再び

◆第9話

 ミサトはシンジとレイの二人の踊りを見ていた。二人の踊りはもう、ほぼ一致してきており、後は回数を重ねるだけで完成しそうである。
(いい感じね)
「もう一歩ね…お疲れさま、今日はもうこのくらいにしておきましょうか」
 細く笑んでそのように言う。
「はい、じゃあ夕飯の支度しますね」
「悪いわね〜」
「いえ…」
 シンジはキッチンの方に歩いていった。
 ミサトはレイの横に腰を下ろす。
「レイ、もう少しで完成するわね」
「…はい、」
「それでさ、一つ聞きたかったんだけど…あのマンションからここに移ってきたことどう思う?」
「……どう?とは?」
「そうね……この作戦が終わってからは、レイの希望次第で、どちらに住むことだって出来るわ…」
「……」
「レイはどうしたい?又あのマンションに戻るのと、ここに居続けるのどっちが良いかしら?」
 少し考えるような仕草をする。
「…ここに、碇君や葛城1尉と一緒にいたいです…家族でありたいです」
 その言葉を聞き喜びを伴ってレイの頭にぽんと手を乗せる 
「そ、じゃ、良い家族でありましょ」
 レイはゆっくりと頷いた。


 その夜、少し問題が起こっていた。二人がどこで寝るかである。昨日は疲れてしまった二人はそのままリビングでミサトがかけた掛け布団だけで寝ていたのだが、はっきりと起きているのにそうはならい。
「ん〜、どうしよっか……レイの部屋は4畳半のとこで良いのよね」
「はい、問題ありません」
「とは言っても、全然片づけてないし、今から片づけるわけにも行かないわねぇ」
「えっと…」
「う〜ん、二人の生活リズムも出来たらあわしといた方が良いし…そうね、リビングかシンジ君の部屋どっちか好きな方で一緒に寝てもらえるかしら?」
「ミ、ミサトさん!!そそそ、そんな一緒にだなんて!!ぼ、ぼくたちはま、まだ!!」
「…何そんなに慌ててるの?ひょっとして、同じ布団で…なんて連想しちゃうくらいもう関係進んじゃってるわけ〜?単に同じ部屋でって事で言っただけなんだけどなぁ〜」
 シンジはまるで茹で蛸のように真っ赤になって縮こまってしまった。
「う〜ん、ま、いっか、レイ、私の独断と偏見でシンちゃんの部屋にしちゃうから、布団運ぶの手伝って」
「はい、」
 ややあって、再起動したシンジに色々と言われるもののミサトが結果的には押し切ったため、二人がシンジの部屋で寝ることになった。


 次の日、ミサトが、本部にやってきたときちょうどアスカは休憩中であった。
「どう?調子は」
 ミサトはアスカに近付きながら声をかける。
「ん?…いまいちってとこかしら…95%からがなかなか越せないわ…」
「随分上がったのねぇ」
 ミサトは感心するのだが、アスカの表情からそこが大きな壁になっていると言うことがわかった。
「……どうしたの?」
「シンクロ率よ、アタシのシンクロ率じゃ、反応が追いつくのが難しいのよ…」
 アスカのその言葉にミサトは天井を仰ぐことになった。
 シンクロ率と戦力が等しいわけでも、又戦力と価値が等しいわけでも無いが、シンクロ率というのが大きな足かせになってしまうとは…
「リツコの話じゃ…あと8ポイントもあれば、2体同時に殲滅できるらしいけど…そんな数値短期間にあげるなんてとても無理…」
 ぎゅっと拳を強く握っている。
「…そう、分かったわそれを踏まえて、何とか支援できないか作戦も考えてみるわ、」
「……」


 ミサトはアスカと別れた後、作戦部にやってきた。
「葛城さん、」
「日向君、弐号機の方の作戦のことだけど」
「いくつか考えていますが、どうもいまいちですね」
「今のところを教えてくれる?」
「はい、こちらにどうぞ、」
 一連の状況と今の作戦案を聞いたミサトはボールペンを額に当てて、考え始めた。
「……どうするか……」
「…そうね、逆に考えてみましょう、現在の弐号機の戦力で殲滅可能になるにはどれだけの支援が必要かしら?」
「えっと、ちょっと待ってください……あ、これです。どうぞ」
 渡された書類を読む…
「……う〜ん、確かにこれだときついわね…」
「どうしますか?」
「……そうね…やっぱり平行させるのは、難しいわね…片方に絞るか…ユニゾンに支援を集中させるのと、弐号機に支援を集中させるのどちらが良いかしら?」
「総合勝率は、ユニゾンに集中させる方が高くなると言うことから、そちらを中心に作戦を立てていますが、」
「そう…どのくらいの差になるの?」
「どのくらい集中させるのか、又どのように配備するかにもよりますが、ユニゾンに支援を集中させた場合は、98%程度です。対して、弐号機に支援を集中させた場合は95%前後まで落ちます。」
「…3%の差と見るか、敗北率が2.5倍になると見るか………今のままユニゾン側に集中させる方法を中心に作戦案を練って」
「はい、」


 夜、シンジとレイのユニゾンはもうほぼ完璧となっていた。二人の踊りはほぼ完璧に一致していて、途中で一方がタイミングを外したとしても、もう一方が即座にそのずれを修正し、ただぼ〜っと眺めているだけではそのミスに気づきはしないだろうと言うくらいになっている。
「う〜ん、凄いわね〜、この分なら明後日の勝利は間違いなしね」
「あ、いや、そんな…」
 シンジは恥ずかしいのか後頭部をぽりぽりと掻く。
「さっ、今日はこのくらいにしてゆっくりと休んでちょうだい」
「あ、はい…」
 この日もシンジの部屋でシンジとレイが寝ることになった。


 ミサトは自室でボールペンを銜えながら考え事をしていた。
 今回のイスラフェル戦に関しては事前に十分な準備が出来るように色々と手を打っていたために、かなりうまく行きそうな状況にすることが出来た。
 ならば、これからの使徒戦に関してもじっくりと作戦の事前準備を練っておいた方が良いだろう。余りに先のことを考えても、状況は次々に変化していくのだから、相当多数のパターンを考えて行かなければならなくなるが、それはミサトではとても無理である。だから、自分の手に負える範囲内の使徒までのことは考えておこう。
 次の使徒は浅間山の火口の中で発見された。これに対して捕獲作戦を実行したものの失敗…アスカの機転とシンジのとっさの行動で殲滅し、又弐号機も無事であった。
 失敗する捕獲作戦を実行する必要はどこにもない…即時殲滅作戦を提案することになるだろう。問題は、どうやって殲滅作戦を行うかと言うことと、その殲滅作戦が通るかどうかと言うこと、所詮は作戦部の部長、対外的にも及ぶような権限はどこにもない、その上首脳部からは疑いをかけられている。更に言えば、ミサトが捕獲作戦を提案しなくても、別の者が提案する可能性はある。論理的に反論しきれるのか?出来ないとしたら…捕獲作戦を実行し失敗御速やかに殲滅作戦に移れる準備が必要である。
 使えるエヴァは3機…あるいは2機になる。もし、潜ることになれば、D型装備が使えるのは弐号機だけであるから、弐号機が潜ると言うことは確定である。後1機か2機は火口で待機し不測の事態に備えることになる…とりあえず、何かあったときに…つまり、前回のように使徒が襲ってきたりケーブルが切れたりしたときに弐号機を強制的に引っ張り上げることが出来るようにしておいた方が良さそうである。
「…そうね、何か使えそうなものを事前にチェックしておくか、」
 ミサトは本部の日向に電話をかけて、今後の使徒戦で、いざというときに色々と転用できるように備えるために、本部にある様々なものに関するリストを揃えてくれるように頼んだ。
 電話を終えてからふと時計を見ると既に2時前になっていた。
「…日向君達未だ頑張ってるのね………私も考えますか!」
 何か少しでも勝率を上げる方法はないか考えることにする。


 次の日、ミサトが本部に向かおうと駐車場に降りてくると加持が待っていた。
「加持君」
「やっ、ちょっと時間良いか?」
 加持はいつも通り?だらしのない格好でミサトのルノーのに背をもたれさせながら、まるでお茶にでも誘うかのような口調でその言葉を言ったのだが、状況から考えてそれはあり得ない。
「…早い方が良いこと?」
「そうだな…」
「……30分だけよ」


 二人は、第3新東京市郊外の展望公園までやって来た。
「…で、用件は何?」
「…ここのところ暫く、葛城から聞いたことの裏をとっていた」
「相変わらずね……」
 どこか呆れ口調を伴って言う…まあ、こういう人間なんだし仕方ないと言えば仕方ないか思い、軽く溜息をついた。
「葛城の言っていたことは事実だったよ」
「……どうするつもり?」
「ただ、どうしても納得できないことがある」
「私がなぜそれを知っていたか?」
「ああ、」
「…それは、言えないわね。少なくとも加持君が草鞋をたくさん履いていたり、又いつでもはける状態にあるうちはね」
「…そうか、草鞋を脱ぐのもなかなか一苦労してしまうような草鞋を3つも履いてしまってるからなぁ…」
「自業自得ね」
「……ま、今まで知りたかったことの全ては知ってしまったし…新しくできた知りたくなったことを知るために色々と努力してみることにするよ」
「そう…頑張ってね」
 加持の方を振り返らずに、第3新東京市を眺めたまま声をかける。
「ああ、じゃあ、又そのときにな」
 加持はゆっくりとした足取りで展望公園からでていった。
 いずれ、加持に全てを話すときが来るのだろうか?それとも話すことはなしに、加持は死す運命になってしまうのだろうか……もしそうなるくらいなら…とも思うがそれではいけない、それでは……だから、加持リョウジと言う男を、加持リョウジとの能力を信じたい……
 ミサトは正十字のペンダントをぎゅっと握りしめた。


 そして、決戦の日を迎えた。
 今ミサトは最終判断を下すために様々なデータや作戦案に目を通している。それも終わり、しばし考える。作戦部の職員はミサトの判断をじっと待っている。
「……ユニゾンが成功している以上安全策を採ると言うことでプランA、当初予定通り、ユニゾンに支援を集中させるわ、アスカ・弐号機は、ユニゾンに影響がでないように第2支援部隊と共に距離を開けて待機、」
 ミサトの指示に従い、一斉に動き出した。
「…私はアスカのところに行ってくるわ、日向君、後お願い」
「はい、任せてください」


 ミサトがアスカの待つ待機室に入ったとき、アスカはちょうどプラグスーツに着替え終わったところだった。
「…どしたの?」
「作戦が決まったわ。今回は、ユニゾンの作戦を集中的に支援する事にしたわ」
「…アタシはサブって事?」
「まあ、今回に限定したらそうかもしれないけれど、使徒戦全体から持つ意味はそうじゃないわ、」
 軽く首を傾げる。
「適材適所とでも言うべきかしら?」
「……?」
「今回は、二人で当たって貰ったほうが有利だから当たって貰う、アスカが当たった方が有利なときはアスカに当たって貰う。ただそれだけよ、キュウリを切るのに牛刀はいらないわ、牛刀を振り回さなくてもナイフ一本あれば切れるわけだからね。そんなとき牛刀を振り回す事は誰もしないでしょう……例え悪かったかしら?」
「……ううん、言いたいことは分かったわ…でも、」
「大丈夫よ、アスカに頼らざるを得ない状況は必ず来るんだから、そん時はお願いするわよ、そん時に変な弱音とか吐いたりなんかしないでよ」
「な、なんですって!?このアタシが弱音はいたり何かするわけないじゃないのよ!」
 弱音に近い物を吐いていたことは綺麗さっぱり忘れ去っている。
「じゃあ、もしもの時や、これからの時頼むわね♪」
「あったり前よ!」
 その後暫くアスカと会話を交わした後、ミサトは待機室を出、その直後大きな溜息をついた。
(…アスカの性格を分かってて利用してるわね……嫌な女ね……)


 そして、作戦はユニゾンが完璧なまでに決まり、弐号機の出番は無く、勝利を向かえることが出来た。
 わきかえる発令所の中、ミサトは素直には大喜びすることは出来ず、笑みを浮かべながらもアスカが映るサブモニターをじっと見つめていた…そして、そのミサトを見つめる視線もあった。