復讐…

◆第拾八話

 シンジは今日も訓練にやってきていた。
 相変わらずレイラのことが気になって完全には集中しきれないが、今は少しでも訓練を積んでおきたい。ゼルエルと戦う上では少しでも可能性を上げたいし、こうしていることで強敵と戦う事への不安が少しでも和らぐようにと…だがしかし、ひょっとしたらこうやって訓練を来ることで、考えることから逃げようとしているのかも知れない…
 今尚シンジはレイのことから逃げている。そしてレイラのことからも今逃げようとしているのかも知れない…
 昼になり訓練を終えて更衣室に戻ってからシンジは大きな溜息をついた。
 結局逃げているだけなのだろう…そう結論づけた。結果が出るのが怖い…だから、確かめようとすることから逃げているだけなのだろう…
「…逃げてばっかりだな…」
 どこか虚しい響きを持った呟きが更衣室の中に響いた。


 一方のレイラは作戦部のミサトのところに顔を出していた。
「あら、どうしたの?」
「ええ、ちょっと作戦のことについて見せてもらえたらら嬉しいんですけど」
「ん?どうしてかしら?」
「やっぱり、シンジ君のことが心配で…少しでも自分が何かできる事があったらと思ったからなんです」
「ふぅん、そう。良いわよ、但し相手が相手だけに、ちょっと見るだけでも大変かも知れないわよ」


 レイラは作戦案が詰まったディスクを貰って、自分のパソコンでそれに目を通していた。
 ミサトが言ったとおり、物凄く膨大な量で、確かにこれを全部読むには一体どれだけの時間が必要なのかと言った感じである。
 しかし、それは、使徒がどのような能力を持って、どのような状態で現れるのか分からないからであり、今後も夢に出てきたとおりの使徒が現れるとしたらその範囲はぐっと絞られる。
 特に専門的な知識があるわけではない、しかし、何かを見つけることができれば…と思いながら、関係がありそうな作戦案を読み始めた。

 
 やはりレイラを前にすると…あのことを考えないと言うことはできない。だから、レイラに対する反応の一つ一つがどこかぎこちない物となってしまう。
 その事で何があったのではないかとレイラが心配し始めている…その事は勿論シンジの意図するところではない。
 こんな状態は早く何とかしたい…と風呂に入りながら一つ大きく溜息をついた。
 しかしそれは……結局この状態からも逃げ出したいと言うことなのかも知れない。しかし、その逃げる先からも逃げたい…そんな風に次々に逃げて行ったとしたら、どうなってしまうのだろう?
 逃げて逃げてそしてその行き着く先には何があると言うのだろう?
 何もかもから逃げていたのでは、結局前と本質的には何も変わっていないのではないだろうか?変えるために戻ってきたのだ。逃げるのではなく、立ち向かわなければならない。
 立ち向かわなければならない……しかし、そうは言っても一体どの事に?
 そう…例えば、レイラがレイであるのかないかと言うことをはっきりさせる。今の状況を作っている原因となること、その事に立ち向かうとしたら、一体どうやって立ち向かったらいいのだろうか?
 どうすれば、それを確かめることができるのだろうか?…結局シンジは何も分かっていないのだ。
 深い溜息が漏れた。
 

 レイラがレイだからそんな夢を見ると言うのが最も単純で、しかもしっくりくる答えなのではあるが、逆に言えば何らかの他の理由でそんな夢を見ているとしたら、レイしか知らないはずの事を知っているから、レイである等と言った事は言えなくなってしまうのかも知れない。そもそも、知るはずのないことを夢で見ているのだから…
 つまりレイラに何を聞いたとしても、それだけでは何も確証は得られないと言うことなのかも知れない。
「……どうすれば良いんだろう?」
 確かめたい…しかし、確かめようがない…一体どうやって確かめたらいいのであろうか?
 逆に…レイラがレイであると確かめられると言うことはどう言うことなのだろうか?…レイラ=レイであると言うことが分かると言うことは…
 極端な話、シンジがレイラ=レイだと確信したとしても、レイラ自身が自分がレイであると認識していなければ…丁度、レイの時と同じように、どこか解離した物になってしまうのではないだろうか?
 そうすると、レイラが自分がレイだと思わなければ…夢の内容が自分の過去の記憶だと思わなければ結局のところは同じだと言うことなのだろうか?つまり、そう言った意識をレイラが持てないとしたら、レイラがレイであってもレイでなくても同じと言うことなのだろうか…だからといって、具体的にどうしたらいいのかは思いつかない…


「シンジ君、明日暇?」
「え?」
 夕飯の席で、レイラがそう言った質問をぶつけてきた…多分、明日シンジをどこかへ誘おうと言うことなのだろう。
 しかし、もうゼルエルの襲来は直前であるはず…それに、今はずっとレイラと一緒にいるというのは勘弁して貰いたい。
「えっと…う〜ん、嬉しいけど、ちょっと…」
「あ、そうなの…」
 明らかに残念がっているのが良くわかる。
「えと、そのさ…レイラさんの夢がその通りになったらもうすぐ凄く強い使徒が来るんでしょ」
「あ、ええ」
「もしその通りになるんだとしたら、ちゃんと備えて置いた方が良いよね。だから、今、毎日訓練をしてるんだ」
「あ、そうだったの」
「うん。小さな事かも知れないけど、そうしておけば夢の通りになってもちゃんと対応できるかも知れないし、逆に夢が外れたって、訓練をしてマイナスになるって事はないしね」
「そうね」
 言葉には嘘が混じっている。それは外れることはない、これから確実に起こることだと分かっていながら言っている。しかし、レイラはその言葉で納得したようである。
「そう言えば、まだあの夢って見てるの?」
「ええ、昨日も見たわ…確か、渚って言ったわね…新しいチルドレンが出てきたわ。何かとても長い夢を毎日少しずつ見ている感じなのかもしれないかもね」
 渚カヲル…理由は置いて置いてもレイラはシンジが経験してきた歴史を夢で見ているのは間違いない以上、その夢ももうすぐ終わりに近付いているのかも知れない。
「でも、シンジ君が言うように、夢が未来の姿であってもなかっても、そんな酷い未来にならないように頑張ればいいだけよね」
「うん、」


 レイラの夢はもう終わりが近付いてきている…その夢は歴史の夢…但し、その歴史は途中で終わっている以上その夢にも必ず終わりがある。その夢の終わりとは一体どのような物なのだろう?
 シンジの推測があっているとしたら、その夢の終わりは何らかの方法で時間を遡ると言うところだと思うが、もし、そうだとして、その夢の終わりをレイラが見たとしたらどうなるのか…
 それが自分の過去の記憶だと思うようなことはあるのだろうか?今、それを自分の消えている記憶なのではないかと思っていないようである以上、そう言う可能性は低いように思える…
 そうであれば例えレイラ=レイであっても、ただ待っていれば自然にレイラがそれに気付くという可能性は低い気がする。良くできた夢だと思うだけで終わってしまう気がする。
 やはり、シンジが行動を起こさなくては行けない…しかし、どういう行動を起こせばいいのか…そこでいつも考えは止まってしまう。
 レイラ=レイであれば確実に分かるような方法はないものだろうか…そう言った物があれば、それで違えば、やはりレイラ=レイではなかったと分かるのだが…その方法はシンジには思いつかない…
 もう、随分レイラ=レイではないかという思いが強くなっている。やはり等とは考えているが、違ったら…また同じような思いをしてしまうだろうなと、苦笑してしまった。
 だが、一端こうなった以上はもう戻れない…別にレイラがレイでないと分かったとしても、それはレイラ自身がシンジにとって大切な家族であると言うことは変わりない。その事で別に何かを失うと言う物でもないのだ。


 そしてその後も考えに考えたのだが…シンジにはこうすれば必ず確かめられると言うような確実な物は何も思いつかなかった。
 だが、その一方で全てをレイラに話してみてはどうだろうかとは思った。
 自分が使徒としての力も使って時間を遡ってきたこと…レイラが見ているのは実際にシンジが体験してきた歴史と一致していると言うこと…そう言ったことを話してみてはどうだろうかと言うことである。
 そうすれば、ひょっとしたら自分も…と思うのではないだろうか?いや思うだろう。しかしその事で、自分がレイであったと言う風に思うかどうかまでは分からないが…本当はレイであってもそうは思わないかも知れないし、逆に、本当はレイでなくても条件が揃っているから勘違いをしてしまうかも知れない。
 確実な方法とは言えない。しかし…これが、シンジが思いついた中では精一杯のことであった。これ以上のことはシンジには思いつかないし、できないと思う。
 そして、もし思惑通りに行かなかったとしても、家族に自分の秘密を打ち明けただけ…大切な家族であるレイラになら、全部をうち明けても良いのではないかと思う。
 今までずっと秘密にして、誤魔化してきた。それは身の安全と計画の妨害、そして奴らに復讐するためである。
 どちらであったとしても、レイラなら最初の二つには協力してくれるだろう。復讐については…レイラは反対する気がする。止めようとするだろう…しかし、これは譲ることができないことなのだ。辛い思いもすることになると思うが、それでも全体的には良い方向になると思う。
 方法が決まったのなら、更に効果を強める方法はないだろうかとその方法について考え始める。
 …例えば、レイにとって印象が強かったことを同時に思い出せるとかはどうであろう?それは、シンジが知っている範囲では、自爆とかそう言った嫌な方面の事と補完計画関係を除けば、やはりヤシマ作戦の時のことだろうか、何となくそんな気がする。
 ヤシマ作戦の後の事…適当な理由をつけてレイラをあの時の場所、双子山に誘い出してみようか?
 一度決めた後はそれなりに早かった…どのようにして話を運ぶかと言うことを考えていく…


 空に月が浮かぶ中、道路灯がまばらにしかない道で車を飛ばしていた。
 今朝、唐突にシンジから話したいことがあるから、来て欲しい場所があると言われた。
 最初はひょっとしたら告白なんて事は…等と妄想を炸裂させてしまったが、その指定された場所を考えてみれば、そう言った場所ではない。
 その場所は双子山…ヤシマ作戦が行われた場所である。
「そんな場所でいったいどんな話があるの?」
 どんな話なのか想像はつかない。
 早く答えを知りたいという気持ちからか、自然と速度が速くなる。
 

 車で行ける場所まで行って、後は車を降り徒歩で山道を登っていく。
 空に浮かんでいる月は満月で月の光が辺りを淡く照らし出しているため、今は懐中電灯をつけているがこれが無くても十分に歩けるかも知れない。
 暫くして、少し広がったところに出た。ヤシマ作戦の関係で、大急ぎで拡げられたところなのかも知れない。
 やがて、シンジが待っている場所にたどり着いた。
 シンジは原っぱの中程に立って空に浮かぶ月に視線を向けている。
「来てくれたんだね」
「ええ、」
 シンジの隣に並ぶ…シンジは月を見たまま視線の向きを変えずに声を発した。
「ここ、ヤシマ作戦の時にエヴァがいた場所の辺りなんだ」
「そうなの…」
 辺りは背の余り高くない草が生い茂っている…今は特変わった場所という風にも思わないが、よく調べれば、ヤシマ作戦の時の痕跡は見付かるかも知れない。
「それで…ここに呼んだ話なんだけど…夢みたいな話なんだけど、聞いてもらえるかな?」
 視線をレイラの目に移し、まっすぐと見つめながら尋ねてくる。何を話すつもりなのかは分からないが、間違いなく真剣で大切な話であろう。
「勿論よ、」
 シンジは一つゆっくりと息を吸いそして吐いた。
「…まずは、レイラさんが見てる夢だけど…その内容、完全にでたらめって訳じゃないと思うよ」
「…どう言うこと?」
 言葉の意味が分からず少しの戸惑いを帯びた声で聞き返す。
「今日も見たんだよね」
「…ええ、」
「多分その内容って、フィフスチルドレン渚カヲルの正体は、使徒だったって言う話じゃない?」
 その通り…今シンジが言った通りの内容が、夢に出てきた。何故シンジがその夢の内容を言い当てることができたのだろう?ただの偶然と言うには…シンジの言葉は自信を伴っている気がする…
「それで、弐号機を乗っ取り、一緒にターミナルドグマに侵攻、初号機が単独でそれを追撃…」
 その内容はそのまま夢に出てきた…最も、その現場を見ていたわけではないが、間違いなくその情報が伝わってきた。
「ターミナルドグマ最深層に到達されるけれど、インパクトは発生しなかった。それは、あそこにいたのはアダムではなくリリスだったから…」
「……最終的に、タブリスは初号機によって殲滅される」
 そしてそれも夢に出てきた内容である。しかし物凄く言いづらそうにその言葉を言ったのは何故だろう?
「…未だ続きがあるけど…?」
 どうする?と言った視線を投げかけてくる…今朝の夢は丁度その辺りまでであった。それ以上続けられてもそれを今評価することはできない…軽く首を振って、そこまでで打ちきる。
「…どうして、夢の内容が分かるの?」
「…僕ね、一回、一通り、使徒戦を全部経験しているんだ」
「え?」
 シンジが言っている言葉の意味が良くわからない。
「ゼルエルのジオフロント侵入その時に片腕の零号機がNN爆弾抱えて特攻したり、」
 ゼルエルというのがあの使徒だとしたらそれも夢で見た内容…しかし、その事はシンジには話してない。その内容をシンジが今語っている。
「僕が初号機に取り込まれちゃったり」
「弐号機がアラエルに精神攻撃を仕掛けられて、零号機がロンギヌスの槍で殲滅したのもそう」
「アルミサエルに生体融合を仕掛けられた零号機を救うために弐号機が起動しなかったから、僕が初号機で助けに行ったけれど、上手く行かなくて……逆に僕を守るために綾波が自爆したのもそう……」
 シンジには話さなかった部分、それを含めてシンジに話したよりも詳しく話してくる。夢で見た内容をピタリと…驚き、戸惑いそう言った類のことがレイラの中で渦巻く…
「フィフスチルドレンとしてカヲルくんがゼーレからネルフに送り込まれたのもそう…」
「更に言えば…ダミープラグに操縦を奪われた初号機が参号機を徹底的に破壊したのも、」
 シンジは今度は順に語る内容を遡らせていく…そして、その内容はヤシマ作戦の話まで戻っていった。
「丁度、ここで、プラグに閉じ込められた綾波を助け出したり…全部、僕が実際に経験してきたことだよ」
 シンジは何を言っているのだろうか?レイラが見た夢の一つ一つを、話した以上により詳しく…いや、夢で見た以上に詳しく知っている…しかしそれは、適当にらしいことを言っていると言う感じではない。
 シンジが、レイラの夢の内容をレイラが見る以上に詳しく知っていると言うことは分かった。だが…何故?
「…どうして?」
「さっきも言ったじゃない…僕は一通り、使徒戦を全部経験しているって」
「……どういう意味?」
「……僕は、全てが終わった後、時間を遡ったんだ」
「…遡った?」
「最後はとんでもない結果になった…だからそんな歴史を変えるために、全てが終わった後から、サキエル…第参使徒が来る前に戻ったんだ」
「………」
 シンジが時間を遡った?タイムスリップをしたというのだろうか?だから、レイラが見ている夢が全て分かる?…タイムスリップをする前にもレイラから夢の話をされた?…それはない。そもそもそう言った話をしていたのではない。…夢に出てきたことを実際に体験してきた。だからレイラが夢で見る以上に詳しく知っているそう言っているのだ。
 タイムスリップをするなどと言ったことはできるはずがないのだ…しかし、仮にタイムスリップをしたとしても、どうして今レイラが夢で見ている事を実際に経験することができたというのだろう?
「シンジ君、何を言っているの?それに…時間を遡るなんて…」
 言っている言葉の意味するところがわからない。
「そうだね…普通は時間を遡るなんて事できやしない…でも、普通じゃなければできないこともないんだよ」
「……」
「僕がこの手でカヲル君を握りつぶした後の事を話すよ…」
 軽く震える手をじっと見つめながら、その言葉を口にした。シンジが話そうとしている続き…それはレイラがこれから夢で見るのではないかという内容になるのだろうか?
「カヲル君は友達だったんだ。友達も家族もみんな失っちゃったも同然になった時にカヲル君は現れた。だから僕はカヲル君と直ぐに親しくなった…なのに、僕のこの手で、カヲル君の命を奪わなければいけないようになって、そして奪った…」
「もう、何もかもどうでも良くなったんだ。何をしてもただ苦しむだけ…だったらいっそ何もしなければいい。何もかもから逃げ出してしまえばいい…そんな風にね…」
「…それなのに、そんな時に戦自がネルフに攻め込んできたんだ。だから葛城さんは僕をエヴァに乗せようって、そんな状態でも何でも良いから乗せようってね…」
 軽く冷笑を浮かべながら淡々と話している…シンジは何を笑っているのだろうか?
「結局エヴァに乗って、又戦いに出たよ…でも、戦いじゃなくて別の物に引きずり出されたんだ」
「補完計画…名前くらいは聞いたことあるんじゃないかな?」
 人類補完計画…ネルフの上位組織の人類補完委員会が進めている計画…その詳細は知らないが確かに聞いたことはある。そして、夢の中でもその言葉は何度も出てきた。
「その計画はね。ゼーレの老人達が人類をみんな一纏めにしちゃおうって企てた、とんでもなく巫山戯た計画なんだよ…」
 一体どんな計画だというのだろうか?人類をみんな一纏めになどと…
「実は、人類自身使徒の一種第拾八使徒リリンなんだよ…だから、その計画って言うのは、本来の人の姿のリリンに戻って人の手でインパクトを起こすってものなんだ。誰もそんなことは望んでないのにね」
 シンジはそのばかげた計画を鼻で笑う…だが、その荒唐無稽にしか思えない計画が…夢物語のようなシンジの話している内容は何故か本当のような気がする。シンジが自信を持って事実だと言う言い方で言っているからなのだろうか?
「僕はその計画のコアにされたんだ。人を一纏めにしようって計画だからだろうけど、計画の中で本当にいろんな物を見せられたよ…人の暗部って奴なのかな?みんな表面上はどう振る舞っていても、心の中ではどんな風に思っているかって」
「……シンジ君…」
「……補完計画は結局失敗した。僕がそんなものはもう見たくない、そう思ったからだと思ってるけれどね」
「でも、ただ失敗したってだけじゃ終わらなかった…補完計画のせいで、僕はリリン本来の力…使徒としての力に目覚めることになったんだ」
「補完計画が不発した世界は…時間が意味を持たなくなった。逆に言えばどんな世界とも繋がっているんだ。だから、その力を使って戻ってきたんだ。あんな未来にしないために…そして、僕を酷い目に遭わせた奴らに復讐するために…」
 その黒い想いが籠もった言葉からも、シンジの話は到底嘘には思えない…実際に、そう言ったことが起こったとしか…だが、どれだけそう思えたところで、その話している内容が、荒唐無稽な話であることには変わりない。
「でも…こんな事言っても、直ぐには信じられないかも知れないね…だから、」
 シンジの回りに紅い光の壁が現れる。
「……これは?」
「ATフィールドだよ、使徒としての力の一つ…これで、あの停電の時も銃弾を弾いたんだ」 
「……手品じゃ…無い…」
 紅い光の壁をさわってみた。初めて触れる感触だが…とても堅いような気がする。
 これがATフィールドだと言うことは、シンジは使徒の力を持っている…つまり、シンジは実際に過去に戻ってきた…その前の歴史は、シンジが言っていた内容、つまりレイラが見ていた夢の世界……?
 それが、どうしてレイラの見る夢の世界になるのだろうか?
 逆に言えばレイラが見ているのはシンジが実際に体験してきた歴史の内容だとすると…どうして、そんな夢を見ると言うのか…その事を考えるとふと一つの答えが思い浮かんだ。
 シンジは時間を遡ってきたと言ったが、もしも自分もシンジと同じように遡ってきたとしたら?……見ている夢がもし、自分の消失している過去の記憶だったとしたら?レイラは綾波レイ自身だったとでも言うのだろうか?…そう言った事を、今シンジはレイラに向かって言っているのだろうか…
「丁度この場所で、綾波に…今、僕たちにはエヴァに乗ること以外何もないかも知れないけど」
「でも…生きてさえいればいつか必ず、生きてて良かったって思う時がきっとあるよ」
「そんな風に言ったっけ…あの時も、今みたいに、月が綺麗だったっな……」
 シンジの言葉…どこかで聞いたことがある…どこかで…


 碇君に肩を借りながら、プラグのハッチから外へと出た。
 空の満月が辺りを照らしている…足元はプラグから流れ出したLCLで濡れていて、未だ湯気のような物がすこし立ち上っている。
 プラグの中が加熱された結果の高温のLCL…碇君が助けてくれなければ、私は3人目になっていたかも知れない。
「…綾波…」
 声を掛けられ首を碇君の方に動かす。碇君は、視線を上に向けている。その視線の先には…月がある。月を身ながら何を考えているのだろう?
「今、僕たちにはエヴァに乗ること以外何もないかも知れないけど…」
「でも…生きてさえいればいつか必ず、生きてて良かったって思う時がきっとあるよ」
 碇君の言葉が胸に深く響く…私は虚無への回帰を願っている…でも、碇君はまるで逆のことを言っている。生きていればいつか生きていて良かったと思うときがある…本当にそうなの?
 …生きる…救助が来るまでその事を碇君と一緒に月に目を向けながら考えていた。


 そう、その言葉は本当だったと思う。
 色々なことはあった。だけれど生きていて…生きていたからこそ良い思いもした。


 缶詰と水が入ったペットボトルを両手に抱えて二人の元に向かって砂浜を歩く。
 サードインパクトは発生したが、次の段階に当たる補完計画は失敗した。
 二人は未だ目を覚ましていないが、目を覚ましたら、これからどうするのか話し合ってみよう。この世界でどういう風に生きていくのか…
 突然、碇君達がいる方から何かとても嫌な感情が流れ込んできた…これは…碇君?碇君の感情?
 この感情を表すべき言葉を私は持っていない…けれど、これはとても嫌な感情…それだけは分かった。
 自然に抱えていた物を放りだして砂浜を走っていた…
 二人の姿が目に入った…碇君が砂浜に横たわっている弐号機パイロットの傍に立って…右手にATフィールドを発生させて槍の形状にした。
「死ね」
 ただ、驚くだけで何もできなかった…何も…
 ATフィールドに貫かれた胸から血が噴出して白い砂浜を赤く染めていく…命の炎が消えていく…
「いかり…くん…」
「………くくく、あはは、くくく、あはは、はっはっはは!!」
「あれだけ僕を散々に貶し蔑んで来たアスカだって、結局はこんなに簡単に死んじゃうんだよ!」
「もう、こんな死の世界に用は無いや、」
 頭の中が真っ白になったみたいで、何も考えられなかった…
 やっと頭の中が晴れ上がって来たとき…碇君の魂は既に過去の世界へと飛んでいた。
 何もできなかったその無力感と碇君が弐号機パイロットをその手で殺めたという事への恐怖が襲いかかってくる。
「…どうして?」
 空間に残っていた碇君の思念を読みとる…
 碇君が補完計画の中で見たもの……碇君は一面しか見なかった…ただ一面を見ただけで全て決めてしまった。私が見たものよりもずっと少ない…だから……
 …碇君が変わってしまう…今、弐号機パイロットにしたように…碇司令や赤木博士、葛城3佐を……そんなのは嫌。
「止めなくちゃ…」
 碇君は過去へと飛んだ。だから、私も碇君を追って過去に飛ぶ…
 リリスの力を解放し時の扉を開く……

(私は…綾波レイだった?)
(私がレイ…私が?)
 様々な光景が物凄い勢いで脳裏に映し出される…膨大な量の記憶という情報が意識の中に流れ込んでくる…せき止められていた記憶が一気に…
 レイラの様子が突然変化した…頭を抱えてうめき声のような声を上げ始める。
「レイラさん!?」
「ああ…あぁ…」
 肩を揺するが…それに対する反応はしない。
「な、何が…」
「うううぅ…」
「レイラさん!!」
「……碇君?シンジ君?」
 シンジの名を口にしたのを最後にレイラは力を失いシンジに向かって倒れ込んできた…レイラの体を慌てて支え抱える。
「……レイラさん?」
 レイラは意識を失ってしまっているようで、ぐったりとしたまま反応はない…
 いったいどうしてしまったと言うのだろうか?
 レイラがレイだったというのは間違いない…さっき、シンジの名を呼ぶときに、碇君?とも言っていたと言うこともあるが、やはり、レイと全く無関係であったならば、どんな反応をするかは置いて置いてもここまで大きな反応を示すことはないはず…やはり、そうなのだろう…
 だが、シンジの中でもこんな反応を示すだなんて全く思っていなかった。思い出せるのか思い出せないのか…いずれにしてももっとすんなり行くと思っていた。
 レイラは大丈夫なのだろうか?
 しかし…誰かに診せるわけにもいかない…


 レイラを抱えて帰宅しベッドに寝かせた後、自分の部屋にもどり大きな溜息をついた。
「なんで、こんな事になっちゃったんだろ…」
 こんな事になるなんて全く思っていなかった。考えが足りなかったのだろうか…
 レイラはあの時…苦しんでいた。レイラとレイが同一人物であると言うことを確かめられた。今日の行動の目的は確かに達成できた。しかし……今シンジが感じているのは後悔であった。
 そして、これからどうなってしまうのだろうか?まだ、これで、どちらに転ぶにしてもすんなりと行けばいい…だが、そうならなかった場合は…?
 うずくまり頭を抱えるシンジを朝が近付き徐々に明るくなり始めた世界の光が照らしていた。