復讐…

◆第九話

 日曜日、約束通りシンジはレイを迎えにやって来た。
 レイが住んでいるマンモス団地…今回シンジがここを訪れるのは初めてである。
「…相変わらず、誰も住んでないみたいだ…」
 パット見る限り、洗濯物やカーテンが見える部屋は無い。
 レイは依然ここに住み続けている。他の者と積極的に関わるのを避けるためにここに住まわせたのか、あるいは又別の理由があるのかは分からないが…
 階段を上がり、レイの部屋402号室に到着する。
 インターホンを押してみるが…やはり壊れているようだ。
 ドアを叩くことにする…少ししてドアが開きレイが顔を出した。
「やあ、おはよう」
「おはよう」
「上がっても良いかな?」
「ええ、」
 レイに続いて部屋に上がる…やはり生活感のない殺風景な部屋である。
 棚の上にあの眼鏡、碇の眼鏡が置いてあった。 
 あの眼鏡を妙味本意で勝手に掛けたことから…あんな事になってしまったことがあった。
「…あの眼鏡は?」
「…碇副司令の眼鏡」
「レンズ、割れてるみたいだけど」
「事故の時に助けてくれた時のもの」
「…大事にしてるんだ」
「ええ」
 碇とレイの絆…正直言って、そんな物が存在すること自体むかついてくるのだが…だからといってどうしようもない。これを壊してしまうなんて事は…正直レイに嫌われてしまう行為でしかない。
「…綾波の部屋って…殆ど物無いんだね」
「ええ、」
「どうして?」
「必要ないから」
「必要、不必要だけじゃなくてさ、もっと他にも判断基準はあると思うよ」
「…それは何?」
「そうだね、例えば、嬉しいか嬉しくないかとか、楽しいか楽しくないかとか、色々とあると思うよ」
「…そう?」
「それに、僕が綾波のところに来るのだって、絶対に必要って訳じゃないだろ。僕が来たいから来たんだけど…綾波は必要じゃなかったら、僕は来ても来なくてもどっちでも良い?」
 少し考えた後に軽く首を振る。
「…碇君には、来て欲しいと思う」
「それは、必要不必要での判断じゃないよね」
 頷く。
「部屋の中の物も一度揃えてみない?そうすれば、ひょっとしたら、そう言ったことが分かるかも知れないよ」
 レイはちょっと考えた後コクンと頷いた。


 ショッピングセンターで色々と買いそろえ、保安部員に手伝って貰って部屋に運び込んだ。
 壁紙、カーテン、カーペットに始まり、時計や食器類、これもいいんじゃないかな?とシンジの目に付いた小物などにより、部屋の雰囲気は完全に一変した。相変わらず家具は少ないが、それでも以前の殺風景な部屋の雰囲気は殆ど残っていない。
「どうかな、こう言うのは?」
「……悪くないと思う」
 言葉はそんな風であるがどことなく嬉しそうにも見える。
「じゃあさぁ、今度綾波の服買いに行こうか?」
 想像通りではあったがクローゼットに入っていた服の少なさからそう持ちかける。
「…服?」
「うん、綾波殆ど私服持ってないだろ」
「必要…いえ、そうするわ」
「うん、じゃあいつがいいかな?」
「そうね…今週は水曜と金曜それと土曜が空いているわ」
「じゃあ水曜日が良いかな?学校終わってから行こうか」
「ええ、」
 そしてこの後レイラに電話を入れて、今日買ってきた調理器具や食材で二人分の夕食を作り一緒に食べる事になった。


『そう言うことで、ちょっと遅くなるかも知れないけど』
「ええ、分かったわ。でも、明日は学校があるんだからあんまり遅く成るのは駄目よ」
『分かってるよ、そのくらい』
「ならいいわ」
『じゃあ、そう言うことで』
「ええ、」
 レイラは電話を切り電話機をテーブルの上に置いた。そして、一つ溜息をつく。
「もう少し早く連絡してくれればいいのに」
 誰も見ている者はいないので頬を軽く含ませて不満げな表情を表に出す。
 今二人分の食事を作っている最中であった。もっとも、その不満の大きな要因はシンジがレイの部屋で二人分の食事を作り、そこで二人で食べると言うことにあるわけだが、それはレイラの中ではもう作ってしまった分の料理が無駄になってしまったという事に置き換えられていた。


 水曜日、学校が終わった後シンジはレイとともに中心街にある百貨店にやってきた。
「これなんか良いんじゃないかな?」
「そう?…良くわからない」
「試着してみる?」
 そんなやり取りを楽しんでいたのだが…突然照明が消えた。
「なんだ、停電か?」
「復旧まで暫くお待ち下さい」
 客や店員の声が聞こえる中、シンジは思い切り汗をかいていた…ひょっとしてこれは、マトリエルの時にあった停電では?
「…どうしたの?」
 シンジの様子がおかしいことにレイが気付いたようである。
 近くには窓など外を見ることができる物はなく外がどうなっているのか分からない、この停電がこの建物だけの物なのかそれとももっと範囲が広い物なのか…
「え、えっとね…」
 一体どう説明したらいいのか…答えに窮してしまう。…どうすればいいのか焦ってしまい喉がカラカラに成ってくる気がする。
 それでも何とかごまかそうとしたとき、明かりが戻った。
「あ…」
『お客様には御迷惑をおかけしました』
 どうやらこの建物だけの物だったようである。
「…大丈夫?」
「あ、うん…ちょっと気分が悪くなっただけ、少しどこかで休んで良いかな?」


 適当な店で飲み物を飲みながら休憩する。
「ごめんね」
「構わないわ」
 喉が渇いているために酷く美味しく感じられる。レイもジュースをストローで飲んでいる。
「時間的には未だあるけど、何か見ておきたいものとかあるかな?」
 レイは一度窓の外の景色に視線を向けた後、特にないと答えた。
「そっか…じゃあ、もう少ししたら帰ろうっか?」
 
 
 その日は、夕食前に帰りレイラと夕食を取ることになった。
 勿論話は今日のレイとの買い物の事である。
「殆ど服持ってなかったの?」
「ホント、制服位で、あと貰った服が少しあったけど、自分で買った服はなかったな」
 レイラはやはり不可解な顔をする。
「必要がない…そんな風に考えてたみたいで、実際、制服とあとちょっとあれば着るものには不自由しないだろうけど、そんな物じゃないよね」
「ええ、でも、随分世話を焼くわね…好きなの?」
「え、えっと…ま、まあ…」
 ズバリ指摘されたことが恥ずかしく、顔を赤くしながら答える。
「そう、」


「うまく行くと良いわね…とは言え無かったわね」
 湯船に浸かりながら呟いた。
 シンジとレイの関係がうまく行くことはシンジにとって良いことである。ならばそれを応援するべきなのだろうが…なかなかそう簡単に心の問題に決着は付けられない。
 まだまだ、長くなりそうである…


 停電のことを思い出してから、学校が終わった後に本部に顔を出すようにしている。正確な日付は覚えていないが、これならいつ起こっても問題ないだろう。最も、起こらない方が良いわけだが…
 そして、今日もレイと一緒に本部に直行していた。
 中央回廊で碇と出くわすと、レイはぺこりと碇に頭を下げるが、シンジは無視してそのまま進んだ。
 ちょっと戸惑っていたがレイは早足で歩き去るシンジを追い掛けた。


 シミュレーターで訓練を受けている最中に警報が鳴り、画面が赤く染まり止まった。
(来たか…停電が無くて良かったよ)
「どうしたんですか?」
『使徒が確認されたわ、出撃になるから急いで』
「了解と」
 これで楽に行くだろうと思いシュミレーションプラグを出たのだが、アスカに絡まれてしまった。
「今度こそアタシがやるから邪魔しないでよね!」
「はいはい、勝手にすれば?こっちも勝手にするから」
 むかついたからなのだが、そう言ったのが悪かった。火に油を注ぐ結果になってしまった。
 5分後、シンジは待機室で溜息をついていた。
 正直、何とかならないと思う…精神的に疲れるだけで、更に場合によっては使徒戦の最中に厄介なことにもなりかねない。
『目標はまっすぐここに向かっているわ、未だ時間があるから、途中で能力を調べるわ』
 悩みの種のアスカとレイが待機室に入ってきた。
 アスカはシンジから離れたところに座り、レイはシンジの近くに座る。
 モニターに自衛隊がマトリエルに攻撃を加える映像が流し出されているが、ATフィールドでブロックされ、ダメージを与えているようには見えないし、特に反撃もしないが…ただ、進路上の障害になった戦車や装甲車などをその長い足で払いのけたり、踏みつぶしたりしている。
 アスカはモニターを食い入るように見つめている。使徒の情報を少しでも多く集め、生かそうとしているのだろう。その点は凄いと思うが、問題は、使徒に勝つことよりもシンジに勝つことに重点が置かれていることだろう。
 一つ息を吐いた後レイに小さく声を掛ける。
「邪魔しちゃ悪いし、未だ時間もあるから何か飲んでこようか?」


 自動販売機コーナーでジュースを買う。
「綾波は何が良い?」
「これ、」
 ボタンを押してジュースを買い、取り出し口から缶を取り出してレイに渡す。
 長椅子に腰掛けて一緒にジュースを飲む。
 今日、マトリエルが来たことで、サハクィエルが来るまでの間自由に動けるようになった。ここのところちょっとびくびくしながらだったが、これで気にせずに行動できる。
 使徒が来て逆にほっとした。なんだか、変だが、実際にそうである。
 暫くの間レイととりとめもない会話を交わしていた。


『現在のところ目標の詳しい情報は分かっていないわ、何をしてくるか分からないから気を付けてね』
 まあ、ATフィールドの問題がある以上、こうなるのも仕方ないかも知れない。
『まずは弐号機が先行し、目標の情報を収集する。行けるようならそのまま、行っても構わないけれど、くれぐれも気を付けてね』
『発進!!』
 第3新東京市の郊外に射出される。今回は時間があったため、支援部隊もかなり配置されている。
 マトリエルの姿は、その足の上の部分だけ山の向こうに見えている。
(さて、どうなるか) 
 暫くしてその姿をの全てを表す…こうしてみると随分大きいと言うことが分かる。
 弐号機がソニックグレイブを持ってマトリエルに向かって駆ける。
 初号機と零号機はスナイパーライフルで援護射撃をする。砲弾はマトリエル巨体を貫通し、向こうの山に当たる。
 そう言えば、前回はパレットライフルの1連射で終わったのだった。
 弐号機が跳躍し、平らな上面に飛び乗り、ちょうど中心の辺りに思い切りソニックグレイブを突き刺した。
 マトリエルの動きが止まる…
「今回は楽だったな」


 更衣室で着替えをしていると…ミサトが訪ねてきた。
「シンジ君、ちょっと良いかしら?」
「……ちょっと待って下さい」
 手早く着替えを済ませてからドアを開ける。
「何ですか?」
「ちょっち、使徒を倒した御褒美をあげようと思ってね」
 元来のミサトっぽい日常的なモードになっている。経験上、何か嫌な気がする。
「…別に何も知れませんよ、全部アスカがやりました」
「まあまあ、みんなに何かあげるつもりなんだからシンジ君も貰ってよ、ね」
 いったい何をよこすつもりなのか…特にミサトは何か手に持っていると言うことはないようだが…
「結構です」
「そう言うことは物を見てから言いなさい」
 ミサトはポケットから2枚のチケットらしき物をとりだす。
「…なんです?」
「この前できた遊園地のチケットよ、シンジ君もどう?」
「…何で2枚なんですか」
「誰か好きな子でも誘っていけるようにね、そのためには2枚いるでしょ」
 ミサトの目的が分かった。
 その後、口論を続けていたのだが…数十分後、シンジの手には2枚のチケットがしっかりと存在していた。
「はぁ……」
 深く溜息をつく。
「全く、ミサトさ、葛城さんは、」
 呼び方が元に戻ってしまいそうになったところで訂正する。
 あのペースにのせられてしまうと、大抵ろくな事がない。それに綾波を遊園地に誘うだなんてそんな事は恥ずかしい。それに、ミサトの思い通りになってしまうのは嫌である。
 チケットをゴミ箱に捨てて食堂に向かう途中レイと出会った。
「あ、綾波、もう何か食べた?」
 軽く首を振る。
「そう、じゃあ今から食べにいこっか?」
「ええ」
 二人は職員食堂に足を向けた。


 職員食堂で、食事をしていると…少し離れたテーブルで食事を取っている者が映画の話で盛り上がっていた。
 つい最近封切られたばかりの話題の映画の話のようであるが、レイもその話に興味があるのか耳を傾けているようである。
「綾波、興味あるの?」
「…これ、葛城3佐がよかったら碇君に連れて行って貰いなさいって」
「……」
 レイはテーブルの上に映画のチケットを2枚おいた。ちょうどあのテーブルで話題に上がっている映画である。
(やられた…)
 なんだか、無性に悔しかった。そして、連れて行ってくれる?と、半ばミサトに言われた通りに言っただけだったのだが、それでも駄目と言えなかった自分が悲しくなってしまった。


 日曜日、
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、デートうまく行くと良いわね」
 シンジは軽く苦笑を浮かべて頷き、出かけていった。
 レイラは一つ大きく息を吐いた。
「やっと…言えたわ」
 漸くシンジとレイの仲を応援すると言う態度を表に出すことができた。これでもう大丈夫、今胸の中に存在する何かを失ったような気持ちも次第に消えていくはず。シンジとレイなら問題らしい問題も起こらないだろうし、確実に仲は進展していくだろう。
 そして、自分への御褒美として昼食を美味しい店で食べることに決めた。
「でも…何で苦笑だったのかしら?」
 何故苦笑なのか、レイラには思い当たるところがまるでなかった。


 ドアを開けて出てきたレイはこの前買った服の一つチェックの柄のブラウスとスカートを身につけていた。
「あ、それ着てくれたんだ」
 コクンと頷く。こうして身につけてくれるとやはり嬉しい。
「じゃあ…行く?」
「ええ、」
 二人で一緒にバスに乗り駅前の映画館に向かった。


 映画館には結構な人がいてチケット売り場にも結構な人数が並んでいたが、既にチケットを持っているのですんなり指定席に座ることができた。
 売店でポップコーン、自販機でジュースを二つずつ買い席に戻る。
「はい、綾波」
 レイにポップコーンとジュースを渡して自分も席に座る。
 ブザーが鳴り照明が暗くなり映画の上映が始まった。


 映画が終わり、映画館を出る。
「結構良かったね」
「そうね」
 その後昼食を適当な店で取り、帰る途中で夕食の食材を買って帰ることにした。
 スーパーで食材を見て回る。
「綾波は何食べたい?」
「…野菜ピラフ」
 レイラが作った物であるが、好物になったようである。
「レイラさんみたいには作れないと思うけど良い?」
 頷きが返ってきたので、シンジは必要な食材を買い、レジで支払いを済ませて帰ることになった。
 レイの部屋に上がり、部屋を見回してみると…買ってきた物は、それなりに使われているように見える。全く使って無いなぁと思えるような物もあるが、シンジ自身よく考えて買ったわけではないから仕方ない。
 ふと、碇の眼鏡が棚の上に置かれているのに気付いた…。
「綾波、あの眼鏡そのまま置いてあるけど、大事な物ならケースか何かに入れておいたり抽斗とかにしまった方が良いんじゃないかな?」
「…そうね」
 眼鏡ケースは持っていないし、手頃なケースのような物もなかったので抽斗にしまう。レイは大切な物を壊したり傷つけたりしないようにと言う意味で取っただろうが、シンジはそれを見ているのが嫌だったので見えないところへと言う意味で言ったのであった。


 シンジが職員食堂で食事をしていると冬月が近寄ってきた。
「良いかな?」
「ええ、」
 冬月はシンジの正面に座り天ぷらそばを食べ始め、同時にシンジに話しかけてきた。
「なかなか言う機会がないから、ここで言うが…いつも本当に御苦労だね」
「いえ、結局生き残る為にしているだけですからね」
「本当なら子供にさせるべき事じゃないんだがね…例えば私なんかは、未だいわゆる第2の人生という物はあるかもしれないが、それでもそんなに先が長いわけでもないしね」
「エヴァに乗れる者が限られているからどうしようもないですね」
「そうだね…辛いことだが言ったところで何も変わらない。これからも宜しく頼むよ」
「ええ」
「ところで、レイラ君なんだがね、実はユイ君とそっくりなんだよ、気付いていたかい?」
「ええ、最初驚きましたけどね」
「私もそうだよ、碇の奴もあの時はびっくりしてな、これが又面白い話なんだが」
 碇がその時取った行動や、やはり別人であると分かったときの事などをおもしろおかしく話してくる…確かに面白い話なのだが、何故こんな話を今しているのだろうか?まあ、どこまで本当のことを話しているかも分からないが…適当に話を合わせる。冬月はその話のやり取りを楽しんでいるように見える。最も本心は分からないが、
「おお、もう、こんな時間か、そろそろ失礼するよ」
「ええ、」
 相変わらずの人間であるが、利用されたりはしない、絶対に…
 食事も食べ終わったのでシンジの職員食堂を後にした。