復讐…

◆第七話

 シンジはレイラの事を聞くために職員食堂で食事をしている蘭子に近付いた。
「前いいですか?」
「ん?良いわよ」
 シンジはトレイをテーブルに置き、蘭子の前に座った。
「私に何か聞きに来たのかしら?」
「ええ、レイラさんのことなんですけど…」
「良いわよ、私で分かることなら何でも教えてあげるわ」
 そして、事情を話し、そう言ったことでレイラに関して何か知らないか?と尋ねると…蘭子はにんまりと楽しそうな笑みを浮かべ、ちょっと戸惑ってしまった。
「くすくす…、ふ〜ん、でも、ちょっと教えられないわね」
 知っているようだが、教えられないとわざわざ言うとは…からかっている部分がある。どういう意味からからかっているのかは蘭子のことを殆ど知らないので全然分からないのだが…、何となくどうやっても教えてくれそうな雰囲気ではない。
「そうですか…」
 その後、暫くとりとめもない話を続け、適当なところで話を切り上げた。
 その後、夕方まで色々な人に聞いてみたりとかしたが、結局何もつかめなかった。
「まあ…仕方ないか」
 しょうがないと諦めて帰路についたのだが…途中でミサトとばったり出くわした。
「あ、シンジ君、こんにちは」
「…こんにちは」
 ミサトとレイラの親しさは良くわからないが…ミサトは結構勘が鋭いし…と、思ったが止めた。ミサトに介入されるのは溜まらなく嫌である。
「シンジ君御飯もう食べた?」
「ええ」
「そ、未だだったら一緒にどうかな?って思ったんだけどね」
「今から帰りますから」
「そう、じゃあ又明日ね」
「ええ、さよなら」
 シンジはミサトと別れ、家への道を急いだ。


 今日もレイが遊びにやってきた…ユニゾンの一件以来ちょくちょくやってきている。
「いらっしゃい」
 ぺこりと頭を下げて中に入っていく…
 シンジが奥から出てきて楽しそうに言葉を交わす。レイラはそう言ったところを見ていると未だ感じるところがあるが…少なくともそれを表に出さずにやり過ごせるようになった。
(これで良いのよ、これで…)
 レイは遊びに来ると言っても、特別何かするために来るというわけでも無く、シンジが来ない?と言ったから来るようになったという感じが強いようである。そのため、話をしたり食事をしたりする他はレイは読書をするなどして過ごしている時間が多いみたいである。
「じゃあ、そろそろ行くから、何かあったらいつでも連絡してね」
「はい、行ってらっしゃい」
「…行ってらっしゃい」
 レイラはレイにも見送られて本部に向かった。


「…そう言えば、綾波って何読んでるの?」
 ポツリポツリと会話を交わしながら本に目を通していたときに、シンジはレイが読んでいる本を尋ねてみた。
「これ、」
 レイは読んでいた文庫本をシンジに差しだした。
 見てみると、この前流行になっていた本で読んだことはないがシンジも知っている本だった。
「あ、これなんだ…そう言えば、綾波が読んでいる本っていつも自分で買ってるの?」
 レイはいつもというわけではないが、大体何らかの本を読んでいるイメージがあるのだが、レイの部屋にはそれに相応しいと思うような本棚はなかったはずである。まさか、読んだら捨てていると言うことはないと思うが…
「これは伊吹2尉が貸してくれたわ」
「そうなんだ…仲良いの?」
「悪くはないわ」
 そう言えば…シンジはレイのことは知っているようで、案外知らなかった事が多いのかも知れない。
 他にも、前にミサトがちょくちょく食事に誘ってくれると言っていたが、リツコやマヤも同様らしいし、他にもレイを誘ってくれる技術部の職員は若干名だがいるそうであるし、又本の多くはそれらの者が貸してくれたものらしい…リツコが貸してくれる物は余り趣味にあっているわけではないそうだが…
 こう言ったことは、ひょっとしたらネルフの組織が違うような雰囲気…すなわち耕一達がいるからもたらされている物であるとも考えられるが、逆に、前回はそうではなかったという事はできない…それだけの物を知らなかったのだから…
 後者なら自分が知らなかっただけだが…もし前者であったとすれば、何故そんな状態のレイを放って置いたのか…仄かな想いを寄せていたが、それは結局本当に仄かな物でしかなかったのではないだろうか…そんなことを思うと少し淋しくなってしまった。


 職員食堂を覗くと…レイとミサトが同じテーブルで食事をしていた。
 ミサトの方から色々と話しかけ、レイは頷いたり短く返したりといった風にして反応している。
 シンジは少し離れた席に座って二人の様子を少し観察することにした。
 そんなに長い時間ではなかったが、レイもそれなりに嬉しそうであった。
 ミサトもレイに対して積極的にコミュニケーションを取ろうとしているのだろう。それが、使徒戦に役に立つからなのか、個人的なことなのかは分からないが…前回は、最後のところでは常に復讐を優先させていた。ミサトと深く関わることは、傷付くだけになってしまうかも知れないと自分は思う。レイはミサトのことをそう言う意味ではどう思っているのだろうか?


 それから暫く経って、学校で修学旅行に関する説明会があった。
 修学旅行の話が出てきたと言うことはもうすぐサンダルフォンが現れるはずである…浅間山の火口内で現れた使徒。捕獲作戦が展開されるかどうかはミサトの状態が異なるのと、組織のトップが違うこともあって何とも言えないが、展開されたとしたら、D型装備の関係で弐号機が潜ることになる。
 同じ結果になるかどうかは分からないし、何が起こるか分からないが…流石に又あの火口の中に飛び込むのは嫌である。正直あの時よりもシンクロ率は格段に高い…単に熱いで済むとは思えない。
 かと言って弐号機を潰すというのは拙い。あの時はああ言ったが、サハクィエルの時には役に立って貰わないと困る。流石に弐号機抜きで何とかするのは厳しいだろう。2機でカバーできる範囲はそんなに広くないし、3機で支えるのと2機で支えるのでは負担が大きく違うから…
 そんなことで、自分はどうすればいいのかと、修学旅行に関する説明を聞き流し考えるが…まるでいい方法は思いつかなかった。
 上にあらかじめ何か言うという事はでき無いし、作戦会議で何か発言しても、既に上の思惑で方向は決められるのだから、それに介入できるものは殆ど無いだろうし…アスカに直接何か言ったとしても、聞くとは思えないし、反発する…となるといったいどうしたらいいものやら…


 そして、修学旅行の当日がやってきた。
 行けなくなったことをミサトから通達されたときのアスカの愚痴りっぷりは相変わらずだと言うしかなかった。結局何がしたいのか何を望んでいるのかさっぱり分からないような行動をとる…頭で考えずに感情で動いているだけなのだろう。
 アスカを宥めるためとして保養施設をいくつかをチルドレンの貸し切りとする事になったが、もっとも…シンジはそんなところに行く気はない。
 いつもの通り、レイがやってきて今はトランプで遊んでいる。最も、二人で行う以上そんなにゲーム性があるものは出来ないのだが、それでも楽しい事は間違いない。
 しかし、その一方でレイの目新しい反応を見るたびに、前回レイとこうして何らかの遊びをすることができていれば…何故できなかったのかと思わずにはいられなかったと言うことも事実である。
 …そんなことが頭からなかなか離れなかったため、全体的に大半はシンジが負けることになった。


 レイラが作戦部に資料を届けに来たとき、会議室で数人の職員が机を囲んで色々と話をしていた。
 なにやらどこか緊張した空気が張りつめている。重大なことを話し合っているのだろう。
「資料持ってきました」
「すみません、わざわざ持ってきていただいて」
「いえ、大した物じゃないですから」
 3枚のディスクを日向に渡す。
「ところで、何をしていたんですか?」
「あ、ええ、ちょっと見てみますか?」
 モニターに目を向けると赤いバックの映像に妙な影が浮かんでいるように見えるが、ぼやけていてなんなのかさっぱり分からない。
「これは?」
「浅間山の火口の中で撮影された特殊な画像なんですけど、マグマの中に妙な影があると言うことで…ひょっとしたら使徒じゃないか?と言うことになって、今みんなでああでもないこうでもないって話をしていたんです」
「…でも…これじゃさっぱり分かりませんね」
「ええ、推測はできても、結局何も断定できないですからね。それで、今葛城3佐が現地に飛んでいます」
 丁度、その浅間山から通信が入り、一気に緊張が増した。
「はい、日向です」
『…今、こっちで確認したわ、まず間違いないわね。データ送るからリツコの方に回しといて』
「わかりました…戻ってこられるまでにやっておくことはありますか?」
『…そうね、チルドレンの招集と、あと、どうするにしても日本政府とかとの問題が起きるからそっちの対応の準備をしておいてくれる?』
「わかりました」
『あ、それと司令は?』
 日向はレイラに視線を向けてくる。
「司令室にいます」
『あら?レイラさん?』
「はい、丁度資料を届けに来たところでした」
『そう。司令がいて良かったわ、帰ったら直ぐに報告に行くって伝えて置いてくれるかしら?』
「わかりました」
 レイラは会議室を出て司令執務室に足を向けた。


 作戦会議室に、碇、冬月、リツコ、マヤ、日向…そして3人のチルドレンの姿などがあった。
 部屋の中央にあるモニターにマグマの中に存在するサンダルフォンの影が映っている。深度が本来よりも浅いのだろうか?それなりにはっきりと映っており、マギは99%以上の確率で使徒であると断定したらしい。
 本来発見されるよりも3日ほど早い…ひょっとしたら、捕獲作戦を採った場合、安全にこれを捕獲できるかも知れないが……
 ドアが開いて耕一とミサトが入ってきてこれで全員揃った。
 ミサトが耕一と一緒にと言うことは事前に報告や相談などをしていたのだろう。
「もう、みんな集まっていたか…早速だが、」
 視線でリツコに発言を求める。
 そして、リツコはこれが使徒であると断定して良いこと…但し、卵かさなぎのようなものである可能性が高いと言うことも色々な情報と併せて語った。
「…殲滅するにも…自然のバリアーが強力ね…極地専用の装備は?」
「D型装備で、マグマの中に潜る事は可能よ…但し、今直ぐに使用可能なのは弐号機だけ、他の機体に使用するには少し改造しなければ行けないから、それに2、3日必要よ」
「アタシが潜ってやっつけるわ!」
 弐号機だけという事を聞いて即反応する。
「殲滅も良いけれど、D型装備は構造と使用される環境上相当動きが制限されるわ。それよりもこの使徒の捕獲を技術部として提唱するわ」
「捕獲?」
「ええ、動かないなら可能だし、殲滅するよりも動作は単純よ」
「生きた使徒のサンプルは確かに重要だけれど…いつ動き出すかわかんないわよ、それこそ捕獲中だったら無防備な機体を晒すことになるし、輸送中にしても…データを取る前に目覚めればいずれにしても、損よ」
「そうね、でも得られたときのメリットは極めて大きいわ」
 リツコは碇と耕一に視線を向けて二人の司令官の意見を求める。
「使徒戦はまだまだこれからだ。これの後に9体…それだけの数が控えている。何らかの有益な情報を得ることができればその被害を大きく減らすことができるかも知れない。動き出したとしても、直ぐ傍に完全武装したエヴァが複数、更に支援部隊が多数待機していれば、その被害は局限できる」
「唯一心配なのは、捕獲作業中だが…パイロットの危機回避能力は高い、油断さえしなければリスクは随分抑えられるはずだ」
 アスカをちらりと見ながら言う…アスカは、碇から能力が高いと言うことを言われて得意顔で自信満々と言った感じである。油断もそうだが、全くその性格から来る問題ばかりである。性格さえまともであればどれだけ良いことやら…
「そうだな…使徒戦を考える上ではその情報を得ることができれば非常に大きいし、その被害や危険性も低く抑えることができるだろうな…」
「しかし……、まあ、結局は安全策を採るか危険な勝負をするかだな」
 耕一は何かを言おうとして止めたようだ。
(何を言おうとしていたんだ?)
 視線でリツコにマギの判断を尋ねる。
「マギは1機が賛成、2機が捕獲作戦中の危険性を下げることを条件に賛成しています」
「そうか…、良いだろう」
 どうやら捕獲作戦を行う方向で話が進んでいるようである。前回とは途中が違うが結局行われるものは一緒になってしまった。
「特例措置の発令は?」
「いや…発動しない方が良いだろう。リスクが大きい…第2東京には私が行こう、プランが纏まり次第送ってくれ」
「わかりました」
 今回も捕獲作戦に向けてネルフが動き始めた。