再び

◆第15話

 数日後、アメリカの第2支部消滅の報が入ってきた。
 会議室から執務室に戻ってきたミサトは軽く溜息をついた。
 結局何も思い浮かばないまま…加持とは今夜会う約束。果たして加持の報は何か妙案を思いついたであろうか?
 

 夜、加持の部屋を訪れた。
「良く来てくれたな」
「ええ、何かつかめた?」
「残念ながら…大した物はつかめなかったよ」
 加持の表情には少し疲れが見える。
「そう…」
「ホント、どうするかな?」
「もう、駄目元でリツコに話してみるしかないかもしれないわね…」
「リッちゃんにか…どこまで話すつもりなんだ?」
「洗いざらい全部…そうじゃないと駄目でしょ」
「まあな…」
「近い内に話してみようと思うわ…」
「頑張ってくれ」
「ええ」
 肯定の返事、だが、それはどことなく弱々しいものであった。


 数日後、
「参号機、家で引き取ることになったわ」
「家で?あっちが強引に権利主張してきたんじゃないのよ」
「ま、あんな後じゃ誰だって弱気になるわ」
「仕方ないか…でも、フォースチルドレンは見付かったの?」
「いえ、未だよ…」
「そう、運良く見付かったら真っ先に連絡が欲しいわね。作戦の構築にも色々とあるから」
「分かったわ、出来る限り早く情報を伝えることにするわ」
(…誰にするつもりなのかしら?)
 本来のフォースチルドレン鈴原トウジは既に死亡している。第4次選抜の候補者は全員シンジ達のクラスのメンバーであったから他の者が選ばれるだけであろうが、果たして誰になるのだろうか?


 又数日後、ミサトは赤木研究室に呼ばれた。
「呼んだのは、フォースの件かしら?」
「ええ、見てもらえるかしら?」
 モニターには、ヒカリのデータが表示されていた。
(…あの子…なのね…)
「ちなみに、父親は技術部職員よ」
「そう…」
「来週には学校に行こうと考えているけど」
「そう、分かったわ・でも…又困った候補なのね…」
「それ、どういう事かしら?」
「二人がいい顔をすることはないわ」
「…そう、ひょっとしたら素質を持った者同士で何らかの物があるのかもしれないわね…」
「それに…この子は、エヴァぁに良い思いは持っていないわ」
 リツコは黙って煙草に火をつける。
「でも、折角見付かったフォースを手放すわけにはいかないか」
「そうね…」


 執務室に戻り、ヒカリのことを考えていた。
 果たして、どうなるであろうか?本当に載ることになるのだろうか?
 もしそうならば、必ずシンジに伝えなければならない。
 前回、フォースのことをシンジに伝えることが出来なかった。今度はこそは、必ず…


 次の日の夜、加持と展望公園で会っていた。
「フォースの事聞いてる?」
「いや、こっちは完全に閑職なもんでね」
「洞木ヒカリって子に決まったわ」
「そうか、」
「シンジ君とレイの唯一と言っていいネルフと関係のない友人ね」
「……いい顔はしないだろうな」
「それに、彼女自身エヴァぁで、嫌な思いをしたわ、」
「難しいな」
「でも…彼女は前回も関わり合いのある子なのよ」
「前回も?」
「本来のフォース鈴原トウジ君と親しかったらしいわ、それにアスカの親友だった」
「…こりゃまた、随分変わったな」
「心配事はアスカのこともあるわ、ただでさえあんまり良くないところに、もう一人増えたりしたら」
「…敵と認識しなければ良いんだがな…」
「あんまりにも皮肉すぎるじゃない…私のせいで親友が敵になっちゃうなんて」
「そんなに自分を責めるもんじゃない。それに、まだ、そう決まった訳じゃない。上手く運ぶようにサポートしてやればいいだけだ。親友になることが出来る存在なんだから」
「…そうね」
 暫く沈黙が流れる。
「…でも、確か参号機ってアレ何じゃなかったのか?」
 加持の言葉にミサトは大きく目を開く。
「滅茶苦茶拙いじゃない!!」
「どうする?」
「……何とかして、止めなきゃ…」
「リッちゃんの協力を得るしなかないな…」
「…そうね…もう、今、分かっている範囲でのことで、ぶつけるしかないわね」


 ネルフ本部、赤木研究室、
「リツコ、内緒で話したい事があるんだけど…誰にも聞かれることがない場所あるかしら?」
「私に?」
「ええ、」
「ならここが良いわ。ドアをロックしておけば、問題ないわよ」
「…じゃあ、どこから話そうかしら?」
「長い話?」
「ええ、結構ね」
「一体どんな話なのかしら?」
「そうね、突飛も無い話よ」
「そう」
「…まず、リツコ達私のこと疑ってると思うけど、その答えからにしましょうか?」
「それは楽しみね」
「未来のことを知っているからよ」
「未来?」
「ええ、一度一通り使徒戦を体験したのよ」
「…言っている意味が分からないわね」
「私だってはっきり分かってる訳じゃないわよ。でも、戦自の進行の際に撃たれて気を失ったんだけど気づいたら本部の駐車場にいたわ」
「戦自?」
「ええ、第拾七使徒を倒した後ゼーレが政府を操って戦自で攻めてきたわ」
「そう、どうしてそんな必要があるのかしら?」
「補完計画にとって邪魔だったんじゃない?」
「…補完計画って、どんな計画なのか知っている?」
「ええ、第十八使徒リリンである人類を群体から単体に強制進化させる計画でしょ」
「……分かっているようね」
「巫山戯た計画よ。全くもって、ありがた迷惑以外の何物でもないわ」
「そうね…でも、補完計画を前提にした価値観では、個々人の意志はさして重要性を持たないことになるのよ」
 リツコが放ってきた言葉に、眉を顰める。
「ここで、補完計画の是非に関して論争するつもりはないわ…で?」
「あ、ええ…それで、何がどうなったのか分からないけど、とりあえずは子供達に辛い思いをさせないように色々と頑張ってきたわけだけど、その間、私が色々と知っていたからこその行動があったからね…」
「それを私たちが不審に思っていたというわけ?」
「ま、そうね」
 リツコは少し考えるような仕草をする。
「言葉の信憑性を裏付けできるだけの物はある?」
「そうね…覚えている限り洗いざらい全部話すわ…それで判断して」
「分かったわ、じゃあ、聞かせてもらえるかしら?」
 その後、前回の第参使徒襲来から順を追って今の今までのことを全て話した。
 記憶が変容してしまっている部分はあるだろうが、少なくとも意識しての脚色は極力つけないようにした。
 但し、もう一つの計画に関しては一緒には話さないことにした。
「と、まあ、こんなところよ」
「そう…暫く考えさせてもらえるかしら?少なくとも即断できることではないわ」
「良いわ…でも、時間はあるわけじゃないの…フォースの件、と参号機の件」
「…その事で事態が切迫してきたから、今話しに来たんだったわね…」
「ええ、」
「フォースの件少し予定をずらしてみるわ…」
「お願い」
「分かったわ」
「それともう一つ」
「何かしら?」
「司令がもう一つの計画を進めていることは知ってる?」
「…もう一つの計画?」
 反応を示さない。その事は何を意味するのか?
「ええ…この前マギをハッキングしてきた使徒の時に加持君に調べて貰ってた答えの一つ…」
 リツコは無言で続きを言うように促す。
「司令は、奥さんである碇ユイ博士を復活させるつもりみたいね」
「そう」
「どちらの計画が発動したのか私には分からないけれどね…」


 自分の執務室に戻ってくると、ソファーに倒れ込む。
「ふぃ〜疲れた〜…緊張したわ〜…」
 とりあえずやれる限りのことはやった。これで、リツコがどう動くか…とりあえずは答えを待つしかない…
「人智を尽くして天命を待つか、」
 

 月曜日、ミサトは技術部長執務室に呼ばれた。
「いらっしゃい」
「何の用かしら?」
「フォースの件だけれど、フィフスも選抜する準備をしたわ」
「…なんですって?」
「彼女を選抜した理由はコアの用意が比較的容易なことと、適正が高いと判断されたからよ…それ以上に高いと判断されていた子は第四使徒戦で巻き込まれて戦死していたけれどね」
「…それで?」
「もし、ミサトの言う言葉が本当ならば、彼女を乗せるのは非常に拙いでしょうね。そう来れば、別の者を乗せるべきでしょうね。もっとも、マギに試算させたところ、72%の確率で搭乗を拒否すると言う結果が得られたと言うこともあるけれどね」
「良いの?」
「純粋に技術部部長として判断すると、エヴァの性質上嫌がる者を無理矢理乗せたとしても戦力にはならないわ。更に、一番難しい初起動は失敗する可能性が格段に高くなる。ミサトの言うようなことが無くても暴走によって大損害が出るおそれがないとは言えないわ」
「それで?」
「保険的な意味でもう一人用意するのはある意味当然の事ね」
「ちなみに…彼女が搭乗を承認した場合は?」
「止める理由はどこにもないわ」
 ヒカリを無理矢理載せると言うことはなくなった…だがヒカリが、搭乗を承認した場合は、もう止めることは出来ないかもしれない…
「……誰になるのかはしらないけれど、誰かを生け贄に捧げるつもり?」
「さぁ…その要素が無いとは言えないわね。でも、かなり言い方が酷いわね」
「ごめん…その事は謝るわ」
「もし、その通りになるとしても、影響の殆ど無い者が一人死を迎えるだけよ…この使徒戦、既に死者の数がどれだけになっているのか位は分かるでしょう」
「…そうね、」
 ミサトは一つ溜息をついた後、執務室を後にした。


 水曜日に、第3新東京市立第壱中学校にリツコと共に赴いた。
「失礼します」
 校長室にヒカリが入ってくる。
 そして、ミサトの姿を見て少し顔を顰めた。
「洞木ヒカリさんね」
「はい、」
「私はネルフ本部技術部部長の赤木リツコよ。宜しく」
「お父さんの?」
「ええ、まあそうなるわね、彼はなかなか優秀な職員よ」
 ヒカリの父親の話を少し交わしてから本題に入る。
「さて、今日ここに来た理由なんだけれど…貴女はエヴァについてどのくらい知っているかしら?」
 エヴァの言葉に又顔を顰める。
「…どのくらいと言われても…」
「ごめんなさい、それもそうね。じゃあ、知っていることもあるでしょうけれど、改めて説明するわね」
 リツコはエヴァに関して一通りの説明を行った。
 今のところ未だミサトは一言も喋っていない。
「それで、今回、フォースチルドレンとして貴女が選抜されたの」
 ピクンとヒカリの体が跳ねる。
「もうすぐ、アメリカから参号機が日本に輸送されてくるわ、」
「それで…貴女はエヴァに乗ってくれるかしら?」
「どうしても乗りたくないとしたら無理強いはしないわ、さっきも言ったように、エヴァの性質上嫌がる者を無理矢理乗せるのは危険だからね」
「…暫く、考えさせて貰って良いですか?」
 数分ほどの間の後、ヒカリはポツリと言った。
「……そうね、3日待ちましょう。それまでに答えを出してもらえるかしら?」
「…わかりました」


 夜、ミサトはシンジとレイにヒカリのフォース選抜のことを告げた。
 ただ、これには二人はいい顔はしない事は分かっていた。だから、この二人がヒカリにそう言う意志を告げれば、更に拒否する可能性は上がるだろう等という考えの現れでもあった。
「そんな…洞木さんが…」
「未だ決まった訳じゃないけどね、本人が拒否すれば、それを乗せることは出来ないわ」
「そう、ですか…」
 当然二人はいい顔はしなかった…ここまでで十分である。二人はヒカリをのせようとはしないはずである。


 3日後、ミサトはリツコと共に再び第3新東京市立第壱中学校を訪れた。
 校長室にヒカリが入ってきた。
「さて…ヒカリさん、早速だけれどこの前の事についての返事を聞かせて欲しいのだけれど、良いかしら?」
「はい…」
 ヒカリはゆっくりと一つ息を吐いてから口を開いた。
「私、乗ることにしました」
「……え?」
 ミサトは初めて声を出す…一瞬言葉が理解できなかった。
 リツコの方も結構意外そうな顔をしている。
「一応、そう決めた理由聞かせてもらえるかしら?」
「あ、はい…」
「私は以前大切な人を失いました…」
「色々とありましたけれど、今は碇君と綾波さんも大切な友達になりました」
「私は…大切な人を失って酷く悲しんだことがあります。私はもう大切な人を失いたくはないんです」
「私がエヴァに乗ることで、大切な人がいなくなってしまうのが防げるなら、それが良いと思いました」
 ミサトは思わず頭を抱えたくなった…それはそれで良いかもしれない。しかし、シンジとレイは好まないし、更に言えば、その機体はあの参号機なのである。
 リツコはミサトに視線を向け、ミサトの様子を又一つ考える。
「…分かったわ、ではお願いするわ。この書類にサインをしてもらえるかしら?」


 帰りの車の中、
「随分ショックみたいね」
「…ええ、」
 それだけ返し、黙ってしまったため車内に沈黙が流れる。
「…ミサト、」
「何?」
「貴女が言う参号機の乗っ取り事故に関して、出来る限り詳しい状況を教えてくれるかしら?」
「信じてくれるの!?」
「いえ、万が一のためよ。そうなってしまったときのために対策で立てられる物があったら立ててみても良いわ。勿論そうならなかった場合に何らかの影響をもたらすような物は出来ないけれどね」
「ありがとう…」
 心からのお礼を言う。
「感謝されるべき事ではないわ…明日までに纏めてくれるかしら?」
「分かったわ」


 夜、
「…シンジ君、レイ、洞木さんのことなんだけれど…」
「どうしたんですか?」
「彼女はエヴァに乗ることにしたわ」
「え?」
 シンジは驚きを表情に表す…そしてそれはレイも同じであった。
 多分、ヒカリ乗らない方が良い…とかそう言ったことを伝えていたのだろう。
「大切な人…例えば友達とかを守ることが出来るなら、それで良いって考えみたいよ」
 その言葉にシンジはシュンとなってしまう…
「シンジ君、シュンとなっちゃ駄目よ…例えば支援に徹して貰うとか、出来る限り洞木さんに危険が及ばないように作戦を立てるわ。それなら、戦力は向上して誰かが不幸なことになる可能性は小さくなるわ。これは、洞木さん自身の事も含めてね」
 いまいち納得はしていない顔だが理解はしたようだ。
「でも、状況によっては、それでも…と言う時がないとは言えないわ、その時は貴女達が洞木さんを守ってあげてね」
「…はい、」
 先ほど言ったことに間違いはない。だが…問題は、その乗る機体が参号機であると言うことなのだ…堂々とヒカリが乗ることを反対できたらどれだけ良いことか…しかし、今の味方ではそれは出来ない。リツコに十分に信じてもらえる前に消されてしまう可能性が極めて高い…ヒカリのことは…無事に行って欲しい。


 次の日、思い出しうる限りの情報…自分が体験したことや、後で報告書を読んでいったことなどを書き綴ってそれをリツコに渡してきた。
 リツコからの指示でもある以上、今回のことに関する限りは、マギの目を心配する必要はないだろう。
 果たして…あれで、何かリツコは有効な手をうってくれるのだろうか…