「随分整ってきたわね」
「え?なんですって?」
ヘリのローターが風を切る音がうるさくて良く聞こえなかったらしく、日向が聞き返してきた。
「随分整ってきたわねって言ったの」
さっきよりも大きな声で言う。
「ええ、このブロックはもう8割方終わっていますからね」
復旧が進められている支援兵器が並んでいる。
元々は普通のビルが並んでいたブロックではあるが、もう今のような状況になっては偽装など意味はない。だからそんなものに余計な費用は掛ける必要もないから、実効戦力を最大にするように兵器が配置されている。
「疎開の方はどう?」
「順調です。むしろ、予定以上に進んでいる位です。やはり、みんな怖いんでしょうね」
「当たり前でしょうね」
灰燼と化したブロックはまだ殆ど復旧されていない。と言うよりもそこを復旧して再び利用するよりはさっさとここから逃げ出してしまった方が良い。又、破壊されてしまうかも知れないのだから…そして、それは他の者も同じである。ネルフ自体も疎開を推奨したことからいっそうその流れが強まり、その結果仮設住宅の不足も解消されそうである。
支援兵器群の様子を一通り見て回った後、ミサトは中央病院にやってきた。
みんなが第3新東京市を離れていく中、未だヒカリはここに残っている。
ヒカリの病室を訪れた時は一人で読書をしていた。
「こんにちは」
「…こんにちは」
「御邪魔だったかしら?」
「いえ、」
ヒカリはさっきまで読んでいた文庫本に栞を挟んで脇に置いた。
「学校も今月いっぱいで休校になります」
「知ってるわ」
「私は親戚の家に預けられることになりました」
「そう…」
「それで、ネルフの方は良いんですか?」
「構わないでしょう。一応、予備となっているけれど、本当に形だけの予備だからね。念のためにいつでも連絡が繋がるように、もしもの時は直ぐに戻ってこれるように、余計な事を人に話さない事、この3点さえ守っていれば、基本的に行動に制限は掛からないと思うわ」
ヒカリには乗る機体がないのだから、予備として使うことはあり得ない。仮に弐号機に乗せたとして役に立つとは思えない。だからこんな感じの処遇なのだ。
「そうですか…」
その後、シンジ・レイ・アスカ等のことについて少し話をしていたが、ふと前の時のことを思い出した。
「あ、そう言えば、前に何か言いたいことがあったみたいだったわね。あれ、何なのかしら?」
ヒカリは一瞬肩をビクッとさせて俯いた。いったい何の話なのか分からないが、ヒカリが答えてくれるのを待つ。
「……いえ、やっぱり良いです」
「そう、」
いったいどんな話だったのか気になるが、敢えて訊こうとはしないことにした。
家に戻ったときには既に夜になっていた。
「お帰りなさい」
「ただいま〜、遅くなってごめんなさい」
「良いですよ。直ぐに鍋暖めますね」
部屋に漂っているこの香ばしい匂いはカレー。今夜の夕食はカレーのようである。
「ありがと、シンちゃんのカレー美味しいからね」
「あ、今日はレイが作ったんですよ」
「へ〜レイがねぇ、もうそんなに良くなったんだ」
「綾波のカレー美味しいですよ、」
「そりゃシンちゃんにとっては一番美味しいかも知れないわねぇ」
シンジは顔を少し紅くして鍋を火に掛け、ミサトはどっこらせと言いながら食卓につく。
「で、そのレイは?」
「今お風呂に入ってます」
「そっか、」
バスルームのドアが開く音がする。どうやらそのレイが風呂から出てきたようである。
暫くしてパジャマを着たレイがダイニングに入ってきた。
「レイ、ただいま〜」
「お帰りなさい」
「はい、ミサトさん」
大きな皿にたっぷりと盛られた御飯とレイが作ったカレー。早速スプーンですくって食べる。シンジから習ったからだろうシンジの味に似ているけれど又違うが、確かに美味しい。
「う〜ん。美味しいわねぇ、レイなかなかやるじゃない」
誉められたレイは微笑みを浮かべてそれに答えた。
「はい」
「ありがとう」
レイはシンジからミルクが入ったコップを受け取り、ミサトの反対側に座ってミルクを飲む。
「二人とも料理上手いし、私って幸せね♪」
二人とも少し照れている。何とも微笑ましい。
美味しかったため、結局お代わりまでしてたっぷりと食べて満腹になった。
作戦部の会議室に集まっているみんなはイライラとしていた。
今朝、支援兵器群をマギによる管制で作動させる訓練が行われたのだが、いくつものブロックの兵器が正しく動作しなかった。
「現在、調査を進めていますが、今のところ原因は分かっておりません」
「欠陥工事じゃないだろうなぁ」
「まだ、欠陥工事ならマシかも知れない。どこかの組織の妨害工作だったとしたら拙いですね」
「何にせよ、一部の戦力しか出せないのは痛いですね」
「これからの工期にも影響しそうですし」
作戦部の面々が口々にいろんな心配などを口にする。
「手動による動作はできるのよね?」
「はい、しかしマギとのリンクが上手く行っていないため、その能力を完全に引き出すのは難しいですね」
ドアがノックされ、マヤが入ってきた。
「今回の報告書を持ってきました」
「御苦労様」
マヤから報告書を受け取りさっと目を通す。既に何カ所かにずさんな工事の後が発見され、又同時に破壊工作と思われる跡も発見され、その上マギの側にもソフト的なエラーが発見されたと言うことである。
(…でたらめ…)
思わず頭を抱え込んでしまった。まさか全部とは……
「ソフト的な対応は明日中には完了します。まだ事前に発見することができたのは不幸中の幸いでした」
「そうね…イザって時にこれじゃ困るからね」
「…はい」
会議が終わった後、流石にと言うことで諜報部に直行して顔を出していた。
「破壊工作を許してしまったのは我々の責任だ」
意外にも諜報部部長自ら非を認めた。
「先の使徒戦で想定以上にボコボコにされたせいで対応しきれなかったと?」
「…まあ、それも大きな理由の一つだな」
「ネルフの敵は使徒だけじゃない。その事を一番良くわかっているのが貴方達であり、現時点で一番活躍して貰わないといけないのも貴方達諜報部だからね」
「………戦闘課の出番が来ると?」
「……想定されてるんじゃないの?」
「ああ、戦自と陸自が第3新東京市周辺に兵力を集めている。使徒を全て倒した後のためだろうな」
「…戦力は分かる?」
「個人的な推測で良いのなら、戦自が2個師団と2個航空隊、陸自は1個師団と言ったところかな?状況によって、又変わってくると思うが」
「分かったわ、ありがとう」
「役に立てば良いんだがな」
「立って欲しくないわよ、こんな情報なんか」
「それもそうだ」
二人は苦笑を浮かべあった。
夜、車の中で缶ビールを飲みながら加持と話をしていた。
「前のバイト先の友人から面白い情報を貰った」
「…何?」
「来月の中旬に完成するそうだ」
「……そう、」
それが何なのかは言うまでもない。
「それ以上の詳しいことは分からないが…準備が整ったら、日本の近くに持ってくるだろう」
「弾道弾でも使えれば、破壊できるのにね」
「無い物ねだりだな」
「そうね」
「リッちゃんの方は?」
「いまんところ、何にもないわ」
「そっか…」
「もうすぐ、次の使徒がやってくる」
「そこで決断してくれれば、良いんだけれどな」
「ホントにね…」
数日後、遂にその次の使徒がやってきた。
「目標衛星軌道上に確認、メインモニターに回します」
光る鳥の姿をしている第拾伍使徒がメインモニター上に映し出された。今のところ目に見える変化や動きはない。
「各機スタンバイ完了。いつでも発進できます」
(…シンクロ率で行くか、)
「初号機及び弐号機が攻撃、零号機をサポートに付けて」
「了解!」
「各機射出します」
3機が一斉に射出される映像がサブモニターに映し出される。
リツコの様子に目を向けると……モニターの使徒をじっと睨みながら爪を噛んでいた。今何を考えているのだろう?
暫くして攻撃の準備が整った、初号機がカートリッジ式の陽電子砲。弐号機は充填式の陽電子砲で、零号機は武器を持たずに何かあったときにすぐさま対応できるように両機の間で待機している。初号機・弐号機どちらの持っているものも通用しなかった兵器ではあるが、
「シンジ君ロックオンしたら、いつでもぶっ放しちゃって構わないから」
『はい』
「レイ、何かあったらお願いね」
『はい』
「第2次接続完了」
平行して弐号機が持つ陽電子砲にもエネルギーが注入されていく。
「初号機陽電子砲を発射!」
初号機が放った陽電子の青白い光が雨雲を突き破り宇宙空間の使徒へと向かっていく。
しかし…いとも簡単にATフィールドに弾かれてしまった。そして、カウンターのような形で今度は使徒があの光を初号機に向けて放ってきた。
「何!!?」
(来た…)
『う、うわああ!!』
「レイ!!初号機を遮蔽物の後ろに!!」
ミサトの言葉の途中で既に零号機は初号機に向かって走っていた。
マヤが必死で分析をしているが…意味はないだろう。前回何か意味があるものを得られたわけではないのだから、
零号機が初号機を抱きかかえて光の外のビルの陰に移動させた…が、光の向きが移動してそのビルごと包み込んだ。
『く…』
レイも頭を抱えて何か襲いかかってくるものに必死に抵抗しているようである。
(しまった!)
「撤退して!!レイ!シンジ君!!撤退よ!!」
「回収ルート開きます!」
二機はどこかよろよろとしながら、緊急回収ルートに辿り着き、地下へと避難した。
「ふぅ…」
『きゃあああ!!!』
ほっとしたのもつかの間、今度は弐号機があの光に襲われていた。
「アスカ!!」
『くそおおお!!!』
ロックオンしていないのに、弐号機が陽電子砲をぶっ放す…当然のごとく光の筋は、明後日の方向へと飛んでいった。
「アスカ!!逃げて!!」
『で…でも』
「でももしかしも無いわ急ぎなさい!!!!」
ミサトの気迫が勝ったのか、アスカの状態が前回ほど追い込まれていなかったからか、何とか3機とも退却することができた。
ケージに行くと、丁度3機とも回収されて来たところだった。
「すこし…考えていたものと違うわね」
いつの間に後ろにいたのかリツコから声を掛けられた。
「リツコまでこっちに来て良いの?」
「パイロットの状態を自分の目で確かめ分析すると言う名目で来たわ」
「そ…」
「とりあえず、使徒の方は、大丈夫。今の所変化はないわ」
一番最初にアスカが弐号機から降りてきた。それにシンジ・レイの順で続く、
「3人とも大丈夫!?」
「アタシはなんとかね…やなもん見せられちゃったけど…」
「僕も何とか…」
「…問題ありません」
そうは言うが、特にレイの状態が問題ないようには見えない。顔色はまさに蒼白…普段から白いが、それがまさに病的な白さになっている。
「作戦案ができるまで休んでいて…もし駄目なようならいつでも病院の方へ」
「…分かったわ」
3人は待機室の方へ歩いていく。
「レイの状態が悪いわね。詳しくは分からないけれど、もう一度あの精神攻撃を受けると拙いかもしれないわ」
これからどうしたらいいのか…眉間に皺を寄せ腕組みをしながら考える。
パット思いつくのは……一方が襲われている隙に、もう一方が槍で攻撃。
「…どうする?」
「やるしかないでしょう。でも……」
「迷っているなら私が決めてあげても良いわよ」
どちらにするのかリツコに任せる……それは責任逃れである。
「責任逃れはできない。私がやるわ」
「分かったわ。私は司令に槍の話をしに行ってくるわね」
作戦は極単純なものであるが……
「アタシがやるわ」
「アスカ……」
「アタシがいなきゃ使徒は倒せない。それで良いじゃない」
「それに…レイのためにもシンジまでやばくなって貰っちゃ困るのよ」
結局薬で眠らせて中央病院に運ぶことになったレイ。目覚めたときに横にいるのがシンジかアスカか…その違いは大きいだろう。その事をアスカはミサトにだけ聞こえるように小声で告げてきた。
シンジも自分がやると主張してきたが、早い者勝ちと言うことにして作戦担当を決めた。
「アタシは大丈夫よ、使徒なんかにゃ負けない」
アスカの瞳に決意の色が見えたからだろう、シンジはその一言で退いた。
初号機がロンギヌスの槍をターミナルドグマから回収してきて、今はケージで弐号機と共に待機している。
今のところ、使徒の方に動きはない……最も、見える動きがないと言うだけなのかも知れないが、
「二人とも、お願いね」
「まっかせときなさい」
「やります」
二人とももう回復しているようである。多少無理をしているのかも知れないが、これなら何とかなるのではないかと思う。
「行ってらっしゃい」
二人はミサトに軽く手を振って返し、それぞれプラグに入った。
それからはあっけなかった。余りにも計画通りに進んだ。
だが……全てが良かったと言うわけには行かなかったようである。
女子トイレの中から、嘔吐しているような音が聞こえてくる……勿論アスカである。
かなり無理をしている事に気付いて、ケージから追い掛けてきたが、やはりかなりの物があったようである。
暫くして、アスカが蒼い顔をしながら出てきた。
「あ…ミサト…」
「良かったら話し相手になるわよ」
数秒ほどであろうか、じっとミサトの顔を見ていたが、ゆっくりと頷いた。
ゆっくりと二人で話すために場所を展望室に移した。使徒戦の後のどたばたしているときにわざわざジオフロントの景色を眺めようとするような酔狂な者はいないだろう。案の定二人が付いたときは完全に無人だった。
自販機でパックのミルクを2つ買い、片方を長いすに座っているアスカに渡す。
「…ありがと、」
アスカは一言お礼を言って、パックを脇に置いた。
ミサトはそれと反対側に腰掛け、パックにストローをさしてチューチューとミルクを吸う。
飲み終わったパックを潰してアスカと反対側に置く。それだけの時間がたっぷりあってからアスカが口を開いた。
「……アタシのママのこと知ってる?」
「…書類上のことならね」
「ママはとっても優しかった。アタシのわがままも何でも聞いてくれてた…でも、研究所でママは事故に巻き込まれた。それから変わってしまった。その辺の事は知ってるでしょ?」
「ええ」
精神汚染……エヴァの開発の中期段階で何人もの被験者が精神汚染になってしまったとなっている。そして、キョウコ博士はその第1号…そう言った犠牲の上に今のシンクロシステムがある。しかし、それはエヴァとネルフの犠牲全体にすれば、いったいどれほどの物になるのだろうかと言う様な物でもある。
仕組まれた子供達、その程度の事ではあるが物凄い皮肉のような気がする。
「毎日病院のベッドの上で人形を抱いて、その人形にアスカちゃんって話しかけるのよ。ママにとってアタシはただの女の子に成り下がった」
話している内に声が涙声に変化していく。
「ママはアタシを見てくれなくなった。アタシは人形以下に成り下がったの!」
「それに、パパはもうママに興味を無くしてた。まだ、ママがいるのに……あの女と」
アスカの継母、キョウコを担当していた医師の一人だと聞いている。
美談に聞こえるような物もあったのかも知れないが、アスカにとってはそうではなかったのだろう。
「上手く行ってなかったの?」
「……表面上の事よ、アタシのママは一人だけなんだから、」
アスカの顔色はさっきに比べればだいぶマシになっては来ていたのだが、一気に厳しい物になった。
「でも、ママはアタシを殺そうとした」
「あれから、初めて、ママが、アタシの事を…認めて…くれた……」
後の方は上手く聞き取れなかったが、「なのに、アスカちゃん一緒に死んで頂戴よ?」と言ったような事だった。
どういう事になったかは分からないが、キョウコは自殺し、アスカは生き残った。
アスカのトラウマ…大凡の事は知ってはいたが今まで余り考えてはこなかった。
今、どう答えて上げればいいのか……それを考えたが、ミサトの人生経験から、それに対してピッタリと来る答えを見つける事はできなかった。だが、一つだけアスカに教えて上げれる事があるが、それはアスカに話しても良い物なのだろうか?
(ううん、それしかないし、この事は教えておくべきね)
「アスカ、一つ、とても大事な事を教えて上げるわ」
「……大事な事?」
「そう…キョウコさんに関する極秘事項」
「ママの?」
「同時に、アスカがチルドレンに選ばれた理由…そして、エヴァのシンクロシステムの秘密」
アスカが無言で続きを促してくる…少し冷静を取り戻しただろうか、
「どこから話したらいいかしら……」
結局順を追ってミサトが知るがぎりの事を話す事にした。
キョウコの事故とサルベージの中途半端な成功あるいは失敗。弐号機のコアにキョウコの心が残ったままであるという事。エヴァのシンクロシステムとはコアの母との関係を通じて間接的にエヴァを操るシステム。だから、弐号機のパイロットにアスカが選ばれたのだという事、そういったことを話していった。
話している間中…アスカは驚きで目を丸くしたり等と言うことはあったが、基本的にじっと黙って話を聞いていた。
選ばれた子供などと言った事はまるで嘘。それだけではない、今までアスカが目標としてきた物の価値は幻影でしかなかったのかも知れない。それだけのことだったのだが、アスカは冷静に最後まで聞いていた。
「……ほんとなの?」
「ええ…かなりレベルの高い機密、本当だったらとても教えるわけにはいかないようなことだったんだけれどね……」
ミサトにはこの事を話すしか方法が思いつかなかったが、アスカはキョウコに受け入れられている。そして、キョウコから守られているのだと言うこと、そう言った事が分かれば、アスカのトラウマも小さくなるかも知れない。
アスカを家まで送っていき、又本部に戻ってきた。
今回の使徒のことについてと、これからの事、そしてアスカに話した事について話すために、リツコの執務室に足を運ぶ。
「いらっしゃい、待っていたわよ」
リツコは執務机に座ってパソコンを弄りながらコーヒーを飲んでいた。
「アスカを送ってきたから少し遅くなっちゃったわ」
「どうなったの?」
「放っておいたらきっと駄目だったでしょうね。相談にのったは良いけれど、なんて答えるのか私には一つしか方法が思いつかなかったわ」
コーヒーメーカーを拝借して自分の分のコーヒーを入れながらアスカの事を話す。
「…惣流博士の事?」
「ええ、彼女の事を話したわ」
リツコは頬杖をついて何か考え込み始めた。アスカに話すと言う事はそんなに考え込むような事だったのだろうか?
良くわからないが、答えを出すまでさっき入れたコーヒーでも飲んで待つ事にしよう。
「……機密の漏洩については良いわ。今となっては、もう大して価値がある機密でもないし」
「じゃあ何?」
「アスカがシンクロを恐れるかも知れないわね」
「え?」
リツコが何を言ったのか良くわからない。アスカがシンクロを恐れる?どうして?
「……アスカは母親に拒絶されていたのよ?例えそれが抜け殻だったとしても……いえ、抜け殻だったと認識したからこそ、今度はキョウコさんの心にも拒絶されたらどうしようかと思うかも知れないわね」
「どうして?今までだってちゃんとシンクロ出来てたでしょ?」
「そうよ。それを話すのなら、そんな不安が思い浮かぶ前にさっさとシンクロさせてしまうべきだったかも知れないわね…と言っても直ぐにシンクロさせられる状況でもなかったから仕方ないか、」
「今、アスカがそんな事考えていると思うの?」
「不安に思っただけよ、今、アスカは今までの人生を振り返って、ミサトの話を深く考えているでしょうね。そんな中で何かの拍子にネガティブなスパイラルに陥ってそう言ったことを不安に思わなければいいのだけれど……」
どうなのだろう?そんな事を言われると、本当にアスカが今不安に陥っているのではないかと心配になってきてしまった。
「いずれにせよ一度シンクロしてしまえばそんな物は全て解決する筈ね……今、弐号機は総点検中だし、明後日かしら?」
「お願いするわ」
リツコは電話を取って明後日のシンクロテストの準備を指示した。アスカは精神攻撃を受けたわけであるから、その影響の調査を直ぐに調べたいと言うことでだが、過程を無視すれば本当の事である。
「この話は、これ以上今の時点ではどうする事もできないわね。だから、他の事を話しましょうか?」
「答えはその時まででないか……そうね」
「まずは今回の使徒戦のまとめからね」
「……今回の使徒もミサトの言ったとおりだった。結果そのものは、まだ分からないけれど、多分ミサトが話してくれた結果よりは良いでしょう」
「これからの事については、アスカの事が未確定になってしまったけれど……次の使徒までどのくらい時間があるんだったかしら?」
「たしか、2週間ほどね」
「長くはないわね」
「そうね」
「そして、この使徒については殆ど分からない。零号機を侵食して、レイが零号機を自爆させて殲滅したと言う事くらいね」
「あの時レイは最後まで残ったけれど、途中で強制的に射出させられないかしら?」
「可能よ。でも、パイロットがいなければATフィールドは消失してしまう。使徒に致命傷を与えられる保証はないわね」
あの自爆で殲滅出来たのはATフィールドを中和していた状態で融合していたからこそだったのだろうか?……その辺りの答えはミサトには分からないが、本番で実験してみるというわけにもいかない。失敗したときは2機のエヴァを失う事になるのだし。
「……パイロットの命と引き替えという意味ならレイが適任ね」
リツコのズバリの発言にどうしても顔をゆがめてしまう。
レイはダミープラントに予備の肉体が沢山ある……このあたりはミサトには良くわからないし、ややこしい事は理解出来なかったが、綾波レイという存在は死にはしないが、
「気持ちは分かるわ、レイはもう貴女の家族。そう簡単に割り切れる物じゃない」
「当たり前よ…」
死ぬ可能性が高い作戦に参加させるという事は今までもしてきたし、これからもするだろう。だが、確実に死ぬ作戦……家族に死ねと命令する事はミサトにはできる事ではない。
レイの事は良くわからないが、ミサトには今いるレイは人としか見れていないのだし、
「下のプラントは見たけれど、結局の所レイの事はそう知らないのよね」
「ええ、でも、余り積極的に知ろうとは思わないわね」
「でしょうね……この問題は良いわ。何か有効な手を思いついてくれれば」
「……必ずね」
半分、いい手が思いつかなければレイを犠牲にすると言っているようなものである。なんとしても、防がなければいけない。
しかし、それは歴史通りの結果なのだが……それでリツコは良いのだろうか?顔に出てしまったのだろう、一つ溜息をついてから答えた。
「…その事はまだ答えは出せたいないわ」
「もう、そんなに時間はないわよ?」
「分かっているわ。でも、分かっていれば、答えが出せるという物でもないわ…」
「……そう、でも間に合わなくなっては意味はないわよ」
リツコはまだ迷っている……もう残っている時間は無いというのは分かっているが、まだ踏み切れていない。ミサトの事とその話がと言うので悩んでいるのではないだろう。
リツコの碇への想いは理解出来ない。そこまで深いのは何か特別な物があるのだろうか?……最も、あってもミサトが知る事はないし、どうこうする事も出来ないものなのだろうが、
本部を出て中央病院にやってきた。
医師からレイの様子を聞いたのだが、身体に異常はないが、今のところまだ目を覚ましていないので、精神的なものはまだ分からないと言うことだった。
レイの病室を覗いてみると、レイはベッドで寝たままで、その脇の椅子に座っているシンジは船を漕いでいた。
もう時間が時間であるし、色々と疲れていたのだろう。それも当然である。
シンジもどこかに寝かせてやろうと思ったが、あいにくベッドは一つしかなく、簡易ベッドのようなものも見あたらなかった。
「……う〜ん、仕方ないわね」
レイもシンジもぐっすりと寝ていることを確認して、レイのベッドの中心からずらし、空いたスペースにシンジを寝させることにした。
(二人とも軽いわね)
元々子供と言うこともあるが二人とも小柄な方で軽い。こんな二人とアスカの三人の子供が世界の運命を背負っているのである。その事をシンジを空いたスペースに寝かせながら思っていた。
二人はすやすやと寝息を立てている……どんな夢を見ているのかは分からないが、あんな事の後だけにそれが良い夢であることを願い病室を後にした。
病院から帰る途中、アスカのマンションに寄ってみた。
外からアスカの部屋を見ると、明かりは消えていた。
今、アスカは暗い部屋で考え込んでいるのだろうか?それとも寝ているのだろうか?その事はミサトには分からないが、後者であればいいと思う。
暫くアスカのマンションの前で佇んでいたが、やがて車に戻りアクセルを踏み、我が家に向けて車を滑り出させた。