復讐…

◆第拾話

 今、シンクロテストを行っている。
 それぞれのシンクロ率は、同じ時期で考えれば、シンジは随分上、レイは少し上、アスカは余り変わらずと言った感じだろうか、
 もうすぐサハクィエルが襲来する。今回は能力的には十分なはずだが、不安要素は色々とある。同じ場所に落ちてきてくれるのか、同じ作戦が展開されるのか等色々とあるが、それ以上に厄介になりかねないのがアスカの問題である。
(今更後悔しても遅いなぁ…)
 ホントにやり直すことができるならやり直したいくらいだが、そうも行かない。
 この事を考えると思わず溜息が出てしまう。
『テスト終了よ、御苦労様』
 時間的にもちょうど良いし、この後レイを誘って職員食堂で夕食を食べようか等と考えながらシミュレーションプラグを出た。


 女子更衣室から少し離れたところでレイが出てくるのを待っているとアスカの方が先に出てきた。
「ファーストを待ってるわけ?」
 さて、いったいどう絡んでくるのやら…もう毎度のことに成りつつある。前回は、色々とやらされたりはしても絡んでくるようなことはなかったのに…
「それがどうかしたのかな?」
「ふん、全く、戦場にそんな下心持ち込んで」
「…加持1尉とのことは良いのか?」
「なっ!だ、誰に聞いたのよ!!」
 加持のことを持ち出して、そう言えば今回加持と殆ど会っていないと言うことを思い出す。確か、顔見せの時とあとは僅か、まともに話したことがない気もする。正確から絶対に首を突っ込みたくなると思うのだが…どう言うことなのだろう?
「別に…誰って訳でもないさ、噂って言葉知っているか」
「むむむ…」
「まあ、この話はあんまり話さない方が良いな、」
「ふん」
 アスカが去っていってから、少ししてレイが出てくる。
「何かあったの?」
「別にいつものことだよ…それより、食堂に行かない?」


 食堂でメニューを見ていると新メニューとして野菜ピラフが追加されていた事に気付く。写真を見てみるかぎりレイラが作った物と具材も同じだしそっくりである。
「あれ?このピラフ」
「碇副司令に話したら増やしてくれたの」
「…そうなんだ」
 レイの言う事なら簡単に聞くのか…腹が立つ。
 しかし、味が気になるという結果、3分後には、レイだけでなくシンジの前にも野菜ピラフがあった。
 食べてみると、かなり美味しい。作り手の腕の差か設備や調理器具の差かは分からないが、純粋に味だけならばレイラの物よりも美味しいかも知れない。
 でも、気分的には自分のために作るという意味合いが含まれるレイラの料理の方が良い気がする。その事を考えてレイはどうだろうかと言うことが気になって、それを聞くことにした。
「綾波は、僕のとレイラさんのとこれ、どれが一番好き?」
 レイはスプーンを加えたまま考えて、それを口から取り出して答えた。
「…レイラさんが作ったもの」
「…そうなんだ」
 ちょっとがっくりしてしまった。レイのために作ったシンジの物が一番と言ってくれるとやっぱり嬉しかったのだが…これは腕の違いか、最近レイの部屋でちょくちょく作っている物の、やはり家では殆どレイラが作っているし、これからは積極的に自分で作るようにしようか等と考えていた。


 夜、シンジが作った夕食がテーブルの上に並んでいた。
「何かあったの?」
「食堂の新メニューに野菜ピラフが増えてたでしょ」
「ええ、あれって食堂のおばさんが作り方を聞きに来たの」
「やっぱり…まあ、頼んだんだけど…それで、綾波に、食堂のピラフとレイラさんが作ったのと、僕が作ったのどれが一番すきかって聞いたら、レイラさんのだった言われて…」
「ふふ、それで自分のが一番って言ってもらえるように頑張ろうって事なのね」
「ま、まあ…」
 お茶を飲んで明言は避ける。
「がんばってね、いろんな意味で楽しみにしてるわ」
 レイラは綺麗な笑顔を浮かべてシンジを応援してくれた。


 それから毎日のようにシンジが食事を作り、又同時に色々と美味しい料理を作る為に本を買ったり練習や研究をしたりもしていた。
 勿論、レイの部屋にもちょくちょく行って料理を作ってレイに御馳走したり、他にも色々としていた。そんな中時々であるが…レイが複雑そうな表情をする事があった。それが、最近少し多くなってきている気がする。
 シンジにはその表情の意味が分からず、シンジ自身もどこかもやもやとした物を感じてしまうことがあった。
 そして、今日もシンジはレイの部屋にやってきて、特製のオムライスを作っていた。
 これを作るのにかなり勉強したし、練習もした。だから絶対に美味しいはず。それだけの物にしたと言う自信がある。
 やがて特製のソースがかけられたオムライスがサラダなどとともにテーブルの上に並んだ。
 レイはオムライスをスプーンで器用に切ってすくって口に入れる。
「どうかな?」
「…美味しいわ」
「良かった、これ綾波に喜んでもらえるようにって頑張ったんだよ、いや、ホントそう言って貰って頑張ったかいがあったよ、さ、どんどん食べて」
 嬉しさを素直に言葉にして、シンジも食べ始めたのだが…レイはスプーンの動きを止めたまま食べようとしていなかった。
「……どうしたの?」
「…碇君、碇君は私に誰を見ているの?」
 一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 イカリクンハワタシニダレヲミテイルノ?
 その言葉を理解するのに要した時間はどれほどだったのか、数秒だったのか数分だったのか…それは分からないが、その言葉の意味を理解したとき、シンジはまるでハンマーで頭をぶん殴られたかのような衝撃を受けた。
 何か、何か言葉を発しようとするのだが…口がパクパクと開くだけで声が出ない。発すべき言葉がまるで分からないから…
「あ、綾波…な、何を言っているんだよ…」
 どれだけ経ったのか、漸くパニックから回復したシンジが口にした言葉はそれだった。
「…碇君は碇副司令と同じで私に誰かを見ている。そして、私を見てない」
「や、奴なんかとは違う!!」
「何も違わないわ…貴方が見ているのは誰?」 
 シンジがレイに誰かを見ている。もしそれが本当だとしたら…それは綾波レイ、レイ自身でしかありえないではないか…だが、レイはそれは自分ではない誰か他人だと言う、そして、自分を見ていないと……
 自分は今目の前にいるレイを見ていないのか?目の前にいるレイを通して、かつて想いを寄せていたレイを見ているだけなのだろうか?……答えは、目の前にいるレイがそう断じている。


「……僕が、見ているのは綾波だよ…」
 どれだけ経ってからなのか、漸くその言葉を口にした。この答えは、レイが最も望まない答えかも知れない。さっき綾波のために、と言う言葉に反応したのだったから…そう、最近の複雑そうな表情も同じだったのだ。だが、その事が分かっていても、シンジにはそれ以外の言葉を言うことはできなかった。まるで溜息をつくかのようにしてその言葉を吐き出した。
「……そう、」
 シンジからの回答を聞いた後、レイは短く一言だけ言い、無言でオムライスを食べ始めた。
 それからシンジが帰っていくまでお互い一言も喋ることはなかった。


「シンジ君、気分が悪いなら薬飲む?」
「…いいです。今日はもう寝ます」
「……そう」
 今日シンジは帰ってくるなり部屋に閉じこもってしまった。いったい何があったのだろうか?
 レイラはシンジの部屋のドアを閉めた後、一つ大きく息を吐いた。
 レイと何かあったとでも言うのだろうか?あの二人が喧嘩をしたりするところなど想像できないし、そもそも二人は単に表面上だけでなく性格的にも実に良い二人だったと思ったのだけれど…
 そう、そう言った二人だったのだ。何があったのかは分からないが、直ぐに仲直りするに違いない。ならば、特に介入しないようにそっとしておくのが一番…自然に任せておくだけで良い二人なのだから。そう結論付け自分の部屋に戻ることにした。


 次の日の朝…シンジは心ここにあらずと言うような感じであった。
 一晩経ってもこの状態…いったい何があったのかは分からないままであるが、よほどのことがあったと言うことだけは分かり、シンジのことが心配になったレイラは学校に連絡を入れた後、本部にも連絡を入れ仕事を休み、今日一日付き添っていることにした。
 その効果があったのか、なかったのか、夜には元気はないものの一緒に夕食を取るようになった。
 シンジはゆっくりと箸で御飯を口に運んでいる。何かレイラが声を掛けても、本当に素っ気ない返事が返ってくるだけである。
 それでも今朝よりは幾分マシ、今朝は食べようともしなかったのだから…
 今の状態のシンジに何かを尋ねても無駄であろう…今は、シンジが落ち着いてくれるのを待つしかない。


 レイラはシンジのことを随分心配していたが、それでもシンジは翌朝には随分回復していた。
 ただ…涙の跡らしきものを見つけることにもなった。
 自分の部屋で涙しながらいったい何を考えていたのだろうか…
「…シンジ君、おはよう」
「…うん、おはよう」
 ちゃんと受け答えしてくれるようになった。
 その後、食事をしながら色々と話を…何があったのかという話には触れずに…している内にだんだん元気を取り戻してきたようでレイラはほっと胸を撫で下ろした。
 この分なら大丈夫だろうと


 そして、この日は外せないテストがあると言うことで、レイラはシンジを連れて本部にやってきた。
 シンジと話をしながら通路を歩いていたのだが…途中でそれまでの雰囲気が一変した。少し前にレイが立っていた。向こうから歩いてきて、少し手前で立ち止まったようである。
「おはよう」
「…おはようございます」
 レイラはレイに声を掛けたのだが、シンジはレイに声を掛けない…レイもシンジに声を掛けない。その事についてちょっと考えている間に二人はそれぞれの方向に歩いていき、言葉を掛けること無しにすれ違った。
 一つ息を付いてからレイラはシンジを追い掛けた。


 今日のテストはシンジのことが心配だったのでレイラも立ち会っている。
「シンジ君、だいぶ調子悪そうですけど…どうですか?」
「…そうね、確かに、相当悪い結果ね…シンクロ率もアスカよりもやや上と言ったあたりまで落ちているし…殆どの数値が不安定…精神的に強いショックを受けたようね…心当たりは?」
 リツコは手元の用紙に結果を書き込みながらレイラの問いに答え、そして質問をしてくる。
「なかなか聞けるような様子じゃなかったので…」
「…そう、何があったのかできるだけ早い段階で聞いておいてくれるかしら?私よりも貴女の方が喋りやすいでしょうし」
「わかりました」
「…この分じゃこのテストの結果もあまり使えないわね…適当なところでうち切りましょう」


 今朝のレイとのことも考えると、あの日レイとの間に何かあったと言うことはまず間違いがないだろう。
 しかしテストが終わった後、更衣室を訪ねてみたが…何があったの?とはどうにも聞きづらかった。そして、結局何も聞くことができなかった。
 だが、その後昼食を取るために食堂に向かっている時にレイと又すれ違ったが…同じように、お互いを避けるかのような振る舞いをしていた。
 こんなのでは、仲直りをするその切っ掛け自体つかめないのではないだろうか…


 レイラはベッドに入り、今日のことを考えていた。
 折角、シンジとレイの仲を応援できるようになった。それを望むことができるようになったのに…、何故こんな事になったのだろう?
 深い深い溜息が零れる。
 もしも、これからこの仲が修復されないとしたら…自分は一体何のために自分の心を変えるために努力し続けてきたのだろう?結局、二人の間に何かが起き、その仲が良くない物になってしまったではないか…一体何のために…
 考えれば考えるほど虚しく成っていく…
 それなら、自分の想いを持ち続けていれば良かった。
 いや…今からでも…そう言う考えに及び慌ててそれを否定した。シンジもレイも何も語っていない以上結局は自分の推測でしかないし、二人の仲が元に戻らないなどと言う保証はどこにもない。今は切っ掛けもつかめないような状況ではあるが、今後もそうであるとは限らない。切っ掛けをつかめさえすれば仲直りできる可能性は十分にある。ならば、再び虚しいことを繰り返すだけになってしまうのではないか…
 これ以上考えても落ち込むような内容しか考えつかないだろう…もう考えなくても良いように、眠りにつくことにした。


 早朝から使徒が現れたと言うことで本部に呼び出された。
 サハクィエルがやってきたのだ。今はこの使徒の殲滅に集中しなければならない。
「目標は衛星軌道上に出現し、衛星を破壊したわ。これが、その時の映像よ」
「現在は使徒の放つ強力なジャミングによってロストしているわ…但し、マギは極めて高い確率で、ここ本部に直接落下してくると推測しているわ」
「あんなのが落ちてくるわけ?」
「ええ、そして落下した場合は、第3新東京市はおろかネルフ本部ごと根こそぎ抉られるわ」
「で、どうするわけ?」
「3機のエヴァで落下してくる使徒をATフィールドをつかって受け止めるわ」
「…え〜〜!!受け止めるぅ〜!!」
「そうよ…使徒を殲滅できる確率は8.5%、そんなに悪い数字じゃないわ」
「91.5%は、駄目って事じゃないのよ…」
「8.5しかないと考えるか、8.5もあると考えるかよ」
「そね、やってやるわよ」
 モニターに箱根の地図と赤い分布と3色の円が表示される。
「この赤いのが落下予測範囲、このどこに落ちても有効打となるわ」
「この円の中心部にそれぞれのエヴァを配置、この円が大凡の守備範囲よ」
「外にでまくってるじゃないのよ」
「それは仕方ないわよ、」
「マギは落下予測を午後4時、前後1時間と推測しているわ、集合は午後2時、それまでは自由に過ごして」


 こんな時、前ならレイと一緒にいたのだが…今はもういられない。随分長い時間、暇になってしまった。
 適当にぶらぶらと歩いていると、レイラと出くわした。
「あら、シンジ君一人?レイは…?」
「……一人ですよ、」
 そう言えば、レイラはシンジとレイの仲を応援してくれていた…どこか、その事を済まなく思う。まさか、こんな結末になるとは…
「朝とる時間がなかったし、何か食べる?これ、作戦部に届けなくちゃいけないんだけど、その後でなら…」
 シンジはうなずきで返した。


 作戦部に急ぎながらレイラはさっきのことを考えていた。
 さっき、シンジにレイのことを持ち出した。レイとの間に何かあった。だから今レイと一緒にいないのだと言うことが分かっていながら…その上それを直接言わない中途半端な聞き方…なんだか、嫌な事をしている。
 そんな聞き方をするくらいならはっきりと、何があったのか?と聞けばいいのではないか…その答えを恐れているのだろうか?それとも、シンジにそんなことを聞くこと自体を恐れているのか…
 作戦部に到着し、日向に書類を渡し、シンジが待っている場所に戻った。
「お待たせ、行きましょうか」
 二人は職員食堂に足を向けた。


 昼食を取った後、展望室に行き話を聞くことにした。
「…何があったのか、聞いて良い?」
 シンジは一つゆっくりと息を吐く。
「…レイラさんには応援して貰ったけど…うまく行きませんでした」
 俯き、手に持ったカップに入ったジュースの水面に視線を落としている。
「で、でも、また仲直りすれば…」
「……駄目なんです…できないんです…」
 何か深いわけがあるように思えるが…とてもそれを聞けるような雰囲気ではなかった。


 待機時刻になった。一般職員は箱根の外へと避難する中、シンジ達はエヴァに搭乗し、いつ落下してきても良いように備えている。
 レイラは秘書課に戻って来た。秘書官の多くは残って仕事をしているが、そんなに仕事は多くなく、どこかのんびりとした雰囲気が漂っている。
 そんな中自分の席に着き、一つ息を吐いた。
 ここのところずっと自分がしてきた行為は余りにも虚しく意味のない行為でしかなかった。シンジはレイとの間にあったことを詳しくは語らなかったし、あの雰囲気では、語ってくれそうにない。
 このままシンジとレイとの仲が、元に戻らないとしたら…少なくとも恋人という関係にならないとしたら、自分の中で無理矢理封印してしまった想い、それを呼び起こしても良いのではないだろうか?しかし、確信できずに行動してしまうのは、不安がつきまとう…何があったのか、シンジが語らないなら、レイの方に尋ねてみることにしよう。
 そんなことを考えていると部屋の中が少し慌ただしくなった。みんなモニターに視線を向けており、どうやら始まったようである。


 初号機は全力でマギの指示に従って走っていた。
 大凡、前回と似たような位置に落ちそうな気がするが、絶対ではない、未だ範囲は絞り切れていない。
 マギの誘導が切れ、目視でサハクィエルに向かって走る。雲を突き破り、サハクィエルのその全貌が露わになった。やはり、半端でなくでかい。
 モニターに表示されている地図からすると…初号機、弐号機…それから結構遅れて零号機の順に到達しそうである。そして、初号機は余裕で間に合う。
 初号機が落下地点にはいると、シンジはATフィールドを前回にして落下してきたサハクィエルを受け止めた。
 かなりの重圧が掛かる…しかし、シンクロ率が前回よりも高い、だから前回よりも楽である。やがて弐号機が到着し、2機でサハクィエルの巨体を押し上げる。
(…このまま行くか?)
 零号機の到着まで未だ時間が掛かる。今の様子から十分に倒すことができる。ならば…などと考えている内に弐号機がATフィールドを中和し、プログナイフを持って地面を蹴った。
「あ、」
 シンジが気付いたときには、もう終わっていた。コアを破壊されたサハクィエルが大爆発を起こし、初号機はその衝撃で地面に叩き付けられた。


 使徒戦が終わった後、レイラはレイに会いに来た。
「…何ですか?」
「少し聞きたいことがあるんだけど…良いかしら?」
「…構いません」
 レイラはレイの横に腰を下ろす。
「…シンジ君とのことなんだけれど、何があったのか、教えてくれないかしら?」
 単刀直入に切り出した。
 レイは暫くの間迷っているようであったが、最終的には話したくないと答えた。
 迷っていたようだから、ひょっとしたらとも思いもう一度聞いてみたが、回答は同じであった。
「…そう、分かったわ。ごめんなさいね、嫌なこと聞いて」
「…いえ、」
 レイからもいったい何があったのかは分からなかった。シンジもレイも話してくれなければその真相を掴むのは不可能であるが、ただ…話したくもないようなとんでもないことがあったのではないかと思う。それが何なのかは分からないままでも、二人の中が恋人という関係にまで修復される事はないような気がした。
「…私は、もっと正直になっても良いのかも知れない…」
 部屋を出てドアが完全に閉まった後、レイラはそんな言葉を零した。