再び

◆第2話

翌朝、ミサトは執務室で、今回の第参使徒戦に関する早期報告書に目を通していた。
「・・・」
前回は今回ほど熱心に読んでいなかったが、今回、特に新たな発見や何か役に立ちそうな報告はなかった。
詳しい数までは把握していないが被害も前回とほぼ同じである。
「・・・第参使徒戦はこんなものか・・・」
次からは変えて見せる。
(・・・第四使徒戦、武器は鞭のようなあの触手、中距離を得意とすると言った感じだったわね、)
(前回パレットガンによる斉射では貫通力が足らずに弾煙で見えなく成ってしまうと言う事があった・・・)
自分のミスを思い出し顔を顰める。
(対策としては・・・・作戦ポイントを決めて予めそこに向けて火力を集中させておく、特に貫通力の高い兵器を使ってATフィールド中和後に表皮を打ち破ると・・・基本的な作戦はこれで問題無いわね・・・)
「良し、これ出した後、リツコの所に行ってくるか、」
ミサトは机の上においてあったシンジの住居に関する申請書を提出するために向かった。


2時間後、第参使徒の自爆した地点・・今回の使徒線の中心部であり、今様々な作業が行われている封鎖地区を訪れた。
「・・・」
壊れた初号機のパーツが大型クレーンによって持ち上げられている。
それらを横目で見ながらミサトはリツコが待つプレハブ小屋に入った。
「あら、遅かったわね」
「・・ちょっちね」
・・・・
・・・・
今、リツコから武装の配備に関する書類を渡され熱心に読んでいる。
「ふむ・・・」
「どう?」
「武装変更できるかしら?」
「ええ、ある程度ならね」
「出来る限り貫通力の高い弾に変えて」
「貫通力?」
「ええ、ATフィールドを中和しても、表皮を貫けなければ、意味無いからね・・」
「・・・どうしてそんな事を思ったの?」
「・・・え?」
「ミサトがそんな事を考えるとはちょっと思えないんだけど・・・何かあったの?」
ミサトは戸惑った。
前回の使徒戦を考えた結論・・・つまり現時点でその根拠は無いのである。
第参使徒戦を詳しく分析すれば又話は別であろうが、ミサトがそんな事をする筈は無いし、そんな時間もある筈が無い・・・だから、リツコは指摘したのである。
(・・そうだったわ・・・私が裏の事を知っているとしたら・・消されるわね・・)
作戦指揮官の代わりなどいくらでもいる。
「・・・どうかしたの?」
「ん?ちょっちね・・・なんとなくそう思っただけなんだけど・・・どうかしら?」
「・・・そうね、マギと司令部にも相談したうえで判断するわ、」
「ありがとね」
「あら?」
リツコはモニターの表示に気付いた。
「どうしたの?」
「シンジ君・・気付いたようね・・・・若干の記憶の混乱が見られるけど」
やはり、喜びが先に出たが、それを出すわけには行かない、
「・・・それって、」
「精神汚染の心配は無し、心身ともに健康よ」
この時点で笑みを浮かべた。
「じゃあ中央病院に行ってくるから」
「そう、」
ミサトはプレハブ小屋を出て、ネルフ中央病院に向かった。


そしてミサトが到着した時、シンジはぼんやりと通路の先を眺めていた。
「・・シンジ君、」
「・・ミサトさん・・・」
ゆっくりと、シンジは振り向いた。
「迎えに来たわ。」
「・・ミサトさんが?」
「ええ、」
二人はロビーに向かって歩き始めた。
「怪我は大した事無くて良かったわね。」
「ええ・・・ミサトさん。昨日、何が有ったんですか?」
「・・後で、話すわ・・」
その後は無言で駐車場まで歩き、車に乗った。


そして、ミサトのお気に入りの場所、第3新東京市郊外の展望公園にやって来た。
第3新東京市は、未だ戦闘形態であり、淋しさを思わせる所がある。
「淋しい町ですね・・・」
シンジは呟くように言った。
ミサトは腕時計を見た。
「そろそろ時間ね、」
警報が鳴り、夕焼けの中、地面からビルが次々に競り上がって来た。
「凄い!ビルが生えてく」
一気に中都市から大都市へと変貌した。
超高層ビルが建ち並び、長い影が旧市街を覆っている。
「第3新東京市、これが私達の町であり、貴方が守った町よ。」
しかし、シンジには記憶に無い以上実感が沸かないようだ。
「・・・昨日、何があったかだったわね、」
シンジは軽く頷いた。
「・・・・初号機が活動不能に陥った後、初号機は再起動をしたわ」
「再起動ですか?」
「そう、そして、暴走と呼ばれる制御不能状態に入ったの」
「暴走・・・」
一瞬、ミサトはどこまで喋るのか迷ったが、結局、表面的な事だけにする事にした。
「・・・暴走状態のエヴァぁは、人間の本能に近い部分が目覚めた状態になる。人で言うと過度のストレスでプッツン切れちゃった状態ね・・多分」
「プッツン、ですか・・・」
「そう、そして、暴走状態で第参使徒に一方的な攻撃を仕掛け、最後は第参使徒が自爆して終わったわ」
「自爆・・・ですか」
「ええ、で、エヴァぁ初号機は大破、今修復中なの」
「エヴァも直してるし、第参使徒、て事はまだ来るって事ですか?」
「ええ、そうなるわね」
今後の使徒戦、特に後半の戦いを思い出し、表情を歪める。
「僕は、まだあれに乗り続けなくてはいけないんですか?」
シンジは声の抑揚を押さえながら尋ねた。
「・・・」
暫く、何と言えば良いのか考えたが、結局、レイを人質に取るようなやり方しか思いつかなかった。
「・・・・・・・・貴方には断る権利があるわ。でも、断った場合・・・・」
「あの女の子が乗ることになるんですね・・」
「ええ」
ミサトは頷いた。
「卑怯ですね皆・・・・・・・僕は乗るしかないじゃないですか」
「・・ごめんなさい・・」
思わず涙が零れる。
「・・ミサトさん?」
「あ、いや、ごめんなさい」
袖で涙を拭う。
シンジはミサトの顔をじっと見詰めてくる。
「・・ミサトさん、」
「・・何かしら?」
「ミサトさんは、僕があれに、エヴァに乗る事をどう思うんですか?」
「・・・・申し訳ない、悔しいと思うわ・・・シンジ君のような子供を・・」
涙が零れてくる。
「こどもを・・ぎ・・・戦わせるしか他は無い・・・なんて・・・」
犠牲と言いかけて言い直す。
「・・ミサトさん・・」
ミサトの態度から本当に辛いと言う事が分かったようだ。
「・・ごめんなさい・・・」
その後は、二人とも黙ってしまい、暫くしてそのまま車に戻った。


ミサトのマンションに着いた。
葛城と書かれたプレートが入った部屋の前に荷物が積まれていた。
「シンジ君の荷物はもう届いているわね」
ミサトは扉を開け中に入った。
「御邪魔します。」
「だめよ」
「はい?」
「シンジ君、ここは、貴方の家なのよ・・」
家族に・・少なくとも自分にとっては家族に他人行儀にされる・・・分かってはいるもののその言葉は、どこか淋しげであった。
「た、ただいま」
恥ずかしげに少し赤くなりながら帰宅の挨拶をして、シンジは中に入った。
「お帰りなさい。」
ミサトは笑みを浮かべてシンジを迎えた。
「ちょっち、散らかってるけどね」
昨夜徹夜をして片付けた。
ずっとシンジに任せっぱなしだった為、自分で片付けたのは本当に久しぶりであった。
それでも・・・まあ・・・
「これが、ちょっち・・」
シンジの顔は引き攣っている。
と、言う事である。
・・・・
・・・・
そして同じく昨夜の内に仕込んでおいた、ミサトの御手製のカレーが暖め直されて、食卓の上に並んでいる。
「・・いただきます・・」
「なによ〜、元気無いわねぇ」
「・・いえ・・」
シンジはごみ袋の山に目をやった。
「あ・・ああ、それね、明日ごみの日だからさ・・・ま、まあ、そんな事は良いから、食べてみなさいよ」
「あ・・はい、」
シンジはスプーンでカレーを掬い、口へと運ぶ・・・突然シンジの動きが凍った。
「ん?どうしたの?」
ミサトはがつがつ美味しいそうに食べていて、その味に全く自覚が無いようだ。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
30分後、再起動したシンジとミサトは生活当番を決める事に成ったのだが、
「料理は全部僕がやります」
「へ?良いのよ、私だって、」
「こう見えても僕料理が趣味なんです」
因みに見掛けからは結構似合っている。
「そう?悪いわねぇ」
シンジは必死なのだが、ミサトは全く気付いていない。
結局、掃除もシンジが殆ど引き受ける事になり、ミサトは洗濯を主に担当する事に成った。


ミサトは缶ビールを飲んでいた。
「うわああ〜〜!!!」
風呂の方からシンジの悲鳴が聞こえ、どたばたと慌ててシンジの足音が近付いて来た。
(・・そう言えば・・そうだったわね・・)
「ミ、ミサトさん!!い、今、その!」
ペンペンが器用にタオルを首にかけてシンジの足元を通り過ぎ、そのままペンペンの個室となっている大型冷蔵庫に入った。
「・・・」
シンジの視線はその大型冷蔵庫に注がれている。
「ああ、彼が、もう一人の同居人で、温泉ペンギンのペンペン」
「・・・」
「ところでさ・・・前、隠したら?」
「あ・・」
真っ赤になって、シンジは引っ込んだ。
「・・・ふぅ・・・」
壊れたシンジ・・・世界をすべて拒否し、自分の世界に閉じ篭っているシンジ・・・絶対に見たくは無い・・・護らなければ行けない・・・
缶ビールが空になった。
そして、次に手を伸ばそうとしてふと気づいて止めた。
「・・・酔っちゃうと拙いわね・・」
酔っ払って機密や秘密を喋ってしまったら・・・・結果は見えている。


夜、シンジの部屋の前に立った。
一言声をかけておこう、
そっと襖を開く、シンジは狸寝入りをしている。
「・・シンジ君、貴方は正しい事をしたの、自信を持って良いわ・・・今夜はそれだけ、それじゃあ、おやすみなさい・・」
静かに襖を閉めて、自分の部屋に戻った。
色々と疲れた。ゆっくりと休息を取る事にしよう。


翌日、シンジを連れてネルフ本部の作戦部にやって来た。
「彼が私の補佐をしてくれている日向君、発令所のオペレーターの一人でもあるわ」
「シンジ君、宜しくな」
「あ、はい、宜しくお願いします。」
その後、各部署を巡りシンジに色々と紹介した。


今はシンジはリツコとマヤの方に任せて、作戦部の会議室で次の使徒に関する作戦案を練っていた。
ミサトの作戦原案を元に具体的な所を詰めているところである。
「作戦ポイントの候補は、この4箇所ですね。」
スクリーン上の第3新東京市の地図上に4つの点が表示された。
「ふむ・・・行けるわね、」
これらの地点に向けて火力を集中させる。
そして、その時点で最も誘導しやすい地点に誘導し、ATフィールドを中和し一斉砲火で殲滅する。
「特に意見は無い?」
一通り見まわすが特には内容である。
「良し、訓練の内容を練って」
「はい」


翌日、
「ミサトさん、朝ですよ」
シンジに起こされた。
「あ〜、おはよ〜」
「はい、おはよう、ございます・・」
シンジは顔を赤くして少し顔を背けている。
「ん?」
気付くと、いつもの寝相で凄いポーズを取っていた。
(あちゃ〜)
「あ、あの朝御飯できてますから」
「ありがとね」
そして、シンジが部屋を出て行った後、適当に服を掴んで着込んで台所に向かう。
シンジの作った朝食、家族ごっこが崩壊した頃からは殆ど食べていなかった気がする。
「美味しいわね」
本当にそう思う。
シンジは笑みを浮かべた。
そして、一通り家の事が終わると、ミサトの車でネルフ本部に向かった。


今、シュミレーションシステムで、作戦部が纏めた訓練案にしたがって訓練を行っている。
「・・どう?」
「初めてにしてはなかなかの出来だと思います。」
「・・そう、後、1回だけやって休憩にしましょう」
「それで良いかしら?」
『あ、はい』


訓練も終わり、ミサトは執務室で報告書を読んでいた。
「・・・ふむ、」
兵器の配備は順調に進んでいるようだ。
武装の変更も可能な物は行われている。
報告書を置く。
(今の所順調ね、このまま行けば、歴史を変えられる・・・そして、)
あんな物は見なくても済む・・・
ミサトはぎゅっと拳を握って、執務室を後にした。