再び

◆第22話

 夜、改めてレイの病室を訪れることにしたが、今夜は誰もいないようでゆっくりと話ができそうである。
「レイ、私だけれど今良い?」
 ノックをしてからそう尋ねると「はい、」と返ってきたのでドアを開けて病室に入る。
 レイはいつも通りベッドの上で横になっていた。
「体の方は大丈夫?」
 うなずきで返す。
 今日もシンジ達がお見舞いに来てくれたことから始まり、しばらく色々と話をしていたが、そろそろ今日の本題を切り出すことにした。
「レイ、一つ大事な話があるのだけれど」
 何?と目で聞いてくる。
「今回の考えてみれば、普通ならとても助からないような状況だったのに……それだけ死にたくなかった。シンジ君と共に生きていきたかったのよね?」
 レイの秘密を知っているという事を口にするとレイの表情が一変する。
「……どうして、そのことを?」
 かすかに震えながらその言葉を絞り出してきた。
「前にセカンドインパクトとか、ネルフ・ゼーレについて色々と調べてたときに、関連する情報を見たの」
「……いつ?」
 いつのことか、時間的にはまだもう少し未来のことではあるが、果たしてどう答えるべきか……
「第参使徒が来る少し前よ」
 そんなことはあり得るはずがないと言いたげな顔に変わる。確かに、普通ならそうだろうが、ミサトには確固たる理由があったから、今までこうしてきたのだ。
「私は、あなた達をなんとしての助けたいの…」
 それは紛れのない本心。レイはじっとミサトの目を見つめてくる……しばらくして、ミサトが本当のことを言っているというのが分かったのだろうが、それが不思議なことである事は変わらず、いまいち納得できないという表情をする。
「もうすぐすべき事がみんな終わるわ。その時に理由を話すわ」
 レイは少し迷っていたようだが、ミサトが本気であるのだから話してくれるのを待つことに決めたようであった。
「ただ、一つだけ分かってほしいことがあるわ。確かにレイが特別な存在だからこそ、私たちは出会い家族になれた。でも、レイが特別な存在だから家族でいるのじゃないわ」
 いまいちぴんと来ていないようなので続ける。
「レイがどんな存在なのかは関係ない。貴女が家族でいたいような子だった、なんとしても救いたいと思うような子だったという事よ」
 驚き目を丸くしたが、ややあってとても嬉しそうな微笑みに変わった。
「ありが」
「ううん、お礼を言われるような事じゃないわ、それでもと言うなら、早く体を治して、家に帰っていらっしゃい」
 お礼を言おうとしたのを遮ってそう言うと、弾んだ声で「はい」と返ってきた。


 次の日、ネルフ本部に届いた報にみんな驚かされることになった。
 フィフスチルドレン・渚カヲル。
(ついに来たわね……)
 人類補完委員会がマルドゥック機関を通さずに直接選抜しネルフに送り込んできたチルドレン。
 ここ作戦会議室は、このあからさまに怪しい存在に渋い顔ばかりになっている。
 疑問点を挙げればきりがない。先ほどから、皆が口々にそう言ったことを言っている。
「委員会は何を考えているのでしょう?」
 ある程度皆がしゃべり終えると日向がミサトに話を振ってきた。
「さぁ……ただ、よからぬ思惑があるのは間違いないわね。警戒を怠らないようにしましょう」
 カヲルは使徒である。あまり露骨に何かするわけにはいかないが、シンジ達も含めてみんなに警戒を促しておかなければいけない。


 会議の後、リツコの研究室に顔を出してみた。
「いらっしゃい」
「フィフスの事、何かつかんでる?」
「いいえ、貴女が言ったとおり、全てまっさら。何も分からないわ」
 リツコの前のモニターに表示されているカヲルの情報は、ミサトの元に届いている報告書よりも多少情報が多い程度でさして変わらない。
「あの時とは状況が違うけれど……それがどう影響するかしら?」
「さぁ、ゼーレが何を狙って送り込んできたのかの正確なところが分からないから何とも言えないわね」
「何が起こっても良いように備えるしかないか」
「そう言う事ね。今度は私の方から聞いても良い?」
「ええ、何?」
「レイの事よ、殆ど話していなかったからね」
 そう言えば、あの時すぐに駆けだしてしまったから、レイのことについてリツコとまともに話をしていなかった。
「それだけシンジ君と生きたかったんでしょうね」
「レイがそう言ったの?」
「いえ、私が感じた事よ。でも、レイに言っても否定はしなかったわ」
「そう、ならそうなのでしょうね」
 リツコはたばこを一本取って火をつけた。
「……どっちが人形なのかしら」
 つぶやきはリツコとレイを比較した言葉だったのだろう。前にアスカの時も対比をしていた気がする。
「リツコ?」
「気にしないで」
「そんなことできるわけ無いでしょ?それに本心からだったら、呟きすらしないでしょ」
 けれど、意識してのことではなかったのだろう。リツコ自身、ミサトの言葉に驚いたようだったが、少しして「……そうね」と素直に認めた。
「話、聞くわよ」
 リツコはすぐには答えずに、たばこを一本吸い終わり、また一本新しいたばこを取り出しながら答えた。
「つまらない話よ」
「量子力学の講義よりはずっとおもしろいわよ」
「それもそうね……コーヒー淹れてくれる」
「ええ、」
 そうして、コーヒーを飲みながらリツコの話が始まった。
「始まりは、母さんへの対抗心と、母さんが作ったマギの管理を他の者にはさせたくないと言った感じの事だったのかしら?」
「母さんが自殺した後、誰が後を継ぐのかでもめていたわ。私は赤木ナオコの娘だけれど、それだけでネルフの最高技術の一つマギを引き継ぐことができるはずがない。ましてや、赤木リツコとしてよりも、赤木ナオコの娘としてよく知られていた位でしか無かったのだから……」
 その時ミサトはちょうどドイツから日本に戻ってきたとき、組織の改編と転属が重なったせいでえらく手続きが面倒になってしまったというを良く覚えている。
 あの時、確かにリツコの名はドイツにもそれなりに伝わってきていたが、赤木ナオコの娘という枕詞が付いていた気がする。
「だから、私の意図を達成するには、それこそこの体を使う位しかなかった。それでネルフの最高権力者であるあの人に近づいたの……別にあの人に興味なんてまるでなかったわ」
 少し遠い目をしながら紫煙をゆっくりとはき出す。その時のことを思い出しているのだろうか? 
「あえて言うなら、意図的か結果的かは分からないけれど、母さんがユイさんから奪った二つの立場を両方とも私が手にすることに快感を覚えていたのかもしれないけれど」
 母、ナオコへの想いは愛憎混じった物であるとは前に聞いたことがあるから知っているが、ミサトが思っていたよりもずいぶん根が深い物であったようだ。
「興味なんか無かったはずなのにね……それまでよりもずっと近い位置からあの人を見ていたら、ものすごく魅力的な存在だって気づいたの。最初は打算的でしかなかったのに、いつの間にかのめり込んでいた」
 趣味が悪いような気がしないでもないが、口は挟まないことにした。
「でも、あの人は、私も、母さんも愛してはくれなどしていなかった。あの人はユイさんの事をずっと思い続けていた。私の時は母さんを失って信用できる優秀な人材を求めていたから、ちょうどよかったのでしょうね。きっと母さんの時もそう……あの人は、ユイさん、シンジ君、レイの三人しか見ていない。あの人にとっては、私達は計画のために動く操り人形でしかないのよ」
「まさか……そこまで分かっていて、計画に協力してきたの?」
「そうよ、ミサトから言われるまでもなく分かっていたわ」
「……」
「あの人に捨てられたくないと言うことと、いつか私のことも見てくれるんじゃないかって淡い希望を抱いて、これまでずっとやってきたわ」
「……アンタ馬鹿よ」
 もう、かけるべき言葉がこのくらいしか思い浮かばなかったが、「ええ、大馬鹿者よ」と自嘲しながら返された。
「私は、計画が失敗すればいいと思っている……そうすれば、目がよくなるから、でも、決して手を抜けない。全力を尽くさなければいけない」
 うつむき、悲しげに言った内容は矛盾している……しかし、自覚しているのだから、きっと苦しみ悩んできただろう。その上での結果のならば、リツコが本当の意味でミサト達に協力してくれると言うことはありえないかもしれない。
 けれど、リツコが親友であると言うことには何も変わりはない。あんなリツコの姿を見るのは嫌である。
「私には助言を与えることとかはできない。でも、愚痴を聞くくらいならいくらでもできるわ、必要になったらいつでも声を掛けて」
「ありがとう」
 うつむいたままのリツコをそのままに研究室を後にした


 夜、家に戻ったのだが、珍しく、明かりが消えたままになっていた。
「シンちゃん、もう寝ちゃった〜?」
 確かにそれなりに遅い時間だったのだが、そうではなく、まだ帰ってきていなかったのだった。
「どこ行っちゃったのかしらね?」
 等と言いながら冷蔵庫を開けて、ビールを一本取り出したところで、シンジが帰ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい、ジュース飲む?」
「あ、はい」
 ジュースを一本取り出してシンジに渡し、自分もビールを空ける。
「それにしても、シンジ君にしては遅かったわね、どうしたの?」
「あ……ちょっと綾波と話しこんでてて」
「そっか、レイ早く退院できると良いわね」
「ホントそうですね」


 今日ヒカリが第3新東京市を去る。
 と、言うことでシンジ・アスカとともにその支度を手伝いに来たのだが、もうあらかた終わっていた。
「やっぱ、ヒカリって、ミサトと違ってしっかりしてるわねぇ」
「私と違ってってどういう事よ、って、何シンジ君までうなずいてるのよ!」
「あ、いやその……」
「そんなの、ミサトとつきあってたらすぐに分かる事じゃない。ま、そんなことより、何か手伝えること無い?」
「そうね、じゃあそこの段ボールにガムテープを貼って閉じてもらって良いかな?」
「おやすい御用よ」
 そんなこともあったけれど数分後には完全に支度が整い、宅配便業者の人に荷物を取りに来てもらって、後は電車の時間にあわせて駅に行くだけになった。
 それで、時間まで話をしていて分かったことだが、ヒカリの父親は仕事が抜けられないそうで、バスで行くつもりだったそうだ。
「ああ、それじゃ、私が駅まで送っていってあげるわ」
「ありがとうございます」


 病院を出る前にレイの病室に寄って、その間にミサトが病院に車を回すことにした。
 病院の前で待っていると、3人が中から出てきた。ヒカリの荷物が入っている大きめの鞄はシンジが持ってあげている。アスカに遠回しに持つように言われたのかも知れないが、
 その荷物を受け取ってトランクに入れる。
「それじゃ、またね、向こう着いたら連絡頂戴ね」
「うん。すぐにするね……また戻ってこれるように、二人とも頑張ってね」
「任せときなさい」
「うん、ありがとう。頑張るよ」
「それじゃあ、またね」
 二人に別れを告げ、車の助手席に乗り込む。
「失礼します」
「シートベルト締めてね」
 アクセルを踏み、車が走り出す。
 三人は見えなくなるまで手を振り合っていたが、そう長くはなかった。
 それからしばらくし地上につながるトンネルに入ってから、ヒカリが話しかけてきた。
「葛城さん」
「何かしら?」
「葛城さんには、全てを賭けられる様なものってありますか?」
「全てを賭ける?」
「その為になら、他のことはどうなってもかまわないみたいなことです」
 他のことはどうなってもかまわない……三人のためなら命も賭けられる。実際に、シンジのために……それが本当にシンジのためになったのかどうかはミサトには分からないが、まさに命を賭け撃たれた。
「そうね。ずっとその通りかどうかは分からないけれど、今はあの三人のためなら何でもできると思うわ」
「綾波さんは、碇君のためにならできたんですね……」
 ヒカリはレイのことをどこまで知っているのだろう?全く知らないというわけではないように聞こえるが、そもそも、あの自爆自体もそうだったとも言えるので分からない。
「私も綾波さんのように勇気があれば……全てをかけられるものがあれば……」
 あの夜、レイとどんな話を聞こうとも思ったが、その全てを賭けられたであろう者の命を奪うことになったのはミサトのせいであるのだから、聞くことはできず、少し気まずさを感じてしまうような沈黙が訪れてしまった。
 結局その沈黙が続いたまま、駅に到着した。
「送っていただいてありがとうございました」
「いえ、大したことじゃないわ、それよりも、向こうに行っても元気でね」
「はい」
 ヒカリが鞄を持って駅に入っていったのを確認し、車を走らせる。
「……それにしても、」
 私も綾波さんのように勇気があれば……全てをかけられるものがあれば……、あればどうなのだろうか?分からない。ふと思ったのは今だが、あの時思っても聞けなかったのだから同じかもしれないが、あればどう変わったと言うのか……
 それを無くしてしまったという罪の意識からなのか、妙にヒカリの言葉が頭から離れなかった。
 

 次の日、訓練が終わった後、ミサトの執務室でカヲルについての話を二人にすることにした。
「二人に見てもらいたいものがあるの」
 そう言って、カヲルについての資料を二人に見せる。
「この人がどうかしたんですか?」
「はぁ?フィフス〜?」
「え?」
「そう、この子がフィフスチルドレン」
「……そう言えば、前にリツコがそんなこと言ってたっけ」
「ええ」
「で、なんなわけ?アタシのシンクロ率は99%だし、シンジだって結構高いじゃない。それに、そもそも、エヴァって専属のパイロットじゃなくても乗れるわけ?」
「一応、コアの換装をすれば乗れるわね。でも、今の状況から考えて、それに何らかのメリットがあるとはとうてい考えられないわね」
「じゃあ、どうして?」
「ネルフの上には人類補完委員会と言う組織があるんだけれど、このフィフスはマルドゥック機関じゃなくて委員会が直接選抜したの」
 アスカは何となく分かったようだが、シンジは分からないといった顔をしている。
「つまり、何か良からぬ事を企んでいる人がいるって事よ。それが、どんなことなのかは分からないけれど、用心するに越したことはないわね」
「こいつが何かするって言うの?」
「可能性はあるわね……何かは分からないけれど」
「……冗談じゃないわよ、どこの馬の骨とも分からない奴に、好き勝手荒らされてたまるもんですかっての」
「………ミサトさん、」
 ずいぶん真剣な表情でシンジが声を掛けてきた。
「何?」
「この人のこと、何か分かったら教えてください」
「ええ、もちろんよ」
 どうして、そんなにシンジが真剣になっているのかは分からないが、とりあえず二人に警戒心を持たせることには成功した。少々、猜疑心・敵対心に近くなっている気がしないでもないが……


 加持と食事をした後、またこの展望公園にやってきた。
「ここに来るのも何度目かしらねぇ」
「さぁて、何度目なのかな?でも、随分来てるのは間違いないな」
「ええ、」
「前もそうだったのか?」
「いいえ……前にも話したけれど、貴方は真実を追い求めてばっかりで、行き過ぎて消された。でも、だからこそ、今二人がこうしてここに一緒に立っていられる。凄く皮肉に話かも知れないわね」
「確かに、そうだな」
 しばらく、前の加持とのことを思い出していたが、いつまでの物思いにふけるわけにはいかない。
「ところで、リツコのことだけれど、」
「何かあったのか?」
「多分本当の意味で協力を得るのはできないと思うわ、対ゼーレ、対戦自とかなら得られるでしょうけれど」
「そうか……司令か、」
「ええ、」
「まあ、それなら仕方ない。フィフスのことだが、俺の方でも少し調べておいた」
「何か分かった?」
「どうかな…葛城が言っていたこと以上の情報はないな」
 渡された書類を見ると、ゼーレにつながるルートから入手したのだろう情報が記載されていたが、どうやら、ずいぶん前々からゼーレ上層部がその存在を隠していたらしいこととか、確かに目新しそうなものがいくつかあったものの、役に立つと言うような物はない。
「これ以上は難しいでしょうね」
「ああ、なんと言っても使徒そのものだ。よほど上の方しか肝心な情報は知らないだろうな」
「そうね、みんなに警戒するようにと言っておいたけれど、それ以上のことはできないかしら?」
「弐号機を乗っ取ったって言うのには、ケージの警備を厚くすることでそれなりにできるかもな。エヴァへの工作任務を請け負った者が本部内にいると言う情報を流せばいいかな」
「お願いできる?」
「ああ、そのくらいならおやすいごようさ」
「もっとも、使徒が本気を出せば、時間稼ぎすら難しいかもしれないけれど、こちらが動くのを早くできるわね」
「そうだな」
「どう動くか分からないけれど上手く倒すことができれば、量産機さえ完成していればすぐにでもゼーレが動くでしょうね」
「対策はどうだ?」
「してはいるけれど、難しいわね。結局のところ、対人を考慮して作られた組織じゃないから」
「エヴァの戦闘力に頼るしかないか」
「ええ……シンジ君とアスカにがんばって貰うしかないわね」
 しかし、使徒ではなく、人相手にどれだけ戦えるか……特に、シンジは果たして戦うこと自体ができるのだろうか?
(こればっかりはね……)


 カヲルの出迎えであるが、自分から主張して、ここ第3新東京市国際空港に保安部の面々と一緒にやってきた。
 第3支部の飛行機でドイツからここに向かっている。もうそろそろ到着する予定で、今は空港内の喫茶店で飲み物を飲みながら到着を待っている。
「あとどのくらい?」
「もうすぐ…ああ、あの機ですね」
 保安部員が指さした方向に小さく飛行機が見える。
「行きましょう」
 喫茶店を出て出迎えに向かう。
 VIP用の到着ロビーでカヲルを待っていると、第3支部の保安部員に護衛されてカヲルがやってきた。
「長旅御苦労様」
「いえ、葛城三佐ですね。わざわざお出迎え御苦労様です。私は第三支部作戦部所属のアルバート・マイヤー1尉です」
 握手を交わすと、早速「引き継ぎに関する書類です」と言って書類を提示された。ドイツ語で書いてあるのはなぁとは思ったが、まあ、自分が読めたのでOKとすることにした。
 ペンを取ってサインをする。
「後をよろしくお願いします」
「ええ、」
 アルバートと二三言葉を交わした後、カヲルの方に向き直る。
「渚カヲル君、私は葛城ミサト。今後は私の指揮下に入って貰うわ」
「そうかい、よろしくお願いするよ」
「それでは参りましょうか?」
「ええ、」
 ミサトはカヲルをつれて保安部員とともに空港を後にした。