再び

◆第12話

 第拾使徒の襲来が迫ってきた。
 結論から言って、前回使った作戦の改善くらいしか思いつかない。その事自身はまあ良いかもしれない。しかし、心配事が二つある。一つは前回と同じ場所…あるいはそれに近い場所に落ちてくるのであろうかと言うこと。それによって配置すべき場所が異なってくる。極論全く違う場所に落ちてきたらお手上げになってしまう…。そしてもう一つは戦力…シンクロ率である。
 今、行われているハーモニクスの訓練に目を向ける。
 モニターに表示されているシンクロ率に目を向ける…正確な数字は把握していないが、アスカはおおよそ同じ、シンジは若干低く、逆にレイは高い…単純に足し算をするならば、今の方がその値は大きくなる。しかし、そう単純には行かないのだ…前回、唯一間に合ったシンジのシンクロ率が低いと言うことがより不安を大きくさせているのかもしれない。
「シンジ君凄いですね」
「ええ、最近の伸びは本当にめざましいわね」
 マヤとリツコが嬉しそうにシンジのシンクロ率に関して話をしている。
 今は良い…未だ今は…だが、これが、やがてアスカのシンクロ率に近付き抜くのも時間の問題となったとき、果たしてどうなるであろうか…?
「…余り嬉しくなさそうね」
「そうね、全く嬉しくない訳じゃないのよ…でも、このままシンジ君のシンクロ率が伸び続けたら、アスカはどうなるのか…って思って」
「…確かにそうね…」
 自然にモニターに映るアスカの顔に視線が集まった。


 夕方、ミサトが帰ろうと駐車場にやってくると加持が車のところで待っていた。
「やっ」
「何か用?」
「…少し話したいことがあってね」
「分かったわ、乗って」
「そうするよ」
 加持を助手席に乗せて車を走らせた。
「…話って何?」
「ああ…この前の話のことでね」
「…計画の阻止?」
「ああ、草鞋を脱いでしまった以上、正規のルートじゃ無理だが、政府関係者を動かすことで何とかならないかと思ってな…まあ、それでもまともな方法じゃとても無理だが…」
「難しいわね…」
「ああ…やはりな」
 それっきりお互い黙ってしまった。
 暫くそのまま沈黙の中を走っていたが、赤信号で停止したときにミサトから声を掛けた。
「加持君」
「何かな?」
「…今、気になってることがあるんだけど、相談して良い?」
「ああ、俺に答えられることならな」
「…アスカのこと何だけど」
「アスカがどうかしたのか?」
「アスカは今までエヴァに拘り続けてきた…そのこだわりの一つにシンクロ率があるわ…でも、今シンジ君がものすごい勢いでシンクロ率をのばしているわ…そう遠くない内にシンジ君がアスカを抜くことになるわ」
「…抜いたのか?」
「ええ、でもそのこと自体は最初は余り大きな事ではなかったわ…でも、その後に色々とあって、それが凄く大きな事になってしまったわ…常に一番であることを至上命題にしてきただけに…」
 その時のことを思い出し、まゆをひそめながら話す。
「…そうか、」
「アスカはシンクロ率が下がっていって、それで焦って悪循環」
「なるほどな…」
「それで、アスカのことどうしたらいいかと思ってね」
「…アスカか難しいな」
 青信号になり再び走り始めた。


 次の日、ミサトはアスカのマンションにやってきた。
 アスカのわがままとでも言うべき物が通ったのか、かなり立派なマンションである。
「…何でこんなに豪華なのよ…」
 等と愚痴を言いつつ、アスカの部屋に向かった。
 その後アスカに出迎えられ中にはいると、やっぱり広く豪華であった。
「随分と…良い部屋ね…」
「ああ、最初用意された部屋狭くて荷物入りきらなかったのよねぇ〜、それで、入る部屋用意しろ〜!って言ってやったらここを用意してきたわ」
「ふ〜ん…私も申請しちゃおうかしら?」
「やってみたら?まあ、だめもとでも良いじゃない」
「そうね」
 暫くのあいだそんなとりとめもない話を続けていた。それは、特に目的があってここに来たわけではないからである。一応、アスカを良く知るため等という理由を考えていたが、元々同居までしていた以上、さして新しく知ると言うことは出来ない。しばらく話していて良くわかった。色々とあるとは言え、前回よりもミサトとの距離は大きい…その内面をさらけ出すと言うことはしないだろう。
 やがて昼前になり、適当に近くのレストランで昼食をとった後、ミサトの車で一緒に本部に向かった。


 本部に着くと執務室で事務処理を行った。
 日向が、色々とやってくれているため、じっくり考える時間が出来ていると言うことは本当にありがたい。
「あ、日向君」
「はい、なんでしょうか?」
「今晩暇かしら?」
「え?あ、はい、空いてます」
「日頃お世話になってるし、食事でもどうかしら?」
「はい!いかせていただきます!!」
 日向が喜びを表し、退室していくのを見ながら、ミサトは苦労させているせめてものと言う思いと…逆にそうやって利用しているという面もあり…複雑な思いも感じる。
 ゆっくりと、溜息をついた後、再び作戦のことについて考え始めた。


 翌日、ミサトは総司令執務室に呼び出された。
 昇進のお知らせである。
「葛城1尉を3佐に昇格する」
「ありがとうございます」
 一礼し、襟章を交換する。
「それと…明日から私は南極に行って来る。暫く開けることになるが、碇がいるからまあ大丈夫だとは思うが、何かあったときは頼むよ」
「はい…」
 碇は残る…9割方ミサトを警戒してのことだろう。前回は、作戦上はミサトがトップの立場にいた。それだけに、リツコが何を言ってきても突っぱねれば良かった。だが…碇がいるとなるとその様なことは出来なくなる。


 数日後の早朝、インド洋上空で第拾使徒が発見された。
 メインモニターに衛星からの映像が映っている。 
「これが使徒?常識を疑うわね」
 突然画面が乱れ、映像が消えた。
「ATフィールドの新しい使い方ね」
 別の衛星からの映像に切り替わる。
 使徒が体の一部を切り落とした。
「何?」
 暫くしてスリランカの南海上に凄まじい爆発が観測された。
「…爆弾ね」
「ATフィールドの力まで使っているようです」
 いつも通りリツコの解説にマヤが付け足した。
「…あれ、どのくらいの破壊力?」
 マヤが映像上から計算する。
「映像からですが、あの破片で、NN兵器に匹敵します。」
「…本体が落ちてきたら……考えたくも無いわね…」
 ミサトは司令塔の碇を見上げたが、その表情から何を考えているかは読みとることが出来なかった。


 作戦会議室では、議論が交わされていたが、ミサトの発案…前回の作戦を多少改良する方向で流れは決まった。
 あらかじめNN兵器などを使って落下地点を誘導してはどうかという提案もしたが、効果がそれほど期待できず、反面観測が困難になり落下地点の予測が余計に難しくなる可能性があるとのことであった。
 但し、余りにも予想地点が外れていた場合は、実行するしかないとのことである。
「さて…最大の問題は、配置ですね」
 地図上に予想着弾範囲が表示され、その上に青、紫、赤の3つの円が表示される。
「このようにその全域をカバーすることは不可能です。更に…例えば、この端の方だと1機で支えている時間が長くなり過ぎ、おそらく、他の機体の到達前に圧壊するものとおもわれます」
「困ったわね…」
(やっぱり、前回の地点は気になる…でも、ここに集中するわけには行かないわね…なるべく広範囲に)
「外輪山に対空陣地を形成し、攻撃を加えることで誘導をしますが、こちらはただの通常兵器なのでどこまで誘導できるかは不明です」
「そうね…ここに3機が到達できるような配置で一番有効面積が広い配置を考えて」
 前回落ちた地点から少し離れた地点を指さす。さすがに前回と同じ場所を選んでそこに落ちてきたら洒落にならないと言うこともある。
「特に…根拠があるわけではないですよね」
「ええ、無いわ。純粋に勘ね。こんな時は、下手に悩んでも意味がないからね」
「それもそうですね…あとは、司令が何というかと言ったところですね」

 
 総司令執務室、
 碇は作戦案を読んだ後、じっと考え始めた。
 その間の沈黙が怖い…
「良かろう…反対する理由はない。日本政府への要請はこちらでしておく」
「分かりました」


 そして総司令執務室を出た後作戦部に行って作戦案が承認されたことを伝え、3人へ説明するために会議室に向かった。
 会議室にはいると既に3人は待っていた。
「待たせちゃったみたいね」
「そんなに待ってないから気にしなくて良いわよ」
「ありがと…早速だけど、作戦案を説明するわね」


「ええ〜〜!!受け止める〜〜!!?」
 作戦案が説明し終わると同時にアスカの叫び声が響いた。
「そうね…」
「作戦といえるの?」
「…難しいところね、純粋に言うと言えないかもしれないけれど、今回は、使徒の殲滅と第3新東京市・本部の防衛と言う二つの目的があるわ。この使徒は、例え何らかの方法で殲滅に成功しATフィールドを失ったとしても、その冗談じゃない質量が変わるわけではないわ」
「…エヴァで受け止めなきゃ終わりって事?」
「そう、正確にはエヴァの持つATフィールドね…それ以外では何で受け止めても同じ…天井都市はいとも簡単に貫かれるわ」
「…やるしかないって事?」
「まあそう言う事ね…」
「…分かったわ。選択肢が他にあるわけでもないし」
 シンジとレイも特に反対はしない。
「ありがと…作戦が成功したら、何でも好きな物奢ってあげるから、頑張ってね」
「よっしゃ、ちゃんと預金おろしときなさいよ」
「ええ、分かったわ、じゃあ、又後でね」


 そして、作戦開始時刻が近付いてきた。
 ミサトは発令所に戻り、パイプ椅子に座って開始を待っている。
「…葛城3佐、」
「何かしら?」
「目標を第3新東京市直上にて確認しました」
「そう、いよいよ来るわね…みんな準備して!」
「シンジ君、レイ、アスカ、頼んだわよ」
『はい』
『わかりました』
『まっかせときなさいって』
「目標、降下を開始しました!」
「作戦スタート!距離1万まではマギが誘導するわ、それ以降は各自の目測で動いて!」
 3機が一斉にマギの誘導に従って走り始め、作戦マップ上のそれぞれの機体の位置を示す3つの点が動き始めた。
 同時に目標の落下予測範囲がマップ上に赤い色で示される…まだまだ第3新東京市全域どころか、箱根の大半が含まれている。
「……」
 メインモニターに映し出されている使徒の望遠映像をにらむ。
(どうなるか…)
 落下予測範囲が範囲が徐々に狭まってくる…中心は第3新東京市から外れ、前回落ちた地点よりも第3新東京市から離れているようだ。とは言え、中心に落ちるのであれば、苦労はいらないが…
 各機の到達可能範囲を表す円も狭まってくる…今のところは、弐号機がその範囲を一番良く重ねているようだ…かといって他の機体から極端に遠いと言うこともない。これなら行けるはず。
 ミサトはぐっと拳を握った。
「誘導開始!」
 外輪山に展開されていた対空陣地からミサイルや砲弾が発射される。目標は誘導なしでも余裕で当たるほど大きい。
しかし、ATフィールドに弾かれ使徒本体に到達することはない。
「どう?」
「だめですね…これでは全く誘導でき無いと言っても良いです」
「…そう、仕方ないわね、観測の支障にならない程度で誘導を続けて」
「了解」
「高度1万を切りました!」
 落下予測範囲がどんどん小さくなっていく…しかし中心は外側にずれてきている…市街地からは大きく外れ、山間部である。
 落下予測範囲の中心部に弐号機が到着し、修正を行っている段階に入った。
(…かなり、離れてるわね…)
『さぁ、いらっしゃい!このアタシがしっかりと受け止めてあげるわ!』
「…アスカ、お願いするわ、二人が到着するまでこらえて」
『まっかせときなさい』
 そうは言うが…頭上でどんどん大きく見えてきている使徒の姿におそれを感じているのだろう、表情にそれが表れている。
『ATフィールド全開!!』
 遂にATフィールド同士が接触しすさまじいエネルギーが迸る。
「二人は!?」
『ぐ、ぐぐぐぐぐ』
「未だ暫くかかります!」
「くっ…」
『くっ…か…』
 サブモニターの一つに映し出されていた弐号機の各パーツの状態は、緑色から次々に黄色に変わってきている。
「このままでは危険です!!」
「どうすることも出来ないわ!祈ってて!!」
 マヤの声にそう返す。…本当にこの瞬間は祈るしかない。
『ぐ、ああああ〜〜!』
 色が赤に変わっていく…破損してきているのだ。今、アスカは激痛を感じているだろう。神経接続を切ればその激痛は消えるだろう。だが、その直後に確実の死が訪れる…本当に今はここからはどうしようもない…
(アスカ…)
 拳をぎゅっと強く強く握る…又皮が破れ血が滴る…
「未だなの!!?」
「あと5秒で初号機が到着します!12秒で零号機が!」
『きゃああああああ!!!!』
「アスカ!!!」
 状態図が真っ赤に染まる。
『ぐっ…』
「初号機間に合いました!!」
「シンジ君!!」
 歓喜を含んだ声が出る。
『…零号機ATフィールド全開』
 零号機も到着し2体で使徒の巨体を支えている。しかし、2体では支えるだけで精一杯である。
「アスカは!?」
「無事です!弐号機がATフィールドを展開、使徒のATフィールドを中和していきます!」
 何が起こったのかはここからでは分からないが、モニターが一斉に映像をカットした。残っていたモニターからすると使徒が大爆発を起こしたようだ。そして、振動が施設を襲う。
「どう?」
「回線復旧します」
 次々にモニターの映像が復活し、大きなクレーターが出来ていて、その中に3体のエヴァが重なり合うように倒れていた。だが、弐号機はまさにボロボロ…体の各部分から血を吹き出していた。
「神経接続カットします!」
 慌てて気づいたマヤが神経接続をカットした。
「回収急いで、それと、アスカの状態の確認も…私はケージに行ってくるわ」
「私も行くわ…弐号機の状況を確認しないと行けないから」
 ミサトとリツコはケージに向かった。


 ケージに到着して暫くして、初号機、零号機の順番に戻ってきた。
 弐号機は?と思っていると、直ぐには回収できず、アスカに関しては直接回収して中央病院に搬送したとの知らせが入った。
「アスカは無事なの?」
『詳しくは検査をしないと何とも言えませんが、命には問題はありません』
 初号機と零号機から二人が降りてくる…二人の表情に喜びは見られない…弐号機の状況を傍で見ていたからであろう。
「あの、ミサトさん…アスカは?」
「さっき、連絡があって、無事だってことよ」
「よかった…」
「今日は本当に御苦労様…今日の一番の功労者のアスカの都合のいいときにどど〜ん!と豪華な御馳走食べることにしましょ」
「はい、楽しみにしてます」
 シンジの声は弾んでいて、レイも嬉しげな表情を浮かべている。


 被害が纏まったのは夕方になったからだった。
 町などへの被害はエヴァが通過した際に破壊していったものくらいであるが、弐号機の破損が半端ではなく、修復にはいつまで掛かるかと言うことは実際やってみないと不明であるとのことである。
 アスカに関しては、過剰フィードバックによるものなのか、何らかの強い衝撃によるものなのかは分からないが、各所に打撲を負っており、複数箇所骨にひびが入っており、2週間ほどの入院が必要とのことであった。
 報告書がとりあえずではあるが出来上がったので、それを持って総司令執務室に向かった。


 総司令執務室、
「これが、今回の結果か」
「はい…弐号機を大破させてしまい申し訳ありませんでした」
「いや…使徒を倒せたと言うことを考えれば安いものだろう。暫く使えなくなるとは言え、永遠に使えなくなったわけではない」
「……」
「ご苦労だった。下がっても良いぞ」
「はい、では失礼します」


 執務室に戻るとアスカが目を覚ましたという報告が入っていたのでそのまま中央病院に向かうことにした。
 病室に到着し、ドアをノックしてから中に入る。
 ベッドの上のアスカはあちらこちらに包帯を巻いている。
「ったく、どっかの誰かさんが立てた危険な作戦のせいでこんなになっちゃったわよ」
 包帯が巻かれた手をあげてミサトに見せながら愚痴る。
「ま、その危険な作戦が成功したのも全てはアスカのおかげね。本当にありがとう」
 冗談っぽい音を含んでいたためにそれに返し、それにお礼を付け加えたのだが…その言葉を聞くとアスカはにんまりと言ったような表情を浮かべた。
「へ?」
「それじゃ、分かってるわよね。ぜ〜んぶこのアタシのおかげで、更にこのアタシにこんな大怪我さしたわけだから」
 約束のことであろう…何でも好きなものを奢ってあげるという事、
「……だ、大丈夫よ、銀行行ってお金降ろしてくるから…」
 こんな風に言われてしまっては、さすがにちょっと表情が引きつってしまう。
「そうねぇ〜、約束の分、それからアタシが大活躍したおかげって事、更に大怪我させられた分…そうねぇ…占めて1週間、退院したらミサトのおごりで1週間フルコース三昧ね♪」
「……」
 想定していた額を遙かに超える出費になることは間違いなさそうである…経費で落とせないか本気で考えてしまうミサトであった。