復讐…

◆第拾参話

 又、あの夢を見た。
 順番に時間が過ぎているようで…宇宙から落ちてきた使徒の事、槍を上半身しかない白い巨人に突き立てていた事、実験中に訳も分からず地底湖に放り出された事…それは後で使徒の襲来でマギを乗っ取って大変だったという話を聞き、事情が分かった…他にも色々とあったが、びっくりしたのは…何かのカプセルに裸で入っていて、カプセルの外にはリツコや碇がいた事…それを見ながらレイラは又叫んでいたが何か変わるわけではなかった…
 そんな風にしてあれから毎日見る夢…しかも、日を重ねるたびに細切れだった一つ一つのシーンのような物が長く、はっきりとしていっている気がする。
「私ったら…」
 今日の夢はシンジと徐々に親しくなっていき、良い夢であった。つまりそれを望んでいると…軽く苦笑を浮かべる。夢だけじゃなくて現実でも頑張らないとと心を新たにした。
 暫くして朝食が届けられた。


 シンジは病室のドアを軽く叩いてから、病室に入った。
 レイラはやはりベッドの上にいて、シンジの姿を確認すると笑顔を浮かべた。
「おはよう」
「おはよう、レイラさん調子はどう?」
「ええ、良いわよ、もう退院も近いんじゃないかしら」
「それお医者さんが言ってたの?」
「…自己診断」
 ちょっとどこかばつが悪そうに恥ずかしげに言う。
「そうなんだ。まあ、専門家のお医者さんがいるんだからその意見を聞いた方が良いよ」
「そうね」
 その日、シンジが本部に行くまで、昨日以上にレイラは色々とシンジに頼み事をしてきたり、積極的に話しかけてきた。
 それはシンジにとって決して悪いことではないし、それに…その事に集中している間はレイへの事を考えずにすむので良いことでもあった。


 シンジは本部で実験を受けるために本部にやってきた。
 本来であれば停電を起こされたあの日に受けるテストであったのだが、当然あの日は実行不可能であったし、その後も色々とごたついていた為結局今日になってしまった。
 プラグスーツに着替えて更衣室を出る。
 通路で、レイといっしょになったが…やはり、どちらからも声をかけることは無かった。
 そしてそのまま実験用のプラグに入る。
『今日は普段よりも長くなるけれど、大事な実験だから、頑張ってね』
 特別な実験…今とは違うが確かあの時も特別な実験を行っている最中であった事を思い出したが…今受けるべき実験にとっては邪魔になるのでその考えを振り払った。


 昼を過ぎてシンジが本部に行った後、一人になってしまった。
 入院以来誰かがお見舞いにやってきていたが、それも一段落し今は誰もいない。
「あ、そうだ」
 ノートパソコンを持ってきてもらって、ネットに接続しファッション関係のHPを見て回る事にした。
 そう、退院したらそれを着ているところをシンジに見て貰うための服を買おうと言った動機で、
 画面に様々な服が表示されている。
 そこに表示されている服を自分が着てみたとき…それをシンジはどう思うだろうか?そんな事を考えながら見ていく…そして、気に入った服を買おうとしたのだが、その時突然回線が切れた。
「あれ?」
 色々とやってみたが…完全に切れているようで、外と接続が繋がっていない。
「…故障?」


 警報が鳴り響き、状況がわかると実験は即時中止された。
 シンジは様子を見るために着替えもせずに発令所にやって来た。既に発令所の中は大騒ぎになっている。
「どうなっているんですか?」
 この中では、唯一と言って言い忙しく無さそうなミサトに尋ねてみる。
「あ、ええ。使徒がセキュリティを担当してるコンピューターにハッキングをかけてるのよ…」
「…ねらいは何でしょうね?」
「さぁ…使徒にそれが何なのか分かってるかどうか分からないから何ともいえないわ」
「パスワードを操作中!!」
 マギに向けて次々に侵攻していく。コンピューターの世界でどんな激戦が繰り広げられているのかは分からないが、相当なものである事は分かる。様々な手を尽くされたが…結局メルキオールを乗っ取られた後バルタザールへの侵攻を遅らせる。それだけしかできなかった。
「これからどうするんですか?」
「相手が相手だから、エヴァ使っての殲滅は難しそうね…リツコの知恵に頼るしかないかしらね」
 ミサトは、うつむき小刻みに肩を震わせているリツコを横目で見ながら返した。


 この使徒相手にシンジができる事は何も無いため、随分長い時間の空白ができてしまった。あれ以来、この時々できる空白の時間を埋める方法を失ってしまった気がする。
「…病院に戻るかな?」
 エヴァを使う事は無いだろうが、直ぐに乗れる状況にしておかなければならない。直ぐに…というのが特に指定されていなかったが、病院は直ぐ乗れる場所だろうか?
「…流石にそれは違うか、」
 後々面倒な事にならないとも限らない、厄介事を抱え込まないためにも素直に本部内にいる事にした。これ以上厄介事を抱え込むのは正直ごめんである。
 

 食堂で軽い食事を取っていると…加持がトレイを持って近づいてきた。
「やあ、お互いこんな時間にとは奇遇だな」
 わざとらしいそのせりふに一つ溜息をつく。
 その、今直面している厄介な物の一つが向こうからやって来た。奇遇も何も、無いだろうがとは思うが…何か言う前にさっさと加持は反対側の席に座り、カツ丼に箸をつけ始めた。いっそのこと取調室でそれを食べたらどうだろうか等と思ってしまう。
「あ、そうそう、シンジ君…こんなものはいらないかな?」
 加持は一枚のパスカードを机の上に置いた。
 使用者の名前や写真などは貼られていないが…レベル6、ミサトなどがもつセキュリティーレベルよりも上のカードのようである。
「使った記録が一切残らない実に良いものだよ」
「…こんなところで、良いんですかね?」
 使徒の事と時間の事が重なって食堂はがらんとしており、少々大きな声で喋ってもそれを聞くような者はいないだろう。が、本部の中である。マギが目を…そう言えば、光らせようにも今はあの状態だった。
「マギがあれだからね」
「それでですか…で?」
「前に言ったのとあわせてこれが俺の出せる精一杯のカードかな。正直、君のような者には、どちらも結構欲しいものだと思うけれどね…果たして、君の秘密とつりあうかな?」
「…内容どうこうよりも、僕は貴方を信用してないんですよ、それが答えです」
 シンジは席を立つことにした。 


 食堂を出て通路を歩きながら、少し考えていた。
 今は、マギの目が死んでいる状況である。だから今なら何か少々無茶な行動を起こしても後に何も残らない。
 今後のことをずっと考えていくとどこかで補完計画を頓挫させるための行動を起こさなくてはいけなくなる。
 それが、碇やゼーレの思い通りに動かないと言う消極的な物で達成できるのか、何らかの積極的な行動を起こす必要があるのかは分からないが、何らかの行為を行っておいても、それをしたと言うことが分からなければ後々損になることはないだろう。
 補完計画に必要な物はここよりも下の層に集まっているはずである。
 記憶の中から、それらの物を探してみる。
 ターミナルドグマに存在するリリス・ロンギヌスの槍、セントラルドグマ最深層のダミープラントとその付属施設。思いつくのはこの3つ位か、…もう一つの核であるアダムは、最終的には碇の手にあったが、今の時点ではどこにあるのか分からず、今の時点ではどうすることもできない。
 この中で工作がしやすいのはダミープラント、既に完成していなければダミープラグの開発を遅らせる効果があると思われる。更にいっそのこと完全に破壊してしまえば、ひょっとしたら補完計画に大きなダメージが与えられるかも知れない。
 ダミープラグの初起動はバルディエル戦、歴史がそのままであれば、今の時点では完成はしていないはずだが、良くわからない。他にも何か考えてみる…機体相互実験や丁度イロウルが来たときの実験は行われてない。アレがどのくらいの効果を持っているかは分からないが、アレはダミープラグ関係のためだった気がする。
 ならば、未だ完成はしていないと考え、ダミープラントを破壊しようと下に向かっている途中、ミサトと出くわしてしまった。
 出会った瞬間思わず舌打ちしてしまう。
「シンジ君、エヴァに直ぐ乗れる場所で待機していてって言ったはずだけれど…どこへ行くのかしら?」
 とんでもなく厄介な物に出くわしてしまったものだと思う。折角マギの目が死んでいるというのに、人の目が死んでいない。最近ミサトには正直苦手意識を持ってしまっている。
 その後適当にごまかそうと試みたのだが失敗し、結局待機室に一緒に行かされることになった。
 連れて行かれる途中、何度か深い溜息をついていたため、ミサトが何かあったのかと聞いてきたが…それは適当にごまかした。
 

 シンジ達が到着したとき待機室にはレイとアスカの二人がいた。
 シンジは二人から離れた場所に座る。
「…サード、ファーストの隣じゃないわけ?」
 アスカの前では直接あからさま行動をとっていたわけではないが、二人の中に変化があったと言うことを噂ででも聞いたのか、ここでわざわざそんなこと言ってくる。
「アスカ、」
 ミサトが強めの口調でアスカの名を呼び釘をさすと、アスカはそう来るのが分かっていたのだろう少し大げさにやれやれと言ったジェスチャーで返した。
 一回のための事がとんでもなく長く尾を引いている。正直勘弁して欲しい…そう、何度思ったことだろう。それこそ、謝って済む問題なら謝ってしまいたいほどに…だが、そうは行かないだろう。かと言って直接何か手を下すのはもっと厄介なことを抱え込みかねず、限定的な反攻にとどめてただひたすら耐えるしかなかった。
 ミサトは一つ溜息をつく、
「今、リツコ達が頑張ってるわ、それだけで済めば幸いだけれど、そうとは限らない。そうなった時、貴方達の出番がやってくることになるかも知れないわ、それを考えて行動して、」
 主にアスカとシンジに向けていった言葉だろう。
 アスカは不満げだが、了解したようである。


 待機室では、シンジとレイ、アスカの3人がそれぞれ読書を続けていた。
 別に言葉が交わされるわけでも無し、ピリピリとした緊張が張りつめるわけでも無しであるが、まるで薄い膜でできた透明なカーテンが3人のいる場所をそれぞれ仕切っているように、どこか別個の空間にいるようであった。
 それが変化したのはモニターに示されていたマギのモデルの内二つが真っ赤に染まった瞬間だった。
 警報が鳴り響き、自立自爆が可決されたという内容の放送が流される。
 モデル図で、最後の正常なマギに赤い部分がどんどん広がっていく…それと同時に自爆までのカウントダウンが読み上げられている。
(…歴史通りに行ってくれよ)
 歴史通りならここはぎりぎりで間に合ったはずである。
 そして数秒後、その歴史通りに寸前で間に合い一気に形勢が反転した。
 放送で自立自爆が取り消されたことが流され、3者はそれぞれほっと安堵の息をもらした。


 ある意味前回以上の大混乱で、暫くは大きな実験もないだろう。ミサトの私見を知らされた後、シンジは一人で中央病院によっていた。
 時間的には夕食の時間を過ぎた辺りだったが、本部のごたごたに引っ張られでもしたのか、今、それぞれの病室に夕食を届けている最中であった。
 レイラの病室でも、ちょうどレイラが夕食を食べていた。
「あ、シンジ君、大変だったって聞いたけれど…どうだった?」
「技術部の人たちは随分いそがしそうだったけど、僕は待機ばっかりで暇だったよ」
 以前ならレイと一緒にいたであろうから暇と言うことはなかっただろうが、今はあんな状況である。
「そうだったの」
「うん、レイラさんの方は?病院の方には何かあった?」
「看護婦さんに聞いたところでは、特に大きな問題はなかったみたいよ、」
「そっか、」


 面会時間の終了ぎりぎりまで話をしていたが、その後シンジはマンションに戻ってきた。
 照明がついていない暗いリビングの電気をつける。
 溜息がでてしまう。この広い部屋で一人…色々とあったもののレイラという存在がいたから、あれだけの和むことができる生活を送ることができた…どこか淋しく感じさせられてしまう。
「…早く、退院できないかなぁ」
 一つ呟いた後、シンジはソファーにどっかりと腰を下ろした。
 ここのところ本当にいろんな意味で動きが激しい。今日のようなチャンスをふいにしてしまうようなことをしてしまうほど…肉体的には大した疲労はないが、精神的には随分疲れているのかも知れない。
 ならば、ゆっくりと休もう、シンジはベッドに直行することにした。こんな時であるし、楽しい夢でも見れると良いかな等と思いつつ、


 レイラは、シンジから聞いたことを考えていた。
 病院の者から聞いただけでは本部に何か大きな事があったと言うことしかわからなかったが、シンジによると、マギが使徒にハッキングされたらしい。それは、はっきりと見たわけではないが、夢に出て来た内容の一部にそっているのではないだろうか、前のヤシマ作戦の時と同じく、事前に夢で見た。
 また予知夢かなにかだったのだろうか?と言っても、聞いている限り全体的には同じ内容ではなく、一致しているのは、使徒にハッキングされたと言うことだけのようだから、そうではなさそうである。
「う〜ん…」
 単なる偶然として片付けるには…とも思うけれど、深くそれを突き詰めたところで何か得られるわけではないだろう。…やはり、何かの偶然が重なっただけ、そう考える事にした。