぱりするために浴場にでもと通路を進んでいると、カヲルが歩いているのを見かけた。
「……」
 特に変なところはなかったのだけれど、昨日、そして一昨日の事もあるし、やはり気になったので後をつけることにした。
 カヲルはエレベーターを使わずに、わざわざ階段やエスカレーターを使って通常のエリアから離れ、セキュリティーレベルが高い深層エリアにむかって進んでいっている。
(何をするつもりなのかは分からないけど、何かはするつもりね)
 今まで妙な行動は、あのとき公園に行ったときをのぞいて何もしてこなかったが、ついにしてきた。
(しかし、ずいぶん来たわね)
 もうミサトもどこを歩いているのかさっぱり分からないのだが、かなり下の方のフロアまで来ていると言うことだけはわかる。
 高めのレベルのロックがかかっているはずの扉が、まるで自動扉かなにかのように開いていく……明らかにおかしい。
(そう言えば保安部員は?)
 少なくともミサトが見える位置にそれらしき姿は見えない。
 カヲルが通った後はロックが解除されたままになっていたから、保安部員達がセキュリティレベルの問題で足止めを食らっていると言うことはないと思う。
 理由は分からないが、カヲルが何かしようとしたらミサトが何とかするしかない。最も、どれだけのことができるか分からないが……
 持っている武器を確認する……拳銃とその換えのマガジンが少しあるだけ、どのみち使徒が本気を出せば、携帯武装でどうこうできるはずはないが、全く何もないよりは安心できる。
(それにしても……)
 カヲルはまるで周りに警戒している様子は見られない。確かに、通常このエリアに人はない。しかし、カヲルには監視が付いているし、実際にこうしてミサトが後をつけていたりもするのだが、まるで気にしていないようである。
 単純に気付いていないだけなのか、それとも気付いた上での余裕なのか?


 緊張しながらの尾行は、始まってからもうどれだけ経ったのだろうか?
 カヲルが一つの扉の前で立ち止まった。ドアに書かれているセキュリティレベルは、ミサトではとうてい開けられないような高レベルのもの、この扉の向こうには何らかの機密事項に関するものが存在するはずである。
 それだけに、単純なロックだけでなく色々と仕掛けがされているはずなのに、やはりこの扉もゆっくりと開いていくことになった。
 カヲルが扉の向こうに消えていく。
 ……この先に存在するものによっては、理由があるわけであるが、そんなものは関係なく、単に知ってしまったと言うだけで、拘束されたり、最悪消されてしまったりする可能性もある。
(行くしかないわね)
 いったい何が待ち受けているのかは分からないが、それだけにこのままカヲルを放置するわけにはいかない。
 覚悟を決めてミサトも扉の向こうに足を進めた。
 そして、その扉の先にあったのはあのダミープラントだった。
 レイの素体が多数浮いている水槽の前に、碇とリツコ、そしてカヲルが対峙していた。
 二人の表情はまさに驚きだった。こんな所にカヲルが来る等というのは本来あり得ないことなのだから……
 しかし、現にこうしてここにいる。そして、無論ただ来ただけなどと言うことはあり得ない。
 このまま飛び出していったとしても、何かできるとは思えないし、何をしたらいいのかもわからない。ミサトは入り口の陰から様子を窺うことにした。
「これが、リリンの罪の象徴かな?」
 黙ったままだった二人に対して、カヲルは水槽に浮かぶレイの素体に目をやりながら尋ねる。
「さぁな、それよりも、こんなところになんの用だ?そんなことを聞くために、来たのではないだろう?」
「ああ、そうだったね。我らが母なる存在アダムに会いに来たよ」
 カヲルの言葉に二人は先ほどよりもずっと大きい驚きを露わにする。地下にあったのはリリスだったが……アダムはこんなところにあったというのか、
 誰かが何か言うよりも早く碇が拳銃を抜き、カヲルに向けて発砲するが、当然のごとくATフィールドではじき返される……一方のリツコは非常ベルを押すが動作しない。
 「どうして!!」
 リツコが悲鳴を上げ、碇は反対側の扉から逃げようとしたのだが、ドアの開閉機能が反応しない。そんな中カヲルが碇に向かってゆっくりと近づいていく、その顔には微笑みが浮かんではいたが、ミサトには恐ろしい笑みにしか見えなかった。
 ……拳銃の照準をカヲルの頭にあわせる。もし、カヲルがミサトの存在に気づいていなければ、あるいは、
 引き金を引き、弾が発射される……まっすぐにカヲルの頭に向かって飛んでいったが、ATフィールドにはじき返された。
「おや、そんなところにもいたのかい」
 ずっと気づかれてはいなかったようだが、結果は変わらなかった。
 リツコがカヲルに向かって体当たりするがATフィールドに激突するだけで、触れることすらできなかった。
(どうすれば!?)
 ミサトが近くにあったブロックを拾ってカヲルに向かって投げつけたが、結果は何も変わらない。はじき返されたブロックが床に落ちて激しい音を立てて転がる。
 数々の抵抗にもかかわらず、碇が壁際に追いつめられてしまった。そこで、ミサトはあることに気付いた。
 なぜ碇を追いつめているのだろうか?
「くっ、体が、動かん!」
 壁にぴったりと張り付いている。
「君たちはATフィールドと呼んでいるけれど、こんな使い方もあるんだよ、」
 よく分からないが、ATフィールドで、壁に張り付けにしているようである。
 そんなことをして何をするつもりなのか?その答えはまもなく得られた。
 カヲルは碇の右手の手袋に手をかけ破り捨てる……そこには掌に融合した物体があった。
 胎児のような姿、ひときわ大きな目玉が不気味である。
「こんな事までして、いったい何をするつもりだったんだい?まあ、僕には関係のないことだけれど」
 これまでの流れと、カヲルが狙っているその物体……
(まさか、あれがアダム!!?)
 カヲルがアダムに手を伸ばす……いけない、それだけは絶対に!
 ガンガンガンガン!とATフィールドを激しく叩く、
「……うるさいよ」
 カヲルがミサトの方を振り向き一睨み。その瞬間、何かにはじき飛ばされ宙に浮く、そのままレイの素体が浮かぶ水槽に激しくたきつけられた。
 水槽にひびが入り、いやな音を立てる。
「ぐっ」
 今度は重力に従い床に落下した。全身が痛い。
 ミサトが邪魔をできなくなったのを確認して再びアダムに手を伸ばす……誰もがどうすることもできず、ただインパクトの発生を見ていることしかできなかった。
「我が母アダム………」
 カヲルの手がアダムに触れる。
(もうだめ、なの?)
 運命の瞬間を迎える……永遠にも思える一瞬が過ぎ去る。
「……え?」
 疑問の声を上げたのはカヲルだった。
 何も起こらなかった。
「どうして?」
 カヲルの問いに答えられるものはいなかった。ミサトだけでなく、碇もリツコもなぜ何も起こらないのか分からない。
 あり得ない、あってはならないことに呆然とするカヲル……動けるようになったのか、碇がカヲルに気付かれないようにそっと移動している。カヲルの視界には入っているようだが、反応はされていない。
(もしかしたら)
 碇が動けると言うことは、ひょっとするとATフィールドが展開されていない。展開されていても、弱いのかも知れない。
 だったら……拳銃の弾倉をそっと交換し、呆然としたままのカヲルに向ける。
「そ、そうか……そう言うことか、リリン」
(お願い!)
 カヲルが何か理由に思い当たったようだが、無視し、祈りながら連射する……残弾が全てカヲルの体に吸い込まれていく。
 そのまま崩れ落ちるカヲル。
 ものすごい形相でミサトをにらみ返してくる。
(死ぬ!)
 気を失いそうになるほどの殺意を受け強制的に死を覚悟させられる。
 しかし、何も来ない。ミサトは倒れたままとは言え、依然として生きている。
「……僕は、選ばれなかったのか……」
 カヲルは、そうつぶやいた後、言葉としては表せない。しかし、強烈な悔しさが伝わってくるような叫び声を上げ、事切れた。
(……助かったの?)
 カヲルは動かない……どうやら、そのようだ。
 いったいなぜこうなったのか、まるでわからない。
 しかし、これで使徒戦は終結し、最後の戦いへとステップが進み始めることになる。