復讐…

◆第八話

 レイラは耕一に同行してVTOL機で第2東京に向かっていた。
 機内で今回行われる作戦プランの青写真を読む。
「捕獲作戦ね…」
「レイラはどう思う?」
「理屈は分かるんだけど、何となく気は進まないわ…」
「私もそうだな。単なる杞憂なら良いんだけれどな…」
「ところで、マギが条件にしたリスクを低くする方法ってどうするの?」
「そうだな…パット思いつくのでは弐号機を太いワイヤーでくくりつけて、イザとなったら初号機と零号機で引っ張り上げるとかかな?マグマの中でできるかどうかはわからないが」
『到着まで5分です』
 窓の外に視線を向けると既に第2新東京市の上空に入っており、高層マンション群が広がっている…そして都心部の超高層ビル群の姿も見えた。


 作戦の計画が纏まったと言うことで、会議室に集められた。
「簡単に説明するわね。潜るのは弐号機、D型装備の改造したものを付けて貰うわ」
「改造ってどんな?」
「冷却装置と浮力装置を増設して、もしケーブルが切れたうえに、どこか破損してもおもりさえ外せば安全に浮かび上がれるようにしたわ」
「ふ〜ん」
 その後、捕獲装置の使い方など弐号機の分担を説明し、次に初号機と零号機の役割の説明に移った。
「初号機は現地司令部の近くで待機、何かあったときに備える。零号機は火口で待機し、増設したケーブルを持って、使徒が目覚めた場合はケーブルが切れないように注意して弐号機を引っ張り上げて」
「了解」
 パワーでは初号機の方が随分上だが、零号機に力仕事をさせる…二人の不仲からの判断であろうか
「ふふん」
 初号機が完全に待機に回されていることで、ざま〜みろとでも思っているのだろうか、えらく得意そうな顔である。
 正直、大失敗だったかも知れない。こうわざわざ一つ一つ突っかかって来るようなことは以前はなかったし…これが今後も続くと考えると…溜息の一つも漏らしたくなる。
 そして捕獲作戦に失敗したときは、弐号機を引き上げ、火口の外で戦うと言うことだが…アスカがらみで鬱陶しいことにならなければいいが…とどうしても不安を抱かずにはいられなかった。


 浅間山に到着した時には既に先行していた部隊が作業を進めており、ちょうど弐号機が特大のクレーンに接続されている最中であった。アスカは弐号機に搭乗したまま一度も降りなかったが…まあ、あのプラグスーツを他の者に見せる気はないだろう。
 シンジは作戦開始までクーラーの利いた司令室でジュースを飲んで休むことにした。
 司令室にはモニターがいくつも運び込まれて随分多くの数のモニターが並んでいる。その中の一つに大型爆撃機の姿が映っている。
 前回、碇がアレを決めたわけだが…今回もやはりそうなのであろうか?
「アレは?」
 ミサトに聞いてみる。
「ん?ああ、爆撃機ね」
「何のためにあんなものを?」
「作戦が失敗したときのためね、」
「奴ですか?」
 ミサトはちょっと顔を顰めた後答えを言った。
「司令の方よ、」
 ちょっと驚いた。耕一がこれを命令したとは…耕一も結局は同じなのであろうか?それとも、仮定は違っても結論は同じだったのか…まあ、いずれにせよ、あの爆撃機が活躍することはない。初号機がサンダルフォンに敗北することはないのだから
「準備できました」
「そう、シンジ君も準備してくれる?」
「…わかりました」


 初号機に搭乗して待つ…
 作戦が開始され弐号機が火口の中に潜っていく。
 やがて捕獲に成功した。しかし、前回はここから問題が始まった。2日早いと言うことはどう影響するのか…と考えていると直ぐに慌ただしくなった…どうやら始まったようだ。モニターに状況を表示させる…弐号機からの映像では使徒が動き始めているのがはっきりと映っている。
(始まったか)
『捕獲作戦中止!!直ぐに引き上げて!!』
 初号機は初号機と零号機、それと一応弐号機の分の装備を持って火口に向かう。
 火口では、零号機と大型クレーンが弐号機を火口の中から引っ張り上げていた。
 後で色々と言われるのも嫌なので初号機も引っ張り上げるのを手伝う事にする。
 D型装備の弐号機が火口の中から姿を現す、零号機に手伝われて、火口の外に出る。一方の初号機は弐号機には目もくれず、アクティブソードを手にとって構え、いつサンダルフォンが飛び出してきても言いように対応した。
 暫くしてセンサーが反応を示す。
「来た」
 サンダルフォンが火口からマグマを飛び散らせながら飛び出す。奇妙な姿をした使徒が大きな口を開けて飛び掛かってくる。
 初号機は冷静にアクティブソードをその飛び掛かってくる口の中に突っ込む、いとも簡単に刀身が体の中にめり込んでいく…のだがサンダルフォンの勢いが止まらない。
「どわああああ!!」
 背中から刃が飛び出、串刺しになったにもかかわらずそのまま初号機の腕まで飲み込む。
「…くっ、ぐああああ!!!」
 右手に激痛が走る…食われてる。無理矢理力で口をこじ開け、開いた瞬間に蹴り飛ばす…手首の少し上の部分がもう少しで食いちぎられるところだった。
 着地したサンダルフォンが再び飛び掛かってきたとき、手に気を取られて反応が遅れたが、零号機がスナイパーライフルで飛び掛かるサンダルフォンを撃った。砲弾がサンダルフォンの胴体に辺り爆発によって肉が飛び散る…衝撃で逸らされたのだが、着地して直ぐに再び初号機に飛び掛かる。
「何なんだよ!!」
 右手は使えないので左手でプログナイフを抜く、飛び掛かってくる使徒に肩のウェポンラックからニードルを発射し、頭部を棘で滅多刺しにし、プログナイフで下顎を切る……と言ってもニードルは先の部分以外殆ど刺さっていないし…プログナイフも激しく火花をあげ肉を裂くが、完全に斬ることは出来ず肩の少し下辺りに食いつかれる。
「冗談じゃない!!」
 右肘でサンダルフォンの顔面に刺さっているニードルを叩き、中にめり込ませる…がそのまま食いちぎろうとしてくるが、歯が装甲を貫きそうになったところで零号機が放った第2射がサンダルフォンを吹っ飛ばした。
 正直こんなに厄介な奴だとは思わなかった。つい先ほどまで余裕たっぷりだったが…今は余裕はまるでない。
 又襲いかかってくる…が今度は支援部隊が放った大きなミサイルが使徒の胴体に直撃し大きな爆発を起こした。
「…化け物、」
 弐号機の様子を見る…D型装備を脱ぐのに手間取っているようである。あんなのではまともに戦えないから当然であるが…
「くそっ、こっちにも飛び道具を回してください!」
『分かったわ、』
 武装ヘリが対地ミサイルを次々に発射し、機関砲を撃つ…が、利いているようには見えない。
「なんて奴だ…」


 首相官邸の一室のモニターにも浅間山での戦闘の様子が映し出されていた。
「…随分厄介なようですね」
「ええ、弐号機が戦闘に参加できれば形勢は大きく変わると思いますが」
 防衛省の役人や戦自の将軍と耕一が冷静に話している中、レイラはシンジのことが心配でならなかった。
(シンジ君…)
 初号機は右手にダメージを負っている。神経接続は切られているだろうが、間違いなくあの瞬間激痛を味わっただろう。
 やはりシンジが危険な目に遭う、辛い思い、苦しい思いをするのは嫌なことである。
(無事に…戻ってきて…)
 暫くしてプログナイフでD型装備を切り裂いて漸く弐号機がソニックグレイブを手に戦闘に参加し始めた事で、一気に形勢が傾き、いくら生命力が強いとは言え、そう時間も掛からずに殲滅することに成功した。
「爆発はしませんでしたな」
「サンプルについてですが、宜しいですかな?」
 耕一は一つ溜息をつく…
「ええ、上からコアのサンプルに関しては許可されませんでしたが、それ以外は自由にどうぞ」
「おや、会長が上と言う言葉を使われるとは」
「今はネルフの雇われ司令ですので」
「雇われですか、それは又ずいぶんな雇われ司令ですな」
 使徒が殲滅されほっとしたと言うこともあったのだろう、室内に笑い声が木霊する。


 帰りはアスカと同じ機で帰るのは嫌だったので、別の機で帰ることにした。又、その機にはレイも一緒になることになった。
 夕日の光が窓ガラスを通して機内に差し込んでくる。
「今日は大変だったね」
「…そうね」
「ところでさ、明日どっか行かない?」
「明日?」
「うん、折角休みになったんだし、平日だからどこ行っても空いてるよ」
「明日は駄目、予定があるわ」
「あ、そうなんだ…」
 そう言ってからふと思ったが、一体何の予定だろうか?今日のこともあるし、元々予定にはなかったからネルフでの実験や訓練があるとは思えない。それ以外にレイにどんな予定があるというのか気になる。
「何があるの?」
「……言えないわ」
 教えたくないと言うよりは教えられないと言ったような口調…これは、機密事項と言うこと…計画に関係している可能性が高い。結局、レイを計画に利用しているのは全く変わらない訳か…
「やっぱり明日買い物にでも行かない?」
「駄目よ」
「…そっか…」
 これ以上言ったら嫌われてしまうだけだろう。結局レイを計画から引き離すことはできないのか…一つ大きく溜息をついた。
「じゃあさ、日曜はどう?」
「日曜なら空いているわ」
「良い?」
「問題ないわ」
「じゃあ日曜日、迎えに行くね」
「ええ、」


 レイラが帰ってきたのはシンジが帰ってきてから2時間ほどしてからだった。
 今は、レイラが夕食を取り、既に食べていたシンジは向かい側の席に座ってお菓子を食べている。
 落ち着いたところで今日の使徒戦の話を持ち出してきた。
「今日も御苦労様…手大丈夫だった?」
 初号機がダメージを受けた部分に視線を向ける。勿論シンジ自身の体が傷付いたわけではないが、神経を痛めることはあるという。
「うん、問題ないよ…今日の使徒はちょっとびっくりしたけどね」
 軽く手を振って全然痛かったり等はしないと言うことを示し、コーラを飲む。
「よかった…心配してたの」
「レイラさんはどっかで見てたの?」
「ええ、第2東京でね、お父さんと一緒にね」
「レイラさんの方はどうだったの?」
「そうね…特に何もなかったわね。話もみんなお父さんが進めてたから、私はホントにお手伝いだけ」
「でも、心配してくれてありがと」
「そんなの家族だから当然でしょ」
 はにかみながら言われた言葉…そう、家族。かつての家族…それは、単に同じ場で済み生活すると言うだけの家族だったのではないだろうか…表面上の家族。しかし今の家族はそんな物ではない…そして、これから胸を張って家族だと言えるような物になったらいいと思う。レイラの言葉は、とても嬉しい物でもあった。


「シンジ君、レイと仲良いわね」
 土曜日の訓練の休憩時間、ジュースを飲みながら休んでいるとミサトが声を掛けてきた。
「…ええ、」
 こう言うことはミサトの性格上…必ずと言っていいほどからかってくるはずであった。今回はどうかは分からないが、警戒はする。
「あの子、なかなか気むずかしい子だからね…何か仲良くなる秘訣みたいな物でもあったのかしら?」
「そんな物無いですよ」
「そう、まあ良いわ、あとでこれレイに渡しといてくれるかしら」
 ミサトはシンジにレイのIDカードを渡してきた。
「これは?」
「レイのカードが更新されるから、ああ、シンジ君は今回は更新されてないからそのまま使えるわ。それじゃ私は用事があるから、お願いね」
「え?あ、ちょっと!」
 引き受ける前にミサトは去っていき、後に一人残されてしまった。
 シンジは一つ舌打ちし、愚痴も漏らしたが、これがないとレイが困ってしまうと言うことは間違いなく、訓練が終わった後で渡すことに決めた。


 訓練が終わり、着替えを済ますとシンジは女子更衣室の近くでレイが出てくるのを待っていた。
 暫くしてレイが更衣室のドアを開き姿を現す。
「綾波、」
 レイが近くまで来たところで声を掛ける。
「何?」
「これ、葛城さんから、更新されたらしいよ」
 新しいIDカードを手渡す…レイはそれを受け取り制服のポケットにしまう。
「綾波、これから帰るの?」
「ええ、」
「じゃあ、一緒に帰る?」
 コクリと頷き、二人は一緒に歩き始めた。


 分かれ道にやって来た。ここからは二人はそれぞれ別の道で家に帰ることになる。
「ここで、今日はお別れだね」
「明日…朝迎えに行くね」
「ええ、」
「それじゃ又明日」
 シンジはレイと別れ、明日のことを考えながら家への道を軽快な足取りで進んだ。