再び

◆第16話

 数日後、
「じゃ、松代に行って来るわ…何かあったら日向君が対応してくれるから」
「わかりました、行ってらっしゃい」
 レイも軽く手を振って送り出してくれる。
 ミサトは二人に見送られて家を出た。


 松代に向かうトレーラーではリツコと二人きりだった。
 先ほどからリツコはノートパソコンをなにやら弄っている。
「ところで…参号機の事故に備えて何か手打ったの?」
 遠くの田園地域に視線を向けながら尋ねる。
「ええ、万が一事故が起こってもと言う備えはいくつかはしたわよ。想定の上を行く場合はどうにもならないけれどね」
「パイロットに関しては?」
「射出口が何らかの理由でロックされてしまった場合などに備えて、射出用のジェットを2段式にしたわ、1段目で射出できなかった場合は2段目で装甲を打ち破って射出されるわ、但しタイミングは考えないと下手すればそちらの被害の方が大きくなってしまうわよ」
「ありがと…」
 感謝の言葉を口にしたが感謝されるようなことではないと言ってその言葉をそのまま受け取りはしなかった。


 松代の実験場に到着する。
「私たちは早速準備に取りかかるわ、ミサトはどうする?」
「う〜ん…どうしましょうかしら?」
 参号機もヒカリも到着は明日である。今、ミサトには特にすることはない。
「適当に時間つぶしてることにするわ、」
「そう…じゃあ、又後でね」
 リツコは今回の仮設ケージが設置されている実験棟に入っていった。


 翌日ヒカリが保安部の車で実験場にやってきた。
「いらっしゃい…」
 応接室に入ってきたヒカリを迎える。
 ヒカリは軽く会釈をしてからソファーに座る。
「二人だけでキチンと話すのはあの時以来ね」
「…あの時のものも含めて葛城さんの指揮…見せて貰いました」
 どこか淡々とした、感情を抑えた口調、果たして何を思っているのだろうか?
「そう」
「…葛城さんが悪い、と言うわけでもないと言うことはわかりました。でも…」
「分かっているわ、」
「すみません」
 一言だけ短く応える。
「でも、一つだけお願いがあるわ」
 ヒカリは無言でその内容を尋ねてきた。一つ息を付いてからそれを伝える。
「…作戦上、私の指揮下に入っているときは、素直にそれに従って欲しいの。それが難しいことは分かっているけれど、」
「……私は、もう大切な人を失いたくないんです…家族、友達…それが、そのために一番良いのだったら」
「そう…あと、一つだけ聞きたいことがあるのだけれど、」
「何ですか?」
「…使徒への復讐と言う事は考えたかしら?」
 ヒカリは少し驚いたような表情をしたあと、じっと黙ってしまう。その目は、それを考えたことがある、いやある程度の強さで今もその考えを持っているだろう。
「…ないわけじゃないです。鈴原の仇を討ちたい…そう考えたりもしました。でも、もう大切な人を失いたくないと言うのは本当です」
「分かったわ。これから宜しくお願いするわね」
 ヒカリが部屋を出ていった後、ミサトは大きな溜息をついた。
「あの子も復讐…か、」
 自分も復讐に身を染めていた。だからこそ、今のヒカリの気持ちが分かる部分もある。その気持ちを覆すのはかなり難しい…。
 ある意味、これから起こることが、ヒカリにとって極めて危険なことであるが、その後、使徒と戦うという事はできなくなると分かっているから、それを捨て置いたという部分もあったかも知れない。


 付属空港に到着した参号機がケージに運び込まれ、起動実験の準備が進められている。
 その光景を、二人がケージ上方から眺めている。
(参号機…か、)
「まずは、参号機の調査結果よ、異物その他はいっさい確認されず。オールグリーンだったわ」
 その結果を聞いて逆に顔を顰める。
 ここで、事故が発生しなかった場合…リツコから一体どんな風に思われることか…
「それから…念のために隣接している第1司令室じゃなくて、少し離れた第2司令室から起動指揮を執るわ」
「わかったわ」
「特に支障もないから、明日午後1時、予定通り起動実験を行うわ」
 リツコは書類片手にケージを出ていき、一方のミサトは使徒やヒカリ、そして前回のこの参号機とそれに関係することを考えながら、じっと見つめ続けていた。


 そして次の日の起動実験の時が近付いてきた。
 ミサトは第2司令室に入った。第1司令室よりも少し離れており、爆発があったとき第1司令室にいるよりは安全であろう。
「今のところ何も問題ないわ、後15分で実験を始めるわ」
「そう、御苦労様」
 第1支部からやって来た職員達に目を向ける。前回はさして注意を払わなかったが…ただ単に作業をしているというような感じでもあり、今の仕事を好んでいるという風には見えない。
「…なんか、上手く行っていないの?」
「ああ、今回の参号機の本部への移送は不満だったみたいね。自分たちで作ったものが他人のものになってしまうって言うのはいい感じはしないでしょうね」
「政治?」
「ええ、結構揉めたらしいけれど、結局は上が決定したと言う訳ね」
「そうなの」
「そういうことね…そろそろ搭乗の準備に入った方が良いわね」
 リツコは待機室に回線を繋ぎヒカリに参号機に乗るように指示した。
 暫くして実験ケージを映しているモニターにヒカリの姿が映った…うすピンク色のプラグスーツに身を包みじっと参号機を見上げている。何を思って参号機を見つめているのだろうか?
 少なくとも一言や二言で片付けられる様な単純なものではなく、もっと複雑な気持ちなのだろう。
 やがてリフトに乗りプラグに入るために上のフロアに上がっていった。
(…私にとって洞木さんってどんな存在なのかしら?)
 今、上手く行ってヒカリが無事であればいいと思っている…しかし、それは本当にヒカリのことを心配しているのだろうか?シンジやレイを心配しているからこそなのではないか?
 鈴原トウジを守れなかった、その罪悪感から?それはないだろう。自分にとって、鈴原トウジも洞木ヒカリも特に大きな接点があったわけではない。自分の指揮で誰かが犠牲になっていないなどと言うことはない。結局その内の一人に過ぎない。
 …やはりシンジやレイのためなのだろう。そう、特に前回シンジはこの参号機の事件で友人であった鈴原トウジの片足を奪ったと言うことで酷いショックを受けていた。無論シンジに罪など無い、しかしシンジの性格ではそんなことは関係ない。あの時の負い目もあるのだろうか?鈴原トウジが洞木ヒカリに変わったが、それを繰り返したくないから……
「ミサト」
「あ?うん」
 リツコの呼びかけで現実に戻される。
「そろそろ始めるけど良いかしら?」
「あ、ええ、良いわよ」
「では、これより参号機の起動実験を開始します」
 リツコの声で起動実験が始まった。
 それぞれの行程は順調に進んでいく。
「どう?」
「極めて順調、何の問題もなしよ」
「そう…」
「あと…ここに出てきている数値からすると…即戦力に組み入れられるわね。ま、もっとも最初は操縦者が付いていけないでしょうけれど」
「そうね…」
 モニターに映る参号機を見つめる…使徒は参号機の中に果たして本当にいるのか?
 やがて起動の最終段階に入った…前回はここで、と思った瞬間警報が鳴り響いた。
「何!?」
「パルス逆流!!」
「全回路緊急閉鎖!!」
 次々にモニタの色が切り替わる。
「参号機、動いています!!」
 拘束具を引きちぎろうとしている。
「拙い!直ぐに待避して!!」
 ミサトが叫んだ次の瞬間すさまじい衝撃が襲いかかってきて意識がかき消えた。


「ミサト…ミサト!」
 リツコの声が聞こえる…ゆっくりと目を開くと、あちこち破壊され炎をあげている司令室が目に入った。
 何人か倒れているが、死者はいないようだ。
「助かったの?」
「ええ、」
 リツコの表情もかなり真剣である。
「直ぐにヘリを回して貰うわ、大丈夫?」
 ぶつけたようであちこち痛いが特に動くに当たって支障はなさそうである。
「ええ、何とかね」


 地上に出ると辺りはまさに惨状というものになっていた。
 最初の爆発で様々な物が吹き飛び、破壊された…そこを更に参号機が破壊している…実際には邪魔なものを潰しただけなのだろうが…
 ヘリがゆっくりと二人の目の前に着陸し、二人は急いでヘリに乗り込んだ。
「直ぐに飛ばして!」
「了解」
 直ぐに離陸し第3新東京市に向かう。
「…本当に起こったわね」
「…ええ、」
「…パイロットは?」
「現在のところ不明、あそこの機器まともに動いていなかったわ。本部の方では、どうかしら?」
「本部と回線が繋がりました」
 パイロットから声が掛かる。
「御苦労様」
 リツコは手元の受話器を取る。
「赤木です」
「はい、無事です」
「いえ、今のところは何も」
 本部のおそらく碇か冬月と連絡を取り合っている。
「おそらくは参号機だと思われますが、」
「…わかりました」
「本部からの指示通りに飛んで」
「了解しました」
「どうしたの?」
「レーダーでは移動物体をとらえているけれど、映像が入ってこないそうよ、それで、私たちが直接移動物体を確認してこいと言う事よ」
「…間違いないでしょうけれどね」
「ええ、まずね」
 田んぼなどに残る参号機の足跡に目を向けながら応える。
 数分ほどで、参号機の姿が見えた。
「間違いなく参号機です」
 双眼鏡で参号機をよく観察する…機体後部の装甲は閉じたままで、まだ、プラグが中にあると言うことを示している。
 閃光と共に機体後部の装甲の一部が開き、プラグが頭を出したが…それだけであった。倍率を上げるとプラグに何か付いているようでそれが射出を阻害しているように見えるがそれ以上は分からない。
 更に大きな閃光と共に機体後部の装甲が爆発する。粘着しているものを引き延ばしながらプラグが炎を吹き徐々にせり出して来ているのが分かる。
 リツコが仕掛けた第2段目の射出システムであろう。だが、暫くしてプラグが吹き出していた炎が消え、プラグが半分ほど外に出た状態で止まってしまった。
「あ…」
 そこから元に戻されると言うことはなかったが、射出はされなかった。
「…少し貸してもらえるかしら?」
 リツコに双眼鏡を渡す。
「…あれはかなりの強度を持っているみたいね」
「ええ、」
「司令、上手く射出できませんでした」
「え?あ、はい…わかりました」
「ミサト、司令は参号機を破棄し目標を第拾参使徒と認定したわ」
 ある意味予定通りでもある。 
「…司令から貴女にって」
 リツコから電話を替わる。
「はい」
『野辺山で迎撃戦を展開する。現地で指揮を執るか本部に戻り指揮を執るか選択しろ』
「司令、その前に一つ…とても有利な地形とは言い難いですが…」
『戦自が介入する前にけりを付けなければならん。それを考えれば必然だ』
「…わかりました。こちらで指揮を執ります」
 暫く参号機に関して観察を続けた後、戦場に先に到着するために速度を速めた。


 野辺山に3機のウィングキャリアーが姿を現す。
「来たわね、」
 3機のエヴァがそれぞれ投下され、轟音を上げて着地した。


 輸送されてきた発令車に乗り込みエヴァと回線を繋ぐ、
 それぞれの表情は…ミサトが無事であったと言うことで喜びを表情にしているのがシンジとレイ…それに対して、アスカは超不満と言う感じである。
「アスカ?」
『…ミサト、参号機のこと良くも黙っていてくれたわね』
「…あ…」
 今度はアスカが知らなかったようである。
「別に成功するとは限らなかったし、失敗したとすれば伝えなければそれで済むことだったからよ」
 リツコが助け船を出してくれる。
『じゃあなんで、シンジとレイは知ってんのよ?』
「それは……」
『…乗ってるのが、友達だから…』
 シンジが暗い顔をして応え、それを聞いてアスカは複雑な表情を浮かべる。
「映像が入ってきました」
 モニターに参号機の姿が映し出される。
「後20分で到達するものと思われます」
「分かったわ…みんな、これを見てもらえるかしら?」
 入ってきた映像をいくつかそれぞれのエヴァに転送する。
「見ての通りだけどのの内の一つ…」
 後ろ側からの映像、半分ほどせり出したエントリープラグが映っている映像を拡大する。
 白いねばねばとしているようなものがエントリープラグにまとわりついているのが見える。
「この通りエントリープラグは未だ半分機体の中に残っているわ、第1案はエントリープラグを抜き取ったあと殲滅。それが不可能なときの第2案は、機体を先に攻撃、抜き取れる様な状況になってからエントリープラグを抜き取るわ」
「分担としては、アスカとシンジ君が正面で注意を引きつけて、レイは後ろから回り込んでプラグを引っこ抜いてちょうだい」
『わかりました』
『了解』
『たくっ、分かったわよ』


 そして、零号機は山陰に隠れ、他の2機が並んで武器を構えている。
 参号機が視界に入ると、弐号機が早速スナイパーライフルをぶっ放す。砲弾は参号機のATフィールドによって弾かれダメージを与えることはなかったが、弐号機を敵ととらえたのか、今までゆっくりと歩いていたのが弐号機に向かって走り始めた。
「来たわ!」
 中和距離に入ってから強力な兵器を使うのは危険性が高いため、パレットガン等の威力が低い兵器に持ち変える。
 中和距離に入り、両機が一斉にパレットガンを参号機に向かって撃つ。パレットガンではそう簡単に倒せるはずがないが、そうは言っても無効というわけではない。足が止まりそして煙に包まれるがそのまま2機はパレットガンを撃ち続ける。弾が無くなると直ぐに交換し、再び撃ち始める。
 これは堪らないと感じたのか、参号機は中和距離の外に出てATフィールドを展開して弾を弾く、そして直ぐに零号機が参号機の背後に回り込みエントリープラグを掴み、そのまま引き抜いた。
「よし!」
 上手く行ったことでミサトはガッツポーズをしたが、レイは顔を顰めていた。
「何があったの!?」
 リツコの叫びでミサトははっと気付く。
『使徒が零号機の右手に侵食しています!!』
 スピーカーから本部にいるマヤの叫びが聞こえる。
「何ですって!?」
 零号機の状態図を表示しているモニターに目を向けると右手の部分が赤くなっている。
「レイ!直ぐにプラグを安全な場所に置いて!神経接続の解除と右腕の切断準備!!」
「「了解!」」
 零号機が参号機から離れ、近くの丘に向かう。追撃しようとする参号機の前にパレットガンからソニックグレイブとスナイパーライフルに持ち替えた両機が立ちふさがる。
 初号機がスナイパーライフルで参号機を撃つ…大口径砲弾が中和距離内と言う至近距離で直撃する。
 参号機の装甲を貫き素体の内部で炸裂する。弐号機が飛びかかりソニックグレイブを振り下ろし、参号機の右腕を斬り飛ばす。
 零号機は近くの山の麓にエントリープラグを降ろした。
「神経接続解除!同時に右腕を切断!」
「了解!」
 リツコの指示で神経接続が切られ、右腕が切断される。
「レイ!大丈夫!?」
『はい、』
 右腕を押さえているが、大した痛みではなさそうである。
「支援お願い」
『はい』
 初号機・弐号機と参号機の戦闘に視線を移す…
 参号機は装甲があちこち破砕され素体が剥き出しになり、さらにその素体から血を流しているが、ダメージを受けている部分を泡のようなものが覆い回復しているようだ。
 初号機が再びスナイパーライフルを撃つが躱されてしまう。
(シンジ君の腕じゃ駄目か…でも、)
 避けた先に弐号機が回り込み、斬撃を加える。
「いけるわね」
 今のところダメージが回復を上回っている。
 参号機が左手を伸ばして弐号機を殴りつけてきた。
「…あれ、卑怯ね」
「そうね」
 現状では余裕があるのか二人の間で会話がされる。
 初号機と、弐号機の攻撃を避け、中距離から腕を伸ばして攻撃してくる。敵も、2機の攻撃パターンを把握してきているようである。初号機の放った砲弾を躱し、その次に来る弐号機の斬撃も躱す…そして、反撃に移る瞬間ロケット弾が参号機を襲った。
 別のモニターに目を移すと、零号機が近くの小学校らしき建物の屋上にエヴァ用のバズーカーを載せて放っていた。
 体勢を崩したところを弐号機の斬撃が襲い、更に初号機の次弾が襲いかかる。再び吹っ飛ばされ、地面に崩れ落ちる。
「アスカ!」
『どおりゃあああ!!!』
 弐号機が飛び上がり、全力で参号機の脳天にソニックグレイブを振り下ろす…参号機が真っ二つになる。
「どう?」
「反応停止してます。波長分析…パターンブルー消失!」
「よっしゃぁ!!」
 喜んでいたが…直ぐにヒカリのことを思い出した。
「洞木さんは!?」


 ヒカリのエントリープラグに粘着している白い物体をプラズマ処理し、ハッチが開けられる。
 中からLCLがあふれ出す。それが止まると作業員が中に入っていった。
 シンジ、レイ、ミサト、アスカの4人はじっと様子を見守っている。
 暫くして中からヒカリが運び出され、アスカ以外の3人が駆け寄る。
「意識はありませんが、目立った外傷はありません」
 その報告にひとまずほっと息を吐き、胸を撫で下ろす。
 ヒカリは待機していたヘリに乗せられ病院に搬送されていった。
「本当にお疲れさま、さて私たちも戻りましょうか、」
 ミサト達もヘリで本部に戻ることになった。


 帰りのヘリの中で、話をする。
「ホント、今回は危なかったわ、もちっとで死んじゃうところだったしね」
「無事で何よりです」
 レイも頷く。
「アスカ、知らせなかったのごめんね」
「別に良いわよ、もう」
 口調などが素っ気ないなぁとは思いつつも、まあ、仕方ないかと思いそのまま流す。
「まあ大丈夫だと思うけど、検査で洞木さんが大丈夫だって出たら、私のおごりでみんなでどっか食べに行きましょっか?」
「ホントですか?」
「太い腹ねぇ〜」
「あのねぇ…アスカぁ〜」
 わざと言っている気がして口調で抗議する。
「ま、良いじゃないのよ。それで、どこ食べに行くわけ?」
「ん?考えてないけど…何か食べたいものある?」


 雑誌などで有名なラーメン屋にやってきた。
「あんら?こんなところで良い訳?」
 てっきりフルコースでもと思っていたのだが…
「アタシ、ラーメンって好きなのよねぇ〜」 
「じゃ、早速入りましょうか」
「ええ、」
 その日の食事は、アスカに多少棘がある物の基本的に上機嫌になっていたため、全体としては楽しい食事となった。